You my Daddy(16)

You my Daddy(16)




 青木が呼んだ救急車と警察は、5分と掛からず現場に到着した。
 所轄の刑事に男を引き渡し、薪と青木は救急車を車で追い掛けて病院へ向かった。途中、救急車と一緒に3回程信号を無視したが、今回ばかりは薪は青木の無謀運転を叱らなかった。

 ゴッドハンドを抱えることで有名な大学病院の駐車場は混み合っていて、車を停められる場所を探して駐車場の奥まで行かなければいけなかった。更には応急処置に使用したワイシャツの代わりを病院内の売店で買い求め、その分のロスタイムを経て救急外来のドアから中に入ると、ちょうどミハルが手術室に運ばれるところだった。
 テキパキと準備を整える看護師たちに混じって、ストレッチャーと並走しているヒロミの姿が見えた。

「先生、ミハルを助けてください。輸血が必要ならわたし、O型です。その子の母親です!」
「お母さん、大丈夫ですから落ち着いてください」
 こちらでお待ちください、と看護師に留められる。手術室のドアが閉まると、ヒロミは糸の切れたマリオネットのように不自然な動きでソファに座った。その隣に、薪が静かに腰を下ろす。
「腕が擦り傷だらけだ。おまえも手当てをしてもらって来い」
「こんなの、舐めときゃ治るわ」
「傷だらけの腕でミハルを抱く気か? ミハルに嫌がられるぞ」
 言われてヒロミはじっと自分の手を見た。そうね、と立ち上がる。ヒロミが処置室に入ったのを見計らって、青木は薪の隣に腰を落ち着けた。

「……ミハルは大丈夫だろうか」
 独り言のように、薪の口から零れた弱音に青木は眉を寄せる。先ほど薪は、ミハルは助かるとヒロミに保証したのではなかったか。
「薪さん、ミハルちゃんの傷を見て大丈夫だって言ったんじゃ」
 逆に青木が尋ねると、薪は力なく首を振った。心細い時によくするように、靴を脱いで片膝を抱える。折り曲げた膝の上に細い顎を載せ、彼は小さく嘆息して、
「子供がどれくらい痛みに耐えられる生き物なのか、僕は知らない」
 長い睫毛が、震えながら重なった。
 抵抗力の弱い子供の診断は、専門医でも難しいと聞く。いくら薪が天才でも、まるで畑違いの分野だ。確証など持てるはずがない。だが、自分が弱気になればヒロミの不安が増大する。そのために薪は自分を奮い立たせていたのだ。

 自動ドアの上の、黄緑色に光る手術中の文字を見上げて、青木はミハルの笑顔を思う。
 青木は今日初めて、ヒロミたちの過去を知った。父親に虐待の限りを尽くされてきた母親と娘。そんな中で生まれてきた小さな命。それはどこからやって来たのか。口に出すのも憚られる想像だが、可能性は高いと思った。

「あの。ミハルちゃんの父親って」
「言うな」
 素っ気なく遮られた。
「それ以上は、言うな」
 小さく、でも頑として拒絶されて、青木は自分の考えに確信を持つ。ヒロミが、子供の父親にも親戚にも頼らず、20年以上赤の他人として暮らしてきた薪に助けを求めてきた理由も、それならば合点がいくではないか。

「生まれてくる前に何とかできなかったんですか。親戚が駄目でも、行政に相談するとか」
「生まれてきてはいけない子供なんて、誰が決めたんだ。ミハルは此処に、こうして生きてる」
 青木は思わず腰を浮かした。
 青木が驚愕の表情で薪を見つめると、薪は膝の上から顎を外し、先刻までの青木と同じように入り口の点灯板を見上げた。
「今もあの中で、必死に戦ってるんだ」
 廊下の奥の処置室から、ヒロミが出てくるのが見えた。薪は素早く脚を床に下ろし、すっと背筋を伸ばすと、腕に包帯を巻いた彼女に力強く頷いて見せた。

 それから、どれくらい時間が過ぎただろう。
 青木が座りっぱなしの尻に痛みを覚え、3度目のコーヒーを買いに立ち上がった時だった。手術室のドアが開き、ストレッチャーにうつ伏せに寝かされたミハルが出てきた。3人の保護者が一斉に走り寄る。
「先生、ミハルは」
「大丈夫ですよ。思ったより傷は浅くて、打撲も軽かった。念のため詳しい検査もしましたが、内臓に損傷はありませんでした。背中は10針ほど縫いました。しかし、子供の回復力は強い。1週間もすれば退院できるでしょう」
 ほうっと息を吐く、ヒロミの身体がぐらりと揺れた。緊張の糸が切れたのか、倒れそうになるヒロミを青木が支える。抱え上げて、さっきまで自分たちが座っていた長椅子に寝かせた。安心して貧血を起こすなんて、まるでどこかの誰かさんみたいだ。血は争えない。
 横たわったヒロミに苦笑すると、薪に睨まれた。青木の考えを見抜かれたらしい。天才の恋人を持つと、気軽に思い出し笑いもできない。

 その後、看護師から入院の説明があった。病院側との話し合いにより、年齢と精神面のケアを考慮してミハルには個室を用意すること、母親のヒロミが同じ部屋に滞在することが決まった。
 入院の準備をするため、ヒロミは青木の運転で一旦家に帰ることになり、その間、ミハルには薪が付き添うことにした。
「青木。ミハルのあれ、持ってきてやれ」
「え。病院にですか?」
「いいだろ、個室なんだから」
 薪の命令には逆らえず、青木は巨大なぬいぐるみを抱えてヒロミと一緒に病院へ戻った。
 病棟で、すれ違う入院患者にクスクス笑われ、子供に後ろ指を指され。薪もあの日、こんな思いをしてこの滑稽なゆるキャラを抱いて家に帰ったのかと、青木は改めて自分の愚挙を後悔したのだった。



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ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(15)


 こんにちは。

 映画からこっち、新しいファンの方、増えたみたいですね~。ウレシイ(*≧∪≦)
 ネットで秘密を検索してて、うちみたいな腐れブログに辿りついちゃう方もいらっしゃると思いますが、
 二次は苦手意識のある方も多いだろうし、著作権とか微妙な問題も含んでるし、てか、
 うちの場合、それ以前の問題として内容的に人さまにお勧めできるようなものではないことは管理人が一番よく分かってますので、
 見逃してくださいねっ! 万が一見つけちゃっても生暖かくスルーでお願いしますっ。

 なんでこんなに焦ってるかと言うとですね……
 先日の姪がスマホ片手に、「おねえちゃんのブログ、検索で出てくる?」と訊いてきたので、「秘密 二次 で検索してみな。運が良ければ最終ページあたりに出てくるかもよ」と返したら、
 トップに出てきやがった。Σ(゚д゚|||)  なぜ!!!
「子供は読んじゃダメ」と強く言いましたが、おねえちゃんの立場、風前の灯。
 幸い、姪のスマホは制限掛かってるみたいで、殆どの秘密ブログさんは見ることができなかったんですけどね。(FC2は全滅だった)
 誰か詳しい方、検索避けの方法を教えてください。



 続きです。





You my Daddy(15)





「今のうちに逃げなさい、ミハル!」
 ヒロミの言葉に男の注意が逸れた一瞬の隙を衝いて、手に触れた物が何かも確かめず、男の頭を思い切り殴った。プラスチックが割れて飛び、床に落ちた乾電池が弾む。テレビのリモコンらしかった。
「くっそ、この」
 鬼のような形相で、男はヒロミの首に手を掛けた。床に押さえつけられ、首に体重を乗せられると、ゲエと蛙のような声が出た。

 息ができない苦しさより、喉を押し潰される痛みの方が勝っていた。痛みで死ねると思った時、パカンと軽い音が響き、突如として自分を抑えつけていた力が消えた。
 唐突に戻ってきた呼吸はヒロミを激しく咳き込ませ、ヒロミは胸を押さえて痛みに喘いだ。「大丈夫ですか」と抱き起こされ、苦労して瞼をこじ開ける。ヒロミの背中を支えてくれていたのは青木だった。
 何が起きたのかと横を見れば、男の上に薪が馬乗りになり、冷徹な無表情で男の額に拳銃を突きつけていた。

「殺人未遂の現行犯だ」
「あんた、刑事だったのか。……その顔で?」
 ジャギッと銃が音を立て、すると青木が慌てて叫んだ。
「わー! 薪さん、撃っちゃダメです!」
 ふん、と薪は脅すように銃を構え直したが、男は恐れる様子もなかった。青木の制止を聞かずとも、警察官が簡単に発砲できないことを知っているのだ。

