夢の続きは二人で(5)

 あとがき、これでおしまいです。
 読んでいただいてありがとうございました。





夢の続きは二人で(5)






『待て、薪。何をするつもりだ』
「余計なことを喋るな、ニニ。喉を潰されたいか」
 ナイフの切っ先みたいに尖った亜麻色の瞳に睨まれて、ニニは不満気に眼を細めた。それくらいしかできなかった。ニニの小さな身体は紐で机の脚に縛り付けられ、酷い事に先刻までは目隠しまでされていたのだ。それは自分たちのプライベートを見られたくない薪の苦肉の策であったが、ニニにとっては耐え難い屈辱だった。この自分が地球人ごときに二度も遅れをとるなんて。

 青木の依頼を受けてニニは、薪に猫耳と尻尾を生やすために此処にやって来た。ベッドで午睡をしていた薪に忍び寄り、任務を遂行しようとした、その時。眠っているとばかり思っていた薪が不意に起き上がって、有無を言わさずニニの身体を拘束したのだ。
「僕が二度も同じ手に引っ掛かると思うか」
 憎々しげに言い放つと、容赦なくニニを縛り上げた。こいつには動物愛護精神とか小動物を可愛いと思う本能とか、そういう大切なものが欠けているとニニは思い、冷たい床に転がされた我が身の近い未来を憂いた。きっと、酷い目に遭わされるに違いない。何たって彼には一度刺し殺されてるし。命を助けてやった後でさえ、彼は恩を感じるどころかニニの頭を潰すつもりだったのだ。岡部と青木に止められなければ。
「目的はなんだ。正直に言わないと、毛を全部剃り上げてやるぞ」
 いたいけな子猫相手に、なんて無慈悲な脅迫だろう。身体の毛を全部剃られた猫なんて、僕は白ウサギじゃない、とツッコミたかったが我慢した。生意気だとか言って殴られるに決まってる。返す返す後悔する、こんなやつ、助けなきゃよかった。

「ふーん。青木が僕に色魔になれと。へーえ」
 洗い浚い白状させられて、すると薪はこの世のものとも思えぬ凄絶な笑いをその美しい顔に浮かべた。ニニの毛がゾッと逆立つ。地球に来て三百年くらいになるけど、こんな怖い笑顔見たことない。
「あのヤロー。生まれてきたことを後悔させてやる」
 悪魔と言うのは彼のような生き物を指すのだと思った。彼のバックには禍々しいオーラが渦巻き、そこから得体のしれないどす黒いものが生まれてきている。人間にはニニのような特別な眼はないからはっきりとは見えないかもしれないが、感じるものはあるのだろう。薪が怒ると周りの温度が下がる、と岡部が言っていた。あれがそうだ。
「お望みとあらばなってやろうじゃないか。覚悟しろよ、青木」
 低い声で呟き、薪は不敵に笑った。
 愛する恋人が望むなら時には娼婦にもなりましょう、なんて可愛らしいもんじゃない。そんな健気な心がけから派生するものなら、「覚悟しろ」という捨て台詞は付かないはずだ。

「ニニ、僕に協力しろ。僕の言う事を聞かなければ全身の毛を剃った上に雛子さんの手料理を食べさせるぞ」
『みゃっ!?』
 思わず猫語で返してしまった。それほど動転したのだ。
 なんて恐ろしいことを考えるのだろう。こいつは人間じゃない。想像するだけでニニの口の中は焼けるように痛む、薪はそれを承知の上で薄ら笑いまで浮かべている。まるで悪人になるために生まれてきたような男だ。
「僕は雛子さんに信用があるんだ。岡部の上司だからな。『あなたの手料理を食べさせればニニちゃんの毛はすぐに元通りになりますよ』と彼女に吹き込めば」
『や、やめてくれ。それだけは勘弁してくれ』
「ならば青木に頼まれたことは忘れて、僕の言うことを聞くんだ。まずは猫耳の触手を使って、青木に願望通りの夢を見せる」
 できないとは言わせないぞ、と薪は凄んで見せた。彼はニニの記憶を見ている。嘘は通用しないし、青木のように簡単に丸め込めない。嫌な男だ。

『彼が眠ってるときじゃないと、侵入はできないぞ』
「心配ない。今夜青木は僕の家に泊まるから、彼が眠ったところを見計らって」
『眠ったところって、夜中になるか朝方になるか分からないじゃないか。そんなに長く家を留守にしたら、雛子が心配する』
「安心しろ。この世には睡眠薬と言う便利なものがある」
 恋人にクスリまで盛るのか。てか、犯罪じゃないのか、それ。

 結局どうなったかと言うと、当初薪に生えるはずだった猫の耳は青木の頭に生えることになった。夕食に仕込まれた薬で眠らされ、その状態でニニに偽の情報を送り込まれた。青木は夢の中で淫らな恋人を抱き、裏切られ、今は失意のどん底と言うわけだ。付け加えるなら、事の最中に青木を罵っていたのはもちろん薪だ。ニニの触手から流れる微弱な電流をMAXにして脳みそ焼き切ってやれ、と騒ぐ薪を押さえたニニに感謝して欲しい。

『何をするつもりだ?』
 ニニはもう一度質問を繰り返した。青木の意識がブラックアウトしたのは、薪がニニから端末を奪い取ったからだ。薪はその天才的な頭脳で、未知なる文明の機器の扱い方を急速に理解していた。簡単な操作ならできる、そう踏んでの行動だと思われたが、問題は彼の目的だ。
「青木に、自分はセックスが弱いって思い込ませるんだ。男の性ってのは精神的なものに左右されるから、僕のサイクルに合わせるべく、おまえの遺伝子操作を受けて自分が弱くなったって信じ込ませれば」
 非道! 青木も青木だけど、薪の残酷はその上を行く。ていうか、こいつら二人とも自分の都合しか考えてないじゃん!

 命懸けで甦らせた二人の醜い我欲を見せつけられて、ニニはまたもや後悔する。やっぱり地球滅ぼしときゃよかった。
 自分勝手なことばかり言って、相手の気持ちなんか考えてない。彼らの恋人レベルは最低ラインだと思うのに、いざという時には迷わず自分を盾にして相手を守る。彼らの思考形態は、ニニには理解不能だ。
 戒められた肩を揺すって、ニニは穏やかに言った。
『それはやめといた方がいいんじゃないか』
「どうして」
『青木に君への愛情がある限り、身体機能に影響を与えることはできても、性欲自体を消すことは不可能だ。射精による終わりを迎えることができないからオーラルセックスが一晩中続くことになる。青木のことだから、ありとあらゆる手段を用いて君の身体を弄ぶようになるぞ』
「……チッ。面倒なやつだ」

 舌打ちとかしてるけど、顔が緩んでるからね? と、ニニは心の中で言い返す。
 吐き捨てる口調と頬の赤みがちぐはぐだ。何より、発していたオーラの色が薄いピンクに変わってる。相変わらず分かりやすいやつだ。

『うれしいくせに』
「心の底から嫌がってるのが分からないのか? あいつの夢のけったくそ悪い、まるで性奴隷だ。誰があんなこと好んでやるか」
『とぼけるなよ。僕が感知したエネルギーって、おまえらがセックスしてた時のだろ。てっきり青木のだと思ったけど、あれって本当はおまえの』
 薪の指が、ニニの首に掛かった。彼の指は男性にしてはかなり細いが、それでも子猫のニニには充分な脅威だ。
「それ以上言ったら捻り潰す」
『メンドクサイやつだな、君は』
 男のプライドだか年上の面子だか、そんなものはニニには分からない。恋人同士の間に、愛と思いやり以外の何が必要だと言うのだろう。地球の男は難しい。

「仕方ないな。もっとお灸を据えてやりたかったけど、この辺で許してやるか」
『じゃあ、青木が僕に頼んだ所から夢だったことにしておくぞ』
「ああ。それで頼む」
 青木にも説明したが、偽の記憶は長くはもたない。ふとしたはずみに思い出して、不思議に思うことがあるかもしれない。
 もしも自分が薪に騙されたことを知ったら、青木はどうするだろう。酷いことをされたと、薪に見切りをつけるだろうか。
 いいや、とニニは青木から回収した尻尾が自分の意志で自由に動くのを確かめながら、猫耳の生えた木偶の坊から只の木偶の坊に戻った男の傍らで、彼に悪夢を見せようと彼の鼻をつまんで呼吸を邪魔している意地の悪い男を眺める。
 青木の鼻先を傷めつける指先から、きらきらと砂金のように流れる大量の粒子。青木はそれを上手に取り込む。取り零してばかりいる薪とは大違いだ。このスキルだけは多分、薪は一生青木に敵わない。

『僕は帰るからな。あんまり青木を苛めるなよ』
 そんな心配はいらないことを、分かっていながらニニは言った。薪の反応が知りたかったからだ。
 薪はムッと眉根を寄せ、脅しつける口調で、
「うるさい。僕の男をどうしようと僕の勝手だ」
 僕の男ときた。以前、ニニが青木を奪おうとしたことを根に持って牽制しているのだろう。執念深いやつだ。
 ニニは腹の中でクスクス笑い、寝室を出た。やっぱり薪は面白い。不器用で、自分の感情に素直じゃない。日本の男性には多いタイプかもしれないが、あそこまで徹底している男も珍しい。

『さて、帰るか。ヒナコが待ってる』
 新しい主人の惜しみない愛情のおかげで、ニニは力を盛り返しつつある。以前ほどの距離は望むべくもないが、ここから自宅くらいなら瞬間移動も可能だ。

 自宅に飛ぼうと膝を曲げた時、寝室から青木の泣き声が聞こえてきた。
『はっ、薪さん。行かないでくれたんですね』
『悪い夢を見ていたようだな。しかし青木、夢は人間の願望を映すものだし、その危険は現実にも存在していると考えた方がいい。正夢と言う言葉もあるくらいだ。悪夢から学んだものを活かして、わぷっ』
『夢でよかった! 薪さん、大好きですっ』
『ちょ、待て青木、今は大事な話を、ん、あっ、ソコ気持ちい、じゃなくてっ、話を聞け!』
『愛してますー!!』
『だから止せって、さっきの夢はおまえのそういう直情的な行動を戒めようと神さまが、あっ、あんっ、青木、ダメ……』
 なにやってんだか。

