カエルの王子さま(3)

 こんにちは!

 こないだの入札、2件も落札しちゃいました♪
 着工書類の作成も2件分なんで超忙しくなるんですけど、そこは自分の会社なんでね、仕事ないと会社潰れちゃうから頑張るです。書類を作る間、少し更新空くかもですが、よろしくです。
 9月からは現場に出ることになると思います。工事が終わる3月末までは去年みたいに更新減っちゃうかもですが、気長に待ってやってください。

 それと、一昨昨日あたりからたくさん拍手くださってる方々、どうもありがとうございますっ。
 過去作への拍手はクオリティ的には恥ずかしさMAXでございますが、昔の話の方ががっつり恋愛してて、読んでは面白いかもと思ったりします。薪さんも青木さんも、悩んで傷ついてぐちゃぐちゃになってるあたり。そこから大事なものを見つけ出していくんですよね。
 現在もこのスタイルは変わってないのですけど、「タイムリミット」の後の二人は永遠を誓い合っちゃってるので~、見つけるのが愛以外のものになってしまう傾向が強く、恋愛小説にはなってないと思います。何より、薪さんが大人になっちゃって、書いててもつまんない。とは言え、彼ももうすぐ50だしねえ。いつまでも男爵やっててもねえ。
 現在の青薪さんに波風立てるのは嫌なので、日付を戻して、男爵がカンチガイで地球の裏まで突っ走る恋愛話を書こうかなー。


 さてさて、続きです。
 短いですがどうぞです(^^




カエルの王子さま(3)





 開け放しのフランス窓から舞い込む冷たい風に、男は身を竦めた。立ち上がって窓を閉める。快晴だったはずの空は、いつの間にか濃灰色の雲で埋め尽くされていた。山の天候は変わりやすい。特に今時期は不安定だ。
 暦は既に5月だが、山際の森では季節の足運びに1月程度の遅れがある。新芽の芽吹く頃で、旧い深緑と新しい黄緑色、それと冬の間に死んだ枯れ木の砂色が広大な山麓で不規則に混じり合い、さらには山桜のぼやけたピンク色が点在する。この時季は毎年思う、見苦しいことこの上ない。

 男は窓の反対側に置かれたベッドまで戻り、再びその上に腰を下ろした。大きな枕の上にちょこんと載っている小さな顔を見つめ、ふうむ、と何度目かのため息を漏らした。
「本当にきれいだなあ」
 目を閉じた彼の、長い睫毛を人差し指の先で弄びながら、男は独り言を言った。彼は長い間話し相手のいない生活をしてきたせいで、独り言を言うのがクセになっていた。
「これで男なんだもんな。惜しいなあ」
 人里離れた山奥の屋敷の、豪奢な部屋の中に居るのはたった二人。どちらかが女性ならドラマになるのに残念だ。男はそんなことを思いながら掛け布団をめくり、仰向けになった男性の胸に手を当てた。
 規則正しく上下する胸の奥に、力強い鼓動を感じる。女性にはない筋肉の固さと、高い体温。女性のように揉みしだきたくなる感覚は生まれないが、手触りは悪くなかった。彼の肌はさらっとしてすべすべだ。一般的に評価の高い「手に吸い付くようなもち肌」ではないが、男の好みは痩せ形の女性だ。もち肌は纏わりつくようで気持ち悪い。

「ありか? いやいや、さすがにそれは」
 過去の恋人たちの中には、まだ乳房の膨らまない年齢の少女もいた。付き合ううちに、彼女は少女特有のエロスを醸し出すようになった。少女がイケるなら男もイケるかもしれない。男は中性的な体型が好きだったし、何よりもこの顔。
「顔だけなら文句なしにナンバー1だ」
 小枝にでも引っかけたのか、頬に小さな傷がある。それを除けば非の打ちどころがない滑らかさだ。どれだけこまめに手入れをすれば男の頬がこんなに綺麗になるのか、それとも最近は男でもエステに通って肌の手入れをするのが普通になったのか。一緒に暮らしていた彼女が、そんな話をしていた気がする。

「しかしこいつは……まずいな」
 それは彼の身分と職業を証明する手帳だった。上部には、制服を着て真面目な顔をした彼の写真があった。
 上着にこんなものが入っていると分かっていれば、助けなかった。あんまりきれいだからつい拾ってきてしまったが、彼がこんな職業に就いているなら、自分の計画は無謀すぎる。もう夕方だし、今夜一晩は泊めるしかないだろうが、明日は早々にお引き取り願おう。

 念のため、幾つかの部屋に鍵を掛けるべきだと気付き、男は彼の傍らを離れた。
 ドアに近付いた時、んん、と微かな声がした。振り返ってみれば、寝台の上に身を起こす彼の姿があった。意識を取り戻したらしい。思わず、男は舌打ちした。
 面倒なことになった。彼が眠っているうちに片付け物をしておくのだった。

 心に感じた痛痒をおくびにも出さず、男はにっこりと微笑んで彼に近付いた。街に出て、好みの女の子に近付くときのように。
「眼が覚めましたか。どこか、痛むところは?」
「ここはどこです。いったい何がどうなって、あ、痛っ」
 覚醒したばかりで混乱している様子の彼は、起き上がったことで急な痛みに襲われたらしい。倒れるようにして、再びベッドに沈んだ。包帯や絆創膏だらけの自分の身体を見下ろして、深く息を吐く。
「僕は何故こんな怪我を」
「森の中に倒れていたんですよ。上の道から落ちたんでしょう。でもあなた、ラッキーですよ。それくらいの怪我で済んで」
 男は、彼を見つけた時の状況を頭に思い浮かべた。彼は厚く積もった落ち葉の上に仰向けに転がっていた。彼の身体の下には折り取られたばかりの枝も数本あったから、崖から落ちて木に突っ込んだのだろう。あの崖はかなりの高さがあった。骨折や内臓破裂など、重傷を負っても不思議ではない高さだ。それが打撲に擦過傷、捻挫程度で済むとは、えらく幸運な男だ。顔がいい男は運も強いと見える。

「無理をしないで。もうしばらく休んだ方がいい」
 自分の額を包む彼の手に、男は自分の手を重ねる。そうされて、彼は初めて男の存在に気付いたらしい。彼の眼がぱっちりと開き、亜麻色の瞳が男の顔を映しだした。
 瞬間、男はいつも最初の時に味わう手酷い絶望を覚悟した。
 相手の眼に浮かぶ、嫌悪の色。蔑み、恐怖、同情か嘲笑か判じ難い曖昧な笑い。そんなものばかり向けられてきた。特に、若く美しい者からは。

 ところが彼は違った。眠りから覚めたばかりだったせいかもしれないが、男の顔を見て、ふんわりと微笑んだのだ。
「あなたが僕を助けてくれたんですか。ありがとうございました」
 その顔はとても愛くるしかった。一瞬、男は彼との生活を脳裏に描いた。悪くないと思った。詮索好きで細かいことばかり気にする女性より、返って上手く行くかもしれないと期待さえした。

「あなたのお名前を教えてください」
「桂木省吾だ」
 つい本名を答えてしまってから、自分の抱いた幻想に失笑する。そんなこと、できるわけがない。だって彼は。
「桂木さんですね。ありがとうございました。僕は」
 潰えたとばかり思った夢が蘇ったのは、次の瞬間だった。彼は右手を口元に当ててしばらくの間口ごもり、何とも不思議そうに言ったのだ。

「僕は誰でしょう?」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

カエルの王子さま(2)

 毎度ですっ。
 更新、空いちゃってすみません。入札の時期になりまして、内訳書5本作ってましたー。
 新しいSS書いてるとブログが放置状態になるクセはいい加減直したいです。←仕事してないじゃん。


 続きです、どうぞ!



カエルの王子さま(2)





 カーキ色の訓練服を着てリュックを背負い、手に探索棒を持った男たちが、深い森の中に入って行く。その数約20名。彼らは訓練を積んだ兵士のように俊敏な動きで、手入れのされていない灌木や伸び放題の下生えをかき分け、森の中に道を作っていく。
 彼ら捜索のプロ集団とは別に、軽装で森に挑もうとしている一団がいる。スーツ姿に革靴で、とても苛立った様子だ。彼らは探索棒も持たず、救助隊が木に結びつけたロープを伝って歩いていることからも分かるように、捜索については素人だと思われた。特に年長の二人はどう見てもホワイトカラーで、現場の人間ではなかった。

 そのうちの一人、中園紳一は、足元を刺す草の穂先を八つ当たり気味に踏み散らしながら、
「ったくあの子は次から次へともう……岡部くんっ、副室長の君が出て来ちゃったら第九の仕事はどうするんだい」
「あっちは今井がいるから大丈夫だと、っ、大丈夫ですか」
 失踪者への苛立ちを手近な部下にぶつけた直後、木の根っこに引っ掛かって転びそうになるのをその部下に助けられる。前を歩いていた仕立ての良いスーツを着た男が、振り返って辛辣に言い放った。
「中園。岡部くんには僕が声を掛けたんだよ。大体、おまえに人のことが言えるのかい。会議をすっぽかしてきたくせに」
「はて。会議をすっぽかしたのは官房長殿では?」
「ぼくの代わりに出てって言ったじゃない」
 岡部と呼ばれた男が「大事な会議だったんじゃないんですか」と問うのに、彼はひょいと肩を竦め、
「いいんだよ。どうせ消化会議なんだから」と公僕にあるまじき発言で会話を締めくくった。それを咎めるように、後ろの男が小声で言い返す。
「小野田。僕はね、おまえのお守に付いてきたんだよ。危ないからよせって言ったのに、行くって聞かないんだから」
「頼んだ覚えはないよ」
「SP断った時点で僕が行くしかないだろ? だれがおまえの身を守るんだよ」
「岡部くんと青木くんがいるじゃない。それにおまえ、ぼくより射撃下手じゃなかった?」
「わかった、訂正する。誰がおまえの無茶を止めるんだよ」
 中園の返しに、岡部は思わず苦笑いする。室長の無茶は上司譲りか。

