モンスター(22)

 今日はメロディの発売日ですね!
 夜は薪さんに会えるかな(〃▽〃)



 お話の続きです。
 うーん、今回もメロディ発売までにオワラナカッター。





モンスター(22)






 ジャックナイフの刃先が薪の首を撫でた。観念して眼を閉じる。
 何処からか金木犀の香りが漂ってくる。それを今生の酒代わりに肺腑に収めながら、ああやっぱり、と薪は思う。

 やっぱり僕にはこんな最期が待っていたんだ。そりゃそうだ、あれだけのことをしておいて。畳の上で死のうなんて虫が良すぎる。
 鈴木。
 待たせたな。ようやく会えそうだよ。

 あちらの世界できっと自分を待っているであろう親友の姿を心に浮かべ、薪は旅立ちの準備をする。
 鈴木はこういう時いつもするように、ちょっと困った顔をして、でもやさしく笑ってくれた。仕方ないなあと言いたげに、うん、ごめん。解ってるよ。これはおまえが望んだ死に方じゃない。
 ――だけどね、鈴木。
 僕にはこの道以外、選べないんだよ。

 鈴木の不満顔に薪が言い訳すると、鈴木は何を思ったか前髪を手で後ろに撫でつけた。それからチタンフレームのスクエアな眼鏡を掛け――、
 ちょ、なにしてんの、おまえ。それ、反則だろ。

『薪さん』と彼が薪を呼ぶ。
 僕が死んだら、青木は――。

 瞬間、荒木の手首を掴んでいた自分に薪は驚く。それは薪の初めての抵抗であった。
「なにか、訊きたいことでも?」
 荒木が促してくれた時間稼ぎに乗って、薪は尋ねた。本音ではどうでもよかったはずのことを、いかにも気になっていたかのように。
「どうして今なんだ。これまでに、いくらでも機会はあったはずだ」
 尤もらしい疑問だった。荒木が第九に来てから2ヶ月になる。これまでに何度も二人きりになる機会はあった。なぜもっと早く行動を起こさなかったと薪に問われ、荒木は静かに答えた。

「母が死んだんです」
 先週の日曜に、と荒木は言った。
「おかしなもんですね。母が生きてるうちはいくら繰り言を言われても、聞き流すことができたんですよ。おれはデキのいい兄がそんなに好きじゃなかったし。嫌いじゃなかったけど、母のように仇を討ちたいとまでは思わなかった」
 薪の首にナイフを当てたまま、荒木は訥々と話した。
「でも、母の死に顔を見たら。その安らかさにぞっとしたんです」
 母親の最後を思い出したのか、荒木の手が微かに震えた。その微動は刃先に伝わり、薪の首に浅い傷をつけた。うっすらと血が流れる。

「母は末期がんで、その苦しみ方って言ったら尋常じゃなかった。なのに、なんでモルヒネの投与を拒否してたか分かりますか。薬でボケたらあなたへの手紙が書けなくなるからですよ。まあそれも8割方、青木さんが弾いてたみたいですけど」
 モンスターを名乗って薪に手紙を書いていたのは、荒木の母親であった。それが命の期限を切られた彼女にできる、唯一の復讐だったのだ。病床に着いてからも彼女は手紙を書き続け、それを息子の荒木に託し続けた。
「おれが第九に入ってようやく、母の言葉はあなたに届いた」
 青木の陰の働きを、薪は知らなかった。知らずに安寧を貪り続けた。無知ゆえの罪。

「痛みと苦しみとあなたへの恨みで、母の容貌は化け物のようでしたよ。それがあんなに安らかに。おれが代わりに恨みを晴らしてくれる、そう信じて死んでいったんだと思うと……こうする他なかったんです」
 平凡な家庭の主婦だった荒木の母親を、幸せに暮らしていた一人の女性を、そんな風に変えてしまった自分の罪深さに、改めて薪は打ちのめされる。
 自分が貝沼を見逃しさえしなければ、その悲劇は起きなかった。
「自分でもダサいことやってると思いますよ。殺意の相続なんか、今どき流行りませんよね」
 薪は残った力のすべてを振り絞って、荒木の手首を握りしめた。その丸い頬を、つう、と自責の涙が伝い落ちる。

「死にたくないですか?」
 薪の涙を生への執着と取り違えた荒木が、嬉しそうに訊いた。
「あなたがそう思ってくれてよかった。これで母も満足してくれる」
 荒木は薪の首から少しだけナイフを離し、首筋に滲んだ血を、もう片方の手でそうっと撫でた。
「どうして母が、真相を知ってすぐにあなたを殺さなかったと思います?」
 この期に及んで質問は無意味だったが、そのことは気になっていた。滝沢の話では、彼女が情報を得たのは2059年の夏。なぜ彼女はその時、薪を殺そうとしなかったのか。第九が混乱を極めたあの季節、薪の処分も確定せず、現在のように薪を守る者もいなかった。何よりも、鈴木を亡くしたばかりの薪はボロボロだった。女の力でも簡単に殺せたはずだ。
 なのになぜ。

「あの頃のあなたが死にたがっていたからですよ。殺したら、あなたに喜ばれるだけじゃないですか」
 荒木の答えは当たっていた。当時の薪にとって、死は唯一の救いであった。それを彼女は見抜いていた。同じように愛する者を喪い、絶望を見た人間として。そして。
「だから母は待ったんですよ、あなたが立ち直るのを。もう一度、この世に生きる希望を見出すのを。そこで殺さなかったら復讐にならない。だって兄は死にたくなかったんだから!」
 希望していた大学に受かって、2年目の春だった。バンド仲間と作ったプロモーションビデオが審査を通過して、ライブカフェで演奏させてもらえることになったと夕食の席ではしゃいでいた。
 兄が貝沼の手に落ちたのは、その矢先だった。
 初ステージに向けて、毎日遅くまで貸スタジオで練習を重ねていた。帰り道、ひとりになったところを狙われた。貝沼はターゲットの生活パターンを調べ上げ、機会を狙っていたに違いなかった。
 兄は貝沼清隆に殺された。理由は、『薪室長に少し似ていたから』。

「たったそれだけの理由で! あなたさえこの世にいなきゃ、兄貴は死ななかった! 母さんだって、あんな化け物じみた死に方しないで済んだんだ!」
 襟元を掴まれて揺さぶられた。がくがくと揺れる頭蓋骨の中で、脳みそが溶けたアイスクリームのようにぐちゃぐちゃに混ざるのを感じた。
「もっと」
 ぽつりと薪の頬に水滴が落ちて、薪が流した涙と合わさった。雨かと思い、そっと瞼を開けると、そこには滂沱する荒木の顔があった。
「もっと幸せに生きて、毎日楽しく笑って、そうやってずっと暮らせるはずだったんだ。父さんと母さんと兄貴とおれと4人で、それを」
 自分が不幸にした人間は、この世にどれだけいるのだろう。貝沼の犠牲になった少年たちだけでなく、その家族や友人たち。その数を思えば自分が此処に存在していることすら許せない気がして、薪は何もかもを打ち捨てた清白の表情で眼を閉じる。
「あなたのせいだ!」
 振り上げたナイフの切っ先が、薄曇りの空に鈍く光る。薪の瞳はそれを映すことなく、その心臓は鼓動を止めようとしていた。

 最期の息を薪が吐き終えた、そのとき。

 ガッ、と音がして、荒木の呻き声が聞こえた。石の上に金属片が落ちる音を聞きながら、薪の身体は支えを失って倒れていく。
 石に当たった膝の痛みで、思わず目を開けた。目の前に、自分の人生に終止符を打つはずだったジャックナイフが落ちていた。
 何が起きたのか分からずに呆然としていると、誰かに抱き上げられた。そのままその人物の胸に身体が押し付けられる。
 大切なものを扱う手つき。愛おしさに溢れた抱き締め方。
 厚い胸板と逞しい腕。薪の大好きな日向の匂いと、髪の毛から漂う懐かしいハードワックスの香り。

「薪さん」と呼ばれて、やっと目を開けた。
 予想を違えず、そこには薪の恋人が、親友と同じような困り顔で、でもやさしく笑っていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

モンスター(21)

 義妹がインフルエンザに罹りました。
 流行ってるみたいですね~。みなさんは大丈夫ですか?
 わたしは元気です。今年も「バカは風邪ひかない」を身をもって証明してます☆

 さてさて、お話の続きです。



モンスター(21)





 今井から、荒木が姿を消したと連絡を受けた二人は、彼の生家に急行した。情報センターからはこの場所が一番近かったからだ。
 荒木のアパートには今井を、自宅には小池を、母親の入院先には曽我を向かわせた。確証が無かったため詳しい事情は説明できなかったが、一刻も早く荒木の居場所を確定する必要がある、とだけ告げて職員たちを追い立てたのだ。

「どうやら決まりだな」
 荒れ果てた廃屋の中で、岡部は呟いた。
 この家は荒木の生母の名義になっていた。彼女は10年前、長男の和也が死んで半年後に離婚。それからは一人暮らしだったが、7年前に病に倒れた。精神的なショックから不摂生な生活を送っていたせいで病気と闘う体力を失くしていた彼女は、それから死ぬまで入院生活を余儀なくされた。つまり、この家はずっと空き家だったのだ。
 荒木の母親が死んだのはつい最近のことだった。そのため、データバンクには未だ記載されていなかった。病院に赴いた曽我からの情報で、それが分かったのだ。

 岡部の手には、失踪当日に薪の胸を飾っていたネクタイが握られていた。それには夥しい量の血が付いており、見下ろせば、腐って害虫だらけの床板にも赤黒い血が染み込んでいるのだった。
「まさか……本当に荒木が」
 ゾウリムシが集団で這い回る床に、引き毟られたように散らばっている亜麻色の髪の毛を見ても、青木はまだ信じられなかった。あの無邪気に笑う若者が、こんな恐ろしいことを。荒木がいつも薪を見ているのは恋情からだと思っていたが、それは青木の誤解で、実際は犯行の機会を狙っていたのだろうか。

「青木。これを見ろ」
 障子も畳も朽ち果てた部屋でたった一つ、最近ここに持ち込まれたと思われるものがあった。それは一枚の写真であった。そこには、大きなつば付きの帽子を被った黒髪の女性が、2人の少年と一緒に微笑んでいた。家の庭先で撮ったものらしく、レンガを並べて仕切った花壇には、ピンク色のガーベラが見事に咲き誇っていた。
「岡部さん。これ、薪さんが密会してた女の人じゃ」
「裏を見てみろ」
 ――お母さんとお兄ちゃん。
 子供の字で、そう書かれてあった。今はもう、その2人ともこの世にはいない。

「じゃあ、薪さんが会ってたのは荒木のお母さんの生霊……」
「この状況で冗談が出るか。おまえも図太くなったもんだ」
 え、と青木が首を傾げると、岡部は突然無表情になった。
「おまえってホント刑事に向いてないのな」
 溜息交じりにぼやいて、青木の手からパシリと写真を取り上げる。
「あれは荒木の嘘……いや」
 岡部は取り返した写真の、表面と裏面を代わる代わる見ていたが、やがて「そうか」と呟き、なんともやりきれない貌をした。

「どういうことですか」
「ここの日付を見ろ」
 写真の裏に書かれた日付には青木も気付いていたが、撮影日だと思って特に言及しなかった。たまたま何年か前の今日、この写真が撮られたと言うだけのことで――。
 あっ、と青木は思わず声を上げた。先刻、端末の画面を見たときにどうして気付かなかったのだろう。
 今日は、荒木の兄の命日だ。

「命日とくれば墓だ。荒木はそこで薪さんを殺す気なんだ」
 行くぞ、と機敏に身を翻し、岡部は外へ駆けて行く。青木も慌てて後を追った。
「でも岡部さん。お墓には不特定多数の人が出入りします。そんな場所で犯行に及ぶでしょうか。発信機みたいに、これもミスリードじゃなんじゃ」
「違う。これは荒木がおれたちに残したメッセージだ」
 どうしてそんな真似を、と青木は訊いたが、岡部は答えなかった。今は問答をしている場合ではない。青木も口を引き結んで素早く車に乗り込み、ハンドルを握った。シュッとシートベルトを引き、エンジンを掛けて、
「……お墓ってどこにあるんですか?」
「おまえ、ホント刑事に向いてないわ」
 突き出された岡部のスマートフォンの画面に、山本からのメールが届いていた。添付ファイルを開くと、荒木の実家およびアパートの地図、その近くの青果市場、彼の母親が入院していた病院など、彼に関する詳細なデータが表示された。岡部がその中から選び出したのは、代々木にあるS霊園のアクセス図だった。
「いつの間に」
「おれには薪さんみたいに天才的な推理力は無いがな。頼りになる仲間はたくさんいるんだ」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

モンスター(20)

 今週は防衛省の会計検査がありまして。その資料作りでちょっと忙しかったです。
 検査を受けるのは役所の監督員さんなんですけど、色んな資料を作るのは業者の仕事、でも、
 設計図作ってください、て依頼には驚きました。
 設計図って役所が作って業者に渡すもんでしょ。それって役所(正確にはコンサル)の仕事だよね?
 無茶振りっすよ~、監督さん。いつもお世話になってるからやりますけどね。






モンスター(20)





「えっ! おとり?!」
 青木は耳を疑った。スマホから聞こえてくるのは竹内の声だ。竹内はこんな状況で冗談を言う男ではない。

『ああ。トラックには室長のバッジだけが置かれていた。運転手の話によると、8時頃にS市場に荷を下ろしただけで、あとはノンストップだそうだ。犯人がコンテナにバッジを投げ込むならそこしかない。今、大友たちをS市場に向かわせて目撃情報を洗わせてる』
 断片的な会話から事情を察した岡部が、細い眉を険しく歪めて悲壮に呟く。
「まずいぞ。犯人は発信機で捜査陣を引き寄せて、その間に薪さんを殺す気なんだ」
 青木の顔がサッと色を失い、緊張に瞳が瞠られた。今この瞬間にも薪の命が失われるのではないかと思うと、気が気ではない。

『おまえらの方はどうだ?』
「中園さんに頼んで警務部長の許可をもらって、個人情報センターの端末を起動させたところです」
 はあ? とキツネにつままれたような声が返ってくる。無理もないと青木は思った。青木もなにがなんだか分からないまま、岡部にここまで連れてこられたのだ。
 個人情報保護のため、警察官の個人データは特定の端末でしか閲覧できないようになっている。その端末の操作には人事部職員の指紋認証が必要で、他部の職員が情報を得ることはできない。
 しかし、内部監査などで人事部職員を介入させたくない場合、警務部長の許可を得た上でこの場所の情報端末を使用することができる。この端末は人事部のデータバンクと繋がっており、人事部職員と同様のデータを引き出すことができる。
 ――のだが。

『おまえら、何やってんの?』
 本当に、何をしているのだろう。
 発信機が囮だったと聞かされた今では、別口捜査を選んだ岡部の判断は間違いではなかったことになるが、さりとて、警察の人事データに薪の監禁場所の手掛かりがあるとは思えない。

