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パートナー(2)

 こんにちは。

 こないだ、ご新規さん用に説明入れるの忘れちゃったんですけど、
 薪さんが叔母夫婦に育てられた、というのは法十のオリジナル設定です。
 叔母夫婦の人となりについては、ADカテゴリの「きみはともだち」あたりに書いたような気がするので(うろ覚え)、あと、叔父さんと薪さんの確執についても書いた気がするので(残念過ぎる記憶力ですみません)、
 気になる方は読んでみてください。 






パートナー(2)







 青木を苛めて平常心を取り戻した薪は、それからは周りの車に迷惑を掛けることなく、無事にマンションに帰って来た。車から降り、問題はその後。
 駐車場の平らな床で躓いた。コンクリートの柱に体当たりしそうになった。階段を踏み外して転がり落ちそうになった。
「気を付けてくださいよ、薪さん」
 咄嗟に青木が手を出さなかったら、今ごろ薪のきれいな顔は傷だらけだ。青木の仕業だと疑われたら眼もあてられない。意地悪な叔父さんとやらにDV男のレッテルを貼られでもしたら、話をするどころではなくなるだろう。

 青木をヒヤヒヤさせながら、二人はどうにか自宅に着いた。駐車場から部屋まで行くのに、こんなに苦労したのは初めてだ。
 薪はMRIの画面を見るときのように、自宅のドアを睨みつけた。そのドアの向こうに、敵がいるとでも言うように。
「薪さん」
 名前を呼ぶと同時に、青木はそっと薪の左手を握った。
 部屋の外で触れ合うことを薪は許さない、それは知っていたが、このままではいけないと思った。この向こうにいる人は、敵ではないのだから。
「まるでヤクザの出入りですよ」
 薪は青木の軽口を諌めなかった。極限まで緊張しているのだ。
 自分の左手を覆った青木の大きな手に自分の右手を重ね、左手をくるりと返す。両手で青木の手を挟むように握って、ぎゅ、と力を込めた。

「薪さん。もっとリラックスしましょう。そんなに緊張してたら相手だって」
「誰が緊張してるって?」
 ふ、と笑みさえ浮かべて薪は言った。
「緊張する必要なんかない。親が子供に意見できるのは成人するまでだ。それ以上は親の過干渉。聞く耳なんか持たなくていい」
 ドアノブを回す手に、気後れは感じられなかった。薪は勢いよくドアを開け――、その倍の速度で閉めた。
「なんで閉めちゃうんですか」
「……条件反射で、つい」
 どうやら叔父さんが、玄関口で待ち構えていたらしい。
 こんなに委縮している薪は初めてだ。叔父さんとやらは、よっぽど厳しく薪を躾けたのだろう。
 ここは自分が間に入るしかない。他人が入った方が身内の諍いが丸く収まったという事例もあるし、幸い、青木は人当たりの良さには定評がある。大抵の相手とは上手くやれる自信があった。
 何やら小声で唱え始めた薪を背中に回して、青木はドアを開けた。

 薪の叔父を一目見て、神経質そうな人だと思った。ピタッと撫でつけられた灰色の髪と、広くて肉の薄い額はその証に見えた。役所の職員、あるいは銀行員。とにかくお堅い職業をこなしてきた印象を受けた。
「はじめまして。青木一行と申します。薪さんにはいつもお世話になってます」
 にっこり笑って挨拶をした。しっかりと頭を下げて、友好の意を示した。しかし、返ってきた言葉は短く、冷たかった。
「信じられん」
 覚悟はしていたが、やっぱりきつかった。自分の存在を真っ向から否定された気がした。
 それでも青木は何とか微笑んだ。上手く笑えた自信はなかったが、叔父の表情が更に冷たくなったので、失敗したのだと分かった。
 薪の叔父にとって、これは笑いながら話すことではないのだ。当然かもしれない。大事な甥の将来に関わることなのだから。

「青木、ドアを閉めろ。中に入ろう」
 いつの間に自分を取り戻したのか、薪が落ち着いた声で青木に入室を促した。玄関先で話すことでもないと叔父も考えたのだろう、先にリビングへ入って行った。慌てて後を追う。
 青木がお茶の用意をしてリビングに行くと、L字型に設えたソファの、対角線上に叔父と甥が腰を下ろしていた。テーブルの上に3人分の緑茶を置く。薪の隣に座って、どうぞ、と明るく声を掛けた。
「あ、もしかしてビールの方がよかったですか? 持ってきましょうか?」
「いらん。私は酒は飲まん」
「そうでしたか。失礼しました。じゃ、何かお茶菓子でも」
「甘いものも嫌いだ」
 木で鼻を括るような返答。普通だったら委縮して無言になりそうなところを、普通にしないのが青木一行と言う男だ。
 そのとき青木はクスッと笑った。苦笑でも失笑でもなく、本当に可笑しそうに笑ったのだ。当然、叔父の眉間の皺の深さは二倍になる。気付いて慌てて謝った。
「ごめんなさい。怒った時の薪さんにそっくりだったから」
 正直に言ったら薪の皺も二倍になった。どこが、と無言で噛みつく薪に「ほら」と両手を左右に広げて見せる。青木の指の先には眉間に皺を寄せてムッツリと黙り込む叔父と甥。思わず顔を見合わせて失笑する。青木に一本取られた。

「自己紹介も未だだったな。剛の叔父の、市村史郎だ」
 史郎は湯呑を手に、短く自己紹介をした。一口飲んで、青木の目を真っ直ぐに見た。
「きみはいくつだ。剛より、だいぶ年下のようだが」
「今年で32になります」
 ふうむ、と史郎は唸った。難問に直面したような彼の表情に、青木は不安を覚える。
 頼りなく見えるのだろうか。こんな青二才に大事な甥の将来を預けるわけにはいかないと、そう思われているのだろうか。
 青木はひたすら自分の未熟を心配したが、史郎の言葉はまったく逆であった。
「剛、失望したぞ。こんな若い青年を不毛な道に引っ張り込むなぞ、そんな浅ましい人間におまえを育てた覚えはない」

 何を言われても反駁する気持ちなどなかった。が、予期していた痛烈な言葉は、自分ではなく薪に向けられた。それは意外で、そして青木には聞き流せない言葉であった。
「ちょっと待ってください。それは違います」
「青木、黙ってろ」
「でも」
 薪の命令を青木が素直に聞けなかったのは、叔父の見解が事実とは違っていたからだ。
 薪と歩む人生は、決して不毛な道などではない。薪と言う優れた人間から学ぶものはたくさんある。自分で言うのもなんだが、青木は薪に恋をしてから、ずいぶん成長したと思う。仕事も体術も、懐の大きさも。それもこれも彼に見合う男になりたかったからだ。最後の寛容だけは、薪の我儘に馴らされたおかげだが。
 青木はそれを説明しようとした。だが、薪の言葉の方が僅かに早かった。

「叔父さんの期待に副う人間になれず、申し訳なく思っています」
 薪の言葉は素直な謝罪だったが、聞く人の心には響かなかった。この議論を早く終わらせようという意向が見え見えだったからだ。当然、史郎の気持ちを和らげることはできなかった。
「最初からおまえに期待などしとらん。私の意見を聞かず、警官になどなりおって。思った通り、不誠実な言い訳ばかりが上手い最低の人間に成り下がった」
 叔父は優れたプログラマーだと薪から聞いていたが、なるほど、頭は良いのだろう。だからこそ選ばれる言葉は辛辣で、人の心を鋭く抉る。表面だけの謝罪で話を打ち切ろうとした薪も悪いが、それに腹を立てたとしても、ずいぶん酷い言い方をする。

「相変わらず警察が嫌いなんですね」
 ふ、と薪は冷たく笑った。青木の心臓がぎくりと脈打つ。
 横目で盗み見た薪の瞳は宿敵に相対した時のように冷気を孕み、そのくちびるは反撃ののろしを上げるかのように美しい三日月の形に吊り上げられていた。
 ヤバい。薪が戦闘モードに入ったら誰にも止められない。

「僕には警察を厭う人間の神経が分からない。あなた方一般市民がどれほど警察という組織に守られてきたか、銃も持たずに夜の通りを歩けるのは誰のおかげなのか、この国で何十年も生きてきてご存じないのですか。パソコンの画面ばかり見て現実を見ないあなたらしいと言えばあなたらしいですが、それにしたって。齢60にもなって、まだ幻想に捕らわれているとは。可哀想な人だ」
「幻想に捕らわれているのはおまえの方だ。組織に入れば目を覚ますかと思えば、こんな年まで。おまえの眼は節穴か? それとも組織の暗闇を知った上での怠慢か。だとしたらますます許せん。まともな人間なら良心の呵責に耐えられないはずだ」
「実情を知りもしないで何を勝手なことを。警察はあなたが思うほど、非道な組織ではありません。確かに一般市民に公開できない極秘情報も抱えてはいますが、それも市民の安全を守るための」
「極秘情報? スクラップブックの間違いだろう。それも他人のプライバシーのな」
 薪の左目がピクリと瞬いた。亜麻色の髪が数本、ほんの僅か持ち上がって、前髪に隠された額に青筋が立ったのを青木に教える。この辺で止めないと取り返しがつかないことになりそう、でも無理、怖くて無理。

「第九は警察の中でも最悪だ。そんな腐った部署の室長なぞに収まって。おまえの新聞記事が出るたびに、私がどれほど腹立たしかったことか」
「第九は腐ってなどいません。第九のおかげでどれだけ犯罪全体に占める殺人の割合が減ったか、その新聞記事に記載されていませんでしたか」
「そんなものは信じられん。警察の情報操作でなんとでもなる」
「失敬な。情報操作だなんて、どこにそんな証拠が」
 彼らの会話は、終始そんな調子であった。氷の礫が吹き荒れるごとき二人の応酬の間で、青木は生きた心地がしなかった。とても20年ぶりに再会した親子の会話とは思えない。いくら血がつながっていないとはいえ、これじゃまるで仇同士だ。

「他人のアラばかり探すくせに、自分の都合の悪いことは信じない。あれから30年も経つのに、まったく変わりませんね。あなたの頑固さは尊敬に値します」
 はっ、と薪は鼻にかかった嫌味な笑い方をして、だから青木は冷や汗を流す。薪がこういう笑い方をしたら、それは爆弾投下の合図だ。
「お兄さんが自殺なさったことが原因で、何十年も警察を目の敵にされてるようですけど。迷惑な話だ。逆恨みもいいところです。もしかしたら弟である自分にも、責任の一端はあったかもしれないとは考えないんですか」
 すみません、言い過ぎました、と隣の青木が謝りたくなるくらい、薪の舌鋒は容赦ない。しかしそれは同時に薪をも切り刻む。投下する爆弾の威力が強ければ、その爆発に本人も巻き込まれてしまうのだ。
「おまえの意固地には負けるさ。人殺しになってまで警官で居続けるんだからな」
 初めて薪が黙った。細い膝の上で、白い拳が固くなる。
「鈴木くんは友人じゃなかったのか」
 薪は視線を自分の爪先に落とした。長い睫毛が微かに震える。

「……あなたに、それを言われる筋合いは」
「お、おい、なにをする!」
 叔父の慌てふためいた声に顔を上げ、薪はぽかんと口を開けた。
「すみません。お帰りください」
 猫の子を持ち上げるように、青木が史郎の後ろ首を掴んでいた。長身に物を言わせて史郎の身体をソファから引きはがし、ドアに向かってずんずんと歩いていく。実力行使に及んだ部下に、逆に薪の方が弱腰になった。
「待て、青木。手荒な真似は」
「オレは薪さんのボディガードです。対象を害すると判断した人間は排除します」
「害だと? 私は剛の」
「親なら親らしくしてください。子供が信じて歩く道を、どうして応援してあげられないんですか」
「間違った道を歩こうとしているからだ。間違いに気付かず、歩き続けているからだ」
 引き摺られながらも史郎は、攻撃的な態度を崩さなかった。なかなか度胸が据わっている。さすがは薪の叔父だと、青木は妙なところに感心した。

「君たちの関係にしてもそうだ。君にだって親がいるだろう」
「母は認めてくれてます。薪さんのことも、すごく気に入ってます。オレの実家は福岡ですけど、母は上京してくる度にオレがいなくてもここに顔を出していくし、二言目には薪さんを家に連れて来いって、うるさいくらいです。よっぽど薪さんの顔が見たいんですね」
「信じられんな。もしそれが本当ならイカれてる」
 どちらの味方をしたものか、スリッパのまま三和土に下ろされた叔父に困惑した眼差しを注いでいた薪が、その言葉に表情を険しくする。自分のことを言われた時より遙かに強く、薪は叔父に言い返した。
「青木に謝ってください。青木のお母さんは素晴らしい女性です」
「親ならばこの現状を放置するはずがない。親としての役目を放棄した無責任な女にしか思えん」
「オレの母親です。他人のあなたにダメ出しされる筋合いはありません」
 青木は毅然たる態度で、史郎の苦言を退けた。史郎が息を呑んだ隙に青木はドアを開け、手のひらを上に向けて廊下を指し示した。
「ではお疲れさまでした。おやすみなさい」




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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

リハビリ始めました

 冷やし中華始めました的なノリでお送りします、リハビリです。
 みなさん、ほんっとうに、生ぬるーく見てやってくださいね。
 突っ込んじゃいやいやん。


 時系列は、一番新しい2069年10月です。
 もっとドロドロした話になるはずでしたが、一身上の都合で、あっさりとした雑文になってしまいました。
 リハビリが完了したら、ドロッドロのドSバージョンで書き直したいと思います。( `ー´)ノ
 え、回復しない方がいいですか? ううーん……。


 それと、前回までの個人的な記事は、これまで同様、1ヶ月ほどで下げさせていただきます。
 いただいたコメントも表示されなくなりますが、どうかご了承ください。
 
 



パートナー(1)




 警察官は、いついかなる時も緊急の事件に備えなければならない。携帯電話を持ち歩くのは当然、上司からの呼び出しには即応答する。それに例外はない。同窓生との飲み会がどんなに盛り上がっていようと、たとえ一気飲みコールの真っ最中でも、だ。

『青木。今どこだ』
「渋谷のKって居酒屋です」
 青木が一気飲みを中断したことによって沸き起こった、悪友たちのブーイングの嵐から携帯電話を庇うようにして電話に出る。ジョッキの底に残ったビールはほんの一口。飲み干しても5秒くらいのロスだったと思う。つまりこれは気持ちの問題。
 素晴らしい心掛けである、警察官の鑑よと、その拍手はしばし待たれよ。確かに青木の行動は熱意に突き動かされてのものだが、それは職務に対してではない。熱意の対象は電話の相手だ。電話を掛けてきたのは青木の上司ではあるが、同時に恋人でもある。彼専用の着メロを耳にするだけで、青木の頭の中は一気にお花畑だ。拍手を受けるに値するかどうか。

 ともあれ、上司からの緊急連絡である。仕事には違いない。
「すみません。オレ、飲んじゃって」
『かまわん。迎えにいく』
「渋谷のK」と言う薪の声が聞こえた。続いてナビゲーションシステムの音声案内が聞こえてくる。薪はすでに車で第九に向かっていて、その中から青木に電話をしてきたのだ。
「ありがとうございます。じゃ、店の前で待ってます」
『アルコールを摂取した身体で屋外に出たら風邪をひく。中で待ってろ』
 やさしい。時々だけど、薪はすごくやさしい。
 捜査が始まったら「3日くらい寝なくても人間死なん」とか言い出すんだろうけど、それはそれで可愛いからいいや。
 そう微笑む青木は、自分のその考えが全く普通ではないことに気付いていない。よく人生相談を生業とするコメンテーターが「幸不幸を決めるのは自分自身である」とか「幸せの価値は本人にしか分からない」などと尤もらしい顔でマイクに向かうのを目にするが、この男を見ても果たして眉を寄せずにいられるかどうか。少なくとも第九の仲間たちからは、薪の命令に対する青木の非常識な前向きさは、少しばかりの憐れみと多大なる顰蹙を買っている。

 青木は友人たちに仕事が入ったことを告げ、オーダー済みだった3杯目の生ビールをキャンセルした。それから酔いを醒ますために洗面所に行き、冷たい水で顔を洗った。備え付けの口内洗浄液でうがいをし、髪の乱れを直す。これから仕事に向かう警察官として身だしなみを、と傍から見れば感心なことだが、迎えに来るのが上司なのか恋人なのかは微妙なところで、やっぱり手放しで称賛するのはバカらしい。

 店内に戻ると、自分の席に人だかりができていた。
 友人たちに何かあったのかと思い、急いで席に戻ると、そこには先刻電話を寄越した上司の姿。椅子の背に掛けておいた上着で分かったのだろう、青木の席にちょこんと座って、勧められるままにオレンジジュースなんか飲んでる。本当に可愛らしい。「きみいくつ?」って訊きたくなっちゃうの分かる、でもその人オヤジだから。四捨五入したら五十だから。

 急いでいたのか、薪は家に居たときの服装のままだった。普段着で居酒屋まで青木を迎えに来た上、駐車場に青木を呼び出す時間も惜しんで店の中まで探しに来た。これはよっぽどの重大事件が起きたに違いない。青木は気持ちを引き締めた。

「薪さん。お待たせしました」
 青木が横に立って声を掛けると、薪は青木を見上げて、ホッとした顔をした。他人に臆するような人ではないはずだが、いきなり囲まれて緊張したのだろうか。それとも彼らが青木の友人だから? 青木だって、薪の友人の前に出るときは心臓がバクバクする。秘密を秘密のままにしておくために、それは必要な心遣い。
「えっ。青木の上司?」
「青木の職場って言ったら……うそぉ」
 友人たちとギャラリーのどよめきを受け流し、薪はすっと席を立った。
「お楽しみのところ、邪魔をして申し訳ありません」
 すまなそうに頭を下げる薪を見て、青木は頬を緩める。仕事最優先の鬼の室長が、一般市民にはなんて奥ゆかしいことか。その百万分の一でも部下に注いでくれたら、でもまあ無茶苦茶言ってる薪さんも可愛いからいいか。青木のその思考が、以下略。

 芸能人を見るように遠巻きにこちらを伺う人々の視線をいつものごとく水のように流して、薪はさっさと店を出た。友人たちにおざなりに手を振り、青木はその後を追いかける。駐車場の隅に停めてあった車に乗り込み、二人きりになって青木はすぐ、「すみませんでした」と謝った。
 薪が彼らに頭を下げなければいけない理由なんか、無い。自分のせいで気を使わせてしまったと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。けれど薪はシートベルトを締めながら、
「僕のせいで彼らとの交流の時間が減ってるのも事実だ。悪いな、プライベートの楽しみを奪って」
 そんなことを言い出したから、青木は不安でたまらなくなる。薪が青木にしおらしい態度を取るのは、何か企んでいる時と相場が決まっているからだ。

「あの。薪さんは少し誤解してらっしゃると思います」
 言葉を選び選び、青木は薪の気持ちを宥めに掛かった。このままにしておいたら今度の事件、全部一人でやれとか言われる、絶対。
「嬉しかったです。呼び出してもらえて」
 最初は保身から出た言葉だったけれど、それは本当のことだと途中で気付いた。いい機会だからきちんと伝えておこう。どうも薪は未だに、青木にとってこの世で一番大事なものが何なのか、分かっていない節がある。あんなに頭がいいくせに、どうしてそんな簡単なことが理解できないのか。青木には謎だ。
「オレはあなたといる時が一番幸せなんです。24時間一緒にいたいくらいです。片時も離れたくない。でも薪さんは、たまにはお一人になりたいでしょう? だからオレ……あの、薪さん?」
「あ、悪い。何か言ったか」
 十中八九聞いてないんですよね、こういうの。

 どうせ仕事のことを考えていたのだろう。事件の詳しい情報は入らずとも、誰を何の担当にしようかとか職員のシフトをどうしようかとか、室長が考えることは山ほどある。
 考え事をしながら車の運転をしていると、つい曲がり道を忘れてしまったりする。大抵は通り過ぎた所で気付いて次の角を曲がるのだが、思考に熱中し過ぎるとその失敗を繰り返す。4つ目の角を通過したところで青木は口を開いた。思考の邪魔をすると薪の機嫌を損ねるから本当は嫌だったのだが、このままでは首都圏を抜けてしまう。

「薪さん。道が違いませんか」
「え」
「第九へ行くんでしょう? 右折しないと」
「そうか。その手があったか」
 人形みたいに整った横顔の中で、長い睫毛がぱちぱちと瞬かれた。
「緊急の仕事が入ったことにしよう。1週間ばかり第九に缶詰で家に帰れないことにして、そうすれば」
「薪さん!」
 青木が叫ぶと同時にブレーキが踏まれる。停止線を一車両分超えた位置で停止した薪の車の鼻先を、クラクションと共にトラックが通過して行った。
「危ないですよ。考え事は車停めてからやってください」
 すまん、と薪はハンドルに額を付けて、重い溜息を吐いた。捜査に夢中になると他のことが疎かになる、薪の困った癖は相変わらずだが、今回は重症のようだ。
「そんなに興味深い事件なんですか」
 気になって青木は訊いた。薪の心をここまで虜にしたのだ、よほど『面白い』事件なのだろう。ところが、薪の答えは予想とまるで違うどころか、青木を仰天させるものだった。

「……叔母夫婦が来た」
「えっ」
 薪は天涯孤独に近い身の上で、血縁者はこの世に1人しかいない。叔母、つまり亡くなった実母の妹だ。父母の家系図を辿って行けば親類はいるのだろうが、どんな事情からか彼らは親戚付き合いは一切せず、実家とも断絶していたらしい。そんなわけで、青木はこれまで薪の親戚に会ったことがなかった。
 叔母夫婦は、小さい頃に交通事故で死んだ父母の代わりに、薪を育ててくれた。現在は仕事の都合でアメリカのロサンゼルスに住んでいる。彼らがアメリカに旅立ったのは薪が24、5の頃だったそうだから、約20年振りの再会になるのか。

「家にですか? いつ」
「1時間前」
「だったらオレ、友だちの家に泊めてもらいます。オレのこと、叔母さんたちに知られたくないんでしょう」
「バレた」
「えっ。もうバレちゃったんですか?」
「だって仕方ないだろ! 写真やらお揃いの食器やらパジャマやら、どうやって言い訳しろってんだ!!」
「だから薪さん、前見て前っ!」
 これ以上は周りに被害が及ぶと判断し、青木は車を道沿いにあったドラックストアの駐車場に停めさせた。店舗から離れた隅っこの一区画を借りて、ふう、と息を吐く。

「なんで隠しておかなかったんですか」
「突然来たんだ」
 玄関で固まってるうちに全部見られちゃったんだよ、と薪は頭を抱え、再びハンドルに突っ伏した。彼らが何の連絡もなしに訪ねてきたのはサプライズのつもりだったのか。薪がパニくるわけだ。
「もう20年以上もアメリカで生活しているせいか、叔母さんはLGBTにも理解があって、笑って許してくれたんだ。でも叔父さんは、相手を連れてこいって。それでおまえを迎えに」
「分かりました。オレ、頑張りますから」
 いい機会だと思った。彼らは薪の育ての親。薪と一生を共にしたいなら、彼らに話を通すのが筋だ。ずっとそう考えていたのだが、彼らはアメリカに住んでいるため、挨拶をすることができずにいたのだ。
 薪が青木の母親に気を使っていたことを、青木は知っていた。それは青木の母への尊敬や感謝から生まれる自然な気持ちだったと同時に、間に入った青木が苦労しなくて済むように、気を配ってくれたのだと思う。今度は自分の番だ。

 よし、と気合を入れてガッツポーズを取る青木を冷ややかに見つめ、薪は憂鬱そうに呟いた。
「言っとくけど。叔父さん、ものすごく怖いからな」
 薪に怖い人がいるなんて、そっちの方が驚きだ。
「でもって、理屈屋でイヤミっぽくて意地悪だから。ハッキリ言って性格悪いから」
 性格の悪さで薪に畏怖される人がいるなんて、以下同文。
「任せてください。そういう人の扱いには慣れてますから」
「おお。頼もしいな」
 ひゅっと口笛を吹くように唇を窄め、眼を丸くした薪のかわいいこと。このいじらしい人のためなら何でもできると思った。
 薪が望むことなら、青木は耐えられる。愛情ゆえに激しい身内の、言葉の暴力にも、泣き落としにさえも。

 ありったけの愛を込めて薪を見つめる青木の黒い瞳の中、薪の大きな亜麻色の瞳が猫の目のようにキラリと光った。
「で。どこで慣れたんだ」
 それを聞きますか。
「どこだ」
 さっきまでパニくってたくせに、どうしてコロッと変わるんですか。緊急脱出用のスパナの確認とか、なにも今しなくてもいいと思うんですけど。
「答えろ」
 スパナ磨くの止めてくれたら声が出せるようになるかもしれません。

 この薪より意地悪で怖い人なんて、青木には想像もつかない。世の中にはまだまだ自分の知らない世界があると、しばし現実から逃避する青木だった。




*****

(リハビリのくせに)続きます。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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