「岡部くん。悪いね、忙しいのに」
「いいえ。俺も室長の身が心配ですから」
 済まなそうに小野田が言うのに岡部は沈痛に、それでもにっこりと笑った。瞬間、すぐ隣を歩いていた捜索隊の一人が木の陰に身を隠した。
「何か出ましたか」
「す、すいません。なんか怖くなって。ホントすいません」
 歯切れの悪い答えに、岡部は近年の若者に対する不甲斐なさを感じる。危険を察知したなら身を挺して官房長を守るくらいの気概が欲しいものだ。彼らはSPではないが、警察官たるもの自分よりも弱いものを守るのは当然のことだ。
 岡部の不興を買い、慌てて探索棒を構え直して配置場所に戻った彼に周囲から同情の眼差しが注がれた。岡部を除いた全員が思っていた。鬼瓦が笑ったら、それは怖いよ。
 見た目と中身にギャップがあるのは第九職員のスタンダードで、室長の薪は言わずもがな、副室長の岡部も見かけの凶悪さとは掛け離れた優しい心の持ち主だ。小野田に言われずとも探しに来ていた。青木の報告から、薪は怪我をしている可能性が高い。一刻も早く探し出して、医者に連れて行かないと。

「まあ、中園さんが言いたいのは、俺か青木か片方でいいだろう、と言うことなんでしょうけど」
「青木くんはどうせ仕事にならないだろ」
 官房室の二人がケンカにならないようにとの岡部の気遣いに、小野田は中園以外の人間に怒りを向けることで応えた。小野田は岡部には優しいが、青木には厳しい。それはいつものことで、しかしその理由がまた、自分の娘婿にと望んでいた薪が青木と恋仲になってしまったからという全く職務には関係のない理由だと知っている岡部は、ついつい青木の弁護をしたくなる。
「そんなことはないですよ。青木の報告は明瞭でした。奴も警察官として成長して」
「保護が必要な一般人を車のトランクに閉じ込めた時点でアウトだと思うけど」
 青木は薪が絡むと、警察官としての正しい行動がとれなくなる。今回の場合、警官である薪よりも一般人の保護が優先されるべきで、県警に薪の捜索の依頼をした後は、速やかに彼女を病院若しくは地元の警察に送り届けるべきだった。しかし、青木はすぐに薪を探しに落下地点へと向かった。その際、邪魔になる彼女を車のトランクに閉じ込めておいたのだ。
 彼女が正気を失っており、放っておいたら何処へ行ってしまうか分からない状態だったとは言え、トランクに閉じ込めて鍵を掛け、1時間以上も放置したとなるとこれは大問題だ。トランクに閉じ込められた彼女は夢中で暴れ、爪が剥がれるほどにトランクの蓋を掻き毟っていたのだ。事情が明るみに出たら間違いなく査問会だ。

「だいたいね、青木くんは薪くんのボディガードだろ。この状況自体、彼が職務を全うしていない証拠じゃないか」
 小野田の厳しい言葉が耳に入ったのか、捜索隊と一緒に先を歩いていた青木が立ち止まった。振り返って、深く頭を垂れる。
「申し訳ありません」
「薪くんが危なっかしいのは今に始まったことじゃないだろ。ボディガードのきみがしっかりしてくれなきゃ」
 問題があるのはむしろ薪の方なのに、責を押しつけられた形で叱責を受けた青木は、それでも素直に「はい」と返事をした。小野田も認めているように薪の暴走は折り紙つきで、副室長の岡部でさえ止められないのだ。若い青木に至っては、何を進言しても耳も貸さないに違いない。

 薪がこんなことになって、一番心を痛めているのは青木だ。そこに追い打ちを掛けられるように上官に責め立てられる彼を不憫に思ったのか、中園が二人の間に割って入った。
「まあまあ小野田、その辺で。ここで青木くんを責めても意味ないだろ。第一おまえ、いつ青木くんが薪くんのボディガードだって認めたわけ?」
「なにを言ってるんだい。官房室から任命書を出せって言ったのはおまえだろ」
「形だけでも認めないって最後まで言い張ってたくせに」
 自己の不明と矛盾を指摘されて、小野田は口を噤んだ。が、その顔は不服そうだ。薪のことが心配で、普段の冷静さを欠いているのだろう。小野田は薪を盲目的に可愛がっている。娘との婚約が破談になっても彼を許したくらいだ。もはや上司と言うよりは親バカのレベルだ。
「薪くんの無事を確認したら、次は査問会とマスコミか。厄介だな」
「何とかしなさいよ。そのためにおまえがいるんだろ」
「官房長殿は首席参事官の職務内容を誤解なさってます」

 僕の仕事は薪くんの尻拭いじゃない、と中園がぶつぶつ言うのを気の毒に思いながら、岡部は上官からやや不当に評価されている後輩の傍に寄り、端的に尋ねた。
「青木。薪さんはどっちだ?」
 青木は黙って首を振った。
「なんだ、肝心な時に。おまえ得意だろ。薪さんの居所見つけるの」
 口唇を引き結んだまま、長身の後輩は空を見上げた。遥か上方、崖の上にグレーの布がはためいている。落ちた場所の目印にと、青木が自分の背広をガードレールの支柱に結び付けておいたものだ。ガードレールが剥がれて、支柱だけがぽつんと立っている崖っぷち。しっかりと道路整備が為されていれば、薪は無事だったかもしれない。

「いません」
 俯き、絞り出すように青木は言った。
「薪さんが、何処にもいないんです。岡部さん、薪さんが」
 語尾が震えている。薪が被害に遭ったとき、青木は彼と一緒にいた。居ながら彼を守れなかった。強烈な罪悪感がもたらす焦りと不安。それらが青木の顎を震わせ、声を乱している。後輩の心中を慮り、岡部は力強く青木を励ました。
「落ち着け青木。いま、みんなで探してる。大丈夫だ。彼らは遭難者を見つけるプロだ」
「そういうことじゃなくて。オレ、いつもなら薪さんがどっちに居るか何となく分かるんです。でも、それが全然分かんないんです」
「それはおまえがパニックになってるからだ。もっと心を落ち着けてだな」
「感じないんです」
 岡部の肩を掴み、青木は訴えた。取り縋られて分かった、青木が抱いているのは不安ではなかった。
 これは、恐怖だ。
「薪さんが、この世の何処にも感じられない」
 薪は既にこの世のものではないかもしれない。その仮説から引き起こされる恐怖だ。

「現場付近に死体はなかった。血の跡もない。何ものかに襲われたなら、その痕跡が残るはずだ」
 青木の機転が功を奏して、落下地点はほぼ正確に分かっている。周辺の木には折れたばかりの枝もあったし、下生えの乱れも確認された。が、そこには野犬が人間の身体を引き摺って行った跡も、熊の足跡もなかった。動物に襲われた確率は低い。
 何の痕跡も残っていないことから、薪の意識もなかったと考えられる。意識があれば上着に付けた救助信号を発信しただろうし、必ず捜索隊の為に目印を残すはずだ。
 おそらく、薪は崖から落ちて気絶したところを何者かに運び去られた。その何者かが悪人とは限らない。親切な通りすがりの人が病院に運んでくれたのかもしれない。薪が意識を取り戻せば、連絡をしてくるだろう。車で運べる範囲の病院は、地元の警察に応援を頼んでローラーを掛けてもらっている。もうすぐ中園のところに連絡が入るはずだ。
 だが。

「薪さんが何処にもいないんです。こんなの初めてです」
 子供のように繰り返す青木に、3人の顔色が曇る。
 青木と薪の間には、超自然的としか言いようのない繋がりがある。何となく居場所が分かると言うのはその一例に過ぎない。青木は薪に関することだけは、ズレまくっているように見えて必ず真実を選び取っている。その青木が怯えている。恐ろしい想像に震えている。
 薪の身に、只ならぬ災厄が降りかかっている可能性は高い。青木の畏れが伝染したように、皆の予想は悪い方向へと向かって行った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

カエルの王子さま(1)

 毎度、いらさりませ♪

 本日から公開しますこのお話、半年ぶりに書いたストーリーSSでございます。ちょっと文章の流れが悪いのはブランクのせいだと思ってください。(単なる力量不足)

 時期は2068年の5月。二人が一緒に暮らし始めた頃ですね。
 

 それとこちら、4万5千拍手のお礼に、あ、10万ヒットのお礼もまだ、
 ……一緒にしちゃダメ? ←ダメに決まってる。そもそもとんだS話でお礼にならない。
 じゃあ、こないだ書いた雑文3連作を10万ヒットのお礼にしますね。 (雑文でお礼とか図々しくてすみません)
 
 そうだ、一言いいですか?
 現在の妄想欄、「薪さんが変態科学者の実験台になる話」のあと、「青木さんが薪さん似の女と不倫した挙句に殺して逃げる話」になってますけど、その間に雑文が3つほど入ってまして、なにが言いたいかと申しますと、
 決して物騒な話ばかり考えているわけじゃないんですよ。合間にギャグも考えてるの。
 だから、今回の話の物騒さには目をつむってくださいねっ。←理屈も日本語もおかしい。

 どうか大海原のようなお心で! お願いします!




カエルの王子さま(1)




 西洋の童話に出てくるような、美しい部屋だった。
 文机、椅子、洋タンスにベッド。居室を彩る家具はすべてアンティークで、中々に高価なものだ。壁紙は薄いクリーム地で、葡萄の模様がくすんだ緑色で描かれている。天井からは古めかしいシャンデリアがぶら下がっている。いささか古風だが、趣味の良い部屋だ。
 繊細なインテリアから女性の部屋だと察せられるのに、部屋には鏡がなかった。実を言えば、この家の何処にもないのだ。この家の主人は鏡が大嫌いだった。

 彼はひどく醜かった。その姿を目にした者が残らず嘲りの笑みを浮かべるほどに。

 その輪郭は異様なほど横に広く、だから目と目の間があり得ないくらい離れている。鼻は見事な団子鼻で、唇は分厚く、頬にはびっしりと痘痕が浮いていた。短身でひどい猫背で、足はがに股で短く、などと細かい説明は不要だ。彼にピッタリの形容詞がある。
『イボガエル』だ。
 そんな自分が、このように優美な部屋にいるだけでも他人の失笑を買うに違いない。男はそれをよく理解していたのだ。

 真鍮の手摺が付いたベランダに続くフランス窓は僅かに開いており、薄いすみれ色のカーテンがはためいていた。窓の先に広がる風景は、一面に深い森であった。
「どうしたもんかな」
 空っぽの部屋を見渡し、男は軽く肩をすくめた。
「仕方ない。代わりを探しに行くか」
 人の形に窪みが残るベッドを直し、シーツに残っていた髪の毛をつまみ上げる。長くて黒い、女の髪。白いシーツの上で、それは果敢に持ち主の存在をアピールしていた。
 他には何もなかった。彼女が寝ていたベッドを抱き締めたくなるような幸せな思い出も、心を疼かせるような別れの言葉も。何ヶ月か一緒に暮らして、挙句、彼女が自分に残していったのはこれだけだ。

 男はベランダまで歩いていき、それをポイと捨てた。雨上がりの地面に落ちたそれはすぐに泥にまみれ、一瞬のうちにゴミになった。


*****


 日本にも未だこんな場所があったのか。
 いつものように助手席のドアに肘をつき、うつらうつらと船を漕ぎながら、薪は心のうちで何度目かの呟きを漏らした。どこまで走っても続く樹海、なんて生易しいもんじゃない。これは所謂「秘境」だ。何年か前に訪れた妖怪が住むと言う森より、更にヤバそうだ。妖怪を通り越して妖魔が住んでる感じだ。
 眼下に広大に広がる鬱蒼とした森を眺めていると、そんな世迷言まで浮かんでしまう。あれ以来、森はこりごりなのだ。間違っても足を踏み入れたくない。

 くあ、と小さな欠伸を漏らす薪の隣で青木は、カーブの多い山道を都会の大通りのようにすいすいと車を走らせる。二人は、Y県で起きた猟奇事件の折、事件解決の為に脳データを提供してくれた被害者遺族に挨拶に来た。その帰り道。
 車がやっとすれ違える程度の幅しかない道は平坦性の低い古びたアスファルト舗装で、左は山になった雑木林、右は切り立った崖っぷち。安全のためのガードレールは所々抜け落ちている。よく落下事故が起きないものだと感心する。元より、接触事故を起こすほど車が通らないのだろう。近くに集落がないから落ちても気付かないとか、そういうオチは勘弁してほしい。
 シュールな想像に乾いた笑いを浮かべる薪の左眼が、ドアミラーの中を過ぎる白い影を捕えた。

「停めろ」
 速度を落として路肩に車を寄せながら、「トイレですか」と青木が問うのに裏拳で応えを返し、薪は後ろを振り返った。
「なんか山から落ちてきた」
「イタチか狸じゃないんですか」
「ちがう。もっと大きくて白っぽい」
 こんな不気味な場所で自分だけが目撃した白い影――さては人知れず朽ち果てた自動車事故の被害者かと気弱な人間なら怯えるところだが、薪はバリバリの現実主義者だ。畏れる様子もなく、窓に乗り出すようにしてドアミラーを覗き込んだ。
 そこに映るものを確認した彼は、はっと息を飲んだ。車外へ飛び出し、来た道を全速力で駆け戻る。青木が慌てて運転席から降りた時には、薪は道に倒れた女性を助け起こしていた。

「大丈夫ですか。僕の声が聞こえますか」
 彼女は雑木林から転がり落ちてきたらしく、ひどい有様だった。着衣は半袖の、元は白かったと察せられるワンピース。山の中を何時間も歩き回ったと見えて、顔と手足は傷だらけだった。
「どうしてこんな所に若い女性が」
「スカートにサンダル履きか。ハイキングでもなさそうだな」

 薪の腕にぐったりと身を持たせかけた彼女の眼はうっすらと開いていたが、その焦点は空を彷徨っていた。緩んだ口元からは唾液が零れ、それは彼女の精神に綻びがあることを暗示していた。
「近くに病院か民家があるのかもしれない。とりあえず車に乗せて、地元の警察に保護を」
「あ、オレ、運びます」
「大丈夫だ」
 大の男が女性の一人くらい運べなくてどうする、と見栄を張ったのがまずかった。脚を踏ん張って彼女を持ち上げた、まではいい。一歩踏み出すのに1分くらいかかった、それも大した問題ではない。悲劇は、自分の身体が他人の手によって抱き上げられたことで彼女の意識が戻り、急に暴れ始めたことだ。

「お、落ち着いてください。僕たちは怪しい者じゃ」
 薪の左頬に女の爪がヒットして、彼は呻き声と一緒に言葉を飲み込んだ。金切り声をあげて暴れる彼女の両腕を、青木が素早く戒める。勢い余ったのか、彼女は痛そうな顔をした。女性相手に無体な真似をと思うが、青木は薪のボディガードだ。主人に危険が迫れば少々手荒な真似もする。
「青木、乱暴はよせ。彼女は一般人だぞ」
 頬に血を滲ませながら、薪が青木を諌める。が、青木は到底承諾できない。薪の顔に傷をつけられたのだ。彼女を崖から突き落とさなかっただけでもよく我慢したと褒めてもらいたいくらいだ。
 その考え方は警察官としてと言うより人としてどうかと思うが、こと、薪に関してだけは青木は道徳者になれない。青木は普段はとても優しい男で、その言動はいっそお人好しと称しても差し支えのないレベルで、なのに薪が絡むと突然人が変わるのだ。殆どジキル博士とハイド氏の世界だ。

「こんなに暴れられたら危なくて車に乗せられませんよ。県警に連絡して、保護を求めましょう。PC(パトカー)でここまで迎えに来てもらって」
「大丈夫だ。僕に任せろ」
 くい、と手の甲で傷を撫で、薪は、青木に拘束されて地面に膝を折った女性の前に屈んだ。項垂れた彼女の、髪の毛の奥に仕舞われた顔を覗き込むようにして、穏やかに話しかける。
「落ち着いてください。僕たちは警官です。あなたの味方ですよ」
 彼女はゆっくりと顔を上げた。長い黒髪はもつれて汚れ、肌も荒れ放題に荒れて、濁った目の下には黒いクマができていたが、きちんと手入れをすれば美しくなると薪は思った。彼女にそれをさせない何かが訪れたのだ。

 よくよく見れば、彼女の身体の傷は山の中で自然に付いたものばかりではない。拘束されて初めて顔を出した右腕の内側の切り傷は、明らかに刃物によるものだ。山を転がり落ちたのだから傷があるのは当たり前だと思うかもしれないが、人間は転がる時には体を丸めるものだ。その状態で内側に傷ができるのは不自然だし、何よりも傷口がきれいすぎる。枝に引っ掛けたのなら、かぎ裂き状の傷になるはずだ。
 犯罪の匂いがした。

「安全な場所までお送りしますから、まずはゆっくり休んでください。詳しい事情はその後で」
 薪がそうっと彼女の肩に手を置くと、彼女はこくりと頷いた。薪の合図を受けて、青木が慎重に彼女を解放する。
「ほらみろ。紳士的に話せば」
 得意げに胸を張る薪にハイハイと生返事をしながら、青木は彼女に手を貸した。青木の腕に縋るようにして立ち上がった彼女は、やおらに薪の方に向き直り、突如。

「え」
 泥まみれの両手が自分に向って突き出され、薪はバランスを崩して後ろに転倒、できればちょっとした事故で済んだのに。そこには薪の背中を打ちつけるべき地面が無かった。
「薪さんっ!!」

 一瞬、時が止まった気がした。
 空に投げ出された身体がその場に留まっているのを不思議に思い、僕ってもしかして空が飛べたのか、と本気で思いかけた。
 そんなわけがない。薪は重力に縛られる普通の人間だ。他にも思い込みとか常識とか警察機構のしがらみとか色んなものにがんじがらめになっているが、今彼の身体を奈落の底に落とそうとしているのは、精神論では太刀打ちできない物理の法則だった。

 悲痛に叫んだ青木の顔が、見る見る遠ざかっていく。けたたましい彼女の笑い声も。と同時に、薪の意識も遠くなった。投身自殺は大抵は地面に激突する寸前気絶してて痛みなんか感じないって、あれ、本当だったんだ、などと人生の最後になるかもしれない貴重な瞬間を俗説の検証に費やし、薪は、絶対に立ち入りたくないとついさっき思った森に飲み込まれていった。


*****

 1話目からこれだよ。
 ホント、お礼にならない☆


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ドライブ(5)

 こんにちは。

 青薪さんの楽しい(?)ドライブ、こちらでお終いです。
 読んでくださってありがとうございました~(^^






ドライブ(5)




 ――疲れた。

 瞑目して、薪は心の中で呟いた。青木が運転する車の助手席である。
 スポーツタイプのツーシーターだから、正直、乗り心地は公用車ほど良くはない。風雨に晒されてひび割れたアスファルトの凹凸をダイレクトにタイヤが拾う感じで、長時間乗っていると腰にくる。それをシートの柔らかさと、ツーシータータイプでは珍しいフルフラットに倒れる座席で補っている。
 薄目を開けると、目的地までは残り約15分の地点。山と樹木と田んぼの風景が延々続いている。5分ほど走って横道に入り、下って行くとそこがやなだ。

 薪は相手に気付かれないように、隣の男を見た。車の運転が大好きな青木は、運転中はまあまあ見られる顔をして――思いかけて首を振る。誰が聞いているわけでもないのに、見栄張ってどうするんだ。
 運転席の彼は、無意識のうちに見惚れてしまうくらいカッコイイ。オールバックの額が知性を感じさせて、顎の形が男らしくて。鼻筋は通ってて、口元は引き締まっている。「青木は意外とモテるんですよ」と以前小池が言っていたが、意外でも何でもない。エリートで高身長で性格もいいのだ。モテて当たり前だ。
 20代の頃は坊ちゃん坊ちゃんしていた顔が、30を越したら急に大人っぽくなってきて。時々、色気を感じてドキッとする。まさか青木に欲情する日が来るとは思わなかった。
 でも、性格は相変わらず素直で真っ直ぐ。乗れと言われてトランクに乗るくらい、まったく可愛いったら。犯人を追い掛けていた時は、あんなに頼もしかったのに。
「……ぷっ」
 窮屈そうにトランクに収まった青木を思い出したら、横隔膜がひくひくした。なんですか? と青木が前を向いたまま尋ねるのに、何でもないと言い返す。いつもの、少し意地悪で平和なやり取り。

 あの引ったくり犯を捕まえるのは、薪では無理だった。
 追跡に協力してくれた少年たちも、青木のテクニックに感服していた。元来、警官には反発心のある彼らが自分たちに好意的だったのは、彼の技術のおかげだ。
 薪は捜査の指揮は執れるが、それは机上のこと。実際に犯人を追い詰めることはできない。それから、あんな風に罪を悔い改めさせることも。

 青木は平等なのだ。犯人にも被害者にも。そこが自分との大きな違いだと思う。
 薪は絶対的に被害者の味方だ。どんな理由があっても犯罪は許されない。例え小さな罪でも、犯人には厳しくあたる。そうしなかったら。
 また、あの悲劇が繰り返されるかもしれない。そう思うと、見逃すことなどできないのだ。

 自分は未だ恐れている。あの男の呪縛から逃れられないでいる。
 年端もいかない少年まで震え上がらせてしまう、その偏狭さに、自分の恐れと未熟が表れている。
 青木の柔軟な精神が羨ましかった。

「薪さん」
 薪が起きていることを知った青木が、薪に話しかける。話題は彼らに誘われたツーリングのことだった。
「行っちゃダメですよ。何処に連れ込まれるか分かったもんじゃないんですから。薪さんがお強いのは存じてますけど、集団で来られたら」
「40過ぎのオヤジを連れ込んで何するって言うんだ」
「そんなの決まってるじゃないですか。バイクに乗せてあげたお返しに薪さんに乗らせてくださいとか言われて、薪さんたら妙に義理堅いところあるから断りきれなくて言いなりになっちゃうとか、そんなことになったらオレ泣きますからねっ」
「おまえと一緒にするな。彼らに失礼だろ」
 薪が言い切ると、青木は口の中で噛み殺すように、
「あああ、もうどうして自覚してくれないんですか何度も同じような目に遭ってるのになんで学習しないんですかバカなんですか」
 聞こえてるぞ、こら。

 誘われたのは薪だけれど、行きたいのは青木の方だろう。薪は車窓から風景を眺めるのは好きだが、あの風圧に耐えて走る感覚は苦手だ。風との一体感を感じられると彼ら言うが、車に比べたら乗り心地も悪いし、何よりカーブの度に身体が傾くのがいただけない。あれは怖い。
 でも青木が行きたいなら。付き合ってやってもいい。
 彼らと一緒ではなく二人きりでと彼が言うなら、乗っかってもいい。人目を憚らずに彼に抱きつけるの、ちょっとだけ嬉しかったし。

 やなの私道に入ったのか、舗装が切れて砂利道になった。坂道の傾斜角度も大きくなり、青木はスピードを落として慎重に進んだ。
 地球の重力とそれに反抗するブレーキの拮抗を身体に感じながら、薪は思う。
 次の休みはサーキットでレーシング体験。多分また無理矢理乗せられる。来月の末にはモーターショーもある。拝み倒されて引っ張り出されるのだ、きっと。うんざりする。
 ガタガタと揺れる車の中で、薪はこれからの予定の多さに辟易する。しながら、微笑む。
 誰かと未来の約束が交わせる。なんて幸せなことだろう。

 車はゆっくりと砂利道を下りていく。頬杖をついた薪の左手に、渓流のきらめきが見えた。


(おしまい)



(2013.10) 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ドライブ(4)

 こんにちは~。

 いつもたくさんの拍手をありがとうございます。公開作、過去作、どちらにも入れていただいて、ありがたい限りです。みなさんの「がんばれ」のお声に支えられております。その割にS話が多くてすみません(^^;

 感謝を込めて、次は4万5千拍手のお礼SS公開しますねっ。←今頃(半年以上前の約束)
 薪さんが変態科学者に捕まって実験台にされる話です。←またもやドS。
 青木さんと岡部さんの命懸けの活躍にもご期待ください♪←Nさん、胃薬準備。

 副音声、うるさい☆
 






ドライブ(4)





 事件発生の現場、つまり道の駅に戻ってきた青木は、売店の前のベンチに所在無げに座っている被害者親子を見つけた。青木がヘルメットを外して微笑みかけると、彼女たちは嬉しそうな顔になって青木に頭を下げた。タンデムベルトに結わえ付けたバックと青木の笑顔で、奪還が成功したことを悟ったのだろう。安堵した顔つきだった。
 青木は母親の許可を得て、バックの中身のリストを作成した。このメモが盗品調書の元になるのだ。その際、バックの中に入っていた免許証と母親の顔を照合し、このバックが確かに彼女のものであることを確認するのも忘れなかった。
 免許証番号を控え、連絡先と念のため彼女の携帯電話の番号も記入した。後ほど、県警が調書作成の為に協力を依頼することがあるかもしれない旨を伝え、青木の仕事は完了した。後は県警にこのメモを送付すればいい。

 メモの内容を見直して、青木は首を傾げた。
 財布、免許証、ハンカチにティッシュ、化粧ポーチとメモ帳、小さな人形。はて、子供の薬は何処に入っていたのだろう?
 しかし案ずることはない。母親も青木と一緒に中身を確認したのだ。無くなったものは何もない、と彼女は断言した。それ以上は彼女たちのプライベート。被害者である彼女たちの事情に立ち入るべきではない。

 仕事を終えて青木は、母親から調書を取るあいだ大人しく人形遊びをしていた子供に、「お母さんの用事はこれでお終いだよ」とやさしく声を掛けた。姪っ子にするように、小さなおかっぱ頭をぽんぽんと撫でてやる。
「ありがとうございました」
「いいえ、オレたちは警官ですから。それより、お嬢さんの発作が起きなくてよかったですね」
「あ、大丈夫です。買いましたから」
「はあ?」
 ――買ったって、なにを?

 動転して、何をどう訊いたらよいのかも分からなくなりそうな青木の目前で、「売店に売っててよかったわねー」と母親が話しかける女の子の手には、青木もテレビで見たことがあるゆるキャラの人形。
「この黄色いナシのお人形。この子、これがないとご機嫌斜めで」
「……あのお……発作と言うのは……」
「それがもう凄いんですよお。『ナッシーがいない』って泣き喚くの、あれは一種の発作です。旅行先で起こされると本当に困るんです」
「心臓疾患は?」
「は?」
 この母親は子供が駆け寄ろうとするのを、「走っちゃダメ」と鋭く制止したではないか。首を傾げる母親にそのことを尋ねると、彼女はわずかに眉を寄せ、
「え。だって、転んだら危ないから」
 オーマイガッ!!

 心の中で頭を掻き毟る青木の焦燥をよそに、母娘は楽しそうに笑い合った。
「ほら、クミちゃん。ナッシー、帰って来たわよ」
「わあい。ナッシーが二人になったー」
「二つとも大事にするのよ。さ、おじさんにお礼言いなさい」
「うん。ありがとう、おじちゃん」
「……よかったね」
 引き攣りながらも笑顔を返した、青木の心中は近年稀に見る大恐慌。

 やばい。
 死ぬ思いをして犯人を追いかけて、やっと取り返したと思ったら薬じゃなくて人形。しかも道の駅の売店で売られるような凡俗さ。コンビニでも売ってるかもしれない、ラムネ付きで。

 この事実を薪が知ったら、その先のことは火を見るよりも明らかだ。早とちりをした青木が悪いと、顔の形が変わるまで殴られるに違いない。
 幸いなことに、薪は未だ犯人の見張り中だ。パトカーで送ってもらったとしても、所轄を経由したら1時間くらいは掛かるだろう。それまでに、この母娘が出発してくれれば。

「ご旅行中にとんだ災難でしたね。さ、早く目的地へ行かないと、帰りが遅くなってしまいますよ」
「はい。では、本当にありがとうございました」
「ばいばい、おじちゃーん」
 仲良く去っていく母娘に手を振って、青木はホッと胸を撫で下ろした。彼女たちさえいなくなれば、事実が薪に知れることはない。別に、嘘を吐くわけではない。引ったくりは事実だし、バックを取り返してあげた母娘が喜んでいたのも事実だ。調書もきちんと取ったし、母親の連絡先も確認した。手抜かりはない。

 あとどれくらいで合流できるか薪に聞いてみようと、携帯電話を取り出したとき。
「じゃあ僕たちも行くか」
「そうですね、て、えええっ?!」
 頷いてしまってから振り返った、青木の眼に映ったのは腕組みをした薪の姿。青木の背中を大量の汗が伝う。緊張度は犯人を追跡していた時の5割増しだ。膝ががくがく震えて、恐怖心に促されるまま青木はその場に跪きそうになり、さすがにそれは薪に迷惑だと根性で膝に力を入れた。

「あの、薪さん……怒って……?」
 恐る恐る青木が尋ねると、薪はクスッと笑って、
「怒ったりしないさ。あの子が健康なら、それは喜ばしいことだ」
「薪さん」
 やっぱり薪はやさしい人だ。そして心が美しい。他人の為にする苦労を苦労と思わない。警察官である自分の責務と考える。やさしくて、潔い。青木の理想の警官像だ。

 それにしても、どうして薪がここに入ってきたことに気付かなかったのだろう。良くも悪くもパトカーは目立つ。ましてや青木は警察官。サイレンを鳴らさなくても気付いたはずだ。
 不思議に思った青木が尋ねると、薪は後ろを振り向きながらそれに答えた。
「彼に送ってもらったんだ。おまえよりも安全運転だったぞ」
 皮肉に笑った薪の後ろには、この捕り物に協力してくれた少年たちが勢揃いしていた。その一人が現場から薪をここまで送り届けてくれたらしい。経緯を説明すればこうだ。
 彼らは幾手にも別れて追跡を試みたが、一人は青木の後を追って本線道路を走ってきた。が、常識を超えた青木の疾走に完全に振り切られ、数分ほど遅れて到着したそうだ。青木が此処へ戻る途中にすれ違ったと言われたが、記憶にない。子供のことで頭がいっぱいだったのだ。
 彼は2つのカーブ越しに、逮捕劇を目撃していた。その旨を仲間たちにメールで伝えたところ、犯人にヤキを入れてやると、県警より先に全員が集まってしまった。

「バイクを犯罪に使うなんて許せない」と言う理由から協力を申し出てくれた彼らのこと、それは当然予想される展開で、犯人の少年は無事に済むとは思えなかったが、薪にはそこまで計算済みだった。か弱い女性からバックを引ったくるような人間に、薪は容赦しないのだ。
 しかし彼らは、薪の予想よりもずっと気のいい連中だった。
「バイクパーツを買うお金が欲しかった」と言う犯行動機を聞くと、「おれもバイト先の金くすねたくなったことあるなあ」と誰かが零し、「かーちゃんの財布から勝手に盗ったことある」と白状する声まで。
 バイク好きの者同士、気持ちは分かって、だけど。
「でも、そういう金で飾ったらバイクが泣く」
 長い間愛機と付き合ってみて、彼らはそういう気持ちになったのだと言う。だから今回のことは失敗してよかった、もしその金でバイクを飾ったらおまえはバイクを嫌いになってたかもしれない、と最終的に彼らは過ちを犯した少年を励ました。
 そんなわけで県警が到着した時、薪の周りはバイク小僧でいっぱいで、どの少年が犯人か分からなかったどころか、グループ犯行と勘違いした警察官が全員を連行しようとしてあわや乱闘になりかけたという笑えないオマケまで付いた。

「みんな、すごくいい子だったんですね」
 青木が感動して彼らを褒めると、彼らはきょとんと眼を丸くした後にげらげらと笑いだし、
「本当だ。この人、薪さんの言った通りちょっとズレてるよ」と思いっきりバカにされた。薪も一緒になって笑っていて、なんだか疎外感。
「君たちには悪いことをしたな。僕からも謝るから県警の勘違いは許してやってくれ。それと、楽しいツーリングの邪魔をして済まなかった」
「いや、いいっすよ。おれたちもけっこう楽しかったっす」
「飛ばすことばかり考えてたから。周りを見ながら走るの、新鮮だったよな」
「2番の道はオール田んぼでさ。赤とんぼがすごかった」
「5番は山が綺麗だった。紅葉まっかっか」
 2番とか5番とか、何のことだろうと青木が目を瞬かせていると、薪を後ろに乗せてきた少年が青木に名刺を見せてくれた。表には警視長薪剛の文字、そして裏には手描きの地図。

「あ。なるほど」
 その地図には犯人が逃走したと思われる道路上の枝道に番号が振ってあり、薪は彼らにその枝道を分担して探してくれるように頼んだのだ。赤いジャンパーを目印に、もしも犯人を見つけた時にはメールをくれるように書き添えて、だから薪は青木に真っ直ぐ進めと指示を出した。
 カンなどではない。しっかりと段取りをして捜査員を配置して、その上で犯人を追跡した。現場の指揮を執るとはこういうことなのだ、と青木はまた薪から学んだが、普通の人間は数回通っただけの道路の何処に何本の枝道があったかなんて覚えてないことに気付いた。やっぱり薪の真似は常人には無理だ。

「君たちのおかげで犯人を捕まえることができた。栃木県警から感謝状が出るだろう」
「え。いや、要らねえっす。おれたち警察苦手だし」
「あ、薪さんのことは好きですよ。今度一緒にツーリング行きましょうよ」
「その時はおれのバイクに乗ってください」
「何言ってんだ、薪さんはおれのバイクに乗るんだよ」
「おまえのは改造バイクだろ。薪さんは警官だからノーマルバイクにしか乗れないって」
「ううん。薪さんがオレとタンデムしてくれるんならノーマルエンジンに戻しても」
 いつの間にかアイドルになってる。まったく油断も隙もない。全員ナンバー控えて栃木県警の交通課に匿名で通報しておこう。

「それじゃあ君たちも気を付けてな。それから」
 別れの挨拶をして、薪は彼らに手を振った。警官らしく、最後に一言言い添える。
「ドライバーの多くは、君たちほどの場数は踏んでないしテクニックも持ってない。気遣って走ってやれ。それが本物のライダーだ」
 彼らは神妙にうなずき、揃って「はい」と返事をした。
 やけに素直に話を聞くと思ったら、青木たちの後を追ってきたバイクマンから仲間に話が伝わったらしい。要は、驚異的な青木のドライビングテクニックと薪の逮捕術が彼らの尊敬を勝ち得たのだ。

「さて、と」
 二人きりになると、薪は仕切り直しの声を発した。気のせいかトーンが低いような、いや、彼も大捕り物で疲れたのだろう。何だったらヤナに行く前にちょっと此処の温泉で汗を流していきましょうかと、開きかけた青木の唇が青ざめる。
 バキボキと指を鳴らす音がする。ぐるぐると肩を回す、その先には固く握られた拳。
 いや、あれだ、薪は慣れないツーリングで肩が凝ったのだ。グリップを握りっぱなしだったから指の関節も固まってしまったのだろう、きっとそうだ。
 薪がこちらを振り返った。亜麻色の瞳は尖ったナイフみたいに鋭い。

「此処じゃなんだから、建物の陰に行こうか。それかトイレの個室にでも」
 般若心経が聞こえる。発生源は青木の頭の中だ。逃げろ、と本能が叫ぶが、足が竦んで動けない。
「すすすすみませんでしたっ、謝りますから許してくださいっ!」
「何をそんなに怖がってるんだ。おかしなやつだな。首尾よく引ったくり犯を捕まえることができたのは、おまえの優れた運転技術のおかげだ。褒められこそすれ、怒られることなんか何もしてないだろう?」
 にっこりと笑って青木を称える、その笑顔の怖いこと。後ろに三日月形の赤い眼をして口が耳まで裂けてる怪物が見えるの、オレだけですか。
 薪の冷酷が我が身に振り掛かり、青木は確信する。あの少年もきっとこれを見たのだ。

「ドライブの途中だったなあ。犯人を追いかけて疲れただろう。ここからは僕が運転してやるよ」
 動けない青木の、ズボンのポケットに手を入れて薪は車のキィを取り出した。すたすたと駐車場の中を進み、リモコンでキィロックを外す。と、パカンと軽快な音を立ててトランクの蓋が上がった。
「乗れ」
 にこやかに乗車を勧められた青木はその場で靴を脱ぎ、トランクに入れてある洗車グッズを抱くようにして身を横たえた。スポーツタイプの車のトランクは狭くて、蓋を閉めたら肩に突き刺さりそうだと思ったけれど、言ったら肩の肉を削がれかねないとも思ったので黙っていた。

 できるだけ身体を縮こめて蓋が閉められるのを待ったが、それはなかなか訪れなかった。そおっと目を開けてみると、薪は車の後部にしゃがみ込んでいた。肩が、というか身体全体が震えている。
 青木の視線に気付いたのか、薪が顔を上げた。頬が赤くなっているのは、彼が笑いを堪えていた証拠。
「乗るか、普通」
「薪さんが乗れって言ったんじゃないですか。――あいたっ」
 抗議と同時に身体を起こすと、トランクの蓋に頭がぶつかった。薪がくくくと笑う。
「長生きしろ、バカ」
 侮蔑と共に差し出された薪の手を、青木は照れ笑いで受け取った。



*****

 カッコいい青木さん……世の中には頑張ったけどダメってこと、たくさんあるよねっ! それでもみんな一生懸命に生きていくんだよ! 人生って素晴らしいねっ! ←秘密連載再開でここまでテンション上げられるやつ。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ドライブ(3)

 毎度のことながら、薪さんのキャラ崩壊に目をつぶっていただいてありがとうございます。我ながら、「ないわー」と思いつつ書いているので、不快に思われたらご無理なさらないでくださいね。
 特に、ご新規さん! 今月号のメロディでハマりました、なんて方は読まないでくださいねっ。クールビューティな薪さんのイメージが台無しですからねっ。
 ご新規さんが読んで大丈夫な話は、……ごめん、咄嗟には思いつかない。(≒ないかもしれない)


 お話の続きですー。
 言い忘れてましたけど(またか)、この話の時期は2068年の秋ごろ。二人が一緒に暮らし始めて半年くらいです。
 秋の話だから、本当は秋に公開すればよかったんですけど、青木さんがあんまりカッコよかったから♪ がんばれ青木さん♪♪♪





ドライブ(3)





 薪の声を聞き流しながら走っていると、前方に軽トラックが見えた。農作業用の軽トラックで、荷台には何も積んでいないがとにかく遅い。田舎では軽トラックを乗用車に兼用している家も多いが、その殆どはシルバーマークを免罪符にした低速走行で、この時二人の前を塞いだ車も例に洩れなかった。
 山を抜けるための道路はそれほどの広さはなく、対向車が続くと追い越しができない。何台か続く間に、せっかく発見した犯人のバイクは見えなくなってしまった。このままでは逃げられてしまう。

 イライラした口調で薪が言った。
「あの車が邪魔だな。拡声器があれば呼びかけて止めるんだが」
 生憎とそんなものは持ち合わせていない。フルフェイスのヘルメットでは、いくらがなり立てても前方車の運転席に声が届くことはないだろう。マークから察せられるように、運転手は70歳以上の高齢者。パッシングでスピードアップを促しても、成果は期待できそうにない。

 もしも犯人を取り逃したら。あの女の子の命に係わるかもしれない。
 青木は腹を括った。薪には悪いが、少々の危険はやむを得ない。

「荷台をジャンプ台にして前に回り込みましょう。よく捕まっててください」
「じゃっ?! ばばばばバイクは空飛ばな、いやあああ!」
「喋ってると舌噛みますよー」
「やめてー! 下ろしてー!」
「行きますよー」
 そおれ、と掛け声を掛けて車体の前頭部を跳ね上げる。次の瞬間、前輪を叩きつけるように地面に押し付け、跳ね返る力を利用して再び前身を持ち上げ一気にアクセルスロットルを吹かす。すると全てのエネルギーが後輪に掛かり、爆発的な推進力を生む。
 スタントばりの跳躍で鉄の馬が跳ねる。トラックの荷台でワンクッション、3車体先のアスファルトに着地した。
「あはっ」
 思わず笑いが零れる。バイクに乗るのは久しぶりだが、やっぱり楽しい。

「薪さん、大丈夫ですか?」
 後ろが静かになったのに気付いて声を掛けた。飛ぶ寸前までギャーギャー喚いていたのに、さては虚脱したか。タンデムベルトを付けていてよかった。
「いま鈴木の顔が見えた……お父さんとお母さんの顔も」
「よかったですね」
 普段から薪が会いたがっている人ばかりだ。一瞬でも会えたならそれは幸せだろう。
「殺す気か! 下ろせっ、今すぐ僕を下ろせ!」
「あはは、このスピードで飛び降りたら本当に死んじゃいますよー」

 着地先で2,3度バウンドした後、車体はさらに加速した。長い下り坂の直線ラインに入る。下り坂に続く上り坂に、再び逃走バイクが現れた。ここぞとばかりに青木はスロットルを回し、逃走バイクとの距離は見る見る縮まった。
 下り坂で上乗せされるスピードを甘く見てはいけない。犯人のバイクも100キロは出ているはず、それに瞬く間に追いついた青木たちのバイクはおそらく200キロを超えている。
 風圧が物凄い。サーキットでは平均速度190キロ、最高速度320キロくらいが普通だから青木は慣れたものだが、薪は大丈夫だろうか。心配になったが、タンデムベルトのレバーグリップをしっかりと握っている彼の手を手探りで確認して安堵した。後ろから般若心経が聞こえるが、お経を唱えられるくらい落ち着いていると言うことで理解しておこう。

 やがてとうとう、青木は逃走バイクに追いついた。
「並走しました。薪さん、犯人に投降を呼びかけてください」
「助けてー!」
 セリフ違います。

 仕方なく青木は叫んだ。
「止まりなさい! 警察だ!」
 警察という言葉が薪の理性を取り戻したのか、薪は、「路肩に寄って」という青木の言葉に重ねるようにして自らも犯人に停車するよう呼びかけた。
「そうだ止まれ! 止まらないとおまえをとっ捕まえてこいつのバイクのケツに乗せるぞ!!」
 説得の仕方がヘンだ。やっぱりまだ取り乱しているらしい。
「ここはこの世で一番地獄に近い場所だぞ、いいのか!」
 どういう意味ですか。
「薪さん。彼を後ろに乗せるのはいいですけど、その前に捕まえないと」
「僕は此処から降りられればもうなんでもいい!!」
 だめだこりゃ。

「と言うわけで僕は降りる」
「はいはい、好きにしてください」
 この状態でバイクから飛び降りたら首の骨を折って即死ですと、パニックを起こした人間に説明しても無駄だ。放っておいても大丈夫だ。タンデムベルトが彼の命を守ってくれる。

 青木は犯人のスピードにピタリと合わせ、並走しながらじりじりとその距離を縮めた。幅寄せはバイクで相手を止めるときの鉄板だ。青木の膝が犯人の膝に触れそうになり、事故を恐れた犯人は徐々にスピードを落とし始めた。その矢先。
 薪の手が腰の辺りで何かしていると思ったら、タンデムベルトの金具が外れた。
 不意に後ろが軽くなる。重心がズレて、あやうく滑りそうになった。車体を立て直して隣を見ると、薪が犯人のバイクの後ろに乗っていた。飛び移ったのだ。

「なんて無茶するんですか!」
「おまえの運転より安全だ!」
 さすがにそれはないでしょう。

 犯人が観念するのを待つ青木のやり方では、時間が掛かり過ぎると踏んだのだろう。子供の発作はいつ起きるか分からない。そのときに薬がなかったら……それにしたって危険すぎる。まったく薪ときたら、これだから青木は心臓がいくつあっても足りない。

「こいつに首を抉られたくなかったら、スピードを落として路肩に止まるんだ」
 ヘルメットと赤いジャンパーの間から覗く犯人の急所に薪が突き付けたのは、ブルゾンのポケットに入っていたボールペンだった。先端が鋭く尖ったそれを、容赦なく首の肉に食い込ませる。
「よく考えろ。そのバックが命を張るほどの代物か?」
 問われれば、そんな訳はない。例え中にダイヤモンドがいっぱいに詰まっていたとしても、死んでしまっては何にもならない。しかし。
 薪にとってそれは、命を張るに値する価値があるのだ。

 程なく男は逃走を断念し、スピードを落とした。青木は彼を比較的路肩の広い場所に誘導し、そこに自分のバイクを停めた。すぐ後ろに男のバイクが停車する。ヘルメットを取ってみれば、どう見ても高校生くらいの若者だった。
 彼はすっかり観念しており、ていうか怯えてませんか? なんかバイクから降りて速攻オレの後ろに隠れちゃったんですけど。
 スピードを落として路肩にバイクを止めるまでの二分間、いったいどんな説教をしたのだろう。生意気盛りのこの年頃の子が歯の根が合わないほど震えるなんて、なんだか可哀想になってきた。

 青木は腰をかがめ、少年の目の高さに自分の顔を合わせて、やさしく言った。
「どうしてこんなことをしたの」
「すみません。バイクを飾るパーツが欲しくて、それで」
「君が遊ぶお金欲しさに奪ったバックには、子供の薬が入ってたんだよ。その子が発作を起こして、そのときにこの薬がなかったら死んじゃうかもしれない」
「それは……知りませんでした」
「軽い気持ちで犯した罪が悲惨な結果を生んでしまう。そんなこともあるんだよ。だからどんな小さな罪でも、犯罪は許されないんだ」
 叱りつける目つきと口調で年端もいかない少年を諭す。知らなかったなら仕方ない、送検されても未成年なら窃盗罪扱いになってしかも初犯らしいから執行猶予で放免、結果的には大した罪にならない、それではいけないのだ。
 ここでしっかりと犯罪の芽を摘んでおかなければ。彼の将来は本当に台無しになってしまう。
 どんな小さな罪でも犯したら大きなしっぺ返しが来る。それを教えなければ窃盗が強盗になり、終いには強盗殺人に行きつく。薪もそれを分かっているから、彼が震え上がる程に厳しく指導したのだ。

「ごめんなさい」
「もう二度とこんなことしちゃいけないよ」
「はい」と頷く少年の金髪に染めた頭を撫でてやると、微かに啜りあげる音がした。反省しているらしい。
 子供を導くのは大人の務め。警官である自分たちには普通の大人以上の良識と正義が必要なのだと、青木は改めて思った。思って、背筋を正す。
 薪は。
 薪は、そんな自分たちを導く立場にある。だから彼の背中はいつもしゃっきりと正されているのだと、青木はそのとき気付いた。

「青木。おまえはバックを持って早く戻れ」
 県警には連絡を入れたから、と薪は少年から取り返したバックを青木に手渡した。
「バックは証拠品ですから、薬だけ」
「それが、薬らしきものが見当たらないんだ」
 何処かに入ってはいるのだろうが、女性のバックはポケットが沢山あって、探すのに時間がかかる。急がないと子供の命が危ない。
 本来ならここで3人で県警が到着するのを待ち、彼を職員に引き渡して調書を取る。その際には証拠品としてこのバックも必要になるのだが、今は緊急時だ。薪がここに残って犯人を見張り、青木が子供に薬を届ける。それが最善の策だ。
「盗品調書はおまえが取れ。県警には話を通しておいた」
 青木が少年を説諭している間に、薪は県警に連絡を入れ、この場所を伝えると同時にバックを探り、すぐには薬が見つからないと判断するや盗品調書のみを自分たちで作成する許可を取った。実に素早い。

「分かりました」
 薪の迅速さを自分が無駄にしてはいけない。そう思った青木は、返答と同時にバイクに跨った。瞬間、青木を引き止める声が響く。
「そんな! 置いていかないでください!」
「あん? 僕と二人きりが不服か?」
「い、いいえ、そんなことはないです、うれしいです、だから命だけは助けてください」
 本当に、いったい何を言ったのだろう。言葉だけで人をここまで怯えさせることができる薪のドSっぷりに脱帽だ。
 薪と二人きりになったら殺されると思い込んでいる少年に、大丈夫だよ、と微笑みかけて青木はバイクを発進させた。後ろから「待って、見捨てないでー!」と叫ぶ少年の声が聞こえたが、すっぽりと頭部を包んだフルフェイスのヘルメットのおかげでその悲痛さは半分も伝わらなかった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ドライブ(2)

 月曜日は七夕でしたね~。みなさん、短冊にお願い事書きましたか?

 先週、家族3人で焼肉屋さんにご飯食べに行ったんですけど。
 七夕イベントでお店に笹が飾ってあって、子供がいるグループに短冊を渡してたんですよ。わたしには子供がいませんので短冊はもらえませんでしたが、隣の家族連れの若いママさんが、
「メンドクサー。願い事なんて特にないしー」
 すみません、じゃあその短冊、わたしに譲っていただけますか? わたしには痛切に叶えてほしい願い事があるんです、もう神様にでも頼るしかないんです、何ならあなたが書いてくれてもいいんですよ、なにを書くかってもちろん、
『薪さんがオレのプロポーズを受けてくれますように  BY青木』

 祈ってたら胸がいっぱいになって、焼肉3枚しか食べられなかったよ。




ドライブ(2)





「きゃあ!」
 その悲鳴が聞こえた時、薪は駐車場の真ん中に、青木はフードコーナーのごみ箱の前にいた。新しい車に食べ物の匂いを付けたくなかったから、フランクフルトの残りを急いで食べて串をごみ箱に捨てた、その時だった。青木の目の前で、女性のバックを引ったくって逃げるバイクの男を目撃したのだ。
「大丈夫ですか」
 衝撃で地面に倒れた女性を保護し、バイクのナンバーを確認する。犯人は若者向けの赤いジャンパーを着ていた。被害者は年の頃40歳前後の女性で、盗まれたのは蝦茶色のハンドバック。不幸中の幸いで被害者に怪我はなく、しかし彼女はヒステリックに叫んだ。
「お願い、返して!」
 バイクで走りながらの犯行で、女性の声は当然犯人には届かなかった。信号待ちの車の間を縫うようして公道に出ていくバイクの背に、その声は虚しく響いた。

「困ったわ。バックの中に子供の……ああ、どうしたらいいの。もし発作を起こした時にあれがなかったら」
「えっ」
 発作と聞いて青木は焦った。どうやら盗まれたバックには子供の薬が入っていたらしい。
 彼女の子供と思われる小学生くらいの女の子が、「ママ」と泣きながら駆けてきた。それを母親が「走っちゃダメ!」と叱りつける。激しい運動はできない、循環器系の病気であると察せられた。

「青木、どうした」
 薪がいつの間にか現場に来ていた。さっきまで駐車場の中ほどにいたのに、仕事熱心と言うか中毒と言うか、この人は事件の時には普段の数倍動きが速い。
「引ったくりか。すぐに県警に連絡して捜査網を」
「それが、あのお子さんは病気らしくて。バックの中に子供さんの薬が。発作が起きた時にそれが無いと大変なことになるって」
 青木が薪に事情を説明すると、薪は険しい顔つきになって、
「追うぞ」と号令を下した。
「追うって、バイクを車で追跡するのは難しいですよ」
 狭い路地でもすいすい入って行けるバイクに対して、車幅のある自動車は不利だ。今日のように天気の良い休日は、道路も混んでいるだろう。車の間を抜けていくバイクをパトランプなしの自動車で追い掛けるのは不可能に近い。

 薪はさっと駐車場を見渡し、その一角に陣取っている集団に眼を付けた。
 そこは改造バイクの臨時展示場になっていた。ライダーマンも普通じゃない。それだけに、マシンのスピードは期待できそうだ。
「青木、あのバイク行けるか」
「乗り物なら何でも」
 言うが早いか、薪は彼らの陣中にずかずかと踏み込んだ。度胸がいいと言うか無鉄砲と言うか、これだから青木は心配が絶えない。案の定、彼らは下品な声で薪を冷やかした。

「なに、彼女。おれたちとツーリングしたいの?」
「おれおれ、おれの後ろに乗って」
「何言ってんだ、彼女の目当てはおれに決まってるだろ」
 ……本当に心配が絶えないっ。

 慌てて後を追う青木の視線の先で、薪は冷静に尋ねた。
「誰のバイクが一番速い?」
「おれおれ」と一斉に身を乗り出してくる若者たちに、薪は警察手帳を突き付け、
「子供の命が懸かっています。ご協力を」
 その内容と薪の気迫に、彼らは押し黙った。何人かが青木に視線を送ってよこしたから、身体を横にしてあの親子が彼らに見えるようにしてやった。母親はまだ地面に腰を落としたまま、娘を抱きしめていた。

「速さでいったらニシオのバイクが一番だろ」
 誰かが言い、そうだな、と周りの人間が頷いた。そのマシンは素早く薪の前に用意され、青木がそれに跨った。黒と赤の色彩に彩られた700GS。ハーレーのように大柄ではないが、スピードでは決して引けを取らない。
 青木は彼らからヘルメットを受け取り、エンジンを掛けた。当たり前のように後ろに乗る薪を、青木は本当は止めたかった。バイクの追跡は危険だからだ。でもどうせ聞かないと思った。押し問答している間に逃げられてしまう。
「二人で行くならこれ」
 ありがたいことに、彼らはタンデムベルトを貸してくれた。タンデムベルトは命綱だ。転倒さえしなければ同乗者の安全は守られる。

 走り出そうとした青木に、若者の一人が尋ねた。
「ちょっと待てよ。犯人のバイクのナンバー、いくつだ?」
「どうして?」
「どっち行ったか分かんないんだろ。手分けして探してみるよ」
「バイクを盗みに使うなんてよ、おれたちもちょっと許せねえから」
 言葉は乱暴だけど、見かけによらず気の良い若者たちだった。青木は少しだけ感動し、でも彼らの申し出を受けるわけにはいかなかった。
「いや。一般人の君たちに危険な真似をさせるわけには」
「それは助かる。青木、車種とナンバーを彼らに」
 薪の命令なら仕方ない。青木は彼らに逃走バイクの種類とナンバー、目印として犯人が赤いジャンパーを着ていたことを話した。

「見つけたらここに連絡をくれ」
 青木が止める間もなく、薪は彼らの一人に携帯の番号入りの名刺を渡してしまった。警察官の名刺なんて、そう簡単に人に配るもんじゃない。手に入りにくいものだし、悪用される可能性だってある。警戒心が薄いんだから、と青木がまたもや胸を痛めた矢先。
「「「やったー、メアドゲットー!」」」
 ……全員、不正改造車違反で一斉検挙してやる。

 なんて暢気に妬いてる場合じゃなかった。
「123号線を西だ。急げ」
「はいっ」
 ドゥルンッ、と派手な音を立てて800ccのエンジンが唸りを上げた。障害物の多い駐車場をすいすい抜けていく青木の見事なハンドル捌きに、バイクを貸してくれた集団から感嘆の声が上がる。
「薪さん、すみません。もうちょっと下の方に掴まってもらえますか」
 走りながら、胃のあたりに回されていた薪の両手を下にずらし、タンデムベルトのグリップを握らせた。運転者の胴体に掴まるのは、不測の事態が起こったさい危険だからだ。腹部を圧迫されることで運転者の意識が遠のき、事故に繋がることもある。それを知らないとは、どうやら薪はバイクの二人乗りは初めてらしい。
 こんなときだけど、わくわくした。彼の初めてに立ち会えるのは何でも嬉しい。

 車道に出て、走り出したバイクは瞬く間に速度を上げる。走り屋の単車らしく、エンジンがいい具合に焼けている。レスポンスも良好だ。
 薪に言われたとおり西方面に走ると、道は程なく緩いカーブが連続する二車線道路になった。幾つか枝道がある。そこに入り込まれたら探しようがない。迷いから青木がスピードを落とすと、薪は「このまま進め」と指示を下した。
 道はどんどん山の中に入っていく。一般車両の台数が減ったのはいいが、カーブが強い。カーブがきつくなるとそれに比例してバランスを取るために傾けるバイクの角度も大きくなる。ぎゅ、と青木の腰にしがみつく薪の力が強くなった。バイクは原付免許しか持っていない薪は多分、こうして大型バイクに乗るのは初めて。二輪車と言えば自転車くらいしか乗ったことのない人間に、この重心の傾きは厳しいかもしれない。

 申し訳ない、と思うと同時に、なんだか誇らしかった。
 薪に頼られている気がした。実際、青木が運転するバイクの後ろに乗っているのだから命を預けてもらっているのと同じなのだが、それは車の助手席に座ってくれるのとは微妙に違う。
 薪が、自分からしがみついてくれる。しっかり摑まらなければ危険だからそれだけの理由だけど、身体が密着するせいか、彼に強く求められている気がした。ちょうどセックスのとき、彼が自分を夢中で抱きしめてくれるように。

「いたぞ」
 薪が見つけたバイクの後ろ姿は遥か先だった。道がカーブになっているおかげで何キロも先の道路が見える。山道の特徴だ。
「横道に入られなくてラッキーでしたね。さすが薪さん」
 青木が薪のカンを褒めると、薪は鼻先で青木を嘲笑った。実際はエンジン音とフルフェイスのヘルメットのおかげで何も聞こえなかったのだが、そんな気がしたのだ。

「3キロってとこですかね。よおし」
 青木はアクセルグリップを手前に回した。ブヴォン、とエンジンが唸り声をあげて車体が加速する。視野が2割ほど狭まった。
「規格以上のエンジンに載せ替えてますね。だからこんなにスピード出るんだ」
 アクセルスロットルをMAXまで引っ張ることなく、楽に6速までシフト。この馬力は普通じゃない。メーターは180キロを超えた。追い抜いた車がぐんぐん後方へ遠ざかって行く。700GSの限界スピードは192キロだったと思うが、このマシンにはまだまだ余裕がありそうだ。
「違法改造ですね。後で注意しないと」
 乗り物が大好きな青木は新しいおもちゃを見つけた子供のような口調で言ったが、薪はスピードに関しては普通人。121度の落下勾配を誇る日本一の急降下ジェットコースターを超える加速度に、しかも安全ベルトの一つも着けていない危険な状況に、完全にテンパっていた。

「ああああああおきさんっ」
「なんですか」と応える。知り合って8年になるが、彼にさん付けで呼ばれたのは初めてじゃないだろうか。
「もうちょっとスピード落とし、ひいっ!」
「落としたら逃げられちゃいますよ」
「でででででも今隣の車とのニアミスが、にゃああ!」
「大丈夫。5センチは空いてました」
「ごっ、五センチって言ったら小指よりみじか、きゃ―――!!」
 普段は無口な部類に入る彼が賑やかに青木に話しかける。きっとこのハイスピードが彼のテンションを上げているに違いない。なんだ、薪さんも結構スピードマニアなんじゃないかと現状に都合の良い誤解をする青木には、一欠片の悪気もない。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ドライブ(1)

 待ちに待った秘密の新連載♪
 注目株は青木さんです。だって今回の青木さん、ちょっとカッコよくないですか?

 と言うわけで、「かっこいい青木さんを目指してみたSS」を公開します。
 雑文なので、気楽にお楽しみいただけたら嬉しいです。




ドライブ(1)





 ドライブに行きましょう、と青木が言うから乗っかった。
「海がいいですか、山がいいですか」との質問に、山と答える。海水浴客が遠のいて本来の雄大さを取り戻した海原の風景も捨てがたかったが、秋と言えばやはり山だろうと思ったのともう一つ。塩分の多い海風が吹き上げる海岸通りは車の傷みが激しいと、彼が購読しているカー雑誌に書いてあったから。車好きの恋人が買ったばかりの新車を傷めるのは可哀想だと思った。
 のんびり起きた週末、出発は10時を回っていたが、定番のドライブコースには都心から2時間も車を飛ばせば到達する。車窓からの風景を楽しみ、山中のドライブインで地元名物の蕎麦でも食べて、帰りに滝を観るとか。今時期なら未だ、やなもある。透き通った渓流を眺めながら鮎の刺身に冷酒なんて、考えただけで涎が出そうだ。
「いいですね。刺身は現地に行かないと食べられませんものね」
「だろう? じゃ、やなで決まりな」

 ビルの林から抜け出して1時間。高速を下りた後は田舎道と山道を交互に走り続けて、目的地へは後1時間ほど。途中、道の駅に立ち寄ってトイレ休憩を挟んだ。天気が良かったからベンチに座って、まめな恋人が保温ポットに用意してきたコーヒーを飲みながら、長時間の乗車で凝り固まった体をほぐすことにした。
 休憩所と言っても広大な施設で、どういう建設計画が為されたものかサーキット場が併設されている。コースが二重の輪になっていることで有名なその場所は行楽施設の奥にあり、青木に連れられて何度か訪れ、殺されそうになった。つまり、
「久しぶりにレーシング体験したいな。来月あたりどうですか?」
「却下」
 時速三百キロでアスファルトの上を走るって、常識じゃ考えられない。経験した後は絶叫コースターがゆっくり感じられたくらいだ。振動がすごくって身体中痛くなるし、何よりも腰が抜けて立てなかったのを青木に休憩所まで運んでもらった屈辱、もう二度と体験コースへは行きたくない。
 にべもなく言い切ると、青木は少ししょげた顔になった。「楽しいのに」と洩らすのを聞かない振りで、保温ポットに入れてきたコーヒーを飲む。今はコンビニでさえ本格的なドリップコーヒーが飲める時代で、当然ここの売店でも販売しているが、何処の店の淹れたてよりもポットに入れて時間の経った青木のコーヒーの方が美味いから困る。友人に冗談で言われたことがあるが、本当に何か薬物的なものが入ってるんじゃなかろうか。

「一人で行ってこい。見ててやるから」
「本当に? こないだみたいに途中で飽きて、温泉に行っちゃわないですか?」
「ばれたか」
 この道の駅は本当に大きくて、建物内に温泉もある。青木がレーシング体験を楽しむ間、薪は大好きな温泉を楽しむ。お互いに好きなことができる一石二鳥の計画だが、青木は首を縦に振らない。
「薪さんと一緒にいることが一番大事なことですから」
 それはまったく合理的ではないと薪は思う。青木と薪の好みは真逆と言っていいくらい違う。薪が面白いと思う映画を観ると青木は怖くて夜道が歩けなくなるし、青木の目を輝かせる車のショーで薪が興味が持てるのはコンパニオンのスカートの長さだけだ。こんなに趣味が合わないのに、二人でいると楽しいから不思議だ。

「わかった。じゃ、次の休みはサーキットでその次は温泉な」
「はい」
 遊びに来てるのに、もう次の遊びの相談なんて。自分も太平楽になったものだ。
 思って薪は自嘲した。それに対する罪悪感すら彼の笑顔に溶かされてしまう。自分はどんどん下衆な人間になって行く。ロクな死に方はしないと思った。

「アイスクリーム買ってきますね」と青木は席を立ち、フードショップの列に並んだ。いらないと言ったけれど、たぶん薪の分も買ってくる。強引にひと舐めさせられて、後は2個とも青木が食べるのだ。最初からダブルを買えばいいのに、とにかく青木は何でも薪とお揃いにしたがる。子供だ。
 女性と親子連れの集団の中で、青木は当然のように悪目立ちする。いい大人がアイスクリームを買うのに夢中ってどうなんだ? 女子ならまだしも見上げるような大男だぞ。ちょっとオツム弱いのかなって思われて、しかもフレーバーの種類で真剣に悩んだりして、売り子のお姉さんに笑われてるじゃないか。

 戻ってきた青木の手には、バニラとチョコミントのアイスが握られていた。
「薪さんの好きなコーヒーアイスなかったんですけど。これ、食べられます?」
 なんだ、僕の好みで悩んでたのか。てか要らないって言ったのに。
 黙って受け取ってひと口食べた。歯磨き粉みたいな味がした。はっきり言って不味かった。もう一口だけ食べてから青木に返すと、「もういいんですか」とこちらの顔色を窺いながらも旨そうに食べた。彼とは食べ物の好みも合わない。
「ええと後は、フランクフルトと牛串、どっちにしようかな」
「あと1時間くらいで着くだろ。今そんなに食ったら何も食べられなくなる」
「やなって魚とうどんそばくらいしか置いてないじゃないですか」
 魚と蕎麦があったらそれで十分だろうが。
「ちょっと物足りないです」
 肉類を食べないと食事をした気にならないっておまえはアメリカ人か。

 こんなに何もかも違うのに、よく一緒に暮らせるものだ。お互いに。
 同じ家に住んでいるのはもちろん彼が好きだから。ではどうして彼を好きになったのかと自分に問えば、途端に薪の思考は滞る。ぜんぜん好みじゃない、ていうか、薪は男に恋をする趣味はない。
 最初は鈴木に似てるからとの理由を疑う気持ちもなかったけれど、付き合いが深くなるにつれて二人の性格がまるで似ていないことが判明した。おかしなもので、そうしたら瓜二つだと思っていた二人の相違点ばかりが目について。今では、黒髪と長身以外彼らの間に共通点はないと言う結論に達している。
 じゃあどうして彼を好きになったんだろうと改めて問えば、……カンチガイ? いやいや、いくらなんでもそれは。
 青木は薪に真似できない多くの美点を持っている。でも、それらを見つけたのは彼を好きになる前よりも好きになってからの方が断然多い。その事実から、薪が彼に恋をした理由は彼の美徳でもなかったことになる。薪とは12歳も離れている彼は年下の愛らしさと言う武器を使ってくることもしばしばだが、それだって彼に恋をする前はガキっぽいとしか思えなかった。
 結局、人を好きになるのに理由なんかない。いつだってそうだ。好きと言う感情の方が先で、理由は後から着いてくる。

「食べますか?」
 無意識のうちに彼の顔を見つめてしまっていたのだろう、彼が食べかけのフランクフルトを薪の方に差し出した。青木の勘違いは薪にとっては好都合。だって、どうして自分はこんなに青木のことが好きなんだろうなんて考えてたことが知れたら薪は青木の記憶が飛ぶまで彼の頭を殴らなきゃいけなくなる。青木の頭は割と固くて手が痛くなるからできればやりたくない。
 うん、と頷いてぱくりと噛り付く。ウィンナソーセージの類は脂っこいからあまり好きではないが、こういう所で食べると意外と旨い。塩味が効いてて、ビールが欲しくなる。

 さっきから人前で、ベンチに並んで腰かけてアイスやら何やらを食べさせ合ったりして、周りの人間がどんなふうに自分たちを見るかとか陰で何を言われてるんだろうとか、薪は最近、そういうことに無頓着になった。
 それは、自分たちの関係は恥ずべきことではない、という自己正当性の確信に基づくものではなく。厭らしいと思うのは受け取る側の問題だ、などという自己責任の否認によるものでもなかった。要するに。
 なんかもうメンドクサイ。
 薪がいくら公衆衛生の概念を説いても青木は堂々と薪の隣を歩くし、あからさまに薪を見つめることをやめない。何度も繰り返されて、一人でピリピリしているのが馬鹿らしくなってしまった。人前でキスしたりするわけじゃなし、仲の良い友人なら一本のフランクフルトを分け合って食べてもおかしくないだろう。

「……悪い。食べ過ぎた」
 青木が強張った顔になっていたことに気付いて、薪はフランクフルトを返そうとした。旨かったから半分くらい食べてしまった。
「あ、いえ。違います」
 さすがに食べ物で怒るほど青木も子供ではないだろうと思っていたが、やはり別の理由だったらしい。なんだ? と薪が首を傾げると、青木はへらっと笑って、
「薪さんが咥えてるの見たら昨夜のこと思い出しちゃって。ここで反応しちゃ拙いんで先日のホラー映画を頭の中で再生しようと、うぎゃっ!!」
 フランクフルトの先端から突き出た串の尖った部分を青木の太腿に突き立てた。彼の泣き声を背中で聞いて薪は駐車場に向かう。
 本当に、理由が分からないってのは困る。好きになった理由が明確じゃないからそれに対する反論も浮かばない。だからこんなバカなことを言われても彼を嫌いになれない。

「……メンドクサ」
 びっこを引きながら後ろを着いてくる大男に、薪は大きなため息を吐いた。



*****

 かっこいい青木さんSS……これからこれから☆

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

祝! 秘密連載開始!!

 こんにちは!
 前記事に、たくさんの拍手をありがとうございます。過去SSにもいっぱい、ありがとうございました。
 お約束の三日を過ぎましたので、期間限定記事は下げさせていただきました。限定にしないで、とのご意見はありがたいのですが、ごめんなさい、勘弁してください(^^;
 コメントのお返事は、こちらの記事のコメント欄にお返しします。ご了承ください。


 さて。
 メロディ8月号から秘密の新連載が始まりまして♪
 薪さん再登場とあって、ネットやツイッターの秘密熱もうなぎ上り。嬉しい限りです(^^
 お祝いにわたしも、ちょこっとだけ感想を。←遅い。

 がっつりネタバレしてるので、未読の方はご遠慮ください。
 とっても局地的で偏った感想なのと、
 読む前に先入観を持ってしまうと、せっかくのご自分の感想が濁ってしまうから。勿体ないと思う。

 それと、わたし、レビューの文章は苦手なので~~、
 いつものように分裂脳の会話形式でお送りします。
 黒 第一の脳  青 第二の脳  ピンク 第三の脳 です。
 分かり難くてすみません。
 よろしかったら追記からどうぞ。



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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