ソング(4)

 ご説明の追加です。(今回多いな(^^;)
 法十設定で、雪子さんの誕生日は4月10日です。(この設定でいろいろ書いちゃったんで、今更ずらせないの、ごめん)
 公式プロフでは秋でしたね。なんとなく雪子さんは春夏生まれって気がしてたんですが。

 さてさて。
 楽しいカラオケパーティのはじまりはじまり。




ソング(4





 曽我が予約をしたカラオケルームに、薪は大きな花束を持って現れた。一足先に来て宴席を整えていた4人の目が点になる。
「雪子さんの誕生日プレゼント。用意する時間がなくて」
 雪子の正確な誕生日は10日後。それまでには何かしら用意するつもりでいたのだろうが、昨日の今日で、それが為せなかった。だからとりあえず花束を、と言うことらしい。

「薪さん、三好先生と一緒だったんじゃ」
「ああ。駅から一緒に来た」
「それ、三好先生にあげたんでしょ? なんで薪さんが持ってんですか」
「雪子さんが、荷物になるから持ってくれって」
 その言い分を薪は素直に信じたらしいが、雪子の本音は多分ちがう、と薪以外の全員が思った。
 薪が雪子のために選んだ花は、春の代表花チューリップ。それもピンクインプレッションとアプリコットビューティと言う可愛らしさに可愛らしさを掛け合わせたような組み合わせだ。雪子が持つには幼すぎる、が、年齢不詳性別不詳の薪には嫌味なくらい似合っている。その彼から花束を取り上げるのは、天使から羽根をむしり取るようなものだ。
「おかしい……おかしいよ」
「あの人、37だよな」
 もともと、仕事時間以外の薪は雰囲気が柔らかいのだ。その彼が白とピンクを基調とした花束を持つと、まるで春を連れてきた女神のようだ。

「で、主役はどこです?」
「雪子さんはレストルームだ。化粧直しだって」
 4人とも、女性心理には詳しくないが、自分よりも花束が似合う男と二人で街を歩いてきた女性がどんな気持ちなるかは想像が付く。今はそっとしておいてやろう。
「そんなことしなくても、雪子さんは充分きれいなのに。女の人は大変だな」
 自分が原因であることを全く理解していない。こういう男と友人関係を続けている雪子の苦労に思いを馳せ、4人はそっと心の中で彼女にエールを送った。その励ましが届いたのか、それからいくらも経たないうちに雪子は明るい笑顔で戸口から顔を出した。
「ありがとうね、薪くん」
 そう言って、薪から花束を譲り受ける。スプリングコートを脱いで曽我に預ける薪に聞こえないように、今井がこそっと雪子に耳打ちした。
「それ、渋谷駅で薪さんに渡されたんですか」
「そうよ。地獄だったわよ」
 視線で刺し殺されるかと思ったわ、と雪子は苦笑いし、花束に顔を伏せた。あの薪と友人でいると言うことは、彼の美貌に羨望を覚えるだけでなく、不特定多数の人間からやっかまれると言うことだ。内外ともに嫉妬の嵐、普通の女性だったら2ヶ月でノイローゼだ。

「雪子さん。コートをお預かりします」
「ありがと」
 コートを受け取ろうと手を差し伸べる。薪は雪子にだけはいつもやさしい。
「カラオケパーティなんて久しぶりだわ。みんな、今日はあたしのためにありがとう」
「雪子さんに喜んでもらえてよかったです。みんな、僕からも礼を言うぞ」
 ついでにみんなにもやさしい。

「いつもああならいいのに」
「騙されるな。仕事になったら鬼だぞ」
 小池と曽我がコソコソと囁き合うのに、今井と宇野はそっと目配せをして、
「面子も揃ったことですし。そろそろ始めましょうか」
「え。岡部と青木は?」
「青木はメンテナンス当番。岡部さんは家の用事があるそうです」
 小池が前もって用意した言い訳を口にすると、薪は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、そうか、と頷いた。
「せっかくの機会なのに。残念だな」
 二人とも、薪がマイクを持たされて困惑すれば代役を買って出るだろう。計画の邪魔になりそうな人間は排除するに限る。

「さあさあ、まずは乾杯です。みなさん、席に着いてください」
 宴会王の曽我の采配で、画面に対して垂直に並べられた4人掛けのソファの先頭に雪子が座り、その隣に薪、奥に今井が座った。反対側には画面に近い方から曽我、小池、宇野のラインナップ。ソファの間に置かれた人工大理石のテーブルには、豊富な種類の酒と湯気を立てる料理。皆にグラスが行き渡ったところで、主催者の今井が乾杯の音頭を取った。
「三好先生、38歳のお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。でも年、言わなくていいから」
「「「おめでとうございます、38歳」」」
「だから言わなくていいっての」
「雪子さん、さん」
「薪くんまで!」
「いえあの、ここ、山賊焼きが名物だって、メニューに」
「山賊焼き? なにそれ。美味しいの?」
「美味しいですよ。ひとつ、取りましょうか」
 追加の料理を品定めする二人の相談がまとまったのを見計らって、今井がさりげなくマイクを向ける。「先生、一曲どうぞ」と客人の雪子に幕を切らせる作戦だ。
 宴会の時、最初に歌う人間は緊張するものだ。誰かがスタートさせなければ始まらないのも事実だが、なかなかに勇気がいる。アルコールが回って宴会が盛り上がって、そのどさくさ紛れでもなければ、歌に自信のない人間はマイクを握らない。まずはその土台作りからだ。

「ちょっと待て。おまえら、先に雪子さんに渡すものがあるだろう」
「いや、残りの報酬はミッション完了後と言うことで」
「報酬? これは雪子さんのバースディパーティだろ?」
「バカ、小池。薪さん、おれは昨日のうちに渡しました!」
「なんでパーティ当日じゃないんだ?」
「え。だってそうしないと先生仕事してくれないから」
「仕事?」
「バカ、曽我、黙ってろよ。ちゃんと用意してありますよ。ほら、Pホテルのケーキバイキングチケット」
「おれはCホテルのディナー券です。パーティの後に渡すつもりです」
「全部食べもの被りなのは眼を瞑るとして、なんで後なんだ?」
「いいの、いいのよ、薪くん。あたしの誕生日、まだ先でしょ。プレゼントは当日もらえることになってるのよ」
「なるほど。そういうことですか」
 雪子の機転に救われる。4人は胸を撫で下ろした。

「さーて、歌うわよ」
 気の好い雪子は二つ返事でマイクを受け取って、最近のヒットソングの中から宴会向きの、ホップテンポのものを選んで披露した。彼女の歌声は明るく、快活で、パーティの開幕には誠に相応しかった。
「「「「三好先生、ブラボー!」」」」
「雪子さん、お見事です」
「まーね」
 拍手で締めくくられた雪子の歌が終わると、2番手を今井が引き受けた。「先生のように上手じゃありませんけど」と彼が選んだナンバーは、しっとりめのバラード。名の知れたイケメン歌手の曲だが、今井の低いテノールが曲にぴったりとマッチして、素人の宴会芸には十分なレベルだ。彼はなんでも卒なくこなす。
「さすが今井さん」
「顔がいいと得ですね。歌まで上手く聞こえる」
 なんだとこら、とグラスに入った酒を相手に掛ける真似をする。楽しい音楽と程よく回ったアルコールが、彼らの気分を上向きにしてくれた。

「次はおれ行きます。ここからは下手な順で」
 満を持して、宴会王の曽我が立ち上がる。「下手な順」などと謙遜する輩に限って、実は隠れた実力を――と、曽我に限ってそれはない。
「……ホントに下手だな」
 曽我の歌を聞いた小池が、細い眼をさらに細めて呟く。友情で言葉が選べるレベルではなかった。
 元歌(?)は最近流行の三代目Jと言う若手男子グループの曲だが、開始1分で原型を留めていない。恐ろしい破壊力だ。
「これ、三代目のファンが聴いたら怒るぞー」
「三代目ってなんだ」
 引き攣った顔で強張った拍手をする小池に、向かいの席から薪が尋ねた。隣の今井は画面に背中を向けて、耳に指で栓をしていたからだ。
「そういうグループ名なんですよ」
「世襲制なのか。変わってるな」
 変わってるのはあんただよ。今の日本で三代目知らない30代はあんたくらいだよ。
「もしかして薪さん。エグザ●ルも知らないんじゃ」
「追放者、または亡命者」
「言葉の意味は合ってるんですけどね……」

 惜しい人だな、と小池は隣の宇野と囁き合う。
 雪子の隣で、合成皮革のソファにちょこんと座ってトム・コリンズを傾けている薪は、どの角度から見ても難癖の付けようのない美形で。無意識に奪った異性のハートの数は海岸の砂粒ほどもある彼はしかし、世俗のことにはとんと興味が無い。これでは女性との会話も弾まないだろう。
 だが、これで薪の音痴説が俄然信憑性を増した。流行歌に興味が無い、それは歌うことが好きではない証拠だ。
 流行に興味が無い自体、弱点と言えば弱点だが、本人がそのことをまるで意に介していないのでは、ジョーカーにはなり得ない。何の気なしに質問が口を吐いて出るのは、知らないことを恥ずかしいと思っていないからだ。当人に苦手意識の無いものは弱点ではない。



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ジャンル : 小説・文学

ソング(3)

 こんにちはー。

 説明入れるの忘れちゃったんですけど、ご新規さんで、こちらの話を初めて読まれた方。
 うちの話は原作と設定が違ってて、
 青木さんは薪さんのストーカーで、雪子さんから薪さんの情報を仕入れていて、この時の食事はそのお礼。
 雪子さんは女神で食いしん坊。薪さんとは親友。
 薪さんは男爵。 

 ごめんなさい、説明苦手で……
 でも最初から読んでくださいとはとても言えないテキスト量なんで、ご質問、あれば受け付けます。(*・`ω´・)ゞ  



 

ソング(3)






 長い睫毛がふんわりと揺れ、光線の具合で化粧を施したようにも見える薄い瞼が亜麻色の瞳を一瞬隠す。つややかなくちびるが小さく開き、透き通るアルトの声が不思議そうに語尾を上げた。
「うちの連中が、雪子さんの誕生祝を?」
 大きな眼をゆっくりと瞬いた薪に、うん、と雪子は頷いた。第九の室長室である。
「今井くんから電話があって。いつも差し入れしてもらってるから、そのお礼にって」
 場所は渋谷、と雪子は彼らに言い含められた通りに地名だけを告げ、店の名前や詳細については「明日のお楽しみだって」と言葉を結んだ。

「薪くんも来てくれるでしょ?」
「すみません。僕はちょっと」
「そんなこと言わないでよ。あたし、薪くん以外、第九に気安く話せる人いないんだから」
「大丈夫ですよ。自分から誘っておいて、相手に気まずい思いをさせるような常識の無い人間はうちにはいません。それに」
 柄にもなく不安がる雪子を安心させるように薪はにっこりと笑い、しかし次の瞬間、がらりと表情を変えて見せた。
「もしも雪子さんに不快な思いなんかさせたら僕が黙ってないことくらい、みんな分かってますよ」
 ふ、と笑ったきれいな顔の冷酷なこと。先刻、雪子に向けたやさしい笑みとは雲泥の差だ。部下たちの気苦労が偲ばれる。
 でも、と尚も言い募る雪子に、薪は天使に戻ってニコリと微笑みかけ、
「雪子さんのお世話は、青木が責任を持ってしますから」
 その企ては何度も失敗しているのに、薪は相変わらず頑固だ。雪子は作戦を変えることにした。

「あたしは薪くんに来てもらいたいの」
 ぱん、と手を合わせて勢いよく拝み倒す。薪のような理屈人間に、くどくどと理由を並べ立てるのは愚の骨頂だ。
「お願い」
 滅多なことでは使わなかった女の武器、もとい薪相手には身長が合わなくて使えなかった上目使いのお願い攻撃を繰り出してきた雪子に、薪は開いていたファイルをぱたりと閉じた。俯けて、黒髪で隠れた面で雪子はほくそ笑む。もらった。
「分かりました。明日の夜、7時に渋谷駅ですね」
「ありがとう!」
 約束さえ取り付ければ長居は無用。薪の気が変わらないうちに退散するが上策だ。「じゃあよろしくね」と雪子は友人に手を振り、室長室を後にした。モニタールームで帰り支度をしていた岡部に会釈し、新人が淹れてきたコーヒーを「ごめんね」と片手を上げて断り、報告書のファイリングをしていた今井にこっそりと親指を立てる。

 廊下を抜けてラウンジに出ると、そこで残る3人が待っていた。
「さすが先生。お見事です」
「こちら、お約束の叙々苑の食べ放題券です」
 宇野から報酬を受け取って、にんまりと笑う。彼女の絶大なる食欲の前に友情は脆い。
「俺の叙々苑……」
「役に立ってよかったじゃないか」
 チケットが白衣のポケットに落とし込まれるのを名残惜しげに見送る曽我の肩を、尖った肘で小池が突く。曽我は当初の目的を見失いかけている。

「さあて。明日が楽しみだ」
 悪ガキそのものの顔で笑い合う3人の様子に、雪子は持ち前の好奇心が疼いたが、裏事情は知らないに越したことはないと判断して訊くのをやめた。薪は鋭い。もし雪子が彼らの計画の全容を知っていたら、彼に見抜かれてしまう恐れがある。自分には明日、薪を指定の場所まで連れて行くと言う仕事が残っている。そこまで成し遂げて任務完了だ。残りの成功報酬は、Pホテルのケーキバイキングのチケットだ。万が一にも失敗は許されない。
「会場の地図は明日、先生の携帯に送ります」
「OK。そこに薪くんを連れて行けばいいのね」
「そうです。よろしくお願いします」
「任せて」
 雪子の頼もしい返事に、3人はぐっと拳を握る。雪子は自分たちに勝利をもたらす女神のようだと誰もが思った。えらく食い意地の張った女神だが。

「なんだ、おまえら。先生となんの相談だ?」
 鞄を持った岡部が通りかかり、打ち合わせ中の彼らに声を掛けた。ぎくりと肩を強張らせたのは小池と曽我のコンビ。彼らだけならこの作戦は発覚していたかもしれない。しかしそこには、クールガイの名も高い宇野がいた。
「先生の誕生祝に、食事にでも行こうかと話してたんですよ」
「おお。じゃあおれもご相伴に」
「先生の好みに合わせて、Cホテルのフレンチですけど?」
「う。あ、いや、遠慮しとく」
 Cホテルと聞くと、岡部は急に焦り出し、両手を振って逃げるように帰って行った。彼は堅苦しいテーブルマナーが必要なディナーは苦手なのだ。

「さすが宇野」
「まあな」
 2年近くも一緒に仕事をしているのだ。岡部の鬼門はリサーチ済みだ。
「宇野って真面目そうな顔して、意外と策士だよな」
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺はただ」
「ねえ。これって岡部さんには内緒にしておいた方がいいのよね?」
「あ、はい。お願いします」
 いいけど、と雪子は豊満な胸の前で腕を組み、太陽のように笑った。
「Cホテルのディナー券、追加でお願いね」
 まだ食う気か。
「もちろんペアでね」
 しかも2食分か。

 それじゃ明日ね、と上機嫌で去って行く白衣の美女の後ろ姿に、悪童3人組は、彼女と結婚した男は彼女の食費を稼ぐだけで人生が終わってしまうだろうと、未だ見ぬ未来の花婿にいたく同情したのだった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ソング(2)

こんにちは。

 おかげさまで、お義母さんの手術、無事に終わりました(* ´ ▽ ` *)
 総胆管を除去したので、本人かなり痛かったみたいですけど、金曜日に退院できまして、今回は3日間の入院で済みました。よかったよかった。



 ところでみなさん。
 ストレス溜まってませんか?

 実はわたし、先週の土曜日から3日ほど、夜中に胸が痛くなって眼が覚めたんですよ。右胸の下辺り、肋骨の2本目と3本目の間くらい。日中は平気なんですけど、夜中の2時半ごろになると、毎日痛くなるんです。
 金曜日に親不知が腫れたってんで口腔外科で薬もらって飲み始めたところだったので、薬の副作用か、最悪心臓か、めんどくせえな、って思いながら病院へ行きましてね。血液からCTから全部調べたんですけど、「内科的にはまったく異常なし」とのことで。
 翌日、整形外科にも診てもらったんですけど、肋間神経痛でもないって言われました。あれは日中も痛むし、大きく息を吸ったり、押したりしたら痛いそうですね。
 痛くて目が覚めて、1時間くらい断続的に痛かったのに、原因不明って納得できない、と思いながら帰ってきたんですけど、
 火曜日にお義母さんが入院したら、その夜から痛くないんですよ!
 なんだそれ、いやな嫁だな、おい!!

 もー、自分が嫌になっちゃいましたよ~。
 お義母さんのことは嫌いじゃないし、看護も嫌々やってるつもりはなかったのに、身体に現れるなんてすごくショックでした。

 ただね。
 人間てこういう生き物だとも思うんですよ。意識下の、深いところで思ってることと、考えてることは違うの。
 だからと言って、それを偽善とか自分に嘘を吐いているとか言ってしまうのは、また違う気がするんですよ。
 上手く言えないんですけど……うん、これで今度1本書きます。

 それにしても、夜中の2時頃に胸が痛いって、まるで丑の刻参りみたいっすね☆
 モンスターで薪さんにヒドイコトしたからバチが当たったのかしら(笑)





ソング(2)





「まずは作戦の結果から報告してもらおう」
 会議の進行を務めるのは、薄茶色の髪をオールバックに撫でつけた、エリート風の美男子だ。彼は長い足をスマートに組み、穏やかにメンバーの顔を見渡すと、おもむろに口を開いた。

「小池、プランAはどうだった?」
「まるで無反応。どころか、ソッコーごみ箱行きでした。島崎●香ちゃんのヌード写真、苦労して手に入れたのに。あの人、女性に興味無いんじゃないですか」
 廊下に、今をときめくアイドルのイケナイ写真を落としておき、通りかかったターゲットがそれを懐に入れる瞬間をカメラに収める。普通の男なら十中八九引っ掛かるはず、なのに薪ときたら。
「信じられないよな。男がこれをゴミ箱に入れるって」
 一巡の迷いもなく屑カゴに投入された哀れな写真を拾い上げ、小池は深い溜息を吐く。
「ネットオークションで大枚叩いて落札したのに」
「「「てか、合成写真だろ、これ」」」
「ええっ?」
 アイドルの美貌に目が眩んで写真の真贋も見抜けなかった腑抜け男が、皆に突っ込まれてがっくりと肩を落とす。写真加工をさせたらプロ顔負けの宇野が断言したのだから、小池が偽物を掴まされたことはまず間違いない。

「曽我。プランBは?」
「ダメでした。叙々苑の食べ放題券に見向きもしないなんて、人間とは思えません」
「「「室長、食が細いからな。最初から期待してなかったよ」」」
「そ、そんなあ」
「宇野のCプランは? どうだった?」
「新型のハードディスクをエサに秋葉原まで連れ出すことには成功しましたが、メイド喫茶に連れ込むことはできませんでした。猫耳とメイド服の誘惑に勝てる男がこの世にいるなんて、俺には信じられません」
「「「給料貰った当日に秋葉原に全額置いてくる男はおまえくらいだと思うけどな」」」

 はあ、と全員が失意の溜息を吐く。悉く失敗に終った作戦の残骸が、彼らの前に無慈悲な彫像のように横たわっていた。
「女にも食べることにも興味ない。寝坊で遅刻したこともなければ二日酔いで仕事に来たこともない。そんな人間がいるのか」
「この目で見ても、俄かには信じがたいですよね。とはいえ」
 そこで4人は、合言葉を繰り返す。

『薪さんだって人間だ』

 秘密の会合が開かれたきっかけは、室長派の先鋒、岡部のこの一言だった。
 先月、薪は職場で高熱を出して倒れ、3日間の入院を余儀なくされた。それまで一度も(突然眠ってしまうことはあっても)病欠したことのなかった薪の変調に皆は、てっきりサイボーグか何かだと思っていたがどうやら人間らしいことが分かってびっくりした、と冗談を言い合った。それを受けて、岡部が笑いながら言ったのだ。

 なるほど、と誰もが思った。人間ならば完全ではあり得ない、すなわち。
 薪にだって、何かしら弱みがあるはず。それさえ見つけることができれば、あのマシンガンのような言葉の暴力にも対抗する手段ができるかもしれない。

 例えば薪が、虫が嫌いだったとする。生理的に受け付けないそれをMRIでガン見するのは、精神的消耗が激しいはずだ。
 そう思って色々仕込んでみたのだが、今のところ、薪が苦手とするものは見当らない。それもそのはず、薪は第九の誰よりもMRI捜査の経験が長いのだ。猟奇殺人でグロテスクな映像は見慣れているし、忌み嫌われることの多い爬虫類や芋虫の映像は、精神の均衡を欠いた被害者のMRIにしょっちゅう出てくる。
 逆に、女性の裸やAVまがいの情交シーンも混ぜてみたが、眉ひとつ動かさない。本当にロボットのようなのだ。

 彼らの心の中で、『薪さんだって人間だ』の合言葉が『薪さんだって人間のはずだ』に微妙に変わりつつある。複雑な胸中を絞り出すように、今井が苦い顔で呟いた。
「風邪を引くロボットだったりしてな」
「はは」
 乾いた笑いが広がる。出口の見えない探索の旅に、彼らはいい加減、嫌気がさしている。
 もし彼らが薪と敵対関係にあって、本気で薪の弱点を探ろうとするならば、逆にことは簡単なのだ。一昨年の夏の事件を持ち出せばいい。しかし、そのことを指摘するものは誰もいなかった。頭にくることは多々あるが、薪は敵ではない。あの澄まし屋の室長にほんの少しだけ、バツの悪い思いをさせてやれればそれでいい。

「仕方ない。宇野、プランZを」
「もうやりました」
 ハッとみんなが息を飲む。「無茶しやがって」と小池が呻くように言った。
 それはすべてのプランが失敗に終わった時の最終手段として話し合われた作戦で、これから行うかどうか検討すべき事柄だった。ところが宇野は、猫耳を無視された時点でこの作戦に突入してしまったらしい。宇野の世界観の狭さが、作戦の遂行を急がせたのだ。

「計画通り、人事データにアクセスして卒業校の成績証明書を入手しました」
 狙いは専攻科目の多い大学ではなく、未だ自分の適性を探る段階で、当人の意思とは違った科目も強制的に勉強しなければいけなかった学生時代。中でも高校のものがベストだ。小学生時代の苦手科目を努力によって克服した学生はたくさんいる。しかし、高校生くらいになると粗方の将来設計ができてくるから、自分が目指す大学の必須科目に力を入れるようになる。文系の大学なら苦手な物理を捨てて、得意の英語を伸ばそうとする。つまり、高校の成績表は得手不得手がハッキリするのだ。
「「「どうだった?」」」
 聞かれて宇野は、意味深な笑いを浮かべた。3人の心に希望の灯が点る。
「ご自分の目で確かめてください」

 宇野は、データを印刷した紙を中央のテーブルに静かに置いた。3人の手が我先にと資料に伸びる。しかしその手は資料を目にした途端に強張り、わなわなと震えた。
「なんだよ、これ」
「偽造じゃないのか」
「やっぱ人間じゃねえな」
 なんて面白くない成績表だろう。最高評点以外の数字がどこにもない。評定書にも「真面目・勤勉・熱心」等の文字が並んでいる。交友関係の欄にやや孤立気味との表記が見られたが、それは弱点ではない。
「でしょう? 見なきゃよかったと思いましたよ」
 してやったりの宇野の顔つきに、先刻の彼の思わせぶりな微笑は、己が味わった絶望にみんなを巻き込むためであったと知る。宇野はひねくれ屋で性格が悪い。薪に比べればかわいいものだが。

「頭良くて顔良くてスポーツも万能。足も速いし、水泳も得意ときた。てか、男のくせに家庭科まで満点ってどういうことだよ」
「美術も情報も、――うん?」
「あ」
「音楽だけ4だ」
 5段階評価なのだから、4だって決して悪い点ではない。しかしたった一つだけ記された他と形の違う数字は、まるで深いクレバスのように彼らの眼には映った。
 進学を目指す学生が志望校の試験科目の教科に多くの勉強時間を充て、その他の教科をややおろそかにする、それは当り前のことで自分たちもしてきたことのはずなのに、そんなことはすっかり忘れて彼らは色めきたつ。愚か者よと、しかし彼らを嗤うのはあまりにも可哀想だ。闇夜の海でたった1本抜け落ちたカラスの羽根を探すがごとく、どれほど目を凝らしても見つからない探し物に疲れ果てた彼らにとって、それはやっと訪れた一筋の光であった。それに縋りつくことの短絡さを、だれが責められようか。

「高校の音楽って何やったっけ」
「ひたすらクラシック音楽の曲名と作曲者の暗記」
「暗記物で薪さんが他人に後れを取るとは思えないから、このマイナス1点は実技ってことだ」
「楽器か、声楽か」
「高校生がリコーダー吹かないだろ。絶対に声楽の方だ」
「てことは」
「「「「薪さん、もしかして音痴?」」」」
 4人は殆ど同時にその結論に達し、それが重なり合ったことで確証を得た。自分だけじゃない、みんなそう思ってる。これだけ一緒にいて誰も、薪の歌を聞いたことがない。聞いたことがないのは人前で歌ったことがないからだ。苦手だって自覚があるから歌わないようにしてるんじゃないのか。
「ペーパーテスト100点でもカバーできないくらい、すっげー音痴なんだよ、きっと」
「だよな。鼻歌すらないっての、不自然だもんな」
 ここ一月の間に繰り返された不毛な議論と潰え去った数多の策謀。負け戦が続き、まるで焼け野原のようになった彼らの心に、その仮説は一輪の可憐な花のごとく、希望と言う名の花弁を開く。人間が落とし穴にハマるのは、得てしてこういう時だ。

「そうと決まれば、後は薪さんを舞台に上げるだけだが。難しいな」
 彼らの目的にぴったりのカラオケボックスと言うものがあるが、はてさて。
「事件解決の祝いの席にさえ顔出したことがないんだぜ。そんな人間にカラオケルームなんて、どうやって誘えば」
 難しい顔で腕を組む小池に、宇野が涼しい顔で言った。
「そうでもない。あの人の協力さえ得られれば」
「なるほど。あの人か」
 宇野の作戦を瞬時に読み取った今井が、携帯電話を取り出しつつ、ふ、と笑う。貴公子めいた彼の美貌にその笑みはとてもよく似合って、でも考えていることは下衆の極み。
 小池と曽我が首を傾げるのを横目に見ながら、彼は一本の電話を掛けた。
「青木か。三好先生と一緒なんだろ。ちょっと代わってくれ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ソング(1)

 こんにちは。

 昨日、過去作にたくさん拍手くださった方、ありがとうございました。
 最初の頃の話は今よりもっと下手くそで、読んでいただくの申し訳ないくらいなんですけど、警察機構の階級制度や組織の仕組みなどを一生懸命に調べて、細部まで拘って書いてた記憶があります。
 今は年取ったせいもあって、いろいろ調べるのメンドクサ……いやその(^^;

 そして改めまして、7万拍手ありがとうございました。こちら、拍手のお礼SS、
「楽しい第九 in カラオケボックス」でございます。
 以前、にゃんたろーさんとお約束したものです。(いつの話) にゃんたろーさん、お待たせしました~。
(文脈的にこれが7万のお礼みたいになってるけど、6万5千のお礼がまだだったこと、だれか気付いたかしら。このままごまかせるかしら。←サボってないで書け)

 お話の時期は、モンスター事件より7年ほど遡りまして、2061年の春です。(青薪さんは、まだ恋人同士ではありません)
 カテゴリは雑文、カラーはギャグ、男爵は全開になっております。

 以上、お含みおきの上、本日も広いお心でお願いします。 
 




ソング(1)





 スパコンのファンが回る音とプリンターが紙を吐き出す音、カチカチと忙しなく響くマウスのクリック音。ポーンと弾むような電子音はメールの到着を知らせる音、ガーッという騒音はシュレッダーが廃棄書類を細断する音だ。

 室長室のドアに張り付くようにしてそれらの音を聞いていた岡部は、上司に呼ばれてドアの前から離れた。薪が不思議そうな顔で自分を見ている。首を傾げて瞬きをする、声には出ないけれどそれは「どうした?」という彼の懸念のポーズ。
「あいつら、この頃ヘンじゃないですか」
「なにが」
「いつもこそこそ話してるし。それも、おれや薪さんが部屋にいないときに限ってですよ」
 岡部よりも勘の鋭い薪のこと、それはとっくに気付いていたらしい。書類をめくる指先には露ほどの驚きもなく、文字を追う亜麻色の瞳には微塵の揺らぎもなかった。

「上司ってのは煙たがられるもんだ。おまえもどちらかと言うと、僕と同じ管理職だろ」
「それならいいですけど」
「なにを心配している?」
「第九には重要機密が満載ですから」
「岡部。自分の部下だぞ。もっと信頼しろ」
 書類に目を落としたまま薪は、ふっと鼻で笑った。
「大丈夫だ。そんなことをしたら死んだ方がマシだって目に遭わせてやるって、最初にたっぷり脅してあるから」
 それは信頼してるって言いませんよね。

「おれは言われてませんけど」
 差し出されたファイルを阿吽の呼吸で受け取って、岡部はわざとらしく言い返す。先刻の言葉は天邪鬼な彼の、シュールな冗談だと分かっていた。
「おまえには必要ないだろ」
 それが信頼の証なのか、或いは嘘が不得手な岡部に対する皮肉なのか、本当のところは不明だが、部下としては前者の解釈しか許されない。

「岡部。週末のことなんだけど」
 週末と言われて岡部は頭の中でスケジュール表をめくり、いくつかの予定をピックアップした。その中のどれだろうと思いながら薪を見ると、彼はやや俯き加減になって右手を口元に宛てていた。この人がこういう仕草をするときはアレだ、プライベートだ。薪と自分のプライベートの接点と言えば金曜の定例会くらいだが、なにか予定が入ってそれをキャンセルしたい、と言うことだろうか。
「定例会のことですか?」
「うん、そう。お、岡部は……夕飯、なに、食べたい?」
 夕飯の献立を尋ねるからにはキャンセルではないのだろうが、だったらどうしてこんなに言い淀むのだろう。不思議に思いながらも岡部はにこりと笑って、
「余りものでいいですよ。気を使わんでください。こっちが押し掛けて行くんですから」
 薪さんの作るものはなんでも美味いですけど、とさりげなくリクエストしてみる。コンビニの総菜でも文句は言わないが、できれば薪の手料理が食べたい。岡部はある特別な事情から、美味しい家庭料理に飢えているのだ。

「リクエストがなければロールキャベツでいいか? トマトケチャップで味つけたやつ」
 いいですね、と頷きながら岡部は気付く。ケチャップ味は薪の好みではない。
「薪さん、ケチャップよりコンソメ味が好きじゃなかったですか?」
「そうだけど、次はケチャップ味がいいって青木が」
 言い掛けて、ぱっと手で口を押さえる。青木が薪の家に、週末の定例会以外にもかなりの頻度で顔を出していることはとっくに知っていたが、薪の中ではまだ極秘事項らしい。

「ああ、青木のやつ、ケチャップ好きですよね。スパゲティも、ミートソースよりナポリタン派だって言ってましたし。味覚がまだ子供なんでしょうね」
「そうなんだ。こないだも、オムライスのごはんをチキンライスじゃなくてケチャップごはんにしてくれとか言われてさ。ケチャップごはんに卵載っけて、その上にケチャップ掛けたらケチャップの味しかしないと思うんだけど。それが美味いんだって」
「じゃあ、青木の皿にはケチャップだけ載せといたらいいんじゃないですか」
 岡部が冗談を言うと薪は目を丸くして、長い睫毛をゆっくりと瞬かせた。それから何かを想像してニヤリと笑う。きっと薪の頭の中では、ケチャップ好きの誰かさんが情けない顔をしているのだろう。
「金曜日が楽しみだ」
 薪は皮肉に笑い、精査済みの書類を机の上で揃えると、それを岡部に差し出した。



*****



 昼休憩で閑散とした廊下を、曽我は身をかがめ、足音を立てないように注意して歩いている。明らかに周囲を警戒した歩き方だ。もともと短い首を竦めて、そうすると坊主頭との相乗効果でずんぐりとした陸ガメのようにも見える。

 彼は、現在使用されていない特捜用の第4モニター室の扉の前に立ち、サッと辺りを見回すと1度だけ、それも大層控え目にノックをした。ごくごく小さな音だったにも関わらず、中からはすぐに反応があった。誰かがドアの側にいて、外の様子を伺っていたに違いなかった。
「合言葉を言え」
「『薪さんだって人間だ』」
 曽我が低い声で告げると、果たして扉は開かれた。曽我の身体を素早く取り込んで、サッとドアが閉まる。まるで人喰いハウスのようだ。

 中にいたのは3人の同志。その中の糸目の男が真剣な表情で曽我に尋ねた。
「室長と岡部さんに見つからなかったか」
「大丈夫だ。室長は昼寝、岡部さんは竹内さんに呼び出されて捜一に出向いたところだ」
「青木は?」
「三好先生に拉致られた。今日は天楼閣だって」
「可哀想に、青木。給料前なのに」
「なんだってあんなに集中的にカモられてるわけ?」
「さあ」
「なんか弱みでも握られてるのかな」
 後輩の不遇に胸を痛めたものの、それは神のお導きかもしれない、とその場にいた誰もが思った。何故なら青木は薪に憧れて第九に来たと言う変わり種。そういう人間にこの秘密の集会を知られるのはまずい。青木は仲間を売るような卑劣な男ではないが、若いだけに純真で、思ったことがすぐに顔に出るのだ。

「青木のことは今は置いとこうぜ。問題は薪さんだ」
 メガネを掛けたインテリ風の男が、話し合いのテーマを提示する。応じて他の3人が頷きを返し、極秘会議の幕は切って落とされた。




*****


 私事ですが、明日、お義母さんが二度目の手術をすることになりまして。
 先週はその準備と術前の検査等で忙しかったです~。
 また1週間ほど入院なんで、出入りが忙しくなるかも。更新、空いちゃったらすみません。今回の話は雑文だし、なるべくお待たせしないように頑張ります。



 

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Promise of the monster(7)

 先日からの続きもの、こちらでおしまいです。
 モンスター事件のお話はこれが最後です。
 お付き合いくださってありがとうございました。



Promise of the monster(7)




 彼らが二人だけの秘め事に没頭しているころ。滝沢は秘密の電話をしていた。

「やっぱりあんたか。万が一のことがあったらどうするつもりだったんだ」
 相手は、今日の仮釈放を企てた張本人。警察庁のお偉いさんで、死刑確定だった滝沢に司法取引を持ちかけ、永遠の刑務所生活を保証した人物でもある。
 今日の件は、もともとは中園の方から打診があったのだ。岡部が薪の性根を叩き直すべく舌鋒を振るったが、どうも結果が思わしくない。あれ以上は岡部には無理だし、青木に到っては甘やかすことしかできないだろう。「滝沢くんの方でなんとかならない?」との相談に、「任せておけ」と答えたのは単なる暇つぶし。薪をからかって遊べるなら、他の事はどうでもよかった。

 デパートの屋上で薪を追い詰めるまでは、滝沢のシナリオ通りだった。しかし、狙撃なんて物騒なことは計画にはなかった。滝沢はそこまで無謀ではない。
 人間のすることに完璧はない。いくら優秀な狙撃手でも的を外すことがあるように、当ててはいけない的に当たってしまうことだってある。鈴木を殺してしまった薪のように。

『こいつは驚きだ。傭兵上がりの殺し屋が、いつの間にそんな甘ちゃんになったんだ? さては薪くんに惚れたな?』
 からかう口調で言われ、滝沢は気分を害する。その手の冗談で薪を構うのは好きだが、自分が構われるのは嫌いだ。
「小野田に言い付けてやろうか」
 滝沢が脅しのつもりで返したセリフに、「どうぞ」と相手は余裕で答え、次いで可笑しそうに笑った。
『スナイパーは坂崎くんだ。もちろん、小野田も了承してる』
「なっ」
 坂崎と言うのは確か、小野田のお抱え運転手だ。ボディーガードも兼務していたから射撃もA級ライセンスなのだろうが、それにしたって。

「……そうか。だから的が青木に集中してたのか」
『君と薪くんがデートしてたら、嫉妬した青木くんが絶対にでしゃばってくる。そうしたら頭を狙えって小野田が言うのを、僕が必死に止めたんだよ』
 裏事情を聞いて、滝沢は青木が可哀想になる。
 アホだ腑抜けだとさんざんに罵ったが、なかなかどうして、青木は大した男だ。薪の父親代わりのような上司にそこまで疎まれて、それでも薪の傍を離れない。普通のアホにはできないことだ。青木は立派なアホだ。

『そこまでやるかと思ったけど、結果は上々だ。薪くんはちゃんと自分の意志で自分の命を守った。あばらを折られた坂崎くんは気の毒だったけどね』
 防弾チョッキを着ていても、着弾の衝撃は凄まじい。あばらの一本くらいで済んだなら軽い方だ。
『まさか当たるとは思ってなかったから、僕も小野田もびっくりしたよ。薪くんて本番に強いタイプだよね』
「銃は、素人のまぐれ当たりが一番怖いんだ」
 こんなことに用いるものではない。刑務所に入っている自分の方が、こいつらよりよほど常識人だ。

『まあ何にせよ、君のおかげで上手く行ったよ。これであの子も』
「薪は分かってるぞ。おまえらのこと」
 中園の上機嫌にわざと水を差すように、滝沢は彼の言葉を遮る。
「狙撃事件がおまえの差し金だって、薪は気付いてる」
 屋上で、滝沢の本心を見通していたように、中園の企みも。もしかすると、その背後にいた小野田の存在まで、あの天才はお見通しなのかもしれない。忌々しい脳みそだ。

『つい口が滑っちゃったんだよね。『二人とも』じゃなくて『みんな』って』
 あのとき、現場に青木が居たことを中園は知らないはずだった。知っていたのは狙われた滝沢たちと、狙撃手自身。自分たちが中園にそれを知らせなかったなら、狙撃手が中園と通じていたことになる。
 朝、小菅を出た時点で尾行者は2人いた。
 薪は青木に気付いた後、もう一人の尾行者の可能性を消してしまったが、滝沢は警戒を怠らなかった。自分のような危険な男と一緒なのだ。過保護な官房長が薪の警護を、あの頼りない小僧一人に任せるわけがない。事実、彼は青木よりよほど優秀な追尾者だった。
 薪を害すれば彼の銃口が火を噴く、それは解っていた。だから屋上での芝居は、滝沢にとっても命懸けだったのだ。

『薪くんて、重箱の隅を突っつく性格だろ。即行電話切られて、あー、バレたなって』
 薪の態度が一変したから滝沢にも分かったが、電話を切られた中園にはその様子は見えなかったはずだ。なのに、薪の考えを見抜いている。こんなタヌキ親父が上司とは、薪の性格が年々悪くなるはずだ。
「非番の刑事や鑑識まで引っ張り出して、官房室の横暴には呆れるな」
『それがさ、大友君にこの話を振ったら臨場班役を巡って鑑識内で争奪戦が起きたって』
 大丈夫なのか、桜田門。

「大事な坊やが危ない目に遭わされたんだ。薪は怒るぞ」
『だろうねえ。でも、薪くんはなにも言わないよ』
 自分さえしっかりしていれば、あの事件は起こらなかった。こんな茶番が仕組まれることもなかった。元はと言えばすべて自分のせいだ。
 そう思えば、薪は何も言えなくなる。彼は誰よりも自分の弱さを知り、それを恥じる人間だから。

『ところで滝沢くん。4月に、小野田の義父殿が法務大臣に就任することは知ってる?』
 小野田の妻の父親は内閣府にいる。警察庁に影響力を持つ代議士の血族になることで庁内に政権を得るやり方には反吐が出るが、彼の実力を認めるのはやぶさかではない。実際、なんの後ろ盾も持たない人間が警察庁のトップに立とうと思えば、こんな方法しかないのかもしれない。
『君が望むなら、恩赦のリストに君の名前を入れておこうか』
 中園の申し出は、誘惑。ここから出られる可能性を与えてやる代わりに、都合の悪いことには口を噤め、自分の協力者になれ、と誘いを掛けているのだ。
 冗談じゃない。誰がこんな男の手先になるか。
 滝沢は素っ気なく答えた。

「余計な気を回さなくてもいい。おれは薪で遊びたかっただけだ」
『あ、そう。じゃ』
「待て。恩赦を受けないとは言ってない」
 気の早い誘惑者を、滝沢は慌てて引き留める。1度断られたくらいで諦めるとは、なんて根性の無い男だ。青木の爪の垢でも飲ませてやりたい。

『そんなに警戒しなくても、恩に着せたりしないよ。多分、君の名前は小野田のところで弾かれるしね。君は人を殺し過ぎた』
「じゃあリストに載せても意味がないじゃないか」
『小野田に見せる前に、刑務所長に情報を流しておく。出所は無理でも、仮釈放は通り易くなる。それで手を打ってくれないかな』
 今日のような一日を、また持つことができる。鳥かごが中庭に変わった程度だが、それでもいくらかはマシな空気が吸える。
『薪くんが焼いたパンと青木くんが淹れたコーヒーを飲める機会は、僕が作ってあげるからさ』
 抜け抜けと言われて、滝沢は思わず舌打ちする。
 看守長の宮部から、もう報告が上がったのか。サッチョウ(警察庁)のイヌめ。

「要らん世話だ。連中と馴れ合うつもりはない」
『君と仲良くなると、薪くんが自分を責めるから?』
「ああ!?」
 声を荒げた後で息を飲む。しまった、つい。
 電話口の向こうで、声を殺して笑っている気配がする。どこまでも見透かしやがって。本当に嫌な男だ。

「もう切るぞ。おれもそう暇じゃないんだ」
『ちょっと待って、悪かったよ。今回のことは本当に感謝してる。君の忠告がなかったら、モンスター事件はもっと悲惨な結末になっていたかもしれない。ありがとう』
「礼を言われる筋合いはない。薪を甚振るのはおれの趣味だ」
『君も大概素直じゃないね』
 ま、いいか、と軽く流して、中園は会話を終了させた。「じゃあ元気でね」という挨拶の『元』あたりで滝沢は電話を切り、電話に向かって眉をしかめる相手の姿を想像して僅かに溜飲を下げた。

「ふん。あいつらとつるむなんて、冗談じゃない」
 滝沢は、MRI捜査には反対だ。死者を冒涜し、故人が死んでまでも守りたかった秘密を暴く。それは人殺しよりも重い罪だと思う。
 自分なら、他人には絶対に脳を見られたくない。この中に眠る記憶は、彼女の姿は、自分だけのものだ。それを他人の視線で侵されるくらいなら、滝沢は迷わずに頭を撃ち抜く。

 ――空港で、彼女を最後に見た場所で。
 彼女の姿を思い描いた。10年も前のことなのに、その姿は呆れるほど鮮明だった。
 自分の粘着気質にげんなりしていたら、隣に薪が座った。
 薪は膝を抱えて、子供のような眼をしていた。なにを思い出しているのか丸分かりで、手酷く傷つけてやりたくなったが、彼女が困ったような顔をしたから止めた。

 きっと、自分と薪はそういう関係なのだ。
 仲間ではなく、友だちでもない。交わすべき言葉もなく、情もない。ほんの短い時間、黙って隣に座っていることはできる、それだけの関係。
 そのくらいの距離感がちょうどいいと思った。深入りするには危険過ぎる相手だ。青木のように取り込まれでもしたら地獄を見る。
 こうして何年かに一度くらい、奴に嫌がらせをしてやれればそれで充分だ。幸い、次の約束も取り付けたことだし。
 何年先になるか分からないし、中園の口約束が守られるとも限らないが、それでも、未来に誰かと約束があると言うのはいいものだ。ほんの少しだが、朝が来るのが楽しみになる。

 電話室から雑居房への帰り道、見張り役の看守に、微かに笑っているのを見咎められて注意された。滝沢はいつものように黙礼し、その面に無表情を張り付かせた。




―了―


(2016.4)


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Promise of the monster(6)

 私信です。

 4月28日の午後8時ごろ、「アウトロー」という題名でコメントくださった方、いらっしゃいますか?
 メールボックスに届いているのですが、ブログの管理画面を確認したところ見当たらず、また、HNも初めての方のようなのですが。
 イニシャルはAさんです。

 何かの理由でご自分で削除されたならいいのですが、
 もしもエラーで消えてしまったのなら申し訳ないので~、
「コメントしたけど返事もらってないよ!」と言う方、いらしたら連絡ください。




 さてさて、お話の続きです。
 残り2回、よろしくお付き合いください。





Promise of the monster(6) 





 空港内の和風レストランで遅い昼食を摂り、東京に戻ると夕方になっていた。
 門限の6時までは1時間近くあった。帰り道、真っ直ぐ小菅に向かってくれと滝沢に頼まれて、青木は海ほたるでのおやつタイムを諦めたのに。時間が余るなら、せめてレインボーブリッジくらい薪に見せてやりたかった。

 荘厳にそびえ立つ東京拘置所の門前で、滝沢は車から降りた。青木がトランクから荷物を取り出すと、見て見ぬ振りをするにはあまりにも大量の土産物に、迎え出た看守長が苦い顔をした。いくら滝沢が特別な立場にあろうと、すべてを許してしまっては他の囚人に示しがつかないのだろう。ましてや彼は看守長。部下たちの見本になる立場にある。
「241番。飲食物の持ち込みには制限が」
「すみません、宮部さん。僕の監視が行き届きませんで」
 責任を感じた薪が口を挟む。そんな彼に、看守長の声は厳しかった。
「困りますよ、警視長。しっかりしていただかないと」

 常ならば、申し訳ありません、と固い声で返すはずの薪は、何を思ったか小さな右手を軽く握って口元に持って行き、声を震わせて、
「ごめんなさい、僕の責任です。処分はこちらでします」
 気弱に下げた眉の下の、大きな亜麻色の瞳を潤ませれば、途端に宮部は焦り出す。
「い、いや、別に、あなたを責めるつもりは」
 ゴメンナサイはともかく、手のひらを相手の胸に当てるとか、謝罪に必要なんですか、それ。あなたにそんな風に謝られてほだされない人間なんかこの世に存在しないって知っててやってますよね?
「でも、官房室に持って帰ったら中園さんに叱られちゃうし。困ったな、どうしよう」
 やりすぎです。「叱られちゃう」とか「どうしよう」とか、言葉選びがあざと過ぎます。相手は囚人の嘘に慣れた看守長、ミエミエのお芝居に騙されるわけが、
「私に任せてください! これは有志からの慰問品と言うことで、服役囚に配ります」
 それでいいのか、看守長。
「いいんですか?」
「大丈夫です! 私は看守長ですよ!」
 おまえでいいのか、看守長。

「大丈夫なんだろうな、この刑務所」
「おまえが言うか」
 真顔で呟く薪に、滝沢がシビアに突っ込む。薪の不信は尤もだが、今回だけは滝沢が正しい。
 何はともあれ、一日だけの仮釈放は無事に終わった。途中、とんでもない事件に巻き込まれた気もするが、滝沢のような男と一緒だったのだ。このくらいは想定内だ。そのために、青木が尾いて行ったのだし。

「滝沢」
 二人の警官の手によって正門が閉じられようとした時、建物に向かって歩き出した背中に、薪は呼びかけた。見張り役に付いた二人の看守の間で、滝沢がゆっくりとこちらを振り向く。
「次は僕がパンを焼いて、青木が淹れたコーヒーを飲ませてやる。だから」
 中途で薪は、言葉を飲んだ。きゅ、と下くちびるを噛む、彼の気持ちが青木には分かる。
 多分、その日は永遠に来ない。それが分かっているから薪は言い淀む。果たせない約束の残酷を、誰よりもよく知る彼ならではの躊躇い。そして、
「ああ。楽しみにしてる」
 尊大に笑った滝沢は、薪の葛藤を見抜いている。
 かつて敵だった男、仲間を殺した許せない男。仇とさえ感じていたはずの、彼に対するポーカーフェイスがどんどん薄くなっている。それを自覚して表情を引き締めた、薪の悲しいまでの頑なさも。

 二人で、滝沢の姿が見えなくなるまで見送った。つるべ落としの日暮れは早くて、滝沢が建物に入る前に、彼のダークスーツは夕焼け色に染め変えられた。
 ガシャン、と重い金属音が響き、彼の世界が再び閉じられたことを青木に教える。尚も佇む様子の薪に、青木がそっと声を掛けた。
「帰りましょうか」
「うん」
 促されて薪は助手席に乗り、シートベルトを締めた。車の窓から見上げた拘置所の壁は宵闇に薄黒く染まり、一層堅牢さを増すようだった。

「青木」
 車をスタートさせて間もなく、正門から眺めれば永遠に続くかと思われたレンガ塀の、瞬く間に流れ去る様子に目をやりながら、薪は言った。
「すまなかった。危険な目に遭わせて」
 なんだっけ、と思いかけて狙撃事件のことだと気付く。呑気なやつだと叱られそうだが、青木にとっては看守長と薪のニアミスの方がよっぽど心臓に悪い。
「標的は薪さんだった、てことですか?」
 だとしても、薪が謝る必要はない。青木は薪のボディガード。彼を守るのが青木の仕事、もとい存在理由だ。
「いや。狙いは僕じゃない」
 では滝沢狙いか。本人も察していたようだし、案外今頃、安全な場所に帰れてホッとしているかもしれない。外より刑務所の中の方が気が休まるなんて、笑い話みたいだ。

「ターゲットはおまえだ」
「やっぱり、――えっ、オレ?!」
 思いがけない薪の言葉に、青木は驚く。自分が誰かに命を狙われるなんて夢にも思わなかった。自分は薪のような重要人物でもないし、他人に恨みを買う憶えも、いや、もしかしたら薪に横恋慕している誰かが自分たちの関係に気付いて、て言うかそれ100パー返り討ちにするから。
「と言っても目的は僕だけどな。狙撃事件そのものが僕に対する教訓みたいなもので……」
 薪が何か言っているが、青木の耳には入ってこない。誰かが自分を害して薪を奪おうとしている、その妄想だけで青木は国際級のテロリストになれる。
「――さんも、誰も傷つけない自信はあったんだろうけど、あんな危ないやり方を選ぶなんて。関係者でもない大友さんたちまで巻き込んで、後で抗議しておかないと。て、聞いてるか、青木」

「薪さんに一目惚れした犯人がオレを事故死に見せかけるため今この瞬間にもタイヤを狙撃、いや、それじゃ薪さんも巻き添えになる。狙うならオレが一人の時か……」
「おーい、帰ってこーい、てか青木、信号赤!」
 何故か横から車が突っ込んできたから強くアクセルを踏んでハンドルを切った。不思議なことに、その先にも車がいたからサイドブレーキを引き後輪にスピンを掛けて回避した。タイヤがアスファルトを削る音が高らかに響き、そこにいくつものクラクションが重なる。みんな、なにを慌ててるんだろう。

 通常走行に戻って青木は呟く。
「そもそも薪さんに横恋慕なんて許せないし。襲われるのを待つよりこっちから潰しに、痛いっ」
「妄想のアサシンに襲われる前におまえに殺されるわ!」
 脳天をパトランプで殴られて我に返る。いつの間にか首都高を抜けていた。
 おまえの運転は危ないと、隣でため息を吐かれて青木はしょげる。車の運転は上手い方だと自分でも思う。下手に自信があるから余計なことを考える。大事な薪を乗せているのだ、集中しなければ。

 青木は神妙な顔になって、自動車学校の生徒のように十時十分の位置でハンドルを握り直した。真っ直ぐに前を見て、でも隣で薪が微笑んだのが雰囲気で分かる。リラックスしてシートにもたれかかった薪の右手が、ぽんと青木の左腿を叩いた。
「明日は仕事だけど、まだ6時前だし。ちょっとだけ寄り道しようか」
「食事ですか?」
「夕食はまだいい。昼が3時頃だったからな。それより」
 つい、と細い指が差した建物に気付いて、青木の肩が強張る。つい先日、今週は薪を休ませてあげなさいとの小野田の厳命を破ったことが岡部にバレて、こっぴどく締め上げられたばかり。普段は20回に1回くらいしかOKしてくれないくせに、どうしてこういうときに限って積極的になるかな、この人は。

「で、でも、この車、大友さんに借りた覆面パトだし」
「べつにいいだろ。パンダ(パトカーのこと)じゃないんだし」
「ですよねっ」
 気になるならコインパーキングを使え、とそこまで言われて応じなかったら男がすたる。てか、薪から誘ってくれるなんてハレー彗星並みに珍しいこと、勿体なくて断れない。
 期待に頬を紅潮させながらウィンカーレバーを上げる青木の横顔を横目で眺め、薪は小さく笑いを洩らした。




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Promise of the monster(5)

Promise of the monster(5)





 薪の通報で駆けつけてきたのは、捜査一課の大友班だった。
「お疲れさまです、薪室長。こないだから災難続きですね」
 捜査班に同行した5人の鑑識官が、現場の写真を撮ったりコンクリートにめり込んだ銃弾を取り出したり折れ曲がったドアの形状をスケールで計ったりしている間、3人は大友の事情聴取を受けることになった。
 犯人に心当たりがあるかとの質問に対して薪は、自分に恨みを持っている人間は大勢いるが、どこの誰かは分からない、と正直に答えた。青木はまったく身に覚えがないと言い、滝沢は、刑務所の中にいた方が安全だ、と警察への皮肉で返した。

「大友さん。現場検証に立ち会わせてもらえませんか」
「え。もう終わりましたけど」
「ここじゃなくて、あちらのビルですよ」
 薪が指差したのは、狙撃者が潜んでいたビルだ。現場に居合わせた者として、鑑識に的確な指示が出せる自信があった。しかし大友は困ったように首を振り、
「ああ、いや、あっちは別班が出向いてましてね。もう終わったんじゃないかな」
「そんなはずはないでしょう。僕はずっと見てましたけど、誰も出入りしてませんよ」
「そうですか。おかしいな……いやでも、俺たちはここの捜査権しか与えられてませんので。立ち入りの許可はちょっと」
 歯切れ悪く答える大友に、薪は厳しい口調で言い放つ。
「では結構です。勝手に入りますから」
 部外者が現場に入ることを捜査員は嫌う。それは知っているが、相手は青木を狙ってきたのだ。自分の部下に手を出されて黙って引き下がるなんて、薪のプライドが許さない。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、室長」
「僕は警視長ですよ。別にあなたの許可なんて無くても」
 強引に現場に向かおうとする薪を、携帯の着信音が止める。このメロディは中園だ。
『薪くん、狙撃されたって? 大丈夫なのかい』
「大丈夫です、中園さん。僕たちに怪我はありません」
『そうか。みんな無事でよかった』
 電話の向こうから伝わってくる、ほっと胸を撫で下ろす気配。亜麻色の瞳がすうっと細められる。

『もしもし? 薪くん、どうかした?』
「いえ。ご心配お掛けしました」
『まだ現場にいるのかい? 近くに犯人の仲間がいないとも限らないから、一刻も早くそこを離れて。滝沢くんの監視はもういい、早く家に帰りなさい。監視役の警官とSPを向かわせるから、場所を教えて』
「SPなんていりませんよ。滝沢の監視も、一旦受けた仕事です。最後まで僕がやります」
 この仕事を命じられた時と同じように上司の返事を待つことなく薪は電話を切り、ついでに電源も切った。

「滝沢。門限の6時まで、どこか行きたいところはあるか」
 唐突に、発砲事件にも現場検証にも見切りを付けてそんなことを言い出した薪に、周りの者たちが目を丸くする。話を振られた滝沢だけが無表情に、しばしの思案の後、薪に応えを返した。
「どこでもいいのか」
「……僕の家以外ならな」
「少し遠くなってもいいか」
「門限を守れる範囲なら。――大友さん、車のキィを」

 あまりにも当然のように差し出されたものだから、大友は自然に、その手のひらに鍵を置いてしまった。鍵が薪の右手にしまわれてから、自分のうっかりに気付く。
「あのお。おれはどうやって帰ったら」
「中園さんの部下が来ます。その人に送ってもらってください」
「え。それはさっき断ってたじゃないですか。場所だって伝えてないし」
「相手は中園さんですよ。僕と電話が繋がった時点で場所を特定してるはずです。断言してもいい、10分もしないうちに来ますよ。だから僕たちは急がなきゃ」
 キツネとタヌキの化かし合いのような薪の説明に、大友はぽかんと口を開けた。官房室や公安みたいに裏工作ばかりしていると、仲間同士の会話もこうなるのか。竹内が警察庁に行きたがらなかった訳が分かった。大友だって、日常会話で裏を読まきゃならないようなしんどい職場より、一課長の雷を選ぶ。

「当たり前ですけどこの事は内密に。行くぞ、青木」
 薪が無造作に放り投げたキィを待ち構えていたように受け取り、青木は二人の後に続いた。途中でチョコレート売り場に立ち寄り、預けていた商品を受け取る。
 大友に借りた車のトランクに土産を詰め込み、青木は車をスタートさせた。駐車場を出て間もなく、デパートの前の道路で黒塗りの公用車とすれ違う。薪の予言通り、大友と別れてから8分後のことであった。薪と滝沢は用心深く後部座席で頭を低くして、だから対向車には青木が一人で運転しているように見えただろう。

 滝沢の案内に従って、車は首都高から東関東自動車道に、やがては東京都を離れた。2時間弱の湾岸線ドライブの末、到着したのはN空港であった。
「どこでもいいとは言ったけど、国外は」
「安心しろ。パスポートを持っていない」
「じゃあ見学に? 飛行機、好きなんですか」
「別に。好きじゃない」
 その言葉通り滝沢は、見物客で混雑している展望デッキには近付こうともしなかった。待合室の椅子に座り、腕を組んで案内板を眺めていた。
 アナウンスに従って搭乗手続きを始める乗客たち。目まぐるしく変わる電光掲示板の文字。ベルトコンベアーに流れていく手荷物を追い掛けて、滝沢の視線が南ウィングの搭乗口へと移って行く、その先に。
 他人の眼には映らない、おそらくは滝沢の心の中にだけ存在する光景を想像して、薪はそっと目を伏せる。

 ――彼のいなくなった第九で。
 ずっとずっと、彼の姿を見ていた。
 モニタールームに、彼のデスクに、メインスクリーンの傍らに。現れては消え、消えては現れる彼の姿を追い続けた。室長室でひとり書類と格闘しながら、モニターに写り込む影にハッとして振り返れば、そこにはだれもいない。そんなことを何度も繰り返した。
 こいつもきっと。

 薪は黙って滝沢の隣に座り、彼に倣って案内板を見上げた。自宅のソファで寛ぐときのように、靴を脱いで膝を抱える。
 二人は会話もなく、たまたま隣に座った旅行客のように互いを見ることもしなかった。そんな二人を前に青木だけが熱心に、フロアガイドを片手に数えきれないほどある飲食店の中から薪が好みそうな店を探していた。




*****


 この下、メロディ6月号の一言感想です。
 ネタバレご無用の方は開かないでくださいね☆



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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