青木警視の殺人(4)

 午前中、雨に降られて現場から帰ってきました~。
 
 先日の記事に「取り残され感がハンパない」とかネガティブなこと書いちゃってごめんなさい(^^;) お気遣いのコメントありがとうございました。
 更新ゆっくりでも待っててくれる方がいる、本当にありがたいこと、うれしいことです。わたしは幸せなブロガーです(〃▽〃) 
 更新、がんばりますねっ。

 幸いなことに、今年の下請さんは大当たりで、安心して仕事を任せられる分、去年よりストレスが少なくて済んでます。この道40年というベテラン職長が指揮を執ってくれてるので、とても心強いです。
 実は、今年の現場は車がバンバン走ってる県道を作り直す工事なので、すごく大変なんです。安全管理と交通渋滞緩和対策だけでも頭イタイのに設計屋がトンチキで工期開始から4ヶ月経った今でも横断図が上がってこないと言う……設計図無しにどうやって工事をしろと?
 下請さんに相談したら、
「キャンバーの位置だけ役所にOKもらえれば、後はこちらで現場合わせで施工します」
 ……かあっこいいっ!
 もう設計施工の状態ですよ! 右勾配と左勾配がキャンバー(道路の中央が高く、左右が低くなっている形状のことです)を境に逆転する難しい捻じれ道路なのに、それを施工班で測り出しから全部やるって言うんだもの、大したものよ! 監督員さん、評価点上げてよねっ!

 下請さんがしっかりしてると代理人の苦労は格段に違いますのでね。その分、ブログに向ける気持ちの余裕も生まれてきます。更新できるのも優秀な下請さんのおかげ。
 今日の午後はあったかいコーヒーを差し入れてあげようっと。




青木警視の殺人(4)





 水曜日の第九は、ちょっとしたパニックに襲われた。

 朝礼で、副室長の岡部から紹介された彼女の姿に職員たちは息を飲み、次いで互いに顔を見合わせた。青木に個人監査が入ることは告知があったが、監査官が女性だとは思いもしなかった。しかも、この顔は。
「薪さんが二人」
「よく見ろ。スカート穿いてるぞ」
「薪さんだって穿くだろ、っとお!」
 曽我の右耳を切り落とさんばかりのスピードで疾走したプラスチック製のバインダーを、後方にいた今井がパシリと受け止める。黙って隣の宇野に差し出すと宇野はそれをに青木に手渡し、青木はまたそれを岡部に送り、最終的にバインダーは岡部から持ち主の手に戻った。

 その様子を見て、美しき監査官は口元を押さえる。奥歯で笑いを噛み殺し、丁寧にお辞儀をした。
「北川舞と申します。本日からひと月に渡り、青木警視の監査を担当させていただきます。お忙しい中を恐れ入りますが、課内聴取にご協力をお願いします」
 やわらかな物腰の挨拶に職員たちは好感を持った。例え自分がその対象でなくとも、監査官を前にすれば誰もが緊張する。それを上手に解され、みながホッと肩を開く中、小池と曽我のコンビが、
「やっぱり女の人だなあ。同じ顔で同じこと言っても、薪さんの場合は、なあ」
「ああ。しかもあの人の場合、丁寧になればなるほど脅されてる気が、すわっ!」
 再びバインダーが飛ぶ。学習しない連中だ。

 繰り返される騒動に、北川はクスッと笑いを漏らした。手持ちのファイルで顔を隠すまでの数秒、職員たちの眼に映った彼女はすこぶる美人であった。薪の笑いから皮肉を取ったらこんなに愛らしくなるのか。それは意外な発見であるとともに、普段から薪がどれだけ損をしているのかを彼らに慮らせる。薪がこんな風に笑う人間だったら、氷の室長なんて渾名を付けられずに済んだだろう。
「聞いての通りだ。青木の監査期間は一ヶ月を予定しているが、皆の協力によってスムーズに監査が進めば短縮が望める。仕事の効率を図るためにもできるだけ監査を優先させて欲しい。僕からは以上だ」
 再度岡部に渡されたバインダーを開いて室長の言葉を述べる薪は、完璧なポーカーフェイス。魅惑的な口元に笑いを残した隣の女性とのギャップに眩暈がしそうだ。顔の造りが一緒でも、表情と雰囲気でこんなにも差が出るものか。笑顔って本当に大事だ。

 朝礼が終わり、北川は早速最初の聴取に入るため、室長の薪と一緒にモニタールームを出て行こうとした。そこに、男の控えめな声が掛かる。
「あの」
 彼女を引き留めたのは宇野であった。彼は、お気に入りのネクタイのバラの色に負けないくらい頬を紅潮させ、眼鏡の奥の瞳を少年のように輝かせていた。
「何かあったら遠慮なく言ってください。俺で役に立てることなら何でもしますから」
「ありがとう」
 にっこりと微笑まれて、ますます宇野の顔が赤くなる。バラ色を通り越してユデダコ状態だ。そのままぼうっと彼女を見送る宇野の異変に、気付いた曽我が首を傾げる。
「なんだ、宇野のやつ」
 隣で小池と今井がニヤニヤと笑っている。曽我と違ってこの二人はカンが良い。

「宇野はもともと薪さんタイプが好みなんだよ。女装した薪さんクラスじゃないと食指が動かないって言ってたくらいだから」
「薪さんと同じ顔で女性だからな。一発で参っちゃったんだろうな」
「これだから、女に免疫ないやつは」
「おまえだってないだろ」
「ヒドイですよ、今井さん。彼女持ちがそれ言ったらシャレにならないです」
「そうか。すまん」
「謝らないでくださいよ。よけい惨めになるじゃないですか」
「どうしろって言うんだよ?」
「「交通課の彼女に頼んで合コン設定お願いします!」」
 合コンと聞けば飛んでくるはずの宇野は、今回ばかりは見向きもしなかった。頭数が足りなくては合コンは開けないと今井に渋られ必死で周りを見回せば、見るからに座を白けさせそうな既婚者の山本と、見た目はいいけど女の子が同席する飲み会には絶対に顔を出さない室長命の青木。岡部は論外だ。岡部の顔を見たら女の子がみんな逃げてしまう。諦めるしかなさそうだった。

 美人監査官の来訪に浮足立つ第九で、当の青木は黙々と仕事に取り掛かる。見れば、いくらか元気がないようだ。朝っぱらから小さくため息など吐いて、ほんの少しだが眼も充血している。監査に対する緊張で、昨夜はよく眠れなかったのかもしれない。
「おまえもツイてないよなあ、青木」
「ええ、まあ」
 気配り上手な後輩は、小池の声に一瞬で憂鬱を消し去り、いつもの素直で明るい笑みを浮かべた。その笑顔に癒される。だからかな、と小池は思う。
 今回の監査が青木の警視正昇任に係るものであろうことは察しが付いている。青木は小池たちと同じ警視で、でも後輩だ。先輩より先に昇進話が来たら、普通はやっかまれてハブにされる。特に岡部と今井は複雑だろう。次の室長は二人のどちらかだと、皆が思っていたのだから。
 ただ、こんなことは警察では珍しくない。むしろ一般的だ。第九は完全な実力主義を採っているから目立ってしまうが、現場に出たこともないキャリアがどんどん出世して、仕事ができるノンキャリアが安い給料で膨大な量の仕事をこなす。そんな現実がまかり通っているのだ。
 皆はそんな理不尽を知っているし、室長の薪は絶対に公私混同はしない。それを承知していても出世競争における男の嫉妬は凄まじいものがある。が、そこはやはり青木の人柄だ。誰も彼を妬ましく思う者がいない。皮肉屋の小池ですら青木をリラックスさせ、彼が監査にベストの状態で臨めるようにと声を掛けたのだ。

「監査ってイヤですよね。緊張しちゃいます」
「そうじゃなくてさ、やりにくいだろ。薪さんそっくりの監査官なんて」
 青木が薪に首ったけなのは第九公認の事実。その薪と同じ顔をした監査官の前で、平常心を保てるだろうか。大切な監査なのに――小池は青木の憂鬱をそんな風に察したが、当の青木は不思議そうに眼を瞬いて、
「薪さんと北川さん、似てますか?」
「似てますかって……おまえ、眼鏡の度、合ってないだろ」
 そんなことないですよ、と返す後輩に小池はややムキになって、
「何処から見ても瓜二つだろ。双子と言ってもいいくらい」
「言われてみれば髪型と背格好は少し。でも、他は全然ちがいますよ。薪さんの髪は絹糸みたいだし、薪さんの方が眼は大きいし睫毛は長いし、鼻はかわいいし頬は瑞々しいし、くちびるは朝露に濡れたバラの花びらみたいで」
 しまった。青木に室長の話を振ったら延々聞かされる。髪の毛から始まって足の爪の甘皮まで語り倒される。
 ボディガードとして薪の家に住むようになってから、もとい、薪との仲が皆に露見してから、青木はあからさまに薪を称えるようになった。関係を秘密にしていた頃、薪がどんなに素晴らしいか口にできなかったストレスの反動らしい。そんな色ボケ男の戯言を聞いているほど小池も暇ではない。早々に逃げ出して、コンビを組んでいる曽我の元へ戻った。

「おれにはあいつの見えてる世界が分からん」
 ぼやく小池に曽我は人懐こく笑って、
「きっと、青木の目には薪さんが神さまみたいに映ってるんだよ」
「だよなあ。そうでもなけりゃ、あの人と一緒になんて住めないよなあ」
 納得して小池は、先刻の青木のため息は、監査官の手前、必要以上に薪に近付けなくなるこれからの1ヶ月を憂いてのことかもしれないと、少々乙女チックなことを考えた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

青木警視の殺人(3)

 あら、今度は10日……この季節は本当に時間の流れが早いわー。
 他のブログさんからもすっかり足が遠のいてしまって、取り残され感が半端ないんですけど、来年の6月になったら戻ってきますので、またかまってやってください。(長すぎ。そしておそらく10月にはまた現場に出る)

 歯痛は、神経抜きました。生まれて初めて。痛かったー。
 神経の使い過ぎで歯が痛くなったのかと思ってたら、固いものの食べ過ぎで歯にひびが入って神経に触っていたらしく……結局、ただの食いしん坊だったという(^^;
 ご心配かけました。今は何でも美味しく食べてます。たがね揚げ、旨~。(←懲りない)

 さて、続きです。



青木警視の殺人(3)



「……くん、薪くん」
 はっと我に返り、目を通していたはずの書類の内容がまるで頭に入っていないことに愕然とする。昨日の疲れが残っていたらしい。プライベートの疲労を公務に引きずるなんて最低だ。たるんでるぞ、と薪は自分を戒めた。

 ちょうどそこへ、小野田の秘書が3人分のコーヒーを運んできた。いつもなら遠慮するところだが、今朝は二人で寝過してしまって、青木のコーヒーを飲んでない。ありがたく頂くことにした。
「大丈夫かい? 疲れてるみたいだけど」
「はい、大丈夫です」
「昨夜、お楽しみだったの?」
「はい、だっ、ごぉっほ、ごほっ!」
 むせたはずみにコーヒーをこぼしてしまった。3人の位置関係はいつも通り、薪の左隣が中園、向かいが小野田。ローテーブルの向こうにいた官房長は浸水を免れたが、隣の首席参事官の被害状況は甚大だった。
「このスーツ、高かったのに」
 自業自得ですとも言えず、狙いましたとはもっと言えず。上司のセクハラ発言に対する反感を口中のコーヒーと一緒に飲み込んで、薪は「すみません」と頭を下げた。

「謝らなくていいよ。そんなことを聞く中園が悪いんだ」
 瞳の色と同じ薄灰色のスーツのシミをハンカチで叩きながら、中園は、上役の言葉に眼を細くして、
「仕事に集中してない薪くんが悪い」
 はい、仰せの通りです。ごめんなさい。
「どうせ寝ないで別れを惜しんでたんだろ。『明日からは同じ部屋で寝られないんですから』なんて青木くんにねだられてさ」
 さすが官房室の諸葛亮。見透かされてる。
「そうなの? 薪くん、昨夜は徹夜?」
「いいえ。10時には寝ましたけど」
 嘘は言ってない。眠った、もとい記憶が飛んだのはそのくらいの時間だ。ベッドに入ったのが夕方の4時頃だったから、5時間くらいぶっ続けで抱き合ってた計算になるが、それは言わぬが花というもの。

「聞いただろう、中園。薪くんはおまえとは違うんだよ」
「どうして信じるかなあ。一緒に住み始めてまだ4ヶ月、それで1ヶ月間の別居生活だぞ。前夜に寝てる余裕なんかあるわけないだろ」
「薪くんはぼくに嘘を吐いたりしないよ」
「あのね、そうやっておまえが甘やかすから」
「おまえはあからさま過ぎなんだよ。いくら直属の部下だからって、薪くんにもプライバシーってものが」
「ある程度の干渉は必要だろ。プライバシーの尊重と言えば聞こえはいいけど、知らないで済ますのは無責任だ」
 子供の躾について話し合ってる夫婦みたいな会話になってきた。しかしその題目を考えると、この場を逃げ出したくなってくる。何故ならこの先の展開は予想がついて、つまり、
「大丈夫なんだよ。薪くんの下半身はとっても残念なんだから」
 そうくると思いました。
「ああ、思い出した。20年前の監査報告。可哀想で涙が出たよ」
 すみません、二人して僕の古傷抉らないでもらえますか。
「でもさ、青木くんは若いわけだから」
「? 青木くん一人じゃできないだろ?」
「それがそうでもないんだな。おまえは知らないだろうけど、女性の場合と違って」
 ちょっと中園さん。小野田さんに無駄な知識を吹き込まないでください。
「え、そういうものなの? それってどうなの、その、受ける側としては」
「僕もそこまでは。受けたことがある人間じゃないと」
「「薪くん。実際どうなの?」」
 ごめんなさい、何でもしますからもう許してください。

 話が進むほどに頭を垂れて、とうとうソファの陰にうずくまってしまった薪に、中園のシニカルな声が掛かる。
「反省したみたいだから、これくらいにしておいてあげる」
 はい、と目の前に下ろされた書類を受け取って、薪は眼を瞠った。書類に記載された名前を見て、思わず声を上げる。
「女性の監査官ですか」
「そ。僕もちょっと驚いた」
 第九業務に割り当てられている月曜の朝に薪がここを訪れたのは、青木の担当監査官について知識を得るためだった。選別の理由に疑問は残るが、どうせ受けるなら合格した方が良いに決まっている。そのためには事前に対応策を練ることが必要だ。
 もちろんこれは非公式な書類で、薪が中園に頼んだのだ。それなのに薪がぼーっとしているから、カンに障って先刻のようなセクハラトークになったのだろう。

 女性の監査官は珍しくはないが、その受け持ちは殆どが女性職員だ。監査官と監査対象者は、聞き取り調査のため密室に二人きりになることが多い。その手のトラブルを防ぐためにも監査の厳正化のためにも、異性の組み合わせはしないのが普通だ。いくら長官直々の監査命令でも、その慣習まで無視するとは意外だ。
「あるいはそれが狙いかも」
「トラブルを起こそうとしている、ということですか? 長官に恨まれる憶えでも?」
「いや。長官は元々こちらの味方だ。次長派は警視総監派と繋がってるからね。とはいえ、あの人もタヌキだからねえ」
 今日の味方が明日は敵。朝にこやかに挨拶を交わした彼が、夜になれば敵と酒を酌み交わす。警察機構では、真の味方を作ることは上に行くほど難しい。

 うすら寒い人間関係に辟易しながら、薪は改めて書類を見直した。
 北川舞、32歳。キャリア組の警視正。人事部監査課所属。昨年までは警察庁警備部に在籍。春の人事で監査室に異動、主任監査官を拝命。女性ながらかなりの出世コースだ。
 舞という名に、薪は親しみを覚える。青木の姪と同じ名前だ。きっといい娘だ。
「年は若いし、監査官としてのキャリアも浅い。心配することはなさそうですけど」
「相変わらず危機管理が甘いな、薪くんは」
「別に女性だから点を甘くつけてもらえるとは思ってませんよ。ただ、青木とは同期生だし、監査期間中に大きなミスさえなければ」
「これでも?」
 写真を見せられて息を飲む。そこには薪そっくりの女性が、婦人警官の制服を着て写っていた。

「驚いた。鏡を見てるみたいです」
 薪よりもややふっくらとした頬だとかカーブの緩い眉だとか、微細な相違点はあるものの瓜二つと言って差し支えない。それでいて一目で女性と分かるのは、丸い肩や胸のふくらみのせいではなく、彼女が醸し出す雰囲気だ。薪が女装しても、この柔らかさは出ない。
「察庁に、こんなに僕に似てる女性がいたなんて。ちっとも知りませんでした」
「呑気だなあ、きみは。そんな顔がゴロゴロしてるわけないだろ」
 写真の顔をピンと指ではじき、中園は声を落とした。
「整形だよ。病院に、君の写真を持っていったんだと思うよ」
 え、と見上げた中園の顔は嵐の気配を感じ取る旅人の表情。薪もおかしいと思った。理想の芸能人の写真を持って美容整形を訪れる女性はいるかもしれないが、男性の写真を持って行くなんて。その医者も、よく引き受けたものだ。
「彼女はどうしてそんなことを?」
 さあ、と中園は肩を竦めた。
「前にも言ったように、岡部くんや今井くんじゃなくて青木くんに昇進話が来ること自体が不自然だ。君が上げてくる人事考課表では、先の二人の方がずっと高評価だからね。どうも裏がありそうなんだけど、人事部の決定には口を出せない。非公式とは言え、長官が絡んでいるとなれば尚更だ」
 その状況下で敵対派閥の人事部からこれだけの情報を得るのに、中園はかなり苦労したはずだ。それなのにぼうっとしたりして、本当に申し訳ないことをした。

「大丈夫です。公務上は何の問題もないはずです」
 青木は真面目を絵に描いたような男だ。勤務態度は非の打ちどころがない。実績もある、人望もある。不安があるとすればプライベートだが、そのために別居するのだ。心配はいらないと思えた。
 薪が自信たっぷりに言い切ると、小野田が向かいでわざとらしく溜め息を吐いた。視線を巡らせれば、薪には滅多に見せない不機嫌丸出しの顔。
「青木くんなら警視正なんか楽勝だって言いたいの?」
「僕はそう思ってます」
 小野田は青木のことになると途端に点が辛くなる。この時も彼は、やれやれと言った態でソファに寄り掛かり、
「きみは監査官には向かないね。評点が甘すぎる」と薪の意見にダメ出しをくれた。
「おまえが厳しすぎるんじゃないの。僕はとっくに青木くんを警視正にするべきだと思ってたよ。何度も進言しただろう」
「中園さん」
 人事考課が厳しいことで有名な首席参事官が青木を買ってくれたことがうれしく、薪は頬を緩めた。だが小野田は、温かみのある灰色の瞳を今回ばかりは険しく細めて、
「じゃあ聞くけど。青木くんに第九の室長が務まると思う?」

 どきっとした。
 あの青木に、あんな仕事を?

「第九だけじゃない。警視正になればどの部署へ行っても室長か課長だ。今みたいに正しいだけじゃいられなくなる。それに彼が耐えられるかどうか、薪くんなら想像がつくんじゃないの」
 その言葉で薪は知る。小野田の青木に対する不信は彼の能力不足に起因するものではなく、青木という人間の性質そのものであったこと。
 どこの部署でも課長職は汚れ役だ。表沙汰にできないことが起これば、それを無かったことにするのが仕事だ。薪もそうしてきた。公にできない事件の、たくさんの秘密を飲み込んできた。あの純朴な青木に、それができるだろうか。
 上に立つ者は清白ではいられない。階級が上がれば、誰もが警察機構の闇に少しずつ侵されていく。警察ではそれが出世するということなのだ。
「慣れてもらうしかないだろ。駄目なら駄目で、さっさと切るべきだ」
 やっぱり中園は怖い。自分を含めた全警察官を歯車と言い切るだけあって、情を挟む余地がない。それに引き替え、青木の性格を考慮して昇進を留めようとした小野田はやさしい。――でも。

「中園さんの言う通りだと思います。やらせてみて駄目なら、それは仕方がないです」
 言いきった薪を、意外そうに二人の上司が見つめる。それでいいのかい、と二人の眼が訊いてくる。
「いつかはぶつかる壁だと思っていました」
 一生を捧げる職場に第九を選んだ、青木の選択はいずれ彼の前に立ち塞がる大きな障壁となることを、薪はずっと以前から予感していた。青木が第九に転属になったその日から、彼はこの仕事にそぐわないと感じていた。

「青木くんが警察を辞めちゃってもいいの?」
 現実を知った青木が第九を、警察機構そのものから離れたいと望んだら。自分がどうするか、薪の中で答えは出ていた。
「かまいません。もし彼が警察を辞めても、僕との関係が変わるわけじゃありませんから」
「いや、そこも切ろうよ」
「いいんじゃない。マスコミにスクープされたとき、相手が自分の部下よりも一般市民の方が、こちらとしては都合がいい」
「そういう問題じゃないだろ。中園、おまえは目先のことに捕らわれ過ぎだよ」
「おまえは薪くん可愛さに囚われ過ぎだよね」
 再び父母の会話に戻る二人から意識を離して、薪は中園が調べてくれた監査官の情報を頭に叩き込んだ。整形前の顔写真が欲しいところだが、残念ながらそれはなかった。宇野に頼んで人事部の過去データを探ってもらおうかと考えたが、彼を巻き込むのは止めた方が良いと判断した。長官が関与しているのだ。万が一にも発覚したら、始末書では済まなくなる。

「貴重な情報をありがとうございました。それと、MRI法案でご指南いただいた箇所は修正して今日中にお持ちします」
「今日は第九の日だろ。メールでいいよ」
 中園の気遣いにニコリと微笑み、薪は官房室を後にした。彼がいなくなった部屋で、上官二人はふうむと腕を組む。
「あー、メンドクサイことになった。おまえが長官に余計なことを頼むから」
「頼んだわけじゃないよ。酒の席でちょっと零したら、村山さんが彼らに指令を出しちゃったんだ。止める暇なんかなかったよ」
「付け込まれる隙を与えるなって言っただろ。長官は官房室に恩を売りたいんだよ」
 次長派が衰退した今、長官の権力を警視総監から守ってくれるのは官房長の小野田だ。間違っても牙をむくような真似はしないはず。だから青木の特別監査についても心配はしていなかった。が、彼らが動くとなると少し面倒だ。必要以上に大事になる可能性がある。
「整形とは彼ららしいやり方だが。なにを考えてるんだろうねえ、長官殿は」
「依頼したのは長官だろうけど、具体的な指示を与えるわけじゃないからね。長官にも細かいことは分かってないんだろう」
 無責任だなあと愚痴る中園に、小野田が憂鬱な顔で相槌を打つ。命令を下した本人は今日から査察でフランスだ。2週間の査察業務の後、1週間の夏季休暇を同地で過ごす予定だとか。羨ましいご身分だ。

「ところで、青木くんが警視正になったらどうする気? 青木くんを室長にする?」
「そんなことはぼくが認めない」
「だってさ、警視の岡部くんの下で警視正の青木くんを働かせるわけにいかないだろ」
「ぼくの眼が黒いうちは岡部くんより青木くんが上に行くようなことはないって言ってるんだよ」
 青木が監査に通ったとしても推薦状に判を押す気はない。小野田はそのつもりでいるらしいが、そこには懸念がひとつ。
「大丈夫なのか。長官の親切を無視するような真似をして」
「それこそ頼んでないよ」
 吐き捨てる口調で返されて、中園は口を噤んだ。言っても無駄だ。
 小野田の意向に副って、なおかつ長官の面子を潰さないで済む方法を考えながら、中園は、薪が置いて行った資料をシュレッダーに掛けた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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