たとえ君が消えても(5)

 コメントのお返事も返さんとすみません、サクサク行きます。
 今日は役所で見積もり合わせがあるの、それが終わったらお返事しますね。



たとえ君が消えても(5)






「人質のクセに腹が減るか。ふてぶてしい奴だ」
 ちゃんとおまえらの分もあるから、と彼は薄ら笑いを浮かべながら、青木の手首の拘束を解いてくれた。抜け目なく、金髪の男が桐谷の額に銃口を押し当てて青木の反乱を防ぐ。
「妙な考えを起こすなよ」
「分かってます。でもその前に、トイレに行かせてください」
「おい、外に連れてけ」
「え、オレ、事務職だから開放的なトイレって慣れてなくて、できれば建物内のトイレに」
「無理だ。ここには水道がない」
 奥の部屋の様子を探りたかったのだが、諦めるしかないようだ。代わりに、外に出れば場所についての情報が得られる。特徴的な建物の一つでもあれば、位置を特定する有力な手掛かりになる。問題はどうやって、警察に情報を伝えるかだ。
 携帯電話を取り上げられてしまったから、通信手段がない。桐谷も同様だろう。

 建物の裏手で、背中から銃で狙われた落ち着かない体勢で小用を足しながら、青木は考えを巡らせた。残念ながら、周囲には期待したような特別な建物はなかった。次点の策として、青木は通りの向こうにある店舗の並びを確認した。通りは敷地からかなり離れており、青木の視力では店舗名は読めなかったが、何の店かくらいは判断が着いた。
 通りの端から、コンビニエンスストア、雑居ビル、衣料品店、新聞店、時計店、コーヒーショップ。最後の店舗は青木も知っている。全国展開している著名なコーヒー専門店で、豆の挽き売りもしている。青木の職場の近くにもあって、第九のバリスタの異名を持つ青木はそこの常連だ。

「おい、まだか」
「すみません、もう少し」
 朝が早いせいか、通りに人影はなかった。誰かが通りかかるのを願って青木はできるだけ時間を稼いだが、もしもその幸運がもたらされたとしても、その誰かが青木の姿を確認してくれる可能性は限りなく低かった。建物の裏手の庭には、雑草が青木の腰より高く生い茂り、生け垣と目隠しの役割を果たしていたからだ。やはりここは廃屋なのだ。

 室内に戻ると、桐谷が牛乳を飲んでいた。それを見て青木はホッとした。食事が喉を通るなら一安心だ。桐谷には、できるだけ体力を回復しておいてもらいたい。桐谷を抱えて彼らから逃げるのは、いくら体力自慢の青木でもきつい。
 銃を向けられて食事ができる普通人もいないだろうとの気遣いからか、髭の男は銃を下ろしていたが、やはり警官の青木のことは警戒しているらしい。青木の姿を見るや否や、こちらに銃を向けてきた。
「おまえも早く食え」
 青木の消化には気を使ってくれないらしい。警官だからって、差別だ。
 入れ替わりに、桐谷が用足しに外へ出た。青木は、神戸っ子の桐谷の土地勘に期待を懸けていたが、戻ってきた彼の表情に希望は見えなかった。神戸と一口に言っても広いし、何処にでもあるような街並みだったから、桐谷にもここが何処だか分からなかったのだろう。

 髭の男は、再び青木と桐谷の両手を拘束し、「いい子にしてな」と凄んで見せた。
「あの。オレたち、あとどのくらいここに居なきゃいけないんですか? ここは暑いし、床は硬くてお尻が痛くなるし、長引くようだったらもう少し環境に配慮を」
「今すぐ解放してやってもいいぞ?」
 人質らしからぬ青木の態度は、髭の男の勘に障ったらしい。喉元を銃先で圧迫され、青木は口を噤んだ。
「遠慮しなくていい。暑さも痛みも感じなくなる」
 青木が口を閉ざすと、「冗談だ」と男は笑って、銃を持っていない方の手で懐から携帯電話を取り出した。ストラップの先端で揺れるミニチュアのツーリングワゴンで、それが昨夜取り上げられた自分のものだと分かる。まさか、と青木は思った。
「まあ、相手次第だな」
 青木の嫌な予感は的中し、男は薪に電話を掛けた。昨日の朝のような狂言誘拐ではない、本物の誘拐事件だ。しかも身代金は20億。たった一晩でゼロが4つも増えてしまった。
 その衝撃はいかばかりか。薪の心痛を思うと青木の胸は痛み、薪の怒りを思うと胃が痛んだ。帰るのが怖くなってきた……。

「仕方ない、こちらにいる部下で我慢しよう」
 そう言って、髭の男は電話の電源を切った。青木の携帯を自分の持ち物のように無造作にポケットに入れると、つかつかと青木の方へ歩いてきた。
 何の説明もなく、腹を蹴られた。男の靴は爪先に鉄板が入っているらしく、その痛みに青木は呻いた。今食べたばかりのものが戻ってきそうになって、根性で飲み込んだ。腹筋に力を入れ、2発目、3発目の痛撃に耐えた。
「恨むなら上司を恨むんだな」
「こいつ、涙目になってますよ。こんな図体して、情けない男っすねえ」
 若い男に嘲笑う口調で言われて、青木はわざと大げさに呻いてみせた。弱い人間だと思わせておいた方が、相手に隙ができると思ったからだ。
 泣き出しそうな顔で青木を見る桐谷に、青木は大丈夫ですよ、と微笑んで見せた。声に出せばもっと殴られるから、表情で伝えるしかなかった。桐谷は自分が殴られでもしたかのように辛そうに眼を伏せ、罪悪感に押し潰されるように俯いた。

「大事な人質だ。ちゃんと見張っとけよ」
「えー、交代じゃないんですか? おれ、昨夜も徹夜だったのに。テツさん、頼んますよ。せめてコーヒーくらい差し入れしてくださいよ」
「今は急ぐから我慢しろ。後で持ってきてやる」
 コンクリートの床に横たわったまま、コーヒーと聞いて青木は、カップを鼻先に近付けて微笑む薪を思い浮かべた。
 毎朝、薪のために淹れるコーヒーを、今週は一度も淹れていない。明日の夜には会えると思っていたのに、この状況では。永遠に会えなくなる可能性もあると考えて、青木は心の中で苦笑した。先日のベッドの中のやり取りを思い出したからだ。

『オレが死んだら、後を追ってくれます?』

 重大な決意があったわけではない。昼間、薪と一緒に観たテレビドラマの真似ごとをしてみただけだ。
 追わない、と薪は答えた。青木は重ねて訊いた。
「じゃあ、一緒に死んでもらえます?」
 冷たい言葉が返って来て、青木は嬉しくなった。例え何があっても、薪が強く生きてくれること。それが青木の何よりの望みだからだ。
「だいたい、一緒に死ぬなんて心中でもしなきゃ不可能だろ。おまえ、明日隕石に当たって死んじゃうかもしれないし」
「ぷっ。隕石ですか」
「隕石に当たる確率はそんなに低くないぞ。およそ2万分の一くらい、確か飛行機事故に遭う確率と同じくらいだったと」

 青木が噴き出すと、薪は彼らしい理屈をブツブツと捏ね回し、さも眠そうに大きな欠伸をした。ごろんと寝返りを打って青木に背を向け、寝言だか独り言だか分からないようなぼやけた声で、
「その代わり、一緒に生きてやる」
 青木は眼を瞠った。
「死ぬまで……おまえと一緒に」
 薄暗い部屋の中、白く浮かんだ薪の背中がぼんやりと、でも青木には涙が滲むほどに眩しかった。
「はい」
 思いがけず鳴らされた福音に心が震えて。青木は、眠ってしまった薪の後ろ首にそっと口づけた――。

 薪と約束したのだ。必ず生きて帰る。
 蹴られた腹部の痛みに耐えつつ、青木は強く胸の内で誓った。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Nさまへ

9/11にコメントいただきました Nさま。
お返事遅くなってすみませんー、てか、レス不要のお気遣いいただきましたのに、返してすみません。 だけどわたし、おばちゃんなのでお喋り大好きなんです。 喋らせてください。


> ぶ、ぶわ〜っ。・°°・(>_<)・°°・。
> 青木くんが蹴られて痛々しいので涙が…ではなく←青木くんごめん。

泣いてくださったの、ありがとうございます。
法十では、「モウヤメテ、ユルシテアゲテ」以外の涙は貴重です!(どんなS話だよ)


> その昔、鈴木さんに迎えにきてもらうのを待っていた頃からすると、まるで別人のように生に前向き。

8年経ちましたからね。
でも、歳月だけではない。 Nさんご指摘の通り、それは薪さんもよく分かっていて、だけど青木くんは分かってない。 こういうシーンを、今ちょうど書いてて。 まだ公開してないのに、なんでNさん、分かったんだろ? とびっくりしました。
うちの二人のこと、よーく理解していただいて。 読み込んでくださってるんだなあ、と嬉しくなりました。(^^

そして、Nさんにいただいたコメントのこのくだり……

> 愛する人に応えるべく、進化を遂げる薪さん。
> 人ってそんなに簡単に変われないけど(殊に生き方なんて)、それを着々と成し遂げる薪さん。
> 決して青木くんのために、ではなく、自分のために。
> そしてそれが、等号で結ばれている。

きゃー、なんかすごい良い話に聞こえる―!!!!
うちのヘッポコギャグ小説に、過分なお言葉ありがとうございます~。 読む方の感性と善意と、原作の設定の秀逸さに感謝です。(〃▽〃)


それから、Nさんがこのコメントに鍵を掛けてくださった理由ですが、
きゃー、鋭いわ―! 
てへへ、実はそうなんですよー。(←読者の先の楽しみとか考えない管理人ですみません)
オブラートに包んで書いてるつもりなんですけど、何となく伝わるのかな? うれしいな。(^^


> ハラハラドキドキしながら、連日楽しみにしてます。

ありがとうございます。
こんな嬉しいことを言ってくださる方がいるのに、更新3日も空いてすみませんですー(^^;
来週は頑張ります。


それと、例の件。
「劇的な心境の変化」があったんですか?
わー、楽しみです~! ぜひ教えてください。
コメント、お待ちしてます。



仕事や身体へのお気遣いも、ありがとうございました。
建設業って、忙しいときとヒマな時の差が激しいんですよね。 毎年、4~8月まではヒマで、9月から3月までは休みがないと言う。 公共工事業者の宿命でございます。
開札までは日にちがあるので、今度こそ(笑)、コンスタントに更新して行きたいと思います。 よろしくお願いします。




Rさまへ

9/11に拍手コメントいただきました Rさま。
見積もり合わせが済んだらお返事しますとか言っておいて4日後のレスって、嘘吐いてすみませんー!


> 何が有っても薪さんに強く生きてもらいたい、その代わり一緒に生きてやる、の二人の思いは理想の青薪の形で私達の願いですよね。

ありがとうございますー。
恋人に「自分が死んだら後を追ってくれるか」と聞かれて「追わない」と即答するという、一見、愛を疑われてしまいそうな会話を、理想の形なんて仰っていただけてうれしいです♪
これはねー、「言えない理由sideB」の鈴木さんとの会話と対比になっててねー、
鈴木さんなら「いつでもOK」の薪さん、青木さん相手だと「勝手に死ね」。 ←ヒドイ。
これを薪さんの成長と捉えるか、愛情の差と捉えるかは読む方の自由ですが、わたしは前者のつもりで書いてます。

> そして、薪さんのために俺は死なないと何が何でもな覚悟では無く当たり前の様に思っているのが青木さんだと思っています(^^)

そう! この「当たり前」が青木さんのすごいとこですよね!
普通は身構えちゃうもんですけどね、当たり前に思ってるんですよね。


> 私が結構青木さん贔屓になってしまったのはこちらの創作のせい

あははー、うちの青木さん、悲惨な目に遭いっぱなしですからねー。
だってっ、原作の青木さんたら薪さんを泣かすんだもんっ! (原作の恨みは二次創作で晴らすのは、正しい二次創作者の在り方なのだろうか……)


5巻以降の鈴薪の誘惑は、
分かります―。 青薪視点で見るの、辛かったですよね。
特に雪子さんといちゃいちゃされると、鈴木さんの方が良かったんじゃ、とか思っちゃうんですよね。
でも、帰ってきてくださったんですね。 うちの駄作群が、その一助になれたなら光栄です♪


そしてRさまの、新連載へのお気持ち。
そうですよね。 過去は過去なんですよ。 これから始まるわけじゃなくて、みんな過ぎたことなんです。
だから、Rさまの仰る「過去が未来に向けて残したもの」を発掘するみたいになるのかな? こんなことがあったから、薪さんはあの時、そんな態度を取ったのか、という具合に。


> 純粋に事件に向き合って行く薪さん

きっと、素敵ですよ。(〃▽〃)
薪さんの切ない恋は第九編で描き切ったと思うので、同じこと(雪子さんとの三角関係)は描かれない気がします。 ので、萌えはないかもしれませんが、ちょっと期待してしまうのは、
「雪子さんのことはそっちのけで薪さんの世話に忙しい鈴木さん」
思いっきり笑うと思います。(^^

Sさまへ

Sさま。

読み返し、ありがとうございま、ぎゃー、あんまり読まないでー、アラが~~~!!!←本音。

えっと、
「リアルタイムで読んでいたときには見えなかったものが見えてくる」とのお言葉、ありがとうございます。 嬉しいです。
「新たな感動」なんて、照れます、てれてれ。
そんな風に読み返していただけて、幸せです。(〃▽〃)

傲慢を承知で引き合いに出してしまうのですが、
わたし、原作をメロディで読んでいたときとコミックスで一気読みしたときで、感想にすごく差があったんです。 結果が分かって読むのと先が見えないのでは、こんなにも読み取るものが違うのかと思いました。
エンディングを知っているのに読み直してもらえる幸福を噛み締めております、でも、
やっぱりアラが見えるからナナメ読みで!! 片目つむってお願いします!!!←本音2。

「大好き」のお言葉、嬉しかったです。
コメントありがとうございました。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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