シルエット

 発売日ですねっ!
 昼間は仕事があるので、夜、買いに行こうと思います。

 以前は居ても立っていられず、役所に行くとか嘘を吐いて(←!) 仕事を抜け出して(←!!) そのまま自室にバックれたりしたものですが(←!!!) 今は夜まで待とうと言う理性があります。
 真っ当な人間に戻れて良かったです。 とりあえず、今夜はメロディ抱いて寝ます。(←戻れてない)



 予告のお話の前に、雑文をひとつ~。

 こちら、新春記念SSです。 ←いまごろ!? ←いやだって、来年のお正月まで10ヶ月もあるし。
 クリスマス合わせ、とか、元日合わせ、とか、ちゃんと目的の日に合わせてお話が書ける方、尊敬してます。 計画性がないことも事実なんですけど、わたしが季節イベントに乗り遅れる一番の原因は、
 お正月が来ないと自分がお正月気分にならないので書けない。

 結局自分の都合ってことで、ああー、やっぱり人間性に関わってくるんだなー。 申し訳ないです。


 この雑文、本当は、この次に公開する『キセキ』のあとがきにするつもりだったんですけど、スピンオフでドヘンタイギャグSSができたので、あとがきはそっちにします。
 だれかこのおばさんに、「あとがきってSSのことじゃないよ」ってやさしく教えてやってくださいww。






シルエット





 2068年の最初の日、日の出前の現在。第九研究室の壁掛け時計は、5時22分を指している。
 創立以来、科警研規定労働時間超過記録ナンバー1という不名誉な座から退いたことの無い第九研究室といえども、年末年始はさすがに記録更新の努力を放棄することにしている。職員たちはそれぞれの自由時間を楽しみ、今ごろは年越しパーティの疲れから布団の中にいるか、あるいは誰かと一緒に初日の出を見に行く途中か。いずれにせよ職場には出て来ない。
 はずなのに。

「静かにな」
「わかってるよ」
 研究室に、怪しく蠢く人影が二つ。一つは細く、もう一つはやや太め。どちらも男性のシルエットだ。
 彼らは慎重に室内を移動していたが、暗さに視覚を塞がれてか、後方の太目の男が机の脚に躓いてしまった。スチール机は軽い金属音を立てて、しかしこの静けさの中にあってはかなりの騒音だ。
「バカ、曽我! 音立てるなよ!」
「小池、声でかい!」
 いささか間抜けな会話を交わした侵入者たちは互いの口を手で塞ぎ合い、要はどちらも相手が悪いと思っている。この二人は息もピッタリだが、考えていることも常に一緒だ。

 二人がコッソリと無人の第九にやって来たのは、捜査機密を悪の組織に売り渡すため、なんてスパイ映画みたいに話のタネになるような目的ではない。
 内幕を晒せば実に下らない。普段の土日と違って、帰省や旅行などで緊急呼び出しに応じられない可能性がある年末年始は職員が交代で当直を務めることになっているのだが、今年はそれをたった一人の職員がこなしている。青木というその男は、先月初旬、1週間の長期休暇を彼らしくない強引さで捥ぎ取った。その交換条件が年末年始の4日間の当直、というわけだ。
 つまり此処には今、彼らの後輩の青木が独りで留守番を務めている。二人が行こうとしているのは、彼が眠っているはずの仮眠室だ。小池と呼ばれた男の手にはデジタルカメラ、机に躓いた曽我の手にはレコーダー。要するに彼らの目的は。

『寝起きドッキリ』である。

 断っておくが、これはイジメではない。仕事場でひとりで寂しく年末年始を過ごしている後輩に対する先輩の気遣いだ。その証拠に、差し入れの朝ごはんもちゃんと調達してきた。コンビニのおにぎりとカップのなめこみそ汁だが、レンジで温めて3人で食べればそれなりに美味しい。

 音を立ててしまった警戒心から、彼らはしばらく動きを止めていたが、部屋は静まり返ったままだ。どうやら気付かれずに済んだらしい。
「まあ、青木は一度寝たら雷の直撃を受けても起きないから」
「直撃受けたら、起きたくても起きられないんじゃないか?」
「岡部さんなら頭に釘刺して起きてきそうだけどな」
 副室長の似合いすぎるモンスターコスプレに失笑しつつ、二人は再び歩き出した。研究室の明かりは密やかに動くMRIシステムが点滅させるランプのみ、だがその数は百を超えているため、眼が慣れればそれを頼りに室内を移動することも可能になる。程なく、彼らは目的の場所に辿り着いた。
 省エネモードに切り替えられた研究室内の気温は摂氏12度とかなり低めで、仮眠室のドアノブは冷え切っていた。その冷たさに背中を震わせつつも、小池はそっとドアを押し開いた。
「お、あそこだな」
 4つあるベッドのひとつ、右奥のそれがこんもりと山になっているのを暗闇に慣れた小池の眼が捉える。抜き足差し足、二人がベッドに近付いていくにつれて聞こえてくるのは安らかな寝息。

「よしよし、良く眠って、――っ!!!」
「なんだよ小池。急にロボットダンスなんか踊り出して、――ふぉわふぉとぅっ!」
「バカ曽我、声出したら殺されるぞ! てか、何語だよっ!!」
「だから声でけえっての!」
 図らずも彼らは本物のスパイになったように、生と死の境界線に立たされていた。自分たちがこの部屋に入ったことが知れたら、本気で命が危ない。いや、現実に殺されはしないと思うが、死んだほうがマシだという目には遭わされる、絶対。

 ベッドの中で青木はよく眠っている。それはこの際どうでもいい、問題はその横で寝ている人物だ。
 ただでさえ狭いシングルベットで、ガタイの良さがモノを言う警察の中でも高身長では三本の指に入る青木の隣に、申し訳程度のスペースを与えられて眠っている彼。寝台を占める体積量とは裏腹に、その脅威は科警研一、いや、警察機構全体を俯瞰しても比肩する者はほんの数名だ。二人がパニックに陥るのも当然であった。
「聞いてないぞ、薪さんが一緒だなんて」
「薪さんのことだから、いつものように差し入れに来たんだろうけど。泊り込むとは」

 ベッドの空きが在るにも関わらず、自分たちの上司と後輩が一つのベッドで眠っている事情については理解していた。この二人が特別な関係にあることはしばらく前から何となく分かっていたし、そういう眼でもって注意深く観察すれば、彼らの態度はあからさまでさえあった。彼らの言動自体は完全な上司と部下のそれであり、同僚の前で自分たちの関係を匂わせるような真似は決してしなかったが、あにはからんや。彼らの視線は絡み過ぎなのだ。
 とはいっても、視線は眼に見えないもの。こうして実態を目の当たりにするのは初めてのことで、だから二人の惑乱は無理も無かった。

 飛び上がった心臓がやっと落ち着くのに、2分ほど掛かっただろうか。音を立てないように深呼吸をした後、曽我は小声で言った。
「あ、一応服は着てるんだ」
「何考えてんだ、おまえ」
「だって」
 恋人なんだろ、と曽我の丸い眼が無邪気に言い、小池は焦る。想像したことがないわけじゃないけど、同僚の、しかも男同士のそういうこと、赤裸々過ぎて気軽に思い浮かべたりできない。
「職場だぞ。あの薪さんが許すと思うか?」
「でも一緒に寝てんじゃん」
 抱き合って眠っているわけでも腕枕で寝ているわけでもなかったが、たしかに曽我の言うとおり、他にベッドが空いてるのにわざわざ狭苦しい想いをして共寝するなんて。
「そりゃそうだ」

 見せつけられて、思いのほか早く平常に戻れた自分を、小池は心の中で褒めてやる。この眼で見たら、もっと嫌な気持ちになるかと思ってたのに、なんだおれ、けっこう余裕じゃん。

「ねだられたんじゃないのか? 薪さん、なんだかんだ言って青木に甘いから」
「あの人もともと自分の部下には甘いとこあるけどさ、青木はやっぱり特別なんだろうな。薪さんが自分を見失うのって、青木が絡んだときだけだもんな。去年のテロ事件の時だって」
「ああ、あのスタンドプレーは薪さんらしくなかったよな。一歩間違えりゃ……まあ、あんなことに巻き込まれた青木も気の毒だったけど」
 眠っている青木の顔に落書きでもしてやりたい誘惑に駆られるが、ここは我慢だ。ほんの少しでも自分たちがこの場にいた痕跡を残せば、薪が犯人探しに乗り出すだろう。そうなったら地球の裏側まで逃げても逃げ切れない。

「あれだけの死地を潜り抜けてきたって言うのに。二人とも、この世の平和みたいな顔で寝てるなあ」
 曽我が使った『この世の平和』という表現は大げさだと思ったが、見ればまったくその通りで。彼らは安心しきって寝具に身を委ねている、でも多分、掛け布団に隠れて見えない部分では互いに互いを委ね合っているのだろう。

 そこは二人だけの秘密空間。誰も暴いちゃいけない。

 くい、と親指を立てて、小池は退出を促した。頷いて、曽我が踵を返す。入ってきた時とは反対の順番で、二人は仮眠室を出た。
 3人で食べるはずだったコンビニの朝ごはんを、二人は第九のエントランスで食べた。まだ日の出には間があり、外は真っ暗だったが、自販機の周辺だけは防犯のため常夜灯が点いていた。
 給湯室が使えなかったことから諦めたみそ汁の代わりに、自販機の温かい緑茶で冷たいおにぎりを喉へ落とし込む。独男の証明みたいな朝食がそれほど惨めに感じないのは、気心が知れた友人との会話があるからだ。

「俺さ。初めて知ったとき、正直、気持ち悪いと思った」
「え、そうなの? おれが二人のことを仄めかしたとき、『別にいいんじゃね』って言ってたじゃん」
「あからさまに非難もできないだろ。青木はいいやつだし、薪さんには世話になってるし。趣味趣向は、それこそ自由だしな」
 そこで小池はペットボトルに口をつけ、ごくりと緑茶を飲み込むと、思い切ったように言った。
「だけど、ずっとモヤモヤしてた。どうしてそんなことになっちゃうんだろうって。二人とも仲間だと思ってたから、なおさら」

 親友にも初めて聞かせる胸のうち。誰にも言えなかった。小池は彼らのことが大好きで、だから口にできなかった。自分が諸手を挙げて二人の幸せを喜べないこと。

 小池はもう一度緑茶を口に含み、ペットボトルと一緒に仰のいた。横目でちらっと隣を見れば、心配そうに眉根を寄せるお人好しの間抜け顔。小池はにやりと笑って、
「でもさ。なんかもういいかなって」
 おにぎりの残りをポイと口に投げ込んで、奥歯でモゴモゴと噛みながら、真剣味が足らないように見えるけれど仕方ない。小池は照れ屋で、こういう言葉を口にするのはとても照れ臭いのだ。

「薪さんがあんなに安心しきった顔で眠れるなら、それでもいいかって」
 親友の、そんな性質を心得ている曽我は、ほんわかと笑って頷いた。
「昔はよくうなされてたもんな」
 小池に賛同の意を示し、曽我は3つ目のおにぎりを頬張る。曽我は親友だけど、いま彼が食べているエビマヨネーズおにぎりは個人的には納得できないと小池は思っている。おにぎりの具の王道は、梅・シャケ・昆布。だけど何処のコンビニでも、人気ナンバー1はツナマヨネーズだとか。

 そう、彼らのこともそれと同じ。なにも特別なことじゃない。
 せいぜいがおにぎりの変り種。美味しく食べられればそれでいいじゃないか。

 曽我が緑茶を飲み干したのを確認して、小池は席を立った。
「よし。初日の出、今から見に行くか」
「あと一時間も無いぞ。それに今からじゃ、スポットは何処もいっぱいだぜ」
 困り顔で小池を見上げる親友に、小池は力強く親指を立てて、
「屋上だよ」
「ナイスアイディア、と言いたいところだけど。あの二人と鉢合わせしたらどうするんだよ」
「起きないだろ。あれだけ熟睡してりゃ」
「解んないぞ。初日の出に合わせて目覚まし掛けてるかも。青木ってそういうの、マメにやりそうじゃん」
 曽我の懸念は尤もだ。ロマンチストの後輩が、1年の最初の太陽を愛する人と一緒に見ることもなく寝こけるなんて、逆にあり得ない。

 日の出は地球上の何処からでも見える、と開き直って小池は、太っているくせに寒がりの曽我を庭に連れ出した。日の出の時刻は迫っていたが、じっとしていると寒くて堪らないので、中庭に向かって歩いた。
 ほどなく東の空が明るくなってきて、二人は空を見上げる。第九の建物が、光線の関係で黒い塔のように見えた。

「あ、ほら。やっぱり」
「うーん。青木らしいな」
 屋上に大きさの異なる二つのシルエットを見つけて、二人は顔を見合わせた。
 二つの影は寄り添うことはなく、職場仲間の距離を保って立っていた。徐々に明けていく空が夜明けの美しさでもって人々の心を震わせても、彼らは決して節度を失うことはなく、それは自分たちの立場を誰よりもよく彼ら自身が弁えているから。
 守りたいと、強く願っているからこその空隙。あの空隙にこそ相手を想う気持ちが詰め込まれているのだろうと、小池は思った。

 逆光で、マトモな写真になるとは思えなかったが、小池は持っていたカメラにその光景を収めた。
「写真なんか撮るなよ、小池。薪さんに知れたら」
「青木に渡すんだよ。お年玉だ」
 カシャリとシャッターを切り、小池は、ビルの谷間から顔を覗かせ始めた今年最初の太陽に向かって背筋を伸ばした。
「青木には、今年も薪さんの面倒を見てもらわなきゃならないからな」
「はは。違いない」
 望遠レンズも付いていないカメラで撮影したその写真は、カメラの画面で確認してみたら朝焼けの空に第九の建物が黒く映っているだけの風景写真になっていた。目を凝らしたところで、人影なんか見えない。
 だけど青木はきっと、喜んで写真を受け取ってくれるだろうと小池は思った。



(おしまい)



(2013.1)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(11)

 終章です。
 読んでくださってありがとうございました。



きみはともだち 前編(11)





 それから二人は、互いに一番多くの時間を共有する友人になった。季節が完全な夏になる頃には、薪の部屋には鈴木専用のクッションが置かれていた。
 薪の家は古い学生向けのアパートで、エアコンは年代物だし空気清浄機は付いて無いしで快適とは言い難かったが、鈴木は此処で過ごす時間が一番のお気に入りだった。

「そうだ、鈴木。夕飯ご馳走様でしたってお母さんにお礼言っといて。あのハンバーグ、すごく美味しかった。鈴木のお母さんて本当に料理上手だな。羨ましいよ」
 鈴木の横に座って、男性向けのファッション誌を一緒に眺めながら薪は言った。「あ、このバングル欲しい」と細い指が写真を指差す。
 鈴木の影響か、薪は身なりに気を使うようになった。髪も分け目を付けて根元をふんわりさせて、首にはチョーカー。決して高価なものではないけれど、十分に彼の首の美しさを引き立てている。ワンサイズ大きいロゴ入りのTシャツと膝の抜けたジーンズは、彼の美貌にフランクな親しみやすさを添えていた。この格好でこの顔つきなら、おばあさんも子供も気軽に道を尋ねることができそうだ。

「それでさ、塔子さんに何かお礼をしたいんだけど。紅茶が好きだって言ってたから、好みの銘柄とか、……鈴木、聞いてる?」
 鈴木が相槌も打たずにいたせいで、薪が不審そうに眉を顰める。下から顔を覗きこまれて、ハッと我に返る。夏でも白い薪の首筋と胸元が、なんだか妙に眩しい。目を細めると、薪が不思議そうに小首を傾げた。

「なに?」
「薪と知り合って間もない頃。『君のような軽薄な男は大嫌いだ』って言われたことを思い出して」
「え。僕、そんなこと言ったっけ」
 この男が忘れるはずがない。たとえ本人が望んでも、その天才的な頭脳は忘れてくれないはずだ。鈴木の予想通り、薪は眉毛を弱気に下げて、バツが悪そうに髪を弄った。
「言った方は忘れても、言われた方は忘れられないなあ」
 重ねて責めると、薪はますます困った顔をして、でも絶対に素直に謝ったりしない。だって本当のことだもん、などと口の中で呟くのが聞こえる。

「けっこうなトラウマになったよなあ、あれ。ホント、あの時傷ついたもんなあ、オレ」
「……わかった。日曜日、塔子さんへのプレゼント選び手伝ってくれたら、その後ナンパに付き合うよ」
「やった! 薪が一緒だと女の子ホイホイ捕まるもんな。楽しみだ」
「ったく、ひとをゴキブリホイホイみたいに」
「中身の接着剤役はオレに任せて。君は勉学に励みなさい」
「言われなくてもそうする。女の子なんて面倒なだけだし」
 鈴木の軟派な計画を蔑むように、薪はつんと横を向いた。閉じた目蓋と長い睫毛。尖らせたくちびるがものすごく可愛い。薪のこういう顔を見るだけで、鈴木のテンションはめきめき上がる。

 よっしゃ、とガッツポーズを決めた自分の笑顔が、薪を深く傷つけていたことを鈴木が知るのは、まだ先の話。



―了―



(2012.11)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(10)

 メロディ発売が迫ってきましたね。
 今回で肖像画の謎が解けるのかな? 楽しみです~。
 純粋にわくわくしてます。 早く続きが読みたい。

「この頃、発売日が近付いても騒がなくなったね」って義妹に言われました。 以前は「どうしよー、どうしたらいいと思う?」ってずっと狼狽えていたから。

 こうなってみると、秘密の第九編は本当に特別だったんだなあって思います。
 ショックで仕事が手につかなくなるかもしれないから現場検査終るまで本誌購入は控えよう、とか、買ったもののページを開くのが怖くて3回も4回も袋から出したり入れたりとか、
 よくよく考えたらヘンだよね? 子供ならともかく、40過ぎたおばさんだよ?
 あのままだったら実家に帰されry。

 なにはともあれ、マトモな日常生活を営めるようになってよかったです。
 



きみはともだち 前編(10)





 薪の変貌の理由を鈴木が知ったのは、それから二時間後。午後の講義の後だった。

「ゴメン、鈴木。おれのせいだ」
 教室の出口で鈴木を待っていたのは、鈴木の高校からの友人で中島と言う。同じ方角から大学に通っており、電車でもよく顔を合わせる。彼は鈴木の顔を見るや否や勢いよく頭を下げたが、咄嗟には何のことか分からなかった。
「学食で、薪に水ぶっかけられたんだって? 本当にすまなかった」
「薪? おまえ、薪に何かしたの?」
「一昨日、おれ、あの電車に乗ってたんだ。それで薪が酷い目にあったこと、つい喋っちゃって。それが回り回って薪の耳に入って、だからきっと薪は、鈴木が言いふらしたんだと思って」
 中島の供述に、鈴木は安堵の息を吐いた。
 鈴木が一番の心配していたのは、自分の与り知らぬところで薪が傷つくこと。理由が分かれば対処も可能だ。

「おれが薪に謝るよ。鈴木は何も言ってない、噂の出所はおれだって、ちゃんと言うから」
「いいよ、そんなことしなくて」
 平謝りに頭を下げる友人に、鈴木はにっこりと笑いかけた。
 中島が悪いんじゃない。
 中島は、人が本当に傷ついたことを面白おかしく触れ回るような人間ではない。彼は本当に、ただの笑い話の心算だったのだ。

 普通の男なら、電車の中で女と間違えられて痴漢に遭ったなんて災難は笑い話にしかならない。そりゃ痴漢も可哀想に、とげらげら笑ってお終いだ。でも、薪にはそれができない。あの容姿がそれを許さない。ましてや「慣れる」ほど被害に遭ってしまっては、冗談では済まされない。
 中島は、薪のそんな事情を知らなかった。本人に噂が伝わった所で笑い話のネタが増えるだけだと軽く考えていたのだろう。浅はかではあったかもしれないが悪気は無かった、いや。
 そもそも、中島は本当に悪くない。
 あの時、騒ぐなと薪は言ったのに。捕まえようだの警察に突き出すだの、無神経なことを口にしたのは自分だ。
 同じ電車に中島が乗っていることに、鈴木は気付かなかった。それほど混み合っていたのだ。鈴木は他人より身長が高いから中島からは見えたかもしれないが、薪は完全に埋もれていたはずだ。だから中島は薪が被害に遭った場面を目撃したわけではなく、鈴木の言葉や急に下車したことから事情を察したのだ。
 悪いのは、自分だ。

「気にすんなよ。大丈夫だから」
 中島にはそう言ったものの、薪の信用を回復する自信はなかった。あの様子では、話を聞いてもらうことも難しいだろう。視界に鈴木の顔が入った途端、回れ右をされそうだ。
 薪にしてみれば無理もない。彼は何も悪いことをしていないのに、被害に遭って傷ついて、それを言いふらされて笑い者にされた。悔しかったに違いない。
 あれは自分の八つ当たりだったと、薪の方から謝ってきてくれたのに。その気持ちを踏みにじられた気もしただろう。元凶の鈴木に腹いせの一つくらいしたくなっても不思議は無い。

 薪はどんなに傷ついただろうと、それを思うと鈴木の胸は痛みを覚える。出会った日から、自分は彼を傷つけてばかりだ。
 品川駅のホームで見た、彼の泣き顔。思い出すほどに苦しくて、鈴木は未だ乾ききらないシャツの襟元を握り締める。
 彼が、何処かで泣いているような気がした。

 鈴木は放課後、薪を探して学内中を走り回った。交友関係の広い鈴木は、「薪知らない?」と顔見知りを見かける度に声をかけた。あれだけの有名人なのに、目撃情報はなかなか上がらなかった。もしかすると、今日はもう帰ってしまったのかもしれない。
 それでも諦めず、彼を探し続けた。今日中に彼を見つけることが、とても大切なことに思えた。

 15人目の学友から彼の情報を得たのは、夕方の5時を回った頃だった。
「法2(法学部2号館)で見かけたぜ」
 そこは、鈴木のスタート地点だった。講義が終わると同時に、鈴木は薪が講義を受けているはずの法学部3号館に走ったのだ。でも、そこに彼の姿はなかった。それからは薪のいそうな場所を探して、図書館やサークルの部室にも行ってみた。携帯の番号くらい聞いておけばよかったと後悔しながら、思いつく限りの所を探した。自分がいた場所は盲点だった。
 安田講堂から法学部2号館に駆け戻る。自分が講義を受けていた教室を探したが、薪はいなかった。他の教室も見て回るが、見つからない。この大学の建物はどれも古くて広くて、人探しには苦労する。でも、諦めたくないと鈴木は思った。
 廊下に出て3階の窓から見下ろすと、建物の正面玄関付近に、小さな亜麻色の頭が見えた。建物の前には数え切れないほどの学生たちがいたのに、何故か一目でわかった、薪だ。

「薪……」
 やっと見つけた。

 窓から呼びかけようとして思い留まる。薪は自分に腹を立てているのだ、声なんか掛けたら逃げられるに決まってる。
 急いで階段を下りて、正面玄関へと向かう。謝罪の言葉を用意してから彼と対峙するのが賢いやり方だと分かっていたが、身体の方が先に動いてしまった。
 階段を降り切った所で、ようやく薪の顔が見えた。正面玄関の、石造りのアーチの柱部分にもたれて、何やら思案している様子だった。

 右の拳を下くちびるに当てて、じっと空を見つめる。それは彼が何かを真剣に考えているときの無意識の仕草だと、もう鈴木には解っていた。考え事の邪魔をするのも気が引けて、鈴木はそっと薪の様子を伺う。
 ずい分長いこと、薪は動かなかった。
 日本の最高水準の学生だけが集まるこの学び舎に於いてさえ突き抜けた頭脳を持つ彼が、何をそんなに考え込んでいるのか。生物情報科学のレポートか社会心理学研究会の論文発表か、間違っても今夜の夕食のことではあるまい。
 やがて薪は深いため息を吐き、亜麻色の髪に手を差し入れた。頭痛に耐えるように前頭部を押さえて、
「ダメだ……どう謝っても許してもらえない……」
 と、脳内シミュレーションの断片をぽろりと零した。
「もう、乾いちゃってるよな」
 薪の身体に隠れていた右手が、胸の前に上げられた。その小さな手に握られているのは、白いスポーツタオルだった。

「薪」
「す」
 ずき、と振り向きざまに、薪は後の言葉を口の中に篭らせて、だから鈴木は何を言われたのか分からない。鈴木はテレパシストではないし、読唇術の心得もない。ちゃんと声に出して説明してもらわなければ分からない、薪が何に悩んで、そのタオルは何のために用意したのか。
 だけど薪が、何だかもう喋るのも大変そうなくらいにパニクっている様子だったから。こちらから歩み寄ることにした。

「そのタオル、借りてもいい?」
 初夏の気温と自身の熱気でシャツはすっかり乾いていたが、走り回った鈴木は汗だくだった。身体の大きな鈴木に、大判のスポーツタオルはありがたい。
 薪は言語機能に支障をきたしたようで、返事の代わりにコクコクと何度も頷きながら、鈴木にタオルを差し出した。タオルは真新しくてまだ糊が付いていて、学内の生協で購入したものと思われた。
「サンキュ。洗って返すから」
「あ、いいよ。それはその、鈴木、に」
 語尾を弱くして俯くと、薪は再び沈黙した。頭の中で繰り返された筈の言葉は、彼の口から出てこなかった。重苦しい空気に息を殺した彼のくちびるが、ぎゅ、と引き結ばれる。

 鈴木は、彼の伏せた睫毛の長さに驚いていた。
 マスカラで補強した彼女の睫毛よりも長くてきれいだ。量も多い。ビューラーによる人工的なカールではなく、自然な造形。前髪を長く垂らしているのが勿体ないと思った。こんなにきれいなもの、出さなきゃソンだ。

「大丈夫だよ」
 そう言って触れた薪の前髪は、さらりとしていた。
 さっき彼が自分でしていたように、鈴木の手は彼の前髪を指でかき上げた。顕わになった額は真っ白で、形の良さはもはや芸術だった。
「大丈夫だ。な?」
 同じ言葉を繰り返し、鈴木は薪に同意を求めた。亜麻色の瞳が零れ落ちんばかりに大きくなって、鈴木はまた彼が泣き出すのかと思ったが、薪はそっと、詰めていた息を吐き出しただけだった。

「うん」
 こくっと頷いて、薪は微笑んだ。それは鈴木に初めて向けられた彼の素直な微笑みで、自分を見上げる彼の大きな瞳は蜂蜜のように潤った黄金色に輝いていた。

 薪は本当は、こんな眼をして笑うんだ。

 初めて彼の笑顔に包まれた時の自分の気持ちを、後に鈴木は何度も何度も思い出し、その都度それに名前を付けようと試みた。が、彼は短い生涯の中で、ついにそれを為すことはできなかった。東大法学部ストレート合格の彼にとって、思考を言葉に変換することは簡単な作業だったはずなのに、薪に関することだけは特別だった。彼を前にすると、言葉の限界はいとも容易く鈴木を縛った。
 名前の付けられない、この感情。説明のつかない、自分の高揚感。
 それは、彼と歩んだ14年間の鈴木の人生に、絶えず付いて回った不分明だった。

 先の話はともかく、その時点で彼らは友人になったと言ってよかった。何故なら、互いが互いを探して学内を走り回っていたことは、言わなくても伝わったからだ。
 薪はあの重いショルダーを肩から下げていて、帰り支度を整えているように見えたから、帰るのかと訊いた。うん、と頷く彼に、ちょっと待ってて、と鈴木は今下りてきたばかりの階段を駆け上がった。薪を探すのが先決だと思ったから、教室にディパックを置いたままだった。今ごろ気付いた、だから薪はこの建物の前で待っていたのだ。鈴木の荷物があるのを確認して、ここに帰ってくるはずだと予測して。

 中島が薪に事情を説明したのかどうか、鈴木は確かめなかった。それはどうでもいいことだった。
「そうだ。あのDVD、これから観ようか」
 駅までの道を薪と並んで歩きながら、ふと思いついて鈴木は言った。
「彼女とデートじゃなかったのか?」
 薪に言われて思い出した。すっかり忘れていた。約束していた訳ではないが、彼女と夕食を一緒に摂るなら電話を入れなくてはいけない時間だ。夕食の後は二人きりになれるカラオケボックスなどで親交を深めて、それから後はもっと親しくなれる所に場所を移して、許されるなら夜通しかけて彼女を紐解く。それはとても魅力的なプランのはずなのに。
 なぜ。

「今日は止めとく。昼に赤門ラーメン食っちゃって、ニンニク臭いから」
 正当な理由だ、と鈴木は自分の解答に自信を持った。
 次の瞬間、肩に担いだディパックの紐を不意に掴まれ、鈴木は立ち止った。自分を引き留めた人物を振り返ると、わずか3センチほどの至近距離に薪のきれいな顔があった。薪は眼を閉じて、そうすると彼の睫毛は鈴木の頬に触れそうだった。
 驚きで、心臓が止まりそうになった。
 一瞬の接近の後、薪は近付くのと同じ唐突さで鈴木から離れた。

「大丈夫だよ。全然匂わない」
 当然だ。一口も食べてない。
 昼抜きだったことを思い出して、鈴木の腹がぐうと鳴った。

「薪、悪い。そこのコンビニ寄って、なんか食うもん」
「昼に二人分メシ食っといて、もう腹が減るのか? 身体が大きいと大変だな」
 おまえのせいで食えなかったんだよ、と鈴木はこれから先何度飲み込むことになるか分からない薪への恨み言を、その最初の一つを飲み込んだ。
 でもその時鈴木が飲み込んだものは、言葉面とは裏腹に美味で。いっそ、快楽と称して差し支えのない甘さで。それは温かく鈴木の胸を満たし、深部へと入り込んだ。
 その甘さを生涯、鈴木は忘れることはなかった。




*****

 これがあおまきさんならあーなってこーなってこじれにこじれて終いには……ふふふふ、今度これ書こう。 ←S話はこうして生まれるww。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(9)

 ご無沙汰です。
 話の途中でぶった切れてすみません。 守備範囲外の積算でオタオタしてました。 

 建築屋さんて、よくあんな設計書で積算ができるね? 代価表無しでどうやって数量拾うの?
 仕方なく、図面から一つ一つ計算して自分で代価表に近いものを作ったんですけど、この作業があり得ないくらいメンドクサイ。 日数割して適当に入れたろか、って心の中で呟いたのは内緒にしておいてください。


 お話の続きです。
 前章の最後で波乱の予告をしましたが、「こんなものは波乱のうちに入りません」とうちの青木さんなら言うと思います。 青木さん、波乱慣れしすぎwww。
 




きみはともだち 前編(9)






 本郷キャンパス中央食堂の売れ筋、不動の一位は「赤門ラーメン」だ。モヤシとひき肉がたっぷり載ったピリ辛のラーメンはこのご時世に400円とリーズナブルで学生の味方、味はそこそこだが野菜を包んだ餡が独特でクセになる。

 金曜日のランチメニュー、豚肉の生姜焼き定食とどっちにしようか、と食券販売機の前で少し迷って鈴木は、ラーメンと豚丼のボタンを押した。19歳の食べ盛り、ましてやこの体格だ、一人前ではとても足りない。
 冷水機からセルフサービスの水をコップになみなみと注ぎ、トレイに載せる。カレーと同じ理由で、赤門ラーメンに冷水は不可欠だ。
 一緒に講義を受けた友人数名と、雑談を交わしながら席に着く。天井の高い中央食堂には初夏の日差しが降り注いで、学生たちの賑わいと共に楽しい昼食タイムを演出していた。

「そう言えば鈴木。昨日の朝、薪と一緒だったよな」
 ああ、と頷きながら鈴木はスプーンで唐辛子の粉を掬い、モヤシの上にたっぷりと掛けた。それからどんぶりに箸を突っ込んで、麺と具を混ぜ合わせる。少々行儀が悪いが仕方ない、値段に応じた麺を使っているせいでこのラーメンはすぐに伸びるのだ。食べる前にほぐしておかないと、麺同士がくっついて塊になってしまう。
「鈴木はホントに面食いだな」
「ばーか。確かに美人だけどさ、ヤローだぞ」
「そうは言ってもあの顔。その辺の女子より断然カワイイぜ。連れて歩いたら悪い気しないだろ?」
「あんまり構うなよ。美人には美人なりの苦労があるんだから」
「モテ過ぎちゃって困るとか? 贅沢な悩みだな」
「傍から見るほどいいことばかりじゃないぜ。一昨日だって」

 ざわめいていた周囲の声が、急に途絶えた。頭頂部が急に冷たくなって、目の前のテーブルに水滴がぼたぼた落ちてきた。
 ……にわか雨? どうして室内に?
 気が付いたら、隣に座っていたはずの友人は立ち上がって後ずさり、向かいの席の友人たちは青くなって口を開けていた。

 鈴木の隣に立った男子学生が、コップの水を鈴木の頭に掛けていた。
 最後の一滴まで注ぎ終えて、空になったコップをトレイに置く。その手の美しさで誰だか分かる、真っ白な細い指と桜貝のような爪。

 広い学生食堂で、いつの間にか自分たちは注目の的だった。
 その事実に羞恥を覚える余裕もなかった。彼がなぜ自分にこんなことをするのか、鈴木には見当もつかなかった。
 びしょびしょの顔で見上げると、薪は人形のように、最初に断絶された時より更に無表情に、鈴木を見下していた。怒るどころか、鈴木は声も出せなかった。こんなに冷たい瞳を他人に向けられたのは初めてだった。
 この時間帯の学生食堂には有り得ない静けさに包まれた広いホールに、スニーカーの摩擦音が響いた。薪が踵を返したのだ。そのまま鈴木から離れていく。

 何の説明もなく、薪は食堂を出て行った。彼の姿が見えなくなってようやく、悪友たちが揃って鈴木にハンカチを差し出す。
「よっ、水も滴るイイ男」
「これがホントのクールガイ。お兄さん、ニクイよっ」
 悪友の軽口に救われる。鈴木は笑いながら、借り受けたハンカチで顔を拭いた。女の子ならハンドタオルくらい持っていそうだが、男友達にそれを望むのは難しい。

「大丈夫か?」
「ああ。ちょっとびっくりしただけ」
 3枚目のハンカチで、やっと髪から滴が落ちなくなった。シャツは襟から背中がぐっしょりと濡れて、冬だったら間違いなく風邪を引いている。
「おまえ、薪に何したの」
「さあ……」
「さあって。何もしなかったら、あんなことされるわけがないだろ」
 心当たりなどなかった。
 薪とは先週会ったばかり。彼のバイト先に押しかけて、図らずも彼の給金の上前を撥ね。二人で動物園に行ったら帰りの電車でアクシデントに遭って、結果、彼を泣かせて缶コーヒーを投げつけられ。友人としてのスタートは散々、でも。
 週末、一緒にDVDを観ようと家に誘ってくれた。

 我知らず肩を落として、鈴木は物憂げに頬杖を付いた。驚いたのは友人たちだ。食べ物を前にして鈴木が箸を置くなど、史上始まって以来だ。
「鈴木、まさか」
「薪とも接続しちゃったんじゃないだろうな?」
 がくっと頬杖を外して、鈴木は頭を抱えた。こいつら、本気でオレのこと色魔だと思ってるんじゃ。
「止めてくれ。薪に聞かれたら、水じゃなくてラーメンが鍋ごと降ってくる」
 悪友たちに要らぬ心配を掛けまいと、鈴木は箸を取った。汁気の無くなったラーメンは完全に伸びて固まって、箸で持ち上げることもできなかった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(8)

 バレンタインデーですね。
 姪っ子が友だちに配るとかで、20人分ものチョコとクッキーを、義妹が作ってました。 姪は湯煎でチョコを溶かしただけ、だそうです。 大変だな、お母さんww。
 オットにもお裾分けが来ると思うので、略奪します。 楽しみ。

 え。 しづからオットへのチョコですか?
 オットはあまり甘いもの好きじゃないので……仕方ないから薪さん語りをしながら晩酌に付き合ってあげようと思います。 ←自分が楽しい。





きみはともだち 前編(8)







 翌朝。
 背中を丸めて歩いていた鈴木は、登校途中で何人かの友人に出会い、その殆どに「彼女に振られたのか」「浮気がばれたのか」と聞かれた。まったく失礼な連中だ。昨日、彼に不名誉な噂を吹き込んだのはこいつらに違いない。
「うるせー、ほっとけ」と常になく荒っぽい言葉で鈴木が返すと、「こえーこえー」と大仰に肩を竦めて悪友たちは立ち去った。そんな彼らの行動に、鈴木は昨日の自分の残酷を思い知らされる。
 どうして自分は、彼の意志を尊重してやれなかったのだろう。
 何でもないことだ、と彼が言ったのだから、そうか、と頷いてやればよかった。何も言わず、ただ静かに、隣にいてやればよかった。

 あんな場面に出くわしたことがないから確証は持てないが、他の友人が相手ならそうしたと思う。笑い話にすらなったかもしれない。でも、どうしても。
 ――放っておけなかった。
 彼の言葉の一つ一つが、彼自身を切り刻むような気がして。自身を守るための壁が、彼を押し潰そうとしているような気がして。

 うだうだと昨日の失敗を思い出しながら歩いていた鈴木には、周りの風景がよく見えていなかったに違いない。正門の、大きな石柱の陰に隠れるように立っていた人物が鈴木を待っていたことも、彼が鈴木に声を掛けようとして、でも、言いそびれて言葉を飲む様子も、まったく目に入らなかった。
 だから、彼に後ろから腕を掴まれた時にはめちゃめちゃ驚いた。
「うひゃっ!?」
 鈴木がヘンな声を上げたものだから、周りの学生たちが一斉にこっちを向いた。鈴木に奇声を上げさせた人物、薪は慌てて手を放し、気まずそうに眼を逸らした。

「あ、ああ、薪……おはよ」
「おはよう」
 型通りの挨拶は返ってきたものの、薪を包む空気は緊張を孕んでいた。最初に会った日と同じく彼の表情は非常に乏しく、鈴木に恨み言を言いに来たのか、昨日のことを口止めに来たのか、判断することは出来なかった。
 加えて、鈴木は焦っていた。まだ、彼と向き合う準備ができていない。
 彼に悪いことをした、できれば謝りたいと思った、でもそれはますます彼の心を傷つけることになりはしないかと思案を重ねていた。
 そんな心理状態で、滑らかに言葉が出てくるはずも無く。らしくもなく黙り込んだ鈴木に、薪は途方に暮れた眼をして、でもキッパリと言った。

「昨日はごめん。あれは、僕の八つ当たりだった」
 ものすごくびっくりした。同情の言葉に激昂するようなプライドの高い彼が自分から謝って来るなんて、そんな可能性は欠片も考えなかった。あまりにも意外過ぎて、鈴木は軽いパニックに陥った。
 返す言葉もなく固まった鈴木の態度をどう解釈したのか、薪はしばしの沈黙の後、亜麻色の瞳から困惑の色を消し去って、しかしその代わりには何物をも浮かべず。先刻、鈴木に声を掛けそびれた弱気が嘘だったかのように、論文を発表する研究者の口調で言い放った。
「べつに、許して欲しいわけじゃない。謝っておかないと僕の気が済まなかっただけだから、それじゃ」

 彼が自分に背を向けて、それで初めて鈴木は動けるようになった。呪縛さえ解ければ、鈴木の機動力は薪の遥かに上を行く。長い足を有効に使い、彼の前に回りこんだ。
「オレの方こそゴメン」
 今度は薪がびっくりする番で、けれどもそれは自分がしたことが返って来ただけ。薪は昨日品川駅のホームでしたようにホッと息を吐いて、なだらかな肩を緩く開いた。

「シャツ、汚しちゃっただろ。お母さんに叱られなかった?」
 講義が行われる法文1号館への道を並んで歩きながら、薪はすまなそうに尋ねた。そんな些細なことを気にする彼の純朴が、好ましいと思った。
「ああ。うん、夕飯食べさせてもらえなかった」
「えっ……ご、ごめん。本当にごめん」
「ぶっ。いつの時代の小公子だよ、嘘に決まってんだろ」
「なんだよ、もう」
 本気で心配したのに、と唇を尖らせる彼は本当に可愛かった。
 こんな冗談も通じないなんて、真面目なのか、それとも際どいジョークの応酬に慣れていないのか。男同士の会話は、端から聞いたら罵り合いかと思うくらいの冗談で構成されているのが普通だ。彼の新鮮な反応は、友人関係の貧しさに起因していると思われた。

「あ、そうだ。これ」
 薪は肩から下げた重そうな鞄を開けて、中を探った。昨日も思ったが、彼の鞄はいかにも機能性重視のデザインで、彼の外見にはまったく似合わなかった。ベージュ色なんて鈴木だったら絶対に選ばない色合いだし、あの肩宛てパットは即行で外す。鞄の重さにショルダーが食い込んだ肩が破れても、だ。
 薪の鞄の中には、辞書やら教科書やらが整然と詰まっていた。それは彼が取っている講義の多さを物語るものであったが、同時に、彼の生真面目さの表れでもあった。
 お堅い彼がお堅い本の隙間から取り出したのは、果たして一枚のレンタルDVD。それも、往年の名作アニメだった。

「鈴木が言ってたブランコのシーン、検証してみようと思って。……それで、あの」
「おお、懐かしー! 薪、いつヒマ?」
「え」
 薪が何か言いかけたのは聞こえたが、喜びが先に立って、彼の言葉を遮ってしまった。はた、と気付いて薪の様子を伺うと、彼は穏やかに微笑んでいた。
「一緒に観ようぜ」
 それは自惚れに近い感覚だったけれど。鈴木には、彼が何を言おうとしたのか何となく分かるような気がした。
「薪の都合は?」
「今日はゼミがあって。明日なら」
「明日はオレがダメ」
 金曜日のアフターは彼女とデートに決まってる。当然、夜中まで掛かる。

「じゃあさ、土曜日は?」
 旧作DVDのレンタル期間は大抵1週間だから、来週に持ち越してもいいと思ったが、待ち切れない気分だった。理由は分からない、でも予感がした。きっとすごく楽しい。
「土曜は大学休みだろ」と、訝しげな顔をした薪が当たり前のことを言う。
「あ、なんか予定ある?」
「いや、鈴木の方が。休みなのに、横浜からわざわざ出てくるのか?」
「平気だよ。オレ、定期券持ってるもん」
「お金の問題じゃ」
 鈴木の余暇を奪っては申し訳ないと思う、彼の奥ゆかしさが好ましくて、鈴木は浮かんだ笑みを抑えられない。鈴木の友人に、こんな人間はいない。ウロウロと彷徨う彼の大きな瞳には、好意と遠慮が半分半分。ちょうど、付き合い始めの彼女みたいだ。

 鈴木がニコニコと笑ってばかりいるからか、彼も終いには諦めたらしい。敵わないな、と小さく零して、
「僕の家は鴬谷だ。2時に、鶯谷駅の南口で待ってる」

 喜びと驚きが、鈴木を興奮させた。家に招いてくれるとは思っていなかった。DVDは、持ち込みOKの漫画喫茶で観るつもりだった。薪にしてみれば、漫画喫茶を利用したことがない故の自宅提供だったのだろうが、心を許していない人間を自宅に招くことはしないだろう。彼に友だちとして認められた、それが単純にうれしかった。
 舞い上がる心地の鈴木に、薪は苦笑して、
「知り合って1週間もしない内に自宅に招いた人間は、鈴木が初めてだ」
「へえ、そうなんだ」
『初めて』という言葉が、鈴木をますます有頂天にさせた。よほど相好を崩していたのか、薪はあの可愛らしい皮肉な顔つきになって、意地悪そうに言った。
「僕は身持ちが固いんだ。年がら年中、女の子を部屋に持ち帰ってる鈴木とは違うよ」

 クスクスと笑いながら自分の隣を歩く新しい友の、楽しげな足取りが鈴木の気分を上向きにする。こんなに自分の気持ちを上げ下げする友人は初めてだ。ここは日本の最高学府、個性の強い友人は珍しくないが、彼のエキセントリックさは群を抜いている。
「あ、またそんな言い方して。どうして薪はオレを女の尻ばっかり追い回してる発情男にしたがるんだよ」
「事実だろ? さっきだって何人もの友だちに『浮気がばれたのか』って訊かれてたじゃないか」
「あーもー、あいつら……だから誤解だっての」
 大袈裟に嘆いてみせながらも、鈴木は薪の言葉の矛盾に気づく。悪友たちにからかわれたのは正門を潜る手前、薪に腕を掴まれたのは正門から30mくらい歩いたところだ。登校途中偶然に会ったのではなく、彼は自分を待っていたのではないかと、そう思ったらなんだろう、バカみたいに嬉しくなった。

 週末の約束をして、その時は別れた。
 鈴木は楽しい気分のまま講義に向かい、充実した1日を過ごしたが、彼の幸福は長くは続かなかった。翌日、2つの講義をこなして時刻はちょうど正午、彼らの波乱は実にそこから始まったのだ。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(7)

 世は3連休なんですね。 最終日になって気が付きました、事務所で仕事してます、しづです。 
 こんなに天気がいいのに遊びに行けなくて悔しいから更新します。←???



 ご指摘いただいたので、ちょっと前回の補足説明を~。

 このヨーゼフと言う犬は、本編の「デート」というお話に出てきます。 青木さんと動物園デートをしたときに薪さんが戯れていた犬で、「ヨーゼフという名前は鈴木がつけた」と薪さんが言ってるんですけど、その経緯がこちらでございます。
 そんな具合に本編と絡んだエピソードが、ADカテゴリ中にはたくさんあります。 わたしの中では、鈴薪さんと青薪さんは完全に同一線上にあるんです。 鈴木さんと経験したことが、青木さんとの関係に深く関わって行くの。
 経験が人を作る、人との関わり合いが人を作る、その積み重ねで現在の薪さんがある。 青木さんは、今の薪さんを好きになった。 だから鈴薪さんの過去は、薪さんにはもちろん青木さんにとっても、なくてはならないものだと思うの。

 そんな思惑も若干は混ざってますけど、うちのお話で一番重要なのは、
 ギャグですから!
 どうか気楽に読んでくださいねっ!







きみはともだち 前編(7)






 帰り道、鈴木は薪と一緒に電車に乗った。
 鈴木の家は横浜で、通学には京浜東北線を利用している。そう話すと、大森まで一緒に行ってもよいか、と聞かれた。何でも、昔世話になった叔母の家が大森にあって、今でも週に一度顔を見せることを義務付けられているのだとか。電車の急なカーブに吊皮を握り直しながら、もう3週間くらい行ってないから彼女のお小言が恐怖だ、と薪は気乗りしなさそうに言った。

「厳しい人なのか? 叔母さん」
「普段は優しいけど、怒ると怖い」
「女ってみんなそうだよな。うちの母さんもだ」
 彼女は母親の妹だと言う話だから、この男と血が繋がっているわけだ。叔母と甥が似ることは多いと聞くし、だったらさぞ美人だろうと鈴木は思った。
「なあ。叔母さんて、いくつくらい?」
「46歳。身長156センチ体重70キロ、タレントのマ●コデラックスに瓜二つだと近所で評判だけど、紹介しようか?」
「……いや、いいよ」
 鈴木が引きつった顔で断ると、薪は意地悪そうに笑った。見透かされたらしい。

「叔母さんはいい人だよ。僕のこと、本当の子供みたいに育ててくれたし」
「え?」
「僕の親、6つの時に交通事故で死んじゃって。それから中学卒業まで、叔母さんの家で育ててもらったんだ」
 何でもないことのように自分の過去を話すと、彼は横目で鈴木を睨んだ。「同情されるようなことじゃないからな?」と亜麻色の瞳が釘を刺す。
 刺されて、鈴木は顔を引き締めた。
 相手を可哀想だと思う気持ちは、傲慢さの裏返しだ。気遣う気持ちがナイフになることなんて、ざらにある。見るからにプライドの高そうな彼には一番してはいけないことなのだと、そのとき鈴木は肝に命じた。

「じゃあ、こないだバイトの後に約束してるって言ってたのも、その叔母さん?」
「そう。あの日は叔父さんが……」
 先刻まで強気に輝いていた亜麻色の瞳に、ふと陰りが差した。口を噤んで、鈴木の顔から車窓に視線を移動する。しかし彼の瞳は外の景色の何ものをも認める様子がなく、何か嫌なものでも見ているかのように細められていた。
「叔父さんはどんな人? やさしい?」
「……ああ」
 叔母のことはすらすらと話した彼が、叔父の話になると口が重くなった。先日会った時、ケンカでもしたのだろうか。
「中学卒業まで」と彼は言ったが、高校生からの一人暮らしと言うのは普通に考えても早すぎる気がするし、もっと以前から確執があったのかもしれない。今もこうして家に遊びに行くくらいだから大きな諍いがあって家を出たわけではなさそうだが。 

 付き合いの浅い自分が訊けることでもない。ふうん、と鈴木は頷いて、すると薪は、今日彼にできた新しい友だちのことに話題を切り替えた。
「セント・バーナードなら普通は『バリー』だろ。どこから『ヨーゼフ』って名前が出てきたんだ?」
「ああ、40人も助けたんだよな。でもバーナード犬って言うと、どうしてもハイジのイメージが強くてさ」
「ハイジ?」
「アルプスの少女だよ。知らない?」
「それなら原作読んだけど。ヨーゼフなんて犬は出てこなかったぞ」
「え、マジ? アニメ設定だったのか。騙されたな」
 鈴木の憤慨が可笑しかったのか、薪はクスッと肩を揺すり上げた。

「今度、一緒にDVD観ようぜ。オープニングのブランコがあり得なくて笑えるから」
「ブランコ?」
「天からブランコが下がってんの。で、ハイジがそのブランコを漕ぐとアルプスの山がはるか下に見えて、いかにも気持ち良さそうなんだけど。でもブランコの往復時間から計算すると、あのブランコの綱は全長50m、高さは60m近くあって」
「綱の長さが50mのブランコを漕ぐとなると、単振り子の公式から最高速度は時速80キロにもなるけど。ジェットコースター並みの加速度に、安全ベルトも無しで?」
「その通り、オレも計算してみた。着地に到っては、ブランコに於ける理想仰角36度で飛び出すと前方約120m地点、エネルギー保存の法則から着地速度は時速180キロを超える」
 鈴木の黒い瞳と薪の亜麻色の瞳がぶつかり、二人は同時に口を開いた。
「「すげーな、ハイジ」」
 混み合った電車の中、大声で笑うこともできず。鈴木は奥歯で笑いを噛み殺した。
 隣を見れば、薪はつり革を持った右腕に顔を伏せるようにして隠し、どうやらツボにはまったらしい。取っ手を握った細い手が、小さく震えている。

 そんな風にして、鈴木は薪と『意味のない会話』をした。その場限りの何の役にも立たない、明日になれば会話の内容も思い出せない、そんな会話だ。ふわふわと風に吹かれて消えるシャボン玉のように、話の内容はコロコロ変わる。
 薪は鈴木の話を聞き、時には呆れ、苦笑いし、背中を丸めて笑いを堪えた。普通の友だちと、なんら変わりないと思った。天才とかクールビューティとか、噂ばかりが先行して彼のイメージを作っているけれど、学び舎以外の場所に身を置いた彼は普通の男だ。
 鈴木はそう思ったが、現実に、薪は特殊だった。鈴木はその事実を5分もしないうちに知ることになる。

「でさ、藤田のやつが酔っ払って見境なく女の子に声かけるもんだから、オレたちまで店員に睨まれちゃって。居辛かったのなんのって、―― 薪、どうした?」
 薪は、いつの間にか無言になっていた。短い相槌さえ返ってこないことに気付いて鈴木が声を掛けると、薪は蒼白な顔で俯いていた。
「顔、青いぞ。酔ったのか?」
 乗車率120%の電車内は人いきれで暑苦しく、鈴木も背中に汗をかいていた。動物園でも大分歩いたし、ヨーゼフとも遊んだし。見るからに体力のなさそうな身体だ、疲れてしまったのだろう。

「次の駅で降りる?」
「大丈夫だよ。あと2駅だし、……っ」
 鋭い痛みが走ったかのように、薪が顔を歪めた。ぎゅ、と目をつむって、険しく眉根を寄せる。眼の端に涙が滲んでいるのを見て、鈴木は彼の限界を悟った。
「降りよう。こっちへ」
 乗車口の近くへ連れて行こうと、彼の肩を引き寄せたとき、鈴木はそれに気付いた。
 毛むくじゃらの男の手が、薪の腰の辺りに見えた。明らかに不自然な位置だった。
 弾かれたように鈴木が振り向くと、頭頂部が禿げ上がった中年の男が、周りの乗客を掻き分けるようにして乗車口へと進んで行った。

「あいつ」
「騒ぐなよ」
 待て、と声を上げようとした鈴木の手首をぎゅっと握り、低い声で薪が言った。
「いいよ、べつに。減るもんじゃなし」
「泣き寝入りか? 将来警官になろうって男が、犯罪を見逃していいのかよ」
 薪はそれには答えず、黙って前を向いた。横顔は、完全な無表情だった。
「ああいうのは他でも繰り返すんだよ。捕まえて、警察に突き出してやる」
「静かにしろよ。他の乗客の迷惑になる」
 義憤が治まらない鈴木に、薪の冷静な声が響く。どうしてそんなに落ち着いていられるのか、鈴木には彼の気持ちが分からなかった。
 ついさっきまで、楽しそうに笑っていたのに。オレの苦労が水の泡じゃないか、と鈴木は思い、自分の中の小さな嘘に気付いた。
 あの男が許せないのは、見ず知らずの次の被害者のためじゃない。目の前にいる彼のため、彼が被害に遭ったから許せないのだ。

「とにかく、次、降りよう」
 強引に薪の手を引いて、品川駅で降りる。ホームの乗客の群れに混じってしまった男を追う気は失せていたが、薪の顔色は青いままだ。休ませたほうがいいと思った。
 薪をベンチに座らせて、自販機のコーヒーを買った。季節柄、温かい飲み物は種類が限られていて、あいにく、彼が動物園で選んでいたブラックコーヒーはなかった。
 1種類だけ残っていた微糖ミルク入りのホットコーヒーを差し出すと、案の定拒否された。
「ミルク入りのコーヒーは好きじゃない」
「わがまま言わないで飲めよ。あったかいの、これしか無かったんだ」
 ひどい顔色だぜ、と言い掛けてやめた。

 プルタブを開けてやると、薪は浮かない顔をしながらも受け取った。飲み口に口を付け、ほんの少し飲み込む。白い喉がコクリと動き、薪はほっと息を吐き出した。自分が息を詰めていたことにも気付かなかったに違いない。
 ショックを受けていないわけが無い。あのとき薪は青ざめた顔をして、涙ぐむほど嫌がっていたではないか。
 それにしても、男が痴漢に遭うなんて。どう言って慰めていいのか、見当もつかない。鈴木の苦手な古典のレポートよりずっと難問だ。

 鈴木が言葉を選んでいると、薪は苦笑いと共に傍らに立った鈴木を見上げ、
「大丈夫だよ。慣れてるから」
「えっ? 慣れ……?」
 薪の告白は信じ難かったが、嘘ではないと思った。あれが初めてだったら、電車の中であんなに冷静ではいられなかっただろう。
「そんなに深刻そうな顔するなよ。ケツ撫でられるくらい、なんでもないよ。相手も、男だって判ると大抵は途中で止めるんだ。たまに止めない奴もいるけど」
 薪は、椅子の背にもたれて足を組み、苦手だと言ったミルクコーヒーを飲んだ。鈴木の思いやりを嘲笑うように、何でもないことだと結論付ける。
「さっきのはちょっと悪質で、前の方まで手が伸びてきたから。さすがに焦った。ジッパー下ろされたら、前に座ってたおばさんに悲鳴上げられちゃう。僕まで捕まっちゃうよ。『現役東大生、満員電車で破廉恥行為』なんてワイドショーにでも流れたら、うちの叔母さん、卒倒するだろうな。お小言くらいじゃ済まなくな……」
 人差し指と中指を揃えて、小さな口に押し当てた。鈴木を見上げる亜麻色の瞳が、驚きに見開かれる。動きを封じられたくちびるの間から、湿った息が遠慮がちに吐き出された。

「無理すんな」
 冷たい饒舌は彼を守る壁。本来寡黙な彼が、醒めた口調で立て板に水のように喋るときは、懸命に何かを匿おうとしているのだ。幾重にも巡らせた言葉の壁に、無数のトラップをちりばめて、そんなにしてまで彼が秘密にしたいものの正体を鈴木は知らないし無理に訊く気もない。だけど。
「嫌なものは嫌、悔しいものは悔しい。正直に言っていいんだぜ」
 指先に触れたくちびるの柔らかさに内心焦っていた鈴木は、そのせいで後れを取った。そちらに気を取られなければ、直ぐに気付いた。
 薪は、泣いていた。

「あ」
 どんな短い言葉を発する時間も、鈴木には与えられなかった。鋭く手を払われ、飲みかけの缶コーヒーを投げつけられた。怯んだ隙に、薪は乗客の中に消えていた。
「しまったー、泣かしちまったぁ……」
 最悪だ、と鈴木は思った。同情するな、とあれほど釘を刺されたのに。慰めるような態度は彼のプライドをいたく傷つけるものなのだと、理解したつもりでいたのに。
 さっきの痴漢よりも酷いことを、自分は彼にしたのだと思った。庇うつもりで傷つけた。

 彼にぶつけられた缶コーヒーは、鈴木の胸に当たってシャツに染みを作り、ホームの床に転がった。それを拾い上げてゴミ箱に入れ、茶色く汚れた自分の胸元を見る。
 シャツをつまんで鈴木は、大きく溜息を吐いた。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(6)

 突然ですが、
「ハッピーベジフル」ってゲーム、ご存知ですか?
 野菜育成シミュレーションゲームで、半年くらい前からぼちぼちやってるんですけどね。
 ゲーム内には野菜を育てるお手伝いをしてくれる妖精がいまして、この妖精に着ぐるみを着せたりステッキを持たせたりするのですけど、今回、バレンタインバージョンてことでラインナップされた着ぐるみが、

 ピンクのリボン

 裸にリボンて、どう見てもあんたそれ変態ごほごほ、バレンタインのプレゼントは僕だよ的なげほげほ、チョコと一緒に僕を食べてってはらひれほろ。
 妄想が先走ってゲーム画面を見られない自分の腐り具合がザンネンです。

 法十でやるとしたら、自分にリボンを結ぶのは薪さんじゃなくて青木さんですね。 で、薪さんに思いっきり蹴り飛ばされるんだwww。
 
 






きみはともだち 前編(6)






 動物園の目玉のジャイアントパンダの檻の前は、見物客で溢れ返っていた。最後尾に立った係員が掲げたプラカードに記された待ち時間の目安は、約2時間。列に並んだら、閉園時間までいくらも残らない。

「どうする、薪。パンダ見たい?」
「チケットは鈴木が用意したんだから。鈴木が好きなようにしたらいい」
「よし、それならレッサーパンダを見に行こう。同じパンダだから」
 鈴木の提案を受けて、薪は無表情に、
「DNA研究によってジャイアントパンダはクマ科、レッサーパンダはレッサーパンダ科に分類されている。レッサーパンダ科はイタチ上科に属していることから、その生態はクマよりもイタチやアライグマに近く」
 流れるような解説は不意に途切れた。「それで?」と鈴木が先を促すと、薪は苦く笑って、
「そうだな、パンダはパンダだよな。行こうか」と先に立って歩き出した。
 習得が必要だと認識した他愛ない会話を、薪は、身に付ける努力を始めたらしい。と言うより、彼の知識のひけらかしは防壁のようなもので、それは鈴木にはもう必要ないと、そう考えて止めたのかもしれない。

 東園に向かう橋を渡る。眼下に見える沢山の人々、楽しい雰囲気が上昇気流に乗って伝わってくる。階段を降りてその中に入ったら、自分と薪も彼らと同じに、好意を持ちあう関係になったような錯覚を覚えた。
 レッサーパンダの檻の前で、自分と並んで微笑む薪の横顔が、なんだかとても貴重なものに思えて。浮かれた気分になって鈴木は、ある計画を思いつく。

「友だちを紹介するよ」
 キョトリと眼を丸くする、薪の表情はひどく愛らしかった。
「女子?」
「いや、男だな。多分」
「たぶん? ……僕、そっちの世界の人とはあんまり付き合いたくないんだけど。うちの店で働かないか、なんて誘われても困るし」
「なんだよ、それ。そっちの世界ってどっちだよ」
「地理座標までは記憶してないけど。新宿のバミューダトライアングルって呼ばれてるとこ」
「ぶっ。バミューダトライアングルっておまえ」
 内心の驚きを隠して、鈴木は笑った。ちゃんと話ができるようになれば、そんなに厭な奴じゃない。でも、鈴木が驚いたのは薪の態度の変化ではなかった。
 窄めたくちびるのあどけなさとか小首を傾げる無垢な様子とか、彼が感情を表に出すと眼を瞠るほど可愛い。先刻までの彼が、素っ気ない態度と冷たい言葉の壁で何を守っていたのか、分かったような気がした。

「ほら、あいつだよ」
 鈴木が指差した彼は、白い柵に囲まれた芝生の上で大欠伸をしていた。体長約1m、体重はおそらく鈴木よりも重い。ずんぐりとした体型の割に動きは俊敏で、原種は主に防犯の仕事に就いていたと聞く。雪中遭難救助犬として世界的にも有名な、つまりはセントバーナード犬だ。
「賢そうな友だちだな」
 薪はそれしか言わなかった。セントバーナードに関する薀蓄だけが彼の中に無かったとは思い難い、でも薪は何も言わずに微笑んだ。彼の寡黙を、初めて鈴木は嬉しく思った。

 柵の中には大小取り混ぜて沢山の犬がいて、彼らはみんな子供たちと楽しそうに戯れていた。柵の周囲に集まった人々と一緒に、そんな彼らを眺めている薪に隠れて、鈴木はこっそりと、硬貨と引き換えに餌箱から犬用の餌を取った。その包みを薪の手に握らせる。
「これ、なに?」
 本当に何だか分からないらしかった。子供のころ、母親と一緒に此処によく来た、と彼は言っていたのに。給餌体験もしたことがないのだろうか。

「ここから中に入れるから」
「え。冗談だろ」
 柵の外側で、他の大人たちと同じように傍観者を決め込んでいた薪の腕を無理やり引っ張る。薪は足を踏ん張って抵抗したが、これだけの体格差だ、引き寄せるのは簡単だった。

「鈴木。周り、子供ばっかだぞ。恥ずかしくないのか」
「そんなの気にすんな。踊る阿呆の方が世の中楽しいぞ」
「で、でも僕、イヌ触ったこと無、ちょ、やっ、うわわ!」
 観光客から餌をもらい慣れているせいでやたらと人懐こい彼は、ドックフードの包みを持たされた薪を見るや否や、鼻先を薪の腕に押し付けてきた。そのまま渡してやればいいものを、給餌体験をしたことがなかった薪は愚かにも腕を上げてしまい、当然のように餌を追って薪の身体を這い上った超大型犬の体重をまともに受ける羽目になってしまった。どう見ても40キロ台の貧相な体躯に、90キロ近い犬の体重を支えられる訳がない。重力の法則に従って芝生の上に仰向けに倒れた薪の両肩を、彼は容赦なく前足で押さえつけた。

「す、鈴木! 何とかしろよ、友だちなんだろ!」
 薪の、焦った顔も慌てた顔も、すごく可愛いと思った。でもそれを口にしてはいけないと何故だか鈴木には分かって、だから鈴木は犬の下敷きになった薪の無様な格好を、隣の子供と一緒になって笑いとばした。
「あはは、好かれたなー」
「笑いごとじゃないだろ。痛いよ、てか重い。こいつ、太り過ぎじゃないのか」
「そんなことないよな。なあ、ヨーゼフ」
「この犬、ヨーゼフって名前なの?」
「いや、知らないけど。でもヨーゼフって顔だろ?」
「ぷっ。どんな顔だよ」

 薪の肩を押さえて動きを封じたヨーゼフが、目的の小袋を求めて鼻先を薪の右手に近付ける。ぎゅ、と握った手に力を込める薪に、鈴木は笑いながら、
「それ、食べさせてやれよ」
「え、これって犬のエサなのか」
「なんだと思ったんだよ」
「中身は知らないけど。鈴木が僕に預けたんだと思ったから」
 薪の言い分を聞いて、鈴木は眼を瞠った。
 未経験からくる愚行だと決めつけていたが、それは違ったらしい。彼は鈴木からの預かり物に責任を感じて、それを守ったのだ。

「悪かった。ちゃんと説明すれば良かったな。ほら、こうして手のひらに載せて」
 小さな右手を開いて、その上に袋の中身を並べる。すっと差し伸べると、間髪入れずに犬の長い舌が薪の手首から指先まで、べろりと舐めて行った。
「くすぐったい」
 はは、と声を立てて、薪は笑った。
 それは鈴木が初めて見た、彼の笑顔だった。

 近い将来、この笑顔を守って行きたいと願い、もっと遠い未来にはその笑顔を守るために自分の命さえ投げ出すことになる。でも今は、ただただ純粋な喜びに満ちて。
 何気ない風景に咲くありふれた花のように、それは自然に息づいていた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(5)

 先週の30日から、拍手コメントの通知メールが文字化けするようになっちゃいました。 他のメール、コメントの通知メールも普通に表示されるんですけど、なぜか拍手コメントだけが化けるんですよ。
 FC2さんに教えてもらって、エンコードを変更したら中身は読めるようになったんですけどね。 件名が文字化けしたままなんですよね。 受信ボックスにスパムメールがいっぱい入ってるみたいでいやんな感じですー。(@@)

 どなたか、似たようなトラブルを経験された方、いらっしゃいませんか? 対処法とか、教えていただけると助かります。
 メーラーは  outlook Express です。
 よろしくお願いします。


 上記について、16時に解決しましたー。
 FC2さんの方を修正してくれたそうです。 事務局のYさん、ありがとうございました。
 みなさまにもすみません、お騒がせしました。

 FC2さんは、ブロガーに親切ですよね~。 
 今まで何度かお世話になってるんですけど、いつも丁寧、誠実に対応してくれます。 こういう問い合わせは日に何百件もあると思うし、お金も払ってないしで、いっそ申し訳ないくらいです。 ありがとうございました!
 
 



きみはともだち 前編(5)





「なあ。オレたち、友だちになれそう?」

 まともな会話もできない相手に対して、無謀な問い掛けだったかもしれない。彼はやっと鈴木の隣を歩くようになってくれたところ、でも何となく予感がしていた。こいつと友だちになったら、絶対に退屈しない。
 が、薪の言葉は自販機の缶コーヒーよりずっと冷たかった。
「ごめんだね。僕は君みたいに軽薄な男は大嫌いだ」
 鈴木が胸元に光らせているシルバーチェーンのネックレスを蔑んだような眼で見やり、彼は品よく缶コーヒーを飲んだ。それから口の端を皮肉に歪め、いっそ楽しそうな顔で、
「君、教育学部の篠塚真由子と付き合ってるんだろ」
 脈絡のない薪の言葉に、鈴木は戸惑う。確かに真由子は自分の彼女だが、それが彼と友人になるのに何の関係があるのだろう。

「入学当初から女が切れたことがない君にとって彼女は大学生活8人目の恋人で、以前の女たちとの切れ目の殆どは君の浮気が原因。そんな男が動物園のチケットを手に入れて、男の僕に声を掛ける? もしも彼女の都合が付かなかったにしても、女子を誘うのが自然じゃないか」
 薪の眼は、最初に動物たちを眺めていたときのそれに戻っていた。冷徹な観察者の瞳。それは、物事の裏側を見抜き、隠された真実を暴き立てようとする探究者の視線だった。

「思うに、君は先日、苦学生の僕から金銭を受け取ったことを悔やんでお詫び代わりに僕を誘った。それを僕に悟らせまいとして、チケットは貰い物だと嘘を吐いた。軽薄な人間が考えそうな姑息な嘘だ」
 薪の言う通りだった。お金に不自由していない自分が金銭的に苦労している彼から給金を取り上げてしまった、その罪滅ぼしにチケットを買ったのだと言われれば、それはその通りだった。嘘に気付いていながら、彼は鈴木に着いてきた。鈴木だってバカじゃない、彼は鈴木の計画を見抜いて、それはいたく彼のプライドを傷つけたに違いない。彼の指摘は正しい、でも。
「訂正があれば聞こうか」
 鈴木の中で、急速に怒りが膨れ上がった。もう、彼と友だちになりたいなんて気持ちは失せていた。鈴木は彼を真っ向から見据え、きつい口調で言い返した。

「は。百年に一人の天才も大したことないな」
 腹が立った。自分がしたことは偽善者と罵られても仕方ないことかもしれない、でも彼がしたことだって誠実からは程遠い。彼は誘いに応じることで鈴木と交友を深めようなどという気はさらさらなく、逆に気の済むようにしてやれば鈴木の憐憫も虚栄心も満たされて自分に関わらなくなるだろうと、謂わば鈴木を遠ざけるために此処に来たのだ。
 それが分かって、ひどく腹が立った。裏切られた気分だった。おかしな話だ、まだ彼とは何も通じ合っていないのに。でもとにかく頭に来た。なにもかも許せなくなった。

「真由子の名字は篠塚じゃなくて篠田だ。それから、彼女は8人じゃなくて9人目。別れた原因は3人がオレの浮気で3人が相手の浮気、残る2人は理由も分からず振られたんだ。まあ、そんなことはどうでもいいけど」
 何が一番頭に来たかって、それはもちろん。
「詫び代わりなんかじゃない。誘いたいから誘ったんだ」
 鈴木は席を立った。空き缶を捨てるごみ箱を探して、周囲を見渡した。
「チケットは買った。嘘吐いて悪かったよ」
 前方に、総合案内所の看板が見えた。小さな売店もあって、きっとゴミ箱も設置してあるだろうと思ってそちらに歩いた。

「待っ……」
 何かが喉に詰まったような薪の声は小さくて、鈴木の耳には届かなかった。その時鈴木の耳に聞こえてきたのは、総合案内所のスピーカーから流れる迷子案内のアナウンスだった。

「鈴木!」
 5,6歩歩いたところで、突然腕を掴まれた。何事かと振り返ると、薪が取り縋るような瞳で自分を見上げていた。
 面食らった。何をそんなに必死になっているのか、あんなに冷たく人を突き放しておいて、彼の気持ちがまるで分からなかった。
「楽しかったよ。今日は楽しかった」
 きれいな顔を歪ませて、薪は訴えた。彼の手は白くなるほど握り絞められ、鈴木は手首に微かな痛みを、そして胸にはもっと強い痛みを感じた。

「本当?」
「うん、本当だよ」
 細い眉が垂れ下がると、彼はびっくりするくらい幼い顔になった。もともとわずかに垂れた瞳の中、透明度の高い琥珀色が不安げに揺れていた。
「だったら、そんな泣きそうな顔すんなよ」
 オレが苛めたみたいじゃないか、と鈴木は苦笑して、
「バカだな。あれくらいで怒らないよ」
 本当はかなり頭に来たのだが、どうでもよくなってしまった。彼に当てこすられた偽善がまるでなかったとは言い切れない。見透かされたと、そう思ったからカッときたのだ。怒る権利なんか無かった。

「嘘吐いてゴメン。でも気を遣ったって言うよりは……なんか、照れ臭かったから。男友だちの為にチケット買ったのなんか、初めてだったし」
「そうなのか? 本当にタラシなんだな、君」
 変わり身の早さに驚いた。ついさっきまで潤んでいた亜麻色の瞳は、氷の冷たさに取って代わっていた。

「ちょ、待てよ。君はオレが見境なしに女の子を口説いてると思ってるみたいだけど、それは誤解だぜ。殆どは相手の方から言い寄ってくるんだから」
「僕の聞いた話じゃ、鈴木は3人以上の女の子と常時接続状態だって」
「だれが言ったんだよ、そんなこと」
「じゃあ、二股かけたことないのか?」
 ある。というか、つい先日も真由子に内緒で文学部の女の子と寝たばかりだ。
「いやその、断ったら相手が可哀想だから」
 鈴木が正直に告白すると薪は、先刻とぐろを巻いていたニシキヘビよりも冷たい眼になって、
「それを世間じゃタラシって言うんだよ」
「女の子に泣かれると、弱いんだよなあ」
「呆れたね」

 乱暴に手を放し、ついと鈴木から離れた薪は、ベンチに戻って飲みかけの缶コーヒーを取り上げた。くいと飲み干し、こちらに歩いてくる。すれ違いざま、鈴木が捨てようとしていた空き缶を攫い、鈴木が向かっていた案内所へと足を進めた。
「でも、僕は女の子じゃないから。友だちにはなれそうだ」
 自販機の横に設置されたゴミ箱に二つの空き缶を放り込んで、薪は皮肉に笑った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみはともだち 前編(4)

 気が付いたら、1000記事を超えてましたー。
 飽きっぽいわたしがブログを続けられるの、みなさんのおかげです。 どうもありがとうございます。
 わたしの場合、作品が完全に仕上がってから公開するので、創作活動とブログへの公開作業はまったく別のことです。 前者は楽しいけど後者は事務仕事に近いので、正直あんまり楽しくないです。 日記とか、3日も続かない方なので、みなさんとの交流が無かったらとっくに辞めてたと思います。
 毎日ご訪問くださって、ありがとうございます。 いつも拍手やコメントで励ましてくださって、ありがとうございます。
 毎年今時期は更新遅くて申し訳ないのですけど、これからもよろしく面倒見てやってください。(^^






きみはともだち 前編(4)






「チケット貰ったんだけど。一緒にどう?」
 中庭のベンチで読書に耽る薪の姿を見つけた鈴木は、前置き無しに切り出した。
 眼と文字の間に唐突に差し込まれた動物園のチケットに、その時彼が怒りもせず、大した問答もなく頷いてくれたのは、その天才的な洞察力によって鈴木の嘘を見抜いたからかもしれない。チケットは貰い物ではなく、先日のバイト代で購入したものだった。

「これから?」
「オレは大丈夫だけど。薪くんの授業は?」
「問題ない」
 先日と同じようにぱたんと本を閉じて、薪は席を立った。
 予想に反して、すんなりと承諾してもらえた。それも彼の方から「これからどう?」と、積極的な姿勢を見せてくれた。そのことに気を良くして鈴木は、彼の動作と表情が先日バイトに出掛ける時と何ら変わりないことを黙殺した。

 天気が良かったので、動物園までは歩くことにした。
 池之端門から不忍通りを抜ける一番の近道を選ぶ。鈴木の方が大分背は高いのだが薪は早足で、大型連休が間近に迫ったこの季節、鈴木はうっすらと汗をかいた。遊びに行くのだからそんなにせかせか歩かなくてもいいのに、そう言うと、時間が勿体ない、と返された。早く動物園に行きたいのか、とその時は微笑ましく思ったが、後に解った。最初の時もこの日も、鈴木の思惑はまるで外れていたのだ。

 混み合う正門は避けて、不忍通りに近い門から入園した。
 手荷物は、入り口近くのコインロッカーに預けることにした。鈴木のディパックはそうでもなかったが、薪のショルダーバックは中身がぎっしり詰まっていて、とても重そうだったからだ。
 ゲートを潜ると、正面にフラミンゴの群れが見えた。コンクリートで造られた円形の池で優雅に羽繕いをする、華やかな鳥たち。周囲は緑豊かな常緑樹で囲まれ、地面は生い茂った草と灌木で満たされ、そこに焦点を当てれば十分に自然を楽しめる作りになっている。

「キレイだな。な?」
 池の縁に寄って鈴木が振り返ると、薪は池から2mほど離れた場所に突っ立っていた。腕組みをして、冷ややかな視線で鈴木と鳥を見ている。鈴木の隣で歓声を上げている女の子たちとはえらい温度差だ。
「……フラミンゴ、嫌い?」
「べつに」
「なら、もっと近くに寄って観ろよ。ほら、アレなんかすごく鮮やかで」
「ベニイロフラミンゴ。主にカリブ海沿岸地域に生息。全長は約1.2~1.4m、体重は約2.2~2.8kg。餌は水生プランクトンや小型の甲殻類など。雛は薄い灰色で、摂取する藻類やプランクトンに含まれるカンタキサンチンの発色効果により成長するに従い赤色を呈する。コロニーと呼ばれる集団を作り、その中で個別に縄張りを持って巣作りをする。寿命は40年~50年程度で、鳥類の中では非常に長い」

 何処に説明書きがあるのだろうと鈴木はキョロキョロしたが、見つかったのは鳥の名前が書かれたプレートだけだった。図鑑に書かれているような解説を頭の中から引き出したのかと驚いて薪を見つめると、彼はつまならそうに横を向き、
「集団で飛ぶフラミンゴは圧巻だ。青い空がピンク色に染まる。でもこいつらは、風切羽を切られて飛べなくなってるんだ」
 飛べない鳥たちを哀れんでいるのか、そんな鳥を観て喜んでいる鈴木を蔑んでいるのか。そっぽを向いた彼の横顔は、ひどく冷たかった。
「仕方ないんじゃないかな。動物園側にも事情ってもんが」
「べつに可哀想だなんて思ってない。彼らはここにいれば、飢えることも、天敵のワシやハイエナに襲われる心配もない。風切羽と引き換えに安楽な生活を手に入れたと思えば、恵まれた人生と言えないこともない」

 その先のエミューやカンガルーでも、彼の反応は同じだった。鈴木は、彼の動物に関する知識に舌を巻く思いだったが、彼はずっと無表情のまま、鉄柵に身を乗り出すようにしている子供たちの後ろから冷静な眼で動物たちを眺めているだけだった。
「なあ。もしかして、動物園苦手だった?」
「べつに」
 移動するのも早い。動物自体にあまり興味がないのか、柵の前に居る時間はせいぜい10秒程度。檻の隅から隅までさっと目を走らせて、一通りの情報を得ると次へ移ってしまう。彼の眼は観察者のそれで、この場にはまったく相応しくなかった。
「なんでそんな、観るの早いの?」
「子供の頃、母とよくここに来たから。此処に居る動物はだいたい知ってる」
「いや、オレだってカンガルーくらい知ってるけど、って、置いてきぼりかよ」
 鈴木の返答を待たずに薪は次のブースへと進み、まあその足の速いこと。鈴木がやっと彼に追いついたのは、爬虫類館の入り口だった。

「うわー、蛇って苦手だな。薪くん、怖くない?」
「べつに」
「見てるとゾッとしない?」
「しない」
 会話が続かないのは、こうやって彼が話を打ち切ってしまうからだ。会話というのはキャッチボールみたいなもので、相手が取りやすい位置を狙ってボールを投げ、可能ならば返球しやすいように種を仕込んでやる。彼のように飛んできたボールを叩き落としてばかりでは、ラリーは続かない。
「蛇にしてみたら、人間の姿は吐き気を催すくらいに醜悪なものかもしれない。お互い様なんじゃないかな」
 眼の付け所はいいと思う。会話のセンスも。しかし。
「そうかもしれないけど、この怖さは生理的って言うか、……いねぇし」
 勝手に会話を終了させていなくなる、残された鈴木は独り言を言う寂しい男になってしまう。それを何度か繰り返されて、ライオンのブースに到着する頃には、鈴木はめっきり口数が少なくなってしまった。
 そんな自分に気づき、鈴木はハッとした。このままではいけない。彼との間に友人としての会話を成立させると言う目的を果たさなければ、せっかく買ったチケットが無駄になる。

「おお。やっぱりカッコいいなあ、ライオン」
 たてがみの美しい雄ライオンに賛辞の一つも述べようと、鈴木は声を張り上げた。
「近くで見ると迫力あるぜ。ほら、来いよ」
 薪の腕を取り、強引に鉄柵の前に立たせる。至近距離でライオンと対峙した彼は、わざと鈴木の賛辞を打ち消すように、
「ライオン。百獣の王と言われるが最強には程遠い。一対一の陸上戦になればアフリカゾウに敵わないし、カバに噛み殺された間抜けな例もある。食料が無ければ死肉も漁るし、オスは基本的にはメスの稼ぎを当てにして昼寝三昧、王が聞いて呆れ」
「うわ!」
 突然の咆哮が響き、鈴木は思わず耳を塞いだ。薪の皮肉を理解したわけではなかろうが、何とも間の良いことで。

「悪口言われて怒ってるぜ」とジョークを飛ばすつもりで横を向き、鈴木は咄嗟に口元を押さえた。物理的な力を加えておかないと、吹き出してしまいそうだったからだ。
 よほど驚いたらしい彼は、きれいな顔を蒼白にして首筋には鳥肌、細い肩は耳に付くほどせり上がり、ビビリの見本みたいな格好で固まっていた。

「い、今、顔にライオンの息が」
 鈴木のクスクス笑いにも気付かぬ様子で、自分に吠え掛かった獰猛な獣を見つめる。微かな興奮が、薪の頬を薄紅色に染めていた。亜麻色の瞳をいっぱいに開いたその顔を、可愛いと鈴木は思った。
「身体が押されるみたいだった。すごい……」
「薪。おまえ、髪の毛逆立ってるぞ」
 鈴木に指摘されて、慌てて彼は自分の髪の毛を押さえた。自分の状態に初めて気付いた彼は、今度は羞恥で頬を赤くし、眼を泳がせて俯くと言う分かりやすい行動に出た。
「ちょっと、びっくりして」

 バツが悪そうに、拗ねた子供のように、鈴木の顔を見ようとしない。これ以上からかったら可哀想な気がして、鈴木は、雌ライオンの周りで戯れている仔ライオンたちに注意を向けた。
「奥に小っちゃいのもいるぜ。可愛いな」
「……うん」
 醜態を晒したとの思いからか、彼は素直に頷いた。あんなにビビっておいて、「仔ライオンはプライド(群れ)の政権交代の際には殺される運命で」なんて偉そうなことは言えなくなってしまったのだろう。

 その後、薪はますます無口になった。会話が成り立つどころか、返事も返ってこない。しかし。
 彼の歩く速度はゆっくりに、位置は鈴木の隣を歩くようになった。無防備に腹を上にして眠るトラや、グルグルと檻の中を回るクマ、一秒もじっとしていない落ち着きのないキツネザル。彼らの様子に鈴木が大して意味のない感想を述べると、薪は小さく頷いた。

 平日でも混み合っているパンダのブースに行く前に、喉が渇いたので休憩を取ることにした。プレーリードックとカピバラの檻の前に設置されたベンチに並んで腰を下ろし、小動物に和まされながら缶コーヒーを飲んだ。
 目の前を楽しそうに通り過ぎていく、カップルや親子連れ。友人同士のグループ、教師に引率された小学生の団体。みんな仲が良さそうに見えて、鈴木は幸せな気分になった。

「なあ。オレたち、友だちになれそう?」






テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: