ボーダー

 メロディ8月号、読みました。
 秘密の予想が大外れなのはいつものことですが、こんなに外れて嬉しかったことはない! てか、今回のはわたしの読解力不足とは関係ない気がするー。あの予告からこの内容は想像不可能w 
 というわけで、こちら、薪さんお帰りなさい記念SSです。
 3日間の限定公開です、と言えば常連さんにはお分かりと思いますがRです。3日で下げますので、見逃してやってください。
  
 題名のボーダーは横縞の意味。つまりヨコシマですね!←オヤジギャグかよ。




ボーダー


続きを読む

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人 後日談(3)

 発売日ですね! 
 本屋さん行ってきます! 薪さんに会えますように!!

 あ、あとがき、これでおしまいです。
 最後まで読んでくださってありがとうございました(^^




イヴに捧げる殺人 後日談(3)






「ねえ、薪さん。ユリエの裁判っていつ頃始まるの」
 礼子の問いに、薪は直ぐには答えなかった。フォークの先端に貫かれたマカロニに息を吹きかけ、伸びたチーズの糸をくるくると巻き付ける。礼子はしばらくその様子を見ていたが、やがて諦めたようにホワイトソースに包まれた鶏肉を口に入れた。
 薪のつややかな唇がぱくりとフォークを咥える。薪は牛乳の匂いが苦手なのに、グラタンやシチューは平気で食べる。青木には不思議でたまらない。温めたら匂いは強くなると思うのだが。

「来月だ」
 薪が正直に答えたから、青木は少し驚いた。事件のことは早く忘れろと、てっきりそう言うと思ったのだ。しかし。
「傍聴したいなら席は僕が用意してやる」
「薪さん」
 思わず口を挟んだ。あの事件から未だ2ヶ月も経っていない。裁判の傍聴は礼子にとっては生傷を抉るようなものだ。
「ただし、一人では行くな。ママにでも付き添ってもらえ」
「薪さん」
「分かった」
 薪を留めようとした青木の声と、礼子の了承が重なった。礼子の強い瞳に押されて薪を伺えば、おまえは口を出すなと薪の眼が言っている。

 事件の時も感じたけれど。
 薪は真実は隠すべきではないと言う強い信念を持っている。おそらくそれは、警察官としての正義というよりは経験に基づいての結論なのだろう。

 青木は薪の心情をそのように察したが、その解答は80点。薪の中にも迷いはあるし、礼子に真実を告げることが絶対に正しいと信じ切っているわけではない。だが、薪にはそれを隠すことはできない。
 例えそれがどんなに残酷な事実でも、どれだけの愛とやさしさでもって包み隠そうとした秘密でも、それを知ることで悔いるばかりの人生が待っているとしても。隠してはいけないのだ。
 秘密は必ず洩れる。何年かかっても、日の元にその姿をさらけ出す。問題はその現れ方で、秘密というものは人を介すると必ずと言っていいほど真実から遠ざかる。秘密が内包する不確定要素と、時間が経つほどに曖昧になる人の記憶のせいだ。結果、歪められた真実が当事者に届くことになる。それは隠した者の本意でも隠された者の幸福でもない、単なる悲劇だ。
 未来永劫誰一人としてそれを知らずに済む保証がないなら、真実は隠すべきではない。そして、そんな保証は誰にもできない。

 加えて。
 薪は自分の経験から知っている。人間はそんなにやわじゃない。どれだけ凄惨な事実を突き付けられても、先に進める。一時は足が竦んで、一歩を踏み出すそれだけで針を踏むような痛みを覚えても、ちゃんと歩いていける。何よりも強くそれを信じている、否、信じなければいけない。
 ――だって。
 そのことを教えてくれたのは青木だから。何年もの間、そして今も。薪に真心を注ぎ続けてくれた、薪が自分の脚で歩きだすのを辛抱強く待っていてくれた彼だから。

 現実にはショックのあまり、発作的に自ら命を絶ってしまったり、精神的に病んでしまう人間がいることも知っている。さらには青木が自分にしてくれたように、彼女の傍にいて彼女に愛情を注ぐことは薪にはできない。それが分かっていてこの行動を取る無責任は承知の上、それでも薪は彼女の強さを信じたい。
 誰かが自分を信じてくれる、それだけで人は強くなれる。そのことを薪に教えてくれたのもやっぱり青木なのだ。

 一回りも年下で、見れば未熟さばかりが目につく彼の、なのに多くのことを教えてくれる男を、薪は改めて見直す。前に進む勇気をくれるのはいつだって彼だ。
 命令されずとも食べ終わった皿を集めて洗い始める青木の背中を眺めながら、薪は小さくため息を吐いた。彼の支えがなくなったとき、自分が今と同じように行動できるかどうか未だ自信が持てない。情けない話だ。

 青木は濡れた手を拭きながら戻ってきて、膨れた腹を擦っている礼子に声を掛けた。
「さあて、あとひと踏ん張りだね。礼子ちゃん、応用問題に挑む前に正弦定理を確認しておこうか」
「まかせて。cosA = (b2 + c2 +a2)× 2bc」
「うん、それは余弦定理だよね。しかも間違ってるし……薪さあん」
 薪と二人掛かり、懸命に教えたことが空腹感と一緒に礼子の中から消えてしまったことを知って、青木は薪に泣きついた。なんだったの、あの苦労。

「だから言っただろ。そいつ、教える側から忘れていくって」
「礼子ちゃん、もう一度やるよ。正弦定理は三角形とそれに接する円に関する定理で」
 薪が投げかけた匙を青木が拾い上げる。青木は薪よりも諦めが悪いのだ。そうでなかったら、とっくに薪のことも見限っていただろう。
 諦めないこと、続けることが何よりも大切だということ。それも彼に身を以て教えてもらった。

「どうやらおまえは僕よりも教師向きだ。頑張れよ、先生」
「ちょ、薪さん、ずるっ」
 黄緑色の鞘から犬のような顔を出しているキャラクタークッションを枕にして、薪はころりと横になった。くあ、と欠伸をして5秒後には寝息が聞こえてくる。相変わらず見事な墜落睡眠である。
 眠りに堕ちる寸前、二人が揃ってクスッと笑う声が聞こえた。




(おしまい)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人 後日談(2)

 いっつも後手に回ってすみませんー。注釈入れるの忘れてました(^^;
 礼子が勤めてるキャバクラは、羽佐間さんの行きつけです。羽佐間さんは薪さんの捜一時代の指導員です。ADカテゴリの「折れない翼」という話に書いてあります。よろしくです。






イヴに捧げる殺人 後日談(2)






「夜間高校行ってるの。明後日、数学の追試なんだ」
 窓際に置かれた勉強机代わりのローテーブルの前で、礼子は数学の教科書を掲げてみせた。

 礼子のアパートは小間使いのユリエの私室より小さくて古い物件だったけれど、こまめに掃除されているようだった。ここも店のママの持ち物だそうで、彼女は礼子の生活を全般に渡ってサポートしてくれているらしい。おそらく薪が昔のツテを使って、頼み込んだのだろう。
 部屋を見回して、青木は複雑な顔をした。女の子の部屋というよりは男の子の部屋みたいだったからだ。カーテンや壁に掛かっている服には英文字やら髑髏やらが踊っていて、色づかいもモノクロや青系が多い。それでも、所々に星やハートが混じっているところはやっぱり女の子だ。

 青木が一人入ったら一杯になってしまう手狭い台所でインスタントコーヒーを淹れて戻ると、二人は畳敷きの床に座って額を寄せ合っていた。本当に、仲の良い兄妹みたいだ。
「他の科目は何とかなったんだけど、これだけはどうしても苦手で」
「数学なんか簡単だろ。公式さえ覚えておけば、後はそれを当てはめるだけなんだから」
「ちっ」
「女の子が舌打ちなんかするな」
 説教臭いところはやっぱりお父さんですね。

「なあ青木。数学は公式さえ抑えれば楽勝だよな」
「そうですね。オレも地理や歴史の方が苦手でした。覚えることいっぱいあって」
「なんで。一度読めば覚えるだろ」
「「ちっ」」
「おい。今、舌打ち二つ聞こえたぞ」
 青木がコーヒーを差し出すと、薪は不機嫌に青木を睨み上げるようにしたけれど。クレーンゲームで獲ったぬいぐるみが置いてあったり(キャバクラの先輩からのプレゼントだそうだ)、コーヒースプーンの柄にカエルの顔が描いてあったりする女の子の部屋で、畳に胡坐の薪は何だかあどけなくて、礼子がいなかったら襲ってたかもしれない。青木なんか人差し指どころか小指も入らない女性用のカップの持ち手に彼の二本の指が無理なく入ってしまう様とか、来客用らしい白地に桜模様の陶磁器が薪の上品な顔立ちにすごくよく似合う様子とか、そんな微細な、でも青木の心を猛烈に焚き付けるものがプライベートの薪には盛り沢山で、ついつい熱っぽく彼を見つめてしまう。心を落ち着けようとして、青木は熱いコーヒーを一気に飲んだ。

 これのどこに疑問を挟む余地があるんだ、と礼子とはまた違った意味で薪が教科書に首を捻っている隙に、礼子が青木を意味ありげな眼差しで見た。多分、青木の視線の特別さに気付いたのだ。
 いや、以前から気付かれていたのかもしれない。雪子もそうだけれど、恋愛慣れしていないように見えても女の子は鋭い。
 もっと気を付けないといけないと思った。薪に迷惑が掛かるのだけは避けたい。既に色々なリスクを背負わせてしまっているのは分かっている、だからこれ以上は。

 1年くらい前、薪に言われた。ずっと僕のことを好きでいろ、と。
 その時にふっ切ったつもりだった。弱気になることはない、引け目なんか感じることはない。もちろん自分よりも彼に相応しい人はいる、でも選ぶのは彼自身。自分は彼に言われた通りひたすらに彼を愛していればいい。だけど。
 ――本当にそれでいいのだろうか。
 同じループに何度でもはまる。この選択は正しいのか。彼のためになることなのか。何十回も考えたのに、未だに答えは出ない。答え合わせのできない宿題はいつまでも残って、心の隅に深く根を張る。つねに出張って来るわけではないけれど、視線をめぐらせればいつもそこにいる。愛するが故の根深さで。

「青木、手伝え」
 イライラしたような声で呼びかけられて、青木は我に返った。畳に胡坐の薪が、こちらを向いて眉を吊り上げている。
「こいつ、言った端から忘れていくんだ。僕一人じゃ教えきれん」
「なによ、教え方が悪いのよ。柚子はもっと分かりやすかったわ」
「どれどれ。ああこれはね、10万と2万と3千とって言うように、単位ごとに分けて考えるといいんだよ」
「なんでそんなことする必要があるんだ。そのまま掛けりゃいいじゃないか」
「薪さん。普通の人間は6ケタの掛け算は暗算じゃできないんです」
「なんで」
「「ちっ」」
「あっ、また舌打ちしたな、おまえら!」

 それから、数学とは相性の悪い礼子の脳に二人がかりで数式を詰め込むこと二時間。礼子が疲れて不平を言い始めたのと薪のイライラが頂点に達したのを見取って、青木は2度目のコーヒーブレイクを提案した。
 なんでこんな簡単な式が覚えられないんだ、と薪は、コーヒーの湯気の向こうで心底不思議そうに首を捻る。舌打ちの代わりに歯を食いしばって、礼子はこっそりと青木に洩らした。
「もー。どうして薪さんてあんなに意地悪なの」
 素直な憤慨に思わず笑う。青木もむかし新人だった頃、似たようなことを思っていた。でも今は、彼の思考経路を察することができる。あれは嫌味ではない。
 彼女がどうして数式を覚えられないのか、薪には本当に分からないのだ。よって悪気はない。悪気がない分タチが悪い、というやつだ。
 薪は家庭教師には向かない。教師に向くのは天才ではなく秀才だからだ。天才という生き物は、教科書を一読するだけでカメラで写し取ったかのように細部まで正確に覚えてしまう。しかも一度覚えたことは忘れない。覚える努力、理解する努力というのをしたことがないのだ。だから生徒たちが問題の何処に躓いているのか、見当がつかない。青木のように悩みながら勉強してきた人間の方が、教えるのは巧い。

 誤解されやすい薪を庇おうと、青木は礼子に薪のフォローを入れた。
「本当に意地悪な人は、勉強見てくれないと思うよ」
「ったく。うちの部下たちの方がまだマシだ。頭の程度はおまえと変わらんが、根性だけはあるからな」
 言った途端にとばっちりが来て、青木は黙ってコーヒーを飲む。安価なインスタントコーヒーの味にここまで癒されたのは初めてかもしれない。同情心に溢れた顔つきで、礼子がぽんと青木の肩を叩いた。
「苦労してるのね、青木さん」
「すみません、慰めないでもらえます? 泣きたくなっちゃうんで」
「職場では嫌われ者で恋人もいない。薪さんも大概ボッチよねえ。これであたしまで冷たくしたら、ちょっと可哀想かな」
 礼子の表情に青木は危機感を抱く。やばい、本気で同情している。彼女には柚子がいるが、この年頃の女の子の気持ちは変わりやすいもの。同情から恋に発展したりとか、その可能性が例え百万分の一でも潰しておかないと青木は不安で眠れない。

「そんなことないよ。薪さんは厳しいけどね、すごくやさしい人なんだよ。誰よりも多くの仕事をこなしてるし、辛い仕事は全部自分で抱え込んじゃう。部下の誰かがその仕事をしなきゃいけない時だって、必ず自分がフォローに付くんだ。そんな人だから、どんなに厳しくされてもみんな薪さんが大好きなんだよ」
「本当に?」
「そうだよ。薪さんはみんなに好かれてるよ」
「それは青木さんが」
 礼子はそこで言葉を切り、人を揶揄する目つきになった。黙ってコーヒーを飲む彼女の頭の中では何かが企まれている気配。やがて礼子は口を開いた。
「そう言えばさ。薪さんて、右のお尻の下にホクロがあるでしょ」

 ぷつん、と青木の中で何かが切れた音がした。青木は半分ほど残ったコーヒーカップをトレーに戻し、すっくと立ち上がって3歩ほど歩いた。それだけで薪の背中に到達する、そんな狭い部屋だった。当然、礼子の言葉も薪の耳に入っている。1メートル近い落差で見下ろす青木の表情からこれから起こることを察したらしい、彼は数学の教科書を盾のようにして身構えた。
「薪さん」
「待て青木、落ち着け」
「彼女、薪さんのホクロが何処にあるか知ってました」
「そ、それはつまりその、ほら、こないだの事件のとき」
「あの時は薪さんの腰から下は血で染まってて、ホクロなんか見えませんでした」
「無駄に鋭いな、おまえ」
 青木を取りなすことに懸命な薪と、薪を詰問するのにいっぱいいっぱいの青木は、青木の大きな身体に隠れた場所で礼子が笑いをかみ殺しているのに気付かない。

「寝たんですね」
「ちがう。僕は何もしてない」
「じゃあどうして彼女が薪さんのホクロの位置を知ってるんですか? 礼子ちゃんの前でパンツ脱いだってことでしょ?」
「礼子じゃない。脱いだのは他の女の前で、それも自分から脱いだんじゃなくて、無理矢理脱がされたと言うか剥ぎ取られたと言うか」
「他の女とも?!」
 自分の意志じゃない、という薪の言い訳は青木には届かなかった。青木の頭を満たしたのはたった一つ、薪の秘部を自分以外の誰かが見たという事実。
「じゃあオレは最低二人は殺らなくちゃいけないんですね……」
「青木―! 戻って来いー!!」
 焦りまくって叫んだ薪の声に、礼子の笑い声が重なった。若い女の子らしくケラケラ笑う彼女に、冗談じゃないぞ、と薪が舌打ちする。
「あー、可笑しかった」
 礼子は眼の縁に溜まった涙を拭い、「意地悪のお返しよ」と薪に舌を出して見せた。
「青木さん、思い詰めると怖いタイプね」
「下手に刺激しないでくれ。地獄を見るのは僕なんだから」

 種を明かせば。
 薪が捜査一課で羽佐間とコンビを組んでいた頃、連れて来られたのが礼子が働いている店で、まだ24歳だった薪はそこでキャバ嬢たちにからかわれて丸裸にされた。その時のキャバ嬢の一人が現在のママになっている。礼子はママからその話を聞いたのだ。
「キャバ嬢軍団に服を脱がされたのは事実だけど、酒の席のおふざけみたいなもんで、おまえが邪推するような事実はどこにもない。そもそも男のケツなんか見られたって減るもんじゃなし」
 礼子の前で、青木と恋人関係であることを匂わせるような会話は避けたかったのだが仕方ない。青木が向こう岸に渡ってしまわないうちに引き戻さないと。
「そうですか、集団で。じゃあオレはいったい何人殺せば……」
 戻って来れないらしい。

 畳に正座し、壁に向かってぶつぶつ言い始めた青木をほったらかして、薪はコーヒーカップを片手に礼子の方へやってきた。隣に胡坐をかいてコーヒーを飲み始めた彼に、礼子は夜中特有のテンションで絡む。
「抱きしめてアイシテルって言ってあげればいいのにぃ」
「腹減って錯乱してるだけだ。何か食わせりゃ正気に戻る」
「そこまで単純?」
 薪の冗談に礼子は笑った。念のために言い添えるが、薪は冗談を言ったつもりはない。

「あたしもお腹空いた。薪さん、なにか食べさせて」
「作るのはいいけど、こないだみたいに冷蔵庫の中空っぽのくせに手間の掛かるグラタン食いたいとか無茶言うなよ」
「薪さん、グラタン作るんですか? オレの分もありますか?」
 グラタンと聞いただけで四つん這いで走り寄って来た、青木は正座して、薪を期待に輝く瞳で見つめる。その姿は正にイヌ。
「おまえの分も作ってやるから手伝え」
「はい!」
 小さな冷蔵庫の中を覗き込む薪と、ウキウキしながらその後ろに付き従う青木を見て、礼子はため息交じりに呟いた。
「悪いことして青木さんに捕まったら、フライドチキンを投げてその隙に逃げるわ」
「楽勝だな」
「え。なんですか、それ。どういう意味ですか」
 きょとんと首を傾ける青木に向かって、使い掛けの玉ねぎが投げられた。咄嗟に右手でキャッチする。細い指先が青木を指し、職場仕様の硬い声が言った。
「みじん切り」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人 後日談(1)

 日曜日にたくさん拍手くださった方、ありがとうございました。
 せっかくの日曜日を無駄にし、いえその(^^;)、
 貴重なお時間を費やしていただいて光栄です。常連さんもご新規さんも、ありがとうございます(〃▽〃)


 さてさて、
 今週末は1年ぶりの薪さんですねっ。
 予告によると薪さんが誌面に登場するかどうか分からないのですけど、薪さんいないと秘密始まらないと思うし。会えるといいな~。





イヴに捧げる殺人 後日談(1)





 比較的早い時間に退庁が叶った金曜日の夜。予定がなかったら付き合え、と薪に誘われた。
 薪と向き合ったとき、イエス以外の言葉なんて青木の中には存在しない。「どんてん」で待っている小池たちを裏切る決意をするのにコンマ1秒、「急な用事ができました」とメールを打って携帯電話の電源を切るまで1分もかからなかった。
 明日から連休と言う夜に誘いを受けたのだ。彼は青木の上司だけれど、これは仕事ではない。その証拠に公用車は使うなと指示された。駅前で拾ったタクシーの運転手に薪が告げた行先は有名な繁華街。想像するに、酒を交えた食事をしてからホテルに一泊するか薪のマンションに行くか、どちらにせよ青木にとっては最高の夜が待っているはずだ。

 道端に停められたタクシーから降りた青木は、わくわくしながら薪の後について歩き、店に入り席に着き。薪が、おしぼりを持ち上げたところでブチ切れた。
「なんでキャバクラなんですか?!」
 いくら薪でもあり得ない。金曜の夜の恋人たちが甘い時を過ごす場所がキャバクラって! 薪は見た目は高校生でも中身は立派なオヤジ、それは知ってるけれどこれはない!

「騒いでないでおまえも指名入れろよ」
 薪は慣れた様子でボーイを呼び、女性の名前を告げた。指名する女の子がいるってことは、彼はこの店に何度か出入りしていると言うことだ。遊ぶなとまでは言わないけど、何も青木の目の前でキャバ嬢といちゃつかなくたって。それとも新しい嫌がらせ?
「オレ、今週なにかミスしましたっけ」
「報告は上がってないが、なにかやったのか」
「覚えがないから聞いてるんです。どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないのかと思って」
「おかしなやつだな。普通、上司にキャバクラ奢ってもらったら喜ぶだろ」
 それは普通の上司と部下の場合であってオレたちには当て嵌まりません、と大声で叫びたかったけれど、人前ではマズイ。青木は歯を食いしばり、眼の縁に浮かぶ涙を必死で堪え、ようとしてくじけた。ソファに突っ伏して大きな体躯を丸める。だって耐えられないもん、こんなの。

 薪の指名を受けた女の子が、こちらに近付く足音がする。まさかそういう関係にはなってないと思うけど、こういう店で働く娘って貞操観念が薄いし、ましてや相手は薪だし、むしろ女の子から誘ってきたりとか、あああどうしようオレこの娘殺っちゃうかも。

「何しに来たのよ」
 相手を見てしまったら自分が抑え切れなくなりそうで、顔を伏せたままの青木の耳に、尖った女の声が聞こえた。思わず跳ね起きる。青木が知っている声だったからだ。
「れ、礼子ちゃん?」
「あら青木さん。来てくれたの。うれしい、ご指名ありがとうございまーす」
「おい、指名入れたのは僕だぞ。ここの勘定も僕持ちだ」
「だからなに」
「礼を言うなら僕に言え」
「うっわ、かっこ悪。恩着せがましい男って最低」
 開いた口が塞がらない青木と薪の間に礼子は腰を下ろし、激しく舌打ちする薪をガン無視して青木に笑い掛けた。前々から可愛い娘だったけど、綺麗に化粧をして華やかな衣装を着けた彼女はあの頃とは比べ物にならない。グラビアアイドルにときめかなくなって久しい青木ですら一瞬見蕩れた。

「礼子ちゃん、ここで働いてるの?」
 2ヶ月前の事件で九条の家を出たとは聞いたが、こんな仕事で生計を立てていたとは。青木は彼女の現況を知って、やるせない気分になった。
 礼子は告発者であり、事件被害者でもある。彼らには国から補償金が出る仕組みにはなっているが、生活を賄える十分な額は支給されないのが現状だ。結局はこのように、まだ少女のうちから辛い仕事に就かなくてはいけなくなる。

 同情心いっぱいの青木の視線を跳ね返すように、礼子は明るく笑って、
「うん。薪さんの紹介」
「そう、薪さんに、えええええ!?」
 未成年に水商売斡旋する警官が何処にいるんですか!!
 叫びたかったけれど、ここは店の中だ。礼子の立場も薪の立場も悪くなる。青木は慌てて自分の口を押さえた。
 声には出せなくてもそれは拙いでしょうと薪を見れば、澄ました顔で水割りのグラスを傾けている。警察官というより人としてどうなの、この人。

「この水割り薄いぞ。もう少し濃いめに作り直せ」
「自分で足せば」
「おい、僕は客だぞ」
 横柄な口調で嫌われる客ナンバー1の台詞を吐いてソファにそっくり返る、青木の眼から見ても感じが悪い。案の定、礼子は眉をしかめて言い返した。
「うるっさいなあ。本当に何しに来たのよ」
「キャバクラに女子の胸を触る以外の目的で来る男がいたらお目に掛かりたいものだ」
「薪さん、違います。みなさん、女の子とお喋りしに来てるんです」
「馬鹿かおまえ。そんな健全な経営方針で風俗店が成り立つか」
 それは分かってますけど建前上。
「と言うわけで揉ませろ」
 言ってることと外見のギャップがものすごいんですけど。いっそこの場で気絶したいくらいなんですけど。
「薪さん」
 青木の非難がましい声なんざどこ吹く風。不良警官はその華奢な指を卑猥なカタチに曲げて、礼子に迫った。白い手の甲を、涼しげなパールブルーのマニキュアに彩られた指先がぱちんと叩く。
「――って。おい、それが客に対する態度か!」
 うわー、お約束。それが警察官の態度ですかと言ってやってほしい。

 憤る薪に対し、礼子はきちんと膝を揃え、その上に両手を置いてすっと頭を下げた。
「当店では女の子との過剰な接触は禁じられております。ご了承ください」
「よし。酔っ払いの撃退は慣れたみたいだな」
 手の甲が赤くなるほど叩かれたのに薪は満足そうに頷いて、いそいそとグラスを取り上げた。ウィスキーの蓋を開けて、青木の水割りを作り直してくれる。青木の好みに調整された水割りは舌に心地よく絡み、ベルガモットの香りが鼻腔を官能的にくすぐった。
「その辺の男に簡単に触らせるなよ。何度も言うけど、将来好きな人ができたとき」
「そうね。あたしの身も心も、柚子のものだものね」
「その道は行かせたくなかったんだが」
「……あのお」
 質問の形に手を上げた青木を、二人が振り返った。顔を見合わせてすぐ、薪はふいっと横を向き、察して礼子が説明役を引き受けた。

 よくよく話を聞いてみれば。
 この店は薪の捜一時代の先輩の行きつけで、他の店のように暴力団とのつながりは一切ない。何でも店主が元警察関係者で組にも顔が効くので、彼らも簡単には手出しができないらしい。
 礼子のような身寄りもなく行き場のない少女たちを、彼女は自分の店で働かせている。現代の日本で、手に職もない女の子が生活しながら資金を貯め、人並の生活を手に入れるためにはコンビニのアルバイトでは不可能だ。何年かの間この店で稼がせてもらって、ある程度の余裕ができたら給金は安くても昼間の勤めに切り替える。その就職先もママが紹介してくれるんだって、あたし、美容師になりたいんだ、と礼子は遠い未来の話を夢見るように語った。
 が、あくまでも風俗店。店主は信頼が置けるが、客のすべてが素性がいいとは限らない。薪は礼子が心配で、何度も店に顔を出していたそうだ。酔客の対応に困窮する彼女を警察手帳をちらつかせて救ってやったこともあるとか。
「なんだかお父さんみたいですね」
「冗談!」「願い下げだ!」
 二人から突っ込まれて青木も思い直した。それもそうだ、年が合わない。実年齢ではなく外見的に。正直な印象は美人姉妹。口に出したら殴られるから言いませんけど。

「でも礼子ちゃん、17でしたよね?」
「いいだろ、2ヶ月くらい。固いこと言うな。こんだけ胸がでかけりゃ大丈夫だ」
「さっきから胸胸ってイヤラシイ。セクハラよ、それ」
「あのな、胸はでかさだけじゃなくて形も大事なんだ。恭子ちゃんの女神のような胸に比べたら、おまえの胸なんかまだまだ」
「恭子ちゃんてだれ? 薪さんの恋人?」
「いや。深田恭子ちゃん。女優の」
「ああ……」
「可哀相な人を見る眼で僕を見るな!!」
 二人のやり取りを聞くと、ほんの僅かなジェラシーをおぼえる。薪はこんな風に、女の子に遠慮なくぽんぽん言われるのが嬉しいのだろう。
 薪のファンは数知れず、でも彼女たちはお互い牽制し合って彼を遠巻きに見つめるだけ。直接話し掛けたり、ましてやこのような親しげな関係になったら仲間の制裁が待っている。もっと恐ろしいのは腐女子と呼ばれる過激な一派で、薪の相手は男性以外あり得ないと言う凝り固まった信念を元に、布教活動と称して薪と警察内部の美形との恋物語をまことしやかに吹聴している。相手は竹内だったり二課の大山だったり間宮部長だったり、おかげで薪はすっかり誤解を受けて、ていうか、どうしてその相手の中にオレがいないんですか、腐女子のみなさんっ。

 とにかく。
 薪が礼子を気に入っているのは、その眼で分かった。青木や部下たちに向けるのと同じ、温かい眼。
 もしかしたら、と青木は思う。
 もし自分とこういう関係になる前に彼女と出会っていたら。薪は素直に彼女を愛したのかもしれない。年は20以上も違うけれど、そんな夫婦は世の中にいくらでもいる。大切なのは気持ちだ。
 こうして見ればお似合いの美男美女だし、性格も合ってるみたいだし、この二人が恋人関係にあってもなんら不思議ではない。まあ、薪に限って浮気なんて面倒なことは、
「ねえ。お店終わったら部屋に来てよ」
 ……部屋ってなに。しかもこの口ぶり、誘ったのは今日が初めてじゃない。
「ああ。こないだの続きだな」
 続きってなんの続き? 寸前まで行ったとかここから先は結婚してからとかそういうこと?
「よし、今日は朝までみっちり」
「許しません!!」
 二人の間に大きな手を割り込ませ、青木は鋭い声を上げた。びっくり眼で青木を見る、薪の顔はやっぱり可愛い。その隣で何故だか礼子がにんまりと笑った。

「なに怒ってんだ」
「そりゃ怒りますよ。現職の警察官がキャバ嬢の部屋で朝まで頑張るとか言われたら」
「あたしは二人相手でもいいけど。てか、その方がいいかも。薪さん一人じゃ体力が」
 なに言い出すの礼子ちゃん! 柚子ちゃんに操立てるんじゃなかったの? 男は別腹とかそんなのお父さんは許しませんよっ!
「そうだな。疲れたら交代できるし、仮眠取って再開しても」
 あんたはどんだけやる気なんですか。

「青木、頼めるか」
「冗談じゃありませんよ!」
 青木はソファを蹴り倒す勢いで立ち上がった。長身の彼は立つだけで人々の注目を集める。店中の視線が集中する中、青木はついに叫んだ。
「オレ、もう薪さん以外の人には欲情しないって何度も言ってるじゃないですか! ハッキリ言って女の子の胸なんか肉の塊にしか見えませ、ぐぎゃっ!」
 青木の顔にストレートパンチがめり込んだが、一瞬遅かった。殴られた頬を押さえながら起き上った青木の眼に、腹を抱えて笑い転げる礼子と頭を抱え込む薪が映った。



*****

 あおまきさんの絡みはやっぱり楽しいです。
 この後日談のために3ヶ月耐えてきたといっても過言ではないww



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(16)

 やっと、最終章です~。

 このお話、4月から公開してたんですね。
 こんな話に3ヶ月も付き合わせて申し訳なかったです。読んでくださった方の温情には心から感謝しております。
 この後、あとがき代わりの後日談がございますので、もう少しお付き合いください。 




イヴに捧げる殺人(16)





 レジャー帰りのファミリーカーが渋滞を生み出す休日の夜道を、闇に溶け込むような黒いボディの公用車が滑って行く。その運転席では青木が、つんつるてんのシャツにボタンの留まらないズボンという何とも情けない恰好でハンドルを握っていた。
 時刻は夜の九時過ぎ。今日は日曜日だから薪を家に送ったらそのまま帰らなければいけない。土曜日だったら泊らせてもらえたかもしれない、どうせなら一日早く今日の事件が起こればよかったのにと、とても人には言えないような考えが浮かぶのを慌てて打ち消す。薪にこんなことが知れたら殴られる、絶対。

 渋滞に捕まってノロノロ運転の車の中、そっと助手席の薪を見るとドアに頬杖を着く形で熟睡していた。疲れたのだろう。薪は平気な顔をしているから他人にそうとは気付かせないが、殺されかけたのだ。精神的な苦痛も大きかったはずだ。
 相変わらず無茶をする人だ。何度目かの赤信号を隠れ蓑に青木は深いため息を吐く。本当に、こんなことを続けていたら命がいくつあっても足りない。
 今回のことだって、何も薪が自分でユリエを聴取することはなかった。九条家の誰かが犯人たりうる物証が上がっていたのだから、捜一の捜査員に任せればよかったのだ。それを、あの少女たちの未来を守るために。

 青木は礼子の秘密を知らなかった。そのことを、薪は青木にすら話さなかった。しかし薪が彼女のために無茶を通したことは解った。
 どうしてだろう、と青木は薪の寝顔を見ながら考える。
 薪はやさしい人だけど、そこまで事件関係者に入れ込むタイプの捜査官ではない。感情移入はするな、同情心に溺れるな、割り切り無しに捜査はできない。事件関係者の心情に振り回されがちな青木はいつも薪にそう言われる。その彼が、どうして。

 対向車の多さにサンデードライバーらしい先行車が右折できないまま信号が変わり、同じ交差点で二度目の赤信号に捕まった。停止を命じる強烈な赤に、薪が青木に突き付けたレッドカードを思い出す。

 ――僕に鈴木の脳を見せたおまえがそれを言うのか。

 僕の判断に生意気な口を挟むなと、叱られたのだと思ったけれど。違ったのかもしれない。
『勘違いするな』と薪は言った。
 思い上がるな、自分の立場を弁えろ。あれはそう言われたわけじゃなくて、もしかしたらまったく逆の意味で。
 貝沼事件の真相を薪に告げたこと、それを後悔するなと言ったのかもしれない。だって薪が、自分がされてマイナスにしかならないと感じたことを他人にするはずがない。
 勘違いするな、責めてるんじゃない。あれは必要なことだった。
 そう言いたくてわざわざ鈴木の名前を出したのかもしれない。そう思っていたから、礼子にとっては残酷な真相を話したのかもしれない。おそらく、薪は礼子を自分と重ねていたのだ。

 薪のせいで沢山の少年の命が奪われた。鈴木はそれを隠そうと自分の命を犠牲にし、青木は真実を掘り起こして彼に伝えた。
 あの頃、青木はまだ本当に未熟な新人で。何も分かっていなかった、MRIの矛盾も冷酷も。ただ最新鋭の捜査に自分が加われることに感激し、憧れの薪の下で捜査ができることに浮かれ。躊躇いもなく鈴木が隠した真実を暴いた。それが正しいことだと信じていた。
 経験を重ねるに従って、明らかにしない真実があっていいことを学んだ。そうして自分の行為の傲慢さに気付いた。
 あの行為の是非は、青木の中ではまだ答えが出ていないけれど。捜査官として間違ってはいないと、薪はそう言ってくれたのかもしれない。

「まだ着かないのか」
 零れた不平に隣を見ると、薪が起きていた。眼を細めて眉をしかめて、いかにも寝起きと言った顔だ。
「日曜の夜ですからね。お台場帰りの車の渋滞にハマっちゃったみたいです」
「いま何時だ」
「九時四十分です」
「家に泊っていくか」
「はい。――えっ」
 右折可能の矢印が消えた、その瞬間に言われたものだから、ついブレーキを踏み込んでしまった。助手席で前後に頭を振られた薪が、不機嫌そうに青木を睨む。

「いいんですか? 明日、月曜ですけど」
「構わん。おまえが玄関で寝ればいいんだ」
 玄関はちょっとスペース的にキツイです。
「せめて寝室の床を貸してください」
 そうさせてもらえたらどんなに楽だろうと、青木は思った。今ごろ薪はどんな気持ちでいるんだろうとか悪夢にうなされてやしないかとか、思うだけで何もできない情けなさに比べたら、その場に居合わせて自分の無力を思い知る方痛みの方がマシだ。知らないところで苦しまれるよりずっといい。

「勝手にしろ」
 薪は欠伸混じりに言って、再び眼を閉じた。その横顔を対向車のヘッドライトと信号機の青が青白く照らし出す。
「はい。勝手にします」
 そう返して青木はハンドルを切り、ようやく途切れた対向車の隙間を横切った。


―了―


(2013.11)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(15)

 いつもたくさんの拍手をありがとうございますー!
 二人がまだ恋人になる前の話とか、原作で彼らが家族になった今では化石みたいなものだと思うんですけど、読んでくださる方、ありがとうございます。

 お話の続きです。
 この辺になるとまとめよう感が強くて自分でもツライです(^^;)、でも、もうすぐメロディだし! 更新がんばります!




イヴに捧げる殺人(15)






「ありがとう、薪さん。あたし、強くなるわ」
 礼子が薪に礼を言ったのは皮肉ではなかった。本気で感謝していた。
 自分はこれから、誰にも頼らず独りで生きていく。そのためには強くあらねばならない。他人の好意などに縋らなくても済むように、強く強く。薪は真実を告げることで、それを自分に教えてくれたのだと考えた。ところが。
「やっぱりバカだな、きみは」
 彼は片頬を引き攣らすようにして軽蔑の笑いを浮かべ、てか、なんてムカつく顔なの。あたしの感謝返しなさいよ。
「薪さん。失礼ですよ、そんな」
「おまえといい勝負だ」
 青木が薪の無礼を諌めた、その瞬間だけは感心したのに。一言で怯んでんじゃないわよ、このヘタレ男。

 こういう場合、大人と言うものはもっと優しい言葉を掛けてくれるものではないだろうか。養父の虐待を知った時もそうだったが、薪は常に冷然と礼子を叱咤する。
 何故だろうと考えた。何故彼は、礼子が他人から同情されると余計に傷つくことを知っているのだろう。

「強くなると言うことは、悲しみから目を背けることじゃない。自分の心に嘘を吐くことでもない。悲しみも、それによって傷つく弱い自分も全部認めて、そこから再生することを言うんだ。それが本当の強さだ」
 どうしてオヤジって生き物は説教をしたがるのだろう。自分の経験値をひけらかしたいのか、いいこと言ってる自分に酔いたいのか、その辺の心理は不明だけど。嘘は言ってないと思った。
 確かに彼は自分よりも長く生きていて、その間には色々な経験を積んできたのだろう。そこから学んだことを礼子に教えようとしている。礼子が、道に迷わないように、回り道をしなくて済むように。

「傷ついてない振りなんかするな。ぼろぼろのくせに」
 ぽん、と頭に手を載せられた。気安くさわらないでよ、と何故だか振り払うことができなかった。
 目の前が霞む。こめかみがパンパンに膨れ上がっていた。ずっと息を止めてるせいだ。
「我慢なんかするな。泣きたきゃ泣け」
 冗談じゃないと思った。せっかくここまで我慢したのに。
「きみは未だ子供で、しかも女の子だ。それが許される立場にある。特権は使えるうちに使っておけ。いずれ、使えなくなる日がくるんだ」
 彼の言う通りだと思った。
 自分は子供で女だ。子供の無知と女の弱さの両方を持っている。そのことを認めなければ、改善することもできない。先に進めないのだ。

「泣き顔を人に見られるのが嫌なら僕の胸を貸してやっても、――お?」
 飛び込んだ胸は、これまでに礼子を抱いたどの男よりも薄くて頼りなかった。だけどすごく安心できた。言葉も態度も冷たいのに、彼の胸はとてもやさしかった。
「うっ、ううっ、うっ」
「泣くな! おまえは男で大人だろ!」
 何故か向かいで青木が泣いてて、薪に怒鳴りつけられていた。よく分からない男だ。

 彼は礼子を抱きしめることはせず、子供をあやすように背中をぽんぽん叩きながら、礼子が泣きやむのを待っていた。彼に比べたら自分は子供かもしれないが、さすがに幼児扱いはないだろうと少し頭に来たから、最後にブランド物らしいネクタイで思いっきり洟をかんでやった。彼は複雑な顔でネクタイをつまみ上げ、無言でネクタイを外すとゴミ箱に捨てた。
「ごめん遊ばせ」
「ホンっとに可愛くないな、きみは」
「自分より可愛い男の前で可愛い女演じて何の意味があるのよ」
 ちっと舌打ちして彼はそっぽを向き、「ずっと泣いてりゃいいのに」と警官とは思えないような暴言を吐いた。

「いくらかすっきりしたか? でもしんどいのはこれからだぞ。不意に思い出しては辛くなる。君の言う通り、君は強くならなきゃいけない」
「平気よ。あたしは雑草だって言ったでしょ」
 頼もしいね、と彼は皮肉に笑い、礼子の方を見もせずに言った。
「どんな状況でも強くあろうとする、僕は君の考え方には大賛成だ。でも人間てのはおかしなもので、自分を守るのは案外下手なんだ。いくら努力してもその強さを発揮しきれない。すぐに自分なんかって思ってしまう。自分のために頑張れる人間は、案外少ないよ」
 まるで独り言のようだった。自分自身を振り返っているのかもしれない。他人が見たら欠点なんか性格の悪さ以外は見当たらないような彼でも、そんな失敗を重ねてきたのだろうか。

「人間が、その最大の強さを発揮するのは大事なものを守る時なんだ。これからの痛みは、すべてそのための訓練だと思え」
「大事なものって?」
「それは人によって様々だ。人だったり物だったり、目に見えないものだったりする。でも、人が人として生きていくためにはそれは絶対に必要なものなんだ」
 礼子は既に人生を選び取った。養父の玩具としてではなく、人間として生きて行こう。自分がそれを実行に移せたのは彼のおかげだけれど、その欲求はずっと前から抱いていた。そもそものきっかけは。

「柚子にはいつ会えるの」
 礼子の言葉に、薪は息を飲んだ。大きな眼を見開いて、まじまじと礼子を見る。自分を裏切った友人に会いたいなんて、正気の沙汰じゃないのかもしれない。でも。
 彼女がくれた言葉が。礼子を支えてきた。
 それは欺瞞だった、嘘だった、でも。支えられた事実は無くならない。

「彼女は実行犯の一人だ。取り調べが済むまで面会は出来ない」
「じゃあ伝えて。ずっと待ってるって」
 え、と薪が聞き返した。自分の耳が信じられなかったのかもしれない。
「あの子はあたしに言ったの。何があってもあたしのことが好きだって。だからあたしも答えたの。自分もそうだって」
 礼子自身、自分の言うことはおかしいと感じていた。だけど言わなきゃいけない。自分にとっての大事なもの。
 柚子はあたしの友だち。
「だから伝えて。あたしの気持ちは変わらないからって」

 薪はくちびるを引き結び、礼子の願いを聞いていた。礼子が話し終えると彼は詰めていた息を吐き出し、やれやれと言うように軽く肩をすくめた。
「参ったな。君はどうやら僕より強い」
 薪は両手を自分の肩の高さに上げ、要するにそれは降参の証。
「本当のことを教えよう。君なら、この修羅の道を行けるだろう」
「どういうこと?」
「柚子ちゃんは君が好きなんだよ。おそらく君に恋をしている。彼女は君を独り占めしたくて、それで誰も君に近付かないように仕向けたんだ」
 多分、薪はそれを秘密のままにしておこうとした。その方が礼子がこの事件を乗り越え易くなるからだ。柚子の本当の気持ちが解れば、礼子は彼女を放ってはおけなくなる。しかしそれは事件の加害者と被害者が同じ道を歩むと言うことで、二人とも互いを見ては事件のことを思い出すだろう。
 正に修羅の道。しかしそれはかつて、薪と雪子が選んだ道でもあった。

「馬鹿ね。他に話したい子なんか一人もいなかったのに」
 嬉し涙を滲ませる礼子を、薪はやるせない眼で見ていた。「苦労するぞ」と、それは彼の経験から出た言葉。加害者と被害者が友人関係を築く難しさも、同性で愛し合うことの困難も、嫌というほど知っている。
 それでも、彼女たちがそれを選ぶなら。止める権利は薪にはない。

「君は自分じゃ気付いてなかったみたいだけど、意外と人気者だったんだよ。友だちが少なかったのも多分、君の前だと緊張して喋れなくなる子が多かったんじゃないかな。憧れの君ってやつだ」
「バカバカしい。貴子じゃないけど、あたしの血は」
 何処の誰とも知らない親から生まれたのよ、と礼子が卑下するのを薪は嘲笑い、
「人間の血液の組成は45%の血球成分と55%の血漿だ。血球成分の殆どは赤血球で、そこに1%弱の白血球および血小板が含まれる。赤血球は直径約7.5ミクロン、厚さ約1~2ミクロンの円盤状で」
「薪さん、薪さん、その辺で。礼子ちゃん、耳から煙が出てます」
「精神は強いのに。頭は軟弱だな」
「これが数学なら放電現象が起きてるわ」
 本当に煙を押さえるためでもあるまいが、耳を塞いだ礼子に薪は語りかけた。
「君もその眼で見ただろう。血に格差なんか無い」
 そうね、と礼子は笑った。
「いまこの瞬間にも、あたしの細胞は生まれ変わってるんだものね」
「その通りだ」
 彼だけに通じる言葉で礼子は言い、彼はそれに微笑みを返した。訳が分からなくてキョトンとしている青木の様子が、何だか可笑しかった。

 それから幾らも経たずに二人の刑事が執事に案内されてきた。その一人に、「大友さん、よろしくお願いします」と青木が頭を下げた。礼子を促した刑事が「薪室長、失礼します」と挨拶するのに、薪は横柄に頷いただけだった。
 部屋を出るとき、ソファに座った薪の後姿に礼子は呼び掛けた。
「ねえ。ちゃんと伝えてよ」
 薪は答える代りに右手を上げた。了承の合図だと分かった。
 後ろにいた刑事が、何故だかぎょっとした顔をした。不思議に思ったが、初対面の人間に裏事情を訊けるほど礼子は気さくな性格ではなかった。彼女がその理由を知るのは、それから1時間後。事情聴取が終わって薪の身分と年齢が明らかになった時だ。
 聴取をした若い刑事が教えてくれた。警視長と言うのは上から二番目の役職で、彼は本来なら自分たちなど口も利けないくらい上層にいる人なのだと。

「ふうん、偉いのね」
「来年あたり警視監になるんじゃないかって言われてる。四十代前半で大したものだよ」
「えっ、四十?!」
 てっきり二十代前半だと思っていた、ていうか、四十オヤジがセーラー服を着こなしていた事実に卒倒しそうなんだけど。ユリエや柚子のショックに負けてないんだけど。
「まさか本物の吸血鬼じゃ」
「あはは。それが本当でも誰も驚かないねえ」
 星稜学園には吸血鬼はいなかったけれど、警察にはいるのかもしれない。礼子は美奈子と言う名の女生徒を脳裏に浮かべ、今度薪に会ったらどんなふうに皮肉ってやろうかと考えて、にんまりと笑った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(14)

 こんにちは。
 メロディまで二週間になりましたね。 
 早く来週にならないかな~。一日なんて四時間もあれば十分なのにな~。
 え。それじゃ妄想以外何もできないだろうって?
 大丈夫! 今もそれ以外してないから。


 さてさて、お話の方は残り三章です。
 もう少し我慢してください。





イヴに捧げる殺人(14)






「薪さん。本当にご無事でよかったです」
「無事じゃない! 遅い!」
 無事でよかったと涙を流す青木を、薪は怒鳴り付けた。殺人犯が連行された後の九条家である。これから礼子は警察の事情聴取を受けなければならない。今捜査員たちは現場検証で大わらわだから、それを待つ間、唯一家具が残っている執事の部屋を借りたのだ。
 執事が淹れてくれたお茶を挟み、礼子は彼らと向き合う形で年代物のソファに腰を下ろした。途端、この騒ぎが始まったのだ。

「僕が信号を出したの、いつだと思ってるんだ。1時間も前だぞ」
「それが、このお屋敷迷路みたいで。迷ってしまって」
 礼子さんに案内していただいたんです、と青木は申し訳なさそうに頭を下げた。
「おまえの方向音痴のせいで死にかけたの、これで何度目だ」
「すみません」
 薪はそう言うが、この迷路屋敷で迷わない人間はなかなかいない。家人の案内がなければ目的の部屋が解っていても到達することは難しい。先日、薪が礼子の部屋に自力で入れたのは、彼に天才的な記憶力があったからだ。普通の人間には無理だし、ましてや本館ではなく離れとくれば、この屋敷に長く住んでいる人間以外、例えば通いの家政婦などは2,3回は来た道を戻る羽目になるだろう。ユリエの犯罪が発覚しなかったのは、この屋敷の特異性による部分も大きかったと思われる。
 礼子が此処に来たのは柚子からメールが届いたからだ。
 話したいことがあって家の前まで来てる、玄関まで迎えに来て欲しい。柚子は礼子が家を出たことを知らなかったのだ。自分もうその家にはいない、と礼子は返信したが、それに対する返事はなかった。気になって電話を掛けてみたが、その時には柚子の携帯の電源は切られていた。心配になって家まで来てみたら、廊下でうろうろしている青木を見つけた。彼から事情を聞いて、ここまで案内してきたと言うわけだ。薪は運がよかったのだ。本人は文句タラタラだが。

 二人のやり取りを礼子は公正に聞き、薪の部下を可哀相だと思った。彼はあんなに薪のことを心配していたのに。
 血の池に浸かって動けない薪を、彼は迷わず抱き上げた。亜麻色の髪を、白い肌を凄惨に彩る血が、散りぎわの黒ずんだ薔薇のようだった。
 彼の身体に大量に振りまかれた、鮮度の落ちた血液の臭いは吐き気を催すほど。それでも彼は大切そうに、薪の身体を自分の上着で包み込んだ。
 そうして隣の部屋のバスルームまで彼を運び、彼の身体を綺麗にしたのだ。ユリエに薬を盛られたとかで動けない薪に献身的に、ていうか、疑ってる相手が淹れたお茶を飲んじゃうってバカなのこいつ。
 薪を助けるために服を汚してしまった青木は、今は身の丈に合わないシャツとズボンを身に着けている。執事からの借り物だが、絶望的にサイズが合わないのだ。シャツはぴちぴち、丈はつんつるてんで、ズボンのボタンが留まらないからそれを隠すために腰にバスタオルを巻いている。ひきかえ薪はちゃっかりと自分の服を着ている。あんな状況でも、ユリエは薪の服をハンガーに掛けておいた。小間使いの習性だ。

 執事に案内されてきた刑事たちが、放心状態のユリエを連れて行った。意識不明の柚子のことも、病院に運んでくれた。
 毎日顔を合わせていた小間使いが恐ろしい殺人犯だったなんて、礼子には信じがたかった。でもそれは事実だった。ナイフで薪を刺し殺そうとした彼女を、礼子はその眼で見たのだ。

「ねえ。ユリエはどうしてあんなことをしたの」
「礼子ちゃん。それはさっきも言った通り」
 廊下で迷子になっていた青木に最初に会った時、一番に言われた。ユリエさんの部屋に案内して欲しい、おそらくそこに君の友だちもいる。でも事件のことは一切説明できない。
 警察には守秘義務があるんだよ、とそれは礼子も承知の上。だけど聞かずにはいられなかった。だって。
「ユリエとは10年以上の付き合いなのよ。子供の頃は、夜は一緒に寝てくれたの。やさしい子なのよ。それがどうして」
「オレたちにもまだ分からないんだよ。理由はこれから取り調べで」
「青木さん、なんで嘘吐くの。警官でしょ」
 礼子がずばりと切りこむと、青木は眼鏡の奥の黒い瞳を泳がせた。正直な男らしい。
「許してやってくれ。こいつは嘘が下手なんだ」
 苦笑いして薪は、青木を庇った。おかしな男だ。あれだけ悪しざまに彼を責めておいて、礼子がちょっとキツイことを言っただけで彼をフォローするのは矛盾していると思った。

「礼子。これから僕が話すことを、落ち着いて聞いて欲しい」
 薪の雰囲気で、何か悪いことを言われるのだと分かった。父親が麻薬容疑で逮捕された上に小間使いが殺人犯、それ以上に悪いことなんてそうそう考えつかないけど、よっぽど衝撃的なことなのだろうと思った。彼の亜麻色の瞳が礼子に告発状を書かせたときと同じように、心配そうに、でも強く輝いていたから。
「薪さん、それは話すべきじゃありません。礼子さんのためにならない」
「鈴木の脳を僕に見せたおまえがそれを言うのか」

 横から口を出した青木に、薪は礼子には解らないことを言った。
 脳を見る? 何のこと?
 少し考えて思い至った。警察の中に第九って部署があって、そこでは死人の脳を見て捜査をしていると、テレビで見たことがある。ホラー映画みたいな話が現実にあるのだと知って驚いたが、この二人はそこの人間なのか。そこの捜査官は変質者ばかりに違いないと思っていたけど、部下の方は変質者には見えない。上司は立派な変態みたいだけど。

「すみません」
 その言葉はこれまでのどの言葉よりも穏やかに発せられたのに、青木は顔色を変えて謝った。青くなって俯く彼に薪は、先日礼子にしたように下からその顔を覗き込み、彼が自分の膝の上で強く握った大きな手に自分のほっそりした手を添えて、
「勘違いするな」
 顔を上げた青木の瞳が、薪の瞳にぶつかった。他人が見ても分かる、二人の間を行き交うなにがしかのエネルギー。
 経緯を知らない礼子は、その様子を黙って見ているしかなかった。なかったけど、ねえ、あんたたち普通じゃないでしょ。眼と眼で会話しちゃって、どう見てもデキちゃってるわよね?
「やっぱ二人とも変態か」
「「うん?」」と揃って声を上げて振り向くとか、本当に止めて欲しいと思った。息ぴったりなのは認めるから、どっかよそでやって。

「礼子、君は強い子だ。僕にできたことは君にもできると信じている」
 薪は青木から礼子に向き直り、真剣な眼差しで彼女を見つめた。嫌な予感に、礼子の胸がどきどきと鼓動を早める。
「真実を受け止めろ。僕が力になる」
 聞かない方がいいのかもしれない。幼少期のあれが性行為の真似事だったと、知らない方が幸せだったように。今回もそういうことかもしれない。
 でも、薪はそれを礼子に知らせようとしている。どんなに残酷な真実でも知らないままに未来を過ごすことは虚構でしかないと、彼の瞳が言っている。覚悟を決めて、礼子は彼の言葉を待った。

「ユリエが殺人を犯したのは君のためだ」
 つややかなくちびるが次に開いた時、そこにあったのは礼子の人生をひっくり返すような現実だった。
「どういうこと」
 呻くような声が出た。自分のせいで誰かが命を奪われたなどと言われても、咄嗟には理解できなかった。頭が理解することを拒んだと言ってもいい。
「ユリエは君を愛していた。君を傷つけた者たちが許せなかったんだ」
 ユリエは自分のために殺人者になったのだと薪は言う。苛めに遭った自分の復讐の為に、学友たちを殺したのだと。

「なにそれ」
 乾いた声が出た。
 腹が立った。仇を取ってくれたと、感謝の気持ちなんか微塵も沸いてこなかった。
「そんなのあたしは知らない。そんなこと頼んでない、ユリエが勝手にやったことでしょ。なのにどうしてあたしが」
 どうしてこんな罪悪感に押し潰されなきゃいけないの。

 喉が詰まって、最後は言葉にならなかった。泣きそうな顔を見られるのが嫌で、礼子は俯いた。長い髪が顔を隠してくれる。この時ばかりは養母の趣味に感謝した。
 気が付くと、薪が隣に座っていた。
 青木にしたように手を握るでも肩に手を置くでもなく、ただ前を向いて座っていた。そうして礼子が落ち着くのを待っていた。まだ続きがあるのだ、と礼子は直感した。
 果たして薪は口を開いた。

「柚子ちゃんのことだけど」
 その名前を聞いて、礼子は心を強くする。
 どんなことがあってもわたしを好きでいてくれると言った。幼い頃から男の欲望に晒された身でも、人殺しの動機になるような人間でも。彼女だけはわたしを見限らない。そう信じていた。
 そんな彼女を巻き込んでしまった。礼子の心は彼女に対する申し訳なさでいっぱいになった。そんな礼子の気持ちを踏みにじるように、薪の冷徹な声が響いた。
「彼女はユリエの共犯者だ。そして苛めの首謀者でもある」

 今度こそ、礼子の思考は停止した。ユリエが殺人犯だったことよりも受け入れがたい事実だった。「うそ」と反射的に言葉が零れた。
「君に直接危害を加えてきた連中とは別口で、彼女は君が学校中から無視されるように仕向けていた。学用品や上履きの嫌がらせは彼女がやらせていたんだ」
「うそ」ともう一度礼子は言った。今度は反射ではなく、意志の籠った打ち消しだった。この優秀な男に間違いなどあり得ない、解っていても否定せずにはいられなかった。
「本当だ。こないだ君、教科書に墨撒かれただろ? 僕はあの現場を押さえた。君の机に墨を掛けた生徒から直接聞いたんだ」
 彼は警察官だ。証拠もなしに憶測を述べたりしない。
 身体中の力が抜けて、礼子はソファにもたれかかった。思わず笑いがこぼれた。衝撃も大きすぎると笑えてくる。あの時もそうだった。「娼婦と言うのよ」と施設の友だちから聞いた時、礼子は笑ったのだ。

「あーあ。結局、何処も変わらないのね。施設と同じだわ」
 顔を上げると、向かいで青木がとても心配そうにこちらを見ていた。薪への献身ぶりからも伺える、彼はやさしい男なのだろう。だから真実を告げようとした薪を止めようとした。でも、嘘は嘘だ。そこには礼子に必要なものは何もない。
「大丈夫よ。こんなの慣れっこだもの。優しくしてくる人には何か裏があるの。みんなそうだった」
 施設にいた頃お菓子をくれた職員も、自分を引き取ってくれた養父も、ユリエも。醜い欲望を、その優しい仮面の下に隠していた。柚子も彼らと変わらない。そういうことだ。
 彼女の純真を、笑顔を、その言葉を、信じた自分が馬鹿だった。人は気紛れに自分に近付いてきて、耳に心地よい言葉を残して、でもいつかは去っていく。だから信じては駄目、縋っては駄目。所詮、人間は一人なのだ。

「ありがとう、薪さん。あたし、強くなるわ」


*****

 この章、長いので2つに分けます。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(13)

 このお話って、1年くらい前にツイッターで話したことがきっかけで書いた覚えがあります。血塗れの薪さんを青木さんが抱き上げるシチュエーション。なんでそんな話になったんだかは忘れましたけど。

 その後、ツイッターからはすっかり遠ざかってしまいましたが。
 確認してみたら、最後のツイートが去年の12月でした。今年になってから新しくフォローしてくれた方とか、ホント申し訳ない(^^;)
 だってねっ!
 ツイッターって140文字しか喋れないんだよ。そんな短い文章、書けないよ。10ページ以下の短編だってきついのに。←壊滅的言語不自由者。
 ツイッター慣れしてるどなたか、コツを教えてください。




イヴに捧げる殺人(13)





 真っ白な肌を赤黒い血が汚していた。
 一人用の小さなバスタブの中、その液体は座った彼の腰の位置に到達していた。壊れた人形のように手足を投げ出した彼の意識はなく、でもその胸は緩やかに上下している。
 浴室の床に座り、バスタブの中に上半身をうつ伏せるようにして、一人の少女が倒れていた。彼女の手首からは血が滴り、それは既に黒く酸化したバスタブの中の血液に一瞬の紅を咲かせたのち、すぐに交じって見分けがつかなくなった。

「起きて」
 ピシャピシャと頬を張られ、薪は眼を開けた。ひどく不快な気分で、部屋の空気を吸うとすぐに胸が悪くなった。狭い浴室は血の臭いで満たされていた。
「ねえ見て。礼子さまは憧れてらしたけど、そんなにきれいなものじゃないわよね」
 彼女に促されて下を見ると、自分の手首に手錠が掛けられていた。自分の手錠で拘束されるのはこれで二度目だ。不愉快極まりない。

「――っ」
 その光景が眼に入って、薪は思わず顔を背けた。予想していたこととはいえ、大量の血液の中に人間の身体が浮いているなんて気味の悪い絵面、MRIでだってなかなかお目に掛かれない。肌に染み込んで取れなくなりそうだ。ていうか、なんで裸なんだ。
「逃げられないようにと思って」
 女ならではの発想だが、薪は男だから裸で人前に出ても平気だ。好んで見られたいとは思わないが、肌を見せることを躊躇って焼け死んだ昔の女性たちほど強固な慎みは持ち合わせていない。
 しかし、逃げることも難しそうだ。まだ身体が言うことを聞かない。下半身に力が入らない状態だ。これでは手錠を掛けられていなくても立てない。

 どうやらここが犯行現場らしい、と薪は思った。少女たちは此処で命を奪われ、血を抜かれたのだ。今薪が身を浸しているバスタブにこんな風に血を溜めて、パック詰めして冷凍。残りは排水溝に流し、壁や床に残った大量の血痕はシャワーで流す。実に効率的だ。
 吐き気を堪えて横を向くと、そこには柚子が横たわっていた。手首から大量の出血があり、それが薪のいるバスタブの中に流れ込んでいる。
「柚子さん、柚子さん!」
 呼びかけると彼女は微かに呻いた。まだ息はある。が、このままでは時間の問題だろう。
「彼女は、むぐっ」
 助けてやってくれ、と言おうとした薪の口に、布のようなものが詰め込まれた。それがミニタオルであることに安堵する。さすがは女性だ。薪が反対の立場だったらパンツとか靴下とか突っ込んでる、絶対。
「大声を出されると困るの。お屋敷には淑子さんと執事の瀬川さんが残ってるんだから」
 そんな状況でこのような凶行に及ぶ彼女の精神は、すでに彼岸の向こう側。誰が死のうが生きようが関係ない。自分自身ですら。
「このお屋敷も処分するんですって。要らないものはみんな捨てるの。この娘も――あなたも、わたしも」
 言葉を操ることができても、死を望む人間相手のネゴシエイトは難しい。ましてや今薪は呻くことしかできない。

 柚子の手首を切ったと思われるナイフの切っ先が自分の喉に宛がわれ、薪は眼を閉じた。
 じりっと焼けつくような痛みが首に走った。切られたのだ。
 噴水のように吹き出す鮮血のイメージが薪の脳裏を過ぎる。情けないことに気が遠くなりかけた。腹の底に力を入れて意識を留める。ここで自分が死んだら柚子も死ぬ。
 痛みでアドレナリンが多量分泌されたのか、いくらか身体が動くようになった。
 手錠で戒められた両手で血を掬い、ユリエの顔めがけて投げつけた。「きゃっ」と怯むのを逃さず、二つ揃えた手の甲でナイフを叩き落とす。
 ユリエがナイフを拾いに行く間に浴室から出て助けを求める、しかしそこで薪の反撃は頓挫した。何とか立ち上がったまではいいが、血で足が滑って浴槽に逆戻り。頭まで血に浸かってしまった。刑事も長いことやってるが、ここまで血まみれになったのは初めてだ。
 生臭くて気持ち悪い。口の中に詰めこまれたハンドタオルが血を吸って、強制的に血を飲まされた。夢中で取って思い切り咳き込む。風呂がトラウマになりそうだ。
 ユリエは素早くナイフを拾い、薪のところへ戻ってきた。彼女の顔も血まみれだった。ザマアミロだ。

「これが原因で僕が風呂嫌いになったら一生怨むぞ」
「口の減らない人ね。死ぬのが怖くないの?」
「怖いさ。けどな」
 不自由な両手で前髪を後ろに流す。白い額も血の洗礼を受けていたが、その形は相も変わらず人形のように整っていた。
「僕はおまえみたいに自分のエゴを他人に押し付けることを愛情だと思ってるような人間が一番嫌いなんだ。命乞いなんか死んでもするか」
 薪が鋭く言い放つと、ユリエはぎょっと上半身を後ろに引いた。薪はそれを自分の気迫が為せる技と解釈したが、現実はそんな都合のよいものではなかった。
 亜麻色の瞳は血で濁って、白目の部分が赤く染まっていた。口を開けば歯も舌も血を含み、ただでさえ人並み外れて美しい彼はまるで本物の吸血鬼のようだ。気の弱い人間なら恐怖に駆られて逃げ出していたに違いない。

「おまえなんかに好かれて礼子もいい迷惑だな。やっぱりこの家から連れ出して正解、っ」
 再びナイフが薪に突き付けられた。ユリエには先刻までの余裕はなく、薪はその時が迫っていることを悟った。
「黙って」
「……何も言わなくても殺すんだろ」
「そうね」
 振り上げられたナイフの切っ先が、真っ直ぐに薪の喉元を狙っていた。咄嗟に身を躱そうとしたが、狭い浴槽の中、避けるに避けられない。薪がぎりっと奥歯を噛みしめた、その瞬間。

「ユリエ!」
 鋭い女の声が浴室に響いた。
 声の主は一瞬の躊躇いもなく、凄惨に彩られた部屋の中に駆け込んできた。
「お、お嬢様」
 ユリエの頬を無言で引っぱたく。ぱあん、と景気の良い音が浴室に木霊した。刃物を持った人間の顔を叩くなど、薪だってちょっと引く。すごい勇気だと思った。

 最愛の女主人に自分の悪行を知られて放心したのか、ユリエはゆっくりとその場に膝を着いた。礼子はユリエからナイフを取り上げてもう一度彼女の血塗れの頬を張ると、後は彼女には目もくれず、こちらに突進してきた。
「大丈夫?!」
 何のかんの言って、可愛い娘だ。薪のことが心配で、さっきは夢中だったのだろう。若い女の子にそんな風に尽くされるのは悪い気分じゃない。若い女の子の好意は無条件で嬉しい、これはオヤジのサガだ。
 礼子の後ろからもう一人、見慣れたシルエットが現れた。青木だ。民間人を先に現場に入れるなんてどういう了見だ、と怒鳴りつけてやりたい。
 彼は血の浴槽に腰まで浸かった薪を見つけるや否や、礼子に負けない勢いでこちらに突っ込んできた。
「薪さん、無事ですかっ」
「アホ! おまえは犯人確保が先だ!」
 要領を弁えない部下に眩暈を覚える。青木にはもう少し、現場の経験を積ませないといけない。この調子では将来現場の指揮を執る際、現状を無視した指示を出してしまうことになりかねない。

 薪に叱りつけられた青木がユリエに手錠を掛ける間に、礼子は衣服が汚れるのも厭わず、薪の傍に膝を着いた。そんなに僕を心配してくれるなんて、とちょっと感動した。ていうか、この娘もしかしたら僕のこと好きなんじゃないか、先日の説教で惚れられちゃったのかな、参ったな、僕には一応青木と言う恋人がいるんだけど、まあ相手は高校生だしその辺ちょっと遊びに行くくらいなら付き合ってやっても、
「柚子! しっかりして!」
「なんだ、そっちか」
 ぽろっと零したら青木に睨まれた。こういうことだけは耳聡い男だ。

「大丈夫だ、血は止まっている」
 普通に手首を切っただけでは、出血多量で死ぬほどの血液は流れ出ない。傷口を水に浸すなどして血が固まるのを防がなければ、自然に止まってしまうのだ。
 礼子は薪に言われて傷口を確認し、僅かに血が滲み出す患部をハンカチでぎゅっと縛った。幼少期に身に着けたのか、適切な処置だった。

「柚子……よかった」
 あの礼子が泣いていた。
 養父に弄ばれ、学校では苛めを受け、それでも気丈に振る舞っていた礼子が、柚子の無事を知って安堵の涙を流している。彼女が苛めの事実を両親に隠そうとした理由、つまりは転校を拒んだ、引いては養父の虐待に耐えていた本当の理由を、薪はそのとき初めて知った。

 たった一人の大切なともだち。何を犠牲にしても離れたくない。

 礼子にとって彼女を傷つけられることは、ナイフの恐怖を凌駕するくらい頭に来ることだった。そんな礼子が事件のからくりを知ったら、どんなに傷つくことか。ましてや自分のために殺人が行われ、大事な友人がその手伝いをさせられたと分かったら。
 今はただ涙を流すだけの少女に、薪は同情せずにはいられなかった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(12)

 今日、6月10日はうちの青木さんの誕生日なんですよ。←どうでもいい。
 原作薪さんの誕生日は3月ですが、青木さんはいつなんでしょうね。なんとなく青葉の頃ってイメージがあるんですけど。青木だけに。
 ……青二才の青だったりして(笑)





イヴに捧げる殺人(12)





「おかげで女性二人の前でえらい恥をかきました。あなたのせいですよ」
 苦笑して薪は残りのお茶を飲み干した。混じり気のない強い酸味。これは普通のローズヒップだ。最初の日、ユリエが礼子に淹れたものとは違う。
 あれには、被害者から抜いた血が入っていたのだ。
 薪が被害者の血液を見つけたのは、礼子の自室に備え付けられた小型の冷蔵庫の中だった。冷凍保存用の小型容器に入って冷凍庫に入っていた。
 これは何かと尋ねると、知らないと彼女は答えた。夏の間はアイスクリームを入れておくから冷凍庫を開けることもあるが、残暑を過ぎればそれもない。そもそも、この冷蔵庫の品物は礼子が自分で用意するわけではなく、小間使いのユリエが管理しているのだ。

「自分がずっとそんなものを飲まされていたなんて。礼子が知ったら、僕と同じように胃が空になるまで吐くと思いますよ」
「そんなに悪いお味じゃなかったでしょう? あなただって、美味しいって飲み干してたじゃありませんか」
 薪の指摘に怯むどころか、開き直ったようにユリエは笑った。薪は冷たく彼女を見据え、立ち上がって狭いキッチンに足を踏み入れた。迷うことなく冷凍庫のドアを開ける。中にはビニール製のストッカーに入った血液が大量に保管されていた。

「動かぬ証拠だ。観念なさい」
「何をおっしゃってるのかしら。それはスッポンの血ですよ。美容と健康にいいって話で、通販で安く買ったんです」
「そうですか? じゃあ、僕にも分けてもらえますか。科警研に健康オタクの友人がいまして、ぜひ彼に飲ませてやりたい」
 ユリエはさっと表情を消し、押し黙った。沈黙に焦燥をにじませる彼女に、薪は鋭く言い放つ。
「バカじゃないんですか、あなた。血を飲んだって彼女たちと同じにはなれませんよ」
 冷蔵庫を背中に守るようにして薪はユリエを糾弾した。今では珍しい旧タイプの冷蔵庫は冷蔵室の上に冷凍庫が付いていて、そこに大事な証拠が匿われている。薪は警察官だ、身体を張ってでも守らなくてはならない。
「ましてや礼子に飲ませるなんて。いいですか? 彼女はあの学校の誰よりも魅力的で優れた資質を持ってますよ。そんなものは彼女には必要ない」
 それは生まれ落ちた場所を引け目に思う礼子を救おうとした、彼女なりの愛情表現だったのかもしれない。しかし礼子が呪わしく思っていたのは幼少のころから性的虐待に晒された自身の身体であり、そして本当に払拭するべきは、自分には他の少女のたちのように幸福を求める権利がないと言う思い込みであった。

 薪がきっぱりとユリエの愚行を否定すると、彼女は静かに微笑んだ。
「ええ、存じておりますわ。私の礼子さまは誰よりも素敵なの」
 うっとりと夢見る少女のような顔つきになって、ユリエは主人の名を口にした。柚子と同じ目をしている。礼子の学友と小間使い、なぜ二人が共犯者になり得たのか、やっと分かった。二人は同胞なのだ。
「そんなに礼子が好きなら、どうして養父から彼女を守ってあげなかったんです。何も雇用主に抗議しろと言うんじゃない。奥方が真実に気付くよう仕向けるとか、あなたならできたはずだ」
「そんなことをしたら、礼子さまは此処を追い出されてしまうでしょう。お顔を見れなくなってしまうわ」
 そんなの、耐えられない。
 ユリエは辛そうに零した。

「君のそれは愛じゃない」
 俯くユリエに、薪は強く言い返した。同情なんかできない。彼女は礼子を愛していた、だから彼女を苛めた人間を殺した、それは分かった、でも。
「そんなものは愛とは呼ばない。身勝手を相手に押し付けているだけだ。相手の真の幸せを願うのが本当の愛情だ」
 愛とエゴを取り違える、彼女の不明に腹が立った。恋は盲目とは言え、彼女は殺人まで犯しているのだ。彼女の言い分の何一つ、認めてはいけないと薪は思った。
「押し付けたのはあなたでしょう。礼子さまは今の生活に満足してらしたのに、あなたが礼子さまを唆して」
「彼女は頭のいい子だ。話したらちゃんと分かってくれた。人として何をすべきか、――」
 尻のあたりに微かな振動を感じて、薪は後ろを振り向いた。古い冷蔵庫だからコンプレッサーが弱っているのだろう、そう思って再びユリエに視線を戻す。すると今度はドンと叩かれたような感覚があり、薪は慌てて振り向いた。まさか。

 冷蔵庫の扉を開けてみる。中には猿ぐつわを噛まされた少女が押し込められていた。
「柚子さん」
 ぐったりと薪に身を預けた少女の身体はとても冷たかったが、まだ息はあった。古い冷蔵庫で助かった。パッキンが劣化して、空気の通り道があったのだろう。
「身体が冷え切ってる。温めないと」
 急いで毛布を持ってきて彼女の身体を包んだ。人を呼びに行くことも考えたが、その間に証拠を処分されては困る。薪がここを離れるわけにはいかなかった。

「なんてことを……彼女はあなたの仲間でしょう」
「もう仲間じゃないわ」
 協力して殺人まで犯した相手を、ユリエはゴミでも見るような目で見た。
「私は礼子さまを私たちから奪った人間を許さないと言ったの。礼子さまを傷つけた女たちと同じ目に遭わせてやるって。そうしたら、その子なんて言ったと思う?」
 腰に手を当てて、昂然と顎を上げる。吐き捨てるように言い落した。
「『美奈子さまに酷いことはしないで』」
 冷たい瞳だった。人の情けとか憐みとか、そういった人間らしい感情をみんな打ち捨ててしまったかのように、まるで彼女の身体には冷たい血が流れてでもいるかのように、ユリエはひたすらに冷酷であった。

「あなたに心変わりしたのね。若い子はこれだから」
「そうじゃない。彼女には良心が残っていた。それだけのことだ」
 柚子に唆されて礼子の学用品を汚した生徒から聞いた。最初に苛められていたのは柚子で、それを礼子が助けてくれたのだそうだ。それをきっかけに礼子と柚子は友人になり、礼子は柚子を庇い続けた。そのせいで苛めのターゲットは礼子に移り、柚子は心を痛めると同時にほの暗い愉悦を味わった。
 柚子は、それまで陰のアイドル的存在だった礼子が自分と同じ立場になったことに同情と親和を抱いた。昔の彼女には告げられなかった想いも、今の彼女になら言えると思った。

 一世一代の勇気を出して告白した。
『私は何があっても礼子さまをお慕いしております』

 でも礼子は、柚子と違って苛めに負けなかった。学校を休むこともなく、平気な顔で毎日を過ごしていた。礼子は本当に強かった。
 やはり自分では彼女に釣り合わない。そう思った柚子は、彼女を孤立させることを考えた。他に誰も彼女に話しかける人がいなくなれば、彼女の方から自分のところへ来てくれるのではないかと、淡い期待を抱いたのだ。彼女と一緒にいると苛めに巻き込まれる。柚子はそんな言葉で人が好い学友たちを操った。
 しかし、礼子が実際に怪我をしたり殴られたりすることには耐えられなかった。柚子の気持ちは本当だった。それでユリエに相談したのだ。

 友人として、柚子は何度か九条家を訪れていた。その際にユリエと出会い、話してみて、彼女が自分と同じ気持ちを礼子に抱いていること知った。それから二人は礼子の情報を共有するようになった。
 柚子の知らない家での礼子と、ユリエの知らない学校での礼子。互いの情報は貴重で、彼女たちは毎日のようにメールをやり取りした。その中で、自然に苛めの話もユリエに伝わることになった。
 ユリエは激怒した。体育の時間に飛び箱に突っ込んだ、と笑っていた礼子の怪我が、他人によって故意につけられたものだと知り、報復を決意した。
 今度現場を押さえたらその場で連絡して。そう頼まれた柚子は言われるまま、礼子が裏庭に呼び出されると同時にユリエにメールを送った。その時点で柚子は、苛めの事実をユリエが明らかにしてくれると思っていた。苛めた生徒たちは親や先生に叱られて、反省すればいい。ところが。
 翌日になって柚子は青くなった。苛めを行っていた生徒の一人が死んだからだ。
「メールが残ってるわ。あなたも共犯よ」
 問題は昨日のメールだけではない。ユリエに煽られて、自分をいじめた連中が死んだらすっとする、などと毒の強い言葉を手紙に書いてしまった。柚子にも殺意はあったとユリエは言い、そんなことはないと否定すると、
「警察はどう思うかしら」
 それからはもう、ユリエの言いなりになるしかなかった。柚子は世間知らずの子供だったのだ。

 礼子を苛めていた主犯格の3人が死んで、ユリエの凶行も止まった。柚子は胸を撫で下ろしたが、一方で、「苛めに巻き込まれる」と言う自分の流言は効果を無くしてしまった。そこで彼女は自分で苛めを演出することにした。自分と同じ気の弱そうな生徒に目を付け、礼子に嫌がらせをするように仕向けたのだ。やり方はこうだ。
「礼子に嫌がらせをしないとあなたを標的にするって。伝えて来いと、私も脅されましたの」
 彼女たちは震え上がり、柚子の僕になった。柚子が過去に苛めを受けていたことは周知の実であり、その彼女が言うことを疑う者はいなかった。柚子は自分の立場を逆手にとって、自分を苛めた人間や見て見ぬふりをした彼女たちを利用していたのだ。

「いいえ、心変わりよ。あなたの正体が男だったと知って、彼女あなたを好きになったみたい。結局、礼子さまを本当に愛してるのはわたしだけ。もともとその娘は礼子様の復讐一つ果たせなかった弱虫よ。ほんのちょっと血を見ただけで気を失ってしまって、結局わたしが全部やらなきゃいけなかったわ。本当に役立たずな子」
 とどのつまり、吸血鬼事件に於いて柚子がしたことは、ユリエに情報を流したこととユリエが殺人者であることを知りながらそれを黙っていたことだ。弱さが彼女を罪から遠ざけた。しかし、罪を引き寄せたのもまた彼女の弱さであった。
「礼子さまのためならこの手を汚すことすら厭わない、それが真実の愛と言うものよ」
「笑わせるな。他人の命を軽く扱う者に、真実の愛など見つけられるものか」
 毛布で包んだ柚子の身体を手のひらで擦るが、彼女の頬は真っ白なまま。一向に血の気は差してこない。早く病院に運んだほうが良いと判断し、薪は携帯電話を取り出した。

「困るわ。それはこっちへ渡して」
 ユリエの手に握られたものを見て、薪は手を止めた。相手を刺激しないように、そっと電話を床に置く。ユリエは手に、煮えたぎった薬缶を持っていた。
「渡して」
 床を滑らせて携帯電話をユリエの足元に送った。ユリエは薪の携帯電話を拾い、それをエプロンのポケットに入れた。
「あなたが余計なことをするから。だから礼子さまは私の前からいなくなってしまった」
 一歩、また一歩と、ユリエがこちらに近付いてくる。
「あなたは蛇ね。イヴに余計な知恵を付けてエデンから追放させた」
 ユリエはまだ薬缶を手放さない。薪は少女の身体をしっかりと抱きしめ、自分の身体で少女を匿おうとした。柚子は17歳の女の子。顔や体に火傷の跡が残ったら可哀想だ。

「悪い蛇は殺さなきゃね」
「僕を殺したら、残りの人生は刑務所の中だぞ」
「刑務所になんて入らないわ。いくら警察だって、死人は捕まえられないでしょう」
「死ぬ気なのか」
「イヴのいないエデンなんて。わたしには何の意味もないの」
 何処かで聞いたような科白だと思った。思い出して、薪は説得を諦めた。
 何を言っても無駄だ、そう、何を言われても無駄だった。彼がいなくなった世界は無意味だと、何の価値もないと、そう思っていたあの頃。
 そんな季節を過ごしてきた自分だから分かることがある。ユリエを死なせてはいけない。

「どこまでも身勝手な女だな。死にたきゃ一人で死ね。人を巻き込むな」
 一か八か、飛びかかって凶器の薬缶を取り上げる。それしかないと思った。薪の言葉に激昂したユリエは薬缶を振り上げる、凶器が彼女の身体から一番遠い場所に到達したときがそのチャンスだ。
「――あ?」
 屈んだ状態からジャンプしようとした、瞬間、膝の力が抜けた。体勢を崩して床に転がる。起き上がろうとしたができなかった。
「さっきのお茶に何か」
 迂闊だった。ユリエは薪の来訪の目的に気付いていたのか、それとも、自分から礼子を遠ざける原因になった薪を最初から殺すつもりだったのか。いずれにせよこのままでは二人とも、いや、三人とも死んでしまう。

「もう何も要らない。あなたもこの子も、これも」
 霞んでいく薪の視界で、ユリエが冷凍庫から血液のストックを出すのが見えた。大事な証拠品が、とそこで薪の意識は完全に途絶えた。
 身動きするものがいなくなった部屋に、ユリエの独白がぽつりと落ちる。
「わたしも」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

イヴに捧げる殺人(11)

 過去作に拍手をありがとうございます。
 最初の話から、最終章にずっと拍手が入ってるの。昔の話を読んでもらえるの、うれしいです。(あ、拍手だけして読んでない可能性も……だれがそんな無駄なことするんだw)

 第九編が終わって、もうすぐ2年ですね。
 うちは青薪小説がメインですから、2年前に終わった話を延々読んでもらってることになるわけで。今更ながら、原作の素晴らしさを痛感しています。だって、原作に惚れこんでなかったら二次創作なんか読まないでしょう? 連載が終わっても、数多くの人が未だに薪さんにお熱、というこの状況がスゴイなあって。
 ちょーっと原作からズレちゃってますが、それでも沢山の方に読んでもらえて、うちの薪さんは幸せものだなあって思います。ありがとうございます。

 この話が終ったら、10万ヒットのお礼SSと4万5千拍手のお礼SS公開しますね。
 これよりはマシな話になってると思うので(←もうどんだけ(^^;)、どうかよろしくお願いします。




イヴに捧げる殺人(11)







「というわけなんですよ、雪子さん」
 話を終えて薪は、法一の副室長の顔を見上げた。彼女は薪よりも十センチほど背が高く、同じ高さの椅子に座っても僅かに見上げる形になるのだ。
「彼女の気持ちが理解できますか?」
「ぜんぜん」
「雪子さんでも無理ですか」
 きっぱりと首を振られて、薪は肩を落とした。雪子を当てにして、官房室から第九へ戻る途中わざわざ立ち寄ったのに、どうやら無駄足だった。

「先生には無理ですよお。同じ女性でも、先生は彼女たちとは対極にいる人なんですから。多分、薪室長より遠いですよ」
 クスクスと笑いながら、雪子の助手が顔を出した。可愛い顔をして遠慮なくものを言う。あけすけなところが雪子と合うのだろう、彼女たちはとても仲が良かった。
「対極ってなによ。そりゃあたしはお嬢様じゃないけど」
「お嬢様とか庶民とかの問題じゃなくて、いっそ染色体もしくは遺伝子の問題じゃないかと」
 どういう意味、と引き攣った笑いを浮かべる雪子をきれいにスルーして、菅井は薪の質問に答えた。

「わたし、ちょっと分かります」
「本当ですか」
 菅井の言葉に、薪は思わず腰を浮かせた。薪にはまったく理解できない17歳の少女の心。多感な少女時代を過ごしてきた女性なら分かるかもしれないと思っていた。
「その子と同じで、わたしも学生の頃は引っ込み思案で」
「え、だれが?」
「言いたいことも言えなくて」
「ちょっと、誰の話?」
「先生、黙っててください。これでも飲んで」
 話の腰を折りまくる雪子に苛立ったように菅井は、3人分のカップをテーブルに置いた。3つとも、赤いきれいな紅茶だ。花の香りがする。

「いらない。それ、酸っぱいんだもの」
「なに贅沢言ってるんですか。40超えた女が女でいようと思ったら常日頃から努力しなきゃダメです。結婚半年で竹内さんに捨てられたいんですか」
「すみません。話戻してもらっていいですか」
 女と言うのはどうしてこう話がズレるのだろう。飛躍も多いし、彼女たちのお喋りにはとても付いていけない。
「雪子さん、離婚裁判の時には最高の弁護士をお付けします。僕も証人として法廷に立ちますから。二人で協力して、史上最高額の慰謝料ぶんどってやりましょうねっ」
「薪くん、話戻ってない」
 窘められて咳払いをする。何もなかった振りで、薪は先刻の話をおさらいした。

「僕が見る限り、Y嬢はR嬢に恋心にも近い好意を抱いていたと思うんです。なのに彼女は、他の生徒を使ってR嬢を苛めていた。R嬢に近付くと一緒に苛められると言って、R嬢を孤立させていた。どうして好きな人にそんなことを?」
 あの日、薪が教室で捕まえたおかっぱ頭の生徒に聞いた。彼女に礼子の学用品を汚すよう命じたのは更科柚子だった。
 薪が柚子を疑ったのは、彼女が正しい情報を持ち過ぎていたからだ。礼子の苛めについて何人もの生徒から聴取を行ったが、柚子が一番詳しかった。お世辞にも社交的とは言えない彼女がどうしてそれを知り得たのか。苛めの場面を目撃していたか、あるいは逆に。
 そう考えて墨汁を撒いていた生徒にカマを掛けた。真実は後者だった。
 しかし、柚子は熱い瞳でコートを走る礼子を見ていた。あれは恋する者の眼だ。少なくとも、苛めの対象者を見る目ではない。

「誰のものにもなって欲しくなかったんだと思います」
「独占欲ですか? 恋人でもないのに?」
 理屈じゃないんです、と菅井は前置きして、彼女の代弁者になった。
「自分のものにならないなら、誰のものにもなって欲しくない。自分が話しかけられないから誰にも話しかけて欲しくない。愛情の裏返しですよ」

 ずっと、ずっと昔のこと。
 鈴木の恋人になる前、その権利もないのに薪は鈴木の彼女や友人に嫉妬した。鈴木はみんなの人気者で、自分とは釣り合わないと思った。だったら自分が鈴木のようになる努力をすればよいのに、それはひどく難しいことに思えて。いっそ鈴木が自分のように、誰にも相手にされないような欠陥だらけの人間なら自分だけが彼の友だちでいられるのにと考えた。
 バカな話だ。鈴木がそんな人間なら、そもそも好きにならなかった。

「分からないなあ。好きな人には幸せになって欲しいと思わないわけ?」
 雪子は薪よりも彼女たちから遠いところにいる。菅井の言葉は当たっていた。彼女は薪以上に、柚子の気持ちが理解できなかった。
「思いますよ。でも、自分以外の誰かの力で彼女が幸せになるのは許せなかったんだと思います」
「じゃあ自分から彼女に近付いて、親友なり何なりになればよかったじゃない」
「雪子先生みたいに思ったことを行動に出せる人ばかりいないんですよ。特にあの年頃は、それが難しいんです」

 誰かと友だちになることが人殺しよりも困難だと?
 もちろん、協力者の存在がなかったら彼女だってそれを実行に移すことはなかっただろうが、それにしたって。

 薪は心の中でその可能性について思案した。殺人事件の話は雪子たちにはしていない。礼子の苛めの話だけだ。しかし、それがこの事件の核になっていることは間違いない。
 逆に、協力者に利用されたのかもしれない。被害者はいじめを行った後に拉致されている。犯行のタイミングを計れるのは柚子だから、彼女が主犯だと考えたけれど。むしろ柚子は連絡係のようなもので、主犯格は協力者の方だったのかも。

「……すっぱ」
 菅井が淹れてくれた紅茶を無意識のうちに口に運び、薪は思わず顔をしかめた。
「ね。酸っぱくて飲めないわよね、こんなの」
「はちみつ入れると飲みやすいんですけど、用意してないんです。置いてあると雪子先生がみんな舐めちゃうから」
「あたしはどこぞの黄色いクマか」
 二人の掛け合いを聞き流しながら、薪はこれと同じ色合いのお茶を飲んだ時のことを思い出した。ローズヒップティーは礼子の好物だとユリエが言っていたが、あのお茶はもっと飲みやすかった。

「前に飲んだのはこんなに酸っぱくなかったですけど」
 砂糖類は入っていなかったと思う。薪は味覚は鋭い方だが、甘味は感じられなかった。
「偽物の茶葉だったんじゃないですか? ローズヒップはビタミンCが売りなんだから、酸っぱくなかったから嘘ですよ」
「まさか。代議士の屋敷ですよ」
 味を確かめるためにもう一度口に含んだ。酸味が強すぎて他の風味が消されてしまっている。淹れ方の問題かもしれない。薪の恋人がリーズナブルなコーヒー豆を最高級のブレンドに変えるように。淹れてくれた菅井にそれをそのまま伝えるわけにもいかず、茶葉の種類が違ったんでしょうと薪は答えた。
「きっと飛び切り高級な茶葉だったんですよ。味ももっと玄妙で、深いコクが」

 あの味を的確に他人に伝える喩えがないかと、これまでに食した料理や飲料の中から類似したものを探るうち、薪はスッポンの専門店で飲んだ食前酒の味を思い出した。あれは確か赤ワインにスッポンの――。

「薪くん?」
 突然青ざめた薪を心配して、雪子が声を掛けてくれた。
「いや、ちょっと気分が……いえ、大丈夫です。もう何日も前のことですし……うっ、ぷ、し、失礼」
 我慢できず、洗面所に走った。幸いトイレは雪子の私室のすぐ側にあり、でも彼女たちには薪が嘔吐する音が聞こえていたに違いない。
「吐くほど酷い味でした?」
「薪くん、味に過敏なとこあるからねえ。あたしの料理食べて何度か気絶してるし」
 それは薪が弱いのではなく雪子の料理がカクバクダンなのだ。薪は必死に反論したが、込み上げてくる嘔吐に阻まれて、その叫びは誰にも届かなかった。



*****
 
 うちの薪さんて、しょっちゅう吐いてる気がする。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: