イヴに捧げる殺人(4)
こんにちは。
みなさんはもう、連休に入りましたか?
うちはカレンダー通りの休日で、日曜日と昨日はお休み、3~6日まで連休の予定です。5日に漏水当番が入ってるから実質は3日ですが。
日曜日はねえ、那須の動物園に行ってきたんだ~。
カピバラと戯れてアルパカと遊んで、ハシビロコウとにらめっこ。犬猫ウサギ、馬、羊、牛、ラクダ、猿に鳥たち。正に動物キングダム♪
温泉まであるんだから、うちの青薪さん定番のデートコースになるはずだわ~、て書いたことなかったっけ。今度書く。
昨日はお休みだったから、ブログの更新とかお返事とかできたわけなんですけどね、昼間っからビール飲んだら眠くなっちゃってテレビ見ながら寝ちゃいました。←ダメ人間の見本みたいな休日。
人間て、どうしてお休みになるとだらけちゃうんだろうねえ? え、わたしだけ?
イヴに捧げる殺人(4)
「礼子さま、おはようございます」
校門前で車から降りた途端、礼子は見知らぬ女生徒に声を掛けられた。亜麻色の巻き毛の、はっとするくらいキレイな娘だった。こんな子学校にいたかしら、と礼子はしばらく考えたが思い出せなかった。だいたい、向こうから自分に話し掛けてくるなんて――。
「……うそ」
昨日、自宅に挨拶に来た男だと気付くのに一分くらいかかった。気付いて白目を剥いた。
だってセーラー服よ、セーラー服。
てか似合い過ぎなんだけど。違和感なさ過ぎて気持ち悪い。いっそ叫びながらこの場を走り去りたい。
気付けば、周囲は登校してきた生徒たちのざわめきに満たされていた。
「あの方はどなた?」「転校生かしら」「なんてきれいな方なんでしょう」「本当に。まるで天使のよう」
次々と聞こえてくる称賛の声に、礼子は心の中で激しく言い返す。
いや、確かに似てるけど。宗教の授業の時に習った何とかって言う天使にそっくりだって認めるけど、野郎だからね、こいつ。
知らぬが仏とは正にこのこと。そんな状況で彼が礼子に声を掛けたから堪らない。礼子は生徒たちの質問の集中砲火を浴びる羽目になった。
「九条さま。この方とお知り合いですの?」「まあ羨ましい。わたくしにも紹介してくださいな」「お名前は何とおっしゃるの?」「お家はどちら?」
きれいで華やかなものが大好きな彼女たちは、新しいお人形を見つけた興奮にきゃあきゃあ騒いだ。礼子は仕方なく、彼女は自分の遠縁で日本に留学中、今日から十日ほどこの学校に通うことになったのだと説明した。虚言は孤児院育ちの礼子の十八番。お人好しのお嬢様連中には見抜けまい。
群れ為す生徒たちを朝礼の時間を理由に遠ざけ、礼子と彼は校舎へと向かった。こっそり話していることがみんなに分からないように、互いに前を向いたまま小さな声で刺々しい会話を交わす。
「なんでそんなカッコしてんの。あんた変態だったの」
「ご学友として陰ながらお嬢様をお守りしろとの命令ですので」
「陰ながらって、あたしの方が影になってるんだけど」
「仕方ないですね。お嬢様は地味なお顔立ちですから」
この場でこいつのスカートめくって社会から抹殺してやろうかしら。
いい考えだと礼子は思ったが、不発に終わりそうだとも思った。礼子よりも若干短いスカートから伸びている彼の脚の優雅なこと。足首なんか折れそうに細い。スカートの中身が見えたところで男だとは分からないんじゃないか、ていうか、
生足よね、それ。なんでスネ毛無いのよ。ホント気持ち悪いわ、この男。
「事件の大まかな内容はご両親から伺ってますが、当事者から詳しい話を聞かせてもらえますか」
「事件てなんのこと」
「校内で危ない目に遭われたのでしょう?」
何故昨日部屋で訊かなかったのだろう。少し考えて、ユリエがいたからだと気付いた。この男は礼子が学校でどんな目に遭っているかおおよその見当を付けていて、それで気を使ったんだと分かったら妙に悔しくなった。
昇降口で真新しい上履きに履き替える。ついでに、たぐまっていたソックスを引き上げた。隣で同じように上履きを履いている彼に、礼子は素っ気なく言った。
「別に。大したことじゃないわよ」
「もう少しで大怪我をするところだったと聞きましたよ」
「平気よ。あたし、運動神経いいもん」
「ご両親は苛めを疑ってらしたそうですが」
「あたしがエセお嬢様だってみんな知ってるからね。この学校、真正のお嬢様が通う学校だから。面白くない人間もいるんじゃないの」
育ちのいい子から見れば、礼子が受けている行為は苛めになるのかもしれない。しかし礼子には、そんな被害者意識はなかった。
「流れてる血が違うのよ。あの子たちとあたしは」
生まれ持った魂の差って、出るものだ。お金持ちの家に生まれた子は品が良く、そうでない家に生まれた子は何処かしら浅ましい。みんなそれを敏感に感じ取って、だから自分を遠巻きするんだろうと礼子には分かっている。皆が悪いのではなく、自分が悪いわけでもない。悪いとしたら、礼子をこんな場違いの学校に入れた養い親のせい。それだって彼らに悪気があったわけじゃない。
結局、誰も悪くないのだ。
「でも大半は良い子たちよ。見たでしょ、さっきの。此処にいる大抵の子は幸せしか知らないのよ。苛めって言ったって、幼稚な意地悪よ。あんなの、施設の熾烈な生き残り競争に比べたら何でもないわよ」
施設では、みんなが互いの足を引っ張り合っていた。夕飯のおかずやしょぼいおやつ、そんなものの為に殴られたり、やってもいない悪行をでっち上げられたり。貧しさは人の心を醜くする。それを礼子は幼い頃から叩き込まれて生きてきた。それに比べたらここは天国だ。何もしなくても美味しいご飯が食べられるし、それを誰かに取り上げられる心配もないのだから。
「だからあんたはあたしが苛めになんか遭ってないってお母様たちに報告して。早くあたしの前から消えてちょうだい」
礼子が彼を遠ざけたいと思った、一番の理由はそれだった。事実を報告されたら、転校させられるかもしれない。それは避けたかった。
彼は冷静に礼子の話を聞き、堅い声で言った。
「判断するのは僕です。……ところで、前の上履きは誰に捨てられたんですか」
「さあ。気が付いたらなくなって、っ」
口を滑らせた礼子に、彼はニコリと微笑んで見せた。それがもうどこからどう見ても絶世の美少女で。虫唾が走るわ、この男。
「失礼。月曜日でもないのに、鞄から靴を出されていたので」
「あたしは新しいクツが好きなの。足元がちょっとでも汚れてると気になるのよ」
「それにしてはソックスがずり落ちてるようですけど」
「こ、これはファッションよ。ルーズソックスってやつ」
「百年くらい前に流行ったファッションですよね。大体それ、普通のソックスでしょ」
「今はこれが流行りなのっ」
「さっき引き上げてませんでした?」
なんて口の立つ男だろう。ああ言えばこう言う。諦めて、礼子は白状した。
「誰に捨てられたかは分からない。でも、本当に大したことじゃないわ。上履きくらい、また買えばいいんだもの」
「他に被害はありませんでしたか」
ない、と礼子は言い切った。もちろん嘘だった。まだ二学期の半ばなのに、学用品はおろかジャージも制服も三枚目だった。礼子の嘘を見抜いたように、彼は礼子が一番恐れていたことをあっさりと口にした。
「嫌がらせが続くようなら、転校という手もありますよ」
「転校してどうするの? また同じことを繰り返すだけよ。それに」
礼子は意識的に彼に背を向けた。これ以上、嘘を暴かれるのはごめんだった。
「負けて逃げ出すのは嫌」
そこで彼との会話は終わった。教室に着いたからだ。彼は転入生だから職員室に行かなくてはいけない。「ではまた」と小さく手を振って廊下を歩いていく、その姿に廊下にいた生徒がみんな見蕩れていた。
この鞄、後ろから投げつけてやろうかしら。
そんなことができる筈もなく、礼子は肩をすくめて教室に入り、自分の席に着いた。机が汚されていないことに少なからずホッとし、鞄の中身を机に移す。
ここ2ヶ月の間に、礼子への苛めは極端に減った。が、彼女を取り巻く環境はさらに劣悪なものになった。クラスでは完全に孤立して、誰も彼女と眼を合わせようとしない。誰も彼女に話しかけない。
それはそれで気楽だったが、寂しくないと言えば嘘になる。施設では嫌なことばかりだったが、それでも一応は友達と呼べる子が何人かはいた。現在、礼子には友達は一人もいない。
いや、たった一人だけ。
好意を持ってくれていると、信じるに足る相手はいた。もう何週間も言葉を交わしていないけれど、礼子は彼女を信じていた。
『何があっても私は礼子さまをお慕いしております』
彼女はそう言ったのだ。
その彼女も今は、礼子に話しかけてこない。それは彼女やクラスのみんなが意地悪なわけではない。怖がっているだけなのだ。
彼女たちは2ヶ月前、いや、一月前までは朝の挨拶くらいはしてくれた。でも先月の頭に2度目の事件が起きて、それから誰も礼子に近付かなくなった。事件の裏に隠された符号に気付いたからだ。学園中がそれを知っているわけではない。クラスメイトと言う近しい関係にあったからこその恐れ。でも礼子には、彼女たちを弱虫と罵る気持ちは起きなかった。だって仕方がない。彼女たちは生まれた時から守られて来たのだから。戦い方を知らないのだ。
十分ほどすると担任の先生が来て、転入生を紹介した。正門前で起きたことが再び繰り返され、礼子はうんざりした。初めての場所に彼を連れて行くたびにこの脱力感を味あわなくてはいけないのかと思うと、始まったばかりの十日間が十年にも思えた。
続いて始まった大嫌いな数学の時間を、礼子は欠伸を噛み殺しながらやり過ごした。一時限目にこの科目を持って来られるのは拷問だと思うのは、自分の育ちが悪いからだろうか。
クラス朝礼で紹介された彼は、礼子の斜め後ろの席に陣取って、油断なくこちらを見ていた。彼が同じクラスに入れたのは、多分父親が手を回したのだろう。父はこの学園の理事の一人なのだ。
退屈な授業が終わって休み時間、いつもは一人で文庫本を眺めて過ごすのだが、その日はそれが許されなかった。美貌の転入生に群がった生徒たちがうるさくて、本の内容がちっとも頭に入ってこなかったのだ。
「美奈子様は礼子様の御親戚と聞きましたけど、同じ名字ですのね」
九条美奈子と言うのは彼の偽名だ。学校に転入するのに誰かの戸籍を借りたかでっち上げたかしたのだろう。
「この学校は気に入りまして?」
「ええ。とても素敵な学校ですわね」
「まあ、よかった。よろしかったらお友達になってくださいな」
「よろこんで」
彼の関心を引こうと何人ものクラスメイトが彼に話しかけ、彼は卒なくそれに答えていた。普段警察でどんな仕事をしているのか、あの板に着いたお嬢言葉はいったい何処で習得してきたのだろう。
「美奈子様がいらしてくださって、久しぶりに華やいだ気分になりましたわ。このところ、嫌なことばかり続いたから」
「まあ、貴子様ったら。美奈子様はこちらにいらしたばかりなのにそんなこと」
「噂は伺っておりますわ。学園に吸血鬼が出るって」
ざわめいて眉を顰めたのは、彼の近くにいた生徒だけではなかった。皆なるべくその話題には触れないようにしてるのに、無神経な男だ。基本的に此処にいる娘は温室育ちの甘ちゃんで、だから本気で吸血鬼を怖がっている娘もいたりする。礼子の隣の席の娘に至っては真っ青になっていた。見かねて礼子は席を立った。
「そんな噂を信じてらっしゃるの? 案外ロマンチストなのね、美奈子さんは」
皮肉っぽく言うと彼はコロコロと笑って、だからそれ止めてってば。みんな見惚れてるけどそいつ男だからね。「鈴を転がしたようなお声ですこと」ってパンツ脱がしたら股間に鈴がぶら下がってるからね。
「まさか。吸血鬼なんてこの世にはいませんわ。人間の仕業でしょう」
彼が断言すると、ざわめきはますます大きくなった。みんな不安で仕方ないのだ。だって被害者はこの学校の生徒ばかりなのだから。いつ自分に白羽の矢が立たないとも限らない。漠然とした恐怖に日夜晒されているのだ。
「恐ろしい」「一体どこの変質者かしら」「この学園の生徒ばかりが狙われるのは何故でしょう」
口々に不安を零す彼女たちを彼はじっと観察していた。その眼光の鋭さで分かった。彼がボディガードという名目でこの学校に何をしに来たのか、礼子はその時、初めて理解したのだ。
礼子の意味深な視線に気付くと彼は頬を緩め、見事な作り笑顔で言い放った。
「わたくし、この事件にとても興味がありますの。被害に遭われた方々のことや事件当時のこと、どんな小さなことでもお聞きしたいわ」
「物見高い方ね。生憎わたしたちは、物騒な話は致しませんの」
利用されてたまるかと、礼子は思った。薪が険悪な目でこちらを睨んだが、気付かない振りをした。
「随分冷たい言い方ですこと。礼子様は美奈子様と御親戚なのでしょう?」
彼は警察のスパイよ、と叫んでやりたかったがその気も失せた。横やりを入れて来たのが三角貴子だったからだ。彼女はこのクラスにおける礼子排斥グループの筆頭者。勝手に騙されて利用されればいいと思った。
「ああ、そうでしたわね。親戚と言っても血の繋がりはございませんのよね」
貴子はクスリと嫌な笑い方をし、礼子に見下す視線をくれた。
「私も事件のことはとても気になっておりますのよ。美奈子様とは気が合いそうですわ」
「まあ嬉しい。いろいろ教えて下さいな」
ぷいとそっぽを向いて、礼子は教室を出た。これから十日間は休み時間を廊下で過ごすことになりそうだ。憂鬱になって彼女は、重苦しいため息を吐いた。
みなさんはもう、連休に入りましたか?
うちはカレンダー通りの休日で、日曜日と昨日はお休み、3~6日まで連休の予定です。5日に漏水当番が入ってるから実質は3日ですが。
日曜日はねえ、那須の動物園に行ってきたんだ~。
カピバラと戯れてアルパカと遊んで、ハシビロコウとにらめっこ。犬猫ウサギ、馬、羊、牛、ラクダ、猿に鳥たち。正に動物キングダム♪
温泉まであるんだから、うちの青薪さん定番のデートコースになるはずだわ~、て書いたことなかったっけ。今度書く。
昨日はお休みだったから、ブログの更新とかお返事とかできたわけなんですけどね、昼間っからビール飲んだら眠くなっちゃってテレビ見ながら寝ちゃいました。←ダメ人間の見本みたいな休日。
人間て、どうしてお休みになるとだらけちゃうんだろうねえ? え、わたしだけ?
イヴに捧げる殺人(4)
「礼子さま、おはようございます」
校門前で車から降りた途端、礼子は見知らぬ女生徒に声を掛けられた。亜麻色の巻き毛の、はっとするくらいキレイな娘だった。こんな子学校にいたかしら、と礼子はしばらく考えたが思い出せなかった。だいたい、向こうから自分に話し掛けてくるなんて――。
「……うそ」
昨日、自宅に挨拶に来た男だと気付くのに一分くらいかかった。気付いて白目を剥いた。
だってセーラー服よ、セーラー服。
てか似合い過ぎなんだけど。違和感なさ過ぎて気持ち悪い。いっそ叫びながらこの場を走り去りたい。
気付けば、周囲は登校してきた生徒たちのざわめきに満たされていた。
「あの方はどなた?」「転校生かしら」「なんてきれいな方なんでしょう」「本当に。まるで天使のよう」
次々と聞こえてくる称賛の声に、礼子は心の中で激しく言い返す。
いや、確かに似てるけど。宗教の授業の時に習った何とかって言う天使にそっくりだって認めるけど、野郎だからね、こいつ。
知らぬが仏とは正にこのこと。そんな状況で彼が礼子に声を掛けたから堪らない。礼子は生徒たちの質問の集中砲火を浴びる羽目になった。
「九条さま。この方とお知り合いですの?」「まあ羨ましい。わたくしにも紹介してくださいな」「お名前は何とおっしゃるの?」「お家はどちら?」
きれいで華やかなものが大好きな彼女たちは、新しいお人形を見つけた興奮にきゃあきゃあ騒いだ。礼子は仕方なく、彼女は自分の遠縁で日本に留学中、今日から十日ほどこの学校に通うことになったのだと説明した。虚言は孤児院育ちの礼子の十八番。お人好しのお嬢様連中には見抜けまい。
群れ為す生徒たちを朝礼の時間を理由に遠ざけ、礼子と彼は校舎へと向かった。こっそり話していることがみんなに分からないように、互いに前を向いたまま小さな声で刺々しい会話を交わす。
「なんでそんなカッコしてんの。あんた変態だったの」
「ご学友として陰ながらお嬢様をお守りしろとの命令ですので」
「陰ながらって、あたしの方が影になってるんだけど」
「仕方ないですね。お嬢様は地味なお顔立ちですから」
この場でこいつのスカートめくって社会から抹殺してやろうかしら。
いい考えだと礼子は思ったが、不発に終わりそうだとも思った。礼子よりも若干短いスカートから伸びている彼の脚の優雅なこと。足首なんか折れそうに細い。スカートの中身が見えたところで男だとは分からないんじゃないか、ていうか、
生足よね、それ。なんでスネ毛無いのよ。ホント気持ち悪いわ、この男。
「事件の大まかな内容はご両親から伺ってますが、当事者から詳しい話を聞かせてもらえますか」
「事件てなんのこと」
「校内で危ない目に遭われたのでしょう?」
何故昨日部屋で訊かなかったのだろう。少し考えて、ユリエがいたからだと気付いた。この男は礼子が学校でどんな目に遭っているかおおよその見当を付けていて、それで気を使ったんだと分かったら妙に悔しくなった。
昇降口で真新しい上履きに履き替える。ついでに、たぐまっていたソックスを引き上げた。隣で同じように上履きを履いている彼に、礼子は素っ気なく言った。
「別に。大したことじゃないわよ」
「もう少しで大怪我をするところだったと聞きましたよ」
「平気よ。あたし、運動神経いいもん」
「ご両親は苛めを疑ってらしたそうですが」
「あたしがエセお嬢様だってみんな知ってるからね。この学校、真正のお嬢様が通う学校だから。面白くない人間もいるんじゃないの」
育ちのいい子から見れば、礼子が受けている行為は苛めになるのかもしれない。しかし礼子には、そんな被害者意識はなかった。
「流れてる血が違うのよ。あの子たちとあたしは」
生まれ持った魂の差って、出るものだ。お金持ちの家に生まれた子は品が良く、そうでない家に生まれた子は何処かしら浅ましい。みんなそれを敏感に感じ取って、だから自分を遠巻きするんだろうと礼子には分かっている。皆が悪いのではなく、自分が悪いわけでもない。悪いとしたら、礼子をこんな場違いの学校に入れた養い親のせい。それだって彼らに悪気があったわけじゃない。
結局、誰も悪くないのだ。
「でも大半は良い子たちよ。見たでしょ、さっきの。此処にいる大抵の子は幸せしか知らないのよ。苛めって言ったって、幼稚な意地悪よ。あんなの、施設の熾烈な生き残り競争に比べたら何でもないわよ」
施設では、みんなが互いの足を引っ張り合っていた。夕飯のおかずやしょぼいおやつ、そんなものの為に殴られたり、やってもいない悪行をでっち上げられたり。貧しさは人の心を醜くする。それを礼子は幼い頃から叩き込まれて生きてきた。それに比べたらここは天国だ。何もしなくても美味しいご飯が食べられるし、それを誰かに取り上げられる心配もないのだから。
「だからあんたはあたしが苛めになんか遭ってないってお母様たちに報告して。早くあたしの前から消えてちょうだい」
礼子が彼を遠ざけたいと思った、一番の理由はそれだった。事実を報告されたら、転校させられるかもしれない。それは避けたかった。
彼は冷静に礼子の話を聞き、堅い声で言った。
「判断するのは僕です。……ところで、前の上履きは誰に捨てられたんですか」
「さあ。気が付いたらなくなって、っ」
口を滑らせた礼子に、彼はニコリと微笑んで見せた。それがもうどこからどう見ても絶世の美少女で。虫唾が走るわ、この男。
「失礼。月曜日でもないのに、鞄から靴を出されていたので」
「あたしは新しいクツが好きなの。足元がちょっとでも汚れてると気になるのよ」
「それにしてはソックスがずり落ちてるようですけど」
「こ、これはファッションよ。ルーズソックスってやつ」
「百年くらい前に流行ったファッションですよね。大体それ、普通のソックスでしょ」
「今はこれが流行りなのっ」
「さっき引き上げてませんでした?」
なんて口の立つ男だろう。ああ言えばこう言う。諦めて、礼子は白状した。
「誰に捨てられたかは分からない。でも、本当に大したことじゃないわ。上履きくらい、また買えばいいんだもの」
「他に被害はありませんでしたか」
ない、と礼子は言い切った。もちろん嘘だった。まだ二学期の半ばなのに、学用品はおろかジャージも制服も三枚目だった。礼子の嘘を見抜いたように、彼は礼子が一番恐れていたことをあっさりと口にした。
「嫌がらせが続くようなら、転校という手もありますよ」
「転校してどうするの? また同じことを繰り返すだけよ。それに」
礼子は意識的に彼に背を向けた。これ以上、嘘を暴かれるのはごめんだった。
「負けて逃げ出すのは嫌」
そこで彼との会話は終わった。教室に着いたからだ。彼は転入生だから職員室に行かなくてはいけない。「ではまた」と小さく手を振って廊下を歩いていく、その姿に廊下にいた生徒がみんな見蕩れていた。
この鞄、後ろから投げつけてやろうかしら。
そんなことができる筈もなく、礼子は肩をすくめて教室に入り、自分の席に着いた。机が汚されていないことに少なからずホッとし、鞄の中身を机に移す。
ここ2ヶ月の間に、礼子への苛めは極端に減った。が、彼女を取り巻く環境はさらに劣悪なものになった。クラスでは完全に孤立して、誰も彼女と眼を合わせようとしない。誰も彼女に話しかけない。
それはそれで気楽だったが、寂しくないと言えば嘘になる。施設では嫌なことばかりだったが、それでも一応は友達と呼べる子が何人かはいた。現在、礼子には友達は一人もいない。
いや、たった一人だけ。
好意を持ってくれていると、信じるに足る相手はいた。もう何週間も言葉を交わしていないけれど、礼子は彼女を信じていた。
『何があっても私は礼子さまをお慕いしております』
彼女はそう言ったのだ。
その彼女も今は、礼子に話しかけてこない。それは彼女やクラスのみんなが意地悪なわけではない。怖がっているだけなのだ。
彼女たちは2ヶ月前、いや、一月前までは朝の挨拶くらいはしてくれた。でも先月の頭に2度目の事件が起きて、それから誰も礼子に近付かなくなった。事件の裏に隠された符号に気付いたからだ。学園中がそれを知っているわけではない。クラスメイトと言う近しい関係にあったからこその恐れ。でも礼子には、彼女たちを弱虫と罵る気持ちは起きなかった。だって仕方がない。彼女たちは生まれた時から守られて来たのだから。戦い方を知らないのだ。
十分ほどすると担任の先生が来て、転入生を紹介した。正門前で起きたことが再び繰り返され、礼子はうんざりした。初めての場所に彼を連れて行くたびにこの脱力感を味あわなくてはいけないのかと思うと、始まったばかりの十日間が十年にも思えた。
続いて始まった大嫌いな数学の時間を、礼子は欠伸を噛み殺しながらやり過ごした。一時限目にこの科目を持って来られるのは拷問だと思うのは、自分の育ちが悪いからだろうか。
クラス朝礼で紹介された彼は、礼子の斜め後ろの席に陣取って、油断なくこちらを見ていた。彼が同じクラスに入れたのは、多分父親が手を回したのだろう。父はこの学園の理事の一人なのだ。
退屈な授業が終わって休み時間、いつもは一人で文庫本を眺めて過ごすのだが、その日はそれが許されなかった。美貌の転入生に群がった生徒たちがうるさくて、本の内容がちっとも頭に入ってこなかったのだ。
「美奈子様は礼子様の御親戚と聞きましたけど、同じ名字ですのね」
九条美奈子と言うのは彼の偽名だ。学校に転入するのに誰かの戸籍を借りたかでっち上げたかしたのだろう。
「この学校は気に入りまして?」
「ええ。とても素敵な学校ですわね」
「まあ、よかった。よろしかったらお友達になってくださいな」
「よろこんで」
彼の関心を引こうと何人ものクラスメイトが彼に話しかけ、彼は卒なくそれに答えていた。普段警察でどんな仕事をしているのか、あの板に着いたお嬢言葉はいったい何処で習得してきたのだろう。
「美奈子様がいらしてくださって、久しぶりに華やいだ気分になりましたわ。このところ、嫌なことばかり続いたから」
「まあ、貴子様ったら。美奈子様はこちらにいらしたばかりなのにそんなこと」
「噂は伺っておりますわ。学園に吸血鬼が出るって」
ざわめいて眉を顰めたのは、彼の近くにいた生徒だけではなかった。皆なるべくその話題には触れないようにしてるのに、無神経な男だ。基本的に此処にいる娘は温室育ちの甘ちゃんで、だから本気で吸血鬼を怖がっている娘もいたりする。礼子の隣の席の娘に至っては真っ青になっていた。見かねて礼子は席を立った。
「そんな噂を信じてらっしゃるの? 案外ロマンチストなのね、美奈子さんは」
皮肉っぽく言うと彼はコロコロと笑って、だからそれ止めてってば。みんな見惚れてるけどそいつ男だからね。「鈴を転がしたようなお声ですこと」ってパンツ脱がしたら股間に鈴がぶら下がってるからね。
「まさか。吸血鬼なんてこの世にはいませんわ。人間の仕業でしょう」
彼が断言すると、ざわめきはますます大きくなった。みんな不安で仕方ないのだ。だって被害者はこの学校の生徒ばかりなのだから。いつ自分に白羽の矢が立たないとも限らない。漠然とした恐怖に日夜晒されているのだ。
「恐ろしい」「一体どこの変質者かしら」「この学園の生徒ばかりが狙われるのは何故でしょう」
口々に不安を零す彼女たちを彼はじっと観察していた。その眼光の鋭さで分かった。彼がボディガードという名目でこの学校に何をしに来たのか、礼子はその時、初めて理解したのだ。
礼子の意味深な視線に気付くと彼は頬を緩め、見事な作り笑顔で言い放った。
「わたくし、この事件にとても興味がありますの。被害に遭われた方々のことや事件当時のこと、どんな小さなことでもお聞きしたいわ」
「物見高い方ね。生憎わたしたちは、物騒な話は致しませんの」
利用されてたまるかと、礼子は思った。薪が険悪な目でこちらを睨んだが、気付かない振りをした。
「随分冷たい言い方ですこと。礼子様は美奈子様と御親戚なのでしょう?」
彼は警察のスパイよ、と叫んでやりたかったがその気も失せた。横やりを入れて来たのが三角貴子だったからだ。彼女はこのクラスにおける礼子排斥グループの筆頭者。勝手に騙されて利用されればいいと思った。
「ああ、そうでしたわね。親戚と言っても血の繋がりはございませんのよね」
貴子はクスリと嫌な笑い方をし、礼子に見下す視線をくれた。
「私も事件のことはとても気になっておりますのよ。美奈子様とは気が合いそうですわ」
「まあ嬉しい。いろいろ教えて下さいな」
ぷいとそっぽを向いて、礼子は教室を出た。これから十日間は休み時間を廊下で過ごすことになりそうだ。憂鬱になって彼女は、重苦しいため息を吐いた。
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