アイシテル 後編(6)

 こちら、鈴薪さんのRになっております。生理的に受け付けない方と、18歳未満の方はご遠慮くださいね~。





アイシテル 後編(6)



続きを読む

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(5)

 こんにちは~。

 今さらですけど、このお話の題名は平井堅さんの名曲「アイシテル」からです。
「ゴースト」という映画の主題歌になったのですけど、どう聞いても鈴薪さんだな~ってずっと思ってて。今回、書けてよかったです(^^






アイシテル 後編(5)







 ベッドに横たえた薪の身体に薄い布団を掛け、鈴木は彼の枕元に座った。彼の顔がよく見えるように、髪をそっと後ろに流す。頬、耳、額。すべてが顕わになると、鈴木はその美しさに我知らず息を飲んだ。
 長いこと、画面の彼しか見ていなかった。それだって充分にきれいだったが、映像化できるのはあくまでシステムの解像限界値まで。本物の彼は泣きたくなるほどに美しい。
 忘れていたわけじゃないけれど。
 彼に会えなかった時間、彼を見ることができなかった時間の長さが、鈴木の感動を大きくしていた。
 手放したくないと、思うより早く自分を戒めた。薪をここに連れてきたのは死なせるためじゃない。

 あの頃と同じ、丸い頬に手を当てた。手触りも温かさも、昔のままだった。豊かな睫毛もつややかなくちびるも、この手に抱いていた頃と変わらない。
 触れてみたいと思っていた、ずっと。
 冷たい画面を手のひらでさすりながら、彼の輪郭を指先で辿りながら。この睫毛に唇に、触れたいといつも願っていた。
 指先で睫毛の先端をそっと撫でると、風に吹かれた草がお辞儀をするように波打った。くちびるはやわらかく、しっとりと艶を含んでいた。
 耳の下に手を差し入れた。首の後ろをやさしく愛撫すると、ぴくっと瞼が動いた。

「薪」
 そっと呼びかけると彼は眼を開けた。くちびるが小さく開いて、すっと息を吸い込んだ。
 亜麻色の瞳は月のごとくに輝いていたが、焦点は合っていなかった。茫洋とする彼に、鈴木はにっこりと微笑みかけた。まずは彼を安心させることだ。
「気が付いた? 気分はどう?」
 薪は答えなかった。まだ夢の中にいるのか、ぼんやりと鈴木を見ていた。
「薪。落ち着いて、オレの話をよく聞いて」
 この世界にいる間、薪に守ってもらわなくてはいけないことが幾つかある。鈴木はそれを彼に説明するつもりだった。パニックを起こされるのが一番怖い。下手をすると彼を地上に戻せなくなってしまう。

 薪は口を開き、何か言いかけた。でも声は出なかった。細い指が白い喉に当てられ、枕の上で弱々しく首が振られた。事故のショックで声帯が上手く動かないらしい。
「無理に喋らなくていい。聞いて」
 鈴木は薪の唇に人差し指を当て、彼の言葉を封じた。恋人同士だった頃、こうして彼のくちびるを指で塞ぎ、その後は自分の唇で塞いだ。鈴木には昨日のことのように思い出せる、でも彼にとっては20年以上も昔の話。
 頷く代わりに、薪はゆっくりと瞬きをした。長い睫毛が彼の瞳を覆い隠し、再び開かれた琥珀は瑞々しく潤っていた。いっそう煌めく宝石のような瞳に、胸が焼け焦げるような痛みを覚える。
 昔と変わらないなんてもんじゃない。薪はあの頃よりもずっときれいになってる。
 あの男の側で彼の愛を受けて、愛し愛されることの喜びが薪をこんなに美しくしたのなら。その恩恵を授かる権利は自分にはない。自分は、あの男のように貫き通すことができなかった。

「事故のことは覚えてる? OK、安心して。薪はまだ死んだわけじゃない。天界の管理局でナンバリングされたら死亡確定だけど、ここから地上に戻れば大丈夫。ちゃんと生き返れる。
 ただ、いくつか問題はある。一つは地上とこの世界の間にある障壁。これは一方通行になってて、地上からここに来るのは簡単だけどその逆は厄介だ。ぶっちゃけ、今の状態でぶつかったら薪の身体は消し飛ぶ」
 自分が死にかけていること、生き返るには困難を伴うこと、それらは薪にとって衝撃であったはずだ。しかし薪は冷静に鈴木の話を聞いていた。その瞳は終始澄み切っており、悲嘆や困惑で曇ることはなかった。
 薪の豪胆さに、鈴木は舌を巻く思いだった。さすがは薪だ。若い頃から捜査の最前線で幾多の修羅場を経験してきただけのことはある。
「でも心配することはない。障壁には弱まる時期がある。新月の夜の午前二時から三時の間、その時ならオレのサポートで十分通り抜けられる。最も近いのは三日後の夜だ」
 表面には出ない彼の不安を払おうと、鈴木は軽く自分の胸を叩いた。自信たっぷりに頷いて見せた。そんな鈴木に向かって、薪はうっすらと微笑んだ。ありがとう、と言われたのだと思った。

「その間、注意点が三つある。一つはこの家から出ない事。二つ目、勝手な行動を取らない事。三つ目、これが一番大事だ」
 肝心なことを言う時の癖で、鈴木は薪の眼をじっと見つめた。吸い込まれそうな琥珀に騒ぐ心を抑え、努めて冷静に鈴木は言った。
「ここに、薪がいた痕跡を残さないこと」
 残るのは鈴木の心の中だけ。現実には何も残してはいけない。何故なら薪はここに来なかった。そういうことにしておかないと、後で薪が困るのだ。
 万が一、此処に彼のものを残したら。それがどんなに微細なものでも、本来の寿命を全うして天界へ向かう時、薪はこの地に引き寄せられてしまう。天国へ行けなくなってしまうのだ。
 鈴木が此処に留まっているのは彼をずっと見ていたかったから。謂わば鈴木の我儘だ。それに薪を巻き込むわけにはいかない。

「髪の毛一本残しちゃいけない。汗も涙も。あ、ここでは生理現象は起きないから、それは安心していい。分かったか?」
 最後に念を押したのに、薪は頷かなかった。合図の瞬きもしなかった。相変わらず、潤んだ瞳で鈴木を見上げるだけだった。
「おい、ちゃんと聞いてたかあ? 大事なことなんだぞ」
 秀でた額を指で軽く押し、顔を近付けると薪の手がおずおずと伸ばされた。鈴木の頬を、実体を確かめるように触る。少しずつ角度を変えて何度も触る。
 まだ、これが夢なのか現実なのか判断が付かないのだろう。薪がもう少し元気になったら再度説明してやろうと鈴木は考え、右手を愛撫の形に変えて彼の額をそっと包んだ。
「少し眠るといい。そうしたらまた、――っ」

 いきなり後頭部を引き寄せられ、鈴木は前につんのめった。思いもかけない強さだった。
 危ない、と文句を言おうとしたが為せなかった。鈴木の言葉は薪のくちびるに吸い込まれた。
「っ、だからっ、聞いてたか、オレの話!」
 ベッドに両手を付き、慌てて身を起こす。なんてことだ、ちゃんと説明したのにまるで伝わってない。
「何も残しちゃ駄目なんだよ。唾液もダメ、わわっ」
 身体を支えていた両手をバシッと外側に払われた。バランスを崩した鈴木の長身がベッドに転がる。肩を掴まれて仰向けにされた。気が付いたら薪が自分の上に跨って、鈴木のシャツのボタンを外していた。

「ダメだってば、薪! ちょ、待て、脱がすな、きゃー!」
「動くなよ。縛るぞ」
 どこで覚えた、そんなこと! てか、再会第一声がそれ?!
「決めてたんだ。次に鈴木に会ったら絶対襲うって」
 なにその連続強姦魔みたいな決意。
「そ、それが警察官の、ひっ」
「黙ってろよ。興が醒める」
 鈴木の胴体を自分の太腿で戒めたまま、薪はシャツを脱いだ。上半身裸になって、額に掛かる前髪を片手で後ろに払う。
「なんか薪、雰囲気違う」
「どんな風に」
「大人っぽくなった」
「当たり前だろ。今は僕の方が年上なんだから」
 薪は今年で43歳。33歳で死んだ鈴木より10歳年上になるわけだ。とてもそうは見えないが。
「オレの可愛い薪はどこへ」
「40過ぎのオヤジが可愛いわけないだろ」
 いや、見た目は充分可愛いけど。
「でもオヤジにはテクニックってもんがある。若いだけが取柄の女なんかより、ずっと気持ちよくしてやるぞ」
 自分で言うだけあって、薪はいい仕事をした。手指も舌も、この世のものではないように動いた。目も眩むような快楽。流されそうになるのを必死に堪える。

「だーっ! だめだめ、キスもヤバイのにセックスなんてとんでもない!!」
「キスしたんだから同じだろ」
 僕の唾液の味どうだった、と耳元で囁かれ、耳を噛まれる。「はにゃ」とヘンな声が出た。くくっ、と笑う薪に、鈴木は精一杯冷静な声で、
「オレの身体に残す分にはいいさ、それはオレの一部になるから。でもこの世界に落としちゃダメなんだよ。要するに、薪はここに精液出しちゃダメ」
「鈴木が飲めば」
「ああ、なるほど。て、そういう問題じゃない!」

 うるさいな、と薪はぼやき、ようように鈴木の上から退いた。ベッドの上に胡坐をかいて、くいと顎をしゃくる。
「じゃあどういう問題なんだよ」
 斜めに見下ろすように鈴木を見て、薪は不機嫌に眉を吊り上げた。昔より数段怖くなってる。この薪を口説けるなんて、青木と言う男は大した度胸だ。
「問題はこいつだ」
 鈴木はベッドから降りた。何となく、シャツの前を掻き合せてしまう。セックスが中断された時は気恥ずかしいものだ。
 対する薪は恥ずかしがる様子もなく、裸のまま鈴木の後について来た。寝室の床に設置されている画面の前に鈴木が座ると、当然のようにその膝に腰を下ろした。
「薪。そこに座られたら操作ができない」
「わがままだな、鈴木は」
 なんて性格の変わらない男だろう。おまえに言われたくないよ、と口を衝いて出る悪態を無理やり飲み込んで、鈴木は画面のスイッチを入れた。これを見れば薪の態度も変わるはず。

 膝の上から退去させられたことがショックだったのか、薪は鈴木の視界から身を隠し、なんて思ったら大間違いだった。視界からは外れたが、密着度は上がった。薪はぺったりと裸の胸を鈴木の背中に押し付け、後ろから負ぶさる様にして一緒に画面を覗いたのだ。まるでおんぶお化けだ。
 鈴木が画像を調整する間、薪は鈴木の首やら耳やらを舐め回し、シャツの合わせから手指を滑り込ませて、ちょっと乳首いじんないでくれる、くすぐったいから。
「薪。邪魔なんだけど」
「気にするな。続けろ」
 その態度がどこまで持つかな、と鈴木は心の中で少々意地悪な質問を薪に投げる。スクリーンには病院の建物が映っていた。病室まであと一歩だ。

 鈴木が画面を弾くと、意識を失くしてベッドに横たわる薪の姿が現れた。傍らに付き添う青木の姿も。

「彼のことはいいのか」
 薪の手が止まったのを確認して、鈴木は問いかけた。
「彼だけじゃない、みんな薪を心配してる」
 連絡網が機能したらしく、病室には青木の他にもたくさんの見舞い客がいた。第九の部下たちに官房室の上司。所長に室長会のメンバーに、五課の課長もいる。病室付近の廊下は、中に入りきれなかった人間で溢れていた。
 みな一様に、眉を寄せていた。つらそうな眼をしていた。
 少し離れたトイレの個室に籠って、ぐずぐずに泣いている雪子の姿があった。医者の彼女には分かっているのだ、薪の近い未来が。自分が泣いているところを他の人に見せたらその事実に気付かれてしまう。だからこんなところに隠れているのだろう。

「みんなが大事なんだろ?」
 薪は鈴木から離れた。分かってくれたらしい。
 鈴木はホッと胸を撫で下ろし、隣に座った薪を見やった。薪は切なそうな瞳で、自分のために右往左往する彼らを見つめていた。
 やがて薪は言った。
「そう。僕には大事な人がたくさんいる」
 何もかも失ったと思っていた、だけどそうじゃなかった。後から後から、大切なものは生まれてきた。自然に増えていった。気が付いたら周り中が大切なものだらけだった。
「だろ。早く帰らなきゃ」
 あそこが薪の居場所。自分では薪に与えることのできなかった愛に満ち溢れた世界。早く帰してやりたいと思った。
 でも薪は笑った。鈴木はバカだな、と嘯いた。
「たくさんいるんだ。だから大丈夫なんだよ」
「大丈夫って、なにが」
 訊き返したらまた笑われた。本当に頭悪いな、だから警視正の試験10回も落ちるんだよ、と冷たい目で見られた。落ちたのは3回だったと思うけど、怖くて言い返せなかった。

「たくさんいれば支え合って前に進める。だけど、鈴木は一人だろ」
 人は一人じゃ生きていけないんだよ。

 あやうく泣くところだった。
 生まれ変わることで薪を忘れてしまうのが嫌で、鈴木はこのエリアに独りで暮らすことを選んだ。薪が生きている限り彼を見守りたい。そう思っての選択だったが、ひとりぼっちは辛かった。生前、家庭にも友人にも恵まれていた鈴木は、独りになった経験がなかった。初めて味わう孤独に何度も潰されそうになった。寂しさに耐えかねてスクリーンを覗くと、そこにはかつての友人や恋人が楽しそうに笑っていた。自分がいなくても。
 孤独感はますます大きくなった。彼らが人生を謳歌していることを素直に喜べなかった。自分は厭な人間だと思った。
 孤独と自己嫌悪に苛まれ、鈴木は泣いた。誰もいないのをいいことに、大声で泣き喚いた。その時の気持ちを思い出してしまったのだ。
 今は、それも乗り越えた。穏やかな気持ちで彼らを見守ることができるようになった。
 床に座って、眼の高さを同じにして自分を見つめる薪に、鈴木はにこりと微笑んだ。

「違うよ、薪。オレは独りじゃない」
 嘘だった。だけど3日くらいなら吐き通せると思った。
「新しい友だちもできて結構楽しく、っ」
 先刻、鈴木が薪の言葉を封じたように、薪は鈴木の唇を指で塞いだ。違ったのは、そのあと唇でしっかりと塞ぎ直したことだ。
「さっき鈴木は他の人間のことを何も言わなかった」
 鈴木が息を乱すほど濃厚なキスだったのに、薪は何ともないようだった。昔はちょっと激しくすると涙目になっていたのに、人って変わるものだ。
「姿を見られないようにとか、他の人と喋らないようにとか、此処にいた痕跡を残すなと言いながら鈴木以外の人間との交流を禁じる項目が一つもないのは変だ。すなわち、此処には鈴木以外の人間は一人もいない」
 さすがは警視長どの。見事な推理、てか揚げ足取りで。

 声を失った鈴木に、薪は子供にするようにその頬を撫でた。唇の端や頬にくちづけながら、やさしい声で言った。
「僕がいるよ」
 最後に軽く頬ずりすると、薪は鈴木から離れた。お互いの顔が見える距離を取り、彼は宣言した。
「これからは、ずっと僕がここにいる。鈴木の傍にいる」
 細い指に何度も目元をなぞられて、鈴木は自分が泣いていたことにようやく気付いた。向かい合った薪の瞳も濡れてる、そう見えるのは自分の視界が濡れているからなのか。

『鈴木』
 声に出さずに、薪は鈴木の名前を呼んだ。読唇術に精通した鈴木の眼が、その動きを精確に読み取る。
 アイシテルと薪のくちびるが動いた。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(4)

 今年も強制連行されます、東京モーターショー。
 わたしは車には興味がないのですけど、オットが好きなんですよね~。
 普段はわたしの後に着いてくることが多いオットが、この日ばかりはわたしの手を引いてぐんぐん歩きます。草食系の彼が、2年に一度だけ肉食系になる日です(笑)
 と言うわけで、行ってまいりまーす。 






アイシテル 後編(4)








「もう、どこ行っちゃったのよ。克洋ー」
 家の中から消えてしまった鈴木を探しに、美香は外に出た。この世界はさほど広くはないが、人ひとり隠れる場所はいくらでもある。
 小さな池や原っぱや森の中を探し回って、その何処にも鈴木がいないことを確認すると、美香は一旦家に帰ることにした。彼が此処から出て行ったのなら、彼の荷物が無くなっているはず。自分が存在している以上それはあり得ないと思ったが、念のためだ。
「ああ、疲れた」
 歩くことに慣れていない美香は、家に帰り着くと同時に玄関先に座り込んだ。ちらりと下駄箱を見る。中には彼の靴が入っていた。大丈夫。消えてしまったわけじゃない。
 と、彼女が安堵したのも束の間。

「……なにそれ」
 指を指す手が震えた。信じたくない光景が目前に広がっていた。
 リビングのソファに腰かけた情人は、一人の人間を腕に抱えていた。とても美しい青年で、なんて説明するまでもない。鈴木が毎日ストーキングしていた男だ。
「薪だよ」
 それは知ってる。美香が訊いているのは、彼がどうして此処にいるのかということだ。
「さらってきちゃった」
「はああ~~?!」
 事情を聞いて、美香は悶絶しそうになった。
 あの追突事故で薪は即死。鈴木が現場に駆け付けた時は、自分が死んだという自覚どころか意識もないままに、天国に向かってふわふわと昇って行く途中だったらしい。それを勝手に持ってきてしまったのだ。

 無論、これは重罪だ。
 生物が死ぬとその魂は天界に集められ、魂管理局によって番号を割り振られ、その身柄は管理局で保護(管理)されるようになる。彼らは管理局が治安を保証する管理地内でのんびりと過ごし、次の身体に入る日を待つのだ。
 輪廻転生と呼ばれるそれは厳格なまでに平等なシステムで、あくまでも番号順に処理されるから次にまた人間になれるとは限らない。動物たちはおしなべて恭順だが、人間の中にはそれを拒否する者もいる。人間以外のものにはなりたくない、という人種だ。
 魂魄と管理局の間に利害関係が発生すると卑劣な手段でもって自分の望む転生を遂げようとする輩が現れそうだが、それはない。何故なら管理局は魂のナンバリングと管理を行うだけの役所に過ぎず、転生先は神のみのぞ知る、なのだそうだ。神さま相手に取引をしようと言う人間はさすがにいない。

 人に生まれ変われないなら幽体のままでいい、と言い張る人々は独自のエリアを持ち、そこで過ごすことが一応は認められている。鈴木もその中の一人だが、それは極々少数派だ。幽体のままでは長くは生きられない、否、存在することができないからだ。
 幽体は精神体であるから、精神力が切れると自動的に消滅してしまう。いくら生きることに執着の強い人間でも、たった一人で一年も暮らすと生きることに嫌気が差してくる。ここには地上ほどの刺激はないし、しなければいけないこともない。そんな理由から、単独でエリア内に住むものは長生きしない。鈴木は特殊な例だ。
 同じ少数派同士で交流を持てれば生活に張りもあろうが、それは規約違反になり、即刻エリア外、つまり地獄に追放される。この辺が管理局のあざといところだ。地獄で苦しい思いをしたり完全に消滅するよりは、自分たちの管理下に入って多くの同胞と楽しく過ごし、やがて来る輪廻を受け入れて次の生を生きる方が賢明だという構図を作っているのだ。

 天界のシステムは一旦措いて、問題は目の前のバカだ。天界へ向かう魂を途中で拝借するなんて、犯罪史でも初めてのことじゃないだろうか。
「あんたそれ、地獄行き確定」
「だって。放っておいたら薪が死んじゃうだろ」
「それは寿命ってやつでしょ。ただでさえ異端ってことで睨まれてるのに、連中の管轄に手を出したりして。どうなることか」
「違うよ。今回のこれは間違いだ」
 なんの根拠があって、と尋ねる美香に、鈴木は自分が行動を起こすに至った動機を説明してくれた。要約するとこんな話だった。