「岡部さん。なにも今、こんなこと調べなくても」
 岡部に急かされてキィを叩くが、青木の心中は穏やかではない。気持ちばかりが急いて、目的も定まらないままに走り出そうとする自分を押さえるのがやっとだ。
「いいから早くしろ。おれはどうもこのコンピューターってやつが苦手なんだ」
「第九の副室長にあるまじき発言だと思いますけど」
「宇野がいれば、もっと早くに調べさせたんだが。そうすればこんな所まで来なくても」
「もっとまずくないですか、それ。――出ました。あれっ?」
 目的の人物の人事データを引き出して、青木は意外そうな声を出す。本人から聞いた家族構成とデータが相違していたからだ。

「やっぱりな。中学の時に親が離婚して父親に引き取られ、その後父親が再婚して相手の女性の籍に入ったんだ。旧姓は森田か」
「ああ、これは血縁の欄だから。親が離婚する前の家族なんですね」
 警察官の血縁者は徹底的に調べられる。そこに暴力団関係者はもちろん、重罪を犯した者、宗教関係者も名を連ねることは許されない。警察の情報がそれらの団体に流れることを防ぐためだ。戸籍上の繋がりではなく予想される交流を重視したものだから、当然、旧姓の家族の氏名も明記されている。

「現在は実の父親と、その再婚相手との3人家族ですが、前の家族は4人。母親はK市民病院に入院中。兄がいましたが、こちらも2058年に亡くなっています。名前は森田和也……岡部さん、この人の死因……!」
『実兄 和也』と書かれた文字の右側、備考欄に記された忘れようにも忘れられない事件の名称を見て、青木の舌が凍りつく。
 ああ、と岡部が頷いた。
「モンスターの正体はこいつだ」




*****




 救難信号に釣られた捜査陣が、見当外れのトラックを追っていた頃。
 薪は、一つの墓標の前に膝を折っていた。
 深く頭を垂れ、脱水に震える両手を合わせて。殴打に腫らした頬と血の滲んだ唇でその美貌はわずかに損なわれていたものの、伏せた睫毛の美しさはこんな状況にあっても鮮烈に、見る者の心を惑わせる。

 傍らには、第九の新人の姿があった。
 薪と並んで、一緒に手を合わせている。先に合掌を解いた彼は、「そろそろいいですか」と控えめに声を掛けた。薪の祈りを破ることを恐れたような、小さな声だった。
 応じて薪は瞼を開き、こくりと頷いて見せた。弱々しく微笑んでみせる。それは彼の、渾身の力を込めた精一杯の笑みだった。

 荒木は薪に肩を貸し、彼を墓前に立たせた。薪がしんどそうに息を吐く。
 それを見て荒木は、ジャケットのポケットからある物を取り出した。それをそっと薪の細い首に宛がう。
 冷たい感触に、薪の首筋が慄く。
 荒木の右手に握られたもの、それは銀色に煌めくジャックナイフだった。



*****




 ――滝沢の話には続きがあった。

「一緒に暮らしてても意味がない」
 そう言われてしばらく沈黙した後、薪は訊いた。
「なぜ今なんだ?」
 この世に自分を息子の仇と見なす人間がいる。それを薪本人に知らせ、古傷を抉るのが目的なら、もっと早くに言うべきだ。例えば3年前、再会を果たした夜にでも。そうすれば、その日から薪に安らかな夜はなくなるはずだった。

「懺悔のつもりか。10年近くも前の情報漏洩などとっくに時効」
「その女にはもう一人、息子がいてな。兄が貝沼に殺された時、その子供はまだ中学生だった」
 思わず薪は席を立った。
 アクリルボードの向こうで、滝沢の声がフクロウの羽音のように囁いた。

『2番目の息子は第九にいる』


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

モンスター(19)

 今日はバレンタインデーですね!
 大切な人に感謝を込めてチョコを贈る、一年の中でも愛に溢れた1日だと思います。

 そんな中、ドS小説更新してすみません。
 わたしも早く終わらせたいの~(^^;




モンスター(19)






 第九室長失踪事件の追跡捜査に於いて現場指揮を執っていたのは、捜査1課で竹内の後を継いで第4班のリーダーを務めている大友警視であった。
 現在、3名の仲間と共に彼が乗っているのは、都内に何千と走っているありふれたバン。その中には大型の無線機と8つのモニター、そのうちの一つは救難信号の受信機とリンクさせてある。これで追尾車の中にいながら救難信号の位置が追える仕組みだ。
 そのモニターに目をやりつつ、大友は携帯電話に耳を傾けていた。

『まだ見つからないのか。何ちんたらやってんだ、バカやろー!』
「怒鳴らなくても聞こえますよ、先輩」
 鳴り響く罵声の木霊に顔を歪め、努めて冷静に言い返す。竹内に怒鳴られるのは4ヶ月ぶりだが、今は懐かしがっている場合ではない。
「もう少し待ってくださいよ。あと5キロの地点まで迫ってますから」
『5キロか。それなら5分だな』
「無茶言わないでくださいよ。相手も車で移動してるんですよ」
『知ったことか。5分以内に室長を救出できなかったらおまえ、どうなるか分かってるだろうな?』
「なにする気ですか」
『おれが捜査一課に復帰してやる』
「……戻りたいんすね」

 竹内はそのキャリアと見掛けに依らず、バリバリの現場人間だ。そのせいで、昔は第九を目の敵にしていた。
 それがどういった心境の変化からか、ある時から突然、第九と協力体制を取るようになった。そのおかげで第4班の検挙率は数倍に跳ね上がった。押しも押されぬ捜一のエースとなった彼にはしかし、彼の望まぬ運命が待っていた。つまり、出世だ。
 京大卒のキャリアで捜査一課検挙率ナンバー1の彼を、上層部がいつまでも現場に置いてくれるはずがない。6月に起きた母子殺しを解決に導いたのを機に、警察庁警備部へと配置替えになった。
 捜一は厳然たる実力主義、その中でエースの力は強大だ。今もその立場にあれば、課長に一言申し出るだけで、この捜索の指揮を執ることもできただろう。それができなかった悔しさを、竹内は後輩にぶつけてきているのだ。

「竹内さん。いい加減、落ち着いたらどうなんですか。子供、2人目生まれるんでしょ。奥さんだって、危険な現場から内勤に異動して、どれだけホッとしてることか」
『先生はそんな器の小さい人じゃない』
「口ではそう言っても、てか、なんで未だに先生呼びなんすか」
「大友さん!」
 他人の家庭に嘴を突っ込んだ大友のお節介を、咎めるように部下の声が車の中に響く。
「車両の特定ができました」

 電話を繋いだまま、大友は声を上げた部下が指差すモニターに顔を近付ける。自車の前に数珠つなぎになった車の、このどれかに薪はいる。
「どれだ」
「6台前のトラックです」
「あれか」
 それは大型のコンテナ車だった。
 犯人に気付かれる可能性があるため、ヘリを飛ばすことができない。パトカーで囲い込むのも危険だ。よって、追跡は数台の覆面パトカーで行われていた。相手が大型車を使用していたことは幸いであった。そのおかげで、かなり離れた位置から目的の車を視認することができたのだ。

「こちら1号車、対象の車を発見。直ちに検問の警察官に通達されたし。車のタイプは大型のコンテナ車。後面に『Y青果市場』の表記あり。現在位置はS市M町3丁目G信号付近。繰り返す、対象の車は」
『コンテナ車?』
 繋ぎっぱなしの電話から、竹内の不思議そうな声が聞こえた。気付いて大友が電話を取り上げる。
「はい、ここから見えますよ。コンテナにY青果市場って書いてあって」
『なんで人ひとり運ぶのにコンテナ車なんだ?』
「警察の目を晦ますための偽装じゃないんですか」
『却って目立つだろ。第一、業務用車両なんか使ったらアシが』
 竹内は、不意に黙り込んだ。何か思いついたらしい。
 恐ろしいことに、嫌な予感しかしなかった。今すぐ電話を切れと、大友の本能が言っている。その予感は過たず、現実のものとなった。

『大友。今すぐその車、止めろ』
「え。なに言ってんすか、竹内さん」
『早く。サイレン鳴らして緊急停止させろ』
「そんなことしたら犯人が逆上しますよ。人質の命が」
『いいから。止まらなかったらタイヤ撃ち抜いてでも止めろ』
「おれに警察クビになれって言ってます?」
『大丈夫だ。骨は拾ってやる』
「勘弁してくださいよ、もう」
 口では猛烈に反発しながら、大友はパトランプを用意する。窓から手を伸ばして車の天板に取り付け、高らかにサイレンを鳴らした。
「Y青果市場のトラック、止まりなさい!」
 竹内の、現場で鍛え上げた勘と捜査一課のエースを張ったその頭脳の冴えを、大友はずっと間近で見てきた。言葉にしたことはないが、心の底から尊敬している。自分のような未熟者が班長になれたのも彼のおかげだ。彼に導かれて、自分はここまで来ることができたのだ。大友にとって、彼の命令は絶対だった。

「左に寄って。速やかに止まりなさい」
 大友の誘導に従って、トラックが徐々にスピードを落とす。左ウィンカーが点滅したのを確認して、大友はトラックの前に回り込んで車を停めるよう運転手に命じた。
 矢先。
『何やってんだ、大友ォ!!』
 無線機の内蔵スピーカーが割れんばかりの勢いで、鬼より怖い捜査一課長のカミナリが落ちた。他の車両の連中から連絡が行ったらしい。
「やば。西田、課長のライン、切っといて」
 無線を担当していた部下がスイッチを落とすと、課長の声はあえなく切れた。強面で有名な課長の、こめかみの血管が膨れ上がるのが目に見えるようだ。
「いいんですか、大友さん。課長、カンカンですよ」
「いいわけねえだろ。くそー、クビになったら竹内さんちにパラサイトしてやる」

 吐き捨てるように言って、大友は車から降りた。停車したトラックの運転席に近付くと、窓が開いて農協の帽子を被った初老の男が顔を出した。何故自分が止められたのか、まったく心当たりがない表情だった。
 積荷を見せるよう命じると、男は素直にコンテナの後ろ扉を開け、中に大友たちを招き入れた。中は空っぽで、聞けば市場に野菜を卸して帰る途中とのことだった。
 コンテナの隅に、赤く点滅するものが落ちていた。ボタン電池のような形状の、それは紛れもなく大友たちを呼び寄せた発信機であった。
 それを確認するや否や、大友はスマートフォンに向かって叫んだ。
「竹内さん、やられました。この車は囮です」
『やっぱりか。おかしいと思ってたんだ。3日も経ってからSOSなんて』
 あのしたたかな室長がそんなマヌケなことをするはずがない、と竹内は悔しそうに呟いた。歯ぎしりの音が聞こえてくる。

「竹内さん。薪室長はどこに」
『……わからん』
 大友の視界の隅では鳴り響くサイレンに囲まれて、運転手の男が途方に暮れた顔をしていた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

モンスター(18)

 映画の影響でしょうか、最近、「はじめまして」の記事に拍手をいただいてます。ここ1ヶ月で20ちょっと。きっと新しいファンの方が増えたんでしょうね。喜ばしいことです(^^)
 うちのブログ、そのうち何人の方にドン引かれたのかとか、考えない考えない。
 そしてこの話、常連さんのうち何人の方に「しづのヤロー」と舌打ちされたのかとか、考えない考えない。




モンスター(18)





 車のトランクと言うのは荷物を積む場所であって、人間が乗る所ではない。然るに、乗り心地は非常に悪い。
 路面の僅かな段差を拾ってタイヤが跳ねるたび、その振動がダイレクトに伝わる。窮屈に折り曲げられた身体が金属製の内壁にぶつかって、ガムテープの下になった口唇がくぐもった呻き声を上げる。
 後ろ手に掛けられた手錠は、擦られて破れた皮膚から流れる血液で黒ずんでいた。これまで何度も容疑者に手錠を掛けてきたけれど、こんなに痛いものだとは思わなかった。逮捕された彼らが何日もこの状態でいることはまずないが、それでも人権に配慮して内側にクッション材を取り付けるべきだと次の部長会議で提起を――。
 ――もういい。この痛みも、もうすぐ終わるのだ。

 早朝、背中を蹴り飛ばされて起こされた。服を着せられ、相手の肩を借りる形で外に出た。薪の右腕の、傷口から流れた血が細い筋状に固まっていて、動くとそれが剥がれて大層痛かった。新しい血がワイシャツを汚し、白い袖に美しい、赤い花びらのような模様を描いた。

 相手は行き先を言わなかった。聞きもしなかった。どこから旅立っても行き着く先は同じだと思ったからだ。
 ガタガタと揺れていた車が止まり、短いドライブが終わった。ふわりと車体が浮き上がる感覚の後、バタンと車のドアが閉まる音がして、運転者が車から降りたのが分かった。
 カツカツと靴音が響く。どうやら地面はコンクリートのようだ。どこかの駐車場かもしれない。
 薪はトランクの蓋が開くのを待ったが、それは一向に訪れなかった。聞こえていた靴音は遠くなり、やがて消えてしまった。

 まさかここに放置?
 勘弁してくれ、と薪は思った。まあ、それでも充分死ねるが。

 暗い中でじっとしていると、疲労と空腹ですぐに意識が遠のく。捕えられてから何日経ったのか、もう分からなくなってしまった。食事は一度も与えられなかった。水だけは飲ませてもらえたが、生命を保つ最低限の量だった。軽度の脱水は頭痛と悪寒を伴い、薪から冷静な思考力を奪っていた。

 深い闇の中に沈んでいく意識の中で、青木の声を聞いたような気がした。なんだかとても懐かしく感じる、愛しい声。誰かと何か話している。相手は岡部か。なにやら楽しそうだ。
 よかった。僕がいなくても、青木は笑えるんだ。
 安心したせいか、薪は急速に意識を失った。限界を超えたその細い身体が、微かに痙攣していた。




*****




 細かい文字がぎっしりと書かれた書類を机の上に放り投げ、小池はううんと伸びをした。
「あー、疲れた。青木、コーヒー……あれ、青木は?」
「青木さんなら岡部さんと一緒に外へ出ました」
 小池の問いに山本が答える。山本は検事時代に、書類を読み上げながら被疑者の表情や無意識の動きを観察していた時の癖で、モニターに集中しながらも周りの動きを同時に見ている。おかげで彼は同僚が何処にいるか、大抵は把握しているのだ。
 それを聞いて小池は、ちぇ、と眉を寄せた。右肩を揉みほぐしながら、ふん、と鼻から息を吹く。
「なんだよ、青木は特別扱いかよ。ズルイなあ」
「仕方ないだろ。青木は薪さんのボディガードだし。第九の中じゃ、今や岡部さんの次に強いぜ、きっと」
 不機嫌丸出しの小池の声に、隣の曽我がのほほんと答える。尖った槍の先をふんわりと包む真綿の鞘のような口調だった。
 小池は第九の中で一番薪への文句が多いが、それはポーズで、本当は薪のことをとても尊敬している。だから今この瞬間にでも、捜索隊に加わって彼の救出に尽力したいに違いない。小池の親友は、そんな小池の心理と素直になれない性格を理解しているのだ。

「それもそうだな。じゃ、荒木、頼むわ……あれっ? 荒木は?」
「トイレじゃないのか」
 新人の応えがないことに気付いた曽我が一緒になって探したが、執務室の中に荒木はいなかった。目の利く山本ですら、荒木が出ていくのに気付かなかったと言う。
「荒木のモニター、30分前で止まってます」
「車のキィが1つありません」
「それは岡部さんたちが乗って行ったんじゃないか」
「いや、昨夜から無かったぞ。誰か使ってるんじゃないのか」
 第九の鍵類は、各々の机の鍵からキャビネットに到るまで、すべてキィボックスに格納されている。もちろん車のキィも。取り外すには自分のIDを打ち込まなければならない。

「IDの記録は……荒木だ」
 新人が研究室の車を勝手に借り出し、何処へ行ったのか。職員たちは一様に眉を寄せ、顔を見合わせた。
「昨夜も寝てないみたいだったし。あいつ、仕事終わってから薪さんのこと探してるんじゃないのか」
「薪さんがいなくなったの、自分のせいだって思い詰めてたからな」
 薪が行方不明になってからの荒木の落ち込みようは、見ているこちらが気の毒になるくらいだった。こういう事態に慣れていない分、その憔悴ぶりは、薪のイヌと揶揄される青木よりも酷かった。
 あの明るかった彼が、まったく笑わなくなった。真っ赤な目をして、寝不足にむくんだ顔をして、常に何か考え込んでいた。食事も喉を通らないらしく、誰かが食事に誘っても遠慮がちに首を振った。それが3日も続いた今では、もともと小柄な体が更に一回り小さくなったようだった。

「今も多分、発信機を追いかけて行ったんだ」
 たとえ何もできなくても、じっとしていられない。自分たちだってそうなのだ、失踪の責任が自分にあると思えば尚のこと。その気持ちはよく分かった。青木のことを「特別扱い」と皮肉った小池ですら、荒木の行動を責める言葉は持たなかった。
 室長、副室長共に不在の折、室長職を代行する今井が結論を出す。
「岡部さんに知らせておくか」


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モンスター(17)

モンスター(17)






 薪が姿を消して3日目。
 第九室長失踪事件は大きく動いた。薪の救難信号が発信されたのだ。

 ビーッ、とけたたましいブザーが第九に鳴り響いたのは朝の8時15分。その時刻には荒木を除く全員が出勤しており、引き続き容疑者の絞り込みのため資料箱を広げたところだった。
 慌てて駆け寄った受信モニターには、薪の居場所を示す赤い三角形が、地図の上を速い速度で移動していた。マークの軌跡が道路上に残されていることから、車に乗っているものと思われた。
「岡部さん!」
 職員たちがすぐさま岡部に知らせ、その判断を仰ぐ。岡部はいかつい顔に緊張をみなぎらせ、しかしその口調は極めて冷静であった。
「捜査本部に連絡だ。我々は捜索に加わることはできない。自分たちに与えられた仕事をするしかない」
 岡部の厳格な指示に小池と曽我は少し鼻白み、今井と山本は黙って自分の席に戻った。
 青木はと言えば、資料箱を抱いたまま、受信機に点る赤ランプから目を離すこともできず、傍目にはまるで金縛りにあったように立ち尽くしていた。しかしその心中は嵐のごとき葛藤のさなかであった。すぐにでも捜査本部に駆け込もうとする己が脚を留めるのに、渾身の力を振り絞らねばならなかったのだ。

「おはようございます。――何かあったんですか?」
 それから30分ほどして出勤してきた荒木は、ただならぬ緊迫感に首を傾げ、しかし誰からも答えをもらわないうち、救難信号の受信モニターに気付いた。
「これ、薪室長の?」
「捜査本部には受信機の映像をリアルタイムで送ってる。もうすでに、200人からの捜査官が254号線を北上している」
「おれたちは行かなくていいんですか」
「荒木、おれたちは捜索には行けないんだ。本部の人間以外は現場の追跡に加わることを許されない。おまえたちも、絶対に第九から出るな」
 薪を連れ去った犯人がどのような人間か、どんな武器を所持しているか、まるで分かっていない状態で、職員たちを現場に投入することはできない。ましてや第九職員はデスクワークが基本である。現場捜査に慣れていない素人が現場に混乱を招く危険性を考えれば、捜査本部の指令はしごく正当な措置であった。

 残念そうな顔をする荒木の横で、青木もまた拳を握りしめる。
 みんなが我慢しているのだ。自分ひとり、勝手な行動を取ることはできない。春の事件のとき、単独で薪の救出に向かった青木は、後からやってきた岡部にこってり叱られたのだ。
 薪が心配で居ても立ってもいられず、上司に何の断りもなく探しに来てしまった青木とは違い、岡部はあらゆる状況を想定した捜査計画書を提出し、その読みの深さと完璧さでもって捜査権をもぎ取って来た。それが警察官のやり方だ、おまえのはただの暴走野郎だ、と怒鳴られて、一言も言い返せなかった。
 それに、春先の事件とは状況が違う。あのとき薪は森の中をさ迷っているものと思われていたが、今回は薪を拉致した人物がいるのだ。例え青木が薪の居場所を探し当てたとしても、不用意に近付けば犯人を刺激し、却って薪を危険に晒すことになりかねない。追跡、探索、交渉術のプロが揃っている捜査本部に任せた方が安心なのだ。

 ――そう、いくら自分に言い聞かせても、青木の心は薪の元へと飛んでいく。
 薪がいなくなってもう三日。青木が、こんなに長く薪の存在を感じ取れないのは初めてだ。

 先日岡部にも言われたが、春先の事件でも冒頭、青木は薪がこの世の何処にもいないと感じていた。後に薪から聞いた話と繋ぎ合わせてみれば、その頃の薪に意識はなく、あったとしても完全に記憶を失くした状態で何一つ心に思うことが無かったらしい。青木と会うまで薪の記憶は失われたままだったが、その間も薪は、誰かが自分を探しに来てくれると言う希望は捨てなかった。
 思うに、青木が薪の居場所を探り当てられるのは、そうやって薪が発信したパルスを辿っているのではないか。非科学的な話になってしまうが、自分を見つけて欲しいと願う薪の気持ちが強いほどに青木のレーダーも精度を増すような気がするのだ。

 だがそう仮定すると、今回の状況は甚だ恐ろしいことになる。
 見つけて欲しいと願う意識もない、つまり既にこの世にいない。或いは、薬物等で意識が朦朧としたまま囚われの身となっている。
 救難信号が発信されて、青木が一番恐れていた前者の可能性はなくなった。薪は生きている。それだけでも心に明かりが灯った。
 しかしそうなると、薪は後者の状況にある可能性が高い。あくまでも仮定の話だが、そうでもなければ、薪自身が救出を望んでいないということになってしまう。常識的に考えてそれはおかしい。

「青木、ちょっと来い」
 ちっとも書類に集中できず、何度も同じファイルを繰っていた青木を、岡部が執務室の外に呼び出した。エントランスまで歩いてやおらに振り返り、誰もついてきていないのを確かめる。
「おまえは薪さんのボディガードだ。官房室からの正式な任命書がある。捜索に加わる権利があると進言したら中園さんがOKしてくれた」
「岡部さん」
 行け、と親指を立てられて、青木は走り出す。
 一刻も早く薪のところへ。モンスターから彼を奪い返し、この腕に抱きしめたい。

「て、なんで着いて来てんですか?」
 第九の正門を出てから気が付いた。岡部が隣を走っていた。
「おれはおまえの助手だ」
「みんなには絶対に第九を出るなって言っておいて」
「仕方ないだろう。刑事の鉄則は二人一組だからな」
「岡部さん……薪さんに似てきましたね……」
 夫婦は似るって言うけれど、薪の女房役の岡部もすっかり屁理屈が上手くなった。

 捜査本部は警視庁の中に設置されている。最短距離である中庭の地下通路からそちらへ向かおうとして青木は、岡部に呼びとめられた。
「青木、そっちじゃない」
「え、でも。捜査本部に行って情報をもらわないと。無線機も」
「いや。おれたちは別口だ」
 ポイと車のキィを投げられた。岡部の私物だった。
「少し、気になることがある」


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モンスター(16)

 本日、2個目の記事です。
 痛い薪さん平気な方は(15)から、地雷の方はこちらからどうぞ。




モンスター(16)






 2ヶ月前――。

 アクリルボードの外側で腕を組み、薪はパイプ椅子にふんぞり返った。来てやったのだからそちらから喋れと、15分しかない面会時間を無駄にする気かと、さらに背中を反らしたら椅子ごと引っくり返りそうになった。このパイプ椅子の不安定さはどうにかならないものか。
「相変わらず危なっかしいな、薪は」
 ふっと鼻で笑われて盛大に舌打ちする。帰る、と席を立つと、相手は一層笑いを深めた。

「おまえは相変わらず偉そうだな。滝沢」
 薪は歪んだパイプ椅子に座り直し、安定性を確保するため、開いた足をしっかりと床に付けて背筋を伸ばした。
「て言うかおまえ、全然変わってなくないか? なんで?」
 当たり前だが、刑務所の中は犯罪者だらけだ。荒くれ者も多く一瞬たりとも気が抜けない。特に滝沢のような元警察官は、彼らに目の敵される。事あるごとに暴力の洗礼を受けるのが暗黙のルールだ。そんな生活を3年も続けていれば、もっと顔つきが荒んだり、やつれたりするものではないか。
 見た目の変化の無さを薪に指摘された滝沢は、「おまえには負けるよ」と吹き出すように笑って、
「ここは案外快適でな」と穏やかに言った。
「そんなはずがあるか。警察官がム所に入ったら五体満足で出て来れないって」
「入ったばかりの頃、親切な連中が入れ替わり立ち替わり挨拶に来てくれてな。おかげで使い走りには不自由しとらん」
 全員シメたのか。なんてやつだ。
 どうやら刑務所内の皇帝に収まったらしい滝沢は、その力でもって塀の中に居ながら外界を探れる情報網を構築したと言う。現に、幾人かの刑務官も丸めこみ、こうして記録に残さない面会も可能になっている。まったく呆れた男だ。

「で。僕に何の用だ」
「おまえのかわいい顔が見たくてな」
「写真でも差し入れて欲しいのか。――げ」
 滝沢はニヤリと右頬を歪め、灰色の作業服のポケットから一枚の写真を取り出した。そこには、ツインテールにフリルまみれの衣装を着けた女の子、もとい自分の姿が。
「ここの壁は意外と薄くてな。こんなものも通り抜けてくる」
 何年か前、ゴスロリ好きの変態科学者を捕まえたことがある。薪は個人的な恨みから、その犯人に自分で手錠をかけたかった。犯人を捕まえるための罠を考えたのは薪だが、その要となる少女役を自分が務めることになったのは誤算だった。確かに危険性の高い役柄だったが、捜査一課があそこまで強く女子職員の起用を拒否するとは思わなかった。それでいて薪の作戦を支持した彼らの真意がこの写真の姿にあったことは、事件に隠されたもう一つの真実と言うか知らぬが仏と言うか。

「写真はそろそろ飽きたんでな。現物が拝みたくなったと言うわけだ」
「目玉潰してやろうか」
 薪の渾身の脅し文句なぞどこ吹く風、滝沢はニヤニヤと笑いながら、
「この写真、刑務所内で何に使われてるか知りたくないか」
 薪も男だから大方の予想はつく。と言うよりそれ以外の用途が思いつかない。
「このボードがなかったら撃ち殺されてるぞ、おまえ」
「おいおい、看守の前でそんな冗談を言うもんじゃない。する気もないことを真面目な顔で言う、おまえのそういうところはおれの好みだがな」
 何か強烈な皮肉を言い返してやろうと口を開きかけて、止めた。滝沢のセクハラ癖は今に始まったことではない。どうせこいつには何もできないのだ。ムキになるだけ損だ。

 腕を組んでパイプ椅子にもたれかかった薪に、滝沢は何気ない口調で、
「青木と暮らし始めたんだって?」
「大きなお世話、っ、誰にその話を」
 滝沢が自分に会いたがっていると、無記名の封書が第九に届いたときには驚いたが、この男にはそういった協力者が何人もいるのだろう。薪の周りを探っている人間もいるに違いない。
「道理で肌艶がいいわけだ」
「叩き殺す……! 表に出ろ!」
「薪、落ち着け。あまり看守を困らせるな」
 いきり立つ薪を滝沢が諌める。どちらが服役囚だか分からない。

「本当に帰るぞ! おまえにからかわれるために小菅くんだりまで来るほど暇じゃないんだ、僕は!」
「貝沼事件の捜査中。おれは一人の女に捜査情報を漏らした」
 びくん、と薪の身体が硬直した。唐突に突き付けられたのは、10年前の惨劇。
『貝沼』というキーワードで、薪の脳裏には瞬く間に事件の全貌が浮かぶ。連鎖する記憶は悲劇に次ぐ悲劇。折り重なった少年たちの死体。何度も夢に見た、ひとつとしてまともな身体はない、狂人の緻密さでもって切り刻まれたその惨たらしい姿。
 ぐにゃりと周りの風景が歪む。さっきまで真っ直ぐだったアクリルボードが、うねうねとのたくっている。パイプ椅子は今や、出来損ないのロッキングチェアのようだ。

「おまえは上野の家に謝罪に行っていた。鈴木はあの調子で、特捜の部屋に籠って一人で貝沼の画を見ていた。あの女が訪ねてきたとき、第九に対応可能な職員はおれしかいなかった。それでおれがあの女の相手をした」
 滝沢の声が、引き潮のごとく引いて行く。カタカタと音を立てて震える足元から、黒いものが這い上がってくる。
「女はつばの大きな白い帽子に大きなサングラスを掛けていて、顔は殆ど見えなかった。正門の警備員が追い払おうとしていたのを、おれが引き止めて中に入れてやった。
 その女はおれに、どうして自分の息子が被害者になったのか、訳を教えて欲しいと言った。それでおれはその女に」
 黒い霧のようなものは次第に薪の視界を塞ぎ、耳孔を塞ぎ、喉を塞ぐ。見えない手に首を絞められる感覚。

「――ちゃんと聞いてるか、薪」
 ごん、と額のすぐ側で音がして、薪は我に返った。光が戻ってくる。目の前のボードに内側から叩きつけられた滝沢の拳があった。
「大丈夫だ……大丈夫」
 込み上げてきた吐き気を抑えるため、手で口元を覆った。唾を飲もうとしたが、口の中がカラカラに乾いて為せない。深く息を吸い、委縮した肺を必死にこじ開けた。
「悪かった。続けてくれ」
 室長の仮面を着けたつもりだったが、もしかするとそれはひびだらけだったのかもしれない。滝沢がほんの少しだけ眉をしかめたから。

「貝沼は」
 それでも滝沢は薪の望み通り、話の続きをしてくれた。
「貝沼は第九の薪室長のことが好きで、彼に会いたくて人殺しになった。あんたの息子は薪室長にほんの少し似ていたから殺されたんだと、そう言ってやった」
 なぜそんなことを、と薪は言わなかった。言えなかった。それは本当のことだった。
「息子は苦しまずに死ねたのか、と訊かれたから、殺される前にどんなことをされたのか、詳しく教えてやった。他の被害者と同じように、その女の息子も酷い殺され方をしていた」
 ナイフで身体中を傷つけられ、その傷口を鞭で叩かれていた。性器に針を突き立てられ、後孔を責め道具で犯されて、彼の泣き叫ぶ声を聞いて貝沼は楽しんでいた。最後は喉をジャックナイフで切り裂かれて息絶えた。それが彼にとっての救いであるとさえ、見る者に思わせる凄惨さであった。

「おれはその頃、第九を壊滅させるために送り込まれた次長側のスパイだった。この女がマスコミにリークしてくれれば、格好のスキャンダルになると思った」
 滝沢の職務違反に薪は一切の弁明を求めなかったが、滝沢は自分からその理由を述べた。釈明ではなく、事実の伝達であった。
「ちょっと待て、滝沢。おまえ、貝沼の最期を」
「見た。あの女が使えなければおれが自分であの画像をリークするつもりだった」
 貝沼の画像が、鈴木の守った秘密が、MRIデータから削除されたのは鈴木が死んだ日。その前に、滝沢はそれを見ていた。しかし。
「おまえが鈴木を撃ち殺して。その必要はなくなった」

 貝沼事件被害者の遺族に、殺害動機の真実を知った者がいる。もたらされたその事実は薪の恐怖と当時の罪悪感を引き戻し、彼の面を蒼白にした。前髪に隠れた額に、じっとりと脂汗が浮かぶ。いくら唇を噛みしめても、顎の震えは止まらなかった。
「薪。ひとつ忠告しておいてやる」
 滝沢の眼に憐れみが浮かぶのを見て、薪はかぶりを振った。おまえに慰められるくらいなら死んだ方がマシだと心の中で毒づいた。でも本音では。
 もう、何も聞きたくなかった。

「これ以上、自分の中に秘密を増やすな」
 かぶりを振り続ける薪に、滝沢は言った。
「腹の中ぜんぶ晒け出せないようじゃ、一緒に暮らしてても意味がない」




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モンスター(15)

 こちら、可哀想な薪さん苦手な方はご遠慮ください、て、何度めの避難勧告だか(^^;

 やっぱり短いんで、次の章も一緒に上げます。
 姑息に、痛い薪さんがトップに来るのを防いでいるわけではありません(笑)






モンスター(15)





 思ったよりも長く眠っていたらしい。頭に水を掛けられて目が覚めた。薄目を開けるとランタンの灯りで錆びたバケツが転がっているのが見えた。薪の記憶に間違いがなければ庭に放置されていたものだ。
 水は、吐き気を催す臭いがした。バケツに溜まった雨水の上に落ち葉が降り積もって、それを食べる虫が湧いていた。それをそのまま掛けられたのだろう。

 できるだけ平静な眼で、薪は来訪者を見上げた。
 床から見上げるアングルだと、相手の帽子のつばが殊更大きく見える。サングラスはこの薄暗さの中では視界を悪くするだけだろうと思うが、相手は頑なにそのスタイルを貫いた。昨夜もその格好で薪を苛んだのだ。

 おまえのせいで私の家族はめちゃめちゃになったのだ、とその人物は言った。言いながら、昨夜刻まれたばかりでまだ薄皮もできない薪の腕の傷を爪で抉った。
 歯を食いしばる薪に、相手は、苦しいか、と訊いた。
 薪は返事をしなかった。ただ黙って痛みに耐えた。すると、傷を抉る力は倍になった。薪は歯を食いしばる力を2倍にし、それを堪えた。
 身体に掛けられていた上着が外されると、夜気の冷たさが骨身に染みた。食事を与えられていないから、細胞が熱を生み出すことができない。冷えきった身体に鞭は堪えた。いくら音消しの布を食まされても、呻き声が漏れてしまう。
 振り下ろされた正確な回数は分からない。しかしそれは昨日よりも短く感じた。打たれる間にも意識が途切れることが増えてきたから、そのせいかもしれないが。

 焼き鏝を当てられたような背中の痛みに耐えていると、相手は床に転がっていた責め具の中から一つを選び、それを手に取った。細い手に握られたグロテスクな物体に気付き、薪は身を固くする。羞恥心の強い薪にとって、それは純粋な苦痛より如何ほども耐え難かった。
 それは勘弁してくれないか、と薪は控え目に言った。開かれようとした太腿には、無意識に力が入っていた。
 薪の弱々しい抵抗に、相手は口角を吊り上げた。三日月形の唇から薪の心を砕く言葉が放たれる。

 おまえが絶望の中でのたうち回るのが見たいのだ。寒さに震えるのではなく、屈辱に震えるおまえをこそ見たいのだ。
 痛みと恥辱にまみれて死んでいった、私の兄のように。

 薪は身体の力を抜いた。すべてを諦めて眼を閉じた。
 長い夜は始まったばかりだった。



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モンスター(14)

 本日、2個目の記事です。
 (13)を先に読んでください。あ、いや、読まなくても通じますね。薪さん、ちょっと可哀相なんで、痛いの苦手な方は飛ばしてOKです。(じゃあ何故書く←だって萌えるんだもん←ゲス野郎)





モンスター(14)





 荒木が最初に二人を連れて行ったのは、都内に数えきれないほどある有名なファミリーレストランの一つだった。
「薪さんが、女と会うのにファミレス?」
 薪のイメージに合わないと、岡部と青木は揃って首を傾げたが、荒木はここで間違いないと断言した。
「この席に座ってたんです」
 そう言って案内したのは窓際の席で、基本、密会に通りから丸見えの席を選ぶなんてこれもまた不自然だと青木は思ったが、それは薪の不貞を信じたくない青木の思い込みに過ぎなかったかもしれない。
 店のロゴが印刷された全面ガラス張りの窓からは、歩道を闊歩する人々の顔がよく見えた。少し奥に焦点をずらせば信号待ちをしている車の群れ、横断歩道を渡るビジネスマンたち、その先にはK大学の門から吐き出される学生たちの姿が見える。

「先月の10日頃、店にこの人が来ませんでしたか。つばの大きな帽子を被ったご婦人と一緒だったと思うんですけど」
 薪の写真を片手に店員に聞き込みをしたが、薪と女を憶えている者はいなかった。駅に近いだけあって、この店は客が多い。聞き込みをしている間にも、向かいの大学で講義を終えたらしい学生たちが2回程、団体で入って来た。この調子では1日の集客数は300人を超えるだろう。1月も前の客の顔を憶えていないのも無理はなかった。

「青木、どうだ。薪さんとこの店、なんか関係ありそうか」
「いいえ。薪さん、ファミレス嫌いですから」
 1度だけ、外回りの帰りに青木の腹の虫が騒ぎ出して、手近なファミレスに寄ったことがある。その時の薪の講評は、うるさいし、料理は不味いし、とクソミソだった。それ以来、一度も利用したことがない。

 そこでの聞き込みは諦めて、次の場所へ行くことにした。
 次に荒木が案内したカフェは、ビルの地下にある暗い雰囲気の店だった。やたらとギターを担いだ若者が目に着くと思ったら、ライブカフェなのだそうだ。ここもまた、ティータイムに静寂を好む薪らしくない。
 外から見えない地下の店は密会向きなのだろうが、やはり薪の好みではない。薪は青木が選ぶ店に文句を言ったことはないが、照明の暗い店には眉を寄せるし、外の風景が見えない店はつまらなそうな顔をする。薪が好むのは明るく清潔な店で、窓が大きく開放感がある。外に雄大な自然が広がっていたりするとベストだが、それは東京では難しい。

 そう言った意味では最後に訪れた喫茶店も、良い選択とは思えなかった。
 店は手狭で、10人分しか席がない。落ち着いた会話には不向きなスツール椅子しか置いてないし、雑居ビルの中にあるから外はロクに見えない。コーヒーは正直言って不味かった。
 ただこの店には一つだけ、青木の注意を引いたものがあった。コルクボード一杯にピンで留められた写真だ。この店の開店当初からの習慣で、常連客がここで写真を撮り、このボードに残していくのだそうだ。
 もちろん、密会に使った店で写真を残していくはずはない。そこに映っているのは若者たち、それも学生ばかりだった。さっきのファミレスもそうだったが、この喫茶店は若い客が多いようだ。近くに学校があったから、きっとそこから流れてくるのだろう。
 時代も服装もまちまちの、それらの写真の中には少しだけ薪に似た子もいたりして、青木は、薪も大学時代はこんな店に学友たちと立ち寄ったのだろうか、などとノスタルジックなことを考えた。

「店はこれで最後か?」
「そうです」
 最後の喫茶店の、焙煎のし過ぎで焦げ臭いコーヒーを飲み終えて岡部は、ふうむと鼻から息を吐いた。
 荒木に導かれて薪と謎の女性の密会場所を回ったが、手応えはまるでなかった。それどころか違和感だらけだった。自分の好みとはかけ離れた店で、つばの大きな帽子を被ったサングラスの女と、薪は何をしていたのだろう?

 どの店でも目撃情報は得られなかったし、店の周辺でもそれは同じだった。捜査は空振りに終わり、3人は肩を落として第九に帰って来た。
 第九では4人の職員たちが、書類に埋もれて死にかけていた。みな、画面の見過ぎで眼がしょぼしょぼしている。小池なぞ、目が線ではなく点線になっている。
 どうでしたか、と訊かれて黙って首を振る。同じ質問を返す気にはなれなかった。聞かずとも、彼らの生気のない顔を見れば答えは明らかだった。
 同様に、捜索隊の成果も芳しくなかった。
 捜査一課では捜索範囲を消失点から半径10キロに広げたが、目ぼしい情報は得られなかった。
 薪は銀座のパーキングから、煙のように消えてしまった。あれだけ人目を引く人が、一目見たら忘れられない容姿を持つ人が、誰の眼にも触れず誰の記憶にも残らず。それこそモンスターに骨まで食われてしまったかのように。
 それらの情報は、岡部の後輩の竹内から得たものだ。竹内も今は警察庁勤めだが、捜査一課には彼が育てた後輩たちがいる。彼らに逐一報告を入れさせ、それを自分の先輩である岡部に流してくれるのだ。現場からの生の声は、官房室に上がる一課長の報告書より正確だ。見栄やプライドが絡まず、事実に尾ひれも付かない。

「おれは中園さんのところに顔を出してから帰る。おまえらも、もう帰れ。続きはまた明日だ」
 薪のことは心配だが、部下の身体も大事だ。休息を取らせなければ仕事の能率も下がる。
 特に荒木は精神的にも限界のようだ。新人で職場に慣れていない上、薪の失踪の責任を強く感じている。昨夜も眠れなかったのだろう、真っ赤な眼をして青白い顔をして、立っているのがやっとと言う有様だ。

「荒木、おまえは悪くない。荒木が責任を感じることは何もないよ」
 誰かがそれを言ってやらなければいけないと青木は感じて、そしてそれを言うのは指導員の自分の役目だと思った。
 よほど追い詰められていたのだろう、荒木は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。罪の意識がそうさせるのか、眼の縁に涙まで滲ませて、
「青木さん……おれ……」
「青木の言う通りだ。今日は何も考えず、酒でも飲んで寝ちまえ」
 岡部にやさしく肩を叩かれて、荒木はようやく頬を緩めた。その日初めての、そして最後の笑みだった。



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モンスター(13)

 先日、親友に「あんたの星座と血液型が薪さんと同じで、わたしの星座が青木さんと同じなのよ」と言う話をしましたら、「逆じゃね?」て言われました。わたしの方が薪さんじゃないの、てことで。
 でもこれ、褒め言葉じゃない。
 わたしの親友は、「薪さん=天才だけど性格破綻者。基本自分が王さまで自分勝手」 で、「青木さん=常識人。薪さんに振り回される可愛そうな人」だと思い込んでるんですよ。本当は青木さんの方が薪さんを振り回してるんだってこと、分からせてあげなきゃ。
 あ、でも、そうすると結局わたしが彼女を振り回してることになって、彼女の考えが正しいことに……ううーん。

 射手座と水瓶座って、火と水だもんねえ。仕方ないねえ。



 さて、続きです。
 
 今回の話、薪さんに痛い思いさせてすみません。何人もの方に言われて読み直してみたら、うん、けっこうヒドイね!!<おい。
 わたし、書いてるときは理性とか常識とか飛んでるから……誠に申し訳ないです。

 この章、すっごく短いんで、次のも一緒に上げます。よろしくです。




モンスター(13)





 青木の声が聞こえたような気がした。

 目を開けて、割れた窓から差し込む太陽光の位置が記憶よりも1mばかり右にあることに気付き、薪は知らず知らずのうちに自分が眠っていたことを知る。
 まだ、生きている。身体中痛いが。

 前の道からだろうか、若い女性の声がする。途切れ途切れに入ってくる会話から察するに、帰宅途中の女子学生らしい。センター試験の話をしているから、受験生だろうか。

 声の限りに叫べば、気付いてもらえたかもしれない。
 しかし薪の肺は、そのための息を吸おうとしない。声を出そうとすると突き刺さるような痛みを感じた。胸が潰れそうだ。
 歯を食いしばって痛みをやり過ごすうち、女子学生の声は遠ざかってしまった。失望とも安堵ともつかぬ溜め息を洩らし、薪は少しでも痛みを和らげるため、浅い呼吸に務めた。

 庭先から小鳥の声が聞こえる。
 元は民家らしいこの廃屋は、無人になって長いらしく、庭の樹も伸び放題だった。それが目隠しになって、表からは家の屋根すら見えない。見えたところで窓ガラスもない空き家だ。ホームレスだってもう少しまともな寝床を見つけるだろう。

 何かが自分の裸の脚を這っている。見ると、大きなムカデだった。
 ジメジメした廃屋は害虫たちの温床だ。痛みに紛れて気付かなかったが、周りには芋虫やらゲジゲジやら、汚らしい虫がたくさんいた。

 最悪だ、と薪は心の中で呟いた。薪はあまり虫が好きではない。
 だが、自分に相応しい寝床だとも思った。
 自分はこの虫たちと同じだ。人に蔑まれ、日陰にしか生きられず。太陽の光も美しいものも、見てはいけない。

 ――あの日から。

 薪は再び眼を閉じて、浅い眠りに戻った。
 今宵また自分を訪れるであろう耐え難い苦しみに向けて、少しでも体力を回復させるために。




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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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