バレンタイン・ラプソディ(6)

 更新空いちゃってすみませんでしたー!
 ご心配いただいた方、ありがとうございました。しづは元気に仕事してます。ブログはさぼってただけ、いやその(^^;


 先週は検査が2つもあって、書類地獄でしたー。
 気が付いたらホワイトデーを過ぎてました。
 みなさん、意中の人からのお返しはもらえましたか?

 わたしはオットが唯一もらった姪っ子からのチョコのお返しに、コンビニでクッキーの詰め合わせを自分で買いました。自分はお母さんにチョコレート作らせたくせに、お返しにはゴディバを寄越せって言うんだよ。なにがゴディバだよー、あんな小箱で1500円もしたよー。一種の詐欺だと思います。
 オットのホワイトデーは毎年こんなもんですね。社長なのにね。女の子と遊ばないし、スナックも行かないからね。ホステスさんからの営業チョコすら来ないね。さびしいやつ。
 お義母さんの話によると若いころからこうだったみたいだから、きっと、女の子からもらった本命チョコの数はわたしの方が多いに違いない。(え)
 わたしは監督員さんに渡した本命チョコのお返しが戻ってきまして(←癒着)、
 ……お返しいらないから検査甘くして!!(それなら検査官にチョコを贈るべきでは?)




 お話の方は最終章です。
 間延び公開になってしまってすみませんでした。
 お付き合いくださってありがとうございました。





バレンタイン・ラプソディ(6)





 定時を1時間ほど回った6時50分。青木はモニタールームに戻って来た。
 残念なことにその日、第九の独男トリオが夢見たモジモジ系女子は現れなかった。絶望した彼らに「どんてん」(第九職員行きつけの居酒屋)に引っ張って行かれる危険を予知した青木は、退庁時刻5分前に資料室に避難した。そこで先輩たちの誘いをやり過ごし、頃合いを見計らって出てきた。薪と話すためだ。
 薪は、仕事中は仕事以外の話を聞いてくれない。だからアフターまで待った。彼が第九を出るのは早くても7時過ぎ。この時間なら室長室にいるはずだ。

 青木の目論見通り、モニタールームには誰もおらず、そっと覗いた室長室には薪が書類の山に埋もれるようにして一人で仕事をしていた。机の上だけでは足らず、近くに寄せたカウチからローテーブルから引かれた引き出しにまで、所狭しと重ねられたファイルと紙の束が、重力との均衡をぎりぎりで保つ様子にハラハラする。と、思う間にも引き出しの上から書類が滑り落ち、苛立ちを表わす薪の舌打ちが聞こえた。
「失礼します」と声をかけ、青木は床に散らばった書類を拾い集めた。揃えて差し出すと、薪は仕事の時の冷たい情熱を湛えた瞳で青木を見つめていた。
「全員、帰ったと思ってた」
「資料室に居ました。その、調べたいことがあって」
 調べ物の詳細について聞かれたらどうしよう、と青木は自分の姑息な嘘に不安を覚えたが、薪はふうんと頷いただけだった。忙しそうな薪に、青木は話し掛けるのを躊躇う。薪が仕事人間であることは骨身に沁みている。終わるまで待つが得策だと思った。

「なにか、お手伝いできることはありますか」
「特にない」
 平坦な口調には、青木に対する怒りもなかったが親しみもなかった。仕事に没頭する彼は、まるでロボットのように精確に書類を捌いていく。能力のすべてを職務に傾けている時の彼に、感情を期待しても無駄だ。
「まだまだ掛かりそうですね。お弁当買ってきましょうか」
「要らない」
「じゃ、コーヒーでも」
「いいから自分の仕事をしろ」
「今のところ、手持ちの案件は有りません」
 薪に部屋を追い出されそうになって、青木は不服従の理由を申し立てる。この様子ではアフターのデートは無理っぽい、でもバレンタインデーは恋人たちのイベント。プライベートじゃなくてもいいから、せめて薪の傍にいたい。
 青木が健気に訴えるのに、薪は訝しげに眉を寄せて、
「おまえ、資料室で何か調べてたんだろ。捜査に必要なことだったんじゃないのか」
 恋人なのだから、青木の気持ちを少しは察してくれてもいいのに。薪が鈍いのはいつものことで、思い出してみればクリスマスも年末も、この人はここで仕事をしていた。イベントや記念日には拘らない人なのだ。

「実はその、薪さんと話がしたくて待ってました。モニタールームで待っていると目立つので」
 青木は正直に言った。もともと嘘は苦手なのだ。吐き通せた試しがない。
 青木がそっと様子を伺うと、薪はキーボードの上を滑らせていた指を一瞬止め、「30分待て」と相も変わらず平坦な口調で言った。
「あ、いや、いいです。お仕事中断させるの、申し訳ないです」
「大丈夫だ。終わらせる」
 この量を? 30分で?
 思わず周囲を見回してしまった青木に、薪は冷ややかに微笑んだ。
「終わらせる」
 種を明かせば途中だったのは薪がタイプしている書類だけで、広げてある書類は処理済みのものばかり。片付けるのが面倒だからそのままにしてあっただけだ。分かって青木は、薪に遠い場所に置いてある書類から順に片付け始めた。飴やチョコを辿ってみれば其処にお菓子の家があるように、書類を辿れば行き着くなんて薪らしいと思った。

「メシでも食いに行くか」
 宣言通りに書類を片付けて、執務机に鍵を掛けたのが7時半。壁に取り付けられたセキュリティのタッチパネルを操作しながら、薪は青木を誘ってくれた。この後、件のチョコの相手との約束は入っていないらしい。青木は安堵した。
 私物を入れてあるロッカーを開け、薪はそこから鞄とコートを取り出した。コートを着込んだ後、彼が鞄に問題のチョコレートを入れるのを青木は見逃さない。これから青木と食事に行くのに持っていくのであれば、やっぱりあれは自分宛のチョコレートだったのか。行きがけに官房室へ寄って行く気かもしれないが、どちらにせよ、薪のチョコレートの相手は恋人の青木に気兼ねせずに渡せる相手ということだ。青木はいよいよ安心して、薪の後ろについて歩き出した。

 正門を出て、薪が足を向けたのは警察庁の方向ではなかった。これは間違いなく自分宛だ、と青木は確信し、ならば当初の予定通り、薪の家で二人きり甘い夜を過ごしたいと思った。
「レストランは何処もいっぱいでしょう。テイクアウトの方が無難かもしれませんね」
「いや。席は確保してある」
 遠回しに提案したお家デートは、薪に却下された。でも青木は躍り出したいほど嬉しい。だって薪が青木のためにレストランを予約しておいてくれた。もしかしたら薪は自分以上にこの日を楽しみにしてくれていたのかと、青木が世界一幸福な男の気分を味わったのも店に着くまでの僅かな時間。
「ここって」
 青木が戸惑ったのも無理はない。薪が足を止めたのは、青木も週に1度は先輩と連れ立って暖簾をくぐる第九職員ご用達の店だった。

「ああ、いたいた」
 満席状態の店の中、薪が目敏く見つけ出した3人の第九職員は、座敷の隅のボックス席でどんよりと暗いオーラを出していた。彼らの席にビールジョッキを持ってきた店員は、バレンタインデーなんかこの世からなくなればいいだの、そんなものに踊らされている日本は滅亡する日も近いだの、チョコが男性全員に均等に配られないのは政治が悪いだのと、3人がかりで無茶苦茶なことを言われて辟易している。いつも青木が聞かされている愚痴だが、一般人には受け切れまい。
「おまえらいい加減にしろ。店員さんが困ってるだろ」
 いきなり現れた上司に、3人がぽかんと口を開ける。その隙に、店員は逃げるように席を離れ、新しい2人の客のために座布団と、今日のおすすめ品が書いてある黒板を持ってきてくれた。
 青木は中ジョッキを2つ注文し、おすすめの中から薪のためにヤリイカの刺身と有機野菜のサラダを選んだ。普段から食が細い薪の健康に気を配るのは、青木の役目だ。

 オーダーは青木に任せ、薪は宇野の隣にすとんと腰を下ろした。鞄を開けて、中からグレーの包みを取り出す。
「ほら。待望のチョコレートだ」
「えっ!」
 驚きの声を上げたのはチョコレートを受け取った3人ではなく、サラダから薪の苦手なアボガドを抜いてもらうよう店員に交渉していた青木だった。3人は反射的に後輩の顔を見て、何かを悟ったように彼から目を逸らし、次いでテーブルに置かれた銀のリボン付きのタブレットサイズの箱に視線を戻した。
「これ、朝の」
「誰かにもらったんじゃなかったんですか?」
「まさか。そんなもの」
 と、薪は言いかけて止めた。だけどその先はみんなが知っている。そんなもの、危なくて人にやれない。

 何となく固まってしまった場の空気を壊すように、薪はいつもの説教口調で、
「ったくおまえら、毎年毎年うるさいったらない。これからは僕が用意してやるから、ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
 第九は科警研の鼻つまみ。警察機構全体で最も嫌われものの部署で、転勤したくない部署ナンバー1の称号はアンケート結果を集計するまでもなく鉄板。
 だから、第九メンズは女の子には縁がないけれど。代わりに日本一の上司が付いてる。

 同じ気持ちで目線を交わすのに、それを素直に口にできないのは室長譲り。小池はわざと困ったような顔を作り、肩を竦めて、
「室長からチョコレートもらっても」
「なあ、って曽我はまたすぐに開ける」
 薪さんのことだからプラスチック爆弾くらい仕込みかねないぞ、とコソコソ言ってるの、全部聞こえてますから小池さん。
 嬉しいなら嬉しいと言えばいいのに、みんな照れ屋なんだから、と正直者の後輩はひとり呆れる。青木なら、心に生まれたうれしさや感謝の気持ちを飾らずに口に出せる。それができない人間の方が世の中には遥かに多いことを、幸福な彼は知らない。

「あ。これ、すっげー美味い」
 最初に食べた曽我が箱を一人で抱え込みそうになって、残る二人は慌てて手を伸ばした。ひとくちサイズのフォンダンショコラは、粉雪のように飾られたシュガーパウダーが食欲をそそる。小さな円柱形はきれいに整えられているが一つ一つ微妙に大きさが異なる、おそらく手作り。
「ホントだ。おれ本当は甘いもの苦手なんだけど、これはイケる」
「室長。これ何処で買ったんですか?」
「……近くの総菜屋だ」
「ああ、例の。すげー、チョコレートケーキも置いてあるんだ」
 和洋中エスニックまで何でもござれ、クリスマスにはオードブルからチキンからノエルケーキまで並べてあると言う夢のような総菜屋(年中無休24時間営業)は、当たり前だがこの世の何処にも存在しない。このケーキの作り手の正体に気付いているのかいないのか、その辺は彼らもけっこうなタヌキで、若輩者の青木には読み切れなかった。

 薪を交えて、わいわいと楽しそうにチョコを食べる4人の姿に、青木はツンと鼻の奥が痛くなる。
 傍から見たら、モテない男が寄り集まって仲間内で買い求めたチョコレートを惨めに食べている、そんな光景なのに。彼らの、その笑顔の、なんて楽しそうなことだろう。
 自分ひとりでは与えられない薪の幸せがあること、恋人ならそれを寂しく思うべきかもしれないけれど。薪が彼らに囲まれて笑っていることが、青木にはとてもうれしい。

「なに泣いてんだ、青木」
「……ワサビが鼻にきて」
 味覚までお子様だな、と青木を嘲笑った薪は、これ見よがしにイカの刺身に山葵の塊を載せて口に入れ、次の瞬間鼻を押さえた。この店の山葵は下ろしたてを使っていて、かなり効く。
 大丈夫ですかあ、と無邪気に笑う3人と一緒になって頬を緩めた青木だが、次の瞬間、本気で泣きたくなった。薪が用意してくれたチョコレートが、一つ残らず無くなっていたからだ。
「なんでオレの分、残しておいてくれないんですか!?」
「あ、悪い」
「美味かったんで、つい」
「ヒドイですよ。オレ、まだ一個も食べてないのに」
 いつもニコニコと聞き分けのよい後輩が珍しく我を張るのに、怯んだ曽我が「薪さんに頼めよ」と宥める口調で言った。
「言えませんよ、そんな図々しいこと。あれ、作るの大変でしょ」
「作るのは総菜屋のオバちゃんだろ?」
「え」
 しまった。薪の特技はトップシークレットだった。
 微妙な空気が漂う中、そっと薪を伺うと、薪はちょうど一杯目を飲み終えたところで、テーブルにジョッキを置くと同時に席を立った。

「さて。僕はそろそろ」
 酒の席に上司がいては気詰まりだろうと、薪はいつも中座する。誰もそんなこと思ってないのに、でも誰も彼を引き留めることはしない。プライベートの時間を部下たちとの付き合いに割かせるには、彼の職務はハード過ぎるのだ。
「おまえらも、明日の業務に差し支えない程度にな」
 そう言って伝票を取り上げる。こういう席で、薪が勘定を持たなかった試しがない。彼は壁のメニュー表と伝票にさっと目を走らせ、数枚の紙幣をテーブルに置いた。
「「「ごちそうさまです!」」」
 さっさと席を離れる薪を、青木は追いかけようとした。
「薪さん、送ります」
「心配しなくても大丈夫だ。チョコレートは帰りに買っておいてやる」
 おまえはここに残れ、と薪の瞳が命じていた。露見させてはいけない秘密のため、人前では距離を取らなければいけない。それは彼との関係を守るための行為だけど、歯痒さは消えない。特に、今日のような日は。
 先輩たちにヘンに思われるかもしれないと少しだけ不安になったが、青木はその時、薪の後を追わずにはいられなかった。

 青木が入り口の暖簾を払った時、薪は大通りに向かう人々の群れに近付こうとしていた。足の速い彼の姿は、見る見る間に小さくなっていく。
「薪さん!」
 薪の周りの何人かの人が、薪と一緒に振り向いた。が、彼に声を掛けた人物が飲み屋の前に立っているのを見て、酔っ払いが騒いでいるものと思ったらしい。彼らはすぐに興味を失くし、人の群れに加わった。
 その中でひとり、薪はその場に立ち、青木を待っていてくれた。急いで走り寄る、薪の身体が冷えないうちに。

 呼吸を整えるほどの距離ではなかった。でも、途切れ途切れにしか言えなかった。
「いま、しあわせ、ですか」
 薪はきょとんと眼を丸くし、次いで不服そうに青木を睨みつけた。
「僕が不幸に見えるのか?」
 いえ、と反射的に、次にはっきり、
「いいえ」と青木は言った。
 ふっと薪は笑って、素早く踵を返した。さっきよりもゆっくりと、彼の姿は遠くなって行く。真冬の夜に、その背中はシャンと伸びて。それだけで嬉しくなる、薪が元気でいてくれること。
 彼の小さな後姿が人混みに紛れて見えなくなるまで、青木はその場に立ち尽くしていた。




*****




 薪を見送る青木の斜め後ろ、電柱の陰でひそひそと電話で話す男がいた。目つきが鋭く、一見しただけで只者ではないと分かる。
「はい。通勤途中の彼に直接チョコを手渡そうとした人間は20名、いずれも当方の脅迫、いえ、説得により断念。今後二度と彼に近付かないよう、丁重にお願いしました」
 男は抜け目なく周囲に気を配り、さらに声を潜めて、
「警視正のチョコレートは、彼の部下たちの手に渡った模様であります。は、今のところ特定の男性とは会っていません。引き続き彼を尾行、いえ、警護を続けます」
 警視正の安全の陰に、彼らの活躍があったことはだれも知らない。




(おしまい)



(2013.11)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

バレンタイン・ラプソディ(5)

 雪のせいで工事が遅れて、延長による変更書類の作成に追われてます。
 工期が延びるのって、役所の印象は悪いし書類は増えるしお金をもらえるのが遅くなるしで、いいこと何にもないんだよなー(--;


 お話の方は、
 いつまでバレンタインやってんだですみませんー!
 ホワイトデー前には終わらせますです(^^;







バレンタイン・ラプソディ(5)





 いつもなら外に食事に行く曽我たちは、昼休みに訪れるかもしれないステキ女子を待って執務室に張り付いていた。期待とは裏腹に、この1時間で彼らが一番多く為した仕事は、薪宛のチョコレートを代わりに受け取って段ボール箱に投入することだった。
「青木、どこ行ってたんだよ。早く来ないから帰っちゃったぞ」
「このチョコレート、おまえ宛てだぞ。庶務課のYさんだってさ」
「え」
 よかったなあ青木、と後輩の戦果を喜んでくれる、それが彼らの好意であることは充分に分かって、でも青木は今それどころじゃない。薪が自分以外の誰かにバレンタインのチョコレートを贈ろうとしている、緊急事態だ。

 あまり嬉しそうでない青木を見て、小池は彼が自分たちに気を使っているのだと思った。だからわざと明るく、大仰なジョークで後輩の気づまりを吹き飛ばしてやろうとした。
「ウドの大木と名高い青木にも来たんだ。第九のトムクルーズと呼ばれたこの俺に来ないわけがない」
「糸目のトムクルーズなんて聞いたことないですけど」
「ブラッドピットにそっくりだって噂のある俺はなおさら」
「メタボ体系のブラッドピットなんていないと思います」
「第九のビルゲイツとは俺のこと」
「ファーストフードが大好物でホテルは寝る場所とネットさえあれば満足の大富豪ですか? ケチケチした男は女の子には嫌われますよ」
 シンと静まった部屋の中、おずおずと曽我が言った。
「青木、何かあったのか。全部声に出てるぞ」
「えっ!」
 慌てて両手で口を塞ぐ。指摘されるまで気付かなかった。
 恩義ある先輩方に、失礼なことを言ってしまった。真っ赤になって平謝りする、青木を先輩たちは快く許してくれた。

「さては、薪さんに強く叱られたんだな」
「あんまり気にすんなよ。薪さんも、今日は傷ついてるんだよ」
「どうしてですか」
 不思議に思って尋ねる青木に、先輩たちは顔を見合わせた。小池が、くいと親指で執務室の隅を指す。彼の矢印の先を目で辿れば、そこには大きな箱と小さな箱。どちらの中身も華やかにラッピングされたチョコレートで、今すぐにでもこの場でファンシーショップが開けそうだ。

「なぜ分けてあるんですか?」
「小さい方は『死ね』ってメッセージカード付き。あと、カッターナイフの替刃とか、待ち針とかも」
 青木は息を飲んだ。肺に落ちる空気をまるで鉛のように感じる。
 沢山の好意に混じって届けられた一握りの悪意。その数はごく少数で、比率にしてみれば10分の1もない。でも。
 悪意は好意の何倍もの強さで人の心を切り裂く。
「こっちの大きな箱も、中身は全部廃棄処分だ。薬物検査まではできないからな」
 一部分の悪意が、多くの善意を打ち消していく。薪の元へ届く純粋な善意は仲間内からのものだけ、面識のない人間からの贈り物には一抹の疑惑が加味されてしまう。

 興味がない、だから気にもしてない。薪が言ったのはそういう意味だったのか。

 バレンタインだのホワイトデーだのと製菓会社の戦略に踊らされるのは愚かな人間のすることだ、と横向く人もいるかもしれないけれど。本当に大切なのはお菓子を買うことじゃない。みんながこうして同じ楽しみを共有できること、仲間同士が寄り合って共通の話題で親しく言葉を交わせること。多くの日本人がこういったイベントを見境なく生活に取り込む本来の目的は、そういうことじゃないのか。
 小市民のささやかなお祭りにかこつけた楽しいひと時。そこに加われない薪が、ひどく可哀想に思えた。

 青木の心から凶悪な感情が剥がれ落ちていく。肩を落として、青木は正直に言った。
「叱られたんじゃありません。薪さんが、誰かにチョコレートを用意してるみたいで。それがちょっとショックだったと言うか」
 本当はショックなんてものじゃない。世界中の人間が全部ライバルに見える、疑心暗鬼の虫に取り憑かれていたのだ。
「薪さんが? 自分でチョコレートを?」
「どっかの女子に貰ったやつだろ」
「違います。薪さん本人から聞いたんです」
 へえ、と意外そうに首を傾げる先輩たちを残し、青木は段ボール箱を持って部屋を出た。どうせ廃棄処分にするなら回収ボックスに入れてしまったほうが、薪の目に付かないと思ったのだ。
 何年か前、薪宛のラブレターをシュレッダーに掛けていたことを思い出す。色々あって、薪は自分宛の手紙にはすべて目を通すようになった。その中には、この箱の中身を全部廃棄しなければいけなくなった理由と同じものも、少なからず混じっているに違いない。逆さまにした段ボール箱から虹色の滝のように落ちるチョコレートを見て、青木は物悲しくなった。
 傷ついていないわけはないのに、いつもと変らぬ平気な顔をして。彼が他人の前で弱さを見せないのは男の意地と、部下たちに心配させたくないというやさしさ。今朝の雪子のチョコ騒動も、そのパフォーマンスの一環だったのかもしれないとさえ思えて、青木は単純に浮かれていた自分を殴りつけたくなった。

 自己嫌悪で肩を落とした青木を小池たちはどう取ったのか、青木がモニタールームに入るや否や、出し抜けに、
「小野田官房長だな」と警察庁のお偉いさんの名前を挙げた。
「俺もそう思う」
「俺も。薪さんが義理チョコ贈るって言ったら、小野田さんしかいないだろ」
 なるほど、それはあり得るかもしれない。冗談が大好きな小野田からは毎年熱烈なラブレターと共に薪の好きな吟醸酒が贈られてくる。そのお返しというわけだ。
「そうかも、いや、きっとそうですね。なんで気付かなかったんだろ」
 小野田なら仕方ない。今日の薪があるのは小野田の力によるところが大きいし、普段からも何かと目を掛けてもらっているのだ。それに、縦割り社会の警察機構の中で第九がある程度の無茶を通せるのは、小野田の後ろ盾あってのことだ。室長として礼節を尽くすのは当たり前だ。

 すうっと胸のつかえが消えて、青木は晴れ晴れとした笑顔を見せた。「コーヒー淹れて来ますね」と給湯室へ向かう後輩の足取りの軽さに、小池たち3人は失笑を洩らす。
 後輩の、室長を慕う気持ちは度が過ぎている。少し異常な気さえするのだが、薪の中性的な容姿から自然に連想されるある種の懸念もあって、思っても口に出せないでいる。
 その時も彼らは胸底に沸き起こった疑惑に蓋をし、青木の薪さん好きにも困ったものだ、とそっと目線を交わしあった。




*****




 同日某時刻。
 暗幕に閉ざされた一室で、数人の男たちが額を寄せ合っていた。彼らは一様に深刻な表情で、録音された会話を黙って聞いていた。
『雪子さんのチョコってとこが大事なんじゃないか』
 スピーカーから聞こえてきたアルトの声に、誰かがそっとため息をつく。暗い室内にその声は、女神の息吹のように木霊していた。

「三好雪子も命拾いしましたな」
「さよう。竹内と結婚しなかったら、遠からず警察機構を追放になるところでした」
「いくら女性とはいえ、こうもあからさまに警視正の好意を向けられたのでは。彼女に粛正を、と逸る会員を抑えるのは苦労しましたな」
「三好雪子の件は片が付いたとして。問題は警視正に嫌がらせをした連中だ」
「まったくだ。これが原因で彼が警察を辞めるようなことにでもなったら」
「我々は、何を楽しみに生きていけばいいのか分からない」
 そうだそうだ、と男たちは口々に怒りを表明し、拳を握り締めた。

「残念ながら、物証は既に廃棄ボックスに投入され、滅却されたものと思われます。第九職員たちの前後の会話から、無害なチョコレートも廃棄せざるを得なかったようです。当然、我々が仕込んだ盗聴、いえ、愛を込めたチョコレートも」
「ブラックリスト候補者たちの所在も不明になったと言うわけか」
「草の根分けても探し出して粛正してやりたいところだが」
「無念だ」
 もっと彼の声を聞きたかった、と口には出せない恨みを見ず知らずの愉快犯に向けて燃やし、彼らはやるせなくテーブルを叩いた。

「今回は、もっと重大な問題が発生しました」
 緊急の幹部集会を呼びかけた男が、集会の目的を固い声で告げる。幹部たちは姿勢を正し、彼の言う『重大な問題』に真剣に耳を傾けた。
 彼が録音機器を操作する。聞こえてきたのは若い男の声だった。

『薪さんが、誰かにチョコレートを用意してるみたいで』

 真っ暗な部屋の中に放電現象が起きた。
 勿論それはショックによる錯覚で、しかし部屋にいた全員が同じ幻を見ていたことから、この幻覚は事実として会員たちに語り継がれることになる。その時の衝撃を、失意を、後に様々な手法で表現した彼らの作品は芸術展や文学界で高い評価を受け、中でも絵画『女神の失墜』は二期展で金賞を受賞、小説部門では『女神の想い人に祝福の弾丸を』がベストセラーになった。高額の売り上げ金は会の運営費に充てられている。
 それはさておき、スピーカーからは続いて第九職員の声が流れてきた。何処かの女の子からの贈りものだろう、と一人が言うのに、最初の若い男が、
『違います。薪さん本人から聞いたんです』
 そこで会話は途切れ、ガガガガという機械音のあと突然ぷつりと切れてしまった。ここで廃棄ボックスに投入されたのだろう。

 シンと静まった部屋の中、誰もが息を殺し、自分の中に生まれた凶悪な感情を殺して彼の新しい恋を応援し、なんてマトモな人間ならこんな会には入らない。
「薪警視正に想い人が」
「ゆゆしき事態だ」
「いったい何処の誰なんだ」
「早急に帳場を立てろ。捜査本部を設置して相手の男を絞り込むんだ」
「それは刑事部長のわしの役目だな。よし、引き受けた。確認が取れ次第、抹殺の方向で」
「その仕事は公安部に任せてくれ。目撃者ゼロの事故を装う。得意中の得意だ」
「では、死亡診断書は我々法一が」
「万が一のときの死体の処分は第五で引き受けよう。細菌による分解処理を施せば骨も残らん」
 ……げに恐ろしきかな国家権力。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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『ヒカリアレ』
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7/20 推敲の結果、70Pになりました。←バカじゃないの。
2回目の推敲に入りました。
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