 鈴木は、彼の寿命がこんなに短くないことを知っていた。此処に来る前、管理局の担当者に教えてもらったのだ。薪が天界にやってくるのは鈴木が想像もつかないくらい先の話、厳しい修練を積んだ修行僧ならともかく普通の人間には耐えきれない、それくらい長い時間の後だと。
 鈴木はまだまだ彼を待つことができる。ならば今回のこれは間違いだ。

「バカ? ねえ、あんたバカなの?」
 そんなのは鈴木を輪廻に加わらせたい管理局の方便に決まっている。それが彼らの仕事なのだから。
 確かこの男は日本の最高学府の出だったはず、しかも優秀な捜査官だったはずだ。それがそんなことも見抜けないなんて。人間アタマ使わないとどんどん衰えるわね、あたしも気を付けなきゃ、と美香は独りごち、腰に手を当てて豊満な胸を反らした。
「連中、髪の毛逆立てて来るわよ。その子渡して、すみませんでしたって謝っちゃいなさいよ」
「ご冗談。せっかく薪に会えたのに話もしないで別れるとか、あり得ないっしょ」
 あり得ないのはあんただよ。

「空爆されるかもよ」
「そんなわけないじゃん。だって彼らは魂を守るのが仕事なんだから」
 なんて緊張感のない男だ。管理地に入らない人間の魂を彼らは守る義務がない。それがナンバリングを拒否することによって生じるデメリットの一つ。生まれ変われないと言う最大のデメリットに比べれば大したことではない。ここには地上のような危険はないからだ。しかし、自分たちの管理システムを乱されることを彼らは嫌う。原因を排除しようと躍起になるはずだ。システムに加わろうとしない鈴木は反乱分子のようなもの、その身上で今回のような騒ぎを起こしたら。彼らは異端そのものを排除しようとするのではないか。
 美香がその危険性をいくら諭しても、鈴木は聞く耳を持たなかった。

「あああ、こんなマダオがあたしの恋人だなんて情けない」
「オレ、おまえの恋人になった覚えないけど」
「はあ? あれだけ好きだの愛してるだのって、てか、さんざんやっといてなにその言いぐさ」
「それはお互いさま。いいじゃん。美香ちゃんだってイイ思いしたんだから」
「っざけんじゃないわよ! よくも弄んでくれたわね。覚えときなさい、ロクな死に方しないから」
 捨て台詞を投げつけ、美香は足を踏み鳴らして家を出て行った。けたたましい音を立ててドアが閉まる。家に残された鈴木は、腕の中で眠り続ける薪の髪を愛おしそうに指で梳きながらクスクスと笑い、
「うん、当たってる。ロクな死に方じゃなかったよ」





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(3)

 こんにちは~。
 すっかり寒くなりましたねえ。現場の風が冷たいです。そして現場近くにある卵工場の目はもっと冷たいです。
 だって仕方ないじゃん、不断水とストッパーバルブ組むんだもん、道路の占領しなきゃ工事できないよ。

しづ「お正月も工場は動くんですか」
工場長「やります」
しづ「元日からですか」
工場長「元日から通常運転です」
しづ「では夜間はいかがでしょう」
工場長「夜中の1時から4時までの間は断続的に出荷トラックが出入りします。通行止めは困ります」

 どないせーっちゅーんじゃ。

「工場にバクダン仕掛けたってガセ電入れるしかないですかね」って役所の監督員に言ったら、「避難命令が出るから工事もできなくなりますね」と突っ込まれました。面倒見がよくて冗談の通じる監督さん、いつも感謝してます。








アイシテル 後編(3)






 薪に変化が現れたのは、その年の秋。

 またもやあの青木と言う男が原因だった。青木は薪に身勝手な好意を押し付け、薪は最初こそ彼を強く拒絶したが、それは長くは続かなかった。その大きな理由は彼の外見だ。「鈴木と瓜二つだから拒みきれない」と薪は言い訳し、でもそれは薪だけがそう思い込んでいたのだ。事実、雪子などは「似ても似つかない」と言い切っていた。鈴木も長身や黒髪と言ったいくつかの共通点を認めはしたものの、概ね雪子に賛成であった。
『青木は鈴木の生まれ変わりじゃないかと思うんだ』
 自分の写真に話しかける薪に、それは年齢的に無理がある、と鈴木は届かない応えを返し、彼の頬を画面の上からそっと撫でた。薪が鈴木の写真にキスをする、その薪に鈴木はキスをした。

 季節が冬になり、鈴木がここに来て1年が過ぎた頃。薪に明らかな変化が起こった。
 それに気付いたのは鈴木の方が先だった。薪はなかなかそれを認めようとはしなかったが、明白な証拠があった。鈴木の写真を見て涙をこぼす薪の、その姿が実体化しなくなったのだ。それは、心の中に鈴木以外の人間が棲みついた証拠であった。

 ショックは受けなかった。彼の心変わりを責める気持ちも生まれなかった。いずれこうなることは分かっていた。薪は生きているのだ。死んだ人間を永遠に思い続けられるわけがない。
 当の鈴木が納得したのに、薪は頑なにそれを否定した。彼に向かおうとする気持ちを、必死に押し殺そうとしていた。誰に咎められることもないのに許されないと独り決めして、胸の内に微かに灯った明かりを消そうとした。
 でも、できなかった。
 人は悲しみだけで生きるには脆弱すぎる。薪にとってその恋は、すなわち生きる意志であった。人間が生きようとするのは本能で、誰に責められるものでもない。
 それを許さなかった者が世界にたった一人いた。薪本人である。
 彼は徹底的に自分の心変わりを詰った。生前鈴木とは恋人同士だったわけでもないのに、不実だと責め立てた。彼の中で青木への気持ちが大きくなるほどに、その糾弾も苛烈になって行った。自己否定に次ぐ自己否定。もはや狂う一歩手前と言ってよかった。

 実体化することもなくなり、再び画面に埋ずもれた薪の上に、鈴木ははらはらと涙をこぼした。薪の流す涙は鈴木のそれと重なって、一筋の川のように画面の上を流れて行った。
 自分はなぜ死んでしまったのだろう、と鈴木は思った。
 この世で薪と添い遂げることは自分には無理だった。ならば自分は、雪子と結婚すべきだったのだ。雪子と結婚して幸せな家庭を築いてそれを彼に見せてやれば、彼が新しい恋に罪悪感を覚えることはなかった。
 薪のためなら何でもできると誓った自分が。どうして彼のために生きてやれなかった。どうして。
 その時ほど、鈴木は自分の死を悔やんだことはなかった。

 それから、さらに月日は流れ。
 青木の深い愛情で、薪は少しずつ少しずつ、自分の中に生まれた新しい愛を認めていった。とてもゆっくりとした歩みだったが、青木は忍耐強くそれを待った。結果は青木の粘り勝ちだった。
 長い間自分に向けられていた彼の愛。それが他の人間に移っていく様子を見るのは辛かった。嫉妬が鈴木の胸を手痛く切り裂いた。
 この世に存在する最も深い絶望に薪を落としたのは他ならぬ自分自身。その所業をして嫉妬心など、抱く権利は毛ほどもないのに。分かっていて止められなかった。それでも見ることを止めなかったのは、それが自分に与えられた罰だと思ったからだ。
 命を懸けて愛した人が他の男のものになる。身も心も、彼のものになっていく。その変遷を余すことなく見つめて心に刻むこと。この痛みこそ、身勝手に死んで何人もの人々に絶望を振りまいた自分に相応しい罰だ。

 薪が青木の腕の中で眠りに就くようになった頃、美香が鈴木の前に現れた。彼女は亜麻色の長い髪と瞳を持っていた。鈴木は彼女を自分の世界に住まわせることにした。
 鈴木が薪を見ていると彼女は、「また覗きに精を出してるの」とか「毎日毎日よく飽きないわねえ」と厭味ったらしく言った。最初は頭にきたが、すぐに慣れた。口が悪くて放埓な女でも、一人でいるよりずっと楽しかった。
 身体の相性も良かった。それまで鈴木は一日の殆どを画面の前で過ごしていたが、美香と睦み合うのは実に刺激的で、彼女と過ごす時間は次第に増えていった。
 お互い様というか、自然なことだと思った。薪は彼を、自分は美香を。それぞれにそれぞれの愛を育んでいく。同じ世界に住めない以上、それが普通だと思った。
 それでも、薪を見ない日はなかった。薪もそれは同じだった。鈴木を忘れた日はなかった。
 これでいい、と鈴木は思った。
 薪は青木の愛情に包まれて生涯を終えるだろう。それまで、鈴木はここで彼を見守り続けるつもりだった。幸い、美香もいる。退屈せずにその日を待つことができると思った。

 ところが。

 鈴木の意思の及ばぬところで、運命は回り始めていた。
 この地で彼を待つこと、鈴木がしていることは自然の理からは外れた行いだ。それ故に生じた歪みだったかもしれない。或いは、人間はおろか魔物や妖怪まで引き寄せてしまうほどに美しい薪に原因があったのかもしれない。とにかく、そのとき彼を襲った災厄は予定外のハプニングだった。

「薪!」
「もう。マキマキマキマキうるさい」
 鈴木の叫び声に目を覚ました美香が隣に来て、床に胡坐をかいた。「おちおち寝られやしない」と不平交じりの大欠伸の後、
「今度はなに」
 かったるそうに訊いた彼女に、鈴木は画面を指差した。
 通勤風景だった。朝が早いのか、車線数の割に車の数はまばらだった。青木の運転する車の後部座席に収まった薪は、今朝の会議で使うレジュメに目を通していた。赤信号で停車している彼らの車の30mほど後方に、蛇行する大型トラックがあった。
「このトラックの運転手、眠ってる。このままだと」
「あらほんと。ちょっとヤバいんじゃない、これ」
 美香が身を乗り出した時には、トラックは薪たちが乗った車のすぐ後ろに迫っていた。ルームミラーでトラックを確認した青木の顔が驚愕に強張る。

「きゃっ!」
 間近に雷が落ちたような音がして、画面から閃光が迸った。美香は思わず悲鳴を上げて画面から顔をそむけ、ぎゅっと目をつむった。
「……ど、どうなった?」
 無残な光景を見るに耐えなくて、美香は画面に背中を向けたままで鈴木に尋ねた。しばらく待ったが、返事はなかった。
 さては答えられないようなことになってしまったのだろう。美香は覚悟を決めて振り返った。
 そこに鈴木の姿はなかった。画面には何も映っておらず、PCのエラー画面のように青く光っているだけだった。
「克洋?」
 大声で鈴木の名を呼びながら、美香は彼を探した。家中、クローゼットの中まで探したが、鈴木は何処にもいなかった。



*****



 病院の廊下を走って看護師に注意を受けるのは何度目だろう。その9割は同じ人間のせいだ。いい加減にしてくれと怒鳴りたいのを必死に堪え、岡部はベッドに横たわる人物を覗き込んだ。
「薪さん」
 自発呼吸が困難なのか、薪は酸素マスクを付けていた。意識はない。
 ベッドの横に膝を着いて彼の手を握っていた青木が、縋るような瞳で岡部を見上げた。岡部さん、と震える声で呼ばれたが、岡部にもどうしようもなかった。
 重苦しく落ちる沈黙の中で、岡部は細い眉を険しく寄せるだけだった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(2)

 お知らせです。

 えあこさんのサイトにて、秋の鈴薪祭開催! でございます!


 僭越ながら、うちの鈴薪話も鈴薪祭に参加させていただきます。
 えあこさんは鈴薪フリークとしては有名な方なので、今回ご一緒させていただけて光栄です~。

 えあこさんは絵描きさんで、とっても絵がお上手です。アンソロ本にも参加されてます。
 薪さん鈴木さんはもちろんですが、個人的にはローゼンとかのドレス姿の女の子のイラストもすごくきれいだと思います。フリルいっぱいのメイド服とか超上手い。それを薪さんに着せちゃうあたり、わたしと通じるものがあるというか、そもそも、うちの薪さんのゴスロリとか猫耳とかはえあこさんの影響です。←さりげなく人のせいにしてみた。

 えあこさんには鈴薪ネタがこんもりあるとのことで、これから続々と更新されることと思います。楽しみですね♪
 URLはこちらです。↓↓↓
 
  貴方にとりこ ←ぽちると飛べます。ここからさらにサイトに飛んでください。

 サイトには、甘ーいすずまきさんが満載です。うちのS話でささくれ立った心を癒すには最適かと、むにゃむにゃ。


 以上、お知らせでした。
 秋の鈴薪祭、よろしくお願いします!!
 
 




アイシテル 後編(2)







 その画面に初めて映った彼は出勤の途中だった。

 季節は冬で、彼と足並みを揃える人の群れは一様に着膨れていた。なのに彼は薄いコートを着ただけで、手袋もマフラーもしていなかった。それでも平気な顔で歩いていた。まるで寒さを感じていないみたいに。
 寒さに強い体格にはとても見えなかった。夏の最中に別れた時より更に痩せていた。あの頃はかろうじて優美だった頬がげっそりと削げて落ちていた。
 そんな骸骨みたいな身体で寒空の下を歩いたりしたら風邪を引く。鈴木は彼を心配して声を掛けたが、完全に無視された。どうやらこの画面は一方通行らしいと気付いた。あちらの画像は鈴木に届くが、鈴木の声は彼に届かない。

「薪、危ない!」
 理解して、でも次の瞬間、鈴木は叫ばずにはいられなかった。人ごみに紛れ、彼に向かって足早に迫る悪漢を発見したのだ。
 無精ひげに三白眼が特徴のそびえるような大男で、鈴木のカンでは五人は殺してる。あのでかい背中には、登り龍が刻まれているに違いない。
 捜査一課にいた頃に捕まえた犯人のお礼参りか、第九の室長が握る秘密を狙っての襲撃か。男は巨体に似合わぬ俊敏さで彼に近付き、きちんと閉めていたコートの前ボタンを外した。懐から凶器を取り出すつもりだ。
「逃げろ、薪! て、あれ?」
 男は薪の背中を捕えると、自分のコートを彼に着せ掛けた。振り返った薪に何やら喋っている。画面のあちこちをいじると、音声が聞こえてきた。

『またそんな薄着で。風邪を引きますよ』
『大丈夫だ』
 着せ掛けられたコートを、薪は男に返そうとした。脱ごうとする薪と男の間で軽い諍いが起こる。
『あんたの大丈夫はアテにならないんですよ。一昨日もそう言って倒れたじゃないですか』
『うるさいな。僕がどんな格好で歩こうと僕の勝手だ』
『あんたが風邪引いて困るのはこっちなんですよ! 頼みますから自重してくださいよ、室長』
 薪は舌打ちして口を噤んだ。薪を言い負かすなんて、すごい男だと思った。
 大きすぎるコートの裾を殆ど引き摺りそうになりながら、薪は歩き出した。男が隣に立ち、周囲に厳しく目を光らせる。どうやらこの男は薪を守っているらしい。
 男の名前は岡部と言った。名前を聞いて、鈴木はやっと思い出した。警視庁の捜査一課に同じ名前の刑事がいた。聞き及んでいた特徴とも合致するし、たぶん同一人物だ。警察庁勤務の鈴木にまで伝わるくらいの敏腕刑事だ、さぞ豪胆な男に違いない。薪のボディガードにはもってこいだ。

 二人は小声で話しながら並んで歩いていく。鈴木は画面を操作して音を大きくした。第九の室長と元捜一の名刑事の会話なんて物騒なものにしかならないだろうが、彼の声が聞きたかった。
『ちゃんと朝飯食ってきましたか』
 なにこの会話。親子?

『お母さんか、おまえは』
『その切り返し。さては食べてませんね?』
『コーヒーは飲んだぞ』
『だから! コーヒーは食べ物に入らないんですよ!』
『あー、うるさいうるさい』
『うるさいってあんたねえ! こないだ三好先生にも怒られたばっかりじゃないですか。同じミスを繰り返すのはサル以下だとか自分で言っといて』
『分かった。今週末はちらし寿司を作る。食わせてやるからそれで手を打て』
『え、本当ですか。そういうことなら、じゃなくて!』
「……ぷっ」
 鈴木は思わず吹き出した。さすが薪。泣く子も黙る捜一の猛者を手玉に取ってる。
「そんなことだと思いましたよ」と岡部は薪の手にコンビニのおにぎりを押し付けた。中身はタラコだった。「梅かおかか以外は食べない」と具に文句を言う薪を「わがまま言うんじゃありません」と叱りつける。何処から見ても立派なお母さんだ。
 安心した。薪にはちゃんと、彼を心配して世話を焼いてくれる人ができたのだ。

 それからしばらくの間、鈴木は彼と薪を微笑ましく見ていた。
 岡部は薪にほど近い距離で、こまごまと彼の世話を焼いた。口うるさい母親そのものだったが、薪にはこれくらいしないとダメなのだ。それは鈴木が一番よく知っていた。
 このまま徐々に、薪が元気になってくれたらいい。時間が彼の心を癒してくれる。岡部に任せておけば大丈夫だと思った。

 その平穏が破られたのは、翌年。
 1月の末に第九にやってきた新人によって、回復に向かっていた薪の精神は再び狂わされた。この青木と言う男はあろうことか、貝沼が残した置き土産をそっくりそのまま薪に渡してしまったのだ。
 それは鈴木が命を懸けて守った秘密だった。薪にだけは知られてはいけない事実だった、見せてはいけない画だった。だから守った。それなのに。

『薪さんに鈴木さんの本当の気持ちを知って欲しかったんです』
 彼の言い分を聞いた時、鈴木は怒りのあまり二回死ぬかと思った。
 言うに事欠いてオレのため?
 そんなこと、誰が頼んだ。
 オレがいつそんなことを望んだ。なぜ薪に知らせた、死んでまで守りたかった秘密をどうして暴くのだ。
 できることなら呪い殺してやりたいと思った。

 鈴木の懸念通り、それからの薪は再び煉獄に舞い戻って行った。自分の身体を傷つけて、それでようやく立っていられる、生きていられる。岡部と知り合ったばかりの頃に戻ってしまって、でも今度は彼に頼ることもできなかった。それまでは疑惑に過ぎなかった自分の罪が確定してしまったからだ。
 鈴木は必死に薪に呼びかけた。
 おまえが悪いんじゃない。おまえのせいじゃない。
 悪いのはオレだ。秘密に耐えきれなかった弱いオレ。おまえに罪を犯させてしまった卑怯なオレ。死にたいなら一人で勝手に死ねばよかった、それなのに最後の最後でおまえに縋った。弱い弱いオレ。

 鈴木の命を物理的に奪ったことで、薪は自分を責めていた。鈴木に怨まれていると思い込んでいた。
 どうしてオレが薪を恨む?
 あれは、もう死んでた。とっくに壊れていた。薪はそんなオレを憐れに思ってそのスイッチを止めただけ。薪が止めてくれなければ他の人間に止められていた、それが為されなければ生きる屍になっていただろう。
 おまえは悪くない。感謝しこそすれ、恨む気持ちなんて欠片もない。
 薪、薪。
 自分を追い詰めるな。昔、オレが言っただろう。みんなが薪を責めるなら、せめて薪だけは自分の味方になってやれって。あの言葉、忘れちゃったか?

 何度も何度も彼の名を呼んだ。声が枯れるまで呼んだ。でも薪の涙は止まらなかった。
 どう足掻いても自分の声は彼に届かないのだと悟った時、鈴木は絶望した。自分は彼に何もしてやれない。そんな当たり前の事実が鈴木を打ちのめした。
 此処に来るまでに時間のロスがあったせいで、鈴木は自分がいなくなった直後の薪の姿を見ていない。これよりも酷かったのだろうかと思うと、青木に向かっていた憎しみは倍になって自分に返ってきた。
 薪にとってもそれを見る鈴木にとっても、辛い日々が続いた。共有される痛みはもはや日常化し、それがないと昼も夜も明けないくらいだった。
 薪の与り知らぬところで、彼の痛みは鈴木のそれに同化した。彼と同化したことであの現象が起きたのだと、後に鈴木は理解した。

 業務を終えて一人になると、薪は必ず鈴木の写真を取り出して鈴木に話しかけた。場所は選ばなかった。第九の室長室だったり自宅のリビングだったり台所だったり。おかげで鈴木は生前よりも様々な彼の姿を見ることができた。
 室長室で事件の解決を鈴木に報告する時には凛々しいスーツ姿。リビングで寛ぐ時にはシンプルだけどセンスの良い私服。台所に立つ彼は可愛いエプロン姿。残念ながら浴室だけはなかった。写真が濡れてしまうからだ。
 でも彼の裸体は、寝室で見ることができた。それまでのことは知らないけれど、この頃、彼がそういう気分になった時に求める相手は鈴木だけだった。鈴木の名前を呼びながら自分の肌を滑って行く彼の手に自分の手を重ねて、鈴木は彼と同時に快楽を味わった。しかしそれは疑似体験にすぎず。鈴木の手が実際に触れているのは彼の肌ではなく、冷たいスクリーンだった。自慰に耽る薪の姿に刺激されて自らの手で吐精したものの、熱が醒めると、ひどく虚しくなった。
 薪も同じ気持ちだったのだと思う。身体に付いた体液を拭うことも忘れて、薪は鈴木の写真を胸に抱いて泣きだした。すると不思議な事が起こった。画面に映った彼が立体化したのだ。
 3D映像のようなもので、触ることはできない。でも画面よりもずっと本物に近かった。その動きも美しさも、流れ落ちる涙の煌めきも。

 しばらく観察を続けて、この現象は薪が感情を昂ぶらせたときに起きるのだと分かった。この時期、薪の神経はギリギリのところまで絞られていた。然るに感情の起伏は大きく、鈴木は毎日のように彼の立体映像を見ることができた。
 数えきれないほどに繰り返され、現象は進化を遂げた。最初は写真がないと起こらなかった現象が、薪が心に思うだけで起きるようになったのだ。
 鈴木は悟った。薪は完全に自分のものになったと。
 昔の薪はそうではなかった。確かに彼は鈴木に恋をしていた、しかし彼の世界はそれだけに埋め尽くされているわけではなかった。彼は仕事を生き甲斐にしていたし、限られた範囲内ではあったが友人付き合いもしていた。職場仲間とプライベートを共にすることも多かった。
 だが鈴木を喪った薪は、それらをすべて打ち捨てた。
 友人付き合いをしなくなった。人前で笑わなくなった。新しい部下たちは、薪の厳しい顔だけを見せられることになった。当然、彼らとの距離はなかなか縮まらなかった。

 仕事の虫は相変わらずだったが、その姿勢はまるで違っていた。捜査に没頭すると寝食を忘れてしまうのは昔からだったが、あそこまで頻繁に倒れるほど自分の身体を痛めつけるような真似はしなかった。鈴木が促せば食事も仮眠も摂った。捜査一課に在籍していた薪はその大切さを知っていた。時間のロスのように思えても、気力体力を充実させることが質の良い仕事につながるのだ。
 それがすっかり様変わりした。彼が誇りを持ってこなしていた職務は、自分を痛めつけるための手段になり下がった。とにかく彼は自分を罰したがっていた。肉体的にも精神的にもそれを望んでいた。2つの道があれば、必ず辛くてしんどい方を選択した。まるで己が身体を疲労に塗り込めるようにして、彼は職務に勤しみ続けた。
 人間が仕事から得られるのは金銭的な報酬だけではない。達成感や充実感、能力の向上や仲間との絆。働く喜びはむしろそちらにこそあるのに、それを彼は知っているはずなのに。それらプラスの褒賞を決して享受しようとはしなかった。

 仕事よりも職場仲間よりも、彼は鈴木との思い出に縋ることを優先した。鈴木を慕うこと、償うことしか考えていなかった。突き詰めれば、鈴木のこと以外は何も考えていなかった。名実ともに、薪は鈴木のものだった。
 そんな薪の姿を見て、鈴木は自分を呪った。
 愛しい人をこんなにも苦しめてしまった、その事実を、ではない。自分の中に生まれた歓喜を呪ったのだ。

 薪の人生が自分一色に塗り潰されている。他の人間の入る余地はない。彼は鈴木のためだけに生きていた。

 震えがくるほどに感激した。
 これほどまでに彼に愛されたことはない。彼の苦しみに共鳴しながらも、鈴木は喜びを感じずにはいられなかった。言葉も交わせない、抱擁もできない、そんな蜜月ではあったけれど。彼と鈴木の思いは同じだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(1)

 こんにちはっ!
 現場が始まりまして超多忙になりました現場代理人のしづです。とりあえず、夜な夜な男の家に通ってます。←夜しかいない住民に挨拶に回る。


 ブログの方もしばらく放置状態ですみませんでした。
 遅くなりましたが、
『おまえ本当はすずまきすとだろSS第2弾』でございます。←題名変わっとるがな。
 

 時はぽーんと飛びまして現在。
 薪さんと青木さんは熱愛中、鈴木さんは幽霊です。本編で言うと「タイムリミット」の後、一緒に住み始める少し前くらいかな。
 舞台は主に天国になりますが、天界のシステムとか勝手に作ってるので分かり辛かったらスルーしてください。本筋に影響ないです。

 わたしなりに究極の鈴薪を書いたつもりなんですけどね、
 書き上がってみたらあおまきすとさんは勿論すずまきすとさんにも怒られそうな内容になってたんですけどどうしたら(@@)
 広いお心でお願いしますっ。



 私信です。

 Eさん、お待たせしましたー。
 友だちじゃない鈴薪さんです。待機願います。
 でも服は着てください。風邪ひきます。←失礼すぎ。





アイシテル 後編(1)





 きみの声が聞こえる。
 きみの悲しみも涙も慟哭も、全部伝わってくる。
 でも僕の声は? きみに届いてる?
 愛するきみ。
 僕の声が聞こえる?



*****




「あんたさあ、いい加減にしなよ」

 女がベッドから鈴木の背中に声を掛けた。投げやりな声だった。
 鈴木がそれに答えないでいると、女は裸のままこちらに歩いてきた。途中、吸っていた煙草を壁に押し当てて揉み消す。また壁紙に焼け焦げの跡がつくな、と鈴木は少々憂鬱な気持ちになった。
 見なかった振りで画面に視線を戻す。床に埋め込まれたパネルの中で、彼がこちらを振り向いた。
「あんたがいくら見つめようと、相手には分からないんだよ。あんたがやってるのは単なる覗き」
 言い掛けて女は噴き出すように笑った。
「まあ、覗くのは好きよね。生前、職業にしてたくらいだものね」
 昔の職をコケにされた。彼が聞いたら眼を剥いて怒るだろう。想像して鈴木は笑いを洩らした。

 鈴木が指先で画面を撫でると、画像は一回り大きくなった。彼の顔がよく見える。彼と一緒にいる、自分によく似た男の顔も。

「ほらあ、見なよ。新しい男とよろしくやってんじゃん、て、うげっ」
 鈴木の隣に座って画面を覗き込んだ女は、カールさせた長い髪を揺らして飛び退くように後ずさった。素人さんにはキツイ画だったかもしれない。
「あーやだやだ、グロイもん見ちゃった」
「と言いつつ、興味津津のご様子で」
 口元を押さえながら戻ってきた彼女に、鈴木は微笑んだ。四つん這いになった彼女の豊かな胸が垂れ下がって揺れる。いい眺めだと思った。

「ね。下になってアヘアヘ言ってる男、あんたの恋人?」
「いや。友だち」
「白々しい。ネタ割れてんのよ。あんた、あたしと寝てる間もずっとそいつのこと考えてるでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘ばっかり」
 画面の右下にタッチすると、湿った音が聞こえてきた。荒い息遣いと、くちゅくちゅ言う水音。青木、と男の名を呼ぶ彼の声も、何もかもが濡れていた。
 男に犯される彼を見て、鈴木は軽い興奮を覚えた。見飽きるほど見てるのに、心が疼くことに安堵する。

 まだ大丈夫。この痛みがある限り、留まれる。

「嘘じゃないって。確かめてみる?」
 鈴木は彼女を抱きあげ、ベッドにもつれ込んだ。彼からもらった興奮を女に注ぎ込む。
 耳に付く彼の喘ぎ声。音声を消し忘れた。今更止めに行くのも面倒くさい。女の声で彼の声を掻き消せばいいと思いついて、鈴木は腰に力を込めた。

 彼の声と女の声が重なる。別々の男に貫かれながらも二人は共鳴する。昇り詰めるのも一緒なら四肢を突っ張る瞬間も一緒。仰け反らせた首の白さも吐きだされる呼吸も、流れる汗の匂いも何もかも。
 鈴木は錯視する。今、自分が抱いているのは。

「美香ちゃん。好きだよ」
「うそつき」
 冷めた亜麻色の瞳が下から鈴木を見返していた。




*****


 究極の鈴薪話とか言っといて、最初から薪さんは青木さんと、鈴木さんはどっかの女の人とデキちゃってたりしてホントすみません。見捨てないでー。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみに咲く花(2)

 幕間のあおまきさん、終了です。
 




きみに咲く花(2)







 ビールジョッキをテーブルに置き、ふう、と薪はため息を吐いた。くちびるの端に付いた白い泡を舌先で舐めとる。冷えた炭酸が喉を下りていく感覚が心地よい。
 ふと窓の外を見れば、下方には水遊びを楽しむ人の群れ。施設内の展望レストランである。

 水着で座れるように表面をプラスチックでコーティングした椅子に腰かけた、薪の向かいにはホクホク顔で写真眺める大男。目的が達成されたと見えて満足そうな様子だ。
 すっかり忘れていた。ここのウォータースライダーは、頼みもしないのに客の写真を撮影するのだ。客は自分がプールに落ちる瞬間の恥ずかしい写真を勝手に撮られて、泣く泣くネガを買い取らされる。強請に限りなく近い押し売りだ。この暴挙をどうして摘発しないのか、F県警の怠慢としか思えない。
 それを喜んで買ってるバカはこいつくらいだ、と薪はもう一度ジョッキを豪快に呷る。MRI画像もそうだが、不快な映像ほど鮮明に記憶に残るものだ。その写真もそうだった。
 後ろにいた青木には罵り言葉しか届かなかったはずだけど、プールに落ちた瞬間を捉えた写真には彼に抱き締められて楽しそうに笑う自分が写っていて、もう飲まなきゃやってられない。薪はヤケ酒は飲まない主義だが、今日だけは特別だ。

 この開放的な雰囲気の中では誰もがアルコールの誘惑に弱くなる。とりわけ、オヤジには覿面だ。加えてプール内の飲食店はどこも弱冷房で蒸し暑い。ビールやフラッペが美味しく感じられる温度に調整されているのだろう。
 ジョッキの残量が半分くらいになった時、テーブルに焼き立てのピザが届いた。薪の好きなクリスピータイプの野菜とシーフードのピザだ。それから青木が注文した大盛りパスタとフォカッチャ。テーブルの上が一気に賑やかになった。
 青木は手持ちのショルダーに写真を大事そうにしまい、到着した料理に取り掛かった。彼の右手がウーロン茶のコップを握るのを見て、薪は不思議そうに尋ねた。
「飲まないのか?」
「帰りの運転がありますから」
 青木の言い分は警官として正しい。でもビールは青木の大好物だし、周りはみんな飲んでるし。彼だって飲みたいに決まってる。
「1杯くらい大丈夫だろ。まだ昼だし。帰る頃には酔いも醒める」
「万が一のことがあっては困りますので」
 薪の勧めを青木は辞退した。ボディガード兼運転手の自分が飲酒運転で免許を取り上げられたら薪に迷惑が掛かる。それを心配しているのだろう。

 水中以外は青木に着用を強制されているパーカーのポケットを探り、薪は携帯電話を取り出した。慣れた手つきで画面を操作する。終えて、顔を上げると青木が気落ちした目でこちらを見ていた。
「お仕事ですか?」
 休暇中でも、薪にはしょっちゅう仕事の電話が入る。大きな事件が起これば必ず呼び出される。それを知っているから青木は極力昼間の飲酒を控えているのだ。呼び出しに応じなければいけないのは薪一人で、青木は関係ないのに。

 薪は黙ってスマートフォンの画面を青木に見せた。彼の顔が見る見る笑顔になる。「薪さん」と彼が余計なことを言い出さないうちに、薪はビールのお代わりと、青木の為に大ジョッキを追加注文した。

 このレジャープールには併設されたホテルがあり、周辺にも何軒かの旅館がある。薪が予約を入れたのはそのうちの一つ、駐車場に近い和風旅館だった。併設ホテルならプールと自由に行き来ができたのだが、生憎そちらは満室だったのだ。
 運ばれてきたビールジョッキを持ち上げ、薪は冷静に言った。
「朝の四時に起きれば間に合う」
「はい!」
「飛び込みだからあんまりいい部屋じゃないぞ」
「はい!」
「分かってるな、四時起きだぞ。夜更かしは無しだ」
「それはちょっと約束できな、あ、いえ、寝ます寝ます、八時には熟睡します」
 できもしないことをぬけぬけと言う、年下の恋人に失笑する。月曜から朝帰りなんて来週は地獄だなと憂鬱な予想を立てながらも、自分がとても上機嫌であることに気付く。何故だろうと問うまでもない、理由なんて分かり切ってる。自覚して、薪は心の中で呟いた。

 冷たいビールにアツアツのピザが美味いからだ、なんか文句あるかバカヤロー。




*****



 あの日、胸に咲いた花は枯れたわけじゃない。
 でも、今の薪の胸にはもう1輪。いびつな花が咲いている。




(おしまい)



(2013.7)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: