ソング(7)


 こんにちは。

 先月からの続きもの(たった7回なのに、先月からって(--;) こちらでおしまいです。
 途中、中断してしまってすみませんでした。
 それでもお付き合いくださって、どうもありがとうございました。
 ちょっとでも楽しんでいただけたら幸甚でございます。




ソング(7)






「薪さんの歌、オレも聴きたかったです」
 駅までの夜道を並んで歩きながら、青木が残念そうに言った。ふと横を見れば、声音とは裏腹の満面の笑顔。どう見ても、金曜の夜のこの時間に職場に戻る人間の顔じゃない。「二軒目行くぞー」と気勢を挙げる通りすがりの酔っ払いより、遥かに幸せそうだ。
 おかしな奴だ、と心の中で嗤いつつ、でも同時にこそばゆいような感覚を覚えるのは薪が青木の本当の気持ちを知っているから。もっと正確に言えば、彼の気持ちが、いや、そこは正確に言っちゃダメだ、うん、やめとこ。

「べつに面白くないぞ。特別上手くも下手でもない」
「そんなことないですよ。薪さん、歌、上手いじゃないですか」
 おかしなことを言う。正直、カラオケで流行るような曲はあまり好きではなくて、だから飲み会でも一度も歌ったことはないし、当然この男に披露した憶えもない。
「聞いたこともないくせに」
「よくお風呂で唄ってますよね。洋楽が多いみたいですけど」
 うっかりしていた。定例会の時に薪は、食事の後、アルコールが入る前に風呂に入る。飲むと眠くなってしまうからだ。その時につい浮かれて、口ずさんでいたのを聞かれたのか。これは恥ずかしい。
 ――いや。ちょっと待て。

「なんで知ってるんだ」
「え。だからお風呂で」
「風呂場とリビングの間には脱衣所があって、ドアが閉まるから大声を出さなきゃ聞こえないはずだ。おまえはどこで僕の歌を聞いたんだ」
「そ、それはその」
「まさかおまえ。覗いたんじゃないだろうな」
「そんなことしてません! 洗濯したタオルを脱衣所に持って行ったら歌が聞こえて、気になって扉をほんの少しだけ開けたら薪さんが身体洗っててそれがあんまりきれいだったから思わず棒立ちになって気が付いたら時計の針が勝手に進んでて、痛いっ」
「それを覗きと言うんだ! このヘンタイ!」
「いいじゃないですか、今更。一緒に風呂に入ったこともあるんだし」
「ちがう! 一緒に風呂に入るのと風呂を覗かれるのではまるでちがう!!」
 とんだピーピングトムがいたものだ。純情そうな見かけに騙されて、彼の気持ちを知りながら家に上げた自分の甘さに腹が立つ。

「明日の定例会はキャンセルだ」
「そ、そんなあ。先週も仕事で行けなかったのに」
「覗き部屋にでも行ったらいいじゃないか」
「そんな冷たいこと仰らず。お願いします」
「い・や・だ」
 ベエ、と舌を出したら、青木が笑った。笑われて気付いた。職場に戻るのに、浮ついていた自分を反省した。

 口当たりが良くてつい杯を重ねてしまったカクテルのせいだ、と薪は思い、でも本当の理由は別にあると分かっていた。
 さっき青木の笑顔を見たときに感じた、こそばゆいような感覚が、ずっと続いていたから。



*****




「何か企んでるとは思っていたが。薪さんの弱点とはな」
 ぐい、と冷酒をコップで喉に流し込みながら、岡部は豪快に笑った。薪と青木が第九に戻り、成功報酬を手にした雪子がほくほく顔で帰途に着いた後のカラオケボックスである。

「そんなことも分からんのか、おまえら」
「岡部さん、心当たりあるんですか」
 思わず意気込んで訊いた小池を威嚇するように、岡部の三白眼に力が入る。その恐ろしさに、すみません、と震え上がる部下たちから眼を逸らし、岡部はその言葉をコップ酒に溶かし込むように呟いた。

「心当たりもなにも。バレバレだろうが」
「あ、いや。鈴木さんのこと以外で、です」
 弱点を知りたいのは薪を傷つけたいからじゃない。そう考えていたことが伝わったのか、岡部は、ふ、と顔をほころばせ、なのに余計に怖いのは何故。
「過去じゃない。今のことだ」
「なんですか?」
「それはだな」
 言葉を切ってコップを傾ける岡部を、部下たちが期待に満ちた瞳で見つめる。室長の腹心たる岡部なら、彼の苦手を知っている可能性は高い。もしかすると、それとなくカバーしてもらえるよう室長自ら打ち明けているかもしれない。

 やがて岡部は空になったコップを静かにテーブルに置き、にやりと笑って、しかし。
「教えてやらん。自分たちで考えろ」
「「「「ええ~」」」」
 緊張の糸が切れた直後のだらけた空気に便乗して、4人は不満の声を漏らした。室長派の岡部が、薪が不利になることを教えてくれるはずがないと思ったが、やっぱりか。

 うだうだとのたくりながらグラスを傾ける彼らに、岡部は目を細めて手酌の酒を注ぎながら、副室長らしく説教をした。
「つまらんことを考えずに、おまえらは自分の仕事を頑張ればいいんだ」
 コップに満たされた透明な液体の、表面の震えが落ち着くのを待たずに岡部はそれを取り上げ、
「それが一番、あのひとを喜ばせるだろうよ」
 そう言って、目には見えない相手と乾杯の仕草をした。

「そうですね……いや、ちょ、なに言ってんですか。喜ばせたいんじゃない、室長をぎゃふんと言わせたくておれたちはですね」
「ん? ああ、そうだったそうだった。言い間違えた」
「カンチガイしないでくださいよね。てか、室長にヘンなこと言わないでくださいよ」
「ああ。おまえらが室長を陥れようと目を皿のようにしてあなたの弱点を探ってますって報告しとく」
「「「「そ、それもちょっと」」」」
 薪の報復を予想して青くなる彼らに、岡部はもう一度、ガハハと笑った。


(おしまい)


(2016.3)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ソング(6)

 今年度は11月から現場に出まして、すっかり世間さま(この場合は秘密コミュ)から遠ざかって、瞬く間に8ヶ月が過ぎてしまいました。気が付けば、
 来週はメロディの発売日じゃないですか!

 新シリーズ始まるんでしたよね?
 今度はどんな薪さんなのかなあ~。楽しみだな~。




ソング(6)







「『A Whole New World』てどんな曲だっけ」
「ほら、ディ●ニー映画の、なんて言ったっけ、魔法の絨毯で空飛ぶやつ」
「ああ、あの青い魔人が出てくる……」
 密やかなお喋りは、その歌声が聞こえてくると同時に止んだ。澱みのない、透き通った音だった。ロスに住んでいたこともある彼の英語の発音が完璧なのは知っていたが、その知識は彼らの驚きを軽減してはくれなかった。
 楽器に例えるならフルートの瑞々しさ。管の中で震えながら膨らんだ呼気が澄み渡る風のように外界へと広がっていく、丸みを帯びたその音色。穏やかな旋律のメロディ部分はしっとりと葉を濡らす朝露のような奥ゆかしいきらめきに満ち、サビの高音部分は雲の上を飛び交う光の礫のように鮮烈な輝きを放つ。それが正確な音程に支えられ、さらに程よいビブラートが華やぎを加え、てか、
 なんだこれ! 普通に上手いじゃん!!

「イエー! 薪くん、さすが!」
「いえ。とんだお耳汚しで」
「懐かしいわー。この曲、薪くんと一緒に映画観に行って、あたしが唄えるようになりたいって言ったら、薪くんがその場で教えてくれたのよね。薪くん、一度聴くと覚えちゃうから」
 人間レコーダーですか。はいはい、もう何を言われても驚きません。
 そんなことより、問題は雪子だ。

「三好先生。薪さんが歌上手いの、知ってたんですか」
「知ってたけど。それがなに?」
「「「「早く言ってくださいよ!!」」」」
「ご、ごめんなさい。て、なんであたしが謝るのよ?」
 すっかりやさぐれた様子の4人に、薪の眼が訝しげに光る。ヤバい、と4人は同時に思った。あれは仕事モードの眼だ。
「おまえら。雪子さんが僕の傍にいるうちに、素直になった方が身のためだぞ」
 急に温度が下がった気がした。ヒュー、と窓も開いていないのに部屋の中を風が吹き抜ける。雪子がいるから風だけで済んでいるが、彼女がいなかったら間違いなくブリザードだ。

 どうする、どうしよう、と顔を見合わせる4人の前で、カランとドアが開いた。「遅れてすみません」と顔を出したのは背の高い新人だ。メンテナンスを終えて駆け付けたらしい。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
 差し出された花束は鮮やかなポピー。薪よりも青木の方が、雪子のイメージを正しく理解していると言える。
 彼の後ろからは意外な人物が現れた。家の用事で帰ったはずの岡部だ。
「おめでとうございます。もしかしたら重なっちまったかもしれませんが、よかったら」
 そう言ってケーキの箱を差し出す彼に、薪は不思議そうに首を傾げ、
「岡部。用事があって家に帰ったんじゃ」
「用事なんかありませんけど。青木に誘われなきゃ知らなかったんですが、先生にはいつも世話になってるから、ケーキくらいはと思って」
 焦ったのは小池だ。岡部の不在を嘘で誤魔化していたことが、薪にバレてしまった。

「先生ー。岡部さんには内緒にしてくれって、あれほど言ったじゃないですか」
「ごめーん。青木くんに口止めするの忘れた」
 その悪びれない言い方で、青木たちの来訪は雪子の策であったことに気付く。やっぱり雪子は薪の味方だ。
 とんだトロイの木馬だ、と苦い顔をする4人の先輩たちに、事情を知らない青木は無邪気に首を傾げて、
「え。岡部さん、連れて来ちゃいけなかったんですか?」
「なにい? おれを仲間外れにする気か、おまえら」
「いや、そういう意味じゃ」
「だったらどういう意味だ。説明しろ」
「そ、そんなに怖い顔で凄まないでください。パワハラですよ」
「いいぞ、岡部。僕が許す。徹底的に絞り上げろ」
「「「「ひいー!!」」」」

 結局、彼らには白状するしか道はなかった。
 ここ1ヶ月、薪の弱点を模索してあれこれ策を弄したこと。その悉くが潰え去り、しびれを切らした彼らが最終手段に出たこと。その過程でいくつかの職務違反を犯したことまで、洗いざらい喋らされてしまった。

「音楽だけ4だったから。てっきり歌が苦手なんだとばかり」
「歌が苦手なのはおまえらじゃないのか」
 薪に恥をかかせたい一心で、自分たちのレベルを忘れていた。墓穴とは正にこのこと。
「でも、音痴じゃないならどうして」
「風邪を引いて、声楽の実技試験をパスしたことがある」
 パスですか。よく「やればできた、やらなかっただけ」て言い訳する人いますけど、あれは大抵の場合が虚勢だからせせら笑えるだけで、事実だとめっちゃ腹立ちますね。
「先生が追試を提案してくれたけど、進学に響くようなものじゃなかったから断った」
 そりゃ先生だって勿体ないと思うでしょうよ。それさえ受けてりゃオール5なんだから。

「あーもー!」
「俺たちの苦労はなんだったんだー!」
「ちくしょー! 自分に腹が立つー!」
「エコヒイキしやがって、神さまのバカー!」
「……みんな、なんでそんなに怒ってるんだ?」
 4人そろって逆ギレされて、怒っていいのは自分のはずなのに、何故だか薪は自分が悪いことをしたような気分になる。部外者の岡部と青木は顔を見合わせ、雪子だけがせっせとバースディケーキをホールのまま食べていた。

 4人の恨み言が空に消え、薪の怒りが霧散して、なんとなく白んだ空気になった居室に、小池の声がぽつりと響いた。
「薪さんて、何でもできるんですね」
「当たり前だ。僕は室長だからな」
 室長は、職員の誰よりも優秀でなければならない。苦手なものなどあってはならない。いかなるものを前にしても怯むことは許されない、彼は室長だから。

 ――でもね、薪さん。
 そうやってあなたが完璧すぎると、おれたち、手の出しようがないんです。
 部下にとって、それはとても悲しいことなんですよ。

 そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、薪はすっとマイクを手に取り、
「せっかく来たんだから岡部。一曲、雪子さんにプレゼントして行け」
「え。いいんですか」
 それじゃあ、と岡部は嬉しそうに薪から渡されたマイクを受け取った。慣れた手つきで選曲ナビから曲を選ぶ。どれにしようかと迷う様子もなく、入力は10秒足らずで完了した。どうやら十八番の曲らしい。
 流れてきた前奏は渋い演歌で、それは岡部の外見にぴたりとハマっていたのだが。

 唄い出し早々、ビシッと画面にヒビが入った。ような気がした。
 それはもちろん錯覚にすぎなかったのだが、彼らの鼓膜にヒビが入ったのは気のせいではなかった。内線電話で「隣の部屋から苦情が来てるので音量を下げてください」とスタッフに注意された、その桁外れの音量もさることながら、彼の音感は壊滅的だった。テンポもリズムもズレまくってるし、これを歌と称するならコンクリートブレーカーの破壊音だって立派な音楽、てかそっちの方がまだ我慢できる。とにかく聞いているのが辛い。だからと言って耳を塞いだり野次を飛ばしたりしたら、後で岡部にどんな目に遭わされるか。「やめろ」と叫べる分、宇野の歌は救いがあったのだ。
 これぞ誠の地獄。ジャイ●ンの歌をリアルで聞かされた気分だ。

 曲が終わり、青息吐息を隠すための拍手の中、岡部は照れ笑いを浮かべ、
「いや~、最初の一曲は緊張しますね。歌にパンチが足りませんでした」
 ボックスの防音壁ぶち抜いて何が足りないんですか。
「そんなことないわ、岡部さん。すごかったわ」
 すごいのは貴女の鼓膜です。どんだけ丈夫にできてんの、この女。
「歌い込んでるのね。オリジナルのカバー曲ね」
 先生、元歌と一音も合ってないのはカバー曲とは言いません。
「いつもながら岡部の歌は、アレンジが利いてるな」
 アレンジって言うよりアウトレイジですよね。

 いつもながらと前置きした、薪の言葉にふと疑惑が湧き起こる。気つけ薬の代用にと持ち上げたウィスキーのグラスを宙で止め、今井は尋ねた。
「もしかして薪さん。岡部さんと一緒にカラオケ……」
「ああ。室長会の集まりで何回か」
 道理で平気なわけだ。これを聞き慣れていれば、曽我や小池の調子はずれの歌なんて可愛いもんだろう。宇野の場合はちょっと種類が違う気がするが、室長はおかしなところで天然だから。
 飲み終えたトム・コリンズのお代りを頼んだものか、それとも腹の膨れる炭酸はやめて日本酒に切り替えようかと、ドリンクメニューを片手に思案する室長の、その優しげな風貌に隠された鋼鉄の神経に部下たちはいたく感心する。さすが室長。頭の中が瓦礫に埋め尽くされていくような音に対する免疫を培うなんて、おれたちには到底無理です。

 自分の歌のせいで、薪が妙な尊敬を集めていることなどお構いなく、岡部は軽やかに選曲ナビを操り、
「さあて、喉も温まってきたことだし。今夜は唄い倒すぞー!」
「お、岡部さんっ。残念ながら時間がっ!」
「あ、大丈夫よ。さっき延長しておいたから。カラオケパーティで2時間は短いでしょ」
 なんてことしてくれたんですか。
「さすが雪子さん。僕も今、延長掛けようとしてたんですよ」
 ご自分の基準で物事を判断しないでもらえますか。みんながみんな、あなたたちみたいに鉄の鼓膜じゃないんですよ。
「そうよね。この人数で思う存分歌おうと思ったら、あと4時間は必要よね」
 この騒音に4時間も耐えろと? ご存じないんですか、ノイジーな雑音は人間をクレイジーにするんですよ?

 発狂一歩手前まで追いつめられた彼らの心の叫びが飛び交う緊迫した空気の中を、まるで風に吹かれたシャボン玉が上手に木の枝の間をすり抜けて空に昇るように、青木がふわっと立ち上がった。
「じゃ、オレはこれで」
 待て青木、何処へ行く。自分だけ逃げる気か。
「まだメンテナンスが途中なんですよ。カウンターにエラー出ちゃって。パーティが終わる前に、プレゼントだけ渡しに来たんです」
「エラー? それなら僕も行く」
 ずるい! ずるいっすよ、室長!!
「「「「おれたちもぜひ!!」」」」
「そんな訳に行くか。雪子さんを招待したのはおまえたちだろう」
 ニヤッと底意地悪そうな顔で笑う、これぞ悪魔の奸計。悪巧みで薪の上を行こうなんて、思いつきからして間違ってたんだ。

「じゃあな、岡部。後は頼んだぞ」
「はい、任せてください」
 金曜の夜、後輩と室長が仕事場へ帰って行くのを羨ましそうに見送る、その矛盾に身を焼かれるようなもどかしさを感じながら、4人は無情に閉まるドアを見つめていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ソング(5)

 ご無沙汰です!
 コメントのお返事、遅くなってすみませんでした!

 がんばれコール、ありがとうございました(〃▽〃)
 おかげさまで、無事に市の検査が終わりました。
 こちらは大した指摘もなく、手直しも微々たるもので、ひとまずホッとしました~。

 
 月末は防衛省が来るので、週末にかけて忙しくなるかもしれませんが、とりあえずは、
 お話の続きです。
 お待たせいたしました! どうぞ! (←待っててくれた人がいるといいなあ、という希望的観測)



ソング(5)






 平衡感覚を侵されそうな曽我の歌が終わり、続く小池は、薪とは逆に流行のナンバーをしっかりと押さえていた。最近は、どの店に行っても彼女たちの歌が流れている。自然と耳が覚えてしまっているから、聞いている方も一緒に楽しめる。――はずなのだが。

「なんだろう。この微妙な違和感」
「そりゃー女の子の歌を男の声で唄ってるから」
 恋を夢見る女子高生の日常を若者言葉で語る知性の感じられない歌詞、あれは若くて可愛い女の子がミニスカート(これは外せない)を穿いて踊りながら歌うから許せるのであって、30過ぎの男が重低音で奏でるものではない。てか単純にキモチワルイ。
 顔をしかめて、今度は曽我が宇野と囁き合う。
「音程もテンポも合ってるのに。聴いてると冷や汗が出てくるの、なんでだろう」
「ある意味曽我より強烈だな」

 今井に到っては、耳を塞いでソファに突っ伏している。そこまでしなくても、と思うが、繊細な彼には耐えられない不協和音なのだ。同時に、気遣いのできる彼は、協力してくれた客人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「先生、すみません。うちの連中、歌はあまり得意じゃなくて」
「ん? あ、いいのいいの。カラオケなんて楽しけりゃいいんだから」
 なんて心の広い女性だろう。
「それよりこの山賊焼きだっけ、ホント美味しいわ」
 食べるの夢中で聞いてなかったんですね。

 黒板を爪で引っ掻くような不快感がようやく途切れ、次の歌い手がマイクを持った。みながホッとしたのも束の間、そこからが、本当の地獄の始まりであった。

 画面に閃光が走ったかと思うと、星の飾りのついたステッキを持った女の子が出て来た。目の面積が顔面の六割を占める人間離れした顔立ちの彼女の、髪の色はピンク、髪型は鉄板のツインテール。セーラー服をアレンジしたミニスカコスチュームに身を包み、色違いの戦闘服を着た仲間たちと共に夜空を駆ける、その名も。
『萌え萌えキュンキュン、ヴィーナスレボリューション!』
「やめろおお!」
 叫び声と共に、今井は外に飛び出して行った。限界を超えたらしい。残されたのは4人、うち二人の仕掛け人は宇野の歌声を掻き消そうとするかのように絶叫する。
「あいつがアニソン以外、それも美少女アニメ以外、興味無いの忘れたのか!」
「だれだっ、宇野にマイク持たせたの!」
 おまえらだ。

 だが彼らにとって、それは戦略的被災であった。
 全員が唄い終え、残るは薪一人。その状況に追い込めば、マイクを拒否しようとする彼を「お互いさま」という一言で封じることができる。自分はその責を果たしたのだと言う自負が、彼らを強気にしてくれるのだ。多少の無理強いも可能だろう。

「今井さん、ずるいですよ! 逃げないでくださいよ!」
「いやだああ! おれの絶対音感が崩れるうう!」
「大丈夫ですよ。そこまで合ってませんでしたから」
『このせーかーいー、まもーるためー。マジカルピーチ、ラブリーバナナ、あなたのハートにMOEズッキュン!』
「宇野っ、その呪文はヤメロ!」
「世界が崩壊するわ!!」

 地獄の3分が過ぎた後、部屋の中で平静を保っていられたのはたったの二人。一人は歌い手である宇野と、もう一人は薪だった。雪子ですら歌の間は箸の動きが鈍かったと言うのに、薪の神経は大したものだ。
「最近は変わった歌が流行ってるんだな」
「薪さん、平気なんですか」
「なにが?」
 その薪の態度に、今井は確信を持った。薪は音楽に疎い。音感も鈍い。当然ながら、歌は上手くない。
「みんな上手いもんだな」
「いや、マトモなのは最初の2人だけだと思いますけど」
 悪夢から解放された人々の眼が、やがて理性を取り戻し、野望にギラつき始めた。本来の目的を思い出したのだ。

「さ、次は薪さんの番ですよ」
「僕はいい」
「順番ですよ。歌ってください」
「歌はあんまり得意じゃないんだ」
 やはり、と4人は笑顔の裏で悪魔の笑いを浮かべる。ここはどんな手を使ってでも歌わせてやる。そのために、これまでの苦労はあったのだから。

「こういう席で、野暮は言いっこなしですよ。俺だって歌は上手じゃないけど、三代目の曲、一生懸命覚えたんですから」
「「「身の丈に合った曲を選べ」」」
「聞き慣れてる曲でいいんですよ。ドラマの主題歌とかCMソングとか」
「「「慣れてるからこそ違和感ハンパねえ」」」
 彼らのツッコミは容赦がない。4人の正直さに、薪は苦笑して首を振り、
「生憎、最近の曲は知らないんだ」
「俺もですよ。アニソンしか知りません」
「「「おまえのは公害だ!!」」」
 正直すぎて取っ組み合いのケンカになりかけている4人に、薪はトム・コリンズを飲み干して言った。
「悪いけど、アニメもドラマも見ないから。ニュースはCMも流れないし」
 ああ言えばこう言う。理屈屋の薪に理屈で勝とうとするのはバカのやることだ。

「先生、お願いします」
「なに。薪くんに唄わせたいの? なんで?」
「天楼閣の満漢全席付けますから」
「ラジャ」
 食べ物で釣れば人でも殺しそうだ。
「久しぶりに薪くんの『A Whole New World』が聴きたいわ」
「よろこんで」
 そして薪は雪子の頼みなら事件そのものを握りつぶしそうだ。

 結局は雪子にすべて頼る形になって、こんなことなら最初から彼女に頼めばよかった、そもそも彼女なら薪の弱点を知っていたのじゃないかと、その可能性に4人が思い至った時、静かな前奏が流れてきた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

すーみーまーせーんー!

 来週、現場検査なんですけど、
 防衛省がわたしを苛めるのー! (防衛省の補助金で工事をしているので、防衛省の会計検査が入る。これが異常にキビシイ。偏執狂かってくらいにキビシイ(><))
 てか、下請さん、ちゃんと写真撮ってよぉ(泣)

 現在、
 監督員さんにメタメタ怒られながら絶賛書類作成中です。
 変更やら何やらで、もう1ヶ月くらい日曜日が来ないような……さ来週は日曜日、あるといいなあ。

 てなわけで、ブログはしばらくお休みします。
 コメントのお返事も止まってて、誠に申し訳ありません。

 来週は市の検査、今月末には防衛の検査があるので、それが終わるまでは時間が取れないと思います。
 お話の続きもお返事も、気長に待ってやってください。






プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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