You my Daddy(22)

 最終章です~。
 コンスタンスに公開できなくて、すみませんでした。
 間延び更新にお付き合いくださって、ありがとうございました。




You my Daddy(22)




「今度という今度は自分が嫌になった」
 頭の上に黒い雲を載せて、薪は猪口の酒に深い溜息を落とした。今夜は長くなるな、と岡部は敏く先を読み、座卓の下でそっと母親にメールを打つ。先に寝ててください、とそれはいつもの決まり文句だが、これまで一度も履行されたことがない。
 新鮮な魚と日本酒が看板の小料理屋で薪と二人酒。今日は青木は甥の初節句だそうで、姉の家に泊まるらしい。

「なにをそんなに落ち込んでるんです? 今回も上手く治まったじゃないですか」
 途中すったもんだはあったが、それはもはや定例行事。終わりよければすべて善しと、岡部はそんな格言を引っ張り出して薪の気を引き立てようとする。いつもと立場が逆だ。
 いつもは薪が暴走して、自滅コースに突っ込んでいくから岡部が怒らなくてはならなくなる。したくもない説教を、それも明らかに聞き流す態度の相手にくどくどと繰り返すことの虚しさと言ったら。飼い猫相手に愚痴を零す方がなんぼかマシだ。尤も、岡部の家の飼い猫はちょっと特殊で人間の言葉を解するのだが、それはまた別の話だ。
 今回は、DV被害から母子を救い、偽りの精神鑑定で無罪になるところだった犯人に正当な罰を受けさせた。薪もそんなに危ないことはしなかったし、精神的に追い込まれたり傷ついたりすることもなかったと思う。青木が少ししょげていたくらいで、今までの事件に比べたら平和なものだ。
 しかし薪は岡部が見たこともないほど暗い顔つきで、好物の刺身にも、あろうことか猪口を持つ手まで止まってしまっている。これは聞き出すのに骨が折れると判断し、岡部は人間の口を軽くする最も手っ取り早い方法を用いることにした。すなわち。
「今日はミハルちゃんの快気祝いと行きましょう。ささ、薪さん、飲んで飲んで」
「うん……」
「この酒、美味いでしょう? 新潟の蔵元直送の限定品でね、店主に取り置き頼んでおいたんですよ」
 勧められるままに盃を重ね、猪口がぐい飲みになり、それもまどろっこしくなった岡部がコップに切り替えた頃、薪がようやく口を開いた。

「青木が言ったんだ。僕の子供を遺せないことを申し訳なく思ってたって。だからヒロミたちには感謝してるって、そう言ってた」
 さすがは青木。お人好しが底なし沼だ。
 彼女たちのせいで家を追い出されて、薪との関係が変わってしまうかもしれないと食欲が失せるほど悩んでいたくせに。
「薪さんの言う通りでしたね。あいつを見損なってたのはおれの方でした」
 さすがですね、と薪の洞察を褒めると「まあな」と薪は一瞬だけ普段の高慢な表情を取り戻し、でもすぐに弱気な表情になって、
「2、3年前のことだけど。青木に来た見合い話、僕が潰したことがあるんだ」
「えっ。青木の見合いの会場に乗り込んだんですか?」
 岡部が驚いて聞き返すと、薪は岡部よりも驚いた顔をしていた。
「おっそろしいこと考えるな、おまえ」
 潰したと言われれば普通はそう考えると思うが。
「雪子さんじゃあるまいし」
 雪子の武勇伝を聞いてみたくもあったが、今は薪の話だ。

「具体的に、何をしたんです?」
「青木にって預かった見合い写真を本人に見せずに返した」
 それは当たり前だろう。2年前にはまだ二人は一緒に暮らしてこそいなかったが、その関係はすっかり出来上がっていたのだから。
「そんな話を薪さんからしたら、青木が傷つくじゃないですか。見せなくて正解ですよ」
「分かってる。でも見せるべきだった。例え結果が分かりきっていても、青木の人生は青木のものだ。彼から選択肢を奪う権利は僕にはない」
 薪らしい考え方だと思った。冷静で理論的で、平等で潔い。しかし彼はそれを為せなかったわけで。
「すごく落ち込んで、もう二度とこんなことはしないと誓った。なのに、気が付いたらまた同じ間違いを」
 尻すぼみに語尾を弱めた薪は、ずるずると前のめりに体勢を崩し、
「僕ってダメだー」
 座卓に突っ伏して拗ねる様子に、思わず吹き出してしまった。自分の腕の陰から薪の眼が、恨みがましそうに岡部を見上げる。

 軽くいなして、岡部は尋ねた。
「青木は怒りましたか?」
 薪の瞳からマイナスの感情が消える。代わりに浮かんだのは熱っぽさを秘めた恥じらいの色。何があったか大凡の予想は付いたが、岡部は重ねて訊いた。
「話したんでしょう。あいつはなんて言いましたか」
 長い睫毛を伏せ、ついでに顔面も腕の中に伏せて、薪は小さな声で言った。
「僕がヤキモチを妬いてくれて嬉しいって。むっちゃテンション上がってた」
 だと思った。予想通り過ぎて相槌を打つ気にもならない。
「本当に薪さんは、青木のテンション上げさせたら世界一ですね。いっそギネスに挑戦しますか」
「そんなギネスタイトル、全然嬉しくない。青木のやつ、僕があれほどダメだって言ったのにその場で、……なんでもない」
 安心してください。道場でシメときますから。

「分かったでしょう? あいつの幸せの鍵は、あなたが握ってるんですよ」
 照れ隠しか或いは青木の狼藉を思い出して本当に怒っているのか、初鰹を頬張りつつ尖らせたくちびるをそのままに、薪はぼそりと呟いた。
「うん。知ってる」
 平気な顔で嘯く風情を、亜麻色の瞳の柔らかさが裏切る。とろけそうに甘い瞳をしている。「薪さんはときどき砂糖菓子みたいなんです」と得意のポエムを語りだした青木を岡部は大外刈りで転がしたばかり、でもあれはこういうことだったかと納得した。確かに、食べた記憶もない砂糖が口から出てきそうだ。

「子供のことは僕も随分考えたんだ。青木はともかく、親が泣くだろうなって。幸いあちらのお母さんができた人で、僕のことを息子だと認めてくれてるけど」
 さすが青木の親だ。常識に捕らわれないフリーダムな精神は、母親からの遺伝というわけだ。
「でも、青木も同じことで悩んでいたなんて知らなかった。子供の1人や2人、本当に作っておけばよかったかな」
 いたらいたで悩みの種になると思いますけど。

 そういうことではないのだ、と岡部は唐突に気付く。
 人生を共に歩む相手に互いを選んだこと、後悔する気はないけれど、心に棘のように刺さって抜けない負い目がある。自分は親から命をもらってこの世に生まれてきたのに、自分の子供を遺せない。次の世代に命を繋げていけない、人として責任を果たせない、そんな罪悪感。

 ――でもね、薪さん。
 おれは思うんですよ。

「子供なら、たくさんいるじゃないですか」
 岡部の言葉に、薪は不思議そうに眼を瞬く。どういう意味だ、と亜麻色の瞳に促され、岡部は少し照れながら言った。
「第九の連中は、みんなあなたの子供ですよ」
 血こそ繋がっていないけれど。
 あなたに見いだされ、あなたの背中を見て育ち、あなたの考え方と精神を受け継いだ。おれたちはみんな、あなたの子供です。

 キョトンと目を丸くした薪は、次の瞬間、何故か猛烈に焦り始めた。
「アユミちゃん一人じゃなかったのか……そんなに大勢の女性と、僕はなんてふしだらな男なんだー!」
「そういう意味じゃなくてですね、だいたい山本とおれはあんたより年上、てか他の連中も生物学的に不可能ですから!」
「今井なんかあなたが1歳の時の子供ですよ?」と岡部が全員の生まれ年を諳んじれば薪はくすくすと笑って、「室長らしくなってきたな」と岡部の努力を褒めてくれた。緊急時に備えて職員の生年月日と血液型は暗記しておけと薪に言われたことを、岡部は実直に履行していた。

 からかわれたと分かって、岡部はむっつりと酒を飲む。照れ臭いのを我慢して言ったのに、そういう返しってどうなの。ああやっぱり言わなきゃよかったといささか乱暴にコップに冷酒を注ぐ、岡部の手元に華奢な手がぐい飲みを差し出す。
 丁寧に満たされた冷酒がくいと持ち上げられ、置かれたままの岡部のコップの縁にコツンと触れ合わされた。
「乾杯ですか」
 なにに? と問うた岡部に、薪はふわりと笑いかけた。
「子供たちに」
 岡部の武骨な手がコップを持ち上げる。飾り気のない円ガラスの縁と、美濃部焼のぐい飲みがもう一度触れ合わされた。


―了―


(2016.7)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(21)

 こんにちは!
 現場事務所で記事を書いております、しづです。(←普通にサボってる)

 10月、11月のプライベイト記事にいただいたコメントのお返事、ほぼ、お返しできたと思います。ありがたいことに、すごく沢山いただいたので、見落としてしまったコメントもあるかもしれません。まだもらってないよ~、という方はご連絡ください。
 なお、今月いっぱいで2つの記事は下げさせていただきます。コメントも読めなくなってしまいますが、お許しください。


 さてさて、お話の続きです。
 本日も広いお心でお願いします。





You my Daddy(21)





 ひと月ぶりの薪の身体は、青木が夢見たよりもっと素晴らしかった。ダメだと言いながら彼の身体はあっという間に潤って、青木が差し出す快楽を次から次へと受け入れた。
 おそらく今夜は、彼もその気だったと思う。ただちょっと順番が違っただけで。

 久しぶりだったから、青木も少し先を急いだ。ベッドに連れていく余裕もなくて、ソファに押し倒した。ワイシャツのボタンは外したものの、緩めただけのネクタイを解く手間が惜しくて、そのまま下半身に直行した。
 ズボンと下着を床に落として、ソファの上で薪の身体を折り曲げた。中に入ると、薪はあり得ないくらい好い声で鳴いた。臙脂色のネクタイが白い肌に映えて、薪が身体をくねらせる度に青木を昂らせた。
 制御が効かなくなるまでに、5分も掛からなかった。狭いソファの上でこんなに激しく打ちつけたら、思うように動けない薪が辛いのは分かっていたけれど、どうしても止められなかった。

 自分の性急さに、青木は言い訳する。
 薪さんが悪いんですよ。そんな風にオレを誘うから。

 そもそも、番狂わせの原因は、薪がヤキモチなんぞ妬いてくれるから。的外れもいいところだが、あのくらいで策を弄したなんて可愛らしいこと、そんな純粋さと幼気さを捧げられたら男は狂わずにはいられない。
 そう。薪は純真なのだ。それはもう過ぎるほどに。

 ――あのとき病室で。

 二人きりになると、ヒロミは前置きもなく、いきなり言った。
「たぶん、ママのフカシだと思うわ」
 咄嗟には何の事だか分らなかったが、ミハルに聞かせられない話だとヒロミが言ったことを思い出し、薪とヒロミの母親の男女関係のことだと気付いた。
 青木は驚愕した。
 ヒロミと薪が親子でないことは薪から聞かされていたが、ヒロミもその事実を知っていたのか。

「ママの性格から言って、パパと本当にそういう関係だったなら、もっと早くにあの写真をわたしに見せたと思う。とにかく自慢するのが好きな人だったから」
 告げられて青木は、改めてヒロミを見直した。強い女だと思った。
 自分の罪も、ミハルが背負った十字架も、すべて彼女は知っていて、その上でミハルを育てることを選んだ。その壮絶な決意。
「パパって、良くも悪くも有名人でしょ。テレビに出たこともあるって話だし、絶対に自慢したはずよ。ギリギリになるまで見せなかったのは、あの写真が偽装だって証拠。酔わせて眠らせて脱がせて写真撮って、恋人と別れさせようとしたんでしょ。ママのやりそうなことだわ」
 実の母親へのヒロミの評価は、決して好意的ではなかった。親子の情とはまた別に、ヒロミは冷静な観察者の眼を持っていた。

「――それでもね」
 ふと、ヒロミは声のトーンを落として、黒く豊かな睫毛を伏せた。
「わたしがあの地獄に耐えられたのは、その嘘があったからなの。それはママも同じだったんだと思う」
 自分が吐いた嘘に縋って、ようやく生きることができた。
 いみじくも、薪が鈴木の幻想に縋って生き延びたように。

「その証拠ってわけでもないけど。ミハルの名前は、ママが付けたのよ。美しい春って書くの。パパの――薪さんのあの写真、白木蓮が写ってたでしょ。それで美しい春」
「美しい春……」
 青木はその言葉を口の中で繰り返し、ミハルが第九に持ってきた古い写真を思い出した。
「ミハルはわたしたちの希望だから」

 あの写真のように。
 清らかに美しく、健やかに育ってほしいと。それだけを願って。

「青木さんにだけは本当のことを言わなきゃと思って」
 パパは、あの人は、そんな不誠実なことしないってこと、青木さんは理解すべきだと思うから。
 ヒロミはそう言って、ニコッと笑った。それは大層魅力的な笑顔だった。

 それからすっと両手を胸の前で合わせて、青木を拝むように、
「でもお願い。薪さんには内緒にしておきたいの。薪さんだけは騙されてくれなきゃ、ママがあんまりみじめじゃない」
「オレからもお願いします。そのままにしておいてください。薪さんは、過去の女性の数が多いほうが男らしいって思ってるんで」
「なにそれ」
「男のロマンて言うか、見栄っていうか」
「はっ。サイテーね」
 辛辣に、ヒロミは鼻で笑った。まったくもって、彼女の観察眼の鋭さは刑事顔負けだと青木は思った――。

 自分も少し、彼女を見習わなくては。
 いかに相手を愛していても、その愛に自分が溺れてしまっては駄目なのだ。今回のように、彼の気持ちを読み間違ってしまう。ましてや、薪がせっかくヤキモチなんて珍しいことをしてくれたのに。それに気づかなかったなんて大失態だ。
 最後だけは間に合わせて薪の腹に落とした自分の雫を、薪のそれと混じって彼の臍に溜まった白い液体を丁寧に拭き取りながら、青木は、両腕を組んで顔を隠す恋人の尖った肘にそっと口づけた。



*****



 リビングで一戦交えたら食事を作るのが面倒になってしまって、青木が作ってくれたクラブハウスサンドをベッドでかじった。食事をしたら少しは元気になって、そのエネルギーを薪は風呂に使いたかったのだけれど、青木が許してくれなかった。
 一日働いて、シャワーを浴びていない身体が発する自分の匂いを気にしながら、ベッドでねっちり責められた2回目。汗と唾液と体液まみれになった身体を相手に触られるのも、擦り合わされる秘部の汚れも気にならなくなるくらいに理性も飛び、白熱した時間を二人で過ごした後。今はただ、疲れた身体を彼の腕に預けている。

 汗でべたつく髪を優しく撫でる青木の手を邪険に払い、気怠く寝返りを打って、薪は呟いた。
「一緒に暮らすって、こういうことなのかな」
「そうですね。キモチイイコトたくさんできるってことで、痛だだだだだ!!」
 容赦なく潰されて、青木は悲鳴を上げる。コレのおかげであんなに善がってたくせに、とか言ったら二度とできない身体にされそうだから黙って聞くことにした。

 薪は横を向いたまま、青木を見ないままで、しっとりと濡れたシーツに自分の言葉を染み込ませるように、
「嫌なとこもダメなとこも、全部相手に見せて。すべて曝け出した上で、それを認め合って許し合って。それが一緒に暮らすってことなのかな」
「ダメなとこはともかく、嫌なとこなんて見せられた覚えはありませんけど痛いです」
 懲りずに後ろから抱きしめてくる青木の腕を、薪は思い切りつねる。
「悪かったな、ダメ人間で」
「ごめんなさい、痛いです、許してください、ごめんなさい」

 青木はいつもそうだ。
『どこから見てもきれいです。何をしてても可愛いです』
 恋は盲目とはよく言ったものだが、いつまで続くことやら。

「そうですね。これから出てくるのかもしれませんね。そうなった時に、許し合える関係でいられるといいですね」
 今回もそう言われると思ったが、違った。こいつも少しは成長しているらしい。
「末永く、よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
 少しだけ迷って、薪は答えた。ひどく気恥ずかしかったけれど、苦手なものは少しずつでも克服していきたい。そうしないと、成長する青木に追いつけなくなる。

 薪はくるりと寝返りを打った。
 至近距離で青木の顔を見つめる。寝乱れた彼の髪は額に落ちかかり、彼の若さを強調する。幼さを残した男の顔。その甘さが青さが、薪の心を掻き立てる。
 好きだ、と言おうとしたけれど、やっぱり顔を見てしまったら言えなかった。
 代わりに甘えた。「風呂に運べ」と我儘を言った。
 はい、と快い返事が返ってくる。ひょいと抱き上げられ、薪は青木の首に縋る。

 これから十年、二十年先。
 遠い未来をもしも共に歩めたとして、その幸福の中にあってもなお、そういう時期は訪れるのかもしれない。相手の顔も見るのもイヤになったりするものなのかもしれない。でも今は。
 今はまだ。
 ずっと青木を見ていたい。

 脱衣所に着いて床に下ろされ、風呂の折り戸を開けるわずかな間も、青木の腕は薪を支えてくれる。包み込むように自分に寄り添う体温を、薪は強く抱きしめた。



*****

 最初にご説明しましたが、ヒロミ母娘の設定は、なみたろうさんの絵から生まれました。
 この絵が手元にあったらそれだけで生きられるんじゃないかと思った。それくらい、心惹かれる絵でした。
 なみたろうさん、ありがとうございました。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(20)

 こんにちは。

 唐突ですが、しづは12月生まれです。
 今年の誕生日は、オットから花束、義弟からケーキをもらいました。
 どっちのプレゼントも、とっても嬉しかったです (* ´ ▽ ` *) 

ふなっしーと花束  ←クリックすると大きくなります。

 ただ、このケーキにはちょっとした問題点が。
 付属のローソクの数と照らし合わせると、ケーキ屋さんに「お気の毒に」と思われたんじゃないかという不安を抑えきれないのと、最も重大な問題は、
 これ、食べられないよね?!
 ふなっしーを傷つけるなんて、わたしにはできない!!!(←お気の毒)
 いやほんと、可哀想でローソクも刺せませんでしたよ。

 わたしがいないところで、オットがケーキを切り分けてくれて、お義母さんと3人で食べました。
 とても美味しいスフレチーズケーキでした♪ (牛乳嫌いのわたしが食べられる唯一のチーズケーキなんです)
 今日、食べたのは後頭部の部分なんですが、明日になったら顔の部分に差し掛かるわけで、あ、想像しただけで胸が……(←お気の毒2)


 オットのプレゼントは、ガーベラとバラと百合の、華やかな花束でした。
「誕生日のプレゼントで白い百合をメインに、って頼んだのに、百合がどこにあるか分からない」と本人は多少不満そうでしたが、女性のバースデープレゼントと聞けば、わたしが花屋さんでもこういう色合いにしますよ。メインが白って、それじゃ墓前に供えるお花になっちゃうでしょ。
 お花に縁がないオットらしいなあ、と思いました。


 今年は波乱の年で、トラブルとハプニングの連続でしたが、みなさんの励ましのおかげで、なんとか無事に、誕生日を迎えることができました。ありがとうございました。
 みなさんに贈っていただいた拍手も、総数8万5千を超えました。お礼SSの約束だけが増えていく状態で、誠にすみません。
 経営審査が終わったら書きますからね。待っててくださいね。


 ではでは、お話の続きです。
 この話、公開始めたのが7月の頭だったのですが、なんやかやで5ヶ月も経ってしまいました。あと3回ほどなので、もうちょっと我慢してお付き合いください。

 




You my Daddy(20)





 翌週、水曜日の夕方。薪と青木はミハルが入院しているK病院へと赴いた。
 ミハルの入院中、ヒロミは病院に寝泊まりしていた。ミハルは年齢的にも母親の付き添いが必要と判断され、病院側が部屋にヒロミの簡易ベッドを用意してくれた。
 初日こそ、ミハルは麻酔から覚めると傷の痛みにわんわん泣いたが、その後は順調に回復し、病院中を歩き回るようになった。病院側としても、ミハルの子守は必要だったのだ。

 そして事件から十日後の今日。ミハルの退院が決まった。
 もともと大した荷物がなかった母娘は、薪の家に転がり込んだ時と同じ旅行鞄一つで新橋のアパートに帰る予定だったが、些少の問題が起きた。薪がミハルに買い与えた巨大なぬいぐるみである。
 母子2人で暮らすのがやっとの狭い部屋に、この玩具は大き過ぎる。「残念だけど、なっしーとはさよならしましょう」とヒロミに諭されて泣きべそをかく、ミハルに薪が肩を竦めて言った。
「そいつはおじいちゃんの家で預かるから。いつでも遊びに来るといい」
 その言葉に、ミハルはぱあっと笑顔になる。薪の腰に抱き着いて喜ぶミハルに、嫉妬を隠せない青木の未熟を咎めるように、ヒロミが青木の名を呼んだ。

「パパ、ミハルを連れて席を外してくれる? 青木さんに話があるの」
「話ならここですればいい」
「ミハルには聞かせられない話なの。お願い」
 薪は不愉快そうに眉を寄せたが、溜息交じりにぬいぐるみを抱え上げると、ヒロミの要望通り、ミハルと一緒に廊下に出た。
「ロビーで待ってる」

 ミハルとぬいぐるみと3人で、病院らしくお医者さんごっごをした。ぬいぐるみが患者の役で、薪が医者、ミハルが看護師だった。
 メタボリックだの脂肪肝だの黄疸だのと、薪のやたらと小難しい医学用語にミハルは意味も解らずに笑い、手厚く患者の看病をした。自分が看護師にしてもらったのだろう、包帯を替え、身体を拭き、ロビーの椅子に寝かせた。力が足りなくて何度か患者を床に落としてしまったのはご愛敬だ。

 遊び始めて10分としない間に、ヒロミたちがロビーへやってきた。
 二人の間に別におかしな雰囲気はなかったものの、青木がやたらと自分を見るのが気になった。「僕の顔に何か付いてるか」と尋ねると、にっこり笑ってごまかされた。それ以上、ヒロミやミハルの前で問い詰めるわけにもいかず、薪はもやもやした気分を抱えたまま、大きなぬいぐるみを青木に預けたのだった。



*****



 ヒロミたちを最寄り駅まで車で送った後、二人は、持ち主よりも大きなぬいぐるみを抱いてマンションに帰ってきた。
 ビジネスバックとぬいぐるみ、両方を青木に持たせ、薪はいつものように手ぶらでドアのレバーを握る。開けると同時に向き合った静寂に、しばし戸惑った。
 家に帰れば「おかえりなさい」と笑顔で自分を迎えてくれる人がいたことを、その時の幸福感を思い出す。今、薪を待っているのはリビングで音も立てずにほころぶ百合の花の香りだけだ。

「薪さん」
 呼びかけられて我に返り、振り向いてぎょっとした。あの滑稽なぬいぐるみの濁った眼が、上目遣いで薪を見上げていた。相変わらず心臓に悪い人形だ。
「ミハルはいったい、これのどこが可愛いんだか」
 言い掛けて薪は、ぬいぐるみの目線の高さが青木の身長と合わないことに気付く。青木の肩は薪よりずっと高いのだから、わざわざ腕に抱き直さないと人形は薪を見上げることはできない。
 後ろにいた青木が、薪の寂しそうな背中を気遣ってくれたのだと分かった。

「男のシュミの悪さは、僕に似たのかな」
「えっ。オレ、こんなんですか?」
「似てるだろ。『非常識にポジティブ』なところとか」
 複雑な顔で人形のとぼけた顔を見つめる青木を心の中で嘲笑って、薪は靴を脱いだ。いつものようにスーツのポケットから出した財布や携帯電話などをサイドボードの上に置き、ついでに白百合に挨拶をする。開きかけた花弁に気付いて、指で雄蕊を取り除きながら薪は尋ねた。
「なんの話だったんだ」

 はい? と空っとぼける青木に、花瓶を投げつけてやりたくなったが堪えた。
 薪の心臓がバクバク言ってるのはぬいぐるみのせいじゃない。
 気付かれたくない。青木がヒロミと二人だけでどんな話をしたのか、気になって仕方ないこと。

「ヒロミの話だ。なんだったんだ?」
「内緒です」
 青木の性格はよく分かっている。秘密にするのは、それは薪が不快に思うことだからだ。
 若い男女が二人きりで話したい事といえば、嫌でもそちらの方向に考えが向く。ミハルの前では言いづらい、というヒロミの言葉にも合致する。

 まさか、告白されたとか?
 いや、ヒロミは僕と青木の関係を知っている。その上で告白なんて無駄なこと、でも分かんないぞ、彼女はこれでしばらく青木に会えなくなるわけだし。「最後に気持ちだけ伝えておきたかったの」とか、よくある話じゃないか。
 だけど、それなら青木も隠すことないよな? 告白されましたけどちゃんとお断りしました、って言えばいいんだ。それを言わないってことは、僕に秘密で会うことにしたとか?
 いやいやいやいや青木に限ってそんなこと!

「薪さん、薪さん。もうそれくらいで。花が可哀想です」
 ハッと我に返れば、固い蕾をむりやりこじ開けられて、青い雄蕊をむしり取られた哀れな百合の姿。
「花粉が開いちゃうと面倒なのは分かりますけど」
 青木はそれをそんな言葉でフォローしつつ、「そんなに気になりますか?」と苦笑した。花瓶の水を替えるため、サニタリーに入る青木の後姿を眼で追って、薪は自分の猜疑心を心のダストシュートに放り込む。一人でヤキモキするのは愚かなことだと、これまでの失敗が教えてくれる。いい加減、このパターンで自爆するのはやめないと。

 水を替えて戻ってきた青木は、薪が平常心を取り戻したことを察したのか、安堵したように微笑んだ。これなら話が通じると思ったのだろう、「ヒロミさんに秘密にするって約束しちゃったから詳しくは話せませんけど」と前置きして、少しだけ内容を教えてくれた。正しい判断だと薪は思った。さっきの状態で何を言われても疑ってしまっただろう。
「薪さんと、ヒロミさんのお母さんの話です。昔のことだし、薪さんが気になさるようなことじゃありませんよ」
「アユミちゃんが僕に弄ばれたって話か。言い訳するつもりはないけど、あれは」
 つい言い返してしまったが、自分が男である以上、何を言っても言い訳に過ぎないと思い直した。当時、自分が麻子と付き合いながら、他の女性と関係を持ったのは事実なのだから。

 薪が黙ると、青木は薪の後ろに回った。いつものように薪の上着を脱がせ、ハンガーで形を整えてから甲斐甲斐しくブラシを掛ける。図体はでかいのに、マメなやつだ。
「大学時代の薪さんの恋人って、麻子さんのことですよね。7年になりますか。ガンで亡くなったんですよね」
「そうだ」と応じて、薪はふとネクタイを解く手を止めた。
「あれ? 僕、おまえに麻子ちゃんのこと、話したっけ?」
「あー、すみません。雪子先生から聞きました」
 薪と付き合い始めて半年も経たないころ、彼女の葬儀があったことを青木は雪子から聞いた。あの当時はまだ薪の気持ちも青木の覚悟も半端で不安定で、そのせいで生まれたすれ違いが果てしなく重なって行く、そんな辛い時期だった。だから青木は、雪子から聞いた話を薪に打ち明けることができなかったのだ。

「じゃあ話すけど。アユミちゃんとのことはよく覚えてないんだ。コンパで一緒になって、酔っぱらって気が付いたら彼女が裸で隣に寝てて」
「なんてありがちな」
 今でも薪は、酔うと突然眠ってしまう癖がある。後にも先にも失敗したのはアユミだけだが、外で飲むときは気を付けなければと肝に銘じている。
「麻子さんはそのことを?」
「うん。知ってる」
「バレちゃったんですね」
「バレたっていうかバラされたっていうか。携帯に残っていたあの写真、彼女、麻子ちゃんに見せたんだ」
「それはまた……麻子さんはなんて?」
「『皮一枚の事よ。彼女もあたしも』」
 麻子は聡明な女性だった。大人しいが、芯は強い女性だった。
「そう言ってたな。あれ、どういう意味だったんだろう」
 ――そして、心から薪を愛していた。

 昔の彼女が自分に注いでくれた深い愛情を思い出し、薪は今の自分を恥じる。寛大に許した麻子に比べて、策を弄した自分のなんて醜いことか。
 気が付いたら恥ずかしくて恥ずかしくて、青木の顔が見られなくなった。俯いて黙り込んだ薪の顔を、青木がそっと覗き込む。ほぼ直角に腰を曲げて、そんな辛い体勢をものともせず自分を気遣ってくれる恋人に、本当のことを言わないのは罪悪だと思った。
 岡部に話したことを、死んでも青木には知られたくないと思ったことを、薪は正直に告白した。それは、どう考えても蔑まれるしか道はないと分かっていることで、だから言いたくなかった。彼の信頼を裏切りたくなかった。でも言わないのはもっと悪いことだと、麻子の奥ゆかしく輝く瞳が薪に訴えかけていた。

「ヒロミとおまえを引き離そうとした。ごめん」
 こんなみっともない真似は二度としない、と恋人に誓うために上げた瞳に、頬を紅潮させて眼を輝かせた青木の顔が映る。てっきりドン引きしてると思ったのに、なんなんだこの反応は。
「青木?」
「薪さんがオレにヤキモチ……うれしいですっ」
「いや、ダメだろ」
 何故かハイテンションの青木に、薪がダメ出しをする。咎められるべきは自分のはずなのに、青木が相手だとどうも調子が狂う。
「嫉妬深い男なんか最低だ」
「すみませんね、最低で」
「おまえのはいいんだ」
 青木の嫉妬はかわいい。青木はまだ若いし、夢中で僕のことが好きなんだと、伝わってくるから可愛らしいとしか思えない。引き換え、自分は今年で45になる。そんなオヤジが、しかも12歳も年下の恋人にヤキモチ妬くとか、うっわ、冷静に考えたらカッコ悪すぎて死ねそうだ。

 地球の裏側まで突き抜けようかという勢いで自己嫌悪の穴に埋まっていく薪を、青木が止める。細い肩に両手を置き、潤んだ瞳で熱く囁いた。
「オレ、今モーレツに感動してます。薪さんがオレにヤキモチ、薪さんがオレにヤキモチ……」
 繰り返さないでくれる。絞め殺したくなっちゃうから。
「薪さんっ」
 抱きしめるのはいいけど力加減考えてね。僕の背骨がゴキゴキ鳴ってる時点で普通に傷害罪だからね。
「我慢できなくなっちゃいました」
「なにが」
「食事の前ですけど、いいですよね?」
「だからなにが」
「薪さん、愛してますー!」
「なんで?!」
 なんでそうなるんだ、意味が分からん!
「待て青木! 食事、てか風呂、風呂! ダメだって、あ゛――!!」

 人間、正直になっても何もいいことなんかない。
 恨むよ、麻子ちゃん、と薪が心の中で呟くと、思い出の中の彼女は25年前と同じように控え目に微笑み、ペロッと舌を出した。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: