イヴに捧げる殺人(4)

 こんにちは。
 みなさんはもう、連休に入りましたか?
 うちはカレンダー通りの休日で、日曜日と昨日はお休み、3~6日まで連休の予定です。5日に漏水当番が入ってるから実質は3日ですが。

 日曜日はねえ、那須の動物園に行ってきたんだ~。
 カピバラと戯れてアルパカと遊んで、ハシビロコウとにらめっこ。犬猫ウサギ、馬、羊、牛、ラクダ、猿に鳥たち。正に動物キングダム♪
 温泉まであるんだから、うちの青薪さん定番のデートコースになるはずだわ~、て書いたことなかったっけ。今度書く。


 昨日はお休みだったから、ブログの更新とかお返事とかできたわけなんですけどね、昼間っからビール飲んだら眠くなっちゃってテレビ見ながら寝ちゃいました。←ダメ人間の見本みたいな休日。
 人間て、どうしてお休みになるとだらけちゃうんだろうねえ? え、わたしだけ?







イヴに捧げる殺人(4)







「礼子さま、おはようございます」
 校門前で車から降りた途端、礼子は見知らぬ女生徒に声を掛けられた。亜麻色の巻き毛の、はっとするくらいキレイな娘だった。こんな子学校にいたかしら、と礼子はしばらく考えたが思い出せなかった。だいたい、向こうから自分に話し掛けてくるなんて――。
「……うそ」
 昨日、自宅に挨拶に来た男だと気付くのに一分くらいかかった。気付いて白目を剥いた。
 だってセーラー服よ、セーラー服。
 てか似合い過ぎなんだけど。違和感なさ過ぎて気持ち悪い。いっそ叫びながらこの場を走り去りたい。

 気付けば、周囲は登校してきた生徒たちのざわめきに満たされていた。
「あの方はどなた?」「転校生かしら」「なんてきれいな方なんでしょう」「本当に。まるで天使のよう」
 次々と聞こえてくる称賛の声に、礼子は心の中で激しく言い返す。
 いや、確かに似てるけど。宗教の授業の時に習った何とかって言う天使にそっくりだって認めるけど、野郎だからね、こいつ。

 知らぬが仏とは正にこのこと。そんな状況で彼が礼子に声を掛けたから堪らない。礼子は生徒たちの質問の集中砲火を浴びる羽目になった。
「九条さま。この方とお知り合いですの?」「まあ羨ましい。わたくしにも紹介してくださいな」「お名前は何とおっしゃるの?」「お家はどちら?」
 きれいで華やかなものが大好きな彼女たちは、新しいお人形を見つけた興奮にきゃあきゃあ騒いだ。礼子は仕方なく、彼女は自分の遠縁で日本に留学中、今日から十日ほどこの学校に通うことになったのだと説明した。虚言は孤児院育ちの礼子の十八番。お人好しのお嬢様連中には見抜けまい。

 群れ為す生徒たちを朝礼の時間を理由に遠ざけ、礼子と彼は校舎へと向かった。こっそり話していることがみんなに分からないように、互いに前を向いたまま小さな声で刺々しい会話を交わす。
「なんでそんなカッコしてんの。あんた変態だったの」
「ご学友として陰ながらお嬢様をお守りしろとの命令ですので」
「陰ながらって、あたしの方が影になってるんだけど」
「仕方ないですね。お嬢様は地味なお顔立ちですから」
 この場でこいつのスカートめくって社会から抹殺してやろうかしら。
 いい考えだと礼子は思ったが、不発に終わりそうだとも思った。礼子よりも若干短いスカートから伸びている彼の脚の優雅なこと。足首なんか折れそうに細い。スカートの中身が見えたところで男だとは分からないんじゃないか、ていうか、
 生足よね、それ。なんでスネ毛無いのよ。ホント気持ち悪いわ、この男。

「事件の大まかな内容はご両親から伺ってますが、当事者から詳しい話を聞かせてもらえますか」
「事件てなんのこと」
「校内で危ない目に遭われたのでしょう?」
 何故昨日部屋で訊かなかったのだろう。少し考えて、ユリエがいたからだと気付いた。この男は礼子が学校でどんな目に遭っているかおおよその見当を付けていて、それで気を使ったんだと分かったら妙に悔しくなった。
 昇降口で真新しい上履きに履き替える。ついでに、たぐまっていたソックスを引き上げた。隣で同じように上履きを履いている彼に、礼子は素っ気なく言った。
「別に。大したことじゃないわよ」
「もう少しで大怪我をするところだったと聞きましたよ」
「平気よ。あたし、運動神経いいもん」
「ご両親は苛めを疑ってらしたそうですが」
「あたしがエセお嬢様だってみんな知ってるからね。この学校、真正のお嬢様が通う学校だから。面白くない人間もいるんじゃないの」
 育ちのいい子から見れば、礼子が受けている行為は苛めになるのかもしれない。しかし礼子には、そんな被害者意識はなかった。

「流れてる血が違うのよ。あの子たちとあたしは」

 生まれ持った魂の差って、出るものだ。お金持ちの家に生まれた子は品が良く、そうでない家に生まれた子は何処かしら浅ましい。みんなそれを敏感に感じ取って、だから自分を遠巻きするんだろうと礼子には分かっている。皆が悪いのではなく、自分が悪いわけでもない。悪いとしたら、礼子をこんな場違いの学校に入れた養い親のせい。それだって彼らに悪気があったわけじゃない。
 結局、誰も悪くないのだ。

「でも大半は良い子たちよ。見たでしょ、さっきの。此処にいる大抵の子は幸せしか知らないのよ。苛めって言ったって、幼稚な意地悪よ。あんなの、施設の熾烈な生き残り競争に比べたら何でもないわよ」
 施設では、みんなが互いの足を引っ張り合っていた。夕飯のおかずやしょぼいおやつ、そんなものの為に殴られたり、やってもいない悪行をでっち上げられたり。貧しさは人の心を醜くする。それを礼子は幼い頃から叩き込まれて生きてきた。それに比べたらここは天国だ。何もしなくても美味しいご飯が食べられるし、それを誰かに取り上げられる心配もないのだから。
「だからあんたはあたしが苛めになんか遭ってないってお母様たちに報告して。早くあたしの前から消えてちょうだい」
 礼子が彼を遠ざけたいと思った、一番の理由はそれだった。事実を報告されたら、転校させられるかもしれない。それは避けたかった。

 彼は冷静に礼子の話を聞き、堅い声で言った。
「判断するのは僕です。……ところで、前の上履きは誰に捨てられたんですか」
「さあ。気が付いたらなくなって、っ」
 口を滑らせた礼子に、彼はニコリと微笑んで見せた。それがもうどこからどう見ても絶世の美少女で。虫唾が走るわ、この男。
「失礼。月曜日でもないのに、鞄から靴を出されていたので」
「あたしは新しいクツが好きなの。足元がちょっとでも汚れてると気になるのよ」
「それにしてはソックスがずり落ちてるようですけど」
「こ、これはファッションよ。ルーズソックスってやつ」
「百年くらい前に流行ったファッションですよね。大体それ、普通のソックスでしょ」
「今はこれが流行りなのっ」
「さっき引き上げてませんでした?」
 なんて口の立つ男だろう。ああ言えばこう言う。諦めて、礼子は白状した。

「誰に捨てられたかは分からない。でも、本当に大したことじゃないわ。上履きくらい、また買えばいいんだもの」
「他に被害はありませんでしたか」
 ない、と礼子は言い切った。もちろん嘘だった。まだ二学期の半ばなのに、学用品はおろかジャージも制服も三枚目だった。礼子の嘘を見抜いたように、彼は礼子が一番恐れていたことをあっさりと口にした。
「嫌がらせが続くようなら、転校という手もありますよ」
「転校してどうするの? また同じことを繰り返すだけよ。それに」
 礼子は意識的に彼に背を向けた。これ以上、嘘を暴かれるのはごめんだった。
「負けて逃げ出すのは嫌」

 そこで彼との会話は終わった。教室に着いたからだ。彼は転入生だから職員室に行かなくてはいけない。「ではまた」と小さく手を振って廊下を歩いていく、その姿に廊下にいた生徒がみんな見蕩れていた。
 この鞄、後ろから投げつけてやろうかしら。
 そんなことができる筈もなく、礼子は肩をすくめて教室に入り、自分の席に着いた。机が汚されていないことに少なからずホッとし、鞄の中身を机に移す。
 ここ2ヶ月の間に、礼子への苛めは極端に減った。が、彼女を取り巻く環境はさらに劣悪なものになった。クラスでは完全に孤立して、誰も彼女と眼を合わせようとしない。誰も彼女に話しかけない。
 それはそれで気楽だったが、寂しくないと言えば嘘になる。施設では嫌なことばかりだったが、それでも一応は友達と呼べる子が何人かはいた。現在、礼子には友達は一人もいない。

 いや、たった一人だけ。
 好意を持ってくれていると、信じるに足る相手はいた。もう何週間も言葉を交わしていないけれど、礼子は彼女を信じていた。
『何があっても私は礼子さまをお慕いしております』
 彼女はそう言ったのだ。

 その彼女も今は、礼子に話しかけてこない。それは彼女やクラスのみんなが意地悪なわけではない。怖がっているだけなのだ。
 彼女たちは2ヶ月前、いや、一月前までは朝の挨拶くらいはしてくれた。でも先月の頭に2度目の事件が起きて、それから誰も礼子に近付かなくなった。事件の裏に隠された符号に気付いたからだ。学園中がそれを知っているわけではない。クラスメイトと言う近しい関係にあったからこその恐れ。でも礼子には、彼女たちを弱虫と罵る気持ちは起きなかった。だって仕方がない。彼女たちは生まれた時から守られて来たのだから。戦い方を知らないのだ。

 十分ほどすると担任の先生が来て、転入生を紹介した。正門前で起きたことが再び繰り返され、礼子はうんざりした。初めての場所に彼を連れて行くたびにこの脱力感を味あわなくてはいけないのかと思うと、始まったばかりの十日間が十年にも思えた。
 続いて始まった大嫌いな数学の時間を、礼子は欠伸を噛み殺しながらやり過ごした。一時限目にこの科目を持って来られるのは拷問だと思うのは、自分の育ちが悪いからだろうか。
 クラス朝礼で紹介された彼は、礼子の斜め後ろの席に陣取って、油断なくこちらを見ていた。彼が同じクラスに入れたのは、多分父親が手を回したのだろう。父はこの学園の理事の一人なのだ。
 退屈な授業が終わって休み時間、いつもは一人で文庫本を眺めて過ごすのだが、その日はそれが許されなかった。美貌の転入生に群がった生徒たちがうるさくて、本の内容がちっとも頭に入ってこなかったのだ。

「美奈子様は礼子様の御親戚と聞きましたけど、同じ名字ですのね」
 九条美奈子と言うのは彼の偽名だ。学校に転入するのに誰かの戸籍を借りたかでっち上げたかしたのだろう。
「この学校は気に入りまして?」
「ええ。とても素敵な学校ですわね」
「まあ、よかった。よろしかったらお友達になってくださいな」
「よろこんで」
 彼の関心を引こうと何人ものクラスメイトが彼に話しかけ、彼は卒なくそれに答えていた。普段警察でどんな仕事をしているのか、あの板に着いたお嬢言葉はいったい何処で習得してきたのだろう。

「美奈子様がいらしてくださって、久しぶりに華やいだ気分になりましたわ。このところ、嫌なことばかり続いたから」
「まあ、貴子様ったら。美奈子様はこちらにいらしたばかりなのにそんなこと」
「噂は伺っておりますわ。学園に吸血鬼が出るって」
 ざわめいて眉を顰めたのは、彼の近くにいた生徒だけではなかった。皆なるべくその話題には触れないようにしてるのに、無神経な男だ。基本的に此処にいる娘は温室育ちの甘ちゃんで、だから本気で吸血鬼を怖がっている娘もいたりする。礼子の隣の席の娘に至っては真っ青になっていた。見かねて礼子は席を立った。
「そんな噂を信じてらっしゃるの? 案外ロマンチストなのね、美奈子さんは」
 皮肉っぽく言うと彼はコロコロと笑って、だからそれ止めてってば。みんな見惚れてるけどそいつ男だからね。「鈴を転がしたようなお声ですこと」ってパンツ脱がしたら股間に鈴がぶら下がってるからね。

「まさか。吸血鬼なんてこの世にはいませんわ。人間の仕業でしょう」
 彼が断言すると、ざわめきはますます大きくなった。みんな不安で仕方ないのだ。だって被害者はこの学校の生徒ばかりなのだから。いつ自分に白羽の矢が立たないとも限らない。漠然とした恐怖に日夜晒されているのだ。
「恐ろしい」「一体どこの変質者かしら」「この学園の生徒ばかりが狙われるのは何故でしょう」
 口々に不安を零す彼女たちを彼はじっと観察していた。その眼光の鋭さで分かった。彼がボディガードという名目でこの学校に何をしに来たのか、礼子はその時、初めて理解したのだ。
 礼子の意味深な視線に気付くと彼は頬を緩め、見事な作り笑顔で言い放った。
「わたくし、この事件にとても興味がありますの。被害に遭われた方々のことや事件当時のこと、どんな小さなことでもお聞きしたいわ」
「物見高い方ね。生憎わたしたちは、物騒な話は致しませんの」
 利用されてたまるかと、礼子は思った。薪が険悪な目でこちらを睨んだが、気付かない振りをした。

「随分冷たい言い方ですこと。礼子様は美奈子様と御親戚なのでしょう?」
 彼は警察のスパイよ、と叫んでやりたかったがその気も失せた。横やりを入れて来たのが三角貴子だったからだ。彼女はこのクラスにおける礼子排斥グループの筆頭者。勝手に騙されて利用されればいいと思った。
「ああ、そうでしたわね。親戚と言っても血の繋がりはございませんのよね」
 貴子はクスリと嫌な笑い方をし、礼子に見下す視線をくれた。
「私も事件のことはとても気になっておりますのよ。美奈子様とは気が合いそうですわ」
「まあ嬉しい。いろいろ教えて下さいな」
 ぷいとそっぽを向いて、礼子は教室を出た。これから十日間は休み時間を廊下で過ごすことになりそうだ。憂鬱になって彼女は、重苦しいため息を吐いた。






テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(3)

 ただいまですー。
 旅行は楽しかったのですが、あいにく天候に恵まれませんで、富士山は見られませんでした。 
 でも、河口湖は桜が満開!
 ホテルの部屋にベランダがあったんですけど、そのベランダに桜の枝が張り出していて、桜のつかみ取りができる! 花が可哀想だから触ったりしませんけど、花の群れに顔を寄せる薪さんとか、きれいだろうな~、などと想像しては楽しんでおりました。




 お話の続きです。
 今さらですが、このお話の時期は2066年の11月。「パンデミックパニック」の翌月でございます。薪さん、毎月こんな調子で仕事大丈夫なのかww



イヴに捧げる殺人(3)






「セーラー服は好きかい?」

 書類に印が押されていることを確認しながら「はい」と薪は答えた。いつもの雑談だと思ったからだ。質問者は薪の答えに満足そうに頷き、珍しいことににっこりと微笑んだ。
「それはよかった。嫌いだと言われたら頼みづらくなるところだった。実はね」
「お断りします」
「まだ何も言ってないけど」
 雑談は早合点だったと、自分を見上げた上司の眼で分かった。厄介事の予感。しかもこれはイレギュラーだ。中園と言う男は、それが正当な職務である限りどんなに苛酷な内容であっても「頼みづらい」なんて殊勝なことを言う人間ではない。

「話も聞かないなんて酷くないかい? 僕は君の上司だよ」
「職務外のお話でしたら承諾の義務はないと存じます」
 さっさと踵を返した部下を湿っぽい声で非難する彼を切って捨て、薪は首席参事官室を出ようとした。逃げるが勝ちとばかりにドアを開けた薪の耳に、上役の独り言が響く。
「先月は大変な目に遭ったなあ」
 ここで足を止めたら負けだと本能が叫んだ。非道になれ、薪剛。逃避こそがおまえを救う唯一の手段だ。そう言い聞かせるのに爪先がそれを拒否する。薪の中で後ろめたさが勝った証拠だ。
「夜中に電話で叩き起こされて、『正体不明のウィルスが第九に撒かれた』て誰かさんが騒ぐから慌てて第五と第一と警備部に連絡取って」
 あの時は様々な要因が重なって、それを疑うに値する状況が出来上がってしまった。つくづく思う、偶然て恐ろしい。
「小野田が出張中で良かったよ。いたら絶対に厚生労働省に報告入れて、最高の医療スタッフを用意するために東京中の大学病院の教授連中を叩き起こしただろうから。そうしたら、小野田も僕も終わってたねえ」
「分かりましたよ。もう勘弁してください」
 中園の言う通り、先月のあれは大失態だった。薪の無事を純粋に喜んでくれた小野田と違って、中園は腹の虫が治まらなかったに違いない。実際に迷惑を被ったのは彼なのだ。

 詫びの意味もあって、薪は中園の頼みとやらを聞くことにした。
「九条議員のお嬢さんなんだけどね。ボディガードが怪我をして困ってるんだ。で、彼女の怪我が治るまでの十日ほど、信用できるSPを貸して欲しいって」
「要人警護ですか? それなら警護課に」
 警護は官房室の仕事ではないし、薪はSPの訓練は受けていない。腕に覚えはあるが、本職には遠く及ばない。官房室首席参事官に直接警護を頼んでくるような大物議員の子女なら、専門家に任せた方が無難だ。
「頼めない事情があるんだよ。警護エリアは男子禁制の学校なんだ」
 いま一つ話が見えてこない。男子禁制と聞いた時点でものすごく嫌な予感はしたものの、話の途中で逃げ出すわけにもいかない。駆け出そうとする両脚を、薪は理性で抑えつけた。

「学校って、ボディガード付けられるんですか?」
「通常なら無理だけど。その学校は現在、特別警報発令中でね」
「特別警報?」
「そのお嬢さん、礼子さんて言うんだけど」
 中園は薪の視線をはぐらかし、警護対象者の説明を始めた。警報の内容に薪の興味が向いているうちに、情報を入れてしまおうという腹積もりだろう。テレビコマーシャルの要領ですね、と言う皮肉を頭の隅で思いつくが、それを言葉にするほど薪は野暮ではない。
「学内で何度も危ない目に遭ったらしい。階段から突き落とされたり、上から物が落ちてきたり。制服や学用品も汚されたりして」
「それ、単にその子がイジメに遭ってるんじゃ」
「ご両親もそれを心配してね、学校側に何度も掛けあったそうだ。でもその事実はないって否定されて。だから学内に入ってイジメの証拠を掴んでご両親に報告すれば、そちらでしかるべき処置を取ると思う。そのついでと言っちゃなんだけど」
 ついでと言いながら中園は青灰色の瞳を鋭くした。軽い口調に隠された気迫を感じて、薪は腹の底に力を入れる。此処からが本題だ。

「最近、そのお嬢さんの学友が3人亡くなってる。それもすこぶる変わった死体になって」
「――星稜学園の吸血鬼事件ですか」
 被害者は学園の女生徒で、いずれも17歳。ここ2ヶ月の間に3人の被害者が出た。彼女たちはみな忽然と姿を消し、翌朝には身体中の血を抜かれて死んでいた。刺激的な記事を売り物にするマスコミが名付けた「吸血鬼事件」をそのまま正式な事件名にした捜一の神経もどうかと思うが、その名称が事件の概要を端的に表しているのも事実だ。
 こんな猟奇的な連続殺人がどうして第九に回ってこないのかと言えば、被害者の頭部が完全に潰されていたからだ。司法解剖には薪も立ち会ったが、彼女たちの脳は原形を留めていなかった。MRIによる精査は不可能だと判断した。

 昨今は、こういう事例が増えた。
 MRI捜査の弊害と言うべきか、第九の功績が広く世間に知れ渡るに従って、頭部を潰したり持ち去ったりする犯行が増加した。おかげで本来第九に持ち込まれることのない単純な殺人事件や傷害致死事件に、死体損壊罪のおまけが付くようになってしまった。
 秘密を匿おうとする人間の意志は強く浅ましく。犯人たちはMRI捜査を警戒して遺体の脳を破壊する。自分が人を殺した映像を他人に見られたくないからだ。
 捜一の捜査で十分に犯罪が立証できる事件に、第九は手を出さない。基本的に3件以上の連続殺人、あるいは明らかに異常者の仕業と思われる遺体が発生しない限り、被害者の脳をMRIに掛けることはしない。しかしその基準は世間には公表されていない。MRI捜査の行使による犯罪の抑止効果が失われてしまうからだ。結果、場末の酒場で起きた喧嘩による傷害致死事件の被害者の頭部が持ち去られたりする。
 事件関係者の日常に影響を及ぼさない捜査活動があり得ないように、MRI捜査もその手法自体に大きな問題を孕んでいる。それはさておき、今は吸血鬼事件だ。

「犯人が学内にいると?」
「僕はそう踏んでる。3人とも同じ学校の生徒だし、何より、学友があんな殺され方をしたら普通は警戒するよね。みんな金持ちの娘なんだから、送り迎えはもちろん用心棒も付けたと思う。その状態で第2第3の殺人が起きてることを勘案すると、犯人は被害者の顔見知り。被害者が最後に目撃されているのもすべて校内だし、犯人が学園の人間である可能性は高い」
「捜一の捜査状況は」
「それがさ、この時代に男子禁制を貫いてる学園だけあって、教師陣はともかく生徒は箱入り娘ばっかりで。相手が男ってだけで俯いちまって口も利けない状態なんだよ。だから生徒の中に入って事情を聞いてこれる人間が必要なんだ」
「では潜入捜査を兼ねているわけですね。ですが、女子校でしたらやはり女性の捜査官に任せるべきではありませんか」
 薪が生徒のボディガードとして校内に入ったとしても、男である以上は捜一の刑事たちの二の舞になるだろう。女子高生とのガールズトークは香(小野田の末娘で高校生)で慣れているから捜一の連中よりは巧く聞き出せる自信はあるが、やはり同じ女性には敵うまい。
「僕もね、最初は女性のSPを事務員に仕立て上げて潜り込ませようと思ったんだけど、それだと生徒は警戒するよね。彼女たちから話を聞くにはやっぱり彼女たちと同じ立場で、そう、休み時間に一緒にトイレに行くような関係にならないと」
 一理ある、と薪は思った。大人には言わない事も友人には話す。あの年頃の子はみんなそうだ。中園のことだ、薪が生徒たちから親しみを持ってもらえるよう何らかの対策を立てているに違いない。理事会に圧力をかけて、ボディガードではなく臨時の教師として送り込むとか。教員の立場なら彼女たちの信頼も得られるだろうし、相談に乗ると持ちかければ事件のことを聞きだせるかも。

 事件に挑む時の高揚感を味わいつつ、薪は冗談を交えて尋ねた。
「僕だって女子トイレには入れませんよ。何か策があるんですか?」
「そこでセーラー服の出番だ」
 ……聞かなきゃよかった。

「お断りします」
「先月は本当に大変だった」
「処分してくださって結構です。降格でも減俸でも」
「好きなんだろ? セーラー服」
「見るのも脱がすのも大好きですけど自分が着るのは嫌です」
 言い捨ててドアを閉めた。四十過ぎの男がセーラー服着て女子高生のボディガードって、あり得ないだろ。中園の冗談の際どさは心得ているが、それにしたって。

 内心、ぷりぷりして第九に帰ったら岡部に見とがめられた。何かあったんですか、と訊いてくる。相変わらず鋭い男だ。他の誰にも気付かせなかったのに。
 腹を立てていたし、「それはひどいですね」と言う同意も欲しくて、薪は事情を岡部に話した。
「だいたい、たった十日学校に潜入したところで二ヶ月も警察から逃げおおせている殺人犯が捕まるもんか。あの人は無理難題を僕に押し付けて面白がってるんだ」
 ひどいだろう? と部下を伺うと、岡部は神妙な顔になって、
「九条徹夫議員と言えば大物ですが、黒い噂の絶えない男ですよ。陰では暴力団ともつながってて、薬物疑惑も」
「それは僕の仕事じゃない」
 麻薬等の取り締まりは警視庁組対5課の仕事だ。官房室の管轄ではないし、第九はもっと関係ない。
「特に、麻薬がらみの潜入捜査はごめんだ。何年か前にやって死にかけたんだ」
「あれは薪さんが勝手な行動を取ったからだって課長の脇田が言ってましたけど」
 ……そうだっけ?

「なんでも九条って男は警察の上層部にも顔が効いて、あれこれ煩く言ってくるそうですよ。あの男の差し金で止められた捜査がいくつもあるって、竹内がぼやいてました」
 代議士は多かれ少なかれ、警察に影響力を持つ。十日で潜入捜査を完遂しろと言うのも無謀だと思ったが、中園の真意は九条議員の弱みを掴み、それをネタに警察への口出しを控えさせるというところか。
「だからってセーラー服は」
 ないな、と薪は首を振り、これで話は打ち切りだとばかりに分厚い報告書のファイルを取り上げた。ところが岡部は、聞きたくもない九条議員の情報を薪に話して聞かせ――裏金をごっそりと懐に入れながら、篤志家の顔をアピールする為その一部を様々な福祉団体に寄付していることや、施設から女の子を引き取って育てている事など――、最後にこう結んだ。
「たった十日でしょう。引き受けてあげたらいいじゃないですか。相手が女子高生の苛めっ子なら危険はないでしょうし。ゴスロリに比べたらセーラー服の方がマシでしょう」
「なんだ、おまえまで」
「中園さん、先月のウィルス事件のとき、薪さんのことをものすごく心配してましたよ」
 それを持ち出されると弱い。あの時は岡部にも迷惑を掛けた。

「それに、薪さんは中園さんにプライベートで借りがあるでしょう。この機会に返しておいたらどうですか」
「借り? なんのことだ」
「あれ。聞いてないんですか」
 薪に心当たりはなかったが、岡部は一人頷き、「やっぱり中園さんはいい人ですね」などと笑えないジョークを飛ばした。中園がいい人だったら小野田は間違いなく神さまだ。
「青木のことですよ」
 春の事件の後、どうして自分たちのことが公にならなかったのか、岡部に聞くまで薪はその真相を知らなかった。自分が手を回して守ってやったのだと、中園は一言も言わなかった。

「……くっそ」
 頭を掻き毟るようにして逡巡した後、薪は席を立った。
「岡部。十日ほど第九を頼む」





*****

 薪さんにセーラー服着せてみたい人、手上げてー! ←いるわけない。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(2)

 おはようございます。

 仕事も一段落つきまして、恒例のお義母さんの温泉行きたい攻撃が始まりまして。
 今日から3日間、行ってまいります世界遺産、富士山。
 温泉につかって、まったりして、幸せ気分で富士山見ながら青薪さんの妄想をします~。薪さんが崖から落っこちて記憶失ってマッドサイエンティストの実験台にされる話とかどうかな? ←体験と妄想の内容が合わない。
 
 では行ってきますー。







イヴに捧げる殺人(2)







 出会った瞬間、九条礼子は彼に嫌悪を感じた。

 正確に言えば驚嘆と嫉妬と羨望と苛立ち、それらが綯い交ぜになった不快感。嫌悪と一括りにできるような単純な感情ではなかったが、表面に現れたのは単純な拒否反応だ。
 ツイてない、と礼子は思った。新しいボディガードが来るとは聞いていたが、こんな男だとは思わなかった。
 彼の何がそんなに礼子の気分を害したのか、言ってしまえば容姿だ。礼子と彼は初対面。第一印象の95%は外見だ。
 一見、年の頃は自分といくらも変わらない。男のくせに線が細くて、透き通るような白い肌をしている。亜麻色の髪はサラサラ、眼はぱっちり二重で睫毛が長くて、下手したら女の子より可愛い。というか自分より確実に可愛い。
 今は彼のような中性的な容姿の草食系男子とやらが流行りらしいが、礼子は嫌いだ。彼の運転手について来たモブ顔のメガネ男の方がずっといい。だって。
 ――こいつと並んだらあたしが霞むじゃない。
 礼子は美人の部類に入るが、言葉を選ぶなら勝気な、選ばなければキツイ顔立ちをしている。日本人らしく黒々とした瞳はそれなりの大きさで美しく輝いているものの、吊り目の一重瞼がそれを険しく見せている。面長の輪郭を縁取るのは栗色のクセ毛で、長さは背中の中ほどまで。見るからに手入れが大変そうだ。

「薪です。よろしくお願いします」
 公僕らしく、彼は簡潔に挨拶をした。他の大人たちのように、現職の国会議員である父親や、その一人娘である自分に愛想笑いをしないところだけは好感が持てたが、頭を下げた時に彼の髪が金糸のように揺れ動くのを見たら腹が立った。
 花の女子高生がクセ毛で悩んでるって言うのに、なにその無駄なサラサラヘアー。ヘアサロンで髪エステとかしてんの、なんか仕事の役に立つの、それ。

「礼子。薪さんには長谷川さんの代わりに、おまえの学校での警護をお願いしたんだよ。ご挨拶なさい」
 どうしてこんな見るからに軟弱そうな男にボディガードなんて力仕事が割り振られたのか疑問だったが、校内の警護と聞いて合点がいった。礼子の学校は女子高で、原則として男性は立ち入り禁止。でも彼の容姿なら黙っていれば女性で通る。長谷川と同じように、学内での待機が可能になるのだ。
「礼子です。薪さま、よろしくお願い致します」
 頭を下げると、長く伸ばした髪が礼子の顔を隠す。鬱陶しかった。クセ毛の長髪なんて手間が掛かるだけで、いいことなんか一つもない。父母の眼がなければ鋏で切ってしまいたいくらいだ。
 不満を抑えつつ、礼子ができるだけ優雅に微笑むと、彼も微笑みを返してきた。礼子と違って気負いのない、自然な笑顔だった。それでいて育ちの良さが感じられた。
 彼の笑顔を見て礼子は確信した。彼は、目的のために容姿最優先で選ばれたのだ。中身は只のチキン野郎だ。

 父母の前では愛想笑いを絶やさなかった礼子だが、それを彼の前でも続ける気はさらさらなかった。明文化されていない学校の決まり事を教える、という名目で私室に招いた彼に、礼子は強い口調で言った。
「余計なことはしないでね」
 こういうことは最初が肝心なのだ。舐められないように、ビシッと言っておかないと。
 自分はソファに座って、彼にはわざと椅子も勧めなかった。彼に気に入られる心算も、誠実に仕事をしてもらう心算もなかった。長谷川が帰ってくるまでの10日間、何もしないでいて欲しかった。
 部屋の掃除をしていた世話係兼家政婦のユリエが、礼子たちに気付いてお茶を淹れに行った。要らない、と怒鳴ったが、ユリエは答えなかった。彼女はいつも都合の悪いことは聞こえない振りをするのだ。

「先ほどとは別人のようですね。淑やかなのはご両親の前だけですか」
「当たり前でしょ。使用人の前でまでお嬢様やってたら、暴漢に襲われる前に神経衰弱で死ぬわ」
 腕を組んで軽蔑したように礼子を見る、彼の瞳に苛立った。負けずにこちらも腕を組み、頭に来たから脚も組んでやった。
「余計なこととおっしゃいますと」
 聞き返した彼に、礼子は胸を張った。ソファに腰を下ろした礼子の隣に立ったままの彼を、鋭く睨み上げる。
「あなたの仕事は何? わたしを守ることでしょ。それ以外のことはしないでって言ってるの」
「例えばこういうことですか」
「げっ」
 カエルが踏みつぶされたような声が出た。人間の声帯は驚くと固まるのだ。
 彼は礼子の勉強机の引き出しを勝手に開けて、中から煙草とライターを持ち出した。それを自分のポケットに入れると、次は花瓶の中から小瓶に入れたお酒を、その次は本棚に眼を付けて百科事典の箱からイケナイ雑誌を、ちょっとそれはカンベンしてー!

「なんで一発で場所が分かるのよ?!」
「こういうのを探すのが得意な友人がいたんです」
 彼は花のように微笑んで――思い掛けて礼子は慌ててその言葉を打ち消した。比喩ではなく、彼の後ろに花が見えたのだ。色は薄ピンクで、花びらがいっぱいあるやつ。ああ気持ち悪い。
「ご両親には内密に処分しておきますよ」
 そう言って、彼は礼子が苦労して集めたコレクションを没収した。得意の右ストレートをお見舞いしてやりたいと礼子は思い、ここが家の中であることを考えて断念した。顔を腫らした彼を父母に見られたら困るのは自分だ。
 ユリエが、お茶を淹れながら肩を震わせて笑っているのが見えて、軽くキレそうになった。覚えときなさいよ、後で泣かしてやるから。

「さあどうぞ。お嬢様のお好きなローズヒップですよ」
「いらないって言ったでしょ」
「では僕が」
 彼はカップを手に取ると、立ったままで紅茶を飲み干した。もしも礼子がそれをしたなら、立ち飲みなんてお行儀が悪いと必ず文句を付けるはずのユリエは、その様子を固唾を飲むように見つめていた。なによ、その差は。
 紅茶を飲み終えて彼は「ごちそうさま」とユリエに微笑みかけ、それを見たユリエがまた頬を赤らめて、ちょっとやめてくれる。二人まとめてサイドボードで殴りたくなっちゃうから。

 部屋を出るとき、彼は丁寧に頭を下げた。
「それでは明日。学校で」
 礼子は精一杯優雅に「ごきげんよう」と挨拶した。もちろん嫌味だ。
 彼がいなくなり、するとそれまで詰めていた息を吐き出しながら、ユリエが感心したように言った。
「おきれいな方ですねえ。本当に男の人なんですか?」
「そうよ。気持ち悪いでしょ」
 は? と不思議そうに首を傾げるユリエに、礼子は吐き捨てる口調で、
「男だか女だか分かんないような男は気持ち悪いわ」
 それは礼子の正直な感想で、現代の風潮を当て擦る彼女の意見でもあった。しかしユリエはコロコロと笑い、
「お嬢様はお若いのに、お祖母さまの年代の美意識をお持ちですのね」
 あんたホントに覚えときなさいよ。

 怒りをため息に変えて、礼子はソファにそっくり返った。女性にしては大きめの手をひらひらと振り、ユリエに仕事をするよう促した。
「そろそろ行ってあげなさい。今頃迷ってるはずだから」
 はい、とユリエは彼の後を追って部屋を出て行った。

 礼子が住んでいる九条の屋敷は実に広大である。母の実家は日本でも有数の資産家で、この家は彼女が結婚したときに実家の両親に建ててもらったものだ。
 巨万の富に支えられた九条の祖父母は少々浮世離れしており、いささか変わり者であった。娘が金目当ての強盗や泥棒の被害に遭わないようにと、迷路のように通路を張り巡らせた屋敷を建てたのだ。
 この家を初めて訪れた客は一様に迷子になる。家人の案内無しにはゲストルームへ行くことも、この屋敷を出ることもできない。彼には住み込みの小間使いであるユリエの助けが必要なのだ。

 ユリエのことは後でシメるとして、問題はあの男だ。家では良い子の仮面を付けなければならない礼子にとって、学校は唯一の息抜きの場だった。長谷川は礼子の事情を心得ているから学校生活を見られてもなんてことはなかったけれど、あの男には通用すまい。余計なことを父母に報告されては困るのだ。

 ノックもなしにドアが開き、礼子はソファの上で身を固くした。暴力的な勢いで思案から現実に引き戻される。
 この部屋のドアをノック無しに開ける者は、家の中には一人しかいない。そして、ノックをせずに彼が部屋に入るときは、それが秘密の来訪であることを意味している。
 男がゆったりとした足取りで礼子に近づき、背後から自分の身体を抱きしめるのに、礼子は落ち着いた口調で尋ねた。
「お母様はお出かけに?」
「ああ。後援会の会合だとさ」
 どうせ若いツバメの所だ、と嘯く男の肩に、礼子は自分の後頭部を預けた。甘ったるい整髪料と煙草の匂い。最悪の組み合わせだ。
 太くてごつごつした指が、麗子の胸をまさぐった。諦めて眼を閉じると、仰向かされてキスされた。ムスクの香りとヤニ臭さが礼子の口の中で混ざり合い、悪心を掻き立てる。礼子は腹に力を入れて、流れ込んできた男の唾液と一緒に吐き気を飲み込んだ。





 

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ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(1)

 こんにちはっ。

 先週の日曜日はご挨拶もなしに、いただいたコメントも放置状態で、失礼いたしました。金曜日の検査で指摘になった書類を作り直してました。
 先週の水曜日、竣工書類を再提出してきました。請求書も出し終えて、完了です。


 ああ、終わったよー! ようやく解放されたよー!!
 やっと妄想できる! 
 仕事にかまけてほったらかしの家事は、大丈夫、埃で人間死なない!←オットはハウスダストアレルギー(笑) 


 現場で学んだことや経験したことを基に、妄想三昧したいです。
 第九のみんなでお花見に行く話とかいいなっ。←下水道工事関係ない。
 血沸き肉踊るスペクタクルサスペンスとかもいいなっ。←下水道工事もっと関係ない。
 とにかく、ドSとギャグは欠かせないよねっ! ←下水道……。

 妄想できたら、文章の書き方を思い出さんといかんなー。ここしばらく協議書しか書いてなかったから、役所向けの文章しか書けなくなってる(^^;




 さて。
 こちらのお話は、本格的に現場が始まる前に妄想していた推理物です。が、現場が忙しくなって挫折しました。
 一応最後まで書いたことは書いたんですけど、挫折したくらいですから出来が良くなくて。他に何かあればお蔵入りにしようと思ってたんですけど、ぶっちゃけもう在庫がナイ(・∀・)
 お目汚しするのも申し訳ないくらいなのですけど、半年以上前の妄想なんで書き直すのもタルくなっちゃって(←おい)、えいやって公開しちゃいます。

 えいやっ。







イヴに捧げる殺人(1)






 イヴに出会ったアダムのように。わたしはあなたに恋をした。
 例えるならそれは、長しえに続く夜に灯った小さな灯火。灰色の空から零れ落ちる一条の陽光――いいえ、そんなもの無くても人は生きられる。ならばそれは。
 あなたを愛することは、生きることと同義。

 あなたというイヴがいれば。
 神さまが創り損ねて投げ出したこの世さえ、わたしには楽園。




*****



 ―― 寒い。

 岸谷千秋の意識を目覚めさせたのは、本能が鳴らす警鐘だった。太古の昔から人間がその生命を脅かすものとして恐れていた寒さへの恐怖。それに突き動かされるように、千秋は眼を開けた。
 何も見えない。周囲は完全な闇に包まれており、マッチ棒一本ほどの光さえ見当たらなかった。
 それだけでも彼女には多大な負担であった。さらには自分が猿ぐつわを噛まされ、手首を縄のようなもので縛られ拘束されていることを認識するに至って彼女は、激しいパニックに襲われた。

 誘拐犯に攫われて箱のようなものに閉じ込められた。運が悪ければ殺されるかもしれない。
 怖くて涙が溢れた。千秋の家は裕福で、両親は一人娘のための身代金を惜しむことはないと分かってはいたが、無事に帰れる保証はどこにもない。それ以前に、寒くて暗くて身体中痛い。猿ぐつわが無かったら大きな声で泣き喚いていたに違いなかった。
 泣きながら、千秋は恐ろしいことに気付いた。
 呼吸が早まったせいか、妙に息苦しい。この狭い箱の中には十分な空気が無いのかもしれない。だとしたら、窒息して死んでしまう。もしかしたら犯人は既に身代金を手にしていて、千秋を隠れ家に放置したまま逃走してしまったのかも。

 神さま、助けて。
 これからはいい子になりますから、助けてください。

 千秋は必死で神に祈った。その思いが天に通じたのか、果たして扉は開かれた。
 温かい空気と光が、千秋に向かってなだれ込んできた。暗い所に閉じ込められていたためか、普通の蛍光灯の灯りがひどく眩しかった。すっと息が楽になり、千秋は束の間、安堵の息を吐いた。

 明るさに目が慣れて、ようよう千秋が前を見ると、そこには彼女の見知った少女が立っていた。
 なんてこと、と千秋は彼女の顔を見て自分の行いを悔やんだ。
 それは先刻千秋が神に「これからはいい子になる」と誓っていた要因そのもので、要するに彼女は千秋が仲間と一緒に苛めていた生徒だった。つまりこれは苛めの仕返しで、これから自分は彼女にしたことをやり返されるのだ。引っぱたいたり蹴飛ばしたり、バレーボールのように仲間にパスしたり。
 まさか、彼女がこんな実力行使に出るとは思わなかった。それも、どうして今ごろになって?
 理由は分からなかったが、自分がすべきことは分かっていた。謝るのだ、誠心誠意。もう二度とあなたを苛めたりしない、と頭を下げる。彼女は本来はやさしい少女だ。きっと許してくれる。
 千秋は縋るような眼で彼女を見つめた。彼女の表情に怒りの色はなく、むしろ悲痛ですらあった。彼女も、自分のしたことを悔やんでいるのかもしれない。謝れば許してもらえると思った。

 彼女の手が千秋の顔に近付いてきた。猿ぐつわを外してくれるのだ、と千秋は考えた。安心して千秋は眼を閉じた、しかし次の瞬間。
 頬にひやりとした感触があって、千秋は焦った。金属特有の冷たさが千秋に伝えるのは凶禍の予感。

「立って」
 恐怖心から立とうとしてかなわず、千秋は床に転がった。
 刃物で脅されたら身が竦んだ。それでなくとも身体が冷えて、それに長い時間狭い所に閉じ込められていたものだから脚が痺れている。縛られているのは手首だけで脚は自由だが、とても逃げられないと思った。しかも、千秋は衣類を一枚も身につけていなかった。これでは人前に出られない。猿ぐつわが外されても、助けを求めることができない。
 背後に眼を走らせると、自分が閉じ込められていたのが古い冷蔵庫であることが分かった。部屋には見覚えがなかった。6畳ほどの狭い洋間で、家具も絨毯も壁紙もカーテンも使い古された安物だった。
 ここが何処だかは分からないが、少なくとも千秋を追い詰めている人物の家ではない。彼女は自分と同じ学園の生徒、生活水準も同程度だったと記憶している。このみすぼらしい部屋は別の誰かのものだろう。

「立ちなさい。歩いて」
 脚の痺れはそう簡単には癒えなかったが、千秋は言われたとおりに立ち上がった。彼女の手に握られているのは切っ先の尖った包丁。それが自分に迫ってくる。千秋は夢中だった。
 彼女が促す方向に歩いた。そこは浴室だった。
「入って」
 空の浴槽を彼女が眼で示した。不自由な両手でバランスを取りながら、千秋は言われるままそこに腰を下ろした。
 恐怖に眼を見開く千秋を見て、彼女は涙を零した。見れば刃物を持つ彼女の手はぶるぶると震えている。彼女も怖いのだ。
 彼女は包丁をそろそろと動かし、千秋の首の左側に宛がった。そのままの体勢で、しばらく手を震わせていた。
 テレビドラマで、ナイフで脅された人間が繰り出される刃先を避けて逃げる、あれは嘘だと千秋は思った。相手は自分と同い年の女子、しかも泣くほどびびってる。そんな状態でも「切られるかもしれない」と言う恐怖は絶大で、逃げなければその恐怖は確定した未来になると、分かっていても身体が動かない。

「ねえ、早くなさって。お茶が冷めてしまうわ」
 千秋の耳に聞き覚えのある女の声が届いた。これほどの恐怖に晒されていなかったら、その声から千秋はここが何処だか察することができたはずだ。だが、そんなことはしても無駄だった。千秋には、もう時間がなかったのだ。

 左首に、焼けつくような痛みが走った。
 切られたと言うよりは火箸でも押し付けられたような感覚で、でも辺りに飛び散ったのは間違いなく千秋の血だった。
 噴水のように吹き出す自分の血液が遠くの壁に激しく雨の降るように叩きつけられる。それが、千秋が見たこの世で最後の光景だった。





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チャレンジャー(2)

チャレンジャー(2)






 薪がリビングに戻ってきたのは、来客が帰った5分後。
「帰ったのか、あの二人」
「はい。薪さんによろしくって言ってました」
 薪のマグカップだけを残してすっかりきれいになったテーブルを見て薪が尋ねるのに、青木は微笑む。「ふうん」と頷いた横顔はいつもの澄まし顔。パニックは治まったようだ。

 放置状態のコーヒーはすっかり冷めてしまっていたが、薪はそれを飲み干した。喉が渇いていたらしく、彼はスポーツドリンクを呷る勢いでコーヒーカップを傾けた。
「青木。あいつらもしかして、僕たちのこと」
「まさか」
 空になったカップを弄りながら、薪がその疑惑を口にすると、青木は即座にそれを否定した。彼の憂い顔は増やしたくない。
「大丈夫です。誰にも気付かれてませんよ」
「本当に?」
「ええ」
 それならいいけど、と安堵のため息をつき、背もたれにもたれかかる。よっぽど神経を磨り減らしたらしい。
 薪が必死で二人の関係を隠そうとするのは、青木のためだ。羞恥心や保身が全く無いとは言わないが、青木の将来に影を落とすことを怖れているのだと思う。
 青木も昔は似たようなことを考えていた。自分の存在は薪の足枷になると、だったら身を引くべきではないのかと、らしくない考えに囚われたりもした。でも今はそうは思わない。

 極論してしまえば。
 例え自分の存在が薪を不幸にしたとしても、青木は彼と別れない。

 細かいことを言えばきりがない。同じマンションの住人にだって、自分たちの関係は疑われているだろう。小野田の友人である管理人に至ってはもっと大変だ。彼は薪と小野田の娘が婚約していたことを知っている。世間的には薪が当て馬になった形だから、もう完全に彼の中で薪は『女に騙されて女性不信になった挙句男に走ったカワイソウな男』になっている。網膜認証手続きの際、「あんたは薪さんを裏切ったりしないであげてよね」と言われたのは、彼の中でそういうストーリーが出来上がっていた証拠だ。
 そんな調子で、自分の存在は薪にとってマイナスになる事も多い。薪の出世の妨げになっていることも分かっている。
 それでも。彼と離れたくない。
 自分が彼をこの世で一番幸せにできるのだという確固たる自信もないくせに、人間的に考えてそれってどうなんだろう、と己の中で迷う声もあるけれど。意識的に耳を塞ぐことにしている。
 相手は天才警視長。凡人の青木が並大抵の努力で追いつけるものじゃない。なりふり構わず挑み続けなければならないのだ。

「青木」
 思い詰めた様子で青木の名前を呼んだ薪は、カップを弄るのを止めて、それをテーブルに置いた。
「これからこういうことがあったら、おまえは何も言わなくていい。対処は僕がする」
 でも、と青木は言い掛けた。が、薪は青木の反論を待たずに、
「この次は上手くやる。これは僕の仕事だ」
 常に同等でありたいと望む青木の気持ちとは裏腹に、薪は自分の仕事を増やしたがる。自分は年上だからと言う理由で、常に青木よりも多くの責任を持つ必要があると考えている。どちらも大人なのだから年なんか関係ないのに。
 だから青木は言ったのだ。
「どちらか片方の仕事ってことはないと思います。薪さんは何でも一人で抱え込むのがお好きですけど。一緒に暮らしてるんですから、オレにも分けてくださらないと」
 これが仕事の事だったら、青木は絶対に余計な口は挟まない。だが、プライベートなら話は別だ。
 しかし薪は頑なに首を振り、青木の申し入れを拒否した。
「僕は嘘が上手いし。吐き慣れてるから」
 たしかに、薪は嘘が上手だ。捜査上の秘密を守りつつマスコミの質問に答えなければいけない彼は、幾つかの情報を故意に隠すことがある。そういうときの薪の嘘は実に巧みで、質問者達を完璧に煙に巻いた上、本当のことを知ってから聞けばそんな風に取れないこともない、という話し方をするから騙されたと非難することもできない。
 だけど、それはあくまで仕事の話。近しい人たちに嘘を吐くことを薪は好まないし、心苦しく思っていることを青木は知っている。

「いいえ。いつまでも薪さんにばかり嫌な役目を押し付けるのは」
「だっておまえ、嘘は苦手だろ」
 思わず青木は黙った。
 自分はそんなにいい子じゃない。嘘を吐いたくらいで胸が痛むような純情な人間ではない。この瞬間だって、恋人を騙している。誰も自分たちのことに気付いていないと、白々しい嘘を吐いている。
 ずん、と心が重くなる。苦しさを吐き出すように青木は言った。
「薪さんは誤解してます。オレは、そんなに心のきれいな人間じゃ」
「僕の力が足りないせいで、青木を嘘つきにするのは嫌だ」

 嘘を吐くのは辛いだろうと、おまえにそんな思いはさせたくないと。
 そんな風に思えるのは、嘘を吐くことの苦しさを知っている証拠。吐かざるを得ない嘘に、隠さなければいけない真実に、彼がずっと傷ついてきたことの証なのだと青木は思った。
 警察機構の隠蔽体質が清廉な彼にどれほどの負担を強いてきたのか、想像に難くない。階級が上がるにつれて隠さなくてはいけない秘密は増え、その闇は深まって行く。それは薪に限ったことではない。匿った秘密のどす黒さに誰もが呑まれ、同じ色に染まって行く、そんな組織の中で。
 割り切ってしまえば楽になれるものを、真面目な彼はそれができない。その度に悩んで傷ついて悔し涙にくれて、辛ければ他に道もあっただろうに、分岐点では必ず険しい方を選んでしまう。それが亡き親友の願いであったと彼は信じているから。
 鈴木の願いは、薪の心からの笑み。それは自分を騙していては決して得られないのだと、薪には分かっているのだ。

 不意に、強い力で抱きしめたから。
 驚いた薪の手が空を泳ぎ、指先に当たったカップが床に転げ落ちた。「青木?」と薪は青木の腕の中で不思議そうな声を上げたが、青木はそれに応える言葉を持たない。
 孤高の戦いを続ける薪が、切なかった。




*****



 青木の腕の中で、薪は必死に考える。自分はまた何か、彼を傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか。
 青木はやさしい。その分、他人の痛みに敏感だ。彼がこんな風に薪を抱きしめるときは、誰かの痛みに同調していることが多い。
 感情に支配された人間を言葉で慰めるのは、あまり上手いやり方ではない。言葉を理解するための左脳が麻痺した状態だからだ。だから薪は、黙って青木のしたいようにさせてやる。他人の体温を感じることで青木が落ち着くなら、このまま動かないでいてやろう。

 折り畳まれた右脚の感覚が無くなる頃、ようやく青木は腕の力を抜き、薪を少しだけ自由にしてくれた。薪は深呼吸をしながらそろそろと足を直し、ジンジン言う独特の感覚に眉をしかめる。今だけは誰にも触られたくない。反射的に殴り倒してしまいそうだ。
 苦痛に歪む薪の顔を見て何を誤解したのか、青木が深刻そうに言った。
「薪さん、オレも同じです。オレの未熟であなたに嘘を吐かせたくありません」
「おまえの下手くそな嘘なんて、吐けば吐くほど墓穴だと思うぞ」
「たった今、薪さんが掘ってらしたのは何ですか」という質問はスルーした。済んだことをぐちゃぐちゃ言うなんて、男らしくない。
「悲しいことも苦しいことも独り占めしないで。オレにも半分、分けてください」

「……わかった。じゃあとりあえず殴らせろ」
 は? と点目になった青木の横っ面を裏拳で撫でる。床に尻もちをついてぽかんとしている青木に、薪は右脚を庇いながら、
「おまえのバカ力で動けなかったから脚が痺れて、~~~っ!」
 それから青木を殴った拳をぐいと突き出して言った。
「半分だ」
「いやあの、そういう意味じゃなくてですね、これは二人の問題ですから二人で対応するべきだと」
 青木はなおも言い募ったが、薪はもうそれどころじゃない。ううう、と呻きながら右脚をさすっている様子に、やがて青木も諦めた。肩の力を抜いて失笑する青木に、今なら自分の気持ちを言葉で伝えることができると薪は考える。

「分かったよ。どちらにせよ、全部はカバーしきれないしな」
 青木に同情されていたことを知って、薪は苦笑を隠せない。この状況を、自分も落ちたものだと思うか優しい恋人を持って幸せだと思うかは人それぞれで、世間一般では後者の方が幸せに近い人間の思考と言える。が、残念ながら薪は前者だ。
「考えてみたら無理だよな。おまえの友だち関係とか」
 自分の力不足を素直に認めて青木の助力を請うと、青木は途端に元気になって、
「安心してください。こう見えてもオレ、先輩たちの飲み会から逃れるための嘘は吐き慣れてるんですよ」
「その割には次の日、罰ゲームとか言って、1時間近く並ばなきゃ買えない人気店の弁当買いに行かされてないか」
「……どうして先輩たちってあんなに鋭いんですかね」
 青木が小池たちの誘いを嘘を用いて断るのは、薪との約束がある時だ。当然、翌日は顔が緩んでいる。あれで気付かない方がおかしい。

「よし。僕がウソツキの極意を教えてやる」
「はい?」
「いいか、一番大事なのは平常心だ。パニックはいかん」
「説得力ないんですけど」
「あ? まるで僕がパニックに陥って要らんこと言って自分で自分の首を絞める様子を見ていたような言い方だな?」
「……薪さんて本当にご自分に都合の悪いことは一瞬で忘れますよね」
 ふてぶてしくシラを切る薪に、青木は額を押さえて溜息を吐いた。それから少しだけ悪戯っぽく笑って、
「あのシュークリーム、べらぼうに美味しかったですね」と聞き覚えのあるセリフを繰り返した。なんて意地の悪い、青木はいつの間にこんなに性格が曲がったんだろう。きっと小池辺りの影響に違いない。

「そんなところから聞いてたのか。なんでもっと早く助けに来ないんだよ」
「は? 全部自分に任せろとかおっしゃいませんでした?」
「それは今の話だろ。僕が言ったのはその前だ。僕があんなに困ってたのに知らん顔して、冷たいやつだ」
「ちょっと待ってくださいよ。ちゃんと助けたじゃないですか」
「遅い。グズ。ノロマ」
「結局オレのせいなんですね」
 青木はもう一度額を押さえ、でも今度は逆襲してこなかった。いい判断だ、次に何か生意気なことを言ったら問答無用で蹴りがいくところだ。

「でもあれ、本当に美味しかったですよね。もっと食べたかったな」
 青木は空のケーキ箱をひっくり返して店舗名を見つけ出し、ネット検索を掛けた。彼の熱意に、薪は引く。洋菓子なんて一日に何個も食べるもんじゃない。
「一日百個の限定品を並んで買ってきたって言ってたぞ。もう売り切れてるんじゃないか」
 冷たく言われてガッカリする恋人に、薪は仕方なさそうに、
「僕が作ってやるから。それで我慢しろ」
 青木はたちまち嬉しそうな顔になって立ち上がると、「お手伝いします」とキッチンへ向かった。恋人の現金さに苦笑しつつ、薪は、未だ痺れの取れない右脚を引き摺りながら青木の後を追った。



*****



 青木はいつも考える。自分は彼のために何ができるのだろう。
 薪にはいつも不安がある。自分の非力な手で、どうやったら彼を守りきれるのだろう。

 一生かけても完全な解は得られないであろう命題に、彼らは今日も取り組む。互いを水先案内にして、複雑怪奇な迷路に挑む。
 二人は肩を並べて前を向く。横を見て、相手が笑っていれば正しい道を進んでいる証拠。眉根を寄せれば行き止まりの予感。涙を浮かべればその先は袋小路、速やかに回れ右だ。
 迷って悩んで行き詰まり、苛立って壁を叩いたりする。壁は簡単に壊れてしまうときもあれば、叩いた手が傷つくほど強固だったりもする。そういう時は戻るしかない。
 臨機応変に柔軟に。一歩一歩進んでいく。彼らはやや不器用な者とひどく不器用な者のペアだから、そんな地道な進み方しかできないけれど。クリアしてきた迷路はなかなかに高度で、その分、確かな実力を身につけている。

 新しい迷路に、再び彼らは挑む。心から笑い合えるゴールを目指して。




(おしまい)



(2013.5)←また1年寝かすところだったー。

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チャレンジャー(1)

 あらやだ、4月になっちゃったわ。先月の記事数、2つ? どこのイツツユビナマケモノの話?

 4月4日に下水の書類検査がありまして。それが済んだら完工です。
 いやー、長い現場だったなー。みっちり半年かかったもんなー。おばさんは疲れました。


 更新が滞ってしまった間にも、暖かい拍手や励ましのコメント、ありがとうございました。とてもうれしく受け取り、感謝の気持ちを持って拝読しました。どうもありがとうございました。
 現場があまりに長くてSSの書き方なんざすっかり忘れちまいましたが(^^;)
 メロディ8月号からはシーズン0の連載も再開されるそうですから、新しい妄想も生まれると思います。それまでは昨年書いた妄想の残骸(←いっそゴミと読んでください)を公開していきますので、ぼちぼちお付き合いください。



 えーと、今日のお話は、
「楽しい第九」第3弾でございます。
 薪さんと青木さんの新婚家庭に小池さんと曽我さんが遊びに来る話です。
 雑文ですので、ゆるーく読んでやってください。






チャレンジャー(1)





 柔らかな電子音が訪問客を告げる、休日の午後。
 1月ほど前まで、薪はその音を心待ちにしていた。土曜の午後に此処を訪れる来訪者は、八割方彼に決まっていたからだ。そのときめきが今は失われてしまったことを、ほんの少し残念に思う。約束の時間に向けて気分と心拍数がぐんぐん上がって行くあの感じ、当時は幸福感より切なさの方が勝っていたはずなのに、振り返ると微笑ましく思えるから不思議だ。
 何年もの間、数えきれないくらい薪の家のチャイムを鳴らし続けた男は、薪の隣から腰を上げて、来客を迎えるために玄関へと足を運んだ。それは家人としての行動であり、薪が彼の来訪を待たなくなった理由でもあった。

「いらっしゃい、小池さん、曽我さん」
「よお。これ、みんなで食べようと思って」
「ここのシュークリーム、美味いんだぜ」
「わあ。ありがとうございます。オレ、シュークリーム大好きです」
 玄関先で交わされる部下たちの会話を聞きながら、薪はローテーブルの上に広げていたテーマパークのパンフレットを素早く片付けた。休みが取れたら行きましょう、と青木が手に入れてくるそれらの見境のなさに、薪は本当は辟易していたが、いつ取れるか分からない休日の予定を彼があまりに嬉しそうに語るから、仕方なく付き合ってやっている。それもまた年上の恋人の仕事だと、自分の認識とは裏腹の丁寧さでパンフレットを揃え、ハードケースに大事そうにしまい込む。パチンと音を立てた留め金の上を、細い指が愛しげに撫でた。

 彼らがリビングに入ってきたのは、薪がケースを腕に抱えたときだった。「お邪魔します」と揃って頭を下げた部下たちに向かって、薪は軽く頷いて見せ、
「ゆっくりしていくといい。僕は書斎にいるから」
「薪さんの分もシュークリーム買ってきたんですよ。一緒に食べましょうよ」
 書斎に向かおうとしていた足を止めて、薪は首を傾げた。彼らは薪を訪ねてきたのではない。青木のところへ遊びに来たのだ。
 そもそも彼らを家に招いたのは、青木が薪の家に住むことを知った小池と曽我の二人が、「これからは青木の家に気軽に遊びに行けなくなった」と零していたからだ。それほど残念がっているようではなかったが、自分と同居したせいで青木の友人付き合いを抑制してしまうのは良くないと薪は思った。だから言ったのだ。住まいが替わっても青木の家に変わりはない、今迄と同じように遊びに来たらいい、と。

「いや、僕は」
 上司である薪がいたら3人とも気づまりだろうし、だったら自分は此処に居ない方がよい。そんな気持ちから出た薪の言葉を遮って、曽我がソファの座面を指し示した。
「ほらほら薪さん、ここに座ってください」
「そうそう、青木の隣に」
 彼らの口振りに些少の違和感を感じる。うっすらと背後に迫る、嫌な予感。
 これは逃げた方が利口だと判断し、薪は踵を返した。その肩を青木が押さえて、すとんとソファに落とす。
「薪さん、座ってください。今、コーヒー淹れますから」
 こういうときは逃げちゃダメです、と青木の瞳が語りかける。確かに、こんな局面はこれから先、数えきれないくらい迎えることになるだろう。いちいち逃げていたらキリがない。薪はソファに深く座り直した。

 曽我が不器用な手つきでシュークリームの箱を開けようとしていたので、貸してみろと手を出した。ケーキ屋特有の持ち手が付いた箱は、一枚の厚紙が凹凸によって互いを支える仕組みになっている。男でこの箱に慣れている者はあまりいないから、人によっては開ける前から中身が悲惨なことになるのだ。
 細くて器用な指先が留めになっている箇所の凹凸をやさしく外し、箱はふわりと開いた。中には薪の好きな窯焼きタイプのシュークリームが4つ。カリカリに焼き上がったシュー皮に、シュガーパウダーが振りかけてある。
 包み紙ごとそっと持ち上げ、ケーキ皿に取り分けていると、コーヒーの香りと一緒に青木が現れた。
「うわあ、美味しそう」
「……ガキが」
 子供みたいに歓声を上げる、青木の単純な感情の発露にいつだって薪はときめいてしまう。それを隠したいからついつい口に出る、お得意の憎まれ口。そこに鉄壁のポーカーフェイスが加わって、彼らの秘密を手堅く守っている。
 冷たい言葉でも薪に構ってもらえる、青木はそれだけで嬉しい。へらっと笑ってコーヒーを配り、薪の隣に腰を下ろした。
 お持たせのシュークリームを食べながら、気ままなお喋りを楽しむ。もともと口数の少ない薪は聞き役に回ることが多いが、彼らと同じ話題を共有していることに変わりはない。美味しいお菓子と絶品のコーヒーと冗談を交し合える友人と、休日の午後を過ごすには最高のアイテムが揃って、それはとても楽しいひとときだった。

 そこに僅かな危険が混じり始めたのは、コーヒーのお代わりを淹れるために青木が席を外したときだ。
「室長。青木と一緒に住むの、大変じゃないですか?」
「気を使うでしょう。今まで一人で気ままにやってた空間に他人が入るわけですから」
「べつに。食費が3倍になったことを除けば不自由はない」
「2倍じゃなくて3倍か」
「さすが青木」
 そこ、感心するところ違う。
 薪は心の中で曽我を窘める。青木も30を過ぎたことだし、そろそろ節制させないと。代謝の低下と共にぶくぶく太ってしまう、まではいいとして、その後に待ち構える成人病が怖い。彼の健康を守るのはパートナーである自分の役目だ。

「部屋割りとかどうしてるんですか?」
「特にしてないけど」
「してない? じゃ、寝る時も同じ部屋ですか?」
「同じ部屋って言うか同じベッ」
 今日の夕飯はヘルシーに和食で、なんて呑気に献立を考えていたのがまずかった。とんでもないことを言い掛けたことに気付いて、薪は口を閉ざす。沈黙の理由に持ち上げたコーヒーカップは空っぽで、その単純なミスが焦る気持ちを加速させる。やばい、パニックになりそうだ。
「べ?」
「べ、べらぼうに美味かったな、このシュークリーム!」
 自分たちの手土産に対する称賛を胡乱な表情で受け取って、小池と曽我のコンビは顔を見合わせる。その横顔に、同時に浮かんだ悪戯っ子の笑みを薪は見逃さなかった。
 例え住み込みのボディガードと言う名目があっても、世間一般に見て自分たちの同居が不自然であることは承知している。それらしきことを言われても軽く受け流すくらいの心構えを持たなければ、この先やっていけない。

「薪さん、もしかして」
 丸っこい顔に人好きのする笑みを浮かべる曽我を見て、薪は瞬時に決意する。
「青木と同じ部屋で寝てるんですか」と訊かれたら、「さあ、どうかな」と意味深に微笑んでやろう。そのくらいのクールさで返せば、相手も自分の幼稚さに気付いて、この手の質問をしなくなるに違いない。
「もしかして、青木と同じベッドで寝てるんですか?」
「さ、ああああああるわけないだろそんなこと!」
「さ」までしか言えなかった。
 だってっ、モロ聞かれるとは思わないだろ、こんなの! 曽我のKYを甘く見た、てか、そんなんだから26回もお見合い撃沈するんだぞ。

 あまりにもストレートなその質問は、薪のパニックを一気に爆発させた。どもってしまったのは大失敗だった。好機逃すまじと小池が追撃の一手を繰り出す。
「でも今、同じベッドって言い掛けたでしょ」
「そ、それは」
 小池は昔捜査二課で、口から生まれてきたような詐欺師の言葉尻を捕えて自白に追い込んでいたのだ。プライベートの薪なんて、赤子の手を捻るようなものだ。
 眼を逸らしたら負けだと、薪は必死に恥ずかしさと戦った。が、いつもは真珠みたいに白い頬が真っ赤になってる時点で勝負はついている。頭の中がホワイトアウトする感覚。こうなったらお終いだ、子供でも答えられるような問題も解らなくなってしまう。

「べの付く言葉って、他に何かあるか?」
「弁当、ベーグル、ベリージュース」
 さすが曽我。青木に負けないくらい食欲中枢が発達している。
「食いものばっかだな、おまえは」
「じゃあ小池は?」
「ベターハーフ、ベーゼ、ベッドイン」
 きゃああああ!
 悲鳴こそ抑えたものの、薪の身体は勝手に跳ね上がり、一瞬でソファの端まで移動した。飛ぶように退いたものだからテーブルの脚に足元を掬われて、ソファとテーブルの隙間にすこんと落ちる。

「「何やってんですか、薪さん」」
「や、あの」
「「どうしたんですか。顔が真っ赤ですよ」」
 詰め寄られて、でも背中にソファが当たって動けなくて、逃げることも応えを返すこともできない。かくなる上はこのテーブルを引っくり返し、その騒ぎに乗じてコトを有耶無耶にするしかない。
 細い膝が襲撃の意志を持って曲げられたとき、そっと脇の下に入った大きな手が、薪の身体をひょいと持ち上げた。ソファに座らされた薪の頭の上から穏やかな男の声が、
「別々」と薪に解答を示した。
 逆ギレ寸前の薪に助け船を出してくれたのは青木だった。彼は薪とは対照的に余裕の笑顔で、二杯目のコーヒーを静かに客人に配った。

「別々の部屋に決まってるでしょ。オレはリビングに布団敷いて寝てます」
「そうなのか?」
「ええ。布団の方がいいんですよ。普通サイズのベッドじゃ、足を伸ばせませんので」
 先刻までの世間話と何ら変わりない口調で青木は言った。彼らの会話に耳を傾けながら、正直者の青木に嘘を吐かせたことを、薪は申し訳なく思う。
 隠す必要はない、恥じる必要はもっとない。自分たちは普通の恋人たちが普通にすることを普通にしているだけ。見ず知らずの他人ならともかく、身内同然の彼らに姑息な嘘を吐いてまで隠さなきゃいけない理由はないはずなのに。
 薪は黙って席を立ち、洗面所に入った。気持ちを立て直すため、独りになりたかった。

 居間から主の姿が消えると、小池と曽我は堪りかねたように噴き出した。
「見たか、室長のあの顔」
 青木は先輩二人に困ったような視線を送り、深いため息を吐く。ちょっと眼を離しただけでこの始末。まったく油断も隙もない。
「あんまり苛めないでくださいよ。お二人に悪意がないのは分かってますけど、薪さんはそういうの苦手なんですから」
「悪い。つい」
「こんな機会、滅多とないから」
 青木との関係が第九のみんなに知られていることを、薪には知らせていない。薪の性格からして、そんな環境に耐えられるとは思えない。必要以上に意識して、研究室を混乱させるのがオチだ。部下たちにしてみれば、室長が部下の一人と特別な関係にあったとして、それを職務に持ち込まない限りは口にする必要もないことで、だから何も気にすることはないのだが、そうはいかないのが薪のメンドクサイところだ。

「頼みますよ。とばっちりはオレに来るんですよ」
「そりゃ仕方ないだろ。それがおまえの運命だ」
「えらく人為的な運命ですね」
 青木が不平をこぼすと、小池が細い眼をますます細めて、
「承知の上で一緒に住むことにしたんだろ」
 ――小池は飲むと必ず薪の陰口を言うけれど。本当は第九の誰よりも、室長としての薪を尊敬しているのだと思う。最近、小池にチクチクと皮肉を言われるようになったのは、プライベートの薪を独り占めしている青木へのやっかみだ、と言うのが岡部の見解だ。
 青木はにっこりと笑って、「はい」と頷いた。
 口調に込めた揶揄も言葉に忍ばせた棘も、青木には効かない。薪と違って鈍い、と言うよりは、覚悟ができているのか。

「そろそろ引き上げるか」
 二杯目のコーヒーを飲み終え、二人は同時に席を立った。
「あ、薪さん呼んできます」
「いいって。明日、研究室で礼は言うから」
 じゃあな、と手を振って、二人は帰って行った。青木は彼らを玄関先まで見送ったあと、テーブルの上を片付けに戻った。テーブルの上では薪の為に淹れた二杯目のコーヒーが、飲み手を失ってやるせなく湯気を揺らしていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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