 呆れ返ったニニは早々にこの家を立ち去りたいと思い、同時に自分を待つ夕食が雛子の手料理だったことを思い出した。それはニニを憂鬱な気分にさせたが、大した問題ではなかった。彼らに当てられたのかもしれない。早く彼女の顔が見たかった。
 ぶるんと身体を震わせて、一瞬後には彼の姿は消えていた。僅かな空気の震えにほんの少し混じった彼の残り香、それが青木の夢のエンドマーク。
 黒い瞳が開いたら、そこは天国か地獄か。どちらであっても青木には大きな違いはない。そこに薪がいるかいないか、あの男にとって重要なのはそれだけだ。
 彼が居れば、そこがパラダイスになる。青木はそういう思考ができる男で、だからやっぱり薪は一生青木に勝てないのだ。惚れぬいた相手にそんな風に想われたら手も足も出ない。自覚があるから余計に突っ張ってみせるのだろう。

 再びニニが姿を現したのは、岡部家のリビングだった。明かりは点いたままだが、雛子の姿はない。時刻からして食卓に居ると思われた。
 勢いよくダイニングキッチンに飛び込む。推察通り、そこには雛子とその息子が、得体のしれない物体を挟んで和やかにお喋りをしていた。彼らの間に通い合う、薪のものに勝るとも劣らない美しい粒子の河を眺めつつ、ニニは自分の指定席である主人の足元にうずくまる。
「あらニニちゃん、お帰りなさい。お腹空いたでしょう。ごはんにしましょうね」
 いそいそと食事を温める雛子のオーラが今日も幸せそうに輝いていることに安堵して、ニニは眼を閉じた。瞼の奥で、先刻の出来事を反芻する。
 今頃、彼らは二人で青木の夢をなぞっているのだろう。その様子をニニは想像し、皮肉に笑った。結局は青木が美味しい思いをして薪が酷い目に遭う、ニニの目的通りになった。

『ふん、サルめ』
 嘯いて、喉奥でククッと笑う。薪のやつ、今ごろ青木にニャアニャア鳴かされてるに違いない。ザマーミロだ。
『このニニさまを利用しようなんざ千年早い、……うにゃあ』
 嘲けりの言葉は途中で切れ、ニニは沈黙した。目の前に差し出された飼い主の愛情がたっぷりと入った暗黒物質を前に、しばし言葉を失う。ちらりと眼を走らせると、テーブルに着いた飼い主の息子が、ニニと全く同じ表情をしているのに出くわせた。
 諦めて食え、と彼の三白眼が言っている。言われなくてもそうする。味は凄いが、ニニが生きるために必要なものは充分に詰まっているのだ。

 ニニは勇気を振り絞って、鼻先を皿に近付ける。
 薪と同じだ。どんなに身体に負担が掛かろうと、愛する人から与えられるものをこの身に収めずにいられない。

 見た目はリゾットみたいなのに、口に入れるとガリゴリ言う不可思議な物体を飲み込んで、ニニは「にゃあ」と勇ましく鳴いた。




(おしまい)



(2013.1)

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夢の続きは二人で(4)

 あとがきその4です。長くてすみませんー。





夢の続きは二人で(4)







「青木、どうした?」
「いや、この部屋、誰かいませんか?」
「そんなわけないだろ」
「声が聞こえるんですよね。誰かに見られてるような気もするし」
「え。僕のこんな恥ずかしい姿をおまえ以外の誰かに?」
 しまった。羞恥心の強い薪にそんな不安を与えたら、即座に守りに入ってしまう。彼の気をベッドから逸らすまいと、青木は慌てて彼の腰を押さえようとした。が、拘束されたのは青木の方だった。

「薪さん?」
 薪の細い脚が、青木の腰を抱きしめるように絡んでいた。抜くどころか離すこともできない。動きを封じられた青木に、薪はぐいぐいと自身を押し付けてくる。
「ヤバい。スイッチ入っちゃった」
「は?」
「あおきっ」
 下から強い力で押されて起き上がり、青木はベッドに尻を着いた。次のターンで押し倒された。寝室の照明器具が眼に入り、直ぐに薪の快楽に溺れた顔が見えた。
 誰かに見られていると思ったら、火が点いたらしい。そうと分かっていれば野外エッチに誘ったのに。何なら窓際に立たせてブラインド開けて窓ガラスの前で、などと不届きなことを考えている間に、薪は再び青木を捕えていた。

「薪さん、あの、うっ……!」
 主導権は完全に薪に移り、青木は彼の下で彼がくれる快楽に呻いた。ごく稀にこの体位で愛し合う時もあるが、薪の上位はあまり長続きしない。快楽よりも疲れが勝って、すぐにへたばってしまう。それが今日はどうだろう。
 疲れ知らずの絡繰り人形のように、薪は飽くことなく同じ動作を繰り返し、青木の精を悉く絞り尽くした。自身も幾度となく達して、それでも直ぐに続きをねだってくる。手指と青木を包む肉を自在に操り、重ねすぎてもはや数えることもできなくなった高みに再び昇ろうとする。先に限界を迎えたのは青木の方だった。

「ちょ、ちょっと待ってください。少し休憩しましょう」
 舐めても吸っても何の反応も示さなくなった青木の下半身に、薪は「お疲れさま」と軽いキスをした。それから上方へと伸びあがり、青木の唇に軽いキスを落とすと、にっこりと微笑んで寝室から出て行った。シャワーを浴びに行ったのだろう。青木も一緒に汗を流したかったが、もう指を動かすのもしんどかった。
 精魂尽き果てて、だけど大満足でベッドで仰向けになっていた青木は、浴室から帰ってきた薪の姿を見てひどく驚いた。バスタオル姿ではなく、外出用のシャツとズボンを身に付けていたからだ。

「あの、どちらへ?」
「セフレその1の家に行ってくる」
「はあ!?」
 起き上がろうとし、それが為せないことに青木は驚く。骨が無くなってしまったかのように、身体がぐにゃぐにゃだ。青木が暴走してしまった翌朝、薪がよく起き上がれない状態になっているが、あれはこういうことか。

 薪は襟元の紫色のスカーフの形を整えながら、青木を憐れむような眼で見て、
「だっておまえ、これ以上できないんだろ? だったら仕方ないじゃないか」
「いやあの、だからってセフレ直行って、しかもその1って」
「セフレは常に5人ほどキープしているが、なにか?」
 どうやらニニの仕事には、重大なミスがあったらしい。薪をセックスに強くしてくれたのはいいけれど、これじゃ本末転倒だ。本棚に置いてある充電器から携帯電話を取り上げた薪に、青木は悲痛な声で訴えた。
「ヒドイじゃないですか! オレ以外の男とそんなこと、薪さんはオレを愛してないんですか」
「何を言ってるんだ、セフレとのセックスは単なる性欲処理で、僕が愛してるのはおまえだけだ。その証拠に僕はセフレの名前を一人も覚えてない。全員、番号でしか呼んだことないぞ」
 どういうことですか、最中に「ああ、その1っ」とか声上げてるんですか、それはそれで笑えますけど死んでも聞きたくないです。

「……薪さん、10分だけリビングで待っててください」
「10分で、またできるようになるのか?」
「はい。ですから何処にも行かないでくださいねっ」
 涙目になって青木が頼むと、薪は外出しないことの証に、携帯電話を元通り充電器の上に置いてくれた。「待ってるから」と薪が寝室の扉を閉めたのを合図に、青木は大声で叫んだ。
「ニニさんっ、居るんでしょ!」

 ベッドの最中に時々聞こえてきた呟きの主に、青木は薄々気付いていた。エリートエイリアンのニニは自分の仕事の首尾を見届けるべく、寝室の何処かに忍び込んでいたに違いなかった。
 青木が思った通り、呼びかけに応じてニニの薄闇に光る瞳が現れ、次に子猫の身体が現れた。チェシャ猫を真似ているのか、イギリスの古い童話を知っているなら貞節を重んじる日本の旧い美風も覚えておいて欲しい。
『どうした』
「どうしたじゃないですよ、何ですか、あれ!」
『何って。薪をセックス無しではいられないカラダにしてくれって言ったの、おまえだろ』
 いや、望みましたけど、「青木に抱かれないと眠れない」とか、一度でいいから言われてみたいとか思ってましたけどでもっ!!

『そういう薪が良かったんじゃないのか?』
「オトコだったら誰でもいい薪さんはイヤです! オレだけを求めて欲しいんです!!」
『勝手だなー。てかそれ、生物学的にどうこうできる話じゃないだろ。要はおまえに対する愛情の問題なんじゃないのか?』
「遺伝子操作で彼をサチリアジス(男子色情狂)にはできても、カサノバ型かドンファン型かは選べないってことですか」
『その通りだ、セフレその6』
 うわああああんっ!!

 言われてみてハッキリ分かった、さっきの薪は確かに自分を愛してくれていたけれど、それ以上に快楽に夢中だった。普段の薪は文句は多いけれど、最終的には青木に協力してくれるし、青木の快楽を優先してくれる。比べるものではないが、やっぱり青木はいつもの彼の方がいい。物足りないときもあるけど、気持ちは満ち足りてる。薪が自分のために精一杯頑張ってくれることが分かるから。
「オレが間違ってました。元の薪さんに戻してください」
『分かった』
 ニニはにやにやと笑いながら、尻尾を立ててリビングに向かった。薪の猫耳と尻尾を回収に行くのだ。それと同時に、彼の偽の記憶も抹消される。薪の中で今夜のことは夢になり、青木の胸の中だけにしまわれるというシナリオだ。

 狭い額と何がしかの力を使って器用に扉を開けたニニは、ふと気が付いたように立ち止った。振り向いて青木を見上げ、彼が犯した過ちに課せられた罰にしては重すぎる未来を言い渡す。
『ああ、それから、薪はこの先1年はセックスできないから』
「なんでですか!?」
『人間の欲情の回数は先天的に決まってるんだ。それをいま散財したわけだから』
 今ので1年分!? どんだけ薄いの、このひとっ!!
 薪は生まれつき淡白だけれど、さすがに1年も間が空くほどじゃない。月に何回か、まるで役に立たない日もあったりするが、薪はそれでも青木を受け入れてくれる。薪の献身は嬉しいが青木は心苦しい、だけどやっぱり彼が欲しいから一抹の罪悪感と共に彼を抱く。この先一年間はそのパターンが続くと宣告されて、青木は世界が消えていくような錯覚を覚えた。

『浮気の心配がなくなって良かったな?』
「……はい」
 薪に無理をさせた、その報いが来たのだと思って諦めるしかなかった。何をやっても、青木は薪以外の人間にときめかない。単なる肉の塊としか思えない物体に奉仕するくらいなら薪の家の窓ガラスでも磨いていた方がなんぼかマシだ。
『とはいえ、おまえも我慢するのは辛いだろう。僕が助けてやろうか』
 すみません、大変申し訳ありませんがあなた相手じゃ勃ちません。前作で証明済みです。
『そう言う意味じゃない。僕の特技の遺伝子操作で』

 不意に、ニニの言葉が途切れた。不思議に思う間もなく、青木の視界がブラックアウトする。ニニが途中で話を止めたのではない、極度の疲労で自分が気を失ったのだ。セックスの後で唐突に眠ってしまう薪と同じことが起きたのだと分かった頃には、青木の意識は無くなっていた。



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夢の続きは二人で(3)

 あとがきその3です。(さらに押してみた)


 あ、そうだ、こたさん。
 何ヶ月前だか忘れましたけど、拍手コメ欄で「薪さんに言葉責めするのは鈴木さんの特権ですが、それをあおまきさんで出来ないか模索中です」というお話、チャレンジしてみました、こちらです。
 次は、「鈴木鈴木サギ」に繰り返し引っ掛かる男爵の話に挑戦したいですww。





夢の続きは二人で(3)






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夢の続きは二人で(2)

 あとがきその2です。(←押してみた)
 Rに入るので、追記でお願いします。 わたし的にはギャグなんですけど、きっと人さまには通用しない言い訳ww。






夢の続きは二人で(2)






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夢の続きは二人で(1)

 あとがきです。(どこが?)
 管理人の大好物、下ネタ満載のR系ギャグです。
 性描写はそれなりにありますが、わたし的にはギャグなので。 限定公開ではありません。

 それとこの話、
『青木さん だけ がひたすらドヘンタイ』

 青木さんファンの方には申し訳ないです。 





夢の続きは二人で(1)







「お願いがあります」
 辺りに人の眼がないことを3回も確認して、青木は切り出した。マンションを囲む生垣の陰、それも北の内角など滅多に人の訪れる場所ではない。それでも声を潜めて、口の両脇に手で覆いをするという徹底振りに、相手は少々呆れ気味であった。
 彼の異常な用心深さは、頼み事の内容もさることながら、相手の外見に起因する部分も大きい。何故なら青木が頭を下げている相手は、三角形の耳と細い尻尾を持った愛らしい子猫だったからだ。
『さっさとしろよ。ここ、日陰で寒いんだから』
 彼は寒そうに身を竦め、不機嫌に言った。人間のときはそうでもなかったと記憶しているが、猫になったら寒さが身に染みるようになったらしい。甘やかされている、もとい、大事にされている証拠だと青木は思った。

「エイリアンさんには命を助けていただいた上にお願い事なんて、図々しい限りなんですけど。オレにとってはとても重要なことなので、こうしてお願いに上がりました」
『エイリアンさんとか呼ぶな。今は『ニニ』って名前がある』
「はい、ニニさん。お願いというのはですね、もう一度薪さんに、猫耳と尻尾を生やしていただきたいんです。できますか?」
 彼の依頼に、ニニと呼ばれた子猫は硬直した。大きな金色の眼を瞠って、目前に屈んだ男の顔を訝しげに見る。

『できないことはないけど。そんなことをしてどうする』
 疑問は当然だと思われたが、青木は返答に窮した。男らしい眉を沈痛にひそめ、削げた頬に苦悩を浮かべた。よほど切実な事情があるものと判断し、だったら余計に話して欲しいとニニは思った。一度は生涯を共にしようと決めた男だ、傍にいることは叶わなくなった今でも、自分が彼の役に立てるなら何でもしてやりたい。

「他に頼みたい事もありますし、思い切ってお話します」
 青木は覚悟を決めたのか、強い意志を秘めた瞳でこちらを見た。ニニの心臓がとくんと高鳴る。ニニの青木に対する感情は人間で言う恋とは少し違うけれど、とても似通っている。加えて、人間のそれよりずっと必要欠くべからざるものだ。青木の恋人に言われたほど打算まみれのものではないし、幾ばくかの純情も含まれている。それを今更理解して欲しいとは思わない。でも、今でもこうしてときめくくらいに自分は彼のことを――。

「猫耳のカワイイ薪さんともう一回エッチしたいんです」
『おまえのその腐った脳みそをもう一回分解してやろうか』
 瞬間ニニは、失意の深淵に突き落とされていた。その深さは母星が滅びゆく運命であることを知った時に匹敵するほど。こんなことならアメリカ大統領の人生乗っ取って核バクダンで地球滅ぼしときゃよかった。

 ニニの落胆を知ってか知らずか、青木はズボンが汚れるのも厭わず地面に両膝を付き、いわゆる土下座の格好になって、
「そんな冷たいこと仰らず。どうかお願いします」
『地球人てのはそんなしょーもない理由で土下座するのか。なんて低俗な種族なんだ。存在することに意味あるのか』
 青木は地球人の代表ではないし、種の存続を委ねられても非常に困る立場にある。青木の恋人は同性だからだ。しかし、ニニの怒りにもそれ相応の理由はある。
 彼に、一生尽くしていこうと決意した。夢破れてなお、青木と彼の恋人を救うために、自分の生体エネルギーの殆どを使い果たした。そこまでしたのになんだよこれ!

「あれから毎晩夢に見るんです。モフモフっとした薪さんの猫耳をオレが噛むと、薪さんが『うにゃあ』って善がり声を上げる夢」
『たとえ一時でもおまえと一生愛し合っていこうと思った自分の過去を猛烈に消し去りたい気分だ』
 正確に言うと、おまえの存在ごとなかったことにしたい。
「でもってですね、薪さんは生まれつき淡白というか下半身が残念な体質というか、とにかく、全然求めてくれないんです。できればその辺も改善してもらえませんか」
『薪も似たようなとこあるけど、おまえも人の話を聞かんな』
「何とかなりませんか? 猫耳の触手を使って、エッチが大好きって偽の記憶を植えつけるとか、脊椎からの遺伝子操作でもって性欲を増大させるとか」
『それは強制的な調教だよね? 可憐な少女をシャブ漬けにしてソープで働かせるヤクザと言ってること変わらないよね?』

 薪とおまえはヒトデナシ同士お似合いだな、とニニは吐き捨て、やれやれと小さな頭を振って、
『まあ、おまえには世話になったからな。僕にできるだけのことはしてやる』
「本当ですか?」
『薪を、猫耳と尻尾が生えたインランにすればいいんだな?』
「はいっ、その通りです!」
『おまえみたいな劣情の権化に愛されたいと一時でも望んだ自分が許せん』

 こいつ、生き返らせない方が薪にとっては良かったんじゃないか。
 ニニは自分の過去の決断に疑問を感じつつ、今はすっかり馴染んだ金色の瞳で青木を見た。彼の全身からは期待と興奮に満ちたオーラが沸騰するごとく立ち昇り、勢い余って割れた泡の飛沫が彼の全身を彩っていた。ダイヤモンドダストのように輝くそれは、目的の醜悪をまるで感じさせない。青木自身に自覚がない、と言うよりは、この男はセックスに快楽を求めることを卑猥だとも悪いことだとも思っていないのだろう。
 自分ならこんな恋人は願い下げだが、被害を被るのは薪だ。あいつには少々借りがある。

『わかった。おまえの言うとおり、薪に偽の記憶を植えつけてやる』
「ありがとうございます!」
 青木は嬉しそうに礼を言った。彼があまりに幸せそうで少々癪に障ったものの、薪がひどい目に遭うことが確実ならそれを為すことはやぶさかではない。借りは10倍にして返すのがニニの星の掟だ。
『薪が眠ってるときじゃないと侵入はできないぞ。それから、偽の記憶はそんなに長くはもたない』
「休日の薪さんは、お昼ご飯のあとお昼寝しますので、その時お願いします。記憶は途中で戻ってもいいです、始まっちゃえばこっちのもんですから」
 こういうのもDVって言うんじゃないのかな、こんなやつの伴侶にならなくて本当によかった。可哀想に薪のやつ、てかザマーミロ。ヒナコの方がよっぽどマシだ。時々、とんでもないもの食べさせられるけど。

 生垣の向こうから聞こえてきた足音で、ニニは飼い主の帰宅を知る。ニニの好物のチキン味のキャットフードを買ってきたに違いない。缶詰だが、馬鹿にしたものではない。岡部が母親の手料理を口に運びながら、羨ましそうにこちらを見ているくらいだ。きっと人間が食べても美味なのだ。それを自分のために用意してくれるのは、彼女が自分を愛してくれている証拠。おかげでニニの毛並みは、いつもつやつやしている。

『じゃあ、後でな』
 お願いします、と頭を下げる男を尻目に、ニニは主人の元へ走った。玄関で追いつくと、彼女はすぐに飼い猫の出現に気付き、嬉しそうに彼を抱き上げた。
「ニニちゃん、今日は靖文さんのお帰りが早いんですって。わたくし、頑張って美味しい晩ごはんを作りますわね。もちろんニニちゃんの分も」
『げ』
 ……人を呪わば穴二つ。



テーマ : 二次創作(BL)
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キセキ(22)

 最終章です。
 お付き合い下さってありがとうございました。(^^




キセキ(22)





 あれから一時間。岡部も家に帰っている頃だろう。岡部を案じる青木を安心させようと、薪は岡部の安全を保証した。
「現実的に、彼にはもう何もできない。彼の記憶を見ただろ」
「記憶?」
 テーブルの向こう側から訊き返されて、薪は思い出す。そうだ、青木はすぐに気を失って追い出されてしまったのだった。彼の脳内を見たのは自分だけだ。

「え、あれ、言語だったんですか?」
「僕も全部解読できたわけじゃないけど」
 薪の類推も混じるが、彼らの星が衰退した原因は、彼が以前言ったように知力が進み過ぎたことだった。知力を極める過程で、恋だの愛だのといった激しい感情の起伏を伴うものは知性の妨げとなることが多いため、自然と廃れてしまったらしい。宇宙の理を悟る代わりに、彼らは恋愛感情を失くしてしまったのだ。
「ええと、身近な例に例えると、受験勉強で恋人と距離を置いていたら自然消滅しちゃったって感じですか?」
「まあ似たようなもんだ。その極端な事例が世界中で一斉に起こったと考えればいい」
 その感情が無くなってしまえば、自然と子孫を作る人々も減る。彼の星では、子供たちは母親のお腹から生まれるのではなく、ガラス管の中で産声を上げるようになった。人工的な手法に種の保存を委ねた彼らの世界は、必然的に殺伐としたものに変っていった。血縁関係が消滅したことで、家族や夫婦という関係自体がなくなってしまった。生まれてから死ぬまで、彼らは完全なる個を貫き、自己の知性を高めることだけに没頭した。

「解り易く言うと、世界中の人間が引き篭もり生活をし始めたようなものだ」
「それじゃ、社会が機能不全に陥るのも当然ですね」
 それが生物として間違った有り方だと、気付いたときには遅かった。彼らは既に、感情そのものを失ってしまっていた。喜びも感動もない代わりに悲しみも苦しみも無い、当然のことながら、彼らはそこに何の価値を見出すこともできなかった。
 自殺者が急増し、だけどそれすら意味のないこと。死は自然に訪れるもの、早めることにも先延ばしすることにも何の意味もない。彼らは、宇宙一知的な種族として緩慢な死を迎えることになった。

「星全体が眠りに就こうとする中、それに逆らった者が何人かいた。その中の一人が彼の先祖だ」
「彼らは何をしたんですか?」
「方法は説明できないし、彼らの意図も完全には分からないけど。結果的に言うと、彼らは自分たちの身体を、他者の愛情エネルギーを摂取して生きるように作り変えた」
 他者と触れ合い、愛し合うことは生きていく上でどうしても必要なこと。ならば、その状況を強制的に作り上げてしまおう。彼らはそう考えたのかもしれない。
「強引ですね」
「ていうか、バカだよな」
 彼の何代前の先祖がそんなことをしたのかは知らないが、薪は彼らをアホだと思った。利口バカってやつだ。先祖がバカなら子孫もバカだ。

「またそんな言い方して。彼はオレ達を助けてくれたんですよ」
「あれは善意なんかじゃない、自分の優秀さを僕らに見せつけるためにやったんだ。それで自分の身体を削ったんだぞ。普通にバカだろ」
「本当にそう思ってるんですか?」
 聞き返されて眼を上げると、青木が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「薪さんてヘンなところが素直と言うか自分のしたことが分かってないというか……まあ、薪さんらしいですけど」
「どういう意味だ?」
「彼がどうして自分の記憶を薪さんに見せたのか、理由を考えてみましたか?」
「僕に見せたわけじゃない。これも想像だけど、彼は自分の最後を予期して、自分の記憶データを母星や他の星に散った仲間達に送ったんじゃないかと思う。生きることを選んだ仲間達に、自分の経験を役立ててもらうために。そのために自分の記憶をデータ化する必要があった。僕はたまたまそこに居合わせただけだ」
 彼の脳内から最後に飛び立った数百の光の矢、あの中には彼の仲間に対する想いが詰まっていたのだと薪は思う。死に瀕して、彼は同志愛に目覚めたのだ。彼には岡部が保護観察に付いたのだ、きっとこれからもっと多くのものに目覚めていくに違いない。

 薪の説明に、青木はまだ納得しない様子だった。齧り掛けのチキンを皿に戻し、いいえと首を振って、
「偶然じゃないです。彼はきっと、薪さんに自分の真実を知って欲しかったんです。でなかったら、オレと一緒に先に地上へ返してくれてるはずです」
「本人からも聞いたけど。あいつは僕が大嫌いだから、僕が喜ぶようなことは死んでもしたくなかったんだろうよ」
 この話は終わりだとばかりに、薪は強い口調で言い切った。青木はまだ何か言いたそうだったが、薪が横を向いてシャンパンを呷り出したので、旗色悪しと悟ったらしく、口を噤んで再びチキンを齧り出した。

 青木が何を考えているのか知らないが、薪にはやはり、彼らの行動は愚かだと思わざるを得ない。何かを極めるために他の何かを手放すなんて、そんなやり方は間違っている。
 薪は現在自分が持っているもの、何ひとつ捨てたくない。友人も仲間も恋人も、全部背負ったまま前に進んで行く、それが男と言うものだ。その力を身に付ける努力を投げ出してはいけないと薪は思う。
 しかも『知力を極めた生命体』とやらが最終的に求めたもの、それが青木だなんて。
「まあ、アタマ良くなりすぎて、バカが羨ましくなっちまったんだな」
「なんか言いました?」
「いいや。とにかく、彼の供述に嘘はなかった。だから大丈夫だ」
 理論立った説明はできなかったが、彼が嘘を吐いていないことは分かった。薪が見たものと彼の供述、どこにも齟齬はなかったからだ。

「心配なのは彼の胃袋だ。雛子さん、岡部のお義母さんだけど、料理の腕前は雪子さんといい勝負なんだ。あれを食べて生き残れるかどうか」
「大丈夫ですよ。彼の場合、愛情さえ篭ってればエネルギーになるんですから」
 何事にも限界はある、と薪は思ったが、彼女の名誉の為に口を噤んだ。
 彼が自分で言った通り、彼にはもう特別な力は何もない。薪たちの身体を再構築する為に生体エネルギーの殆どを使ってしまったから、命の残量もそれこそ猫の寿命くらい。残りの生を静かに生きていくことしかできない。
 でもきっと、その終末はとても穏やかに。幸せに訪れるだろうと、薪は思った。




*****




 彼は、生きるために新しい道に進んだ。では、僕は?

 青木の愛情が無ければ生きられないと、それは薪も同じだ。彼のように生物学的意味合いではなく、あくまでも精神的にだが、自分にはこの男が必要なのだと何度も思い知らされた。その経験を、薪は活かしきれていない。
 チキンの塊をごくりと飲み込み、薪は口を開いた。
「青木。僕たち」
「はい?」

 化け物になっても星になっても、それでも一緒だとまでおまえが言い張るなら。
 そこまで覚悟を決めてくれているのなら、僕が背負うべき責を半分、おまえに任せてもいいか? 
 努力するから、僕の全身全霊を懸けて守るから、一生涯僕の隣で。

 言おうとして、やっぱり言えなかった。
 今のこの決意は、危機を脱した後の安心感から来るものかもしれない。まだ平常心に戻れていない、こんなタイミングで言うべき言葉ではない。

 代わりに薪はふわりと微笑んで、間近に迫った長期休暇のプランを提案した。
「年末年始はゆっくりしよう。特別に連泊を許してやる」
 本当ですか、と嬉しそうな顔になったのも束の間、青木は直ぐに表情を曇らせ、
「残念ですけど。オレ、31日から3日まで当番なんです」
「4日とも!?」
「事前連絡無しに、1週間も休暇をいただいちゃいましたから」
「だからって何も正月休みの当番全部引き受けなくても」
 せっかくの休みに二人の時間を持てなくなったことに対する不満が、薪を偏屈にする。彼と二人クリスマスディナーの最中で、彼みたいに素直にはしゃげばいいのに、薪はどこまでも薪にしかなれない。

「本当に、おまえはお人好しだな」
「すみません」
 ムッと膨れた顔で吐き捨てるように言うと、青木がしょげた顔をして謝った。元はと言えば薪の看病のために休暇を取ったのに、そこには触れないのが青木だ。やれやれと肩を竦めて、薪は次点の策を提示した。
「仕方ない。第九の給湯室で僕が雑煮を作ってやる」
「ありがとうございます」
「お節も持って行ってやるから。でも、お神酒はダメだぞ」
「えー。ちょっとくらい飲ませてくださいよ」
「ダメだ。現場に急行しなきゃいけなくなるかもだろ」
 はいはい、とうんざりしたように答えた後、青木はクスリと笑った。なんだ、と睨み上げれば、「薪さんだなあと思って」と訳の解らない答えが返ってきた。バカにされたとしか思えなかったので、とりあえずテーブルの下で青木の脛を蹴り飛ばしておいた。

 涙目になって脚を抱える青木に意地悪な視線をくれながら、薪はシャリシャリとレタスを噛む。ふと横を見れば、窓に降る雪。
 聖なる夜は降り積もる雪と共に、人々の心に思い出となって沈んでいく。

 ――来年になったら。

 小野田が判を押してくれた書類を使う勇気が持てるかもしれない、と薪は思った。そこには何の根拠も、起こり得るであろうトラブルに対する策もないが、行けるような気がした。
 妙に確信めいた予感。今夜はクリスマスイブ、神のお告げくらいあっても不思議じゃない。
 新しい道に進むときには、そういうものが必要なのだ。だって人間は、在りもしないものを信じてキセキを待つことができる、まだまだ愚かで幸せな生き物だから。


―了―


(2012.12)

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キセキ(21)

 ねえ、ちょっと聞いてくださいよ。
 うちのオットって、ほんっとうにバカなんですよ。


 不肖わたくし、『夏目友人帳』のニャンコ先生のファンなんですけど、コンビニ限定のスピードくじでニャンコの置物が当たりまして。
 こんなの。 ↓↓↓

猫様1  (クリックすると大きくなります)


かわいいな~と思って、事務所の机に飾ったんです。 そのときオットは、
「おまえ、いくつになるの? バカじゃね?」
 とか言ってたくせに、翌日、出勤してみたら、
 こうなってた。 ↓↓↓


猫様Web   



 どっちがバカ?!

 段ボール切って地面を作って、周りの草は鋏で作って貼り付けて、木と動物たちはWebで探して切り抜いたらしいのですけど……、
 仕事しろよ、社長。


 とりあえず、毎日楽しいです。







キセキ(21)




 クリスマスイブの夜、帰宅した息子に労いの言葉を掛けようとした彼女は、彼が懐から出したものに大きく眼を見開いた。
「まあ! ニニちゃん!!」
 突然姿を消した飼い猫を彼女は必死に探していたが、この季節に十日も音沙汰なしではと、諦めかけていたところだった。それを息子が見つけてきてくれた。彼は優秀な刑事なのだ。飼い猫が無事だったことと、息子に対する誇らしさで、その晩の彼女の笑顔は殊更美しく輝いていた。

「こうして無事に帰ってきてくれるなんて。奇跡のようですわね」
「今夜はクリスマスイブですよ。奇跡くらい起きますよ」
 普段は気の利いたことも言わない無骨な息子だが、聖夜の魔法か、そんな言葉が彼の口から零れた。彼が両手でそうっと床に下ろした小動物は、尻尾を立てて彼女に歩み寄り、その細い足首に小さな顔を擦り付けた。

「あら、やっぱり怪我をしてますのね」
 猫を抱き上げ、彼女は飼い猫の異変に気付く。毛を掻きわけないと分からないが、額に小さな裂傷が残っていた。
「大分弱ってますが。なに、あなたがいつもの調子でそいつの世話を焼けば、すぐに元気になりますよ」
「ええ、がんばりますわ。さあ、今夜はごちそうですのよ! イブですからね、チキンもケーキも手作りしましたの」
 彼女の言葉に、息子の顔色が紙のように白くなる。彼の額に汗が浮かんだのは、寒い屋外から戻ってくる息子を思う母心から高めに設定された暖房のせいばかりではなかった。

「今年こそは市販のものにしましょうって、あれだけ言ったのに……」
「ニニちゃんも一緒に食べましょうね」
「いやあの、身体が弱ってるところにその料理を食べさせたら致命傷に」
「ほらほら靖文さん。手を洗って、席にお座りになって」
 食卓に所狭しと並んだ大皿の、聖なる夜を冒涜するかのような物体を前に、岡部と岡部家の飼い猫は絶句したのだった。




*****





 薪の43回目の誕生祝は、スーパーの売れ残りの骨付きチキンとコンビニのケーキという少々侘しいものになった。毎年この夜、薪は一緒に誕生日を祝ってくれる恋人のために腕を振るうのだが、今回ばかりは仕方がない。4時間ほど前までは、包丁も持てない身体だったのだ。
 青木が、買ってきたシャンパンをグラスに注いで薪の前に置く。二人とも疲れ果てていたからつまみはクラッカーを袋ごと、サラダに到ってはレタスをちぎっただけというお粗末なものになってしまったが、彼らはそれで満足だった。
 だって、一緒にいられる。それ以上に望むものなんか、ない。

 あり得ないくらいお腹が空いていた青木は、チキンを切り分けるのすら面倒で、手で骨の部分を持ってかぶりつきながら、
「岡部さん、大丈夫ですかね」と不明瞭な発音で訊いた。ああ、と頷きながら、薪がクラッカーを二枚重ねて口に入れる。二人とも、心配よりも食欲が勝っているように見受けられるが、気のせいだと思いたい。

 分解された人間の身体を再構築すると言う荒業に力を使い果たし、すっかり弱ったように見えたエイリアンだったが、青木が心を込めて彼の身体を撫でさすり、温めたミルクを飲ませてやると、自力で起き上がれるまでに回復した。
 その間、薪はずっと岡部の説教を聞いていた。神妙な表情で俯いて、でもその殆どを聞き流しているのはいつものことで、岡部もおそらくそれを知っている。危ない真似はやめて下さいと何回言っても聞かない、次の時にはまた同じことをする、そして岡部に叱られる。反省していない証拠だ。叱られるうちはいいが、小言を聞くこともできなくなってしまったら、それを考えるとゾッとする。だから岡部は無駄だと解っていても、薪の右の耳から左の耳に流れていくだけの説教を繰り返さずにはいられないのだ。

 青木が戻ってきたのは、光が消えて半時もしないうちだった。
 岡部は消えた二人の姿を探して、第九中を走り回っていた。屋上に程近い、空き部屋の幾つかを確認していたとき、ドサリと重量物が落下する音が聞こえた。音源を辿ってみると、屋上に青木が倒れていた。
 青木から事情を聞くと、彼(エイリアン)は一仕事済ませてからここに来る、その際には薪も必ず連れて来る、と青木に約束したそうだ。彼の所業について薪から聞かされていた岡部は、気色ばんで青木に詰め寄った。
「そんな約束を信じたのか? お人好しもいい加減にしろ。あいつが薪さんに何をしたか」
「分かってます。でも、彼はオレを助けてくれました」
「それは、あいつはおまえを自分のものにすることが目的だから」
「違います。前はそうだったかもしれませんけど、今は違います。それだったら薪さんを置いて、オレと一緒に帰ってくると思います。オレを助けるのが精一杯だったと彼に言われれば、オレはそれを信じるしかないんですから」
 彼を信ずるに足る理由を青木から聞かされても、岡部は納得できなかった。今ここに薪の姿がない、その元凶たる生物の言葉を信じるなんて、そんな神経を持ち合わせていたら刑事なんかやってられない。
 そんな岡部に希望を抱かせたのは、青木が次に提示した信頼の根拠だった。

「彼がオレを助けてくれたのは、薪さんの行動に感動したからだと思います」
 自分が死ぬことを承知のうえで、他者を守ろうとした。薪の警官魂に、彼は深く感じ入ったのだと思う。だからきっと、彼は薪を救ってここに帰ってくる。青木はそう信じた。
 だから岡部も信じることにした。大きなハプニングに見舞われたとき、薪のすることはいつも無茶苦茶だけど、警察官の信念だけは絶対に揺らがない。その真実を見せつけられて、彼に惹かれない人間などいないと、岡部は薪の徳望を信じたのだ。

 途中で雪が降ってきて、防寒具を取りに戻ることを考えたが、その僅かな間にも薪が帰ってきたらと心配で屋上を離れることができず、結局二時間、寒空の下で待ち続けてしまった。
 消えたときと同様、現れるときにも、そこに光が満ち溢れた。人間が神のイメージを光で表すのは、遥か昔このエイリアンが地球に来訪したことがあって、それを目撃した古人がその光景を後世に伝えたのかもしれない、と岡部は聖夜に相応しい空想をめぐらせた。
 二人が光に手を差し入れると、徐々に重みが加わった。光が消えたとき、薪は青木の腕に収まり、岡部の手には小さくなった彼の姿があった。

 やっとお小言から解放された薪が、地上に帰ってきたときと同じくらいフラフラした足取りで青木たちのいるソファに歩いてくるのを、青木と彼は笑いながら見ていた。自分が笑われていることに気付いて薪はムッと眉を顰めたが、先刻までは息も絶え絶えだった彼が二本の足で立ち上がるのを見ると、柔らかく愁眉を開いた。
「家に帰る途中でくたばるなんて夢見の悪い事にならなくて良かった」などと、薪は心配に皮肉の衣装をまとわせていたが、彼はそこからも幾らかのエネルギーを得ることに成功したようで、隣に座った薪の手に鼻先を押し付けた。照れ屋の薪はさっと手を引き、立ち上がって別の席に移動してしまった。青木と彼が顔を見合わせて、クスッと笑う。

 ソファの上で、青木の手から砕いたビスケットを食べさせてもらう彼に、岡部は何を思ったか自分の携帯の画面を見せ、
「こいつに化けられるか?」
『何とかなるだろう。人間に化けるよりはずっと簡単……』
 彼は不意に口を閉ざし、くるりと青木を振り仰いで、
『青木が僕にキスしてくれたら化けられると思う』
「許さんっ!!」
「まあまあ、薪さん。いいじゃないですか、キスくらい」
「なに言ってんだ岡部、他人事だと思って、ダメだ、絶対にダメ、あ、青木、こら! おまえ、後でオボエテロよ!」
 青木は薪が彼に与えた額の傷に、そっとキスをした。これで薪さんのことを許してね、とこっそり彼に囁けば、彼はぶるんと身体を震わせ、岡部の携帯画面に映った子猫そっくりの姿になった。

「ほお、大したもんだ」
 ミャア、と彼は自慢げに声を上げ、岡部を見やった。高慢な眼だった。
「俺ン家で飼いますよ」と彼を取り上げ、岡部は彼を自分の懐に大切そうにしまった。彼は従順に飼い主の交代を受け入れ、新しい主人にすり寄って眼を閉じた。




*****



 岡部さんちの猫の名前は、原案者のにに子さんに敬意を表して、と思ったんですけど、よーく考えてみたらこれ、
 人間じゃない上に敵役。
 恩を仇で返すとは正にこのことで……誠にスミマセン。



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キセキ(20)

 母の日ですね。
 たまには実家の母と一緒に食事にでも行こうかな。




キセキ(20)







 次に目覚めたとき、薪は青木の腕に抱かれていた。
 眼を開けると彼の顔が見えて、暗い夜空からは雪が落ちてきていた。天国にも雪が降るのか、一年中春のような陽気と聞いていたがあれはガセだったのか、めちゃめちゃ寒いじゃないか。こんなことならコートを着て決戦に臨めばよかったと、薪は後悔しながらも青木に微笑みかけた。
「どれぐらい待った?」
「2時間くらいです」
 そうか、地上から天国までの所要時間は2時間くらいなのか。そのくらいの時間で済むならもっと頻繁に帰ってくればいいのにと、たまにしか会えない親友の不精を詰りたくなる。
 まあいい、これからは毎日会えるのだ。どうやって探したらいいのか、まだ見当もつかないが。
 何だかひどく疲れてしまって、薪は眼を閉じた。死んでも疲労感があるなんて、聞いた話とは大違いだ。何でも経験してみるまで本当のことは分からないものだ。

「凍えちゃいますから、中に入りましょうね」
 外で待っていたと見えて、青木の身体はとても冷たかった。が、薪の不快感はそれだけではなかった。青木の足取りが、えらく不安定なのだ。薪の体重なんて青木には軽いはずなのに、と言うか、死んでも重さがあるってのがまた何とも不可解だ。
 落とされそうな気がして、薪は青木の腕にしっかりと掴まった。と、そこに信じ難い声が聞こえてきた。
「青木。こっちと交換するか?」
 いいえ、大丈夫です、と答える青木の声が聞こえる。問題はそちらではない、青木の前に聞こえてきた声だ。
 目眩がするほどの疲れも忘れ、薪は跳ね起きた。途端、バランスを崩した青木と一緒に、雪の中に無様に転がった。

「あーあ、だから無理だって言ったのに。おまえだってさっきまで立つこともできなかったんだぞ。自分の体力を正しく判断するのも大切な」
「なんで岡部がここにいるんだ!?」
「なんでって。薪さんが来るのを待ってたんですよ」
「おまえ、僕の言い付けを破ったな? 絶対に入ってくるなって言ったのに!」
 平然と答える部下を、薪は怒鳴りつけた。まさか、岡部まで巻き込んでしまったとは。やはり作戦に参加させるのではなかった、自分亡き後、第九を守って行ってくれるはずの大事な部下を死なせてしまうなんて。
 岡部の腕を掴んだ薪は、雪まみれになって辛そうに首を振った。「薪さん、落ち着いてください」と岡部が何か言い掛けるが、取り返しのつかない失敗に慟哭する薪の耳には入ってこない。

「雛子さんがどんなに悲しむか……」
「薪さん、違いますってば」
「だっておまえ、彼女とはまだお互いの気持ちも確かめ合ってなかったんだろ。それともキスくらいはしたのか?」
「ドサクサに紛れて何言ってんですか、あんた」
「だからさっさと押し倒しちゃえって僕があんなに言ったのに」
「人の話を聞かんかい、このクサレ男しゃ……いえ、ですから。俺の話を聞いてくださいよ」
 岡部が取り成すも、薪は頭を抱えたまま。申し訳なくて顔も上げられないとばかりに、雪の中に突っ伏してしまった。

「薪さんっ、起きてくださいよ、凍傷になっちまいますよ! 青木、なんとかしろ!」
「あー、そうなったらもう力づくで運ぶしかないです」
 仕方なく、青木は薪の身体を抱き起こして岡部に預けた。代わりに岡部が抱いていた小さな生き物を貰い受ける。青木の腕に収まった全長30センチほどの大きさの生物は、蔑みの籠もった口調で吐き捨てた。
『馬鹿なのか? こいつは』
「いえあの、薪さんはパニックになると周りが見えなくなるタイプで。正確な状況判断ができないって言うか、カンチガイ大王に変身するって言うか」
「だれがカンチガイ王国第42代目皇帝だ!!」
『「「そこまで言ってません」」』
 声が3つ重なっていることに気付いて、薪が辺りを見回す。3番目の声の主を突き止めることは叶わなかったが、この場所がビルの天辺、雪に埋もれて普段の風景とは異なるがおそらくは第九の屋上であることを理解して、薪の眼が点になった。

「知らなかった。天国って、第九の屋上にあったのか」
『「「さすがは皇帝陛下、お見事です」」』
 ハモってバカにされるほど頭に来ることはない。薪は怒りをエネルギーに変換し、岡部の腕を振りほどいて立ち上がった。
「さっきからカンに障る、3番目のヤツ! 姿を現せ!」
『隠れてなどいない。ずっとここにいる』
 慎重に声の出所を探って、青木の手の中に行き当たる。そこには変わり果てた敵の姿。
 薪と同じ大きさだったはずの彼の身体は、青木の両手に収まるくらいに小さく縮んでいた。頭に猫耳、お尻には尻尾が生えていて、顔と身体はまだ薪のビジュアルのまま、まるで本物の妖精みたいだった。

『正確には、隠れることもできない、だな。もう身体が動かん』
「いったい」
 眼を瞠った薪の肩を寒さから庇うように抱き、岡部は薪を出入口の方向へと向けさせた。「凍っちまいますよ。話は中でしてください」と両手で後ろから押されるようにして、薪は屋上のドアを潜った。
 凍える外界から屋上のドアの内側に入って、しかしそこも寒かった。廊下には暖房は効いていない。彼らはよろめきながらも階段を下り、第九に戻って暖を取った。岡部が仮眠室から2枚の毛布を持ってきて、一枚を薪に被せてくれた。もう一枚は青木に放り、すると青木は自分と彼を毛布ですっぽりと包み込んだ。

 青木の手の中で目を閉じる、彼にそんな安寧を許したくない。彼に向かって薪は怒鳴った。
「おまえさっき、青木は先に天国に行ったって言ったじゃないか」
 彼は億劫そうに片目を開けると、倦怠に満ちた亜麻色の瞳で薪を見上げた。それから面倒そうに口を開く。
『言ってない。先に行かせた、とは言ったが、天国とは言ってない』
「なにを、……あれ?」
 よくよく思い出してみればそうだった気も。
『君、本当はこの中で一番のバカだろ』
「やかましい! 紛らわしい言い方したおまえが悪い!」
『おお。これが代々の皇帝に授けられるという伝家の宝刀、“逆ギレ”か』
 イヤミが妙にインテリぶってて死ぬほどムカつくんだけど!!

「ていうかおまえ。その身体はどうしたんだ」
『いくら僕が君たち人類より遥かに優れた生命体でも、分解した君たちの身体を再構築して甦らせるのに、どれだけのエネルギーが必要だったと思う』
 おかげでこんなみすぼらしい身体になっちまった。そう自嘲して彼は、ぷいと横を向いた。
 では、薪たちを助けるために?

「どうして」
 薪の問いに、彼は皮肉に笑って、
『君の記憶にあったぞ。今夜は『キセキ』とやらが起きて当たり前の夜なんだろう? だから起こしてやったんだよ。君たちは有りもしないものを信じてキセキを待つ愚民、僕はそのキセキを起こす側の優秀なる選民。恐れ入ったか』
 彼のはすっぱな物言いに、薪は惑わされなかった。薪が目撃した彼の本体は、砂金の集合体のようなものだった。その質量が減っているということは、何らかのエネルギーとして使用され、なくなってしまったということだ。

「自分の生体エネルギーを使って、僕たちの身体の再生を? じゃあ、あの時も?」
 薪が野犬に襲われた夜、彼は薪を脅しに来たのではなかった。自分の尻尾から生体エネルギーを注入して、薪を治療していたのだ。
「治りが早すぎると思った。……でも、感謝なんかしないぞ」
「薪さん、命の恩人に向かってそんな言い方」
「何を寝ぼけたことを。あの怪我は元々こいつのせいだぞ。それに」
 彼は、薪を助けたかったわけではない。彼の施術は、薪の怪我が治れば青木の関心が自分に戻ってくるとの打算からだ。善意からではない、絶対にない。それでも。
 薪が彼に助けられたことは事実だった。

 3人が押し黙ると、彼はチッと舌打ちして、
『放っとけ。どうせもうすぐ飢え死にだ』
 青木が困った顔をした。あんなに懇願されたのに、彼には与えられないと冷たく切り捨てた。自分のせいで、彼は死ぬのか。自分と薪を助けてくれたのに。
『そうじゃない。さっき薪が破壊した場所は、センサーの中枢だ。君たちの脳細胞と一緒で、一旦壊れてしまったら復旧は不可能だ。僕にはもう、能力がないんだ』
 君たちの世界で言う所の、猫の人生を全うするくらいの力しか残っていない。彼は自分を蔑むように、小さな小さな肩を竦めた。

「そんな」
 眉根を寄せる青木に、薪が困惑した視線を向ける。あんな目に遭ったのに、青木のお人好しにも困ったものだ、とその瞳が語っていた。薪の気持ちを察したのか、彼は皮肉な笑いを取り戻して、
『どうせ信用できないだろ。今ここで、くびり殺しておいたほうがいいぜ』
 やけっぱちで殺せと吐き捨てる彼を、薪は静かな瞳で見据える。今は哀れを誘う微弱な生物の、でもこれまでの経験が物語る甚大な危険性。それを承知しながら薪は、冷静な態度を崩さない。
「僕は捕まえるだけだ。裁くのは警官の仕事じゃない」
 自分を殺して成り代わろうとした生物の、生殺与奪の権限を与えられてなお、彼は警察官であり続ける。結局自分の敗因は、薪が根っからの警官であったことに因るのだと、彼は今更ながらに思った。

『僕を殺そうとしたくせに』
「この期に及んで揚げ足取るのか? いい根性だな、おい」
「「薪さん、動物虐待にしか見えません」」
 冷血オーラを出しまくり、薪は拳をぐりぐりと彼の頭にめり込ませた。彼の子猫のような頭の大きさは薪の拳といくらも違わず、弱者に対する非道な仕打ちに部下二人から同時ツッコミが入る。おまえら、どっちの味方だ。
 悪役似合いすぎですよ、と恋人に悪人判定を受け、薪はむくれる。こいつのせいで死に掛けたのだ、これくらい反撃してもバチは当たらないと思った。なのに青木はどこまでも青木で、それが薪の気持ちを逆撫でする。
「そんなに悪い人じゃないと思うんです。オレにはすごくやさしくしてくれたし、みんなにも。本当は彼、薪さんよりもずっとやさし、っ、薪さんの靴底の感触が懐かしいですっ!」
 恋人が彼を庇ったのがよほど不愉快だったのか、薪は青木をゲシゲシと蹴った。蹴られながらも嬉しそうな青木を見て、部外者の二人は青木の未来を憂慮する。彼はもうマトモな人生は歩めないのだろうなと、でもそれは彼の幸福に毛ほどの瑕も与えないのだ。

「少なくとも、彼に蹴られたことはありません」
 薪に痛めつけられた彼の額を二本の指で労わりながら、青木は真剣な眼をして訴えた。
 それは青木が言うように、彼が善良だからじゃない。周りの人々の愛情を得るように動かなければ死んでしまうから、利己的な計算で動いているだけ、でもそんなのは多かれ少なかれ、みんな持っている感情じゃないか。大事なのは行動だ。
「言っただろ、裁くのは僕の仕事じゃない。動けるようになるまで家に置いてやる。青木、面倒はおまえが見ろよ。おまえが言い出したんだからな」
「はい! じゃあ泊まり込みで!」
「世話だけしたら帰っていい。寝てる間は僕が責任を持つ」
「ええー……」
 何を期待していたのか、青木はガックリと肩を落とし、だって彼がいたらどうせ何もできないじゃないか。他人のいる場所で甘い顔なんて、死んでもするか。

「よかったね」と、逆の立場に立たされた薪に微笑みかけたのと同じ笑顔を彼に向ける恋人の、果てしない善意だか優しさだか、そんなむず痒くなるようなものを見せられながら、自分は彼のそういうところにどうしようもなく惹かれるのだと自覚しながら、薪は自分の選択を反芻する。
 大丈夫。間違いじゃない。
 彼の行動に心が追いつくのはずっと先のことかもしれない。しかし、彼がこれからも生きていこうとするならば、その努力を怠らないはずだ。上辺の行動だけでは本当の愛情は得られないと、彼は今回のことで学んだのだから。
 優秀な彼のことだ。自分よりも上手くやるだろうと薪は肩を竦め、誰からも見えないように小さく笑った。




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キセキ(19)

キセキ(19)







 午睡から醒めたときのような茫洋とした気分で、薪は身を起こした。
 辺りは闇に包まれており、身の回りに何があるのかは分からない。唯一の灯りは、前方の巨大なモニターから発せられる光であった。
 地面に胡坐をかいて、薪はモニターを眺めた。観客を察知したかのように、自動的に映像が回り始める。
 それは、映像と文字と数字の羅列だった。幾何学模様を変則曲線で描いたような画、世界中探しても見つからない文字、驚くことに数字だけは共通していたが、その並びはやはり地球のものではなかった。
 でも何となく察しはついた。何万年先か分からないが、自分たちの延長上に、きっと現れる光景なのだろう。

「これがおまえの頭の中か? 何とも味気ないな」
 胡坐の膝に肘を立て、頬杖を付きながら薪は言った。
「本当に生意気なサルだな」
 後ろから返ってきた答えに振り向く。彼は椅子に座って、キーボードのようなものを叩いていた。ビジュアルは未だ、薪のままだった。
「青木みたいに慌てれば、少しは可愛げがあるのに」
 引き合いに出された恋人の名前に、薪は身を固くする。やはり巻き込んでしまったのか。
「青木は?」
「脳のキャパ振り切って気絶したから。先に行かせた」

 何処に?
 聞きたかったが、訊けなかった。薪が最後に見たのは崩れていく青木の二の腕だった。そこから推し量れば彼の現在の居場所は自ずと知れて、でも怖かった。この男から、決定的な言葉を聞くのが怖かった。

 恐怖に震える心を悟られないように、薪は軽口を叩いた。
「あいつの脳みそは、もともとが犬並みだからな」
「君が異常なんじゃないのか」
 皮肉に口元を歪めつつ、彼はキーボードを叩き続ける。滑らかで無駄の無い動きだった。
「人類学的には青木が普通だ。君はもう、僕たちの言葉を理解し始めてるんだろ? 恐れ入ったね」
 理解しているのではなく、類推しているのだ。繰り返し現れる文字列を基に内容を想像する。暗号を解くときの要領だ。
「この辺は最近の記憶情報だな。青いのが青木の信号だろ。あっちの赤いのが僕」
「ご名答……あ、こら、勝手にいじるなよ」
「信号はまどろっこしい。映像なら多くの情報が一度に処理できる」
「気を使ってやったのに」

 君が見たくない映像も含まれているぞ、と彼の眼が嗤うから、薪はついつい意固地になる。彼から端末を奪って適当なキィを押すと、ギィン、と激しいハウリング音が響いた。思わず耳を塞ぎ、そして気付いた。猫耳がない。指も人間の指だ。
「分かりもしないくせに弄るなよ。映像スイッチはこいつだ」
 暗がりで良く見えなかったが、耳は本来の持ち主に戻されたようだった。もちろん、尻尾も。薪は再び床に腰を落ち着けて、モニターに視線を固定した。

 最初に映ったのは、青木の笑顔だった。
 これは彼のMRI画像のようなもの、青木は薪に笑いかけているのではなく、彼に笑いかけているのだ。それが分かっても、薪の胸はときめいた。

「なんだ、恋人の顔に見惚れてるのか?」
 突っ込まれて、反射的に肩が上がった。ごまかすために腕を組んだ。べつに、と嘯いて見せた。後ろで彼がニヤニヤ笑っているのが伝わってきて、逆ギレしそうになった。
「意外と分かりやすい奴だな。恋愛経験が少ないのか?」
 それ以上、なんか一言でも喋ったらコロス。心に決めて、薪は画を見据えた。

 映像の焦点は、常に青木だった。彼はずっと青木を見ていた。
 スクリーンの隅っこに、反抗的な眼をした人獣が映っていた。青木が話しかけるとその瞳は和らぎ、抱きしめると穏やかに閉じられた。
 青木の黒い瞳と人獣の亜麻色の瞳は、何事か語り合うように睦み合うように、いつも絡んでいた。その間に薪は、天の川のような細かなきらめきを見て取ることができた。これが彼の食料となるエネルギーなのだろう。
 青木がこちらを向くと、彼から発せられるエネルギーは一筋の細い糸のようなものに変貌した。輝きも質量も、薪に向けられていたものとは比べ物にならない。
「君の恋人はシビアだな。見た目が同じなんだから、ここまで差を付けなくてもいいと思うが」

 場面は次々と移り変わったが、その殆どは青木の姿で、そして青木は呆れるほどに薪を見つめていた。こんなに見られていたことに、薪自身、気付いていなかった。
 スクリーンの中で、青木は薪の身体を自分の膝に乗せて、ソファに座っていた。彼に呼ばれたのか青木は振り返って、でも苦笑混じりに首を振った。
『この仔、眠っちゃったみたいで。起こすと可哀想ですから』
 青木の唇がそう動いて、彼の視線は青木の腕の中で寝息を立てる人外の生物に移された。安心しきっているのか、彼の耳はゆるやかに垂れ、尻尾は青木の太腿を愛撫するようにゆっくりと揺れていた。
 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。甘い甘い恋人たちの姿。
 目の前のドアがぱたりと閉まって、彼の視界は薄暗くて寒々しい寝室の風景に満たされた。

「毎日、こんなことの繰り返しでな。僕が君を嫌う理由が解ったか?」
「そりゃあすまなかったな」と薪は肩を竦め、しかしその頬は赤く染まっていた。見せ付けられた映像が照れ臭かったからではない。薪は心から自分を恥じていた。
 知らなかった、青木にあんなに愛されていたこと。青木は完全に偽者に騙されて、身も心も彼に奪われてしまったのだと思っていた。自分を可愛がるのはペットと遊ぶような感覚で、恋愛感情ではないのだと。
 でも違った。彼の言葉が正しかったのだ。
 青木が与えてくれた愛情を、僕は取りこぼしてばかりいた。

「青木は人間よりも動物に近いからな。本能で嗅ぎ分けたんだろうって岡部が言ってた」
「君の言う通りだったな。バカには勝てん」
 正直な話、薪は彼の記憶になど興味は無かったが、青木の顔もこれで見納めだ。辛い映像でも、しっかり見ておこうと思った。しかし、薪がリビングの布団の中で耳を塞がずにはいられなかったシーンはいつまで経っても現れないまま、薪がマンションを出た昨日の夜、青木がすり寄ってくる彼の身体を押しのけて、部屋を出るシーンまで来てしまった。

「どうした? 腑に落ちない顔だな」
「あ、いや……これはディレクターズカットなのか?」
「はあ?」
「その、18歳未満お断りのシーンが見当たらないなって」
 スクリーンの中では彼が、薪の偽者なのではないかと岡部に詰め寄られていた。その彼と青木が愛し合っているシーンがあったはずだと、薪は躊躇いつつも尋ねた。
「ああ」と彼は納得したように声を上げ、「つまらないことに拘るんだな」とバカにしたように言った。
 別に拘っているわけじゃない、でももう、本当にこれで最後だと思ったから。相手が自分じゃなくてもいいから、青木のセクシーな顔を見ておきたくて。昨夜はあまりにも激しくされて、青木の表情を観察する余裕がなかったのだ。

「彼は僕を抱かなかった」
 次々と記憶をフォルダにまとめながら、彼は何でもないことのように答えた。青木が嘘を吐くのは薪の恋人という立場上仕方ないとして、どうして彼まで、それを秘密にしたがるのだろう。
「なにも不思議がることじゃないだろ。君たち、セックスは盆と正月限定なんだろ?」
 いや、それは薪の理想と言うか下半身の事情と言うか。
「嘘じゃない。この期に及んで嘘なんか無意味だろ。それに、君を喜ばせるような嘘を僕が吐くと思うか?」
 何を白々しい。あんな声を人に聞かせておいて。
「声? ああ、これ?」
 パタタっとキィが打ち込まれ、画像が逆戻りする。寝室のベッドの上、うつ伏せた彼の上に青木が乗っていた。どうして見落としたのだろうと思えば、彼はバスローブ姿だったが青木はちゃんと服を着ていて、両の親指を彼の背中にめり込ませるように押し付け、要するにそれは。
 彼がパンとキィを叩くと、官能にまみれた喘ぎ声が広い空間に木霊した。

「なにふざけてんだっ!!」
 あんなに泣いたのにっ! ただのマッサージじゃないか! 
 薪が夢中になって怒ると、彼はまるで自分のしたことに気付いていない様子で、無邪気に首を傾げた。
「いや、だって君が……」
 蛇足ながら種明かしをすれば、彼は薪の記憶に残っていたのと同じ声を上げていたのだ。自分では気が付いていないが、薪はマッサージを受けるといつもこの調子で、だから青木は必ずと言っていいくらい途中で制御が効かなくなって、そのたび薪にゴーカン野郎と罵られる羽目になる。
 本人に自覚は無くても、脳にはちゃんと残っている。彼はそれを忠実に再現したに過ぎない。だが、その事実を説明してやるほど彼は親切な男ではなかった。

「君が泣くのが面白くて」
「ほんっと性格悪いな、おまえ!!」
「君には負けるよ。彼に夢中で恋をしているくせに、それを彼にはまったく悟らせないんだから」
 ぱくぱくと、薪の口が声もなく動いたのは羞恥か怒りか。紅潮した頬を見れば前者のようでもあるし、額に立った青筋の本数を数えれば後者のような気もしてくる。双方入り混じった気持ちなのだろうと予想して、彼はその混在を羨ましく思った。感情がごちゃごちゃになるのは未成熟の証。自分にはあり得ない症状だ。

「ドキュメンタリー映画にも飽きた。早く青木の所へ送ってくれ」
「そう焦るなよ。もう少しで終わるから」
「おまえと道連れなんて、ゴメンだぞ」
「いいだろ。行き先は一緒なんだから……よし、行くか」
 最後のファイルを閉じて、彼はモニターを消した。真の闇に包まれた閉鎖空間から、数百本の光の矢が流星のごとく飛び立つ。その青白い光が消えると、薪には何も見えなくなった。

 暗闇の中で、誰かに抱きしめられた。ここには薪と彼の二人しかいないから相手は明白なのだが、意外だった。が、彼の意図を計るより早く薪の意識は薄れ。他人の体温に包まれた温かい感覚だけを残して、何も分からなくなった。




*****


 青木さんは薪さん以外とエッチしちゃダメ派の方、ご納得いただけたでしょうかwww。(←ふざけるなとか言われそう)
 実は誰よりも作者がダメ派だったりする★



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(18)

 誰にも突っ込まれなかったんですけど、違和感を感じてる方多いと思うの、わたしの被害妄想かしら。
 たとえ相手が異星人でも、薪さんが人を殺すかなって。

 実はですね、薪さんがグラサンハゲを撃ち殺したとき、わたしはものすごく意外だったんです。 鈴木さんの事件以降、銃を撃つのも人を殺すのも、二度としたくないだろうと思ってたので。 撃とうとしても撃てないんじゃないかと思ってた。
 銃を撃つ瞬間に手が震えてしまったり、鈴木さんのことが頭を過ぎったりとか、しなかったですよね。 それが腑に落ちなくて、自分でも薪さんが人を殺す話を書いてみようと思った。
 薪さんが再び銃を取るとしたらどういう状況だろうと考えて書いたのが『たとえ君が消えても』で、他者の命を奪うとしたら、それも意識的に行うとしたら、と妄想して書いたのが今回の『キセキ』です。 
 人間は書くことによってその状況を疑似体験するから、書いた後は、ああ、仕方ないかあ、って感じになりました。
 てな具合で、わたしにとってSSは薪さんを理解するツールでもあるんですけど、一番大事なのは萌えの昇華でございます。 この展開、超萌えます。 つまりはSってことで☆
 




キセキ(18)






『僕は警察官だ』

 その明白な事実が、彼の敗因だった。彼は観念したように眼を閉じ、忌々しそうに舌打ちした。
「くっそ。科学者の方にしときゃよかった」
『負け惜しみを』
 速攻で薪が反撃する。薪はもう唯の一つも、彼に勝ち星を上げさせてやる気はなかった。
 体の中に入り込んだ彼の触手が弱ってきたのか、薪は目眩を感じた。足元がふらついて立っていられない。本能的に相手の腕に縋ると、彼もまったく同じ状態らしく、薪の肩に自分の体重を持たせてきた。
 こんなやつと抱き合って死ぬなんて、それは相手も同じくらい嫌だろうけど仕方ない。身体が言う事を聞かないのだ。

『百キロ圏内で僕を見つけたって? ラッキーだったな』
 動くのは口だけ、それも薪が思っているだけで本当は動いていないのかもしれない。端末でつながっているから、彼とは心に思うだけで話が出来るのかもしれない。どちらでもいい、彼には言っておきたいことがある。
『世界中を探し回れたとしても、おまえは僕を選んださ。他人の愛情を糧に生きるおまえにとって、僕以上の獲物なんて存在しなかったはずだからな』
 どういう意味だ、と薄目を開けた彼に、薪は嫣然と微笑んで見せた。
『僕より恋人に愛されてる人間なんて、この世にいないんだ』
 彼の口角がきゅっと上がった。整然と並んだ白い歯が、眩しいくらい綺麗だった。
「言ってろ、サル」

 仲の良い友人のように肩を抱き合って、二人は床に膝を着いた。彼の身体は徐々に崩れ、剥がれ落ちた皮膚の下からは彼の本体なのか、金色の光が洩れ出ていた。
 その光は、薪をも侵食してきた。痛みはなかった、しかし薪の身体は彼と一緒に分解していった。
 これは想定外だ、死体も残らない。空の棺で葬式をするのか、いや待て、その前に死亡が認められるかどうか、下手すると行方不明者扱いされて退職金も見舞金も出ないかもしれない。青木に残してやる心算だったのに、てかマンションのローン残ってるのに、死んで踏み倒しなんて保証人の小野田さんに申し訳なさすぎる、青木、悪いけど残り払ってくれないかな。
 この世の最後の思いにしてはあり得ないくらい情けない薪の思考を遮ったのは、不意に自分を拘束した男の腕だった。

『ば……なに入って来てんだ、バカ!!』
 蹴り飛ばそうとしたが、すでに膝から下が無かった。二人の身体はまるで砂金のように、輝きながら細かく崩れていく。未だしっかりしている薪の肩を抱きしめ、青木は叫んだ。
「バカはどっちですか!」
「『おまえだ』」
「ええー……」
 息ピッタリじゃないですか、と青木は拗ねたように唇を尖らせたが、すぐに薪の方に向き直って、
「確認したばかりでしょう? オレの幸せが何なのかって」
 分解に巻き込まれた青木の身体が、薪の目の前で崩れていく。自分の死はあっさりと受け入れた薪は、青木のそれに対しては激しい恐怖を露わにし、敵の前では取り乱すまいと決めたことも忘れて、夢中で青木に取り縋った。
 青木は嬉しそうに薪を抱きしめ、いつもと何ら変わらぬ陽気な口調で、
「化け物になるのも、お星さまになるのも。薪さんと一緒です」
『バカ、青木っ……』

 薪の心に、激しい怒りが渦巻いた。
 自分が何のために再びこの手を汚す決意をしたのか。次の犠牲者を出さないため、誰かの大事な人を守るため、でも悲しいかな、薪は聖人ではない。決して嘘ではないけれど、大義の裏には必ず利己的な考えが隠れている。
 真実を知った青木は、誰かが自分たちの代わりに犠牲になることを心から悲しむ。自分さえよければなどと思えない、薪のように割り切ることもできない。彼はそういう人間なのだ。
 これから彼が生きるこの世に、一片の憂いも残したくない。
 そんな想いが薪に最後の一歩を踏み出させたのに、一番守りたい人を巻き込んでしまったら本末転倒じゃないか。なにがお星さまだ、バカヤロウ、自分勝手な理由で僕の計画を台無しにしやがって。

 バカバカと薪が繰り返した数は64回。最後の「バカ」は声が枯れて、発音が定かではなかった。すみません、と謝り続ける青木の幸せそうな顔を見て、すっかり黄金色に変貌したエイリアンは最後の力を振り絞って呟いた。
「そうか。僕は、青木になればよかったんだな」
 青木の顔を見ていると、薪が繰り返す罵言が別の言葉のように聞こえる。その響きは甘くて、まるで愛の、いやもう、そうとしか聞こえない。そしてそれは真実なのだ。
「ベクトルの向きが逆だったんだ。あのエネルギーは……君は本当に性格が悪いな。すっかり騙された」
 知的生命体の頂点に立つはずの自分が、こんな低脳種族に翻弄されるなんて。まったくもって嘆かわしい。知力なんか、この星では大して役には立たないのかもしれない。
 彼は笑った。何故だか笑えた。敗北したはずなのに、妙に気分が良かった。

「忌々しいサルめ」
 それが彼の最後の言葉だった。
 彼が消えた瞬間、薪の脳に入り込んでいた触手が弾け飛んで、何千億と言う脳細胞が一気に破壊された。脳の中で小さな爆弾が爆発したようなものだ。生きていられる訳がない。
 薪の意識は一瞬で吹き飛び、この世から消えた。




*****




 第4モニター室の前で、岡部は見張りをしていた。
 絶対に誰も入れるな、と薪に命じられた。「おまえも入ってくるなよ」と薪は内鍵を掛け、それは時と場合によります、と岡部は心の中で返事をしておいた。
 しばらくの間、薪のニャーニャー言う声が聞こえていたが、やがて静かになった。途中で青木の悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。薪に辛い思いをさせたのだ、少々のお仕置きは必要だ。

「うおっ!?」
 岡部が驚いて身を引いたのは、突然辺りが明るくなったからだ。
 それは、モニター室のドアの擦りガラスから放たれていた。無音だが、中で爆発のようなものが起きているらしい。薪の話では異星人が絡んでいるそうだし、常識で考えていたら置いていかれる。岡部はドアを蹴り破った。

 居室の中は眩しくて、眼が開けられないくらいだった。腕をかざして眼を庇い、何が起きているのかを確認しようと、岡部は腕の隙間から現場を注視した。
 光の中心に、2つの人影が見えた。片方は大きく、もう片方はその半分くらい。やがてそれらはゆっくりと一つになり、ほんの数秒膨れ上がって、その後は次第に小さくなっていった。
 岡部は息を飲んで、その光景を見守っていた。

 ついに光が消えたとき、そこには何も残っていなかった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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