きみのふるさと(2)

 こんにちはー。

 公開作、過去作共に拍手をありがとうございます。(^^
「はじめまして」に拍手が入ると、ご新規さんかな、と思ってちょっと不安になります。 昔は薪さんが明日をも知れない状況でいらしたので、肉体的にも心情的にも穏やかな話が浮かばなくて。 ←今もだよね? というツッコミはスルーで。
 最初の注意書きをしっかりお読みになって、どうか無理のない範囲でお付き合い下さいねっ。


 で、お話の方なんですけど~、
 お読みくださった方の誰一人として青木さんの隠し子疑惑に不安を抱かず、薪さんが男爵になってると見抜かれるあたり。
 うちの青木さん信用ある。 そして薪さんには男爵的信用がある。(←??)
 光栄ですww。





きみのふるさと(2)





 両手に幾つもの土産袋を提げ、青木はマンションに帰ってきた。エントランスで部屋番号を押して静脈センサーに手首をかざし、居住スペースへの扉を開ける。1階分の階段を昇って右に曲がり、ドアを3枚通り越せば楽しい我が家だ。
 瞳孔センサーが居住者の瞳孔パターンを認識する僅かな時間を、青木はもどかしい気持ちで待つ。早く中に入って、恋人の顔が見たい。この時刻、彼は眠っているはずだから部屋へは音を立てずに入るつもりだが、3日も会えなかったのだ。せめて寝顔だけでも。

 慎重にドアを開けると、深夜にも関わらず点いたままの部屋の灯りが青木を驚かせた。目を見開くとリビングのソファに薪がいて、もっと驚いた。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
 てっきり眠っているものと思っていた人物に出迎えられて、青木は戸惑う。出張先で会うはずだった神戸支局の職員が急病になったことから明日の予定がキャンセルされ、今日の深夜に帰るとメールは入れておいたが、青木の恋人は青木の帰りを待っていてくれるほど殊勝な性格をしていない。何事かあったと考えるのが順当だ。

「どうしたんですか?」
 土産袋を部屋の隅に置き、マフラーとコートをポールハンガーに掛ける。ソファに近付いた青木に、薪は一枚のメモを突き出した。
「この番号に、今すぐ掛けろ」
 何となく覚えのある携帯番号だったが、咄嗟には思い出せなかった。電話を掛けるには、メモリーから名前を選んで発信するだけで事足りる。無用な11桁の数字を記憶しておけるほど、青木の脳は優秀でもスペースに余裕があるわけでもない。

「何も言うな。すべて彼女から聞いた」
 彼女?
「子供の件については、後で話し合おう」
 子供?

 まったく身に覚えのないことで、だから青木はポカンと口を開けているしかない。薪は何故だかそんな青木を見ようとせず、視線を斜め下方に向けたまま静かに微笑んだ。
「安心しろ。悪いようにはしない」
 なんだか嫌な予感がしてきた。付き合いの長い青木には分かる、薪が物分りの良い大人になる時は、ものすごい勘違いをしている時と相場が決まっているのだ。
「これでも僕は、おまえに感謝してるんだ。おまえの助けがなかったら、人生投げちゃってたかもしれないし。だから」
 大抵のことでは驚かないぞ、と青木は気持ちを楽にする。薪はとても頭が良いのだが、プライベートのことになると異常なくらい思い違いが多い。これまで数え切れないほど、彼のスットンキョーな誤解を解いてきた。つまり青木の落ち着きは、経験に裏打ちされた自信の表れなのだ。
 どんな誤解をされても、取り乱したりしない。それを解く自信がある。8年前から、青木は一途に彼だけを愛している。
「おまえと彼女と子供、家族三人平穏に暮らしていけるように、僕が取り計らってやる」

 無理っ!!

 声を失って青木は、心の中で絶叫した。
 いつの間にか子持ちにされてるっ!! たった3日離れただけで、どうしてこんなとんでもない誤解が生まれるのか、薪のカンチガイシステムは年々高性能になっていくようで。青木は思わず頭を抱え、その場にしゃがみ込んでしまった。
 だいたい、そんな誤解が生まれること自体がおかしい。青木の貞節を信用していない証拠ではないか。青木は薪以外の人間なんか、眼に入らないほど彼が好きなのに。
 そう思うと弁明するのも何だかシャクで、青木は黙秘権を行使する。屈んだまま頭髪に手指を埋め、床の木目に視線を落とし、口はぎゅっと結んだまま。深海に眠る貝のように、絶対に自分からは口を利かないぞと、それは恋人の不信に対するささやかな腹いせ。しかしそれは薪のシステムに掛かると悔恨の所作になることが、頭に血が上った青木には分からない。

「青木、そんなに気に病まなくていい。僕ならもう一人で大丈夫だから」
 青木の横に膝を付き、薪はやさしい声で慰めてくれた。毎度思うけど、この人のやさしさの使いどころはズレまくってる。
「薪さんの気持ちはありがたいですけど、彼女には夫がいますから」
「えっ、そうなのか? それは困ったな……でも子供のこともあるし、青木、どうだろう。勇気を出して、彼女の夫と話をしてみたら」
「彼女の夫はとてもいい人で。オレが家に行くと、いつも歓迎してくれます」
「それは、おまえと彼女の関係を知らないからだろう」
「いいえ。ちゃんと知ってますよ」
「本当か? なんて心の広い。僕も彼を見習わなくては」
 他所に子供を作った恋人を詰るどころか、生活の面倒まで見てくれると言う薪も、充分に大人物だと思うが。

 青木は頭髪から指を引き抜き、はあ、と溜息を吐きながら立ち上がった。怒る気力も失せた。薪の考え方が普通じゃないのは、今に始まったことではない。
 薪の肩を抱いてソファに座らせると、青木は3日ぶりに見る恋人の顔をしっかりと見つめた。少し眼が赤い。苦笑して、ついに青木は言った。

「ええ、本当にいい人なんですよ。お義兄さんは」
「ふうん。……お義兄さん?」
 あれ? と薪は右手を口元に運び、パチパチと眼を瞬いた。その仕草の可愛らしいこと。
「え? え? じゃ、さっき電話してきたのって」
「姉です。着信には気付いていたんですけど、電車の中で応じられなくて。駅に着いたら12時を回ってましたんで、明日の朝に連絡しようかと」
 薪が書き留めた携帯番号が誰のものか、子供と言うキーワードが出た時点で直ぐに分かった。青木の知り合いで幼い子供がいるのは彼女しかいない。

 薪は首を傾げ、次いでイヤイヤと首を振った。
「バカな。そんな古典的な間違いを、この僕が犯すとでも思うか。彼女、子供がおまえにそっくりだって言ってたぞ」
「叔父ですから」
 今年になって姉夫婦に生まれた倉辻家待望の長男は、青木の小さい頃に生き写しだと、母も姉も口を揃える。自分では分からないが、正直、舞の小さい頃と見分けもつかないのだが、母親特有の感覚に基づくものなのだろうと推察している。

 冷静に青木が返すのに、薪はなおも食い下がって、
「でも彼女、おまえに泊まりに来てほしいって」
「子守が必要なんですよ」
 姉夫婦は結婚当初、夫の仕事の都合で大阪に住んでいたが、転勤で東京に戻った際、恵比寿にマイホームを購入した。が、今でも週に3回は大阪支社へ赴かねばならない義兄は留守がちで、姉は二人の子供に振り回されているらしい。つまり、弟の顔を見たい気持ちが3割、子守が欲しい気持ちが7割、というわけだ。

 青木が倉辻家の事情を説明すると、薪は酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせ、
「ひゃ、百歩譲ってそれは認めるとしても、ファーストネーム呼びとか泊まりとか、子供が……会いたがってる…………姉……ああ、姉か……」
 薪の頭の中でいくつかのパズルピースが組み合わされ、あるべきところに収まっていくのが見える。疑問を口にしている最中にも誤解は解消されたようだが、この後、彼がどう出るか楽しみだ。

 腕組みに凝視で薪にプレッシャーを掛ける青木の前で、薪はすっくと立ち上がり、
「さて、寝るか」
「ごまかせるとでも?」
 寝室にダッシュしようとした薪の腕を捕らえ、もう片方の手を彼の前に回す。後ろから抱きしめる形になって、でもこれは薪も察している通り、抱擁ではなく拘束だ。
「で? オレと別れようと思ったわけですか」
 誤魔化しきれないと分かって、薪はしぶしぶ頷いた。不貞腐れた横顔の、尖らせたくちびるがあまりにもキュートで、青木は腕の強さを拘束から抱擁に変える。薪がその気になれば抜けられる強さ。だが、薪はその場を動こうとしなかった。彼にしてみれば青木の腕の中に留まることは陳謝の表れなのだろうが、青木には、彼がさしたる渋苦もなく別離を選択したことがものすごく哀しい。

「薪さんて、ほんっと諦めいいですよね。オレに未練とか、全然ないんですね」
「そうじゃなくて」
 華奢な肩を包んだ青木の手の甲に、彼の手が重ねられた。振りほどかれるのかと思ったが、細い手は重ねられたまま。
「子供だけは、どうにもならないから」
 特段、悲しそうでも辛そうでもなかったけれど、それは厳然たる事実。彼が簡単に青木を諦めてしまう要因の一つにもなっているに違いない。でも、それを言ったら青木だって同じだ。
「薪さん。ご自分の子供、欲しいですか?」
「いや。僕、子供嫌いだし」
 即行で返ってきた切り捨て口調の返事は、本音か気遣いか。
「嫌いなんですか? あんなに可愛いのに?」
「我儘でうるさいだろ」
 ――子供だって薪さんには言われたくないと思います。
 反射的に浮かんだツッコミは心の中に留めて、青木はくすりと笑う。

「オレに裏切られて、悲しいとか口惜しいとか。ちょっとは思ってくれました?」
「べつに」
「じゃあ、どうして眼が赤いんですか?」
「これは」
 薪は大きな瞳をくるっと回し、視点を上方に据えた。
「僕は本当に、おまえの愛情を疑ったりしていない。でも、もう一緒には暮らせないと思ったら、少しだけ悲しくなったんだ」
 不貞は疑ったけれど、愛情は疑わなかった。その路線で青木の追及を切り抜けるつもりらしいが、青木もそこまでお人好しではない。これは、困難が立ち塞がるたびに安易に別れを選択する薪の困った習性を改めさせる好機だ。逃す手はない。

「子供ができたってことは、オレが他の女性と関係を持ったってことですよ。薪さん、許せるんですか?」
「許せる」
 迷う様子もなく返ってきた言葉の白々しさに、青木は膝の力が抜けそうになる。武道大会で青木にタオルを渡そうとした女子職員にまで妬いてたクセに。
 元々薪は、浮気とか不倫とかが大嫌いなのだ。そういうことをする人間を軽蔑する傾向がある。コソコソ浮気するくらいなら離婚してから堂々とやればいい、などと世の日陰の恋に苦しむ人々が聞いたらブチ切れそうなことを平気で言ってのける。極端な倫理観が持論に拍車をかける形になって、彼の嫉妬心はますます燃え上がる訳だ。青木は薪のそんな性質をイヤというほど知っている。それなのに。

「おまえが女と寝たと聞かされても、僕は気にしない。単に女性の身体が欲しかっただけだろうと思う。だからさっきも、青木は子供が欲しかったんだな、って」
 ヤキモチを妬かせたら首都圏を焼き尽くす勢いの薪に、そんなことを言われても。
「いつからそんな大らかな自由恋愛主義者に?」
「それは違う」
 右手で掴んだ青木の手をそのままに、薪はくるりと身を翻し、こちらに向き直った。26センチ上方から見下ろせば、1ミクロンの揺れもない強い瞳。

「おまえがどこで誰と何をしても。おまえが一番愛してるのは僕だろ?」
 なんだろう、この余裕は。一緒に暮らしているから? 正妻の余裕と言うやつか?

 薪の思考の特異さは知っているが、この理屈を通されたら青木の方は堪らない。どこぞの女と遊ばれた挙句に「一番愛してるのはおまえだから」なんて薪に言い訳されたら。青木には、相手の女性を無傷で帰せる自信がない。
 下手をしたらその女は東京湾に浮かぶな、と物騒なことを考えつつ、青木は誠実な表情で訴えた。
「薪さんが思われるのは自由ですけど、オレは認めませんからね、そんなの。浮気は浮気で、しちゃいけないことです。オレは絶対にしませんし、だからあなたにも許しません」
「僕はそんな気は起こさない。今さら浮気なんか、面倒で」
 薪は淡白で恋愛下手だ。女性の機嫌を取る事なんか思いつきもしないだろうから普通の恋愛はできないかもしれない。が、今はそれを目的とした相手をネットで探せる時代だ。お手軽だし、相手だって、薪の容姿なら選り取り見取り……。
「おまえが3年くらい僕のことを抱かなかったら、したくなるかもしれないけど。試してみるか?」
 ……淡白な人でよかった。

「遠慮しておきます」
 青木が複雑な顔で身を引くと、薪はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべ、それで今の提案はブラフだったと分かる。自分に厳しい薪は、己が倫理観に反するような真似はすまい。
 薪は滑らかに身体を返し、寝室へ向かった。青木はその手を素早く捕え、しかし今度の拘束は薪には意外だったらしい。振り向いた彼のきれいな顔は、とても反抗的だった。

「すぐにシャワー浴びてきますから。待っててくださいね」
「平日の就寝時刻はとっくに過ぎてるが」
「不貞を疑われた訳ですから。大至急、身の潔白を証明しませんと」
「それは週末に持ち越しってことで」
「3日ぶりなんですけど」
「たった3日だろ」
「薪さんに会えない3日は、オレにとっては3年です」
「浦島太郎か、おまえは」
 昔話の喩えが可笑しくて、青木はクスクス笑う。
「そうですね。もしも薪さんが乙姫様だったら、オレ、絶対に地上になんか帰りません」
「ここに玉手箱があればおまえを老人にして、僕はゆっくり眠れるのに」
 同じ話から二人が導く仮説は天と地ほどにも開きがあって、でもそれは彼らのスタンダード。一緒に映画を観ても、同じ感想を抱いたことなど一度もない。それでも笑い合えるし、楽しく話ができる。恋の力は偉大だ。

 薪は喉奥で声にならない声を発し、あからさまな舌打ちで横を向く。相手のミスに付け入る形で、今夜の駆け引きは青木の勝ちだ。
 諦めムードで肩を落とし、とぼとぼと寝室へ向かう薪の背中で、青木は鼻歌交じりにネクタイを外した。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(1)

 こんにちはー。
 本日もご来訪ありがとうございますー!

 こちら、薪さんが青木さんの実家に行って、ごはん作ったり子供の面倒見たりするお話で、
 3万拍手のお礼SSとなっております。

 いつもながら原作の設定と違っててすみません、青木さんのお姉さんは生きてます。 
 小姑になって、元気に薪さんをイビリます。 薪さんが泣くまで責めます。 ←お礼SSでこの展開はどうよ?
 冒頭に、以前チラッと予告しました青木さんの隠し子疑惑が出てきますが、あんまり気にしないでください。←お礼……。

 それと、わたしは子供を育てたことがないので、子供の生態についてはまったく分かりません。 子育てのプロの方には首を傾げるようなことが書かれていても、ヌルイ眼で見てやってください。
 今回も、広いお心でお願いしますっ。







きみのふるさと(1)





 真夜中の、暴力的な覚醒は実に不快だ。
 もともとが眠りの浅い、また仕事柄、見る夢には陰惨なものが多い薪にあっては自らがその原因になることも多いのだが、礼儀を知らない電話のベルで叩き起こされるとなれば、普段からの不眠の責任すべてを電話の相手に押し付けたくなる。電話口の薪が無言だったのは、持ち前の低血圧のせいばかりではない。

『もしもし』
 しかも、知らない女の声ときた。逆探知掛けてやろうか、それとも電話の画面に表示された電話番号をWEB公開してやろうか、と薪が非道な報復を思いついた時、相手の口から意外な言葉が零れた。
『一行?』
 一緒に住んでいる男の名前を聞いて、薪の声帯が強張る。
 恋人が出張で家に居ない夜、知らない女から彼に掛かってきた電話をどう処理したらいいのだろう、と考えを巡らせたのはほんの1秒。薪は落ち着いた声で「うん」と返事をした。

『携帯に掛けたんだけど、出ないから。家に掛けて、迷惑じゃなかった?』
「大丈夫だ」と返そうとして、薪は口を噤む。青木の声は低めのテノールだ。薪の地声で似せるにはツライものがある。
 薪はベッドから出て、寝室に置いてあるパソコンの前に座った。音声ソフトを立ち上げて、登録しておいたパーソナルデータを選び、『大丈夫だよ』とキーボードで打ち込む。彼女の声を拾えるようにイヤホンマイクの端子を携帯に差し込み、これで準備は万全だ。
 ソフトが起動するまでの間、女の声は訝しげに彼の名前を呼び続けていたが、受話器部分をパソコンのスピーカーに近付けて青木の声を聞かせてやると、それで彼女は落ち着いたようだった。

『今、何してたの?』
「寝てたんだよ。頭が冴えるまでに時間がかかった」
『えっ。まだ10時よ?』
 悪かったな。年寄りは夜が早いんだ。
 心の中で毒づきながら、薪の手は尤もらしい言い訳を紡ぎだす。
「刑事はね、寝られるときには寝ておくんだよ。いつ仕事で呼び出されるか分からないから」
 大変ねえ、と相手は同情めいた声を出し、「起こしちゃってごめんね」と申し訳なさそうに言った。
 いったい誰だろう、と薪は相手の女性の素性を想像する。タメ口、深夜の電話、加えてファーストネーム呼びなんて。ずい分親しげじゃないか。
 ざわざわする気持ちを努めてなだらかにしながら薪は、「平気だよ。気にしないで」とインプットした。
 青木に限って、浮気なんて絶対に有り得ない。女友達の一人や二人、青木にだっているだろうし、特別な関係じゃなくても電話ぐらいするだろう。

『ねえ、一行。また家に泊まりに来てくれない?』
「泊まり!?」
 思わず口から出てしまった。受話器は机の上、パソコンに近付けて置いてあるが、声が聞こえてしまっただろうか。
『人の声がしたみたいだけど。傍に誰かいるの?』
「隣の家のテレビだよ。近所迷惑だよね」
 キィを叩きながらも、薪の頭の中はパニック状態だ。
 そんなはずはない。一緒に住み始めてからは、青木の外泊理由は全部把握している。出張と、福岡の友人の結婚式。それから飲み友達と朝まで、というのが何回か。

 数えてみたら、けっこうな回数の外泊をしている。しかし、それを責めることはできない。家に帰ってこないのは、薪の方が断然多いからだ。仕事も付き合いも、夜でないと身体の空かない相手もいる。
 問題は、その中に偽りの理由が混じっていたかもしれない、という可能性が出てきたことだ。青木がこの家に来てから半年になる。舞い上がるような心地にも慣れが生じて、そろそろ地面に足が付くころだ。
 そう言えば、一緒に暮らし始めてから、むやみやたらとセックスを強要されなくなった。離れて暮らしている頃は生命の危険を感じるくらいに執拗だったのに、ここ数か月は1回で満足して、ちゃんと薪を眠らせてくれるようになった。
 薪はそれを我が身を振り返る思いで青木も年を取って落ち着いたのだと決めつけていたが、本当はこの女性で解消していたとか?
 疑い出せばキリがなくて、3日前の朝、彼を出張に送り出した時のキスもおざなりだったような気さえしてくる。不安が薪の指先を動かし、次のセリフには疑問符が付いた。

「こないだ泊まったの、いつだっけ?」
『ええと、2週間くらい前だったかしら』
 2週間前、と聞いて、薪は頭の中のスケジュール表を過去へとめくる。自分が海外出張でいなかった時だ。青木は出掛ける際、必ず薪に行き先を告げて行くが、不在では知りようもない。
 やっぱりあいつ。僕に隠れていい思いしやがって。
 許せない、と思う気持ちと、仕方ない、と思う気持ちが半々に生まれるのは、年の離れた恋人を持つ者の宿命だ。青木はまだ31歳。女の子と遊びたい気持ちも分かる。
 一緒に暮らしていると言っても、自分に彼を縛る権利はない。自分たちは婚姻関係が結べるわけではないから、民法第770条1項は適用されない。となると、有責行為はあくまで個人の節度の問題であって、それは人によって違う。他の人と寝ても心はあなたのものです、という節度で付き合っているカップルも世の中にはたくさんいる。

 否、青木はそんな人間じゃない。きっと何かの間違いだ、と思う傍から、受話器を通して赤ん坊の泣き声が。
『あら、起きちゃった』
 ちょっと待て! 子供までいるのか!?
 いや、青木の子供と決まったわけじゃないけど、もしかしたら子持ちの主婦との不倫かもしれないし、って、それも困る! 監査課にバレたら免職ものだ。

『この頃、夜泣きがひどくって。よいしょ』
 彼女は子供を抱き上げたらしく、泣き声が近くなった。母親に抱かれて、子供は次第に落ち着き、やがて静かになった。
『ねえ、この子も楽しみにしてるのよ。顔を見に来てよ』
 青木は子供好きだから、彼女の子供にも懐かれているのだろう。しかし、女性の心理を考えた場合、他の男性との子供の顔を見に来てくれと男を誘うだろうか。
『ふふ。ホントこの子、一行によく似てるわ』
 やっぱり青木の子供か。

 子供までいるなら、責任を取るべきだ。彼女と籍を入れて、両親揃って子供を育てるのが正しい大人の行動だ。
 こういう場合、自分は捨てられるのだろうな、と薪は眼を伏せ、やれやれと肩を竦める。男と恋仲になっていいことなんか何もないのは分かっていたけれど、こんな終わり方って。
 せめて捨てられる前に自分から振ってやる、とそれは腹いせでもヤケクソでもなくて、薪の最後の思いやり。青木のことだ、薪を傷つけるのが怖くて言い出せないに違いない。それは優しさじゃなくて卑怯者の行為だ、と説教してやりたいけれど。
 そういう彼に惚れたのだから、やっぱり自分の負けなのだ。

「わかった。折を見て、そっちに行くよ」
 恋人の子供を産んだ女性と、彼の振りをして話をするのは結構辛い。早いところ電話を切って、酒でも飲んで寝てしまいたい。白黒つけるのは、青木が帰ってきてからだ。
 忙しいのにごめんね、と、彼女はその奥ゆかしさを声に滲ませた。子供ができたのに結婚もしてくれない男を慕い続けているくらいだから、控えめな女性なのだろう。きっと寂しい想いをしているのだろうな、と自分から恋人を奪っていくはずの女性に薪は同情を覚えつつ、恋人たちが就寝前に交わすであろう挨拶で会話を締めくくった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(8)

 またまた更新空いちゃいましてすみませんー。 
 来月早々経営審査があるので、その書類作りをしておりました。 決して、秘密版人生ゲームのボードを作っていたわけではありません。(笑)



 そんなこんなで、
 パーティ終了です。
 お付き合い下さってありがとうございました。(^^






パーティ(8)







 小野田がいなくなると、宴席は無礼講になった。
 室長の家だという緊張感はアルコールが消し去ったようで、職員たちは大いに食べ、したたかに飲んだ。
 酒の席ではいつものことながら、話題は他愛もない事ばかりだった。小池が経理課の女子を美人揃いだと褒めれば、今井は秘書課の方がレベルが高いと言う。女の子は綺麗でツンケンしているよりも可愛い方がいい、と宇野が言うと、それなら庶務課かな、と曽我が請け合った。薪は雪子と、最近読んだ推理小説に使われていたコンピューター仕掛けの義手を使ったトリックについて現実に可能かどうか検討し、竹内は岡部と昔話に興じていた。
 
 気の置けない仲間たちと楽しい時間を過ごし、卓上の料理があらかた無くなって、ふと気付けば太陽は西のビルの端に隠れようとしている。日の長いこの時期、時刻は6時半を回ったところだ。
 ふと薪が横を向き、くあ、と小さな欠伸をした。話に夢中だった殆どの人間は気付かなかったが、何かにつけて彼を見ていた2人の男だけはそれに気付いた。

「俺、そろそろお暇します。室長、ごちそうさまでした」
 竹内の声で、窓の外がすっかり朱色に染まっていることに気付いた客たちは会話を中断し、顔を見合わせて、じゃあ俺たちもそろそろ、と居ずまいを正した。
 ごちそうさまでした、と彼らが声を合わせるのに、薪は軽く頷いて「気を付けて帰れよ」と室長らしい一言で場を締めた。それから、片付けを手伝います、と申し出る彼らに、
「大丈夫だ。こいつがやるから」
 と非情に青木を指差した。休日の業務を言い渡された後輩に、先輩たちは憐みの視線を送ったが、青木にとってその言葉はデートの誘いと同義語だ。もしかしたら今夜も薪の傍で眠れるかも、なんて思っただけで顔がにやけてくる。
 
 テーブル等の大物だけでも、と岡部が言葉を重ねると、薪はちらっと青木を見て、すまないな、と岡部にやさしく微笑んだ。昨夜二人でソファを動かすのはけっこう大変だったのだ。
 部外者の二人にまで手伝わせる気はなかったのだが、結局は竹内と雪子の二人も手を貸してくれた。竹内は空になった皿をダイニングテーブルに運び、雪子は「力仕事ならあたしに任せて」と性別に合わない仕事に立候補した。彼女が一人で重いソファを楽々と運び、もう一つのソファを二人組で運んでいた小池と曽我を瞠目させる中、竹内はキッチンで手早く皿を洗い、その手際の良さは薪を驚かせた。
「ずい分、手馴れてるんですね」
「俺の家は母親しかいませんでしたから。子供の頃から、皿洗いは俺の仕事で」

 竹内が母子家庭で育ったことは、彼の母親から聞いていた。
 昨年の冬、業火の中で薪を助けるために大怪我をした竹内を見舞った折、彼の母親に会って話をした。
『自分のことを庇って、ご子息は怪我をされました。申し訳ありませんでした』
 薪が頭を下げると、彼女は息子そっくりの涼やかな茶色の眼を薪に向けて、
『わてのアホぼん(バカ息子)も、ようやっと人さんの役に立つことができまして』
 優雅に京言葉を操るたおやかな女性を薪は驚嘆の思いで見つめ、竹内が為した信じがたい行動の源泉は彼女にあると確信した。この美しく強い女性に、彼は育てられたのだ。成長し、刑事になり、岡部によってさらに鍛えられた。竹内にとってあの行動は当たり前の、必然とも言える行為だったのだと薪は理解して、しかし自分のせいで誰かが傷付くことはやはり耐え難かった。

 薪は、病室でこの男に自分の弱さを晒してしまったことを思い出した。それを彼が見ない振りでやり過ごしてくれたことも。ついでに彼が薪に騙されて年端もいかない少女とキスをしていたことまで思い出し、クスッと笑った。
 なんですか、と薪の笑いを疑問視する竹内に、薪は汚れた皿をシンクに置いて、
「素敵なお母さんですよね。羨ましいです」
「とんでもない。見た目は大人しそうですけど、中身はオニババですよ。怖いのなんのって」
「そうなんですか?」
「子供の頃、学校サボってゲーセンで遊んで家に帰ったら、担任からの電話でバレまして。包丁持って追いかけ回された記憶があります」
 見かけからは想像も付かない武勇伝に、薪は思わず吹き出した。竹内の母親はかなりの烈女らしい。

「結婚相手って、母親に似るそうですよ。浮気なんかしたら、それこそ包丁で刺されるんじゃないですか」
「いいえ、俺は絶対に母のような女性は選びません。妻にするなら、華奢でか弱くて、守ってあげたくなるようなタイプが理想です」
「どちらにせよ、浮気性の夫を持った女性が幸せになれるとは思えませんね。妻の理想を語る前に、ご自分の性癖を直されてはいかがですか」
 剃刀のような嫌味を連発しつつ、薪はクッキングヒーターに載せてあった鍋から筑前煮の残りをタッパーに移し、竹内に差し出した。

「よろしかったらどうぞ」
「いいんですか?」
「あなたがお持ちにならないなら、ゴミになります」
「ありがとうございます。いただきます」
 最後までキツイ口調を崩さない薪に、竹内は素直に礼を言い、ふと訝しげな表情になって、
「あれ? どうして総菜屋で買ってきたものが鍋に?」
「! そ、それはそのっ、温めた方が美味しくなると思って!」
「おや、そっちの鍋にも何か残ってますね。あ、こっちのトレーには天ぷらと唐揚げが。カルパッチョの残りも」
「!!! あとは僕と青木で片付けますから! 帰ってください!」
 薪は竹内の背中を押し、無理矢理キッチンから追い出した。これ以上、この男に弱味を握られてたまるか。

 竹内の身体をリビングまで押し込むと、部屋はすっかり片付いていた。本来の位置にテレビとソファーセットが置かれ、マンションの集会所から借りてきた折り畳み式のローテーブルは壁際に立て掛けられていた。
「「「「「室長、ごちそうさまでした!」」」」」
 一人が一つずつ、合計6個の長方形のテーブルを抱えて、部下たちは全員部屋を出て行った。帰りに管理人室に寄って、集会所にテーブルを戻してくれる気らしい。昨夜、集会所から青木と二人でテーブルを運んだ苦労を思い出し、薪はやれやれと肩を緩めた。強く疲労を感じていたから、正直、助かった。

「じゃあね、薪くん。あたしも帰るわ」
「貴重な休日に、ありがとうございました。帰りは青木に送らせますから」
 薪が携帯電話を取り出すと、雪子は忙しなく右手を振って、
「いいわよ、一人で帰れるから」
「いけません。雪子さんだって、一応は女性なんですから」
「一応は、ってなによ」
 キッパリとした眉根を険しく寄せる雪子に薪はタジタジとなって、とにかく送らせますから、と携帯のフラップを開いた。

「分かったわよ。じゃあ、竹内に送ってもらうから」
「ダメですよ! こいつが送りオオカミになったらどうするんですか!」
「大丈夫よ。あたしの方が強いから」
 雪子は柔道4段だ。比べて、竹内は射撃こそ全国トップ3の腕前を持っているが、柔剣道は共に有段者ではない。肉弾戦になったら、雪子に膝を付かせることもできないだろう。
「それはそうかもしれませんが、でも」
「心配いりませんよ、室長。さっき言ったじゃないですか。俺は絶対に母みたいなタイプは選びません。では」
 止める間もなく帰っていく二人を玄関で見送り、薪は自宅にひとりになった。静まり返った部屋の中、薪は気が抜けたようにため息を吐き、ふらふら歩いてソファに倒れ込んだ。

「疲れた……」
 ものすごく疲れた。身体も重いが、精神の方が重症だ。擦り切れてメッシュみたいになってる。元々、社交的な付き合いは苦手なのだ。逆に、一人の方が落ち着く。少年時代の体験がこの性質を作ったのか、薪は孤独を寂しいとは思わない。

 でも。
 たった一人の空間は、妙に広く感じる。

 百人近い人々がここを訪れたのだ。一時は足の踏み場もないくらいだった。祝辞を述べるだけなら職場で事足りるだろうに、わざわざ吉祥寺くんだりまで。みんな、どれだけヒマなんだ。
 見慣れたリビングに彼らの幻を描いて、薪はふっと笑った。瞬間、玄関のチャイムが鳴る。のろのろと起き上がってカメラを確認すると、第九の年若い捜査官が映っている。
 大人しく帰るわけがないと思っていたが、やっぱりUターンしてきたか。

 迎え入れると、彼はにっこりと笑って「お疲れさまでした」と労いの言葉を発した。青木の優しい言葉に薪は苦笑し、ソファへと戻った。いつもなら得意の皮肉で返すのだが、今日はその気力が残っていない。
 座面に仰向けになって眼を閉じていると、コーヒーの香りが漂ってくる。キッチンとリビングの間には扉がないから、換気扇を回し忘れると居間に焼き魚の匂いが充満したりするのだが、この香りなら大歓迎だ。
「どうぞ」と声を掛けられて、薪はうっすら眼を開ける。横目で見ると、ローテーブルの上にコーヒーが置かれていた。淹れた本人は、と頭を巡らせれば、サイドボードの上に来訪客が持ってきた花籠を飾っている。殆どの客が花篭を選んでくれた。花束は花瓶が必要になるから、との気遣いはさすがだと思うが、問題はその数だ。
「まだまだ沢山ありますよ。リビングに並びきるかな」
「僕に花屋でも始めろってのか」
 専属バリスタのコーヒーでいくらか元気を取り戻したのか、客たちの好意を、薪は皮肉った。青木は、小野田が持ってきた白百合の花篭をローテーブルに置き、
「よかったですね。たくさんの方に祝ってもらえて」

「バカだな、おまえは。あの中の何人が本気で僕の昇進を祝っていたと思う? せいぜい一割」
「全員ですよ」
 左端の口元だけを釣り上げた薪の皮肉な笑みは、青木の断言に固まる。皮肉顔から呆れ顔に移行していく薪の前で、青木は何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて言った。
「みんな薪さんにお祝いを言いたくて来たんです。オレと同じ気持ちなんです」
「おまえと?」
 強い正義感を携えた新しい警視長が、どれだけ仕事熱心か。どれほどの情熱を職務に注ぐのか。被害者とその遺族にどこまで誠実か。いかに部下を守り、彼らを導くことか。
 青木は知っている。皆も知っている。
 青木が言いたいのはそういうことだと、もちろん薪には分かっていたけれど。

「勘弁してくれ。ヘンタイはおまえ一人で充分だ」
「ちがいますよっ!」とむきになって否定するのを心の中でにやにや笑って、表面上はいかにも辟易した顔を取り繕って見せる。青木を構うのはとても楽しい。

 坊ちゃん育ちの青木らしい意見だが、世の中そんなに優しく出来ていないことを薪は知っている。笑顔で祝辞を述べながら後ろ手にナイフを光らせる、それがこれから薪が入って行く警察上層部だ。それでも。
 目の前のお人好しを見ていると、今日くらいはそんな幻想に浸ってもいいか、などとお気楽な考えが浮かんでくる。それは、過労死するために立てたとしか思えないスケジュールを調整して訪れてくれた慈悲深い上司のおかげかもしれなかったし、鬼の室長の自宅という居心地の悪さを感じる様子もなかった直属の部下たちの図太さのせいかもしれない。あるいは警察庁と警視庁の職員たちが仲良く酒を酌み交わすという、貴重な光景を目の当たりにしたことの衝撃による錯誤ですらあったかもしれぬのだが。

 これから自分が進む道には、数多の苦難が待ち受けていることだろう。消せない罪を背負う薪にとって、過酷な試練が続くことは予想に難くない。
 それでも、自分は一人ではないと。支えてくれる人も大勢いるのだと。
 素直に思えるのはきっと、この男の悪影響。両手に花篭を抱えて、リビング中をウロウロしている大男のせいだ。こんな甘い考えでこれからやって行ける訳がないと、それは分かりきったことなのに。その危険な考えに傾いてしまう自分を止めることができない。

 葛藤のあげく薪は、今日だけだ、と自分を許すことにした。

 コーヒーを飲み終えて、薪は再びソファに寝転がった。眼を閉じて、目蓋の裏に来客たちの笑顔を思い浮かべながら、恋人がせっせと飾っている花々の香りを吸い込む。
 華やいだ香りに満たされた部屋に、風呂の沸き上がりを報せる電子音が福音のように響いた。




(おしまい)



(2011.12) あら。書いたの1年も前だったのね~。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(7)

 こんにちは。
 毎日、ご訪問と拍手をありがとうございますー!
 アホなこと考えてて (詳細は聞かないでください) コメレスと更新遅れてすみませんー!!

 
 新しいリンクのご紹介です♪
 『秘密の青空』 というブログさんです。 (お名前ポチると飛べます)
 管理人は しおんさん とおっしゃって、わたしの個人的な印象ですが、とっても上品できれいなひと!
 でもって、すごく優しい目線で色んなものを観ている方だと思います。 何に対しても温かい気持ちを持つことができて、そこに美を見いだすことができる方。 人間的に尊敬できる方です。 うちみたいな腐れブログとリンクしてもらえて光栄です。(^^

 ブログ内容もバラエティに富んでいて、『秘密』の感想に読書レビュー、イラストに動画 (すごい! 絵が描ける人はみんな神だと思う!)、それと、お茶目な一面もおありで、
 思わず笑ってしまう4コマ漫画。(>m<)
 わたしは文字しか書けないので、しおんさんのマルチな才能がすごく羨ましいです!

 みなさんも、リンクからぜひどうぞ。(^^ 



 さて、パーティの続きです。
 以前あやさんにお尋ねいただいたんですけど、「この話の青木さんはどうしてそんなに自分に自身が無いの?」
 同じ疑問を抱かれている方に、ちょっと補足説明を~。

 本当はもっと裏の無い話にしたかったんですけど、警視長就任パーティとなるとどうしてもこの時期、2063年の春、になってしまうんです。 で、うちの青薪さんが当時どんな状況だったかと言いますと、
 8ヶ月ほど前に最初のバクダン落ちて(『トライアングル』)、その後薪さん4ヶ月くらいEDになって(『斜塔の頂』)、一応は恋人関係を維持しているものの、『サインα』の前なので青木さんの覚悟も固まってなくて、実はとっても不安定な時期なんです。 だから青木さんが後ろ向きなんですね。
 年号付けて本編に入れた方が分かりやすかったんですけど、周りの人間がみんなアホ過ぎて、ちょっと現実味が……(^^;

 特にこの章、上記の理由で、青木さんが少しウジウジしてます。 ご了承ください。







パーティ(7)






 小野田官房長の威光で、来客は潮が引くようにいなくなった。
 酩酊していた招かざる客たちは、薪に向かって我先にと暇を告げ、争うように帰って行った。官房長に非礼を働いたりしたら、一生浮き上がれなくなる。アルコールに浸された自分の脳の状態を勘案して、彼らは保身に走ったのである。
「蜘蛛の子散らすようにいなくなりましたね」
「傷つくなあ。ぼくって、そんなに嫌われてるのかな」
「そんな。みんな、気を使っただけですよ。座る処もありませんでしたから」
 残っているのは、薪が本当に招待したかった客たちばかり。パーティはこれからだ。

 青木は手早くテーブル周りを片付けて、彼らの座席を用意した。卓を囲んだのは、第九の職員たちと、小野田に雪子に竹内。最後の二人は、緊張で硬い表情をしている。小野田の役職のせいだ。
 引き換え、第九の連中の緊張感はそれほどでもない。小野田は薪の顔を見に、ぶらりと第九に寄ったりするからだ。人間、どんなことも結局は“慣れ”だ。

「三好くんに竹内くん。いつも薪くんが世話になってるね」
 彼らの緊張を解くためか、小野田は自分の席に着く前に、自分から二人に声を掛けた。物怖じしない性格の雪子は気丈に応じ、冷静なエリートの竹内は当たり障りの無い応えを返した。
「竹内くん。火事の時は、薪くんを助けてくれてありがとう」
「いえ。私は当然のことをしたまでです」
「あの子は時々、想像もつかないような無茶をしてくれるから。君たちみたいに有能で勇敢な人間が、彼の友人でいてくれると安心だよ」
 薪の友人だと言われて雪子は微笑み、竹内は少々複雑な顔をしたが、黙って敬礼した。焦りも媚びもない、エリートと呼ばれるに相応しい態度だった。
 さすが竹内だ、と青木は彼の卓抜性を見せ付けられる思いだった。初めて小野田にコーヒーを運んだときには、手が震えてしまった自分とは大違いだ。
 これからもよろしくね、と小野田は気安い笑みで竹内と雪子から離れた。傍にいた青木には、声を掛けてくれなかった。以前はもっと親しく話しかけてくれたのだが、薪との関係がバレてからは、巧妙に遠ざけられるようになった。無理もない、青木は薪に付いた悪い虫だと思われているのだ。

 隣に腰を下ろした小野田に、薪はにっこりと微笑みかけ、
「小野田さん、お一人ですか? 秘書の方々は?」
「遠慮させたよ。大人数で押しかけたら、薪くんだって困るでしょ」
 しっかり部下を管理できている。これが本当の上司と言うものだ。
 咳払いして雪子を見ると彼女は、分かってるわよ、とばかりに唇を突き出した。その隣で竹内が、秀麗な眉を寄せて苦しげな顔をした。多分、青木が同じ表情をしたら情けないだけだと思うが、彼が為すとそれは舞台俳優が苦悩する様にも似て、腹立たしいほど絵になった。

「すみません、気を使わせて」
 小野田の隣に座った薪が、甲斐甲斐しく彼に料理を取り分け、グラスにビールを注ぐのに、小野田はにこにこと笑い、
「いいんだよ、ぼくは。薪くんが作った茶巾寿司さえ食べられれば」
「僕が食べさせて差し上げますねっ!」
 口の中に突然押し込まれた酢飯の塊に、小野田は胸を叩き、喉に詰まった寿司をビールで胃に流し込んだ。せっかくの寿司がビールの苦味に侵食されて、さぞや複雑な味になったことだろう。

「室長が作った? これ、デリバリーじゃ」
 不思議そうに部下たちと竹内とが首を傾げるのに、薪は強張った表情で、
「もちろん! 僕は男ですから、料理なんかできません!」
 必要以上に強く否定するものだから、みんなが不思議がっている。仕事のことは完璧なポーカーフェイスで通すのに、薪はプライベートの嘘は下手くそだ。加えて、
「謙遜しなくたっていいじゃない。薪くんは」
「小野田さんっ、もう一つどうぞっ!!」
 官房長に対してまで実力行使に躊躇いが無いのはどうかと思う。まったく、どれだけ秘密にしておきたいのだか、と青木は心の中で溜息を吐く。

「そう言えば、デリバリーにしては皿がプラスチックじゃないな」
「さっきまでキッチンにいたけど、容器が捨てられてる様子もなかった」
「小袋の醤油とかソースも見当たらないし」
「「「「「室長、どうしてなんですか?」」」」」
「そ、それはそのっ……」
 不自然な言動が墓穴になって、薪はじわじわと追い詰められた。一流の捜査官がこれだけそろっているのだ。いかに薪が天才でも、そう簡単にシラを切り通せるものではない。

 料理が上手だからと言って、男が下がるとは青木には思えない。シェフも板前も、立派な男の職業ではないか。
しかし、と青木は数時間前までキッチンに立っていた彼の姿を思い出し、ついでにその姿に見惚れていた恋敵の顔も思い出し、心の中で舌打ちした。
 薪にとって、料理は仕事ではない。自然に肩の力も抜けるし、笑顔も浮かぶ。よって、料理に没頭する薪からは、プロの料理人のような緊張感は感じられない。見ようによっては夫のために手料理をこしらえる良妻のような。それも新婚家庭の新妻だ。
 やっぱり、薪のあの姿は誰にも見せたくない。彼の特技は秘匿するに限る。

「惣菜屋さんから、オレが車で運んできたからですよ」
「青木が?」
「惣菜屋のプラスチック皿じゃ味気ないから、自分でお皿を持って行って、それに盛り付けてもらったんです。その方が美味しそうに見えるでしょ」
 正直者で通っている青木の証言に、なるほど、と来客たちは納得して料理に箸をつけた。忙しく動く何組もの箸の向こうで薪は胸を撫で下ろし、一瞬で共犯者になった青木に、満足げな視線を送ってきた。明日のデートは期待してよさそうだ。
 他の誰よりも先に薪の昇進を祝いたくて、昨夜は薪と二人きり、ささやかに前祝をした。楽しい気分のままベッドに入ったら、ついつい調子に乗って真夜中を越えてしまった。今日は早めに休ませてやって、明日の日曜は薪の好きな温泉にでも連れて行こう。

 楽しい会話を繰り広げる仲間たちの輪に加わりつつ、青木は明日の予定に胸を弾ませる。隣に座った曽我の、年若い彼女の自慢話に空虚な羨望を含ませた相槌を打ちながら、時折、テーブルの奥に収まった主役に眼を向ける。小野田と岡部に挟まれて吟醸酒を傾ける端正な美貌に、見惚れてしまいそうになる自分を戒め、理性で視線を外す。
 何度かそんなことを繰り返しているうちに、彼は、自分と同じことをしている男の存在に気付いた。
 雪子の隣に座った彼は、会話が途切れると薪のことを見る。それはパーティの主役に注目する自然な動作に見せかけていたけれど、青木には不愉快な行為だ。眼に熱が込もり過ぎている。
 青木に言い含められていた雪子は、それに気づくたびに彼に話しかけ、彼の視線を他に転じることに成功していたが、所詮はその場凌ぎの小技でしかない。彼の想い自体を断ち切らなければ根本的な解決にはならないし、青木の不安も消えない。

 薪に恋人がいると匂わせたら、諦めてくれるだろうか?
 彼にすることはできない質問を、ならばと自分に投げかけてみて、青木はその質問の馬鹿馬鹿しさに笑い出したくなる。

 恋とは果てしなく利己的なもの。相手に好きな人がいようと関係ない。それは自分が何年もの間、思い知らされてきたことではないか。
 もしかしたら、今も。

 振り向いてもらえない辛さは、青木にはよく分かる。昔のことを思い出すと、当時の切なさも絶望も甦ってきて、竹内に同情する気持ちさえ生まれてくる。結局は、バカが外せないお人好しなのだ。
「竹内さん。この筑前煮、美味しいですよ」
 青木は、味が沁みて艶よく色づいた筍や蓮根、牛蒡や人参などを新しい取り皿に載せて、3つ隣の席の竹内に差し出した。竹内と青木は友だちだ。何度か夕食を共にしているから、彼の好物が和食、それもおふくろの味的な食べ物を好むことを知っている。
「どれどれ。俺は煮物にはちょっとうるさいぞ」
 厚切りの牛蒡を口に入れて、竹内は言葉を止めた。驚いたように目を瞠る、それだけで彼の整った顔は周囲の女の子の視線を集める。ここには女性は雪子しかいないから、あの燥いだざわめきは聞こえてこないが、青木の眼から見てもやっぱりカッコいい。

「これ、どこの総菜屋?」
「吉祥寺です」
「吉祥寺の何処?」
 他県へでも買いに行こうかという勢いで、竹内が身を乗り出してくる。これを薪が作ったとは、絶対に言えない状況になってきた。
 青木が返答に困っていると、隣の曽我が助け船を出してくれた。坊主頭に恵比寿のような笑みを浮かべて、
「ダメですよ、竹内さん。俺たちが何度お願いしても、室長は絶対に教えてくれないんです。おまえらに餌場を荒らされたら、自分の夕食がなくなる、って」
 嘘ではない。実際に、岡部と青木が薪の家で食事をすると、しばしば薪は自分のおかずがないという憂き目に遭っている。あんまり美味しいからつい夢中になって、自分が食べて良い数を忘れてしまうというのがその原因だ。
「自分の部下にも秘密じゃ、俺なんかが教えてもらえる道理がないな」
 竹内は、明るい苦笑いで質問を引込めた。微笑みを浮かべたままの口元に、花の飾り切りを施した人参を運ぶ彼に、青木は微かな罪悪感を覚えた。

 薪の特技を知っている小野田と岡部、雪子の3人は、薪の意向を理解し、口を噤んでくれた。
 特に小野田は、「薪くん、今度ぼくにだけお店の場所を教えてね」と見事なフォローを入れてくれた。それから視線を全員に向けると、
「じゃあ、ぼくはそろそろ。みんな、これからも薪くんをよろしくね」
 殺人的な忙しさの合間を縫って顔を出してくれた彼は、「もっと食べたかったけど」と名残惜しそうに料理を眺めながらも腕時計をかざし、席を立った。

 全員がその場に正座をして上官に敬礼する中、よろしかったらお持ちになりますか? と薪が勧めると、事情を知らない者たちは大層驚いた。官房長なら当然、高級な料理に慣れているはず。その彼に総菜屋の料理を土産にどうか、などと訊いたら失礼ではないか。
 ところが小野田は嬉しそうに、「いいの? じゃあ、あれとこれとそれと」と好みの料理を指定し始めたから、周囲の人々は開いた口が塞がらなかった。呆然とする先輩たちを尻目に、青木は台所からタッパーを取ってきて、小野田の指示通りに料理を詰めた。
 薪の料理は高級レストランにも引けを取らない。舌の肥えた小野田が言うのだから間違いない。自分の鈍い舌では断じられなかったことに確証を得た思いで、青木は誇らしかった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(6)

 こんにちは。

「いなにわ」というブログさんを、新しくリンクさせていただきました♪ (お名前をポチると飛べます)
 こたさん、ありがとうございました。

 最近始めたばかりということで、とっても初々しいブログさんなんですけど、こたさんはとにかく楽しい方で。 爆笑必至です。 どうも笑いのツボが一緒みたいで、こちらにお邪魔した後は思い出し笑いもしょっちゅうです。
 すごく元気な文章を書かれるので、読むと元気になれます。 オススメです。
 ぜひ、リンクからどうぞ。(^^



 さて、パーティの続きですね。
 うん、もうパーティじゃなくて乱痴気騒ぎですね。 薪さんのマンション、完全防音で良かったね☆






パーティ(6)






 眼の前でブロンズ色のドアが開いたとき、岡部は開いた口がふさがらなかった。
「なんだ、この人数!?」
 ドアを開けたのは家主の薪ではなく、捜一の竹内だった。彼は俳優のように整った顔を申し訳なさそうに伏せると、「招かれざる客たちです」と状況を端的に説明した。
「アルコールの副作用で混ぜこぜになっちゃってますけど。うちのバカどもと法一と組対5課と室長会と、あ、警備部もいましたね。後で官房室も来るみたいですよ」
 まるでラッシュ時の満員電車だ。鮨詰め状態で、足の踏み場もない。主役の姿を探すが、障害物が多過ぎて見つけるのも困難だ。薪は身体が小さいから、人々の間に完全に隠れてしまう。

「俺たち、お祝いだけ置いて帰ったほうがいいですか?」
「いや、帰るのは呼ばれてもいないこいつらの方です。待ってください、今すぐうちのバカどもを退去させますから」
 紙コップのビールを呷り、法一や警備部の女の子と歓談している部下たちを、竹内は無理矢理立たせた。酒の入った部下たちは不服な顔をしたが、来客のためにスペースを空けろ、と班長に言われて素直に部屋の隅にいざった。
 薪が喜びを分かち合いたかったのは、何よりも大切な自分の部下たちだ。薪の身になってみれば分かる。竹内だってそうだ。自分が昇進したら、一番に部下たちを労ってやりたい。

「おまえら、そろそろ帰ったらどうだ。室長に直接お祝いを言いたい、という目的は済んだだろう」
「あっ、また室長を独り占めしようとして」「薪室長の恋人に相応しい男ナンバー1に選ばれたからっていい気になって」「おれたちを帰して、その後室長と何する気なんですか?」
 一言言ったら10くらい文句が返ってきて、竹内は天井を仰ぎ見る。
 ダメだ。こいつら全員、完璧に酔っぱらってる上に集団心理が働いて、無敵モードに入ってる。例え一課長を此処に呼んできても、聞く耳を持たないだろう。

「ちょっと、あんたたち。いい加減に帰りなさいってば」
「野郎ども、いい加減にしねえか」
 向こうでは雪子が、その隣では脇田が、竹内と似たようなことを言って似たような逆襲に遭っていた。青木ではないが、全員窓から蹴り出してやりたい。
 竹内も、かなり頭にきている。
 招かれてもいないのに、他人の家に居座って大騒ぎとは何事だ。自分たちが飲み食いするものは持参しているものの、場所を占拠されるだけでも大迷惑だ。あの薪が、よく怒り出さないものだ。

「竹内さん、大丈夫です。第九の連中はダイニングテーブルに着かせますから。こちらにも料理は用意してありますし」
 捜一の部下たちの間から薪の声が聞こえて、竹内は目を凝らす。身体の大きな刑事たちの陰に隠れて、全く見えなかった。
「しかし、――おっと」
 ダイニングに移動しようと立ち上がった薪は、ふざけて身体を押し合う竹内班の連中にぶつかって転びそうになった。咄嗟に竹内の腕を掴んで、すみません、と謝罪する。薪が竹内に素直に謝るなんて、精神的疲労はピークに達しているようだ。

「室長。みんなに、迷惑だとはっきり仰ってくださっていいんですよ。ここは室長の家なんですから」
「べつに構いませんよ。滅多に見られるもんじゃないですし」
「は?」
 竹内の腕に掴まったまま、薪はうっすらと微笑みさえ浮かべて、眼下で笑い合う人々を眺めて言った。
「僕は初めて見ましたよ。警察庁と警視庁の人間が、仲良く酒を酌み交わしている光景なんて」

 薪が彼らを追い出さない理由はこれか。
 警察庁と警視庁は犬猿の仲。うちは国家機関、警視庁を監督する立場にある、と警察庁が嵩にかかれば、桜田門は警察発祥の地で日本警察の本丸、県警と同一視するとは何事だ、と反発心を露わにする。お互い、自庁の権勢を強めることに夢中で、依ると触ると喧嘩になる。昔の竹内と薪のようなものだ。
 竹内が生まれる前から繰り返されてきたその抗争は、しかし子供が考えても不毛極まりない争いだ。同じ警察機構でありながら、所属が違うと言うだけでいがみ合い、時には情報を隠し、援助を拒み、組織としての発展を妨げている。
 そこに働く職員たちは、こんなに楽しそうに笑いあえるのに。

「警察庁と警視庁の垣根は、現場の人間にとっては案外低いのかもしれませんね。上の連中には、天まで届く城壁にも見えているんでしょうが」
 我知らず微笑んで、竹内は頷いた。これは確かに貴重な光景だ。
「協力し合えないなら、複数の機関があることに意味はない。一般職の彼らにできることが、どうして連中にはできないのか」
 薪は微かな憤りを声に表して、きゅ、と唇を噛んだ。
 上層部だけが出席を許される警察全体の新年会に、薪が警視正として初めて参加したのは27歳の時。若い薪には彼らの確執が、さぞ醜いものに映ったに違いない。さらには同じ警察庁の中でさえ繰り広げられる権力争いに、とことん嫌気が差していたのだろう。警視長の昇格試験を拒んでいたのは、過去の事件だけが原因ではないのかもしれない。
「彼らはキャリアですから。自分の能力を信じる人間は、権力に固執するものです」
「キャリアなんてロクなもんじゃないですね。あなたも僕も」
 薪はにやりと皮肉な笑いを浮かべると、竹内の手を離した。玄関先に佇んだままの岡部と第九職員に顔を向け、彼らに声を掛ける。

「みんな、っ、よく来たな、とっ。こっちへ、うわっ!」
 人の間を通って奥へ進もうとした薪の行く手を、重なり合った人々の脚が地を這う木の根のように阻み、あちこちで躓かせる。足取りがおぼつかないところを見ると、大分アルコールも回っているのだろう。祝い酒と称して何十人にも酒を注がれたに違いない。見るに見かねて、竹内は薪の腕を取った。
「室長。ちょっと失礼しますね」
 ひょいと抱き上げると、部屋の中が騒然となった。
「きゃあ」「素敵」「ケータイ、カメラっ!」「やっぱり絵になるわ~」
 女心には詳しい竹内だが、彼女たちの気持ちは今一つ分からない。そして、
「ちくしょう」「コロス」「気安く触りやがって」「生きて此処から出られると思うな」
 男心には興味のない竹内だが、彼らの気持ちは痛いくらい分かった。

「すみません。なんか、頭がふらふらして」
「少し、休まれた方がいいですよ。これから官房室の方々もお見えになるんでしょう?」
 大人しく竹内の腕に抱かれる薪の従順に庇護欲を掻き立てられつつ、竹内はダイニングに入った。そこには裏方の青木が汚れたグラスや取り皿を洗っていたが、ぐったりした薪の姿を見ると心配そうに走り寄ってきた。
「薪さん、どうしたんですか?」
「眩暈がするらしい。ちょっと横になった方がいいかもしれないな。ベッドに寝せてこようか?」
「オレがやります。竹内さんは、会場に戻ってください。お客さまなんですから」
 青木はよほど心配だったのか、硬い表情をして、竹内の手から奪うように薪の身体を抱き取ると、リビングの端を通って寝室へ向かった。自分が彼を抱き上げた時には騒然となった人々が、その姿を見ても何も言わないのは、青木は薪の部下で、つまりは業務だと分かっているからだろうか。

 竹内は薪の代わりに、第九の職員たちをダイニングに招き入れた。椅子は4つしかなかったから、彼らは立食パーティのように立ったまま乾杯をした。
「室長、大丈夫ですか?」
「疲れたんでしょうね。とにかく、すごい数でしたから。挨拶だけして帰った客も、ずい分いるんですよ」
「すごい数って、どれくらい?」
「最初に用意したグラスが20。50個入りの紙コップの2袋目が開封されているということは、単純に数えても70人は越してるってことですよね」
「薪さん、人ごみ苦手だしな。仲間内だけでワイワイやるのは好きだけど、大掛かりなパーティとかは嫌いで、警察庁の新年会も出たがらないもんな」
「ちょっと休めば大丈夫だと思いますよ。今、青木が付いてますから」
「じゃあ、薪さんは青木に任せて、俺たちは飲むか」
「その前にメシ。いっただきまーす!!」
 賑やかに飲み食いを始める彼らに、竹内は苦笑する。彼らだけではない、リビングにいる連中も似たようなものだ。宴が進むと、主役の存在は希薄になる。こっそりいなくなっても気付かれないことは結構多い。

 薪に酔い覚ましの水を持って行ってやろうと考え、竹内は冷蔵庫を開けた。飲みさしのミネラルウォーターを見つけ、それを片手にダイニングを出る。
 騒動を避けるため、青木が入って行ったドアをこっそりと開けると、ベッドに腰掛けて薪の寝顔を見ている青木の姿が眼に入った。
「竹内さん」
 ドアが開いたことに、青木はすぐに気付いた。他の人間が入ってこないか、神経を尖らせていたのだろう。薪の寝姿なんて、あの酔っ払いどもに掛かったら、白雪姫だのなんだのとエライ騒ぎになる。見せないに越したことはない。

「室長の具合は?」
「疲れと、たぶん寝不足だったんだと思います。昨夜眠ったのは1時頃だった上、朝の4時に叩き起こされましたから」
「そんなに遅くまで掃除してたのか?」
「――っ、ごほっ、ごほっ! ま、まあイロイロ……」
 水も飲んでないのに噎せこんで、青木は口元を押さえた。歯切れの悪い言い方で語尾を濁す。嘘の下手な犯罪者みたいだ。

「とにかく、少し仮眠を取れば大丈夫だと思いますので。薪さんにはオレが付いてますから、竹内さんはみなさんとご一緒に」
 その時、ピンポン、と新しい来訪者がチャイムを鳴らした。
 青木は腰を上げ、楽しんでいってください、と微笑んで寝室を出て行った。薪の代わりに、来客を出迎えるつもりなのだろう。

 ならば自分が青木の代わりにと、竹内は、青木が今まで座っていた場所に腰を下ろした。薪の安らかな寝顔がよく見える。穏やかに垂れた眉と、長い長い睫毛。胸の辺りが、ゆっくりと上下している。それでようやく人形ではないと分かる、それほどまでに整った信じがたい美貌。
 ふと、その眉が微かに歪んだ。
 息を詰めて見ていると、小さな口唇が薄く開き、くぐもった声が聞こえた。
「……みず」
 アルコールのせいで喉が渇いたのだろう。持ってきて正解だった。
 竹内は薪の背後に回り、身体を起こしてやり、細い手にペットボトルを持たせた。水を飲む間彼は竹内の腕に背中を預けて、そのことにも驚いたが、ペットボトルを返した後、竹内の胸に顔を伏せてきたときには天が割れたかと思うほどびっくりした。

「室長?」
「すこし……このままで………」
 抱きしめた腕は、振り払われなかった。髪を撫でると、百合の香りがした。香りを吸い込むと、身体中が彼の匂いで満たされていくようで恍惚となった。薪の身体は相変わらず華奢で軽くて、だけどシャツの下に息づく筋肉は男性特有の弾力を持っている。竹内が知らない、不思議な生き物。

 やがて眠ってしまった薪を見て、いま彼の頭の中にいたのは誰だろうと考える。
 安心しきった様子ですべてを預けていた。彼がここまで心を許せる相手といえばおそらくは第九の人間、岡部あたりか、かつての親友か。
 そのどちらかだと竹内は判断した。さっきまでこの場所に居た男に、その可能性があるとは考えなかった。薪はプライドが高いから基本的に部下に頼ることはしないだろうし、頼るとしても年齢の近い相手を選ぶだろう。その点岡部は薪よりも年上だし、彼のボディガードのようなこともしているし、だけど。
 寄りかかって眠ってしまうほど信頼しているとなると、上司と部下と言う関係からは遠ざかる気がする。

 薪の眠りを破らないように、慎重にベッドに横たえて、竹内は彼から目を逸らした。
 彼の寝顔を見ていると、おかしな気分になってくる。ドア一枚隔てて沢山の人間がいるのに、この心理状態はヤバイ。
 ふと気が付くと、ドアの向こうの喧騒が止んでいた。
 不思議に思ってドアの隙間からリビングを覗くと、何故か全員床に正座して背筋を垂直に伸ばし、不動の体勢を取っている。何事かとドアを開ければ、玄関口で岡部と訪問客が談笑していた。

「薪くんが寝ちゃってるなら仕方ないね。花だけ置いて帰るよ」
「とんでもない。後で薪さんに知れたら、俺が叱られます。今、起こしてきますから。おい、青木」
「いいよ、可哀想だから」
 小野田が止めても、そこは宮仕えの宿命だ。官房長がわざわざ足を運んでくれたのに、挨拶無しなんてあり得ない。

 竹内は薪を起こそうと、肩を揺すった。起きてください、と声を掛け、彼の覚醒を待つ。薪は低血圧だと青木が言っていたが、彼の目蓋を開かせるのはひどく時間が掛かった。
「室長」
 至近距離から呼びかけると、彼はやっと眼を開き、ぼんやりした眼で竹内を見て、両腕を竹内の首に回した。
「ちょ、ちょっと室長。寝ぼけてるんですか?」
 寄せられた薪の頬はやわらかくて、髪の毛はサラサラと心地よく、竹内は脳の血管が切れそうだ。心臓がばくばくする。いったい誰と間違えてるんだ、と思わず口に出かかった。

「……き」

 薪の呟きは、最後の一文字しか竹内の耳には届かなかった。しかし、竹内にはそれで充分だった。竹内は、薪のかつての親友の名前を知っていた。日本で一番多い苗字だと聞く、どの部署にも必ず一人はいる、そのポピュラーな響き。
 彼と彼の親友を見舞った惨劇を思い起こし、竹内は腕の中のひとを哀れに思う。あの事件から4年も経っているのに、この人は未だに彼の幻を見るのか。

「何してるんですか」
 咎めるような固い声に、竹内は頭を巡らせた。見ると、ドア口に青木が立っている。射撃練習のときのように男らしい眉をぎりりと上げて、いつもの穏やかな彼とは別人のようだ。それを竹内は、引きも切らない来客に苛立っているものと解釈し、青木のささくれ立った気持ちを宥めることが目的の柔らかい口調で状況説明をした。

「官房長がお見えのようだから起こそうとしたんだけど。寝ぼけてるみたいで」
「薪さんを起こすときにはコツがいるんです。貸してください」
 青木は暴力に近い性急さで竹内をベッドから立たせ、薪の耳に素早く唇を寄せると、
「薪さん、原宿三丁目の通り魔殺人で第九に捜査要請です」と大嘘を吐いた。
「青木…… いくら室長が仕事命の人だからって、そんなミエミエの嘘を、って起きてるし」
 脈絡も根拠もない虚言に竹内は呆れたが、「直ぐに皆を集めろ」とベッドから飛び出した薪にはもっと呆れた。なんというか、いろいろと常識離れした連中だ。上司を引っ掛けるなんて、竹内の部署だったら課長に殴られてる。

「すみません、事件は嘘です。小野田さんがお見えです」
 青木は、自分の言葉を信じて職場に向かおうとする薪の肩を掴んで留め、何でもない事のように手の内を明かした。薪の普段の狭量さを思えば、青木を怒りの刃が襲うのは当然だと思われたが、意外にも薪は憤りを表さず、それどころか素直に頷いて、手櫛で髪を整えると確認を取るように青木を見上げた。
「大丈夫です。寝癖も付いてませんし、お顔もきれいです」
 彼らの間に素早く交わされたアイコンタクトの的確さに、竹内は疎外感を覚える。薪が何を言いたいのか、あの一瞬で青木は理解したのか。まるで長年連れ添った夫婦みたいだ。

 青木は薪の後について、寝室を出た。二人がいなくなった居室で竹内は、気が抜けたようにベッドに腰を下ろし、今までそこに横たわっていた美しい人が残した温もりを、そっと手のひらで撫でた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(5)

 こんにちは、いらっしゃいませ! 本日もありがとうございます!

 先週は連日、カウンターは100人超えで拍手は50超えで、毎日PCに向かって手を合わせておりました。
(と言いつつ、更新空いちゃってすみません~~、今ちょっとうちのすずまきさんのジェネシスを書いてて、そっちが何だかすったもんだで……むにゃむにゃ)

 最近、秘密ファン、増えたんですかね? 完結したから読んでみよう、と思った方、多いのかもしれませんね。
 完結してからの一気読みは、読みごたえありますよね。 健康にもいいし! ←コミックスの表紙には『薪さんへの感情移入のしすぎはあなたの健康を害する恐れがあります』って注記を付けるべきだと思うのはわたしだけですか? 








パーティ(5)






「雪子さん、ようこそ!」
 
 自分を出迎えた時とは雲泥の笑顔で、薪は法一の女医を部屋に招き入れた。羨ましい限りだが、彼女は薪の大学時代からの友人だ。その上、彼女は薪が亡くした親友の婚約者だったと聞く。薪が特別扱いするのも仕方ない。
「お忙しいところをありがとうござ……えっ?」
 不自然に途切れた薪の声を、竹内は訝しく思う。立ち上がって覗くと、雪子の後ろには咄嗟には数えきれないほどの人の頭が。
「「「「「薪室長。警視長昇任、おめでとうございます!」」」」」
「ごめん、薪くん。連れて行かないと実験シャーレを全部洗い流すって脅されて、仕方なかったの」
「ちっ、あれほど言ったのに」
 花瓶を持ってリビングに入ってきた青木が、耳慣れない舌打ちを鳴らすのを聞いて竹内は意外に思ったが、薪の態度はもっと想定外だった。
「雪子さんの職場仲間なら、僕にとっても大事なひとたちです。歓迎しますよ」
 申し訳なさそうに手を合わせる雪子に、薪はにこりと微笑んで、それで彼女の罪は免責されたらしい。竹内の眼から見ても、薪は雪子には徹底的に甘い。

 ざわざわと入ってきた三好班の総勢7名によって、部屋の中は一気に騒がしくなった。
 彼らは物珍しそうに部屋の中を見回し、「綺麗なお部屋」「薪室長にぴったり」「家具のセンスがいいですね」などと言いたいことを言い合っていたが、飲み物を運んできた青木に渋い顔をされて声のトーンを落とした。
「先生。オレ、言いましたよね。薪さんの負担が増えるから、班の人たちは遠慮してくださいって」
「だって。150時間掛けた実験シャーレを水に浸けられそうになったのよ」
「実験なんか、やり直せば済む話でしょう」
「150時間よ? やり直せっての?」
「いいじゃないですか。先生、他にすることないんだから。早く帰って、実験の続きをどうぞ。何なら、オレが全員窓から放り投げて差し上げましょうか」
「あんたって本当に薪くん以外の人間にはシビアよね………」
 薪の耳には入らないようにブラックな会話を交わす青木が、竹内には新鮮だ。バカが付くくらいのお人好しだと思っていたのに、薪に被害が及ぶとなれば結構キツイことも平気で言うのか。

 全員に飲み物が回ったところで、もう一度チャイムが鳴った。法一の職員たちから贈られた花籠をサイドボードの上に並べていた薪が、壁のカメラに歩み寄る。
 あれ? と小さく呟いて、薪は小首を傾げた。それはとても愛らしい動作だったが、竹内以外に気付いたものはいなかった。青木と雪子は未だ約束不履行について他人に聞こえないように口論をしていたし、他の職員たちは部屋の中を見るのに忙しかったからだ。
 薪は口元に握った右手を当てて、ちょっと考える風だった。気になって竹内は、薪の後ろからマンションのエントランスを映し出しているカメラを覗き込んだ。

 一瞬ヤクザの殴りこみかと思ったが、それはもちろん竹内の見間違いで、だけど間違うのも無理はない。つまり、脇田課長と組織犯罪対策課の面々だ。エントランスにいる他の住民達は、さぞ怯えていることだろう。
「組対5課にも招待状を?」
「いいえ。でも、下まで来てるのに入れないわけにも」
「エントランスまで下りて行って、お祝いだけ受けてもいいんじゃないですか? ホールでの祝賀会ならともかく、自宅でのホームパーティですから。招待客以外の接待の必要はないかと」
 尤もな竹内の言い分に薪は軽く頷き、なのに彼はパネルに向かって「みなさんでどうぞ」と声を掛けた。竹内が驚いた顔をしていると、
「5課の人たちには、こないだの事件で青木が大迷惑掛けちゃいましたから。お詫び代わりです」

 薪が囮を務めた麻薬捜査で、青木は薪の身を心配する余り、犯人が潜伏していたホテルに単身で突っ込んでしまった。それも、引き留める5課の連中を薙ぎ倒して行ったのだから恐れ入る。岡部から武道を習っているとは聞いていたが、暴力団相手に日夜喧嘩三昧のマル暴職員を力で捻じ伏せたのだから、その実力は大したものだ。
 他部署の捕り物を妨害したのだから、それは勿論重大な違反行為で、脇田の出方に依っては青木は査問会を覚悟しなければならなかった。が、脇田は薪の謝罪を笑い飛ばし、マルヒから情報を聞き出すために作戦外の行動を取ったお前さんも同罪だ、と青木を庇ってくれた。脇田と薪が懇意になったのは、それからだ。

「おう、悪いな、薪。ちぃと邪魔したら、すぐに帰るからよ」
「こんにちは、脇田課長。遠慮なさらず、時間さえ許せばゆっくりして行ってください」
「「「「「薪室長、おめでとうございます!」」」」」
「……全員、入れますかね?」
 脇田課長率いる組対5課の連中が、どやどやと部屋に入って来た。こちらは青木の渋顔くらいで大人しくなるような輩たちではない。暴力団相手に武力行使の毎日、地声も自然と大きくなって、その喧噪たるや尋常ではなかった。

 不公平だ、と竹内は思った。
 自分なんか、大怪我して何ヶ月も入院して、それでようやく薪の家に招いてもらったのに。課長の脇田はともかく、5課の連中はなんだかズルイ。

「よお、竹内。こないだは世話になったな」
「脇田さん、どうも」
 課長と竹内が親しく挨拶を交わす間にも、粗野な男たちはずかずかと部屋を歩き回り、
「これが室長の部屋か」「美しい」「なんて良い香りがするんだ」「女神の住処に相応しい」「ああっ、このカーテンに室長の手が触れて」「この床をあの可愛らしい足が踏んで」「風呂場は何処だ?」「いや、むしろ寝室に」「タンスの中も忘れるな」
 最後の3人は何を考えているのか分からないが、とにかく全員まとめて蹴りだしたい、と竹内は思った。

「誘われてもいないくせに、ちょっと図々しいんじゃ」
「仕方ねえだろ。会議から帰ったら、連中、団体戦で来やがって。こちとら一人で分が悪かったんだ」
 口の中でこぼした言葉を脇田に聞かれて、竹内は振り返った。連れて行ってくれと部下にせがまれたのは自分も一緒だ。脇田の「仕方ない」は言い訳にしか聞こえない。
「天下の脇田課長がですか? いつの間にそんなに部下に甘くなったんです」
「おまえにあの時の俺の恐怖が分かるってのか? あいつら、全員鼻血吹いてやがったんだぞ。ただでさえいかつい顔の連中が、異様に鼻息は荒いわ眼は血走ってるわで。その団体に囲まれたら、さすがの俺も」
 5課の職員の間でどんな会話が交わされたのか大凡の予想がついて、竹内は虚脱する。
 本人は知る由もないが、薪は、暴力団相手に鎬を削る5課職員たちの女神的存在になっている。原因は、脇田に頼まれて為した囮捜査だ。大胆にスリットが入ったチャイナドレスなんか着たものだから、色気に当てられたのだろう。まったく、女に免疫のない連中はこれだから困る。

「それにしたって。他人の家を訪ねるには、少しばかり人数が多いんじゃありませんか?」
「あれでも絞ったんだ。俺を入れて10人、成績順てことで。先例を作ったからな。これから連中、血眼になって売人どもをしょっ引いてくるぞ」
 ピンチをチャンスに変える、機転の速さは見事だ。さすが荒くれどもを束ねる脇田組長。転んでもただでは起きない。
「ならばせめて、薪室長に失礼の無いように。プライベートエリアを覗きに行こうとする連中を止めて」
 薪の名誉のためにも苦言を呈そうとした竹内を遮って、三度目のチャイムが鳴った。性懲りもなくドアを開けた薪の、戸惑った声が聞こえる。

「田城さん。皆さんも」
「薪くん、ごめんね。室長会のメンバーがどうしてもって」
「「「「「おめでとう! 薪室長にぴったりの服を皆で選んできたよ!!」」」」」
 皆を代表して第五研究室の室長が差し出したのは、女性のワンピースで有名なブランドのショッピングバック。中身を見たら、薪が怒り出すこと請け合いだ。

 所長の田城を含めた室長会の9人が入ると、部屋の人数は30人を超えて、移動するのが難しい状態になってきた。
 薪は玄関から戻って来れず、プレゼントされた品々を持って立ち尽くしている。右手にバラの花束、左手にはショッピングバックを4つ。足元には缶ビールの箱が3つと、一升瓶の箱が2つ重なっている。招待客と招かれざる客がそれぞれに用意したプレゼントは、彼を少なからず閉口させているようだった。

「青木。これを一旦、別の部屋に」
 置き所に困って部下の名前を呼ぶが、彼は早くも5課の職員たちに揉みくちゃにされていた。先日の事件以来、5課の連中は青木に一目置いているのだ。
 竹内は素早く席を立って、薪のところへ歩いていった。途中、何人か踏んづけたが、この混雑の中では気にしていられない。
「室長、俺が運びますよ。クローゼットはどちらです?」
「すみません。クローゼットにはソファを入れてしまったので、スペースがないんです。飲み物はキッチンに、花はサニタリーにでも」
 サニタリーはキッチンの隣ですから、と教えられて、竹内は再び人を踏みながら部屋を過ぎった。
 青木ではないが、招かれていない連中は早く帰ればいいのに、と竹内は腹を立てる。予想外の人数に、薪は少しパニクっているようだった。自分に対してあんなに素直に頼み事をするのが、彼が平常心を保てていない何よりの証拠だ。

 サニタリーに入ってドアを閉めると、リビングの喧騒がいくらか遠のいた。
 その狭い空間には、洗濯機や洗面所や脱衣篭といった生活に必要なものがきっちりと整えられていて、実に生々しく、住人の息遣いが聞こえてくるような気がした。パジャマ姿の彼が、ここで洗顔をし歯を磨き。スーツに着替えた彼が、ブラシで髪を梳かし身だしなみを整える。そんな生活の所作を為す彼の幻影が、次々に浮かんでくる。
 仕事から帰った薪が風呂に入るために服を脱ぎ始めたところで、竹内は慌てて幻影を掻き消し、目的のものを探すことに神経を集中した。程なく彼は洗濯機の横にバケツを見つけ、それに花を活けた。持ち手の部分に結ばれたリボンと包装紙は、洗面所にあった剃刀で切った。

 剃刀を手に、竹内はふと、薪も男だから髭を剃ったりするのだろうか、と考えて、でもちっとも想像がつかない。だって彼の頬は少女のようにやわらかくて桃のように瑞々しくて。あの肌理細かな肌から剛い毛が生えてくるとは、どうしても思えない。至近距離で目を凝らしたところで、毛穴も見えないのだ。生えてくる道理がない。
 剃刀を洗面台の棚に戻し、次いで竹内はそこに置かれた洗面用具を眺めた。あの美しさを維持するために特別なものを使っているのかと思いきや、そこにあるのは何処にでも売っている一般的な品ばかりだった。性別を選ばない洗顔料と、乾燥時につけるスキンローション。昨今では顔をパックする男性も珍しくないが、そういった美容に関するものは見当たらなかった。
 いつも薪からはいい香りがするが、香水もなかった。浴室のドアを開けた時に確認したシャンプーも普通のものだったし、歯磨き粉も――。
 そこまで観察して、竹内は息を呑んだ。

「……歯ブラシが二本、ね……」
 二本とも薪のものか、と言えば、その可能性は低いと思った。大きさが違うのだ。では泊まりに来る女性がいるのかと考えたが、歯ブラシの色が引っ掛かった。青と緑なのだ。寒色系の色を好む女性も大勢いるから一概には言えないが、彼氏の家に置く場合、取り違いを防ぐためにも色は明るいものを選ぶのではないだろうか。
「ん? ……あ、なんだ」
 見ず知らずの女性に嫉妬を覚えて、しかし竹内はすぐに自分の勘違いに気付く。よく見たら、この歯ブラシは普通サイズと特大サイズだ。普通の男性よりもかなり小口な薪が、特大サイズの歯ブラシを使うとは考え難い。きっとこの歯ブラシは、昨日ここに泊まったという青木のものだ。泊まりで手伝いを命じられて、職場のロッカーから持ってきたのだろう。朝使って乾かしているうちに、しまい忘れてしまったのだ。
 でなければ、薪の恋人は特大サイズの歯ブラシが適合する口を持った女と言うことになる。それよりは、ずっと真実味のある説明だ。

 サニタリーを出ようとしたとき、またもやチャイムが鳴った。もしも第九の職員たちが訪れたなら、それは薪にとって大事な仕事仲間だ。脇田と雪子に頼んで、それぞれの部下たちにはお引取り願ったほうがいい。彼らは招待客ではないのだから、会場の混み具合を見て早々に引き上げるのが常識というものだ。そもそも、招かれてもいない部下を連れてくるなんて、二人とも上司としての指導がなってないと――。
「「「「「薪室長、こんにちは!」」」」」

 合唱みたいに揃った男たちの声を聞いて、竹内は平らな床に蹴躓きそうになる。
 気のせいか、ものすごく聞き覚えのある声だ。てか、毎日聞いている声とそっくりだ。恐る恐る振り向くと、大友を初めとした捜査一課第二班、竹内班の見慣れた顔が。

「なんでお前らが此処に?!」
「おれたちだって、薪室長には世話になってるんですから」「お祝いくらいは直接言いたいです」「大体、竹内さんだけ呼ばれるなんて、狡いっすよ」
 なんてことだ。上司に相談もせずに来るなんて、うちの連中が一番タチが悪い。
「よく室長の家を知ってたな?」
「竹内さんの後を尾行させてもらいました」「全員で代わる代わる」「携帯のGPSも併用活用して」「花屋でラッピング代をサービスしてもらったのも知ってますよ」
 8人体制の尾行なんか、連続殺人犯にもしたことがない。その情熱を仕事に傾けてくれ、と竹内は心の中で絶叫した。

「捜一のエースに気付かれることなく尾行を完遂するとは」
 冷ややかな声に視線を走らせれば、意地悪そうな澄まし顔。連中をエントランスで追い返すこともできたはずなのに、せめて玄関を開ける前に一声掛けてくれればよかったのに、薪がそれをしなかったのはひとえに竹内を困らせるためだ。
「優秀な部下をお持ちですね」
 連中が持ってきたピンクのバラをメインにしたアレンジメントを抱えて、薪は皮肉に笑った。




*****

 カオス状態っすね☆
 てか、竹内全然気が付かないし。 本当に捜一のエースなのか?(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(4)

 こんにちはー。
 本日もご来訪、ありがとうございます。

 過去作への拍手、ありがとうございました。(〃▽〃)
 ジェネシスの影響か、ADカテゴリの鈴薪さんのお話にもたくさん拍手をいただきまして。 ありがとうございます。 捏造し過ぎてしまって、まったく原作と合わなくなってしまった鈴薪さんですみませんです。(^^;
 他にもうちの薪さんの過去は、
 6つのときに交通事故で両親死亡とか、育ててくれた叔父さんがちょっとヘンな眼で薪さんを見るようになったため高校生から一人暮らしすることにしたとか、高校時代唯一の友だちだった男子にある日突然襲われそうになってそれから人間不信になってしまったとか、鈴木さんとは19歳(大学2年)のときからの付き合いだとか、そして1年足らずで恋人関係になってさらに1年で別れちゃったとか、
 とにかくいっぱい作り過ぎちゃって~~、
 収拾付きません。 原作の設定で書き直すの、無理。

 と言うことで、うちのすずまきさん及び薪さんの過去はこのままで。
 すみません、よろしくお願いします。


 以上、言い訳でした。
 






パーティ(4)







 ブロンズ色の玄関ドアの前で、竹内は右手に抱いた花束を確認するように眼を凝らした。憧れの人の自宅を初めて訪れるのに相応しい手土産として最適なものをと迷った末、無難な花束なぞを選んでしまった自分の消極性にため息が出る。女性相手ならアクセサリとかバックとか、もっと個人の好みに合わせたものをピンポイントで選ぶのだが、薪が相手だとどうしても保守的になる。外したくないからだ。
 事前調査の結果、薪の好きな酒は岡部が持って来ると言うし、食べ物はデリバリーすると青木から聞いた。お金は受け取らないだろうし、花なら無難だろうと思ったのだが、薪のことだ、何かしら文句を言われるに違いない。
「男の僕に花束ですか? 僕を馬鹿にしてるんですか?」くらいは覚悟した方がいいな、と考えて竹内は、それを口にする彼の様子を思い浮かべて微笑した。
 きっと、尖らせたくちびるがすごくキュートだ。

 肩の力を抜いて、インターフォンを押す。1分ほど待たされてから開かれたドアに向かって、竹内は一歩踏み出した。
「こんにちは、室長」
 玄関を開けてくれた薪の涼やかな立ち姿に、竹内の胸は激しく高鳴る。舌を噛まずに挨拶できただけでも、自分を褒めてやりたいくらいだ。
 初めて見る彼のプライベートスタイルは、ライトグレーのロールアップシャツに黒いジーンズ。さりげなく胸元から覗くシルバーのネックレスが奥ゆかしい光を放っている。その姿はラフでお洒落で、職場でのお堅い彼からは想像もつかない。ファッション誌のモデルのよう、いや、先月まで付き合っていた本物のモデルよりずっと可愛い。
 竹内は、職場の薪しか知らない。いつものスーツ姿と、ジムでのトレーニングウェア姿しか見たことがないのだ。ずっと昔、クリスマスイブの夜に偶然街で出会ったときは、白いカシミアのコートを着ていた。あの時は妖精みたいだと思ったが、今日の彼はグラビアアイドルみたいだ。世俗的な可愛らしさ、だけど男にはこちらの方がグッとくる。妖精は触れないけれど、生身の人間には触れるからだ。

「これ、よかったら」
 なんてことだ。声が上ずってしまって、自宅に招いてもらったお礼も、警視長に昇任したお祝いの言葉もまともに言えない。単語と一緒に花束を出すのが精一杯だ。
「どうも」
 文句を言われると思った花束を、薪はあっさりと受け取った。言葉は素っ気無いが、亜麻色の瞳は綻んでいる。薪の好みの花は白い百合だと、以前青木から聞いていた情報が役に立ったようだ。
 治まらない動悸を抱えたまま、竹内は三和土から、初めて訪れる憧れの人の部屋をさっと見渡した。
 玄関は直接リビングに通じていて、目隠しになるものは何もなく、広々とした空間が見て取れた。全体を淡いクリーム色で統一された、とても明るい感じのする部屋だった。薪の清楚な雰囲気に、よく似合っている。

「どうぞ。上がってください」
 促されて部屋に上がると、20畳ほどあるリビングには、すっかり宴席の用意が整えられていた。中央に寄せられた集会用のローテーブルの上には、多数のパーティ料理がその彩りを競い合い、卓の周囲には薄いクッションがずらりと並べてあった。
 生活空間であるはずのリビングを片付けて、これを一人で用意するのは大変だっただろうと、竹内が主催者の苦労に思いを馳せていると、キッチンからグラスを運んできた青木に声を掛けられた。
「いらっしゃい、竹内さん」
「青木。もう来てたのか」
「オレはお客さんじゃなくて、手伝いですから」
 なるほど、室長命令で手伝わされたのか。青木は第九で一番年若い職員だから、それも仕方ない。きっと掃除からテーブルの運搬から、全部彼がやったのだろう。

「じゃあ、来客としては俺が一番乗りか」
「いえ、一番は間宮部長です。ゴルフに行く前に寄ったとかで、朝の4時に」
 薪は筋金入りの低血圧だから朝には弱くて、間宮がべたべた触ってくるのにロクな抵抗もしなかったものだから増長されて、見るに見かねた青木が力づくで追い出したそうだ。
「同じ警視長同士、これからは会議で顔を合わせることも多くなるから仲良くやって行こう、とか調子のいいこと言って、その間中薪さんのお尻撫でまわして。いっそ、窓から蹴りだしてやればよかったと」
 自分ならドライバーで頭を殴ってたな、と竹内は物騒なことを考え、ふと気付いて首を傾げた。
「おまえ、朝の4時に此処にいたのか? もしかして、昨夜から?」
「えっ。いえあの、えーっと、……掃除は、昨日のうちに済ませておきたかったものですから」
 竹内がその可能性を指摘すると、青木は何故か慌てた。引っ込み思案な子供のようにしどろもどろになって、言い訳を添えて薪の家に泊まったことを認め、不思議なことに少しだけ頬を赤らめた。
「掃除は、明るくなってからの方が効率がいいんじゃないのか」
「でも、今日は朝から料理を、でっ!」
 ごん! と大きな音がして、竹内は肩を跳ね上げる。後頭部を押さえてうずくまった青木の向こうに、花瓶を構えた薪の姿が見えた。
「どうも先日から手が滑って」
 謝罪の言葉もなく、活けておけ、と青木に花瓶を手渡す彼からは、怒りのオーラが感じられる。間宮にされた不愉快なことを思い出してしまったのかもしれない、と竹内は見当違いの推理を働かせたが、それも無理はない。薪の秘密の特技を竹内が知るのは、ずっと先のことだ。
 
 肩を怒らせた薪がキッチンへ姿を消したのを確認して、竹内は気の毒そうに、青木に声を掛けた。
「そうか、昨夜から泊まりがけで準備してたのか。今日も終わったら片付けがあるんだろう? せっかくの休みなのに、大変だな」
「いいえ。室長のお役に立てるの、嬉しいですから」
 青木は竹内が持参した花を花瓶に活けながら、言葉通りに笑った。
 相変わらず、青木は薪に心酔している。青木は元々、薪の優秀さに憧れて第九に来たという話だが、3年経ってもその尊敬が薄れないところがすごい。青木が一途なのか、薪が優秀すぎるのか。おそらくは両方とも正解で、相乗効果を上げているのだろうと、竹内は二人の関係を想像した。

「俺も手伝うよ」
「すみません。じゃあ、台所から取り皿を運んで、テーブルに並べてもらえますか?」
 任せておけ、と竹内はジャケットを脱ぎ、カットソーの袖をまくり上げた。こういうときの竹内は機敏だ。モテ男にとって、マメさは重要なポイントだからだ。
「室長、ちょっと手を洗わせてくださ……」
 青木の後ろからキッチンに入って、竹内はその場に棒立ちになった。
 収納式の食器棚から小皿を取り出している薪は、薄い水色のエプロンを着けていた。普段着だけでもノックアウト寸前だったのに、エプロン姿なんて。
 掃除の行き届いた明るいキッチン。そこに佇むエプロン姿の美女。思わず、結婚してください、と言葉に出そうになって、いやいや、彼は男だったと自分を戒める。ここで下手なことを言ったらプレーボーイの竹内誠はこの世から消える、とそれは重々承知の上だが、頭の中に勝手に流れていくホームドラマの映像を止めることができない。朝起きて、朝食を摂りにダイニングへ足を運べば、そこに彼女がいてくれる毎日。最高じゃないか。

 自分が何故ここに足を運んだのかも忘れて、竹内は陶然とその場に立ち尽くした。薪の小さな身体はくるくると動いて、でも職場での機敏な動作とは違う。その動きはやわらかく、品があって、どこかしら楽しそうにさえ感じられる。
 目的の枚数分の小皿を出し終えると、薪はこちらを見た。ふ、と頬に微かな笑みを浮かべ、ダイニングテーブルに歩み寄る。一瞬、自分に微笑みかけてくれたのかと竹内は自惚れたが、すぐに思い直した。薪が自分に敵意以外の物を向けてくれるわけがない。自分の後ろにいる、彼の部下に微笑みかけたのだ。
 リビングのテーブルに載せきれなかった料理の皿がテーブルの上に並んでいる。海老のフリッターらしきものを細い指先が摘み上げ、青木、とアルトの声が呼んだ。

「これ、どうだ?」
 両手に花瓶を持ったままの青木に、薪は問う。薪の手から、ひょいと口に放り込まれたものを咀嚼して、青木はニコニコと笑う。「美味しいです」と褒めるのに、「おまえは食えれば何でもいいんだろう」と皮肉を返して、だったら味見なんかさせなきゃいいのに、と竹内は小さくツッコミを入れ、だけどそれは微かなジェラシー。
 青木は薪に気に入られている。
 青木はまだ若いが、捜査官として優れた才覚を見せている。竹内も何度か、彼を捜査一課に引き抜こうとしたくらいだ。しかし、それは悉く失敗に終わった。青木自身が第九を離れたがらないし、室長の薪も首を縦に振らなかったからだ。
 薪に目を掛けてもらっている青木が、少しだけ妬ましかった。

「ずい分たくさん料理を用意したんですね。今日はそんなに大人数なんですか?」
 自分の中に生まれた醜い感情を振り捨てるように、竹内は明るい声で尋ねる。竹内は、捜一の光源氏と異名を取るほどのプレイボーイだ。嫉妬なんて情けない感情とは無縁でありたい。
「第九の連中の他は、竹内さんと雪子さんだけですけど。みんな、1人前じゃ足りないって言うか」
「ああ、そうでしょうね。野郎ばっかですからね」
 第九の食事情に通じているわけではないが、竹内は、友人の青木が大食漢であることを知っている。それと、かつて自分の相棒だった岡部が毎日3人前の昼食を平らげていたことも。さらには、他人には言えない理由でたびたび夕食を共にしている雪子が、女性とは思えない食欲を持っていることも。その3人が集結するだけでも、10人前の料理が必要になるであろうことは容易に察しがついた。

「あと、途中で小野田さんが顔を見せるって言ってました」
「えっ、官房長がこちらに?」
 薪が小野田官房長の秘蔵っ子であることは知っていたが、自宅での内祝いにまで足を運んでくれるとは。公私共に可愛がられているという噂は本当らしい。
「秘書の皆さんも来られるような話でしたけど。官房長の前ですからね、自重してくださいね?」
 冷たい視線で、薪は釘を刺した。官房室の秘書は美人揃いと聞いているが、さすがに上官の前で彼女たちを口説くほど竹内はバカではない。間宮ではあるまいし、職の方が大事に決まっている。
 竹内の女性への姿勢について、彼の悪名高き警務部長と同一視されているような気がして、ぜひともその誤解は解きたいと竹内は思ったが、薪の耳は自分の言い分を聞いてくれるほど寛大にはできていないことも充分に心得ていた。言い争いを避けるため、彼は賢明にも口を噤み、はい、と素直に頷いて、花瓶に花を活けていた青木に声を掛けた。
「この皿と箸を並べればいいんだな?」
「すみません。あと、おしぼりもお願いします」
「了解。ついでに、グラスのセットもしておくよ」
「ありがとうございます。助かります」
 20人分の皿と割り箸が載ったトレーの上に、竹内は紙おしぼりを更に載せ、青木の深いお辞儀を笑顔で受け取った。礼儀正しい青木の態度を竹内は好ましく思い、やっぱりこういう部下が欲しいものだと薪を羨ましく思った。
 
 竹内がリビングで皿を並べていると、薪がやってきて、一緒にセットを始めた。エプロン姿で甲斐甲斐しく立ち働くその姿は、いつもとはまるで違う印象を竹内に与えて、こうして一緒に同じ作業をしていると、なんだか家族といるみたいだ。
 もしも室長と結婚したら、こんな風に二人で準備をして来客を迎えることになるのかな、と想像し、それが絶対に有り得ないことに思い至って、どっぷりと落ち込んだ。薪のエプロン姿に当てられて、まともな思考ができなくなっているらしい。おかしなことを口走らないように気を付けないと。
 それにしても本当に可愛い、と横目でちらちらと彼を見ながら、竹内は20人分の皿を並べ終えた。最後のグラスを薪が竹内の前に置き、「ありがとうございました」と一本調子で礼を言った。

「予定よりも、人数が増えてしまって。官房室の人は長居はしないと思うんですけど、飲み物くらいは用意しないと」
「うちの連中も来たがってましたよ。『これからも頑張ってください』って伝えてくれって言われました」
「捜査一課の人たちが? 何故ですか?」
 薪の顔が純粋に不思議そうだったので、竹内は思わず微笑んだ。捜一の連中なんかに祝いなぞ言われたくない、そんな曲がった感情ではなくて、きっと彼は本気で連中の気持ちが分からないのだろう。
 何年か前まで、第九と捜一は不倶戴天の仲だった。捜一が現場で調べた証拠を取り上げ、犯人検挙の手柄を攫って行く第九に、捜一はずっと悪感情を抱いていた。特に課長たちは、自分よりも15歳も若い警視正を苦々しく思っていた。
 竹内も昔は似たような感情を抱いていたが、今は違う。現在、現場の人間で、第九に悪感情を持っている捜査員は殆どいない。課長連中が何を考えようと、現場の捜査が行き詰れば第九に助けを求めるのが常だし、それをいちいち僻んでいたら犯人検挙率世界一の座は守れない。現場の人間は現実を解っているのだ。

「室長は、捜一の職員に好かれてますよ。少なくとも俺の班には、室長を悪く言うやつはいません」
 薪は最初、驚きに満ちた瞳で竹内を見つめた。彼の大きな眼は丸くなり、亜麻色の虹彩は小さく引き絞られた。それはやがて捜査資料を読むときの厳しい目線になり、事件の裏側を推理するときの玄妙な目つきになり、最終的にはいつもの不機嫌な表情に落ち着いた。
「食事に招いたからって、お世辞はけっこうですよ」
「お世辞なんかじゃありませんよ。俺だって、室長のことは」
 わざとタイミングを見計らったかのように、竹内の言葉をチャイムの音が遮った。薪は弾かれたように立ち上がって壁の来客モニターを確認し、パネルを操作してロックを解除した。それからエプロンを外し、来訪客を出迎えようと玄関に向かう。

「雪子さん、ようこそ!」



*****

 雪子さん登場でパーティの始まりです~。
 楽しいパーティになると……いいですねえ。(←山本さんの口調でお願いします)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(3)

パーティ(3)






 水曜日、法医第一研究室。
「で? あたしに何しろっての?」
「だから、竹内さんが必要以上に薪さんに近付かないようにガードして欲しいんですよ」
「そんな狡っからしい真似しなくたって、薪くんはちゃんと」
「だって心配なんですよ。あの二人が並ぶと、めちゃくちゃ絵になるじゃないですか。周りに煽てられて、薪さんがちらっとでも竹内さんを意識するようなことがあったら、オレ、もうどうしたらいいか」
「誰かに言われた時点で薪くんは怒り狂うと思うけど」
「話しているところを見るだけでも、平常心でいられないんです。オレが暴れて、パーティをメチャメチャにしてもいいんですか?」
「どういう説得の仕方よ。……はあ、仕方ないわね」
「先生なら引き受けてくれると信じていました。よろしくお願いします」

「「「「「先生、我々もお供します!」」」」」
「え、あんたたちも来たいの? でも、薪くんの都合もあると思うし。ねえ、青木くん」
「そうですね。あんまり人数多くなると、料理の手配とか大変なんで。みなさんは遠慮してもらえますか」
「「「「「料理もお酒も必要ありません! 一目、薪室長のお住まいを拝見できれば!」」」」」
「来ないでください。(ちっ、ここにも薪さんの隠れファンが)」
「まあまあ、青木くん。あたしがちゃんと言い聞かせるから」
「お願いします。では、当日」




*****



 木曜日、官房室。
「薪くん。土曜日に、警視長就任のパーティやるんだって?」
「そんな大層なもんじゃありませんよ。研究室の連中と有志とで、僕の家に集まって飲み会するだけで」
「ぼくも行っていい?」
「えっ、小野田さんがですか?」
「邪魔にならないように、お祝いだけ置いたら直ぐに帰るからさ」
「いえ、小野田さんなら大歓迎ですけど。それと、お祝いなんて……お礼を申し上げなきゃいけないのは僕の方です」
「そう言わず、花くらい贈らせてよ。きみが警視長になってくれて、ぼくは嬉しくてたまらないんだから」
「ありがとうございます。では当日は、小野田さんのお好きな茶巾ずしを用意しますね」

「「「「「私たちも、みんなでお祝いのお花をお持ちしますねっ!」」」」」
「え? そんな、秘書の皆さんまで。どうかお気遣いなく。……なんか皆さん、眼が据わってらっしゃるんですけど。分かりました、お待ちしてます」



*****



 同日、警務部長室。
「法一の娘から聞いたんだけど。土曜日、薪くんの家で警視長就任パーティやるんだってさ」
「「「「「間宮部長、薪室長のご自宅なら、わたしたちも是非ご一緒させてください」」」」」
「残念ながら、土曜は接待ゴルフの予定が入ってるんだよ。自宅宛てに、お祝いの品を送ることにするよ」
「「「「「それなら私たちがお預かりします! みんなで、間違いなくお届けしますわ!」」」」」
「いや、大勢で行くのはどうかと……どうして君たち、そんなに血走った眼をしてるんだい? なんだか寒気がしてきたな、今日は帰るよ」



*****



 金曜日、捜査一課。
「明日ですか? えらく急ですね」
「ええ、都合が付かなければ無理にとは言いません。公私共にお忙しい竹内さんのことですから、週末に用事が無い方がおかしいですよね。女性とのお約束、絶対に入ってますよね。それが目的で前日まで黙ってたとか疑わないでくださいね、単に、こちらに伺う時間がなかっただけですので。
 断っていただいて、一向に構わないんですよ。しかし、これで快気祝いの約束は果たしたことにさせていただきます。僕はちゃんとお誘いしたのに、断ったのはそちらのほう」
「喜んで参加させていただきます」
「えっ、来るんですか? ちっ……では、土曜日に。失礼」

「「「「「竹内班長、室長のお宅に行くんですか? おれたちも連れて行ってください」」」」」
「大勢で押しかけたら迷惑だろ。お祝いの品があれば、俺が預かるから」
「「「「「それもそうですね。じゃあ、これからも頑張って下さいって伝えてください」」」」」
「ああ、伝えておくよ」
「「「「「ちっ、竹内の野郎、プライベートの薪室長を独り占めする気だな。そうはいくか」」」」」



*****



 同日、組織犯罪対策課。(組対5課)
「警視長就任パーティ? 薪室長の家で?」
「警視長に昇任したお祝いか。そりゃあ、おれたちも何かしないとな」
「薪室長には世話になってるからな。お祝いの花くらい、届けるべきだろうな。課長に頼んで、約束を取り付けてもらおう」
「おお。脇田課長が薪室長と懇意で良かったな。これで義理を欠かずに済む」
「その通り。これは礼儀から派生するものであって、決して薪室長の自宅に行ってみたいとか、普段着姿の室長が見たいとか、あわよくば下着の一枚も手に入れようとか思っているわけではない」

「おい、なんだ最後の不届きな目的は」
「そうだそうだ、室長はみんなのアイドルだぞ? 穢すような真似は慎め」
「まったくだ。下着なんて、いやらしいことを考えやがって。まあ、正直に言うとおれも、風呂場の排水溝から毛の一本くらいは拝借してもいいかな、なんて考えてたが」
「風呂場だと!? どこの毛を拝借する気なんだ?」
「どこって、髪の毛に決まってる」
「髪の毛なら洗面所のブラシだろう」
「えっ。ち、ちがう! そんなことは考えていない! あっ、おまえら、鼻血を出すとは何事だ! いったい何を想像してるんだ!」
「なにって、うっ」
「……室長、風呂に入ったら何処から洗うのかな」
「や、やめろ、想像を掻き立てられるじゃないか!」
「うあああ、仕事にならん!」
「幻聴が、シャワーの音が!」
「「「「「あ、課長が帰ってきた。――脇田課長、お願いがあるんですけど!!」」」」」



*****



 同日、室長会。
「警視長就任パーティ? 薪室長の家で?」
「警視長に昇進したお祝いですか。ならば、祝辞の一つくらい述べませんと」
「薪室長には世話になってますからね。こちらから足を運ぶべきでしょうね」
「しかし、誘われてもいないのに出向くのはどうかな」
「所長に頼んで同行してもらいましょう。そうすれば薪室長も、我々を追い返せますまい」
「「「「「それは良い考えだ」」」」」
「薪室長、自宅にいるときはどんな装いをされてるんですかね? やっぱり、ミニスカートですかな?」
「まさかミニはないでしょう。大人っぽいロングドレスですよ、きっと」
「皆さん、悪ふざけも大概に。室長は日本男児ですよ。振袖に決まってるじゃないですか」
「「「「「なるほど、それもそうですな」」」」」


*****


 他、多数部署。
「警視長就任パーティ? 薪室長の家で?」
 …………以下同文。






*****

 税金ドロボーばっかだよ、うちの桜田門。(笑)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(2)

パーティ(2)







「大丈夫ですか? 10人分のパーティ料理なんて」
「別に。3人分も10人分も変わらん」
 啜っていた味噌汁のお椀をテーブルに置いて、薪は平然と言い放った。若竹煮の器に箸を伸ばしながら、少し考えて、
「でも、仕込みの時間は欲しいから。祝賀会は土曜日の午後にしようと思う」
「賛成です。オレも、昼間の方がいいと思います」
 薪の家は広いから全職員が横になれるスペースは充分にあるが、9人分もの寝具は置いてない。あまり遅くならないうちにお開きにして、片付けは下っ端の自分がやるからと先輩達を帰らせて、そうしたら薪と二人きりの時間も作れるだろう。

「当日は手伝いますから。何でも言いつけてください」
「じゃあ、マンションの通りの端から端まで、ダッシュ50本」
「……それ、どういう具合に祝賀会の役に立つんですか?」
「おまえの苦しそうな顔を見ると僕のテンションが上がって、料理の出来が良くなる」
 えらく捻じ曲がったモチベーションの上げ方だ。
 青木が盛大に眉を寄せると、薪は意地悪そうに笑って、メインディッシュの牛ヒレ肉を自分の箸でつまみ、青木の皿に入れてくれた。

 食事が終わると、青木はいつものようにコーヒーを淹れる。薪のために心を込めて、ほんの一時でも彼が安らいでくれるように、その心を癒せるようにと、真剣にお湯をフィルターに注ぐ。
 そんな青木を、頬杖をついて薪は見ている。広い背中や長い手足や、ポットを扱う長い指。職務中以上に熱心な眼差しや、慎重に間合いを計る表情や、青木が為す諸々の所作を薪の眼は追いかける。
 薪を喜ばせることに懸命過ぎる青木は、薪のその視線を知らない。コーヒーそのものよりも、青木がコーヒーを淹れる姿に薪が癒されていることなど気付きもしない。
 やがてサーバーを満たしたコーヒーを薪のマグカップに注ぎ、青木は「どうぞ」と差し出した。薪が一口含んで頷くと、合格点を貰ったものと解釈してその場を離れる。いつもなら薪が飲み終わるまで見守っているのに、不思議に思って後を追うと、青木は手に額縁を持ち、リビングでウロウロしていた。

「これ、何処に飾ったらいいですか?」
「……そんなものを額に入れてどうする気だ?」
 薪の返答に不自然な間が空いたのは、青木の意図がまったく分からなかったからだ。
 額縁なんか持っているから、てっきり絵画だと思った。それか、青木のことだから100歩譲って車の写真。透明なガラスに挟まれたそれは、そのどちらでもなく。印刷文字が並ぶただの紙切れだった。
「飾らないんですか?」
「飾る? 辞令を? どうして」
「だって、祝賀会の名目はこれでしょう?」
「だからって、額に入れることはないだろう」
「オレ、警部補から全部額に入れて実家に飾ってありますけど」
「この紙の何処に芸術的要素が?」
 薪は形式的なものに興味を示さない。辞令証書を失くしても、警視長の階級が取り消されるわけではない。となれば、それは単なる紙切れだ。例えゴミ箱に落ちても拾わないだろう。

「おまえは結婚したら、婚姻届を額に入れて飾るタイプだな」
「そんなことしませんよ。ついでに言っときますけど、結婚もしません」
 薪の次のセリフは察しがついたから、青木は先手を打つ。薪は青木の恋人のクセに、青木に女性との結婚を勧める。好きな女性ができたら直ぐに言え、いつでも別れてやるからと、愛のない言葉で青木を傷つける。
 それは薪の十八番の意地悪だと最初は決めて掛かっていたが、どうやらそうではないらしいことが最近わかってきた。
 自分たちの関係は永遠のものにはなり得ない。いつかは離れて、別々の道を行くことになる。薪の中でそれは必然の未来図らしい。
 つまり薪の「別れてやる」は愛情の欠如ではなく、むしろ彼の愛の証。自分たちが選んだ道の困難さを、彼は経験から知っている。決して無理はするなと、何も辛い道を行くことはないと、青木が望んでもいない逃げ道を用意してくれているつもりなのだ。
 見当違いだけれど、それも愛情の一形態。
 だからこういうときには、青木は薪を抱きしめることにしている。薪の頭を自分の胸に押し付けて、心臓の音を聞かせる。凄まじいまでの存在感でそこにある想いが、彼にしっかりと届くように。

 薪はしばらく大人しくしていたが、やがて、ぐいと両手を突き出して青木を遠ざけた。お預けを喰ったコーヒーをローテーブルから取り上げ、両手で持って口に付ける。
「この際だから、竹内にも声を掛けようかな」
「ど、どうしてですか?」
 伝えたかったことと掛け離れた答えが返ってきて、青木は焦る。オレには一生あなただけです、と伝えたつもりなのに、なんでここで竹内?
「僕、去年あいつに大怪我させちゃっただろ。そのとき『全快祝いにすき焼きパーティやりましょう』って約束したんだ」
 心音を聞いて竹内と一緒に死にかけたことを思い出すなんて、青木の恋のときめきは、薪にとっては生命活動の証拠にしかならないらしい。
 情緒欠乏と青木に嘆かれる薪の性癖は、彼の凄絶な過去に起因する。生きていること、それが薪にはとても重要なことなのだ。恋愛感情など一時のこと、愛するひとが生きてこの世に存在していること、大事なのはその一点だとすら思っている。未だ塞がらない、深い深い彼の傷痕。

「でも、あいつの顔見るの嫌だから延ばし延ばしになっちゃってて。このまますっぽかしちゃおうかとも思ってたんだけど、5課に頼まれた潜入捜査の時、また世話になっちゃったから。いい加減、返しておかないと」
 受けた恩は返すと律儀に主張しながらも、薪は気乗りしなさそうだ。それもそのはず、薪は竹内のことが大嫌いなのだ。この機会に、と言い出したのも、要は、
「人数いれば、あいつと喋らなくて済むだろ」
 相変わらず、見事な嫌い方だ。
 青木と竹内は友人同士で、青木は彼の良いところをたくさん知っている。青木のように彼と友人付き合いをしていない第九の先輩たちから見ても、仕事はできるし心根はやさしいし、後輩の面倒見もいいと評判だ。欠点と言えば、女性にモテすぎることくらい。だから、どうして薪がこれほどまでに彼を嫌い続けることができるのか実は不思議でたまらないのだが、その疑問は敢えて解かないことにしている。理由は、竹内が薪に対して特別な感情を抱いているからだ。竹内ほどの男と正々堂々恋のライバルをやれるほど、青木は自分にも、自分の立場にも自信がない。
 薪には全くその心算がないのは分かっているが、それでも竹内の動向は気になる。好きな人の家を初めて訪れる、その高揚感と嬉しさは青木もよく分かる。浮かれ気分でアルコールも入って、薪に気持ちを告られでもしたら。

「あの! 三好先生をお呼びするのはどうでしょう」
 思い余って、青木は新たなゲストの招聘を提案する。自分たちの事情を把握していて、竹内を牽制することができて、青木の味方になってくれる人間と言えば、雪子以外に思いつかない。
「雪子さん? 僕は嬉しいけど、女性一人じゃ気兼ねするだろ」
「先生は、薪さんの手料理が食べられるって言えば、ライオンの檻にでも飛び込むと思いますけど」
「酷いな、おまえ」
 と、雪子びいきの薪は憤りを見せて、
「まあ雪子さんのことだから。ライオンくらいは素手で倒すだろうけど」
 薪の方がよっぽどヒドイ。

「そんなに雪子さんと食事がしたいのか?」
 マグカップの向こうから、何かを含んだ視線がやってきて、青木の顔を検分していく。つい、と素っ気無く外された視線はカップに落とされ、焦茶色の水面をゆらゆらと漂った。
「だったら、雪子さんを誘って食事に」
「薪さん」
「勘違いするな。僕も一緒に行く。ここしばらく、雪子さんの顔見てないし」
 咎める口調の呼びかけに潔い応えが返ってきて、青木は口を噤む。薪と付き合い始める前、薪は青木を雪子と付き合わせたがっていて、だからてっきりそれの延長だと思ったのだが、違ったらしい。

「ごめんなさい。オレ、余計な気を回して」
「もう、他の女性と付き合えなんて言わない。答えが分かっているのに、おまえの気持ちを確かめるようなことを言うのは卑怯だ」
 薪は再びカップに眼を落として、すると彼の睫毛は美しく重なり合う。何気なく目を伏せただけなのに、青木の心を根こそぎ持っていく。愛しいと思う気持ちが急速に膨れ上がって、青木は息が苦しくなるほどのときめきを覚えた。

「コーヒー、冷めちゃったでしょう。淹れ替えましょうか?」
「これでいい」
 すとんとソファに腰を下ろし、残りのコーヒーを大事そうに飲む。澄ました顔をしてはいるが、マグカップの向こうに見え隠れする頬が微かに赤い。
 少しずつ、薪は変わってきている。青木もまた。
 ふたりの関係も変化する。日ごとに温みゆく水のように微細な変化ではあるが、確実に前へと進んでいる。
 込み上げてくる嬉しさを微笑みに変えて、青木は額縁をサイドボードの上に飾った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

パーティ(1)

 コミックス最終刊、発売されましたね。 みなさん、もう読まれましたか?

 これを機に、9巻から(エンドゲームの始まりから)読み直してみたんですけど、通読したら全然感じが違いますね。
 やはり、重厚な物語は通読に限ると思いました。 事件のことも含めて、話がすんなりと頭に入って来るし、メロディで追っていたときに感じた中だるみと言うか、話がなかなか進まなくてイライラすることもありませんでした。 キャラの心情も行動も、納得して共感できました。
 思うに、続きを待っている2ヶ月の間に色々考え過ぎてしまって、逆に素直に読めなくなっていたんですね。 ジェネシスからはコミックス派に切り替えようかと、できもしないことを考えたりしました。(←我慢できるわけがない)

 それはそうと、読み直してみたら、憶えてないコマがたくさんあってびっくりしました。 加筆がこんなに? て、自分の記憶が残念なだけだったと言う。
 その殆どが雪子さんと青木さんが仲良くしてた後のコマでねー、そんなに拒否していた心算はなかったんですけど、いやー、身体は正直だわー。 よっぽど見たくなかったのねー。(笑) ←骨の髄まで腐っててすみません。
 
 加筆によって、青木さんの素晴らしさが浮き彫りになりましたね。
 すべてが明るみに出ても、誰も憎まず恨まず、嘆くことさえしない。 正直、自分の姉を殺した実行犯の写真にさえ動じなかった彼の神経が理解できなかったんですけど、彼はあの時すでに「この責を一生背負っていく」と、その覚悟を決めていたのだと分かりました。 本当に強い人って、こういう人を言うんでしょうね。
 すごいなー、青木さん。 薪さんが惚れるわけだよ。
 わたしも惚れそう、て、またにに子さんと女の争いになるのか。 ふふふふ、青木さんは年上好き、若い子には負けないわよー。 でも、薪さんに勝てるわけないから二人とも失恋だねー。 慰め合おうね、にに子さん。(笑) 
 


 メロディでは過去編も始まりまして。
 一読後の感想は、
「おお、ヒヨコだ!」←意味の解らない人はみちゅうさんの「ひよこ系」を読んでください。
「君と手をつなごう」に引き続き、原作の方から接近してくるとは、みーちゃんすごいな~。 惚れる。(〃▽〃)


 さて、
 こちらは2ヶ月くらい前に予告した「薪さんが警視長昇任の祝賀会を開くお話」です。 (kakoさん、お待たせしました(^^))
 時期は、薪さんが警視長に昇進した時なので、2063年の春です。 まだ二人が付き合い始めて1年くらいですね。
 ストーリーは無いので、カテゴリは雑文です。
 気楽に読んでいただけたらうれしいです。
 


 なお、先日のエロSS(←何人かの方に「ヤラシイ」と言われたので開き直りました) にコメントくださった方、ありがとうございました。 恒例により記事は下げましたので、こちらの記事のコメント欄にお返事させていただきます。
 解り難くてすみません、よろしくお願いします。
 
  




パーティ(1)






 報告書の束がその高さを競い合う執務机の上、上司が無造作に放り投げた一枚の紙片を恭しく両手に掲げ、岡部は嬉しそうに微笑んだ。
 岡部の無骨な指に挟まれたそれは、新しい役職に就く際に人事部から交付される書面、つまり辞令だ。氏名欄には岡部の上司の名が記され、階級欄には警視長とある。

「今週の定例会には、俺が『綾紫』をお持ちします」
 室長室に戻るが早いか報告書の検分に取り掛かった薪は、岡部の口から自分の好きな酒の銘柄が出ると、わずかに紙をめくるスピードを落として、
「別に祝うほどのものでもないけど。飲むのは大賛成だ」
 くちびるの端を少しだけ上げて、白い歯を覗かせる。週末の予定を立てるときには気分が上昇気流に乗る。勤め人のサガだ。

「俺たちからも、お祝いの花束くらい贈らせてください」
 ドアを開けて入ってきたのは、今井と宇野だった。修正済みの報告書を手に持ったまま、岡部と一緒になって上司宛の辞令を覗き込む。3人とも、他人の辞令の何がそんなに嬉しいのかと、当の本人が不思議に思うくらいに相好を崩している。自分の部下ながら、こいつらは根本的にズレている、と薪は呆れ顔で溜息を吐いた。
「そんなものは要らん。贈られる謂れもない」
「薪さん」
 副室長の岡部に咎める口調で名前を呼ばれるも、薪の気持ちは変わらない。だって、本当に祝福されるべきは自分ではない。

「第九に実績がなければ、その辞令もない。第九の実績は、僕一人で築いてきたわけじゃない」
 薪は右手をピストルの形にして、岡部が持っている紙片を撃ち抜くように指差した。細い顎を上げて、他人を見下すような視線。事実彼は今、部下たちを見下しているのだ。どうしてこんな当たり前のことが分からないのかと。
「それは、第九全体の評価と考えていい。室長の僕が代表として受け取っただけだ」
 時として、薪の人間性が誤解される理由はこういう所にあると部下たちは思う。今は岡部が咎めたから補足説明をしてくれたが、普段は最初の「要らん」で会話を打ち切ってしまう。長い付き合いの自分たちは慣れたものだが、これが他所の部署の人間だったら完全に怒らせているところだ。相手が他部署の職員なのだから少しは気を使って、などという細やかな気遣いを薪に期待しても無駄だ。何故なら薪の中で、その論理は明白過ぎて、誰もが理解して当たり前のことだからだ。自己の昇進を部下たちの努力のおかげだと考えることができる薪の精神は称えられる類のものだと思うが、問題は、世間一般的な考え方と大幅なズレがあることを本人が認識していないことだ。

 それはさておき、祝賀会である。
「じゃあ今度の定例会は、みんなでお祝いしますか」
「いいぞ。会場は任せるから、予約をしておけ」
 室長のGOサインが出れば、あとは宴会部長の曽我の仕事だ。モニタールームに戻って早速、今井は曽我に、祝賀会に相応しい店を探してくれるように頼んだ。丁度昼に差し掛かる時刻で、曽我の傍らにはいつも彼と一緒に昼食を摂っている彼の親友と後輩がおり、彼らは今井の話に、まるでクリスマス会の相談をする子供のように乗ってきた。

「室長が参加する飲み会は久しぶりだな。となると、日本酒が美味い和食の店か」
「室長の酒は岡部さんが用意するって言ってたぜ? アヤ何とかって、限定酒らしい」
「持込OKの店って言うと、限られるぜ。マトモな料理店はみんな持込禁止だ」
「でも、料理の不味い店はイヤだぜ。酒まで不味くなる」
「それなら室長の家が一番ですよ。何たって、室長の料理は天下いっぴ、っ!」
 ビュッ、と鋭い唸りを上げて、青木の眼鏡の3センチ先を黒色の矢のようなものが通り過ぎた。命の危険を感じて後ずさり、ゴクリと生唾を飲む。恐る恐る凶器が飛んできた方向を見れば、昼食休憩に出てきたらしい美貌の上司が、ダーツ投了後のポーズでこちらを睨んでいる。
「手が滑った」
 青木の鼻先を掠めて壁に突き刺さったのは事務バサミ。『絹』というシリーズ名の高級事務鋏を、室長は愛用している。

「ち、近くにものすごく美味しい総菜屋さんがありまして! そこからデリバリーするのが一番かと」
「もしかして、休日出勤のときに薪さんが差し入れてくれるあれか? だったら五目稲荷が食えるな」
「あそこは中華も絶品だぞ。あんな美味い酢豚食ったの、生まれて初めてだった」
「ハンバーグ! 誰が何と言っても煮込みハンバーグ!」
「ふっ、おまえら甘いな。あそこのエスニック料理はな、スパイスの使い方が絶妙で」
 部下たちが口を揃えて惣菜屋を絶賛するのに、薪の後ろに付き従うように立っていた岡部が首を捻る。
「和洋中何でもござれの総菜屋? 薪さんの家の近くに、そんな店があったか、っ!」

「今度は足が滑った」
 突然、向こう脛に激痛がきて、岡部はその場に蹲る。前を向いたまま、後ろ足で部下の脛を蹴り飛ばした室長は右手にペーパーナイフを構え、つまり次に滑る用意も万全だ。
「ああ、あったあった! 年中無休24時間営業の総菜屋がっ!!」
 下手を打てば命が危ないと、岡部は薪の傍を急いで離れた。薪は、部下の前では男らしい自分を演出することに拘っていて、それを邪魔する者には容赦しないのだ。

 定例会の常連である二人を除いた部下たちは、緊迫した三人のやり取りに気付かぬ振りで話を進めていたが、やがて最終決断を下した。上司の家という緊張感と過去に味わった絶品料理、どちらの秤が重いかと問えば、若い彼らにはやはりこちらだ。
「みんなで室長のお宅にお邪魔してもいいですか?」
「構わんが。料理はいつもの惣菜屋でいいんだな」
 はい、と声を揃えて頷く部下たちに軽く頭を振り、薪は執務室を後にする。食堂に向かいつつ、彼は頭の中に様々な料理を描いたが、それは今日の自分の昼食ではなく、祝賀会用のパーティメニューだった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
次のお話の予定
『ヒカリアレ』
書いてます。
60Pを超えました(笑)
7/18 推敲やってます。
あと20ページ。
7/20 推敲の結果、70Pになりました。←バカじゃないの。
2回目の推敲に入りました。
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: