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 最近、拍手が集中してる過去記事がありまして。ちょっと不思議だな~って。
「R355バトル」という記事で、3年くらい前に車両盗難の被害に遭ったときの体験談なんですけど。この記事にここ2週間ばかりで40近くも拍手いただいてるんです。なんでだろう?
 この記事の主役であるオットに話しましたらね、
「ふむ。おれの勇士に魅了された女子が」
 ……。
 とりあえず蹴っておきました。






ミラー(2)








 休日の午後は買い物に出かける。
 まだ夕食の買い物には早い時間帯。スーパーが混雑する時間を避けて、のんびりと商品を選ぶ。予定のない休日には、もってこいの暇潰しだと思う。

 カートをゆっくりと押しながら、青木は商品を眺める。
 右手の陳列棚で瑞々しく光る野菜や果物がとても美味しそうに見えるのは、スーパーの天井から降り注ぐ白色照明の功績ばかりではない。どちらかというと、カートの前で林檎を両手に重さを計っている聡い買い物客の影響によるところが大きい。
「同じ値段なら重い方がお得ですね」
 しっかり者の恋人を褒めたつもりの青木に、薪は一瞬眼を丸くし、次いで呆れたように首を振ると、右手に持った林檎をカゴの中に入れた。
「リンゴは重いほうが美味いんだ」
 そうなのか。知らなかった。
 薪は本当に色々なことを知っている。彼の頭脳がスーパーコンピューター級の性能を誇るのは知っているが、こういう生活に密着した知識を彼はどこで得たのだろう。学校の授業では習わなかったと思うが、青木が忘れてしまっているだけなのだろうか。

「誰に教わったんですか?」
「昔の彼女」
「えっ!?」
 反射的に叫んでしまって、後ろから来た子供連れの主婦にびっくりされた。気まずさを隠すように手で口を覆い、青木は薪の取り澄ました横顔を見る。
 そうだ、何も驚くことではないのだ。薪にだって、過去に付き合った女性の一人や二人、いてもおかしくない。てか、いないほうが不思議だ。
 今でこそ薪は自分の恋人だけれど、もともとが異性愛者だし。40を超えた正常な男性が過去に一人も女性の恋人を持ったことがなかったとしたら、どんだけ可哀想な人生なんだか。
 理性ではきちんと納得して、でも感情は治まらない。ざわざわと心がさざめいて、いたたまれないような気分になる。3ヶ月ほど前、青木の昔の彼女があんな事件を起こしたばかりなのに。何とも勝手な話だ。

「そうだったんですか」
 沈んだ声で相槌を打つと、薪は冷ややかに青木を見て、
「バーカ」と吐き捨てた。
 それがあまりにも容赦ない言い方だったから、青木は少しだけ悲しくなる。この人にデリカシーを期待しても無駄だと言うことは重々分かっているつもりでも、顔も知らない過去の女性にすら嫉妬を覚えてしまうほどに彼のすべてを欲してやまない青木のオトコゴコロを5ミリでいいから察して欲しい。それとも、彼にそれを期待するのは贅沢というものだろうか?
 そんな気持ちで青木が立ち止まると、薪は青木に更なる打撃を与えようとしてか、青木の天敵であるオレンジ色の根菜を手に取った。このひとはどこまで意地悪なんだろう、と拗ねる青木の視界の中心で問題の野菜はカートに投入され、と同時にカートの取っ手を握っている青木の手に、やわらかくて温かいものが重ねられた。
 カートの方向を導く素振りで、薪は青木の手に自分の手を重ねたまま、その瞳は商品棚を埋め尽くす葉物野菜に向けられる。右手の甲に感じる体温が嬉しくて、青木は今さっき受けたばかりのショックを早くも忘れそうになる。

「塔子さん―― 鈴木のお母さんに習ったんだ。料理の基本も、コツも、全部」
「ええっ!! 薪さん、鈴木さんのお母さんと付き合ってたんですか!?」
 青木が心底驚いて薪の過去を問い質すと、ぐしゃりという嫌な音がして青臭い匂いが周囲に立ち込めた。ふと薪の右手を見ると、葉の部分がぐしゃぐしゃになったほうれん草が。
「そんなわけないだろ!」
 可哀想なほうれん草を忌々しそうにカートに投げ込み、薪は強く首を振った。亜麻色の髪がさらっと舞って、それを照明がキラキラ光らせて、とてもきれいだと青木は思った。
「だって今、昔の彼女って」
「突っ込み入れる前に常識を考えてくれ」
「あ、ウソだったんですか? ひどいですよ、過去の女性のことでウソなんて」
「おまえ、何回僕に騙されたら気が済むんだ」

 手のひらについた青臭い汁気を払うように、薪は左手を軽く振った。
 細い手首とそれに続く優雅な手の甲、姫竹のように伸びる長い指が連動して宙を舞う。日本舞踊の要返しを見ているようだ。
 どんな仕草も、薪がするときれいに見える。細胞そのものが普通の人間とは違うみたいに、何でもない動きにも華がある。目を奪われる。
 みんなが薪を見る。
 独占欲の強い青木は、心の底では薪を誰にも見せたくない。自分だけが知っている薪の美しさのすべてを独り占めしておきたい。しかし、美しいものに惹かれるのは人のサガ。彼に関心を持つ人間を責めることはできない。だからせめて、薪には迂闊な行動を取って欲しくない。具体的には、道場の更衣室で着替えないで欲しい、薄いカーテンしか仕切りのない共同シャワー室は使わないで欲しい、あと風呂上りに第九のロッカールームで裸で涼むのは絶対にやめて欲しいっ!
 自分が特別な存在であることを認めようとしない薪は、青木がいくらガードを固めてくれるように頼んでも真面目に取り合ってくれない。40過ぎの男の裸なんか誰が喜ぶんだ、が薪のお決まりの返答だが、シャワールームで隠し撮りされた彼の生写真(ギリギリ規制範囲内)に6桁の値がついていることを彼は知らない。

「身内のウソも見抜けないようじゃ、捜査官としては失格だ。少しは人を疑うことを覚えろ」
「誰の言葉でも信じるわけじゃありませんよ。薪さんの言うことだから、オレは」
 薪が何気なく放った一言に反応して、青木は不意に言葉を止めた。
 急に黙り込んだ青木を不審に思ったのか、薪はレタスを選ぶ手を止めて青木を見た。頬に上る笑みを抑えきれない青木に小首を傾げるが、青木の紅潮の理由には思い至らないらしい。こちらから指摘したら、多分薪は否定する。真っ赤になって「言葉のアヤだ」と言い出すに違いない。

『身内のウソ』と薪は言った。
 熟慮の果てに選ばれた言葉ではないから、きっと深い理由もなしに口をついて出たのだろう、でも。口に出るということは、心のどこかで認めてくれているということだ。
 薪は自分を家族に近い存在だと思ってくれている。青木にとって、こんなにうれしいことはない。
 薪は幼い頃に両親を亡くしている。その分、家庭と言うものに憧れていたことは容易に想像がつく。だからきっと、自分の家族を持ちたい気持ちはあったはずなのだ。それは薪が何かにつけて、「お母さんに顔を見せてやれ」と青木を実家に帰らせたがることにも表れている。
 しかし、薪は自分を選んでくれた。それによって彼が捨てなければいけなかったいくつかの未来図を惜しむ気持ちは青木も一緒だ。特に子供は惜しい。彼の遺伝子を受け継ぐものを日本の未来に残さないなんて、ほとんど犯罪だと思う。だけど、青木はどうしても彼から離れることができなかった。
 彼が手にするはずだった家族を、その可能性を自分が奪ったなら、その穴を埋めるのも自分でありたい。そう考えていた青木には、薪が何気なく使った『身内』という言葉がとてもうれしかったのだ。

「考える余裕なんかありませんよ。昔の彼女なんて言われたら、どんな女だったんだろうとか、どれくらい付き合ってたんだろうとか、気になって気になって」
 薪に本音を悟られないように、青木はできるだけ軽い口調で言葉を重ねる。レタスの上の段で見つけた薪の好物のパプリカを手に取って、カート内の人参の上にそっと乗せた。
「おまえ、自分の彼女のことはさんざん僕に惚気たくせに」
「あの時は必要に駆られて仕方なく。って、薪さんだって昔、オレの前で武勇伝繰り広げたじゃないですか」
「あれはおまえ、その、なんだ。男のプライドっていうか」
「見栄でしょ」
 青木が突っ込むと、薪は無表情に3歩後退し、人参の袋を3つも抱えて戻ってきた。
「ちょっ、なんですか、それ!」
「うるさい、今日は人参尽くしだ。覚悟しておけ」
「いやですよ、戻してきてくださいよ。今夜の夕飯、潰れたほうれん草だけでもクオリティ落ちてるのに」
「誰のせいだ」
「えっ。オレのせいにするんですか」
「なんだ、その不本意な顔は。完全におまえのせいだろうが。おまえが頓狂なことを言い出すから」
「薪さんの右手を第42号証拠品として提出します」
「…………(ゴシゴシゴシ)」
「ちょっと! オレの上着で拭かないでくださいよ!」
 青木が情けない顔で汚れたシャツの裾をつまむと、薪はこの上なく楽しそうに笑って人参を元の場所に戻しに行った。

「青木さん」
 ゆっくりとカートを押し、薪が追いついてくるのを待っていると、誰かに声を掛けられた。目の前に立った男性は確かに自分の名前を呼んだが、その顔に見覚えはなかった。しかし明らかに相手は自分のことを覚えているようで、にこにこと笑いながら「お久しぶり」と言葉を継いだ。
 年のころは20歳前後。茶色の髪に茶色の瞳。どちらかといえば小柄な体躯。青木が今までに関わった事件関係者に、こんな男性がいただろうか。

「すみません。どちらさまでしたっけ?」
「ひどいな、忘れちゃったの? ぼくたち、あんなに愛し合った仲じゃない」
「人違いです、失礼」
 悪質な冗談だったらしい。
 青木が彼の脇を通りすぎようとしたとき、薪が追いついてきた。青木は立ち止まったが、薪は青木の隣に立とうとはせず、2歩手前で足を止めて、青年の顔をじいっと見つめた。
 亜麻色の瞳に宿る険しい光に気付いて、青木は肝を冷やす。しまった、さっきの悪質な冗談を聞かれていたに違いない。薪は地獄耳なのだ。

 彼は人違いをしているんです、と青木が説明する前に、薪はふっと頬を緩めて、
「久しぶりだね、上条君」
 なんと。この青年は、薪の知り合いだったのか。
「話をしたのは20分くらいだったのに。さすが天下の警視長どの」
 薪の職業と階級を知っている、と言うことは、彼は仕事関係の知り合いらしい。それにしてはえらく若いが。
「君こそ、よく僕の顔を覚えてたね? 条件は同じだったはずだろ」
「そんな皮肉が出るところをみると、やっぱり分かってたんだ。あの時、心の中でぼくのこと笑ってたんだろ。嫌なヤツだね、あんた」
 それはひどく生意気な態度で、青木は不快な気持ちになる。薪の半分ほどの年齢のくせに、目上の者に対する言葉ではないと思った。
 職場なら絶対に許されない彼の態度を、薪は咎めなかった。肯定とも否定ともつかぬ静かな表情で、しかしその背中は杉の木のように凛然と伸びて、彼に対する敵意も恐れもないことを無言で主張していた。

「引き換え、青木さんの記憶力は残念だね。自分の胸に抱いた人間の顔、忘れちゃうんだ」
 またもや根も葉もないウソを吐き始める彼に、青木は憤りに近い感情を抱く。そういう冗談が通じにくい相手もいるということを、彼は知るべきだと思った。
「ふうん。何もなかったって聞いたけど、抱きしめるくらいはしたんだ」
「なっ……!」
 薪に横目で睨まれて青木は焦る。まさか、彼の嘘を信じているのか?
「それだけじゃないよ。とってもやさしく頭とか背中とか撫でてくれたよ」
「ふううん」
 薪の瞳がますます冷たくなって、なんだか三角関係の修羅場みたいになってきた。冗談じゃない、身に覚えのないことで薪の不興を買うなんて。これから自分に降りかかる災厄を思えば命の危険すら感じて、青木は夢中で抗議する。
「ちょっときみ、ふざけるのもいい加減にしてくれないか。オレはきみのことを知らないし、きみだってオレとは初対面のはずだ」
 厳しい口調で言い放ったそれに、答えたのは何故か薪のほうだった。
「おまえ、本当に忘れてるのか。上条くんだぞ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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 今朝は雪が降りましたね!
 下水道の現場に凍結防止の塩化カルシウム撒きに行ってきました。それは業者の仕事なのですけど、日曜日に降られるとちょっと悲しいです。


 さて。
 こちらのお話、「3年前の雑文その2」でございます。
 原作で青薪成就する前はこんなことも考えてたんだな~、と懐かしい気持ちになったりならなかったり。この時期に書いた話って、二人が一緒に暮らしてる話が多かったんですよね。原作の薪さんの恋愛模様がツライ時だったから、幸せな妄想に逃げてたんですねえ。


 時期は青薪さんが一緒に暮らし始めて半年くらい、です。
 あ、あとこの話、「ロジックゲーム」という話の後日談になっております。そちらを読んでないとちょっと分かりにくいかもです。よろしくお願いします。







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 今まで別々の環境で暮らしていた者たちが一緒に住むには、ある程度の妥協とそれなりの忍耐を強いられるものだ。特に青木の場合、同居することになった相手というのが職場の上司、それも彼のボディガードとして、謂わば使用人に近い形で彼の家に住み込むことになったのだから、一歩も二歩もこちらが引かなければいけないと覚悟していた。

 覚悟などという言葉を使うと、青木がこの事態を憂いているように聞こえるかもしれないが、そんなことはない。踊りだしたいくらいうれしい、それが青木の本音だ。何故なら、この春から一緒に住むことになった上司というのは、実は青木が熱愛している恋人だからだ。
 ただ、彼は元来とても我儘な男で、しかも気が強い。性格も悪いし意地も悪い。ついでに酒癖も悪い。いつも自分が優位に立っていないと気が済まない性質だし、管理職特有の説教癖もある。良いのは顔とスタイルと……他に何かあったかな……いや、流石に顔だけってことはないと思うけど咄嗟には思い浮かばないなあ。

 とにかく。
 8年も共に過ごして相手の人となりは分かっていたから、一緒に住むとなったらかなりの我慢が必要だと、青木は相当の覚悟をしてここにきたのだ。
 愛し合って結婚した恋人たちでさえ、生活を共にするのは大変だと聞く。事実、結婚した友人たちは一様に、どんなに好ましく想った相手でも一緒に暮らし始めるとアラが見えてくる、とこぼしていた。
 女神のように優しい女性でも、時には感情が不安定になることもあるし、仕事で疲れて気遣いが足りなくなるときだってある。もっと具体的な例を挙げれば、デートの時は欠かさず化粧をして美しく着飾っていた彼女が、結婚して毎日家事をするようになれば自然地味な服装になり、その姿にときめくことも減っていく。そうなると男という生き物は、異性に対する高揚感や刺激を求めて他の女性に目を移したりするわけだ。
 が、薪の場合はもともと感情の波が激しい人だったし。やさしくしてもらった思い出なんか数えるほどしかないから、最初から期待してないし。容姿に関してだけは、そんじょそこらの女優なんか足元にも及ばないくらいの美人だから何を着ててもきれいだし、酔っ払って寝こけててもかわい………あれ? やっぱりオレって、顔だけで薪さんのこと好きになったのかな。……まあいいや。

 予想したよりも遥かに穏やかに過ぎていく毎日に、青木は夢を見ているような気分が拭い去れない。けっこう頻繁にやっていた口ゲンカも冷戦も、同じ家に住むようになったら意外なくらい起こらない。
 何故だろう、などと考えるまでもない。薪がケンカを仕掛けてこなくなったのだ。
 ふたりのケンカの原因は、99%が薪にある。青木は部下だし年下だし、何よりも薪にメロメロに惚れていたから、自分からケンカを仕掛けるような真似はしなかった。というか、できなかった。だから大抵は、薪が何か勘違いするか思い込むかして青木にさんざん当り散らした挙句、自分一人で勝手に怒っていたのだ。どうにも手が付けられない状態で、青木が引くと冷戦状態に、キレるとケンカになる。本当に扱いづらい人なのだ。

 それが一緒に住み始めたら、薪は牙が抜けたように大人しくなった。
 些細なことで怒らなくなったし、情緒不安定も治まった。世間一般に言われるところの「やさしい恋人」には程遠いが、意地悪される頻度も減ったような気がする。
 今だって、リビングのソファに二人で座ってそれぞれが好きな本を眺めているのだが、薪は横向きになって両足をソファの座面に上げ、青木の左腕に背中を預けるような体勢でくつろいでいる。いい感じだ。これで薪の見ている雑誌のページが「深田○子セクシー水着特集」でなかったら最高なのだが。
 住まいを別々に構えていた頃は、薪と一緒に過ごせる時間はとても少なかった。その中で、こんな風にゆったりと二人でくつろいだ記憶はあまりない。時間の長さの不足を深さで補おうとして、もっと濃密なふれあいを求める傾向が強かったように思う。
 それはそれで楽しかったけれど、青木は今のほうがいい。泊まりの仕事と出張のとき以外は必ずプライベイトの薪に会える。今の方が絶対にいい。

 定期購読しているカー雑誌の、新型車の見開き写真に見入ってる青木の横で、薪はひょいと身を起こすと、雑誌を置いて席を立った。何をするのかと見ていれば、仕事机からカッターナイフを持ってきて眺めていたページを切り取り始めた。
「なにしてるんですか」
「『今夜のフカキョン』に追加を」
 今夜の、というのはつまり、そういう目的のスクラップブックだ。薪は自分の恋人で、いや、生涯を共にしようと誓い合ったパートナーで、ベッドの中ではあんなに激しく青木を求めてくれるのに、どうして女の水着姿に興味を持つのだろう。
 青木はもう女性の身体を見ても何も感じなくなってしまった。美女を見ればきれいだなとは思うが、それは花を愛でるようなもので性衝動に結びつくことは無い。何年も前から、青木を欲情させるのは薪だけだ。

「どこがそんなにいいんですか?」
「胸と顔」
 なんて男の本能に忠実なひとなんだろう。ホクホク顔で、切り取ったグラビア嬢の胸の谷間を人差し指でなぞっている彼を見ていると、自分が本当に愛されているのかどうか不安でたまらなくなってくる。
「薪さん。オレと彼女と、どっちが好きですか?」
「ばっかじゃないのか、おまえ」
 ついつい真剣に訊いてしまって、薪に笑われた。
 笑いながら薪は固形のりのキャップを閉めて、水着率90%という不届きなオリジナル写真集を無造作にローテーブルの上に放り投げた。それからソファの上に膝で立ち、右手を伸ばして青木の頭をよしよしと撫でた。

「子供扱いしないでくださいよ」
「写真か映像でしか見たことのない女性にヤキモチなんて、コドモならではの発想だと思うぞ」
「コドモは嫌いですか?」
 額に当てられたやさしい手の感触を心地よく感じながら、だけど青木は唇を尖らせて、それこそ子供のようにふくれてみせる。
「いや。そうでもない」
 子供扱いされて本当に怒ったわけじゃない。これは恋人に対する一種の甘え。薪の瞳はやわらかく細められて、それは青木の甘えを快く受け止めてくれた証拠。

 細い指先が額から頭の後ろに回されたと思ったら、薪が額にキスしてくれた。そのまま顔を下にずらして、亜麻色の前髪を青木の額に擦り付ける。
「こう見えても、僕は子供の相手は上手いんだ」
「でしょうね。年も近く見えるから子供も安心するんでしょ」
 青木が悪戯っぽく笑うと、薪は押し付けていた額をわずかに離し、勢いをつけてごつんと青木の額にぶつけた。
 青木が思わず目をつむると、その隙に唇を奪われた。戯れにしては濃厚なキスに、青木の腹の底がずくりと波打つ。
 口の中に入ってきた彼の舌に自分の舌を絡ませようとして、青木は唇の角度を変えた。すると薪は青木の額に手のひらをあてて彼の接近を押さえ、さっと唇を離した。取り残された青木の舌が、口中で行き場を失う。
「な? 上手いもんだろ」
「子供相手に、こういうことしていいんですか」
 完全に遊ばれたと分かって、青木は眉根を寄せる。つい先刻まで恋人の唇を慈しむ形に開かれていた唇をできるだけ皮肉に歪めて、己のプライドを取り繕った。
「いつまでも子供じゃ困るだろ?」
 キスくらいで翻弄されない、と見せかけるも、黒い瞳に宿った熱情は隠せない。それを嘲笑うように薪は、ふふん、と高慢に笑って、ソファの上に青木の身体を押し延べた。
「僕が大人にしてやろうか」
「……よろしくお願いします」
「いい子だ」
 年下の分別をもって青木が引くと、薪は満足そうに笑って、身勝手に切り上げたキスの続きをしてくれた。

 何ヶ月か前にはケンカの引き金になっていた状況が、睦言を交わすきっかけになる。薪との間にこんな日が訪れるなんて、昔は想像もつかなかった。
 同じ家に住み始めたのは正解だった。
 一緒にいることで安定する。薪も、そして自分も。
 以前は、次にいつ会えるかわからないという不安から、ついつい過剰に彼を求めてしまって。明日の仕事のことも忘れて、明け方近くまで寝かせなかったこともあった。翌日、疲れた顔で職務をこなす彼を見て二度とこんなことはすまいと誓うのだが、次に逢瀬が叶ったときには喜びの方が勝ってしまい、また同じ過ちを繰り返してしまうというパターンが多かった。
 今は、そんなことも少なくなった。
 同じ家に住んでいるのだ。寝ているうちにどちらかが心不全でも起こさない限り、確実に会える。そう思ったら焦る気持ちもなくなって、程よいところでストップが掛けられるようになった。この場合の程よいところというのは、「薪の限界」という意味だ。青木の「程よいところ」にストッパーを合わせると、薪は次の日、自力で立てなくなる。

 無理をさせることが減ったからか、今日のように薪の方から誘ってくれることも多くなった。昔は青木から強引に仕掛けないと応じてくれなかったから、てっきり薪はセックスが嫌いなのだと思っていたのだが、自分の体力の範囲でならちゃんと楽しむことができて、それを期待する気持ちもあるのだと知った。
 でも基本的に薪が好きなのは、穏やかな気持ちで交わす意味のない会話とか、テレビを見ながら自然につなぐ手のぬくもりとか、そんなさりげない、いっそ取るに足らない些細なふれあいなのだと、そういうことも分かってきた。
 その特別でも何でもないコミュニケーションの中に、薪がどれだけの想いを込めているかとか、普段から眠りの浅い薪が夜中によく青木の寝顔を眺めていたりするとか、それは青木には知りようのないことだったが、それでも少しずつ、彼らの間には理解と融和の空気が育ちつつあった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

そぞろ歩きのゆうべ

 仕事に忙殺されてるうちに1週間経っちゃいましたね~。
 今回の現場は色々あって、頭の痛いことも多いですけど、ブログは楽しくやりたいです。


 というわけで(わたしが)嬉しい話。

 法十のカウンターが先日10万を超えました♪
 通ってくださる方々、一見さんも含め、みなさまのおかげです。どうもありがとうございます(*^^*)
 これからも、訪問者さんに笑顔になっていただけるブログを心掛けていきたいと思います。よろしくお願いします。←ドSが何を言うかというツッコミは無しでお願いします。 


 10万ヒット記念SS、書きたかったんですけど、今はリアルがちょっと(^^;
 お古で申し訳ないのですが、昔書いた雑文をひとつ、公開します。

 時期は、薪さんと青木さんが一緒に暮らし始めて間もない頃。
 季節は初夏です。(いつもいつも季節外れですみません)







そぞろ歩きのゆうべ





 そぞろ歩きのゆうべ。
 あてどなく、理由もなく、一緒に歩く相手もいない。僕は今、限りなく自由な時を過ごしている。

 勤め先がある以上、仕事中は一人になることはないし、プライベートも接待やら付き合いで他人に囲まれる時間が多い。家に帰れば、最近一緒に暮らし始めたボディガードが待っている。
 ボディガードが家で待っている、というのは明らかに職務怠慢だな、と思いながら、右手のショーウィンドウの中の「2068年夏のトレンド」と銘打たれた何着かのスーツを眺める。パープルがかった生地のスーツは心惹かれるものもあったが、高価そうだし、この色は職場ではNGだな、と諦めた。
 以前だったら気に入った商品は、服でも靴でも値段など気にせずに購入していたのだが、一緒に暮らし始めたボディガードが経済観念の発達した男で、こちらの財布の事情にまで何のかんのと文句をつけてくるものだから、商品の値札を確認して購入を諦める、という習慣が付きつつある。
 ボディガードが主人の財布の中身をチェックするというのも越権行為だと、そう思いながら、2軒隣の本屋に入る。お気に入りの作家の新作を何冊かと、定期購読している肉体改造のテキスト(これを単なる雑誌なんて言わせない)及び、息抜きの為のPC雑誌、それからボディガードに頼まれたCar雑誌を1冊。ボディガードが主人に買い物を頼むって、これもまたヘンだ。

 けっこう量がかさばってしまったので、書店のレジが気を利かせて手提げ袋に本を入れてくれた。受け取る際に何気なく腕時計を見ると、7時半。家を出てから1時間半も経っている。
 そろそろかな、と予感がして、パーカーのポケットから携帯電話を取り出してみる。
 1時間だけ、という約束で出てきたのだ。家にいる彼から電話が入る頃だろう。でもこれからコンビニにも寄りたいし、何よりもボディガードの説教を聞くのはうんざりだ。

 ……いいや、携帯切っちゃえ。

 電波が悪かった、という姑息な言い訳を使おうと決心して、電源ボタンを押そうとした瞬間。Callingの文字と共に、ボディガードの氏名が画面に表示された。
「ちっ」
 シカトを決め込んだら、あとで何を言われるか、もとい、何をされるかわかったものではない。以前、これと同じ状況で掛かってきた電話を面倒だから放っておいたら、帰ってから酷い目に遭わされた。帰ってすぐではなくて、夜中、ああいうことで逆襲してくるって、ボディガードとしてというより人間としてどうなんだろう。その上その時の言い草が、「薪さんだって、電話の着信音が聞こえないくらい本に夢中になってたんでしょ?オレだって今は夢中ですから、何にも聞こえません」って、あんなにやめてくれって叫んだのに、聞こえないわけないだろう。結局、この次からは必ず電話に出ること、って約束させられてしまった。ボディガードが主人を脅すって、しかもあんな非人道的な方法で、ぜったい間違ってる。

『薪さん。今、どちらにいらっしゃるんですか?』
「電車の事故で動けなかったんだ。買い物を済ませたらすぐに帰る。あと30分くらいだから家で待ってろ」
 調べれば簡単に分かる嘘でも、こいつは調べない。何故なら、聞いた瞬間にウソだと分かっているからだ。
『わかりました。コンビニはやめて、まっすぐ帰ってきてくださいね』
 ほら、見抜かれてる。
 僕の最近のブームは、コンビニで変わった味のジュースを買うこと。季節限定とか新商品のブースに、飲むのが怖いような味のジュースが置いてあることがあって、それを彼に無理矢理飲ませるのが面白い。(僕的に一番面白かったのは、モンブランペ○シだった)3回くらい連続でありえない味のジュースを飲ませてやったから、あいつも警戒心を持つようになったらしい。

 コンビニは諦めて、家に帰ることにした。
 電車に揺られて一駅、電話を受けてから15分くらいで吉祥寺の駅に着くと、ボディガードが迎えに来ていた。30分、と言ったのに、まだその半分も過ぎていない。せっかちな男だ。
「お帰りなさい」
 約束の時間を超過したことと、見え透いたウソで自分を騙そうとしたこと、どちらの怒りも見せずに、彼はにっこりと僕に笑いかけた。僕は当たり前のように彼に荷物を預けると、迎えに来てくれた礼どころか「ただいま」も言わずに、駅の出口に向かって歩き始めた。後ろから彼の長身が自分を追いかけてくるのに、
「家で待ってろって言っただろ」
 素っ気無い言葉に怯む様子も見せず、彼は僕の隣に並ぶと、すみません、と素直に謝った。謝罪する謙虚さがあるのなら、それを主人の言いつけを守る方へ向けて欲しい。

 階段を下りて、いつも使っている公園側の出口に向かう。出口の近くには売店があって、売り物の新聞を整理していた年配の女性が、彼に声を掛けてきた。
「あら。すれ違いにならなくてよかったわね」
「あ、はい。ありがとうございました」
 毎日通勤に使っている駅の売店の女性の顔くらい、僕も覚えている。詳細は不明だが、連れが世話になったらしいことも察しが着いたから、軽く会釈しておいた。

「すれ違いって何のことだ」
 南口の階段を下りて、賑やかな駅前通りを歩きながら、雑踏のざわめきにまぶすようにして尋ねる。気付かれなくても仕方ないくらいの音量で、それでも彼は僕の声を決して聞き逃さない。
「最初に駅まで来たとき、財布を忘れちゃいまして。何かあったら困るので、一度家に帰ったんです。そのとき行き違いなったら困るから、彼女に薪さんが通るかどうか見ていて欲しいって頼んでおいて」
「一度帰った? おまえ、何時からあそこで待ってたんだ」
「7時です」
 それは当初の約束の時間で、でも今まで一度も守られたことがない。10回近くも経験しているのに全然学習しないなんて、こいつやっぱりバカだ。

 これまでもずっとそうだったのだろうと思って、僕は困惑する。駅なんて人目につくところで1時間以上も自分を待っている彼の姿は、周囲にどう映っただろう。
 本当に、迎えになんか来て欲しくない。彼はきっと僕の気持ちに気付いていない。

 公園口から出て、家路を辿る人々に混じり、彼らと同じ目的で僕たちは歩く。程なく井の頭公園が左手に見えて、ここは吉祥寺通り。
「今日は、どちらに行ってらしたんですか?」
「その辺」
「夕飯、お刺身と蕗の煮物でよかったですか? 美味しそうな蕗が売ってたから、おかか煮にしたんですけど」
「うん」
 自分の気持ちを分かってくれない同居人に感じるほんの僅かな腹立ちも手伝って、僕の態度はますます素っ気無くなる。何を話しかけても僕が生返事しかしないので、相手もようやくこちらの気分を察したらしい。
「すみません……迷惑、なんですよね?」
「ああ」
 肯定すると、彼は見るも無残なくらいにしょぼくれて、僕はそれでやっと気分が上向きになる。自然と足取りも軽くなるが、それを相手に悟らせるほど可愛い性格はしていないし、怒りも治まっていない。

「あのっ」
 一つ目の大きな交差点に差し掛かり、信号待ちをしていると、彼は思いつめたような口調で言った。
「本当はオレ、わかってるんです。薪さんが一人になりたいんだってこと」
 信号が青に変わり、流れ出す人の波に乗りながら、夜の空気に混じる夏の匂いを嗅ぎ取る。力強い、緑の匂い。春の爽やかな新緑の香りも好きだが、この匂いも捨てがたい。男という生き物は、強いものに惹かれる傾向があるのだ。
「薪さんはずっとお一人で暮らして来られて、今まではお一人の自由な時間を満喫されてきたわけですよね。でも、この春からオレが同居させていただくことになったから。生活スタイルが崩れて、だから時々、お一人になりたいんだなって。オレについてくるなって、そういうことでしょう?」
 二つ目の信号にも見事に引っかかって、僕らはまた立ち止まる。隣に立つ長身が、後ろから来た男からさりげなく僕を隠すように動いた。一応、ボディガードとしての仕事もしているのだ。
「でもオレ……仕事中は我慢しますけど、プライベートのときはできるだけ薪さんの傍にいたくて」
 三つ目の信号を左に折れると、森林公園がある。都会にしては緑が多いこの通勤路を、僕はかなり気に入っている。この辺までくると、通りの人影は少なくなる。店もないし、夜の森林公園は照明も少ない。けど、その分静かだ。
「だってオレ、薪さんのこと大好きだから」
 抜け目なく、近くに誰もいないのを確認してから、ぼそっと洩らした彼の言葉に、僕は心の中でほくそ笑む。
「だったら尚更だ。家で待ってろ」
「……はあい」
 がっくりと肩を落として、大きな背中を情けなく丸めて、彼はため息混じりに返事をする。

 やっぱり分かってない。かすりもしない。
 まあ、そこがこいつの可愛いところなんだけど。

 一緒に暮らし始めて僕の生活スタイルが変わった、という彼の見解は合っている。だから一人になりたい、という理由も。だけど、その理由は彼の言う個人的な自由時間とは関係ない。
 僕は、実感したいだけだ。
 彼とふたりで同じ家に住むって、自分でも未だに信じられない幸福を、心行くまで感じたいだけだ。

 ひとりになって街を歩くと、彼のことがもっと好きになる。
 ウソだと思ったら試してみるといい。恋をしている人なら絶対に僕と同じ心情になるはずだ。
 連れ立って歩く人々を見ると、自然に彼のことが浮かぶ。コーヒーショップの窓際の席に、横断歩道の人ごみの中に、彼の幻が見えるようになる。
 ショーウィンドウを眺めがなら、本を選びながら、だんだんに彼のことしか考えられなくなっていく。それは僕の身体中が彼への恋心で満たされていく、そんな感覚。
 僕にとって、それはとても大切な時間で、家に飛んで帰りたくなる心を抑えて駅に向かうときの気分はものすごく弾んでて、そんな気分でマンションのドアを開ければ、そこには愛するおまえが待ってる。そうしたら顔を見た瞬間、抱きついてキスしてやろうと思うのに。駅に迎えに来られたら手も握れないじゃないか。

 どうだ、僕の不機嫌の理由が分かったか?
 て、心の中で言ってるだけじゃ相手には伝わらないんだけど。でも、こんなこと恥ずかしくて言えないし。
 だから僕は、無言の抗議を繰り返す。そして彼は、いつまでも僕の気持ちに気付かない。

「でも、オレたち一緒に暮らしてるのに。薪さんも、もうちょっとくらいオレのこと好きになってくれても」
 冗談じゃない。これ以上、どうやって好きになったらいいのか分からないくらいなのに。ていうか、これ以上好きになったらマトモな日常生活を営める自信ないぞ。今だってギリギリの線なんだ。
「だったら僕の言いつけを守れ。大人しく、家で待ってろ」
「………………………はい」
 なんだ、その長い間は。
 うなだれて、トボトボと僕の後ろを着いてくる彼は、すっかり落ち込みムードだ。仕方なく立ち止まり、そっと彼の顔を覗きこむと、信じがたいことに半べそをかいている。
 これくらいのことで大の大人が涙なんて、こいつどこまでかわいいんだ。抱きしめたくなっちゃうだろ。
「なにも泣くことないだろ」
「だって、ずっと一緒にいようって言ってくれたのに。結局、オレばっかり薪さんのことが好きで」
 だから、そんな拗ねた顔するなって。年下の愛らしさをフルに使いやがって、この場に押し倒してやろうか。
 
 歩みを止めてしまった彼の、だらしなく開かれた左手に、僕は自分の右手を絡ませた。指と指を組み合わせるように、ちょうどベッドの上で彼と結ばれるときみたいに、組ませてぎゅっと力を入れた。
 女の子ならそこの森林公園に連れ込んじゃうところだけど、こいつ相手にはそういうわけにも行かなくて。今の僕にできる最大の愛情表現といったら、せいぜいこれくらい。
「帰るぞ」
 彼はたちまち笑顔になって、手を握り返してきた。単純なところがこいつの長所だ。
 つないだ手はそのままに、公園の道を再び歩き始める。誰かに見られたらコトだけど、この時間にこんなところを通るひとは滅多にいないし。いたとしても、暗い照明が僕たちを助けてくれるだろう。

「腹へった。夕飯、何の刺身だっけ」
「今日はカツオです」
「初ガツオか。美味そうだな。なら、ビールだな」
「はいっ、2リッター缶が冷えてます」
「2リッター? どんだけ飲む気だ」
「オレ、ビールなら中ジョッキ10杯はいけますよ」
「中ジョッキ10杯っていうと、5リットルくらいか。恐ろしいな」
 軽いイタズラを考え付いて、僕は上目遣いに彼を見上げた。眼にある種の情感を込めて、
「今夜はそんなに飲むなよ。期待してるからな」
「あはは、家ではそこまでは……期待って、何をですか?」
 組み合わせた指を解き、指先で彼の手のひらをくすぐる。それからもう一度、今度は深く指を組み合わせて、ふふ、と笑ってみせた。
「薪さん、早く帰りましょ! ねっ」
 単細胞で分かりやすくて、僕のことしか頭にない彼は、その行動のすべてで僕を癒してくれる。素直で正直で、いじましいほどに自分の感情を隠せない彼を、その発露を導き出す健やかな精神を、僕はこの上なく美しいと思う。
 
 彼に強く手を引かれて、殆ど駆け出しそうになりながら僕は、きっと次も彼は駅まで僕を迎えに来るだろうと思った。





(おしまい)




(2011.2)←3年前……古い話ですみませんでしたー。



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Dog not to eat it (3)

 お正月休みも今日で最後です~。
 明日からはまた現場なので、すみません、更新空きます。
 お話は今日のでお終いなので、ちょうど区切りもよいかと。

 新年の挨拶いただいた方、ありがとうございました。ぼちぼちお返ししますので、気長に待ってやってください。(正月休み中に返すとか言ってなかった?←ちょっと旅行疲れと怠け癖が、いやその)

 





Dog not to eat it (3)






「青木。3人目の画は出たか」
「はい。こちらです」
「ここにナイフが落ちていると言うことは、現場に残された凶器はミスリードか」
「ええ。この形状のナイフは主に登山に用いられるもので、調べを進めているんですが種類が多くて」
「凶器の特定は科警研に依頼しろ。犯人の動機を探ることが優先だ」
「解りました」

「……3、4、5、あ、ほんとだ」
 事件資料から目を離してあらぬ方向を見ている曽我に、「なにやってんだ」と注意を促し、小池は舌打ちした。こいつのポカは今に始まったことではないが、今それが発揮されたらペアを組んでいる自分まで室長に怒られる。
「いや。小池が言った通りだと思ってさ」
「うん?」と小池が首を傾げると、曽我は青木のデスクから離れていく薪の方を見て、
「5秒間、しっかり絡んでた」
「そっか」
 あの後仲直りしたのだろう。本当に分かりやすい。
 見れば、青木は今日はシャキッとしてるし、薪は薪でお肌つやつや。分かりやすいと言うよりはあからさま、てか、本気で隠す気あるのか、あんたら。

「まったく。犬も食わねえっての、分かるわ」
 休憩時間にコーヒーを飲みながら曽我とこそこそ愚痴を言い合った。立ち聞きの得意な室長は、青木と二人で室長室の中。今日は安心して話ができる。
「さんざん周りに迷惑かけて。昨夜なんかおれ、薪さんを青木のアパートまで送って行ったんだぜ」
「え。青木、家出してたんだ。けっこう本格的なケンカだったんだな」
「なにが原因だか知らないけどさ、それで職場の人間に当たり散らすって。室長失格だと思わないか」
「……なんかされたっけ」
「携帯歪むほどの勢いでゴミ箱にダンクされただろうが。忘れちゃったのか」
 自分が受けた被害を次の日には忘れる、曽我の楽天は時として小池を苛立たせる。自分ばかりが怒っていると、まるで小池が執念深い人間みたいじゃないか。

「今だって、二人きりで室長室だろ。この書類出したいけど邪魔するのも悪いかなって思うじゃん。職務にまで支障をきたして、あーあ、職場でデキちゃうやつらって、他の人間にはなんのメリットもないよな」
「小池。おまえちょっと、過敏になってない?」
 てっきり同意してもらえると思っていた親友から思いもかけない言葉が出て、小池はコーヒーカップから顔を上げた。
 コーヒーの湯気の向こうに、親友の真面目な顔が浮かんでいる。少し困ったような、お人好しで人との諍いを嫌う彼が、それでも耳に痛いことを言わなきゃいけない、そんなときの顔。

「おれも最初はそう思ったんだけどさ、考えてみたら薪さんて普段からああじゃん。携帯が鳴ればおれのだけじゃない、誰のだってゴミ箱にぶち込むし、無駄話してればペナルティを課す。急ぎの捜査があれば昼休みは棚上げだし、バックアップも更新時期が迫ればみんなで残業。いつもと同じだよ」
 曽我は説教は苦手中の苦手で、仕事のことならギリギリ言えるけれど、それ以外のことで他人を諭すのは額に脂汗が浮かぶほど。でも小池は親友だから。二人は大切な仲間だから。自分が踏ん張らなきゃいけないと、そう思ったのかもしれない。

「二人のこと、本当はショックだったの知ってるよ。でも、そういう目で見てたら何でもそう見えちゃうだろ。あの二人が付き合ってるのは事実なんだから、職場でももっと気を利かせてやればいいのかもしれないけど、薪さんも青木も、そういうのは喜ばないよ、きっと」
 出して来いよ、書類。
 曽我に促されて、小池は席を立った。ものすごく気まずかった。だって多分見抜かれてる。自分が青木に嫉妬してること。
 小池は薪のことを悪しざまに罵ることが多いけれど、心の中ではとても尊敬している。警察の男なら誰だってそうだと思う。他者に大きく水をあける、室長の捜査能力に憧れない刑事はいない。その薪のプライベートを独り占めする青木に嫉妬する。我ながらカッコ悪い。

「……犬も食わないのはおれの方か」
 息を深く吸って、室長室のドアを開ける。開けてから、ノックをし忘れたことに気付いた。
 やばい、見たら室長に脳を潰される。

「柏市の案件か? 早いな、小池」
 咄嗟に目をつむった小池の耳に、薪の落ち着いた声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、(と言っても薪にはその差は分からなかった。小池にとっては不幸中の幸いと言えるだろう)小池が心配したようなことは何もなく、薪は平然と室長席に座り、青木は――。
「青木、なんで正座なんですか」
「こいつ、科警研にナイフの調査依頼できなかったんだ。忙しいって断られておめおめ引き下がって来たって言うから説教してたところだ」
 忙しいのは何処も一緒だバカヤロウ、科警研の平均残業時間は第九の半分だぞ、なんでもっと粘らないんだ、この根性なし。
 床に正座で項垂れている大男に次々と罵声を浴びせる、当たり散らすとは正にこのこと。その様子に、小池の中でくすぶっていた埋み火のような仄暗い感情はきれいに氷解した。
 薪にこんな仕打ちを受けている男が羨ましいなんて、思えたらそれはまともじゃないってことだ。小池はマトモだ。

「いいか青木」
 ひとしきり毒を吐き出してしまうと、薪は立ち上がって机の前に回り、床に膝を折っている青木の前に屈んだ。俯いていた青木が、そっと顔を上げる。
「仕事ってのは抱え込むもんじゃない。効率を最優先に考えて、適所に割り振るのが大事なんだ。それでこそ最大の成果が得られる。おまえはそれを学ばないといけない」
 青木はキャリアだ。やがては人の上に立つ。上の人間は部下に仕事を割り振るのが仕事だ。それが例え困難な内容でも。人の好い青木には難しいかもしれない、だけど慣れなくてはいけない。薪はそれを青木に教えようとしているのだ。

「はい」と青木が返事をした後、いつものように二人の視線が重なった。でもそこに小池は、部下を指導する上司とそれを受ける部下以上の何も見つけることはできなかった。
 薪が「よし」と説教終了を告げると、青木はふらつきながら立ち上がった。脚が痺れたのか、ふくらはぎのあたりを擦っている。薪は愉快そうにそれを眺め、美味そうにコーヒーを飲んだ。

「そうだ、小池。昨夜は悪かったな。自家用車で送らせて」
「どういたしまして。あれから青木のアパートに泊まったんですか」
 小池は探りを入れたわけではない。自然に会話をつなげただけだ。なのに薪は飲んでいたコーヒーに突然むせこんで、
「ととと泊まったけど! 布団は一つしかなかったけど、ただ寝ただけで別になにも」
 聞いてませんけど。
 青木がそっと小池に手を合わせた。気付かないふりをしてください、と眼鏡の奥が言っている。
「失礼します」と敬礼して、小池は部屋を出た。

 ドアを閉める際に向き直ると、赤い顔をしてコーヒーを飲んでいる薪の後ろで、青木が幸せそうにそれを見ていた。
 なんとなく安心した。
 あの二人が一緒にいると、職場に安定感が生まれる。それはおそらく薪の精神的な安定から生まれるもので、やっぱり薪には青木が必要なのだろう。
 薪にとっての重要度と言う点で自分よりも年下の青木が勝ることには些少の引っ掛かりを覚えるが、小池は第九の職員。職場が安定するに越したことはない。
 ドアを背に、吹っ切れたような笑いを浮かべた小池に、曽我が自分の席からニヤッと笑い掛けた。




(おしまい)



(2013.10)



*****


 以上、新春SSでした。
 相変わらずケンカばかりの青薪さんですが、今年もよろしくお願いします。


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Dog not to eat it (2)

 今日はこれから成田山参拝です。
 その後いつもの銚子温泉に泊まって、明日帰ってきます。
 ではでは、行ってきまーす。






Dog not to eat it (2)






 二日後。今日も第九では、新しい事件が職員たちを待っていた。

「ではこの事件の担当は宇野と、青木。おまえに頼む」
「はい」
 二日前は互いを見ることもしなかった彼らは、しっかりと相手の顔を見て職務の伝達を行なった。与えられた指示を青木が復唱し、薪がそれに頷く。
 その様子を見て、曽我は安堵する。安心を分かち合いたくて、隣でキーボードを叩いていた小池にニッと笑い掛けた。

「仲直りしたみたいだな、あの二人」
「いや。まだだな」
 小池の見解は曽我とは違っていた。何故そう思うのかと尋ねると、小池は訳知り顔に、
「必要事項を伝達し終えたら、すぐに自分たちの机に戻っちゃっただろ」
「それが普通だろ?」
「いいや。あの二人の視線は会話終了後たっぷり5秒間は絡むんだ。目で会話してるってやつだ。
『しっかりな、青木』
『はい。でもオレ、薪さんがキスしてくれたらもっと頑張れるんですけど』
『それはここでは無理だ。家に帰ったらな(テレ)』
『はい、頑張りますっ(はあと)』
 てな感じで、うぉわおおうっ!!」
 話に夢中で気付かなかった。いつの間にか後ろに誰か立っている。
「何を話していたか知らないが、当然事件のことだろうな? それだけ喋ることがあるなら経過報告書は今日中に提出できるな?」
 気付けば周りは無人になっていた。誰もこちらを見ようとしない。先日の経験から学んでいるのだ。
「おまえなら簡単だろう、小池。今話していたことを書けばいいんだから」
 実のある報告書を期待しているぞ、と笑みを浮かべながら小池の肩をポンと叩く、薪の額の青筋はもう数えきれない。

 つまりその日、一番の地獄を見たのは小池だった。
 本気で勘弁して欲しい。痴話喧嘩で周りを巻き込むくらいなら、いっそ別れちゃえよおまえら。
 そう言いたいのをぐっと堪え、何とか薪が望むレベルの報告書を書き上げたのは、夜の十時を回っていた。

「ごくろう。帰っていいぞ」
 小池が提出した書類を処理済みの箱にポンと入れ、薪は立ち上がって帰り仕度を始めた。今日は彼も帰るらしい。が、第九に残っているのは小池だけだ。薪はどうやって帰る気なのだろう。
「あの、薪さん。帰りの車は」
「この時間ならまだ終電に間に合う」
「ええとその、青木は」
「さあ。今週はずっと家に帰ってこない」
「え。心配じゃないんですか」
 浮気とか。
 飛び出しかけた言葉の尻尾を捕まえて口に戻す。提出したばかりの報告書が危うくシュレッダーに掛けられるところだった。
 小池の慌てぶりを、薪は呆れたようにせせら笑って、
「子供じゃあるまいし」
 いや、子供じゃないから心配なんでしょうが。

「何処に寝泊まりしてるか分からないんでしょう?」
「前のアパートだ。電気も水道も止まってるけど、寝るだけなら平気だからって」
 恋人とケンカして家を出たのに居所を明らかにしておくなんて、ものすごく青木らしい。電気もない部屋で大きな身体を丸めて泣きながら眠る様子が眼に浮かぶようだ。
「場所が分かってるなら迎えに行ってあげたらどうですか」
「すぐ前に公園があるからそんなに不便じゃないだろう。トイレもあるし、販売機も」
 そういう問題ではない。
「でもそれって職務違反じゃないんですか。運転手とボディガードは青木の仕事なんでしょう?」
 本当はこういう問題でもなかったのだが、そこは口の巧い小池のこと。変化球を利用した交渉術は得意中の得意だ。

「……ああ」
 薪は大きな眼をまん丸くして、呻くような声を発した。小池に言われて初めて気付いたというように、ていうか本気で気付いてなかったんですか?
「そうだ、職務違反だ。僕には青木に帰宅を命じる権利がある」
 要するに、珍しく青木が怒っちゃったもんだからパニくってたわけですね。で、普通なら簡単に立てられる策も思いつけなかったと。
「さっそく電話を、いや、行った方が早いな。小池、青木のアパートまで送ってくれるか」
 思いついたら矢も盾もたまらなくなっちゃったんですね。分かりやすいですね。

 何て言うか、可愛い人だと思う。彼らの秘密を知らないうちは分からなかったけれど、改めて見直せば薪は本当にかわいい。青木を苛めるときは生き生きしてるとか、青木が淹れたコーヒーを飲むと機嫌がよくなるとか、分かりやすいことこの上ない。気付かない自分たちがバカだったのだ。

 彼らの関係に早くから気付いていたのは飲み仲間の岡部と、不思議なことにコンピューターオタクの宇野だ。岡部は薪に一番近しい存在でプライベートも一緒に過ごすことが多かったから当然として、宇野はどうやってその事実を知ったのだろう。彼らとの親密度は自分や曽我と同じくらい。違うのはシステムメンテナンスの為の休日出勤や残業が多いことだ。捜査以外の法定外出勤のときの薪は存外穏やかだから、そのあたりで何か思う事があったのかもしれない。
 小池はそんな風に考えを巡らせたが、何のことはない、休日出勤をすると何故か必ず青木が来るのだ。さらに、これまた必ず出勤してくる薪が弁当を差し入れてくれるのだが、それがちゃんと青木の分も用意されている。デザートのカップケーキまで3人分とか、事前に打ち合わせが済んでいるとしか考えられない。分かって当たり前だ。

 青木のアパートまでは車で5分。到着したのは時計の長針が真下を指した頃だった。薪は車から降り、運転席の小池に声を掛けた。
「すまなかったな」
「いいえ。どうします? おれ、ここで待ってた方がいいですか」
「いや。帰っていい」
「そうですか。ではおやすみなさい」
「おやすみ」
 挨拶もそこそこに、薪は鉄製の階段を駆け上がっていく。時間も時間ですから足音に気を付けて、と注意してやりたかったが今夜は見逃してやることにした。

「青木。ここにいることは分かっている。無駄な抵抗は止めて出てこい」
 立て籠り犯ですか。

 1分もしないうちにドアが開いて、青木が出てきた。真っ暗な部屋に二人は入って行き、後には静けさだけが残された。しばらく待っても出てくる様子がなかったので、小池は穏やかに車をスタートさせた。今夜は薪も、電気も水道もない部屋で寝るのかもしれない。
「明日は薪さんの機嫌が直ってるといいけど」
 ゆっくりとハンドルを切りながら、小池は苦く笑った。



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Dog not to eat it (1)

 新年あけましておめでとうございます。
 昨年中は大変お世話になりました。ブログの更新ができない日も、ご来訪、過去作への拍手、コメント、ありがとうございました。みなさんにたくさんのエールをいただいたおかげで、元気に1年を終えることができました。
 未熟な管理人ですが、今年もよろしくお願いします。

 とか、しおらしいこと言っておきながらコメント溜めてすみませんー!!
 お正月休みの間にはお返事しますので! 少し待っててくださいねっ!
 

 ナマケモノの言い訳も済んだところで(おい)
 新春SSは青薪さんです。
 と言ってもお正月は関係なくて~、
 本年も広いお心でお願いします。








Dog not to eat it (1)






 ガゴンッ、と響いた派手な音に、職員たちは反射的に振り向いた。この反応は物見高さではなく、つまりは刑事の習性で、しかし彼らは一瞬で自分たちの性質を呪うことになる。
「電源切っとけって言っただろ! 何度も同じことを言わせるな!」
 あの騒音は曽我の携帯電話が薪の手によってゴミ箱に投げ込まれた音、そして薪は無茶苦茶機嫌が悪い。
「今こっちを振り向いた者。残ってデータの整理とバックアップ」
 前にも全く同じことがあったのに、なぜ振り向いてしまったのだろう。振り向いただけでアウトなんて、道端で眼が合ったと慰謝料を要求してくるチンピラよりも厳しい判定基準だ。

 薪がドアの閉まる激しい音と共に室長室に入ってしまった後、泣きながらゴミ箱を漁っている曽我を横目に、小池は、隣の席の後輩に小声で話しかけた。
「仕方ねえな、曽我のやつ。ま、今日はみんなで仲良く残業ってことで。あ、青木おまえ夜食何にする?」
「オレ、見てませんから」
「え」
「残業は、いま振り向いた人だけでしょ。オレは見てませんから」
「見てないっておまえ」
 そんなことはあり得ない、と小池は思った。
 青木は気が付くと薪を見ている。それはもう、蹴り飛ばしたくなるくらい頻繁に。
 だからと言って、青木の勤務態度が不真面目というわけではない。小池が仕事中モニターから目を離してちらっとお気に入りのアイドルの生写真を見て英気を養うように、青木は室長の顔を見てやる気を出している。それだけのことだ。
 その青木が薪の怒声をスルーなんて。そもそもこういう場合、美味いコーヒーを淹れて薪の機嫌を直すのは青木の仕事ではないか。
 室長室のドアが乱暴に閉められるのは、第九職員にとっては凶兆だ。未だロッカーを蹴る音こそ聞こえてこないが、薪は時間と共に怒りが増すタイプ。その怒りが自分たちに降り注ぐことは火を見るよりも明らかだ。
「青木。薪さんにコーヒー」
「今日は飲みたくないそうです」
 懐柔案を途中で遮られて、小池はようやく青木の異常に気付く。薪と違って顔に出すタイプではないから話してみるまで分からなかったが、青木も相当に機嫌が悪い。
 二人して機嫌が悪くて、青木は薪を見ない。この状況はつまり。

「……カンベンしてくれよ」
 小池は口の中で呟いた。
 犬も食わないなんとやら。俗に言う痴話喧嘩だ。

 この二人が特別な関係にあることは第九職員全員が知っている。薪はバレてないと信じているらしいが、9年も一緒に仕事をしているのだ。この世にそんなおめでたい職場仲間がいるものか。
 なんて傍迷惑な連中だろう、と小池は頭を抱える。プライベートのいざこざを職場に持ち込むなんて、非常識もいいところだ。ケンカなら他所でやってください、と室長に直談判したいくらいだ。命が惜しいからやらないが。

 小池はそっと席を立ち、前の席に移動した。ゴミ箱から携帯電話を救助して、壊れたところがないか確認している親友に、こそっと話しかける。
「薪さん、青木とケンカしたみたいだぞ」
「ああ、それでおれの携帯が犠牲に」
「それはおまえのせいだろ」
「いいや。携帯を投げる力がいつもより強かった」
 曽我の被害者面が癇に障ったのか、隣から岡部が口を挟んできた。
「仕事中に能天気な着メロ響かせてるおまえが悪い」
「もも○ろクローバーとか、あり得ないから」と前を向いたまま宇野が言い、2つ隣の席から今井が、
「それに、注意されるの3回目だろ。少しは気を付けろよ」
 とばっちりはこっちに来るんだからな、と全員が口を揃えると、曽我は済まなそうに坊主頭を掻いた。

「まあ、長くは続かないだろ。ケンカ相手が青木だから」
 曽我とは親友の小池が、少しだけフォローをしてくれる。一番最初に曽我を責めたのも彼だが、庇うのも彼だ。
「そうだな」と宇野が相槌を打つ。曽我と小池と宇野と青木は年が近いせいもあって仲が良い。この4人はアフターでも飲み仲間で、青木が薪の専属運転手を務めるようになってからは大分回数が減ったが、それでも週に一度は行きつけの店で顔を合わせている。
「ケンカは一人じゃできないからな」
「青木も今はまだ怒ってるみたいだけど、青木だからな」
「今日一日、持つかどうか」
「いいとこ昼までだな。あいつのことだ、昼飯食ったら忘れちまうだろ」
「青木が薪さんと上手く仲直りできるように、食堂のSランチでも奢ってやるか」
「迷惑かけられてるのはこっちだぜ。奢ってもらいたいくらいだよ」
「それもそうだな」
「やった、今日はSランチだ」
「いや、曽我はその権利ないだろ」
 室長が自室にこもってしまったのをいいことに、職員たちは仕事を中断して昼食の算段する。満場一致でスポンサーに選ばれた職員に皆が一斉に目を向けると、彼はファイルを携えて立ち上がるところだった。

「警察庁に行ってきます。戻りは2時予定です」
「え。青木、昼メシは?」
「研修センターとのランチミーティングなんです。すみません、買い出し係はだれか他の方にお願いします」
 当てにしていた財布、もとい後輩がモニタールームを出て行くと、部屋には何となく白けた空気が流れた。みんなでカフェテリアに繰り出す計画は急に色褪せ、いつものように弁当で済ませることになった。
 誰か青木の代わりに弁当買ってこいよ、と岡部が言うと、
「曽我、おまえ行ってこいよ。みんなに迷惑かけたんだから」
「冷たいやつだな、小池。おれは今、室長に怒られて傷ついてるんだよ。『好物の酢豚弁当奢ってやるよ』くらい言えないのか」
「なに甘えてんだ。おまえが携帯の電源切り忘れたからおれたちまで残業する羽目に」
「それはみんながこっちを見たからだろ? おれのせいじゃないよ」
 食いしん坊の曽我のこと、Sランチを逃したのがよっぽど悔しかったに違いない。開き直ったように彼は声を張り上げ、さらには「そもそもの原因は青木じゃないか」と此処にいない職員にすべての責任を押し付けようとした。

「元はと言えば、青木が薪さんと喧嘩なんかするから」
「僕が行って来てやる」
 後ろから聞こえてきた声に、曽我は本日二度目の地獄を見る。恐怖で固まってしまった身体を無理やり動かして振り返ると、小脇に分厚い大判封筒を抱えた薪が立っていた。亜麻色の髪に奥ゆかしく隠された秀麗な額には、青い筋が3本、いや、4本。

「仕事も手に付かないほど昼の買い出し係で揉めるなら、僕が買ってきてやる」
 何が食べたいか言ってみろ、と地の底から聞こえてくるような陰鬱な声で室長に言われて、はいそうですかと注文ができるほどの勇者は第九にはいない。それは勇気ではなく単なる危険予知能力の欠如だと知っているからだ。
 押し黙った部下たちの前で、薪は昂然と顎を反らし、
「なんだ、誰も何も食べないのか。だったら昼休みなんか要らないよな? じゃあ午後のミーティングを繰り上げよう。岡部、この資料をみんなに配ってくれ」
 室長室から出てくる際に資料を持ってくる手際の良さ。これを狙っていたに違いない。転んでも只では起きない人だ。
 渡された資料を手に、職員たちは心の中で深いため息を吐きながら、この場にいない青木と、今日は非番の山本を羨ましく思った。




*****

 全然めでたくない内容ですみません~!


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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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