パートナー(6)
メロディの懸賞に応募し忘れました、しづです。(地団駄)
不覚……。
もうちょっとで施工計画書が出来上がりそうです。(道路は)初めて自分一人の力で作りました。
前回、下請のせいでヒドイ目に遭った、書類全部自分でやらなきゃいけなくなった、て言いましたけど、そのおかげですね。自分でやったことは覚えてるものね。あの経験も、糧になったんですね。ピンチはチャンスなんだな。
パートナー(6)
「史郎さん。新聞」
「ん。ああ」
「薪さん。書類」
「ん。ああ」
生返事と、紙をめくる音が重なり、文代の「もう」と言う声と青木の溜息が重なった。
「休日の朝くらい、難しい顔するの止めたら」
「休日の朝くらい、仕事から離れてくださいよ」
ほとんど同時に横から詰られて、箸を持ったまま身を引いた。まるで鏡に映ったようにそっくりの仕草で、だから青木は笑ってしまう。血の繋がりは無くても、この二人は確かに親子だ。
「女はうるさくてかなわん」
「まったくです」
二人は持っていた紙の束をしぶしぶテーブルに置き、示し合わせたように味噌汁の椀を手に取った。品よく啜って、箸で豆腐を器用に挟む。常々、薪の食べ方は美しいと思っていたが、なるほど、向かいの男もきれいな食べ方をする。血縁関係のある叔母よりも、義理の叔父に多くの共通点を見つけて、青木は薪の生真面目な性格のルーツを探り当てた気分になった。
「この卵焼き、美味しいわ。青木さん、お料理上手なのね」
「いいえ。薪さんに比べたら、まだまだ。レパートリーも少ないし。そうだ、この機会に文代さんの得意料理とか、教えてもらえますか?」
「いいわよ。わたし、あんまり料理は得意じゃないんだけど、茶わん蒸しだけは自信があるの」
「茶碗蒸しかあ。じゃあ、今夜はお刺身にでもしましょうか。何の魚がいいですか?」
「サンマがいいわ。旬だし。それに、あっちでもマグロの刺身は食べられるけど、青魚は無いのよ」
「へえ。そうなんですか」
青木が向かいの女性とにこやかに夕食の話などしていると、斜め前の席に座った男が不機嫌そうに眉を寄せた。
「なんなんだ。その嫁姑みたいな会話は」
「嫁姑、になるんじゃないですか」
一応、と付け加えた薪の横顔は完璧なポーカーフェイスだったけれど。亜麻色の髪に半分くらい隠された耳の、下の部分が赤くなってた。
「文代、おまえも少しは危機感を持ったらどうだ。剛の相手がこの男で、本当にいいのか?」
「いいじゃない。青木さん、とてもいい子よ」
「簡単に懐柔されよって。嘆かわしい」
夫婦のやり取りに思わず微笑む。良人がいくら眉をしかめても妻はどこ吹く風。この人はこの顔で生まれてきたのよ、とでも言うように、まったくプレッシャーを感じていない。なるほど、こういう風に扱えばいいのか。
薪は、岡部の家から貰ったきゅうりの糠漬けに箸を付け、叔母が、叔父の不平を上手に受け流すのを真似て、
「青木は年上に可愛がられるタイプなんですよ。素直で謙虚だから」
「惚気はけっこうだ」
青木の味噌汁の椀に、きゅうりの漬物がぽちゃんと落ちた。咄嗟に箸が滑ったのだろうが、隣の椀に落とすところはさすが薪だ。
意識せずに出てしまった言葉だから、薪は不意を衝かれる。耳下だけだった赤味がどんどん上に昇って行き、ポーカーフェイスの頬が赤く染まった。
「や、あの、ノロケとかそういうんじゃなくてですね、僕は一般論を」
「『素直で謙虚』か。ヘタレ男を褒めにゃならん時の言葉選びだな。どうせ周りの評価も低いんだろう」
「あ、青木はっ」
恋人をバカにされて、薪が怒った。昨日ほどではないが、額に青筋が立っている。
「見かけはバカっぽいですけど、僕と同じ東大法学部出身で、Ⅰ種試験をパスしたエリートなんです。幹部候補生の選抜試験も次席で通ってます。なんであの解答で受かったんだか分かりませんけど、僕が試験官だったら絶対に落としてますけど」
薪が一生懸命に青木を褒めてくれる。でも褒め言葉に聞こえないの、なんでなんだろう。
「武道にも秀でていて、剣道4段、柔道初段、AP射撃は5段の腕前を持っています。本当に見かけによりませんけど、彼はとても強い。知り合った頃は軟弱で2キロも走れなくて、僕にもポンポン投げ飛ばされるくらい弱かったんですけど、て言うか今でも負けませんけど、なあ青木。こないだの試合、僕が勝ったよな?」
薪は言葉が上手くない。人を褒め慣れていないから言葉選びに不自由しているだけ、ちゃんと分かってる、だって薪さんはオレの恋人だもの。でもなんか、なんかその。
「とにかく青木はバカだけど素直でやさしくて、だから余計バカなんです!」
それは結局バカってことですよね?
「仕事も全然ダメっていうかそもそも警官に向いてないと思うんですけど、それでもずっと頑張ってるんです。無駄な努力を何年も続けられるのは、いくらバカでも大したものだと――青木? なんで泣いてるんだ?」
ハッと何かに気付いたように、薪はパッと振り返って、
「叔父さん。青木を苛めたでしょう!」
「「「あんただよ」」」
3人そろって突っ込んだのに、薪は心底不思議そうに首を傾げて、その仕草が可愛いのなんの、二人きりだったらとっくに抱きしめてる。そこにはほんの少しの悪意も存在しない、天使顔負けのイノセント。なんて純粋できれいな人なんだろう、彼の恋人になれた自分は世界一幸せな男だと、事故か偶然か、味噌汁の中に落とされた複雑怪奇な味わいの胡瓜を噛み締めながらそんなことを思う。これだから青木はどんなに苛められても薪の傍を離れられない。
それから青木は流したばかりの涙を忘れ、感動を胸に恋人の弁護に回る。
さっきの言い方だって、悪気があったわけじゃない。薪は青木の人となりを叔父に理解して欲しいと願って、懸命に願って、力み過ぎて男爵スイッチが入っちゃっただけなんだ、きっと。
「ところで叔父さん」
自分の味噌汁を飲み干し、箸を置いてから薪は言った。
「どうして青木がみんなに『ヘタレの中のヘタレ』とか『キング・オブ・ヘタレ』とか呼ばれてバカにされてるの、知ってるんですか?」
……絶対わざとだ、このひとっ!
不覚……。
もうちょっとで施工計画書が出来上がりそうです。(道路は)初めて自分一人の力で作りました。
前回、下請のせいでヒドイ目に遭った、書類全部自分でやらなきゃいけなくなった、て言いましたけど、そのおかげですね。自分でやったことは覚えてるものね。あの経験も、糧になったんですね。ピンチはチャンスなんだな。
パートナー(6)
「史郎さん。新聞」
「ん。ああ」
「薪さん。書類」
「ん。ああ」
生返事と、紙をめくる音が重なり、文代の「もう」と言う声と青木の溜息が重なった。
「休日の朝くらい、難しい顔するの止めたら」
「休日の朝くらい、仕事から離れてくださいよ」
ほとんど同時に横から詰られて、箸を持ったまま身を引いた。まるで鏡に映ったようにそっくりの仕草で、だから青木は笑ってしまう。血の繋がりは無くても、この二人は確かに親子だ。
「女はうるさくてかなわん」
「まったくです」
二人は持っていた紙の束をしぶしぶテーブルに置き、示し合わせたように味噌汁の椀を手に取った。品よく啜って、箸で豆腐を器用に挟む。常々、薪の食べ方は美しいと思っていたが、なるほど、向かいの男もきれいな食べ方をする。血縁関係のある叔母よりも、義理の叔父に多くの共通点を見つけて、青木は薪の生真面目な性格のルーツを探り当てた気分になった。
「この卵焼き、美味しいわ。青木さん、お料理上手なのね」
「いいえ。薪さんに比べたら、まだまだ。レパートリーも少ないし。そうだ、この機会に文代さんの得意料理とか、教えてもらえますか?」
「いいわよ。わたし、あんまり料理は得意じゃないんだけど、茶わん蒸しだけは自信があるの」
「茶碗蒸しかあ。じゃあ、今夜はお刺身にでもしましょうか。何の魚がいいですか?」
「サンマがいいわ。旬だし。それに、あっちでもマグロの刺身は食べられるけど、青魚は無いのよ」
「へえ。そうなんですか」
青木が向かいの女性とにこやかに夕食の話などしていると、斜め前の席に座った男が不機嫌そうに眉を寄せた。
「なんなんだ。その嫁姑みたいな会話は」
「嫁姑、になるんじゃないですか」
一応、と付け加えた薪の横顔は完璧なポーカーフェイスだったけれど。亜麻色の髪に半分くらい隠された耳の、下の部分が赤くなってた。
「文代、おまえも少しは危機感を持ったらどうだ。剛の相手がこの男で、本当にいいのか?」
「いいじゃない。青木さん、とてもいい子よ」
「簡単に懐柔されよって。嘆かわしい」
夫婦のやり取りに思わず微笑む。良人がいくら眉をしかめても妻はどこ吹く風。この人はこの顔で生まれてきたのよ、とでも言うように、まったくプレッシャーを感じていない。なるほど、こういう風に扱えばいいのか。
薪は、岡部の家から貰ったきゅうりの糠漬けに箸を付け、叔母が、叔父の不平を上手に受け流すのを真似て、
「青木は年上に可愛がられるタイプなんですよ。素直で謙虚だから」
「惚気はけっこうだ」
青木の味噌汁の椀に、きゅうりの漬物がぽちゃんと落ちた。咄嗟に箸が滑ったのだろうが、隣の椀に落とすところはさすが薪だ。
意識せずに出てしまった言葉だから、薪は不意を衝かれる。耳下だけだった赤味がどんどん上に昇って行き、ポーカーフェイスの頬が赤く染まった。
「や、あの、ノロケとかそういうんじゃなくてですね、僕は一般論を」
「『素直で謙虚』か。ヘタレ男を褒めにゃならん時の言葉選びだな。どうせ周りの評価も低いんだろう」
「あ、青木はっ」
恋人をバカにされて、薪が怒った。昨日ほどではないが、額に青筋が立っている。
「見かけはバカっぽいですけど、僕と同じ東大法学部出身で、Ⅰ種試験をパスしたエリートなんです。幹部候補生の選抜試験も次席で通ってます。なんであの解答で受かったんだか分かりませんけど、僕が試験官だったら絶対に落としてますけど」
薪が一生懸命に青木を褒めてくれる。でも褒め言葉に聞こえないの、なんでなんだろう。
「武道にも秀でていて、剣道4段、柔道初段、AP射撃は5段の腕前を持っています。本当に見かけによりませんけど、彼はとても強い。知り合った頃は軟弱で2キロも走れなくて、僕にもポンポン投げ飛ばされるくらい弱かったんですけど、て言うか今でも負けませんけど、なあ青木。こないだの試合、僕が勝ったよな?」
薪は言葉が上手くない。人を褒め慣れていないから言葉選びに不自由しているだけ、ちゃんと分かってる、だって薪さんはオレの恋人だもの。でもなんか、なんかその。
「とにかく青木はバカだけど素直でやさしくて、だから余計バカなんです!」
それは結局バカってことですよね?
「仕事も全然ダメっていうかそもそも警官に向いてないと思うんですけど、それでもずっと頑張ってるんです。無駄な努力を何年も続けられるのは、いくらバカでも大したものだと――青木? なんで泣いてるんだ?」
ハッと何かに気付いたように、薪はパッと振り返って、
「叔父さん。青木を苛めたでしょう!」
「「「あんただよ」」」
3人そろって突っ込んだのに、薪は心底不思議そうに首を傾げて、その仕草が可愛いのなんの、二人きりだったらとっくに抱きしめてる。そこにはほんの少しの悪意も存在しない、天使顔負けのイノセント。なんて純粋できれいな人なんだろう、彼の恋人になれた自分は世界一幸せな男だと、事故か偶然か、味噌汁の中に落とされた複雑怪奇な味わいの胡瓜を噛み締めながらそんなことを思う。これだから青木はどんなに苛められても薪の傍を離れられない。
それから青木は流したばかりの涙を忘れ、感動を胸に恋人の弁護に回る。
さっきの言い方だって、悪気があったわけじゃない。薪は青木の人となりを叔父に理解して欲しいと願って、懸命に願って、力み過ぎて男爵スイッチが入っちゃっただけなんだ、きっと。
「ところで叔父さん」
自分の味噌汁を飲み干し、箸を置いてから薪は言った。
「どうして青木がみんなに『ヘタレの中のヘタレ』とか『キング・オブ・ヘタレ』とか呼ばれてバカにされてるの、知ってるんですか?」
……絶対わざとだ、このひとっ!
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