モンスター(12)

 こんにちは。
 
 先日の薪さん生誕祭、盛り上がってましたね!
 久しぶりにブログさん巡りして、みなさんの薪さんを堪能させていただきました♪ 楽しかった、本当に楽しかった!
 やっぱり薪さんはわたしの生きる糧です。早起きして時間作ろう。(ブログのために早起きとか、なんてダメ嫁)

 え、おまえは何もしないのかって?
 Nさんのとこで公開されてた感涙ものの「白百合と薪さん」のイラストから、コラボが生まれそうですね、てTさんがおっしゃってくださったんですけど、わたしの頭の中にはすでに、
 百合の花背負った薪さんに警視総監がドン引くギャグ絵しかない(・∀・) それでよければ書きますけどw
 ギャグに縛られるやつですみません。お二方はじめ、イラストの美しさに感動したすべての人にお詫び申し上げます。



 さて、お話の続きです。
 てか、前回の章ヒドイよね(^^;) あの先、読んでくれる人いるのかしら……。





モンスター(12)






 翌日の第九は喧騒に満たされていた。
 研究室に残された薪の私物や、届けられた手紙から犯人の手掛かりを探すため、幾人もの鑑識や捜査員が立ち入り調査にやって来たのだ。

 当然、MRIによる捜査は差し止めとなった。視覚者のプライバシー保護のため、部外者がいるときは捜査ができない。代わりに職員たちに割り振られたのは、過去の捜査資料の検分であった。
 モンスターと名乗る人物は、これまでに第九で扱った事件の関係者である可能性が高い。しかし捜査資料は、第九職員以外には見せられない。よってその洗い出し作業が彼らに回ってきたのだ。
「第九創業時からとなると、膨大な数だな」
「もう10年だからな」
 電子ファイル化されたそれらの資料をPC画面に出力しながら、小池と曽我が囁き合う。その隣では今井と山本が、知人から送られてくる情報を携帯で確認しつつ、古い事件を紐解いていた。

「薪さんを逆恨みしそうな奴と言えば、MRI捜査で捕まった犯人の身内とか友人とか」
「全部合わせたら1000人くらいになるぜ。そんなに見きれるかよ」
「仕事しすぎなんだよ、あのひと。犯人捕まえすぎ」
「仕事の虫もこういう時は困りものですねえ」
 ぶつくさと文句を言いながら、しかし彼らの眼は真剣そのものであった。今朝、彼らが出勤して来たのは6時前。薪の捜索は警視庁に預けて自宅に引き取ったものの、まんじりともせず夜が明けてそのまま、始発に乗って職場に帰ってきてしまったのだ。

 薪の行方は杳として知れなかった。
 山本から連絡を受けた中園はすぐさま行動を起こし、警視庁に捜査本部を設置した。
 警視庁及び都内の所轄では可能な限りの人員を割いて捜索に当たったが、何処を探して良いのか見当も付かない状態では思うような成果は上がらない。姿を消したと言う銀座駅近くのパーキング近辺から虱潰しに聞き込みを掛けたが、誰も薪を見た者はいなかった。あれだけ目立つ人物なのだから、もっと人の記憶に残っても良さそうなものだ。もしかしたら脅されて、帽子やマスクなど特徴を隠すものを付けさせられたのかもしれない。
 もちろん、中園独自のルートでも捜索は行われていた。組対五課の面々は、自発的に暴力団関係を洗っていた。雪子や竹内、昔の同僚など、友人たちはそれぞれに自分の知り合いに連絡をし、薪の行方を探していた。が、誰一人として有力な情報を得ることはできなかった。

「こっちも思わしくないけど、あっちも混乱してるみたいだぜ」
 小池の示す方向を見て、曽我は耳を欹てる。室長室からは薪の私物を調べる捜査員と、それに立ち会っている副室長の会話が聞こえてきた。
『あっ、室長のシークレットボックスが壊されている! 犯人め、こんなところまで!』
『いや。これを壊したのはおれだ』
『なんと。ではあなたが犯人だったのですね、岡部警視!』
『なんでそうなる!』
 4人は思わず机上に突っ伏した。捜査ミスにも限度がある。
「一課の連中も相当テンパってるな」
「無理ないよ。岡部さんは捜一では伝説の人だから。シャーロックホームズの前で捜査してるようなもんだよ」
「そりゃ緊張するわな」
「でもなんか、鑑識の人もちょっと変ですよ」
 山本の言葉に他の3人が再び耳を澄ますと、薪の私物を検める鑑識課の声が。

『こ、これが薪室長のロッカー』
『なんていい匂いだ』
『まったくだ』
 曽我の手からばさりと資料が落ちた。しかしそれを拾うものは誰もいなかった。
「そう言えば、鑑識にもあったよな。薪さんのファンクラブ」
 遠い眼をして今井が呟く。皆なぜか一様に俯いていた。

『この扉に薪室長の手が。この鏡に薪室長の顔が』
『中にヘアブラシが置いてあるぞ。残念ながら髪の毛は付いてないが』
 噂では鑑識課では、現場に落ちた薪の髪の毛などを採取してDNA鑑定をし、その鑑定書を会員証の代わりにしているとか、会員になるには試験があって、それは薪のDNAの塩基配列から導き出される彼の美しさについての論文を提出することだとか――あくまでも噂である。
『見ろ、替えのワイシャツがある』
『使用済みの衣類はないのか? できれば靴下とか』
 自分たちが使用するわけではなく、警察犬に嗅がせると信じたい。
『残念ながら靴下はないが、靴べらはあるぞ』
『ああ、これで室長に叩かれたい……!』
 ファンクラブと言うより単なる変態集団のような気もする。

「おまえら、みんな出てけぇっ!!」
 とうとう岡部の雷が落ちて、室長室から蜘蛛の子を散らすように捜査員たちが飛び出してきた。
「だれだ、こんな連中を現場検証に寄越したのはっ!」
 岡部は怒り心頭に発していたが、それでも彼らは手紙の束とノートパソコン、第九職員が見つけられなかった薪のスケジュール表、書き損じてゴミ箱に捨てたメモなどを持って帰った。一応はプロの捜査官らしく、ちゃんと自分の仕事はして行ったようだ。

 室長室から出て来た岡部は、モニタールームをさっと見回すと、青木と一緒にモニターを覗き込んでいる新人の机に近付いた。
「荒木。犯人に心当たりはないか」
 荒木は慣れない現場検証に緊張していたのか、ビクッと肩を跳ね上げ、不安そうな眼で岡部を見上げた。
「ここ最近、薪さんのお世話をしてたのはおまえだ。なにか変ったことはなかったか」
「……思い当たりません」
 しばしの熟考の後、荒木は言った。いつもとは打って変わって重い口調だった。
 荒木なりに責任を感じているのだろう。命令に背いての尾行とは言え、荒木が薪を見失わなければ薪は無事だったかもしれないのだ。しかし、それだけの技術を警大を出たてのキャリアに求めるのは無謀だ。尾行は体で覚えるものだ。現場経験を積まなければスキルは身に付かない。

「後を尾けたのは今回が初めてじゃないと言ってたな。薪さんは、おまえを待たせていつも何処へ行ってたんだ?」
「それは」
 答えるべきか否か、荒木は判断に迷うようだった。どうやら相手は薪のプライベートな人物らしい。
「プライバシーを守ってる場合じゃない。今はどんな情報でもいいから必要なんだ」
 岡部に説得されて、荒木が重い口を開く。出てきた証言は意外なものだった。
「室長は女性と会ってました」
「オンナ?」
 薪は春に青木と暮らし始めたばかり、その真実を第九の仲間たちは知っている。とはいえ薪が同性愛者ではないことも分かっているから、薪にそういう相手がいないと断定はできないが、さて。
「青木、ちょっと落ち着け。気持ちは分かるが、てかマウス割れてるし!」
 一人だけ、薪の『そういう相手』を認めることができない職員が大きな手でPCマウスを握り潰すのを横目に、岡部は質問を続けた。

「どういう場所で、どんな女だった?」
「場所はカフェとか、ホテルのラウンジとか。相手の女性はつばの大きな帽子を被って、顔が半分くらい隠れるサングラスをして」
 明らかに素顔を隠している様子だ。何か事情があるに違いない。
「背は室長と同じくらい。髪は肩までで、黒かったです」
「いつも同じ女だったか」
「毎回尾行が成功したわけじゃないですけど。おれが見た限りでは、同じ女でした」
 荒木が薪の行先を突き止めたのは、滝沢のいる東京拘置所を合わせて4回。置いてきぼりをくらった回数はそれと同じくらいだと言うから、週に1度の頻度でその女性と会っていたことになる。

「もしかしたらその女が」
「モンスターか、そうじゃなくても何か知っている可能性が高いな」
 最近になって薪が会い始めた謎の女。この女の正体が分かれば、薪の居所が掴めるかもしれない。

「よし、荒木。室長と女が会っていた場所におれを案内してくれ」
 岡部は上着を肩に掛けて颯爽と立ち上がり、荒木に車のキィを投げた。それから青木に向かって、
「青木、おまえも来い。おまえの鼻なら薪さんを追えるかもしれん」
 青木を警察犬扱いする、岡部に青木は気弱に微笑み返す。
「それが、見当も付かなくて。家でも何も見つけられなかったし」
 昨夜青木は、今は自分の家となった薪のマンションに帰り、事件について何か手がかりがないか、薪の私物を探ってみた。薪が青木に見せないようにしている鈴木の写真を入れた箱の中も調べてみたが、『モンスター』に関係していそうなものは何も出てこなかった。青木が偶然見つけてしまうことの無いように、自宅へは持ちこまなかったのだろう。いつものように、青木を巻き込むことを避けたのだ。その点では、室長室の机の中が一番安全だ。部下である青木は、職務に関しては決して出過ぎないからだ。

「春の事件のときも最初はそんなことを言ってたが、見事薪さんの居場所を探り当てたじゃないか。今度も大丈夫だ。そのうち薪さんの声が聞こえてくるさ」
 今まで何度も見せつけられた、青木と薪の不思議な絆。今回もそれに期待していると、岡部は青木の肩を軽く叩く。ついでに荒木の肩も、ごく軽く叩いた。
「道案内、よろしく頼むぞ、荒木」
「はいいい痛ったあっ!!」
「えっ。荒木、どこか怪我してたのか?」
「い、いいえ。大丈夫です」
「だから岡部さんの軽くは普通の人の目いっぱいなんですよ……」
 青木は岡部の特訓を受けて長いから慣れてしまったが、身体を鍛える必要のないキャリア組の荒木には堪えたらしい。荒木は叩かれた肩を擦りつつ、引き攣った笑いを浮かべた。

 後のことを今井に託し、3人は執務室を出た。
 エントランスまでの長い廊下を二人の後に着いて歩きながら、青木は心の中で薪に呼びかける。

 薪さん。
 オレを呼んでください。
 呼んでくだされば、オレはすぐに飛んで行きます。水の中でも土の中でも――何度でも見つけるって、約束したでしょう?

「青木。早く乗れ」
 いつの間にか車の前に立っていた。後ろの窓が開いて、中から岡部が青木を急かす。
「薪さん――」
 口中で小さく呟き、その人の面影を胸にしまって、青木は荒木の運転する車に乗り込んだ。



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モンスター(11)

 こんにちはー。

 おかげさまで、花屋の物置が撤去されました。これで先に進める♪ と思ったら、
 今度は横断する既設道路に下水の圧送管が出てきやがりまして、なんで下水道がGL△600の深さに入ってるのよー(><) (今は1200くらいの深さに埋めるんだけど、昔は規格ギリギリの600くらいに埋めてたらしい、てか、U字溝が入らないじゃん! 設計ミスだろ、これ!)
 おかげで切り回し工事が追加になり。またもや頭が痛い現場代理人です。

 何かの祟りかと思えば、こんなん書いてるからかしら。

*薪さんが痛い目に遭うの嫌な方、この章は飛ばして読んでください。読まなくても話は繋がりますのでご安心を。(それなら無くてもよかったんじゃ……)




モンスター(11)




 激しい痛みと寒さで、薪は眼を覚ました。
 潤んだ亜麻色の瞳が映しだしたのは埃まみれの板の間。投げ出された自分の右手が見える。左手首は手錠でベッドの脚に繋がれており、薪はそれより先に動くことができない。
 せっかくベッドがあるのだから使わせてくれてもいいのに、と薪は首を動かしてベッドを見上げるが、マットが破れてスプリングが飛び出しているのを見て諦めた。あれは傷に響きそうだ。
 せめて毛布が欲しい。10月も終わりに近いと言うのに、裸に近い格好で隙間風がびゅうびゅう入るこんな廃屋に転がされて。風邪を引いたらまた岡部が騒ぐだろう。
 ――生きて帰れたらの話だが。

「うっ……痛ぅ」
 薪を捕えた人物は残忍だった。
 なんのためらいもなく、薪の皮膚をメスで切り裂いた。薪が苦痛に悶える様を見て嘲笑い、つけたばかりの傷をさらに抉った。そうして少しずつ少しずつ、薪の身体に深い傷を刻んでいった。まるで子供が、捕まえた昆虫の脚を一本一本むしって行くように。
 特に重症なのは下腹部で、その部分の痛みは凄まじかった。初めて青木と結ばれた時も痛かったが、その比ではなかった。性器には針のようなものを突き立てられ、後ろには男性器の形をした大ぶりの器具をむりやり突っ込まれた。その様子を動画に撮られた。ネットに流すと言っていたから、今頃大騒ぎになっているだろう。

 表を歩けなくなる、そんな心配は要らないと言われた。
 おまえはここで私に嬲り殺される。二度と日の目を見ることはないのだから安心しろと、普通なら肩を叩く代わりに鞭で引っぱたかれた。
 薪の背中に蚯蚓腫れの痕を残しながら、薪が聞きもしないのに理由を説明してくれた。
 自分がどうしてこんな目に遭わされるか分かるか。私の兄がされたことをそっくりおまえにしてやるのだ。それがおまえに与えられた罰なのだと、確かそんな説明だった。痛みが激しくて、相手の話は半分も耳に入ってこなかった。

「ったく。この年でハードSMはきつい」
 絶体絶命の窮地に、薪は軽口を叩いた。
「また中園さんに大目玉だ」
 犯人は今、ここにはいない。来るとしたらおそらく夜の8時過ぎ。痛みに気絶していた時間を2時間と見込んでも、3時間くらいは余裕がありそうだ。だが、動けそうもなかった。傷が深すぎる。
「小野田さんにも迷惑かけちゃうし」
 誰もいない空虚に、薪の乾いた声が吸い込まれていく。
「岡部やみんなが心配して……」
 目の縁から涙がこぼれて、土埃に黒ずんだ亜麻色の髪を濡らした。くちびるが震えて声が出せない。どうやらカラ元気も打ち止めだった。

 死にたくないと薪は思った。
 これに近い状況に追い込まれたことは何度かあった。死を覚悟したことも、一度や二度ではない。だが薪はこれまでに一度も、こんな風に願ったことはなかった。
 心のどこかで誰かが助けに来ることを信じていた。その希望を最後まで、捨てたことはなかった。

 今回は違う。自分はここで死ななければいけないのだ。だからこそ痛切に思った。

 死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくない。

 声にならないその願いが、薪のくちびるに一人の男の名を象らせる。
「青木――」
 青木に会いたい。死ぬ前に、一目青木に会いたい。会って告げたい、幸せだったと。おまえに会えて、愛されて、僕は幸せだったと。
「うっ……」
 もう恥も外聞もなかった。犯人の前では零すまいと決意した涙は、一度流してしまうと、我慢を重ねた分だけ歯止めが効かなかった。

 思いがけず最後の晩餐になった、昨夜の食事は甘鯛の酒蒸しだった。それとインゲンの胡麻和え、キンピラゴボウ、海藻のサラダ。
 この日が今日来ると分かっていたら、青木が好きな煮込みハンバーグを作ってやればよかった。ビールももう1本飲ませてやればよかった、セックスも。会議を理由に断ったりしなきゃよかった。

 いや。分かってはいたのだ。
 いずれこんな日が来ることは分かっていたのに。
 それは今日じゃない、明日じゃないと、何の根拠もなく思い込んでいた。だってあんまり楽しかったから。
 彼に恋をして、その彼と一緒に暮らせるようになって、地球の引力を振り切れそうなくらい舞い上がりきってた。その幸福が自分に訪れたことに驚きはあっても疑いはなかった。この幸せが明日も明後日も続くのだと、信じていた。

 なんて愚かだったんだろう、僕は。
 そんなこと。神さまが許すはずもないのに。



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モンスター(10)

 今日は親友の誕生日なのですよ。
 薪さんと同じ、みずがめ座のAB。羨ましいやつ。
 わたしの誕生日は12月4日で、青木さんと同じ射手座です。血液型はB型なので(今やっぱりって思った?)、青薪さんと同じではありませんが、近いなあって思うことが学生の頃から2,3ありました。
 選択科目が一緒。
 ギャグが被る。
 申し合わせたわけじゃないのに、同じ文房具を買っている。
 大した意味はないけれど、青薪さんにもそういう偶然があるんだろうな、って思うと萌えます(〃▽〃)
 




モンスター(10)






 岡部はその足で官房室へ向かった。中園と小野田に薪の失踪を報告するためだ。

 来訪者を予期した中園に命じられていたのだろう、受付に顔を出した岡部を、秘書は取次の電話をせずに首席参事官室へ通した。居室で中園は渋い顔をして、何処かに電話をしている最中だった。手振りで「座って」と示されたソファに腰を下ろし、岡部は亀のように竦めた首を回して部屋の中を眺めた。
 いかにも官給品の設えの第九とは違う、スタイリッシュな調度品でまとめられた居室。キャビネット1つとっても、岡部が普段使っている面白味のないスチール製の物とは段違いだ。ソファも当然のように革張り。スプリングも弱っていない。座り心地はよかったが、居心地は非常に悪かった。
 第九に籍を置いていた頃からしょっちゅう小野田のところへ顔を出していた薪と違って、岡部はあまり官房室に馴染みがない。ここにいる者はエリートばかり、全員がキャリアで岡部より上階級だ。それだけでも肩が凝る。

「では、捜査本部の設置と現場の指揮は一課にお任せします。いえ、そんなつもりは毛頭。そもそも、こないだのことは貸しだなどとは思っておりません」
 ではよろしくお願いします、と結んで電話を切った後、「あのタヌキおやじ」と吐き捨てる。中園の電話の相手は、どうやら警視総監らしい。
「青木くんが捕まえた犯人を引き渡して、せっかく作った貸しがパーだ」
 独り言のように愚痴るが、岡部にも大凡の察しは付く。夏の事件で、青木は自ら自分の冤罪を晴らし、犯人を捜査一課に付き出した。警察庁内部のいざこざが絡む事件だったから本当のことを公にするわけにもいかず、表面上は捜一の手柄になった。それは警視総監への貸しになっていたわけだが、今回薪の捜索を頼んだことで、その貸しがチャラになったのだ。
「ま、次長派にトドメを刺しただけで良しとするしかないね」
 中園はさっと気持ちを切り替え、自分の机から岡部の向かいのソファに移動した。

「さて岡部くん。詳しい報告を頼むよ」
 促されて岡部は、薪に送られてきていた数十通に及ぶ脅迫状のことを話した。加えて今朝は猫の首が送られてきたこと、日本橋にある中央警察署の帰り道、新人を銀座のパーキングに待たせたまま薪が失踪したこと。誰にも内緒で薪が滝沢と面会をしていたことを話すと、中園は苦虫を潰したような顔になった。
「僕の方からも調べてみるけど。滝沢くんは脅迫状とは関係ないと思うよ」
 そう言いながらも中園があからさまに舌打ちするのは、薪の無鉄砲さに腹を立てているからだ。拘置所は決して安全な場所ではない。犯罪者こそ檻の中だが、囚人の身内や関係者が常時面会に来ているのだ。その中には当然、血の気の多い連中もいる。そんな場所をSPも伴わずに訪れるとは何事か。

「脅迫状に猫の首か……薪くんのことだ。モンスターと名乗る人物との直接対決に赴き、相手の罠に掛かって拉致された、なんてことじゃないのかい」
 その可能性は充分にある。と言うか岡部も内心、そんなところだろうと推測している。
「いつかこんなことが起きるんじゃないかと思ってたよ。あの子は自分の危険に鈍感すぎる」
 小野田や自分がいくら言い聞かせてもダメなのだ、と中園は頭を抱えた。
 薪は我儘だが、周りの人間に気を使う。心配を掛けたくない、厄介事に巻き込みたくない。そんな気遣いから、不安を顔に出さない。その守りを固めるのは鉄壁のポーカーフェイス。決着を着ける時は単独行動。水臭いを通り越していっそ面倒臭い。

「小野田が海外でよかったよ。でなきゃ今ごろ大騒ぎだ」
「迷惑を掛けてすみません。おれも青木も、薪さんには一人にならないようにとお願いしてるんですけど」
 ピリリリと岡部の胸で携帯電話が鳴った。出ていいよ、と中園が顎をしゃくる。画面を確認すると、竹内からだった。
『室長がいなくなったって本当ですか』
「ずいぶん早耳だな」
『青木から電話があったんです。おれと、先生のところにも』
「まだ分からんが。官房室からのホットラインにも応答しないとなると、拉致された可能性は高い」
『そうですか……一応、先生には心当たりをリストアップしてもらってます。その他になにか、おれにできることはありませんか』
 心から薪の身を案じている。電話越しにそれが伝わってくるような、親身な声だった。竹内はいい男だ。それに引き換え、青木のやつは。
「捜索のルートは多いに越したことはない。先生のリスト先を当たってみてくれ」
『分かりました。何か掴めたら連絡します』
 竹内の電話が切れた後、中園の前だと言うことも忘れて、岡部は思わず愚痴った。
「青木のバカ。竹内はともかく、雪子先生は産休中だぞ。身体に障ったらどうするんだ」
「まあ、薪くんの一大事とあってはね。青木くんの気持ちも分かるよ」
 中園は比較的、青木には寛大だ。青木はそこそこ頭がよくて腕も立って、粘り強く丁寧な仕事をする。バランスの良い捜査官は重宝されるものだ。

 岡部が携帯電話をしまうと同時に、今度は中園の電話が鳴った。
「げ。小野田だ」
 画面を見て、顔を歪める。本当に嫌そうだ。
『薪くんがいなくなったって!? どういうことだい、中園ッ!』
 相手は電話口で怒鳴っているのだろう。声が丸聞こえだ。
 岡部を共犯にするつもりか、中園は携帯のスピーカー機能をオンにした。大きく息を吸って呼吸を整え、妙にかしこまった口調で電話口に呼びかける。
「恐縮ですが官房長。その情報を、いったいどちらからお聞き及びに?」
『青木くんがぼくに電話をくれたんだよ。ボディガードの責を果たせず、申し訳ないって』
「あのバカ犬。吠えなくていい所で吠えやがって」
 気持ちが分かるとか言ってた気がするが、あれは気のせいだったか。

『すごく責任を感じてたみたいだったよ。可哀想に』
 よかったな青木、と岡部は心の中で呟く。
 これまで青木には何かと冷たかった小野田が、青木の心情に配慮をしている。自分だって電話に向かって叫ぶほど薪が心配なのに、落ち込む青木にやさしい言葉を。小野田も少しずつ、青木のことを認めて――。
「それでおまえ、青木くんになんて言ったの」
『死ねば、って言って電話切ってやった』
 ……強く生きろよ、青木。

「これだから親バカって言われるんだ」
『聞こえてるよ、中園』
「わたしは何も言っておりませんが。電波障害ですかな」
『そうかい。電話がつながらないんじゃ日本に帰るしかないな』
「ちょ、待て。国際会議だぞ。そんなことしたら」
『じゃあぼくが会議に集中できるように取り計らってくれ』
「連絡が遅くなって申し訳ありません。報告させていただきます」
 中園は口調を改め、岡部から聞いたこれまでの経緯を要領よく説明し、現在の対応状況を簡潔に話した。

「総監には話を通した。捜査本部は捜査一課に、現場指揮は一課が執る。失踪地点の銀座から円形に捜査範囲を広げ、所轄総動員でローラーを掛ける。5課には暴力団関係の情報を当たらせる。僕は僕の情報網を使って、薪くんを全力で探し出す」
 他に何か、と中園は上司に意見を求めた。中園の隙のない捜査計画に、小野田が電話の向こうで頷く。
「第九の皆には、容疑者の絞り込みのために過去の事件の洗い出しをしてもらう。薪くんに恨みを持っていそうな人間を炙り出すんだ。頼んだよ、岡部くん」
『ぼくからもよろしく頼むよ、岡部くん』
 はい、と応諾する岡部に、小野田は気遣わしげな口調で、
『今回はいつもの人騒がせとは違う気がするんだ。ぼくはね、こないだ薪くんをうんと叱ったんだよ。彼、その場では不満そうな顔してたけど、次の日茶巾ずし持って謝りに来て。ちゃんと反省したみたいだった。それからまだ2ヶ月しか経ってないのに、こんな騒ぎを起こすとは思えないんだ』
 茶巾ずしで懐柔されるとは、天下の官房長も意外と安い。
 中園と岡部は同時にそんな感慨を抱いたが、双方それを口には出さず。それぞれの捜索を速やかに進めるため、自分のテリトリーに戻って行った。



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モンスター(9)

 こんにちは。

 明日は例の花屋の社長に物置を動かしてくれるよう交渉に行くのですよ。やっとアポが取れたんで。
 上手く行くよう、祈っててくださいね。



モンスター(9)






「薪さんが行方不明に」

 岡部と青木の顔色が変わる。二人が室長室に籠っている間に帰って来たらしい新人が、泣きそうな表情で職員たちの後ろに立っていた。
「どういうことだ、荒木」
「すいませんっ!」
 現在捜査中の連続放火事件で捜査担当者に直接確認したいことがあるからと、日本橋の中央警察署に出向いた帰り道、荒木は薪に、これまでに何度かあったようにパーキングで待機するよう命じられた。
「いつものように後を尾けたんですけど、今日はまかれてしまって」
 仕方なく車で待つことにしたが、1時間の約束が2時間経っても帰ってこない。心配になって携帯に電話をしたが、繋がらなかった。朝の一件もあることだし、早急に報告すべきだと考え、急いで戻って来たのだと荒木は言う。

「まだ行方不明と決まったわけじゃないだろ。薪さんは推理に夢中になると、よくふらっといなくなっちゃうし」
「そうそう。捜査が佳境に入ると電話にも出ないし」
「なに呑気なこと言ってんだ! 猫の首が送られてきたばかりだぞ。その状況で部下を出し抜くようにいなくなって電話にも出ない、そんなことをしたらおれたちがどれだけ心配するか。それを察せない人じゃないだろ」
 今井の言う通りだと誰もが思った。薪は自分勝手で我儘で、捜査に夢中になると部下の人権を蔑ろにする最悪の上司だけれど。そんな常識を弁えないことはしない。今井が懸念するように、薪の身に災難が降りかかったと考えるのが妥当だ。

「そうだ。救難信号は」
「点いてません」
 小池が思いついた可能性を、青木がすぐに否定する。一番狼狽えるだろうと思われた青木は意外と冷静で、それは彼がこれまで薪を救うために潜って来た修羅場の数を職員たちに慮らせた。

 小池と青木の短いやり取りの後、荒木が控え目に尋ねた。
「あの、救難信号って?」
「そうか。荒木にはまだ教えてなかったな」
 青木は執務室の隅にある受信機の前に荒木を連れて行き、右上のランプを指差して、
「薪さんは官房長命令で、常に発信機を付けてるんだ」
「ええっ、発信機!?」
 薪の特別待遇に、荒木はひどく驚いたようだった。第九の職員たちはもう慣れてしまったが、官房長と言えば警察庁のナンバー3。その大物が、たった一人の警察官の安全をそこまで考慮すると言うのは普通ならあり得ないことだ。

「じゃあ、官房長に訊けばいつでも室長の居所が分かるってことですか」
「いや、それはさすがに。プライバシーの問題があるし」
 そこまで締め付けられれば薪のことだ、プライベート時には発信機をわざと家に忘れていくに違いない。縛られることを嫌う薪の性格を、小野田は心得ている。
「スイッチを押すと救難信号が出て、このランプが点灯する。これが赤くなったら薪さんが助けを求めてるってことだ」
 ランプが点くと同時に警備部にも連絡が行き、都内の場合は警備部が、地方の場合は連絡を受けた県警が、組織をもって速やかに薪を救出する。また、これと同じ機械は官房室にも設置されており、そちらでも有事に備える体制ができあがっている。
 それらのことを簡単に説明すると、荒木は目を丸くして、感心したように息を吐いた。
「室長って本当に特別なんですね」
「室長の頭には、明るみに出たら世界地図が描き替わるような秘密が幾つもしまわれている。だから室長は、いつもだれかに狙われていて」

 ああそうだ、と青木は沈痛に目を閉じる。
 今まで、なんて甘い気持ちで薪の傍にいたのだろう。滝沢が言ったことは冷やかしでもなんでもない、厳然たる事実だ。いつ誰がどこから襲ってきてもおかしくない、薪はそういう境遇に立たされた人間なのだ。
 なのに自分は、彼に恋するあまり彼のボディガードと言う重責を、24時間彼の側にいられる大義名分を手に入れたと、それくらいにしか思っていなかった。任命書を拝するとき、中園には、あくまで二人の関係を秘匿するためのカモフラージュだと説明を受けたし、視界に入らずとも薪の身を守る人間は他にもいるからそんなに気負わなくていい、とも言われた。だからと言って、それを鵜呑みにして警戒を怠っていいわけがない。
 甘かった。もっともっと、自分は必死に薪を守らなければいけなかったのだ。

「そうですか。では、緊急配備をお願い致します」
「山本。おまえ、だれと」
 皆が深刻な顔で薪の身を案じている傍らで、山本は誰かとしばらくの間電話で話し、先のセリフを最後に電話を切った。不思議がった小池が電話の相手を尋ねると、山本は平然とした顔で、
「中園主席参事官に報告をいたしました。首席参事官から薪室長に電話をしてもらいましたが、返事はありませんでした。室長が参事官の電話を無視することはあり得ないと判断し、参事官に緊急配備をしていただくよう要請しました」
「おまえそれ、早とちりだったらどうす」
「クビにでも何でもしてください! 室長の命の方が大事です!」
 そのあまりの剣幕に小池は息を呑む。冷静さではマイペースの分だけ今井の上を行く山本の、おそらくは初めての恫喝であった。

「そう申し上げました」
 山本は一瞬で激昂を胸に収め、いつもの慇懃無礼な口調で、
「言っておきますけど、第九全員のクビを掛けましたので。懲戒免職の辞令が出た時はみなさんもご一緒ということで」
「はあ?!」
「なにしてくれてんの、おまえ!」
「仕方ないでしょう。『君一人のクビなんかじゃどうにもならない』と参事官が仰ったのですから。あとはもう頭数で補うしか」
 多分中園は警視監である自分のクビくらい懸けなきゃ政敵の警視総監を動かせない、そう言いたかったのだろう。それは何となくみんなにも察しがついて、そうしたら俄かに希望が見えてきた。官房室のブレインと呼ばれる首席参事官がそれほどの覚悟を持って薪の捜索に当たってくれるのだ。きっとすぐに保護してもらえる、そう思ったら自然と口も軽くなった。

「困りますよ、山本さん。オレ、まだ車のローンが」
「飲み屋のツケが!」
「大阪食い倒れツアーの予定が!」
「彼女との結婚資金が!」
「「「今井さん、それ、どうでもいいです」」」
「なんでおれだけ?!」
 ばっさり切り落とされて今井が嘆く。やはり青木が小池、曽我のコンビに加わると第九は賑やかになる。さすが元祖三バカトリオだ。
 などと、冗談にかまけている場合ではなかった。

「救難信号がないってことは、薪さんの意識がないってことだ。誰かに襲われて昏倒してるとしたら……やばいな」
 青木が確認したばかりの受信機を自分の目で確かめ、岡部は険しく眉を寄せる。何よりも、薪の身体が心配だった。
「今朝の郵便物と、同じ人間の仕業でしょうか」
「いや。さっき青木にも言ったんだが、ああいうものを送りつけてくるタイプの犯罪者ってやつは――待てよ」
 岡部は何かに弾かれたように顔を上げると、室長室へ駆け込んで行った。断りもなく上司の机を漁り、目的のものを見つけ出す。それは最下段の引き出しの奥、鍵の掛かった黒いシークレットボックスの中に、亡くなった親友の写真と共に入っていた。

「くそ。やっぱりか」
 10枚を超す封書の束。「死」や「殺」など、物騒な文字が踊る便箋の末尾には判で押したように『モンスター』のサインがあった。後を追ってきた青木が、それを見て悲痛な呻きを洩らす。
「初めてじゃない。あの猫は最終通告だったんだ」
 怒りに証拠物件の保全も忘れ、握りしめた拳の中でくしゃくしゃになった手紙ごと、岡部は渾身の力で室長の机を殴った。
「まったく、あのひとは!」
 わらわらと寄って来た職員たちが、大急ぎで手紙を集め、鑑識の手配を整える。そんな中、今井は古巣の警備部に、山本は検事局に、それぞれのコネクションを利用して室長の身柄を保護しようと連絡を始めた。
 その熱気に押されたのか、現場経験のない新人は皆から一歩退き、今にも倒れそうな青い顔をして室長室の入口に立ち尽くしていた。



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モンスター(8)

 こんにちは。
 花屋の社長が物置を動かしてくれなくて現場が止まってしまいそうなしづです。燃やしたろか。

 こないだお正月が来たと思ったら、小正月も過ぎまして。いやー、早いねー。
 わたしがちんたらやってる間に、6万5千拍手ありがとうございました!(もう6万7千だね) 
 いつも気遣っていただいて、励ましていただいて、ありがとうございます。元気もらってます。
 お礼SSは春になったら書きます、書こうと思います、書けるといいなあ。(←ダメ人間3段活用)

 間が空いちゃってごめんなさい、お話の続きです。どうぞ~。



 

モンスター(8)





 途中で昼飯を食って帰ろう、と岡部が言い出し、二人は街道沿いの蕎麦屋に寄った。岡部は天ざる蕎麦とカツ丼、青木はシンプルにざる蕎麦を頼んだ。この頃めっきり食が落ちて、油っこいものを食べる気がしなくなった。

「そんなに心配しなくても、薪さんは大丈夫だ」
「でも。郵便物の件もあるし」
「ああいうのを送ってくる奴はな、相手の反応が見たいんだ。相手が怖がっていることを想像して楽しむんだよ。その時間の長さは人によるが、今日の今日で犯行に及ぶことはまずない」
 食が進まない様子の青木の器に、岡部が自分の天ぷらを乗せてくれる。滝沢も言っていた、「それほど切羽詰まった話ではない」のだ。
 薪とは今夜にでも話をするつもりでいたが、それではぐらかされてしまったとしても、金曜日になれば滝沢から直接その話を聞くことができる。『モンスター』と称する人物のことは気になるが、今までにもこんな脅しは数えきれないほどあった。それでも大事に至ったことは一度もないし、今は青木がボディガードについている。「おまえさえしっかりしていれば薪さんは安全だ」と岡部にハッパを掛けられ、やっとのことで青木は伸びかけた蕎麦を手繰り終えた。

 予定表に書いた帰着時刻を30分ほどオーバーして2人が研究室に戻ると、執務室にはどことなくのんびりとした空気が流れていた。
「室長は外出か」
 予定表を確認するまでもない。職員たちがモニターの前で雑談をしているのを見れば、一目瞭然だ。
 青木は自分と岡部の名前の欄に書かれた「外回り 3時戻り」の予定を消すのと同時に、荒木が外出していることを確かめた。薪の運転手を務めているのだろう。今朝のこともあるからあまり出歩いて欲しくないのだが、薪はあの程度のことは歯牙にもかけない。その分、荒木が注意してくれることを祈るばかりだ。

「あ、いけない」
 自分の机に戻り、青木は思わず声を上げる。そこには午前中に仕上げた書類がA4封筒に入ったまま放置されていた。
「しまった。これ、室長に午後一でって言われたんだっけ」
 昼休みに岡部に相談を持ちかけ、その足で滝沢に会いに行ったものだから、すっかり忘れていた。
「ラッキーだったな、青木。薪さんが出掛けてて」
「時間に遅れたことは黙っててやるから、コーヒー淹れてくれよ」
「青木さん。私のはアメリカンでお願いします」
 はいはいと苦笑いしながら、青木は給湯室へ向かった。
 青木が自分の城として磨いてきた第九の給湯室だが、最近、ここはすっかり荒木の縄張りになってしまった。青木ほど几帳面でない荒木の管理は少し杜撰で、コーヒーの在庫も尽きかけていたし、掃除も行き届いていなかった。それを苦く思う自分に気付き、青木は赤面する。これじゃまるで嫁のアラ探しをする姑みたいだ。
 時間もあることだし、荒木がいないうちに水回りの掃除をしておいてやろう。コーヒーとペーパーフィルターの補充も。

「ああ~、この香り」
「やっぱり青木のコーヒーは美味いな」
 小池と曽我が満足のため息と共に素直な称賛の言葉を漏らし、今井と岡部が小気味よく親指を立てる。久々の第九のバリスタの活躍に、職員たちの顔が一斉に輝いた。
「青木さん、いつ警察をクビになっても安心ですねえ」
 山本の褒め方は少しズレている。
 みんなの褒め言葉が嬉しくて、青木は自然と笑顔になった。最近の青木は、荒木にすっかり自分のポジションを奪われてしまったような気がしていたが、それは自分の思い込みで、みんなはちゃんと青木の存在を認めてくれていたのだ。

 向かいの席にいた曽我が、青木の笑みに釣られたかのように、その恵比須顔を満開にほころばせて青木に笑いかける。
「おまえのそういう顔、久しぶりに見た」
「え。そうですか?」
「先輩の威厳も大事だけどさ、笑ってた方がいいよ。その方が青木らしいよ」
 面子に拘って意識的に笑顔を消していたわけではないが、曽我のせっかくのミスリードに乗ることにした。小池の前では否定していたけれど、曽我だってきっと気付いていた、青木の中に生まれていた醜い嫉妬心に。それに言及することなく、そのままのおまえを皆は好いている、だから肩の力を抜けと励ましてくれている。

「わかりました。もう背伸びはやめます」
「ああ、それがいいですねえ、青木さん。あなたはそれ以上、背を高く見せる必要はありませんよ」
 山本特有のズレた相槌に皆が笑った。だけど青木には、いや多分みんなにもわかっていた。山本は青木と同様、曽我のミスリードに便乗したのだ。そして彼なりのスタイルで、青木を元気づけてくれた。
「そんなことしてみろ。薪さんからの風当たりがますます強くなるぞ」
「青木が薪さんより身長低かったら、もっとやさしくしてもらえるのにな」
「違いない。薪さんが山本と荒木に甘いのって、それが理由だろ」
 失礼な、と冗談の効かない山本が不満顔をする。その小さな背中を小突きながら、小池と曽我が笑い合う。山本も第九に来て3年、すっかり構われキャラになっている。

「それは冗談にしてもさ、青木の気持ちも分かるよ。おれもそういう経験あるから」
「みんなそうだよ。分かってないの、薪さんくらいのもんじゃないのか」
「あの人って、本当にそういうの鈍いよな」
「てかさ、知らないんじゃないか? 先輩になることのプレッシャーなんて」
「優秀すぎる故の欠落ということですか」
 山本が導き出した結論に、頷きつつも小池は首を傾げる。
「それもあるけど、あのひとお姫さまタイプだろ。先輩後輩関係なしに、みんなに世話焼かれてさ」
「いくつになっても危なっかしいし」
「仕事に夢中になるとぶっ倒れるまで休まないし」
「なんのかんの言って、一番手が掛かるよな」

「そんなことないですよ。薪さんは人の気持ちには敏感で、下っ端のオレにも気を使ってくださるし」
 最終的に薪に非難が集まって、青木は慌てて静観者の立場を翻す。薪と特別な関係になってからはあまりあからさまに彼を弁護しないように気を付けていたのだが、自分がきっかけとなって彼の悪口に繋がったのでは庇わないわけにもいかない。
 宇野とフランスに行くことを決めたときだって、薪はそのことを青木に話すためにホテルデートのプランを用意してくれた。あの時は二人の気持ちが噛み合わなくてケンカになってしまったが、あとでそうと知って、青木はとてもうれしかった。
 薪の気遣いは不器用で分かり難いけど暖かい。放ったらかしにされているように感じるときでも、青木のことはいつも見守ってくれていて――。

 そこで青木はやっと気付いた。どうしてこんなに自分が焦っていたのか。
 薪の視線が感じられなかったのだ。
 いつもは逆だ。会話はせずとも薪の視線は感じる。例えその瞳に青木が映っていなくても、彼の気持ちが自分に向いているのが分かる。それがまったく感じられなくなった。
 ――荒木が第九に来てから。

「青木。ちょっと来い」
 深刻な顔で考え込んでしまっていたのだろう、岡部に別室に呼び出された。気持ちがすぐに顔に出る、この癖も直さなければと青木は自省したが、岡部は青木に注意をするために彼を呼んだわけではなかった。第九の中で第4捜査室以外に内側から鍵の掛かる場所、つまり室長室に青木を誘い、内鍵を閉めてなお用心深く、岡部は声を潜めた。
「やっぱりおかしい」と岡部は言った。
「薪さん、おまえの変化に全然気づいてなかった。おまえが拗ねてるって、おれに言われて初めて知ったって顔してた」
「でしょうね」
 薪が荒木の家を訪れた夜、青木と軽い諍いを起こした。あのときも、薪はまったく青木の気持ちに気付いていなかった。でも薪が鈍いのはいつものことで、だから青木はまたかと思っただけだったが。

「確かにあの人はそっちのことは鈍い。でもな青木、薪さんはおまえの一番の理解者であろうと、いつも努力してる。その薪さんが、おれたち皆が気付いてたおまえの変化に気付かないなんてことがあると思うか?」
 岡部の疑問は、青木の恐ろしい疑惑を裏付ける。
 薪が青木を見ていない、だから青木の変化に気付けない。つまりそれは。

 思わず叫びだそうとする声帯を、必死に押さえつける。青木は瘧に罹った人のように身体を震わせながら、抑え過ぎて掠れがちになった声音で聞き返した。
「薪さんが本気でオレから荒木に乗り替えるつもりだって言いたいんですか」
「そうじゃねえよ、バカ。あるわけねえだろ、そんなこと」
 岡部はきっぱりと言い切り、青木の頭を軽く小突いた。オールバックの前髪が乱れて額に落ちかかり、眼鏡が斜めになる。岡部の軽くは常人の力いっぱいと同じくらいだ。

「ただ、こういうあの人は昔見たことがあるんだ」
 薪との付き合いは、青木よりも岡部の方が長い。何より、岡部は鈴木を亡くした直後の薪を見ているのだ。青木の知らない薪の姿を。
「過去の亡霊が何とかって、滝沢が言ってたな」
 青木もそれは気になっていた。刑務官の前だから曖昧な表現に留めたのか、滝沢独特の勿体をつけた言い回しなのか、その辺りは不明だが、薪が過去に関わった事件が絡んでいることは間違いない。
 そして、『亡霊』と言う言葉から連想される事件と言えば。

「岡部さん。まさか」
「ああ、青木。この件はもしかすると」
 不吉な予想を偲ばせる表情で青木と岡部が顔を見合わせた時、隣のモニタールームに騒ぎが起こった。がやがやと声高に話す声が聞こえ、すぐさま室長室のドアが叩かれる。ノックと言うにはあまりにも暴力的な勢いで、更にそれは滅多なことでは慌てない今井の喚き声と組み合わさって、嫌が応にも二人の不安に火を点けた。
「なにごとだ」
 内鍵を捻ってドアを開けた岡部に、白皙の顔を歪めた今井が空恐ろしい現実を突き付ける。

「薪さんが行方不明に」



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Do you believe in god ?

 あけましておめでとうございます!

 おかげさまで、昨年も楽しいブログ生活でした。面白かったこと、感動したこと、たくさんありました。
 私生活では公私共に多忙になり、更新やコメントのお返事が滞ることが多くなりましたが、みなさまの暖かい励ましとやさしさに支えられ、ブログだけでなく、リアルの生活も頑張ることができました。どうもありがとうございました。
 コメントのお返事、20通以上溜めたまま年越しちゃったダメな管理人ですが、今年もよろしく、てか見捨てないで、どうか見捨てないでください!!(←もう必死)

 みなさまへの感謝を込めまして、
 こちら、管理人からのお年玉です。
 どうぞお納めください(^^)





Do you believe in god ?






 初詣なんか意味がない。

 そう言うと大抵の人は「無神論者ですか」とか「さすが第九の室長。リアリストですね」などと、見当違いの言葉を返してくる。薪は別に、神の存在を否定するつもりはない。存在を肯定する科学的根拠はないかもしれないが、それを否定する証拠もないのだ。目撃証言も世界中に残っていることだし、存在しても一向に構わないと思っている。
 神を信じることは愚かしいことではない。時には心の拠り所となり、時には正しい方角への道標になる。一般的に、プラスになることの方が多いだろう。
 だが、神さまは決して人間にとって都合のよい存在ではない。お賽銭を供えて願い事を言えばそれを叶えてくれる、そんな稼業はやってないのだ。
 普段から足繁く神社に通って祈りを捧げる、毎朝神棚に手を合わせる。大切なのは日常のそういった精神だ。それを1年の始まりだからと俄か信者に団体で押し掛けて来られても、神さまだって困るだろう。だから初詣なんか意味がない。
 順序立てて説明すればそんなところだが、最近はいちいち説明するのも面倒で、その手の話題は適当に聞き流していた。だからこんな羽目になった。
 手抜きはよくない。いつか自分に返ってくるのだと思い知らされた、現在時刻は23時30分。日付は2066年最後の日。場所は野外。激烈に寒い。

「薪さん。あっちで甘酒配ってますよ」
 薪を拉致し、この寒空の下に放り出した極悪人が罪の意識もなく話しかけてくる。人垣に阻まれて薪には全く見えないが、青木は日本人の平均より20センチばかり背が高い。火の見やぐらみたいな男で、斥候にはもってこいだ。
「いらん。甘酒は酒じゃない」
 熱燗はないのか、と尋ねると、青木は苦笑して、
「この寒さの中でアルコールなんか飲んだら、血管が拡張して凍死しちゃいますよ」
 そんな寒さの中に人を連れ出したのはどこのどいつだ。ていうか、この人数は何事だ。息の、吐きだす傍から結晶化するような寒さの中、楽しげにたむろっている。こいつらみんな正気じゃない。

「薪さんの分もオレが飲みますから。行きましょ」
 それ、僕が行って何の意味があるんだよ。
「こういうのは1人1杯なんですよ。頭数が大事なんです」
「誰が行くか。僕を数合わせに使おうなんて――さむっ」
 青木の身体が離れたらものすごく寒くて、思わず彼の腕に抱きついてしまった。ここは家の近くの神社で近所の人に見られたら拙いと出かけるときは警戒していたのだが、生命の危機とあっては止むを得ない。辺りは暗いし、この人ごみだ。そう自分に言い聞かせたが、よくよく周りを見れば、誰もかれもが暖を取るために誰かしらと身を寄せ合っていて、その相手は必ずしも男女の組み合わせではないことに気付いた。
 町内会だか神社の氏子会だかが無料で甘酒を配っているテントまで、人溜まりを抜けて歩く。他人にぶつからないように、できるだけ身を寄せ合って。人の群れが寄せれば、彼の大きな身体に隠れるようにしてやり過ごす。それが特別視されない特別な夜。寒さでどん底まで落ちていた薪の気分が、少しだけ上向きになった。

「はい、どうぞ」
 青木の手から渡された白い紙コップに入った白い飲み物は、口に含むと火傷しそうなほど熱かった。思ったよりも旨い。昔はこの粒々が苦手で飲めなかったのに、年を取ると味覚って変わるものだ。
 テントから少し離れた場所では、盛大に焚き火をしていた。周りには人がいっぱいで、とても入り込めそうもなかったのだが、フラフラしていたら自然に火の前に出た。火力が強いから最前列は流動的に入れ替わっている。そのせいで人ごみに流れができるわけだ。リトルの法則を使って、最前列の人数と大凡の交替時間から待ち時間を割り出そうとしたが、隣から「暖かいですねえ」と間の抜けた声が聞こえてきて、数式を考えるのが面倒になってしまった。人間、こうやってバカになっていくんだ、きっと。

「この焚き火、氏子会の大工さんのご厚意なんですって」
「焚き火って条例違反じゃなかったか」
「神社とかお寺はいいんですよ」
 それは宗教的理由による護摩焚き等の場合だ。
「これ、どう見ても廃材木だろ。カンナ屑も混じってるみたいだし」
「まあいいじゃないですか。年越しなんですから」
 年越しだから法律が緩和されるなんて、聞いたことがない。一般人ならともかく、自分たちは警察官だ。法の番人であるべき我々がそんなことでは――。

「あんまり近付くと、火の粉が付きますよ」
 心情とは裏腹に、寒さに弱い薪の体は自然と熱源に引き寄せられていた。それを青木が引き戻す。炭化した木材がバランスを失って倒れた瞬間、激しく舞い上がった火の粉から薪を庇うように、細い身体を胸に抱いた。白いカシミアのコートが揺れる。
「おい。あんまりくっつくな」
「大丈夫ですよ。年越しなんですから」
 なんだ、その理由は。

 咄嗟に浮かんだ反論があまりにも多すぎて、どれから言うべきか優先順位を付けるのに少し手間取った。舌鋒を繰り出す準備を整えて薪が口を開いたとき、除夜の鐘が聞こえてきた。
 青木も周りの人間も、ポケットから手を出して胸の前で合わせた。目を閉じて聞く、深く沁み入るような鐘の音。薪はぼんやりとその光景を眺めていた。

 鐘が払うのは人間の煩悩。その数は百八つ。
 多すぎる、と昔は思っていた。煩悩とは人間の精神的成長を阻害する邪心のことで、つまりは手前勝手な欲望だ。それが100オーバーって、我が儘すぎるだろう。人間全体の数なのだろうが、自分の煩悩の数だけ聞けばいいのなら最初の10回ほどで充分じゃないのか。
 その頃薪が持っていた捨てなければいけない煩悩はひとつだけ。失くした恋への未練だけだった。それに比べたら今の自分は。
 省みて自嘲する。年を重ねたからって、人間成長するとは限らない。
 今の薪は、昔とは比べ物にならないくらいの慾を持っている。煩悩まみれと言っていい。

 青木と。
 一緒に過ごしたい。彼の笑顔が見たい。
 声が聞きたい。話がしたい。笑い合いたい。髪にキスをしたい。頬ずりしたい。抱きしめたい。きれいな風景を一緒に見たい。手をつないで歩きたい。穏やかな夜を共に過ごしたい。抱き合って眠りたい。目覚めて一番に彼の顔が見たい。
 これまでに願って、叶ったこと、見送られたこと、口に出せなかったこと、そのすべてを積み重ねてみれば百八つのリミッターなんかとっくに振り切れてる。
 心から愛している恋人がいて、その恋人からは過ぎるほどに愛されて。何ひとつ不満なんかない、でも後から後から湧いてくる、数えきれないほどの欲求。幸せな人間ほど欲深いって本当なんだ。
 だけど、源はひとつ。そこから派生するものは多種多様だが、突き詰めればたった一つの煩悩なのだ。それさえ払ってもらえれば、自動的に全てが消滅する。

 彼と一緒にいたい。

 ――百八回、ちゃんと聞いても消えなかった。
 結論。除夜の鐘に煩悩を払う力はない。

 分かってたことだけど、と肩を竦める薪の周りで人混みが動き出す。隣の人と新年の挨拶を交わし合う者、携帯電話でメールを送る者。ふと横を見ると、こちらを見ていた青木と目が合った。
「あけましておめでとうございます」
 何がめでたいのかよく分からないと思いながら、「うん」と答えた。
「今年もよろしくお願いします」
 4月までな、と思いながら「うん」と答えた。

 その場から境内に向かって、元朝参りの列が自然にできていた。年が明けたらお参りをして、神さまにお願い事をする。これこそ除夜の鐘に煩悩を払う効果が無いことの証明だ。もし煩悩が払われていたなら、願い事なんてないはずだ。それともみんな、世界平和とか願ってるんだろうか。
 参拝客に混じって、海を漂流するクラゲみたいに前進する。歩かされている感覚。これは良くない兆候だ。
 流されるのは楽だけど、今年は大事な年だ。自分の意思で歩かなければ。
 石畳の上を、古びた石造りの階段を、一歩一歩踏みしめる。今まで歩いてきた道も、これから歩む道も、自分が選んだ道だ。周りのせいにするのは卑怯だ。

 やがて社の前に出た。鈴を鳴らそうとすると、お賽銭が先です、と青木に止められた。
「前金制か」
「そういうわけじゃ」
 財布はジャケットの内ポケットに入れてあって、厚着しているからなかなか出てこない。「お賽銭はあらかじめコートのポケットに入れておくんですよ」て、それ先に言ってくれ。

 コートのボタンを外してジャケットの内側に手を入れた。探るが財布がない。忘れてきたかと思いきや、ポケットの底が破れていた。ジャケットの内側は袋状になっているから地面に落としてはいない。ジャケットの裾にあるはずだ。もう少し下、もうちょい。
 近所で用が足りる時や遊びに出るときは、いつもの長財布ではなく携帯に便利な二つ折りの財布を持ってくるのだが、失敗した。長財布ならポケットが破れても上部に端が残っていたはずだ。
 心の中で舌打ちする薪の隣で、青木は鈴を鳴らし、社に向かって手を合わせた。本来なら二礼二拍手なんだろうけど、今日のように混んでいる時は簡略化した方が神さまも早く仕事が終わっていいだろう。

「今年は薪さんが暴走しませんように」
「ンだと、こら」
「病気になりませんように。危険な目に遭いませんように。辛い思いをしませんように」
 ようやく探り当てた財布を、思わず握り締めた。亜麻色の瞳に映った青木の横顔は、幸せそうに微笑んでいた。
「願い事は自分のことを言え」
 僕なんかのことじゃなく。期間限定の薄情な恋人のことなんかどうでもいいから、自分が幸せになれるように。いい縁があるように、僕の穴を埋めてくれる素敵な女性と出会えるように、その意味の5円玉になるように。
「今年も薪さんと二人で楽しく過ごせますように」
 ……そう来るか。
 思わず苦笑した。

 初詣に意味はないけれど。
 この日、この場所に、彼と。
 共に立つことには意味があると、素直に思えた。

「ほら。薪さんも早く」
 急かされて、ジャケットの裾から胸元まで、二つ折りの財布を引き上げた。折られた部分が出口のところで引っ掛かり、無理に引っ張ったらスポンと抜けた。
「あっ」
 賽銭箱の、縦に並んだ板の隙間にうまい具合に入ってしまった。これって当たりなんだろうか。

 後ろに大勢の人が並んでいたし、とりあえずは鈴を鳴らして手を合わせた。右側の帰りの列に並び、登ってきた階段を一段一段下りていく。
「くそ、ぼったくられた」
「ぼったくりって」
 可笑しそうに笑う青木のスネを蹴らなかったのは、此処が神さまのホームベースだからではなく、石段の途中で彼が転んだら人間ドミノ倒しが起きるからにすぎない。聞くところによると神さまは何処にでもいて、しかも人間の心の中が見えるとか。今更いい子ぶったって無駄だ。

「財布ごと落としたわけだから、神社に訳を言えば返してもらえますよ。中にクレジットカードも入ってるんでしょう?」
「いや、あの財布は遊びに行く時のだから。現金しか入ってなかった」
「名前が無くても、財布の特徴とか中身の内訳を言えば」
「もういい」
 けっこう無茶な願い事だったからな、と呟いた、薪の声は周囲のざわめきに紛れた。社を離れても人は多く、砂利を踏む音や話し声など、辺りは様々な音に満ちていた。
 鳥居を潜って表通りに出た。お参りに来た者、帰る者、待ち合わせる者。鳥居付近は特にごった返していて、やっと息が吐けたのは横断歩道を渡って神社とは反対側の歩道に抜けた時だった。
 立ち止まって、後にしてきた神社を振り返った。寒さに身を縮こめる人の群れ。境内は臨時照明で殊更明るく、鳥居から社までの道の両側には赤い提灯まで灯されている。普段は誰の目にも留まらないような小さな神社が、今夜ばかりはお祭りのようだ。
 それを薪は、切ない目で見つめていた。
 青木と二人で来た、最初で最後の元朝参り。





*****




「はっくしゅ!」
 隣で薪がくしゃみをした。
 2070年、最後の夜。場所は自宅近くの神社。除夜の鐘が鳴り出すまで後2分ほどだ。

「さむい! 寒い寒い寒いっ」
 家を出た瞬間から発していた言葉を、またもや繰り返す。薪が文句を言わなかったのは甘酒を飲んでいた時だけだ。
「僕は寒いのは苦手なんだよ!」
「すみません」
 とりあえず謝ったけれど、寒いのは青木のせいじゃない。神社に行こうと言いだしたのも薪の方だ。薪は何でも青木のせいにしたがるから困る。

 人混みの中をゆるゆる歩いて、燃え盛る焚き火の前に出る。耳にくっつきそうなほど引き上げられていた薪の肩が、ほうっと開かれた。
「もう僕はここから離れないぞー」
「何しに来たんですか」
 除夜の鐘が鳴り終えても火の傍から動こうとしない薪に、青木はため息を吐いた。焚き火に当たりにきたわけではあるまいに。

「青木、僕の分も拝んでこい」
「ダメですよ。お賽銭も自分のお金じゃないと願い事は叶わないって言いますよ。ましてや、お参りの代理なんて」
「いいんだよ。何年か前に財布ごと奉納したんだから。100年分はあったはずだ」
「お賽銭は拝む度に必要なんです」
「なんだと、あれで1回分なのか? どこまでぼったくる気なんだ。僕みたいに慎ましく生きてる人間に」
「慎ましく生きてれば、預金残高が254円にはならないと思いますけど」
「うるさい。命令だ、行ってこい」
 薪は年々我が儘になる。人使いも荒くなったし、寒さに対してもそうだ。昔はもっと我慢強かった気がする。

「青木」
 マフラーを巻き直して火の傍を離れる青木に、薪が火を見据えたままで言った。
「願い事は自分のことにしろよ」
 毎年同じ注意をされる。青木の願いは何年も前からたった一つで、それ以外のことなんか意味を持たないのに。何度も説明したのに、どうして繰り返すんだろう。やっぱり年のせいなんだろうか。焚き火にくべられちゃうから言わないけど。

「分かりました。――薪さんのお願い事は?」
「僕はいい」
 神さまなんか信じないタイプの薪には、初詣のような行事は無駄に思えるのだろう。本音を言えば青木も、さほど信心深い人間ではない。今日だって薪が気まぐれを起こさなければ此処には来なかった。薪と一緒に年を越すことが重要なのだ。場所はどこでもいい。
 それはともかく、薪が望むことがあるなら聞いておきたい。誕生日は過ぎてしまったけれど、真冬の一大イベントが近付いていることだし。
「教えてくださいよ。ちゃんと薪さんの分もお願いしてきますから」
「『雪子さんが竹内と別れますように』」
 聞かなきゃよかった。

 青木は聞こえなかった振りで、そそくさとその場を離れた。行列に並ぶと頭一つ分突き抜けている、彼の後姿を見送りながら薪は微笑む。
 その姿が遠ざかり、人の波に完全に飲まれたのを確認してから、薪は前方の焚き火に目を戻した。ゆらゆらと揺れる朱色の炎にくべるように、そっと言葉を洩らす。
「僕はいいんだよ」
 だって、願いは叶ったんだから。後にも先にも、あれ以上の願いなんて僕には無いんだから。

 今年も二人で楽しく過ごせますように。



(おしまい)



(2015.1)


 今年もよい年でありますように。
 こちらを読んでくださったみなさまに、たくさんの幸福が訪れますように。

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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