「誤解ですよ、刑事さん。その子は私の娘です。これは躾ですよ。民事不介入と言う言葉、ご存じでしょう」
 母が殺される前、何度か警察に保護を求めてはその言葉で返されていた。母がいくら訴えても、警察は逃げ腰だった。仕方なく母が自分の身体についた痣を見せると、警察はようやく重い腰を上げ、男に口頭で注意をしてくれた。しかしそれは逆効果だった。男の折檻は、それまでよりも酷くなった。

 銃を目前になお嘯く男に、薪はポケットから1通の書状を取り出した。逮捕状、ではない。それは男にとって、逮捕状よりもショックな通告書だった。
「面会交流全面禁止勧告だ。3日前に裁判所から発行された。これはコピーだが、原本がこの家に届いているはずだ」
「そんな……俺はそんなものは知らない」
「生憎、知らなかったで済むことじゃない。家に帰ったら郵便受けくらい確かめるんだな」
 ダイレクトメールと一緒に入りっぱなしになってたぞ、と薪は勧告状のコピーと共に郵便局の不在通知を男の顔にはらりと落とし、すっくと立ち上がった。
「この子たちに会った時点で刑事告訴される。そうなったらおまえの執行猶予は取り消しだ。言っておくが僕がいる限り、おまえに39条は適用させない。解ったか」
 床に横たわったままの男を、上から見下すように言い放つ。その瞳は氷よりも冷たい。

「二度と、僕の娘に近付くな」
「娘?」
 男はゆるゆると起き上がり、床に胡坐で座った。
「どうやって味方に引き入れたのかと思ったが……刑事さんも人の子、あのアバズレにたぶらかされて貢がされた男の一人ってわけだ。気の毒だけどね、あんたみたいな男は両手に余るほどいるよ」
 男の言うことは事実だった。でもそれは、3人家族の父親が仕事をしなくなったからだ。マンションのローンが払えなくなり、仕方なく空き家になっていた実家に帰ってきたものの、母親はどうにかして生活費を工面する必要があった。幾つかあった選択肢の中で、一番早く現金が手に入る方法を選んだに過ぎない。

「バカな男だ。こんなガキの嘘に騙されて」
「バカはおまえだ。ヒロミは僕の娘だ」
 へらへらと笑っていた男が、薪の言葉に眉を顰める。例え明白な嘘でも、相手に自信たっぷりに言い切られると不安になるものだ。ましてや薪は警察官僚。不倫の末の隠し子などスキャンダルにしかならないのに、そんな自分に不利益な嘘を吐くだろうか。
「知らなかったのか? アユミはずっと僕と関係があったんだ。おまえと結婚してからも」
「そんなはずはない」
「これが証拠だ」
 そう言って薪が高らかに掲げたのは、青木が時速120キロでゴミ箱にぶち込んだはずのスマートフォンだった。コソコソしていると思ったら、宇野はこれを直していたのか。

「嘘だ」
「信じる信じないはおまえの勝手だ。いずれにせよ」
 薪は証拠物件を本来の持ち主であるヒロミに返した。床に座った男に見せつけるように、彼女の肩を抱く。
「おまえはもう二度と、この子たちに会えない」
 薪の言葉はまるで裁判官の判決のように重々しく響いた。男としても父親としても、明らかに勝負は着いていた。それでも男は足掻くのを止めなかった。

「べ、弁護士だ。弁護士を呼ばせてもらう」
 どうぞ、と薪は余裕の表情だったが、ヒロミは不安だった。
 薪は知らないだろうが、男には弁護士の友人がいるのだ。男の精神鑑定を申請したのも、その友人だ。何でもその手の裁判と得意としているとかで、これまでにも同様の無罪を勝ち取ってきたらしい。今度も彼の罪を善悪の判断が不可能な状態で行われた行為であると、裁判所に認めさせてしまうかもしれない。

「山口か? 俺だ、安田だ。おまえ、ひどいじゃないか。交流禁止命令が裁判所から出たって、どうして俺に――えっ」
 携帯電話に向かって一気に捲し立てていた男の声が、不意に途切れた。驚きに大きく眼を瞠り、声を震わせて電話機を握りしめる。
「もう俺の弁護はできないって、どういうことだ。どうして」
 青褪める男とは対照的に、ニヤリと笑って薪が言った。
「だから言っただろ。39条は適用させないって」
 薪がどんな魔法を使ったのかヒロミにはさっぱり分からなかったが、青木には大凡の察しがついているようで、彼がなんとも渋い顔をしたところを見ると、あまり人に褒められたやり方ではないらしい。

 ヒロミの推察通り、彼らはコソコソと話し始めた。
「脅したんですか」
「人聞きの悪い。小野田さんの家の顧問弁護士に、ちょっと話をしてもらっただけだ」
「小野田家の顧問弁護士って言ったら、日本弁護士連合会の元会長でしょ? 日本であの人に逆らえる弁護士はいないって評判の」
「へー、そうなんだー。知らなかったなー」
「やめてもらえます? その白々しいセリフ回し」
「いいから。さっさとワッパ」
「はあい」
 ガックリと肩を落とした男に、青木が手錠を掛ける。監禁罪や傷害罪は親子でも適用される。友人の弁護士にも見放された男には、今度こそ実刑判決が下りることだろう。

「ヒロミ、大丈夫か? とっ」
 突然、手を振り払われて薪は身を引いた。驚く薪の前で、ヒロミが走り出す。
「ミハル! 返事しなさい!」
 ヒロミはソファの陰に倒れていた子供を見つけた。抱き起こせば、ぐっしょりと濡れた感覚。ミハルの身体はぐにゃりと折れて、小さな背中は血に染まっていた。
「ミハル……ミハル、ミハルッ! 返事して!」
「動かすな! 青木、救急車!」

 薪は素早くスーツを脱ぐと、ネクタイを外した。ワイシャツを脱ぎ、ズボンのベルトを外す。
「薪さん、なにを」
「ガラステーブルの破片で切ったんだ。止血するからおまえのベルトも貸せ」
 薪は素早く傷口を見極めると、包帯代わりのネクタイとガーゼ代わりのワイシャツで患部を圧迫した。白いワイシャツがみるみる赤く染まって行くのに、薪は眉ひとつ動かさずヒロミに語りかけた。
「大丈夫だ。ミハルは助かる。僕が保証する」
「パパ」
「ミハルのママだろ。声を掛けて、励ましてやれ」
 うん、と頷いてヒロミは気丈に眉を吊り上げ、子供の名前を呼び続けた。



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ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(14)

 こんにちは!
 
 毎日たくさんの頑張れコール(拍手・コメント)、ありがとうございます。(*´∀`人 ♪  励まされてます。
 の、割に、更新遅くてごめんなさい。
 なんか最近、時間が上手く取れなくて~、決してよそのブログさん読むのが楽しくて自分とこがお留守になってたわけじゃ、ごめんなさい、読んでました。今回のメロディレビュー最高www



 お話の続きです。
 
 この章、ちょっと暴力描写が強いです。苦手な方はご注意ください。
 (いないと思いますけど)18歳未満の方はご遠慮ください。
 本日も広いお心でお願いします。
 



You my Daddy(14)





 蝶番の壊れたドアが、ぎいぃ、と耳障りな音を立てた。
 中に入ってみれば、見覚えのある黄色いソファに割れたガラステーブル。床に積もった厚い埃は、長期間人が住んでいないことを示していた。
 元は緑色だったカーペットの上に、3組の靴が足跡を残す。一つは男物の皮靴、もう一つは女物のローヒール、そして最後の一つは子供用のスニーカー。男の足取りはしっかりと大股で、他の2つはひどく乱れていた。

「久しぶりの我が家だ」
 そう言って男は埃臭い空気を吸い込み、ムッと顔をしかめた。
「掃除が行き届いていないな。さてはヒロミ、怠けてたな」
「こ、ここは、もう、わたしの、家、じゃ」
 思うように喋れない。
 この家でこの男と暮らしていたのは、もう3年も前のことなのに。ヒロミの細胞は男から受けた仕打ちを痛みを屈辱を、ただの一つも忘れていない。それはまだ少女だった頃のことで、今の自分は母親の強さを身に付けたはず。
 ――でも身体が動かない。

「パパに口答えするのか? 悪い子だ」
 叱責と同時に平手が来た。汚れたカーペットに突っ伏した、ヒロミの髪を男の手が引っ張って顔を上げさせる。まとめて4,5本、髪の毛が引き抜かれた。
「うっ……」
「勝手に引っ越したりして。駄目だろう、ちゃんとパパに教えてくれなきゃ」
 薪の言いつけを破って、ミハルを公園に連れて行ったことを、ヒロミは激しく後悔していた。コンビニの一件で自分には薪という強力な保護者がいること、それから10日以上も何の音沙汰もなかったこと、更には昨日、待ち焦がれた連絡が裁判所から届いたことで、もう大丈夫だと思ってしまった。
 甘かった。この男に常識が通用しないことは、身に染みていたはずなのに。

 恐ろしい執念深さで、男はヒロミたちをつけ狙っていた。後を尾けて住処を突き止め、猫がネズミの巣穴の出口で待ち伏せるように、マンションから出てくるのをじっと待っていたのだ。
 公園内の散歩コースで、偶然を装って現れた男は、狡猾にもミハルを人質に取った。警戒心の薄いミハルは男が持っていた大好きなキャラクター人形に釣られ、ヒロミが気付いた時には男の手の中にいた。
 言う通りにするしかなかった。逆らえば、男が躊躇いなくミハルの細い首を折ることをヒロミは知っていた。実体験として、知っていたのだ。
 男の暴力から我が子を守ろうとして男に殺された母の死に顔は、今でもヒロミの網膜に焼き付いている。
 男の指が食い込んだ母の首は驚くほど細く縊れ、口からだらりと垂れ下がった舌は信じられないほど大きかった。母親の死体の横で、尿失禁と汚物の臭いに吐きそうになりながら、ヒロミは男に犯された。何度も何度も、男が自分に腰を打ちつけている間中ずっと、醜く紫色に膨れ上がった母親の死に顔がヒロミを見つめていた。

「それも、パパ以外の男と一緒に住むなんて……パパは許さないよ」
 あの頃の恐怖を、その絶望を思い出すには、平手の2,3発もあれば充分だった。男から虐待を受けた部屋に帰ってきたことで、その恐怖は倍の大きさになってヒロミに襲いかかった。
「あの男と寝たのかい」
 必死で首を振る。誤解されたくないとか薪に迷惑を掛けたくないとか、そんなことは一切考えられなかった。ただただ、恐怖から逃れるため。男を怒らせないように、その一心からだった。
「そうか、よかった。ヒロミ……ヒロミはパパだけのものだ」
 骨が軋むほど強く抱きしめられた。男の身体からは饐え臭い匂いがした。薪のフローラルな香りとは比べ物にならない、それは忌まわしい臭気だった。

 ぽん、と男の右腕に何かがぶつかり、男はヒロミを抱いたまま顔をそちらに向けた。見ればそれは、先刻男がミハルに与えた人形であった。
「ママ、いじめる。おじさん、わるい」
「違うんだよ、ミハル。パパはママを愛してるんだ」
「パパ、ちがう。パパ、ダイク」
「黙りなさい」
「ちがう。パパ、マキ、っ」
 容赦ない鉄拳が、ミハルの柔らかい頬に振り下ろされた。小さな身体がソファの向こう側までふっとぶ。まるで壊れた人形のように、ミハルは床に倒れて動かなくなった。

「ミハル!」
 駈け寄ろうとして男に蹴られた。恐怖に竦んだ脚は簡単にバランスを崩し、ヒロミは床に倒れた。大量の埃が舞い上がる。
「パパの言うことを聞かないからだよ」
 転倒したまま、ヒロミは立つことができなかった。男の脚が、ヒロミの身体を床に縫い止めていた。
「ヒロミはいい子だから、パパの言うことをきくよね?」
 嫌だと叫びたかった。だけど声が出ない。ヒロミは必死に首を振り、抵抗の意を示した。
「小さい頃はあんなにパパのこと好きだって言ってたじゃないか。大きくなったらパパのお嫁さんになるって」
 多くの幼い少女が、人生初めての結婚相手に選ぶのは自分の父親だ。殆どの場合それは好意ですらなく、恋の予感さえ未だ訪れない少女の無邪気な独占欲に過ぎない。成人した娘に言質を求めるようなものではないはずだ。
 だが、この男にはその常識が通じなかった。
「安心しなさい。邪魔者はパパが排除した」

 いつ頃から彼が狂い始めたのか、ヒロミには分からない。
 派手好きで男好きの母親が、最初の浮気をした時か。男の自慢の種だった勤め先の一流商社をリストラされた時か。
 少なくともヒロミが中学生になった頃には、男は昼間から酒の匂いをさせていた。母がそれをなじると、すぐに物が飛んできた。それが直接的な暴力になるのに、時間はかからなかったように思う。
 暴力はエスカレートし、母親は子供を守ろうとして死んだ。残された子供に待っていたのは、母親という防護壁を失って防ぐ術のなくなった拳と、男の玩具としての日々だった。

「わたしのことも殺すの」
「殺さないよ。パパの言うことを聞けば、殺したりしない」
 事件が発覚するまでの1月あまり、ヒロミは昼夜を問わず、男の性と鬱憤晴らしの捌け口に使われた。
 そんなヒロミを助けてくれたのは、2歳近くなってやっと歩き始めたばかりのミハルだった。空腹に耐えかね、罪の意識もなく、隣の家の台所で食べ物を漁っているところを家人に見つかり、隣人が抗議に赴いたのがきっかけとなった。栄養失調による発育不良だったミハルが歩き出すのがもう少し遅れていたら、ヒロミはおそらく3年前に死んでいた。

「あの頃みたいに、パパと」
 胸元に手を入れられて、虫唾が走った。あの頃はこれが日常だったのに。
 生命と禁忌とどちらが重いのかと、落ち着いて考えるだけの思考力はその頃のヒロミにはなかった。彼女の脳には母親の死に様だけが残っており、自分はああはなりたくないと、それしか考えられなかった。

 でも今は違う。わたしはミハルのママだ。

「いや!」
 自分はミハルに救われたのだ。命だけでなく、人としても。
「死んでも厭よ!!」
 断じてそれを許してはならないと、その声はヒロミの魂の叫びであった。

 追い詰められた野良猫のように、ヒロミは両手の爪で男の顔面を引っ掻いた。男の顔色が赤黒く染まる。次の瞬間、男は激昂し、ヒロミに襲いかかってきた。
「今のうちに逃げなさい、ミハル!」



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ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(13)

 こんにちは。

 前回の記事、ちょっと間違って公開しちゃって(^^;
 お昼ごろに気が付いて訂正したんですけど、意味不明の挨拶文、読ませちゃった方すみませんでした。
 しかも、短いからこの章と一緒に公開するはずだった……重ね重ね、すみませんでした。


 過去作、公開作ともに、毎日たくさんの拍手をありがとうございます。
 8月22日あたりからかな、ずっと過去作を読んでくださってる方、こまめに押してくださってありがとう。
 最近書くのに時間掛かるから、早めにお礼を用意しておこうと思い、あ、これ7万のお礼だっけ、7万5千がこれから、……今月の青木さん、よかったよねえ!!(←メロディ感想でごまかしたつもり)


 ところで。
 子供さんの夏休みの宿題とバトルしてたお母さん方、いらっしゃると思うんですけど。(あ、うちだけですか?)
 わたしには子供はいませんが、姪っ子が高校2年生なんですよ。でね、この子がまた、勉強キライなタイプで。読書感想文の書き方を教えてくれってわたしのところに来たんです。(←高校生にもなってこの始末) わたしも感想文は苦手なのであまり自信がないのですが、出来る限り協力するよと請け負ったものの、始まってみて困惑しました。
 感想文以前の問題として、彼女、本を読むのがメンドクサイって言うんですよ。
 もう時間ないし、仕方ないんで、姪がお勧めだと言ってた漫画の感想を書いちゃえ、ってことになったんですけどね。(先生、ごめんなさい)
 本を読むのがメンドクサイって、あんな楽しいのにどうして? て不思議に思ったんですが、今回、姪と同じ本を読んで、その理由がなんとなく分かったような気がしました。
 彼女は、びっくりするくらい感動が薄い。
 わたしなんか主人公の健気さに、涙が止まらなくなっちゃったくらいなんですよ。(好きな人の幸せのために身を引く主人公が、薪さんと重なったせいもありますが)
 だから「この人のこういう行動にわたしはすごく感動した」って力説しても、姪は「ふーん」て。
 そこは彼女にはツボじゃなかったのか、それなら「他に感動したエピソードは?」と訊けば「よく分かんない」
 ……そんな気持ちしか自分の中に生まれないんじゃ、そりゃつまんねーよ。てか、本が可哀想だよ……。
 漫画でこの調子じゃ、小説は余計だよねえ。字ばっかり並んでるしねえ。見て面白いものじゃないよねえ。
 登場人物の気持ちを想像し、彼らに共感し同調し、一緒に冒険や恋愛を楽しむことができなかったら、読書は全然面白くないです。逆に、それさえできれば何処にでも行けるし何にでもなれる。あのワクワク感、彼女は知らないんだろうな。
 本も可哀想だけど、姪も可哀想だと思ったのでした。

 400字詰め原稿用紙5枚分も書けない、と姪が泣くので、とりあえず自分でも感想書いてたら、さらっと書いただけなのに原稿用紙10枚になりました。感じたことの半分も書いてないのに……SSと同じで、要点まとめられなくてすみません。






You my Daddy(13)





 薪と決めた合流場所は、マンションから歩いて5分の井之頭公園だった。ヒロミたちがいるなら、むしろこちらの方が可能性が高いと青木が思ったからだ。しかし青木の予想は外れ、薪の顔を見た青木は残念な報告をしなければならなかった。
「公園にはいませんでした。コンビニにも来ていないそうです」
 天気の良い休日を楽しむ親子連れで賑わう公園の正門前で、薪は沈痛にくちびるを噛み締めた。青木が短い報告をする間にも何人かの子供たちが、門前に立ったままの2人を不思議そうに見上げて公園の中へ入って行った。

「とりあえず、乗ってください」
 ヒロミたちを保護するため、青木は車を用意していた。駐車場に薪を案内し、彼を車に乗せると、「次はどこを探しましょうか」と彼に指示を求めた。しかし薪は黙ったまま、さしもの彼も捜査方針に迷いが生じているようだった。闇雲に探しても意味がない。宛てを付けるには、彼女たちとの暮らしは短すぎた。

「……ちゃんとした携帯を持たせるんだった」
 当座の連絡のためだからと、プリペイド携帯を選んだのは失敗だった、と薪は言った。プリペイド携帯はWEBが使えないため、GPSを追うことができないのだ。
 その深刻な表情から、ヒロミたちが逼迫した状況に置かれていることが分かる。第三者の遠慮を捨て、青木はストレートに尋ねた。
「薪さん。ヒロミさんたちには、どんな危険が迫っているんですか」
 それはヒロミたちのプライバシーに深く関わっていたが、この期に及んで隠し立てることはマイナスにしかならないと、薪はそう判断したのだろう。青木の問いに迷うことも言葉を濁すこともせず、明確に答えた。

「あの日、ヒロミたちに絡んでいたのはヒロミの父親だ」
 戸籍上の父親、つまり育ての親と言うことか。

「彼は3年前、家庭内暴力を繰り返した末、母親の笹原亜由美を殺害。殺人罪で起訴されたが、その言動が常軌を逸していたため、刑法39条の適用により治療期間を含めて執行猶予5年の判決が下りた。裁判が終わると同時に、I県の精神病院に入院していた」
 青木が初めて聞かされる、ヒロミの壮絶な過去だった。父親が母親を嬲り殺す、そんな家庭で彼女は育ったのだ。
「父親が、その病院を退院したのが1ヵ月前だ」
 ヒロミ達が薪の元を訪れた頃だ。それではヒロミは、育ての親から実の親のところへ逃げてきたのか。
 実に賢明な判断だった。その暴力が自分と子供を襲うと、ヒロミには分かっていたのだ。

「だから外に出るなと、あれほど言ったのに」
 言いかけて薪は首を振った。
「僕のミスだ。SPを付けておくんだった」
 なんでも自分のせいにしたがる薪の悪癖は相変わらずだが、その前に漏らしたヒロミへの非難は、普段の薪なら口にしない言葉だ。それだけ焦っているのだ。

「父親がヒロミさんたちを連れ去ったとして、場所に心当たりはないんですか」
「岡部を、ヒロミたちが住んでたアパートに向かわせてる」
 ピリリという無機質な電子音が薪の薄い胸を震わせ、彼の声を途切れさせる。素早く携帯電話を耳に当て、薪は期待に満ちた声で岡部の名を呼んだ。しかしすぐにその瞳は失望に塗り替えられ、彼の横顔は憂いに覆われる。どうやらアパートにも、ヒロミたちはいなかったらしい。
 しかし捜査を命じられた以上、何かしらの成果を上げてくるのが岡部という男だ。

『所轄の連中に声を掛けたんですが、千代田線の乃木坂駅で、それらしき親子連れが目撃されてます。子供がなっしー人形を持っていたそうです』
「乃木坂駅か。それなら」
「何かあるんですか」
「笹原亜由美の――ヒロミの母親の実家がある」



*****

 この下、メロディ10月号の一言感想です。
 ネタバレしてますので、たたみます。(*´ω`)┛ 


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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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