たとえ君が消えても(10)

 こんにちはー。
 昨日、うちの方はすっごい雨でした。 現場がお休みになったので、今度の週末は多分仕事です。 外の仕事なのでね、天気に左右されてしまって。 この時期は、なかなかカレンダー通りに休めません。 悔しいので、
 うちの会社のカレンダーは赤い数字の上から黒いマジックで塗り直してあります。
 こういうことばっかりやってるから、子供が会社経営してる、とか言われちゃうんだな、わたしたち夫婦は。





たとえ君が消えても(10)







 警察庁長官と次長、警視総監及び官房長が顔を揃える会議を、一般の職員は畏怖を込めて御前会議と呼んでいる。大きな式典でもなければ顔も見れない人々が一堂に会する、それは警察全体を揺るがすような重大な事件が起きたことを意味する。

 こんなに尻の据わりの悪い会議は旧第九が壊滅したとき以来だ、と小野田は心の中で溜息を吐く。この後はここにいる3人と共に内閣府に出向いて、大臣連中に囲まれて更に息苦しい思いをしなければならない。さすがの小野田も胃が痛くなりそうだ。
 科警研に属している第九は官房室の管轄だ。その職員がテロリスト集団の人質となり、テロリーダーの釈放と20億と言う巨額の身代金が要求されているとなれば、その非は当然、官房長の小野田に係ってくる。青木が被害者であることは、小野田の責を軽くしない。上層部の観点は只一つ、彼のせいで今現在警察の立場が脅かされているという事実だ。

「既に、公安二課が主体となった捜査本部が動いています。兵庫県警にも通達済みです。遅くとも18:00までには県警との合同捜査本部が神戸西署に設置されることになっています。現場には、『グリーンアース』と名乗るテロ集団に詳しい市警公安部と共に当たり、速やかに彼らの拠点を探し出し、テログループ全員の捕縛と人質の救出を行います」
「テロの要求には応じないこと、一般市民に被害を出さないこと。この二点だけは必ず守ってくれたまえ」
「お任せください」
 小野田は力強く言い切った。捜査に絶対なんてあり得ないのは解っているが、ここはこう言うしかない。

「小野田さんの采配だ。間違いはないでしょう」
 事態の深刻さに困惑気味の長官を、隣に座った次長が安心させるように話しかける。表面上は長官の心痛を案じ、官房長の小野田を持ち上げるような言葉だが、本心ではこの窮地を歓迎している。次長の時任と小野田は警察庁内での覇権を巡っての敵同士。相手を失墜させる機会を、虎視眈々と狙っているのだ。忌々しいがお互い様だ。

「まったくですな」
 警視総監がブルドックのように垂れた頬を皮肉に歪めながら、革張りの椅子にふんぞり返る。同じ警察庁に籍を置くもの同士、長官の前では一応の友好関係を装わねばならない次長と違って、警視総監の態度はあからさまだ。小野田に対する敵意が溢れている。それは彼の言葉の端々に、如実に現れていた。
「その上、小野田官房長お墨付きの薪警視長が指揮を執るとなれば、鬼に金棒。我々凡人には真似のできない神がかりの捜査をなさることでしょう」
 捜査一課から犯人検挙率トップの名誉を奪った第九を、警視総監は憎々しく思っている。そこの室長を長年務めている薪も当然、彼の攻撃対象に入っていた。

「指揮は、二課長の南雲警視正に任せます」
 官房室の身贔屓非難が目的の総監の発言を、小野田の穏やかな声が否定した。よほど意外だったのか、総監は口を開いたままで小野田の口元を見つめ、ほう、と間の抜けた声を出した。
「過激派の取り締まりは公安の管轄ですし、『グリーンアース』の調べも進めていましたから」
 小野田の説明に総監は「なるほど」と頷き、矛先を収めた。警視庁と警察庁は根本的に犬猿関係にあるが、公安だけは協力し合っている。対象の特殊性のためだ。警視庁の横槍を防ぐためにも、公安が指揮権を執ることは有効だった。

 小野田が為すべき報告をすべて終えると、会議はお開きになった。御前会議で何が決まるわけでもない。テロに対する警察の方針は百年も前から決まっていて、それは絶対に変わらない。何を犠牲にしても警察の威信を守る事、すなわち威信は警察機構の屋台骨である。そこが揺らげば警察組織そのものが瓦解する。
 人質の命よりもテログループの撲滅を優先する。いくら世論が騒ごうと、この基本方針は変えられないのだ。
 薪のことは実の娘たち以上に可愛がっている小野田だが、今回ばかりは彼に泣いて頼まれても譲れない。若い青木には気の毒だが。
 青木のことを薪に付いた悪い虫だと酷評している小野田だが、この機会に死んで欲しいとまでは思っていない。青木のおかげで薪に笑顔が戻ったことは事実だし、その点では感謝することもやぶさかではない。が、やはり小野田には二人の関係は認めることができないし、叶うことなら薪には自分の娘と結婚して欲しい。この際、末娘の香でもいい。

 まあ無理だと思うけど、と小野田は薪に対する二つの望みに見切りをつける。仕事方面なら常に優等生の答えを返してくるのに、こちらの方面になるとひどく不器用で手際が悪いのが薪という男だ。その殆どが結婚をランクアップの手段としか考えていないエリート組の恋愛事情の中で、変わり種と言うか時代遅れと言うか、あれは薪の大きな弱点だ。実際、青木のために奔走し、結果、殺人犯に殺されそうになったこともある。命取りにならないうちに何とかしなければ、と小野田の心配は尽きない。
 それでなくとも薪の周りには、彼の外観に惹かれて集まってくる危険分子がうじゃうじゃいる。それは彼の咎ではないが、小野田の神経は磨り減るばかりだ。小野田が彼の為に演出している「薪警視長は小野田官房長のお気に入り」という牽制策は警察関係者には有効だが、一般人には効き目がない。もっと青木くんにしっかりしてもらわないと、と思いかけて、小野田は慌てて首を振る。青木こそが最大の危険分子ではないか。

「御前会議はいかがでしたか?」
 官房室に戻ると、中園が書類を手に待ち構えていて、皮肉な口調で聞いてきた。彼の慇懃さに、いまさら腹も立たない。会議で神経を減らして帰って来た上司への労りの気持ちとか、この男には期待しても無駄だ。
「いつもと同じ。一般市民を巻き込まず、犯人確保」
「テロ相手に一人の被害者も出すなって? 無茶なこと言ってくれるな」
「立場上、そう言わざるを得ないんだよ。警視総監も一緒だったから……あ、総監と言えばね、ちょっと面白いことがあった」
 小野田は上着を脱いで椅子の背に掛け、緊張をほぐそうとネクタイを緩めながら、
「指揮は薪くんじゃない、二課長に執らせる、て言ったら、彼、何も言えなくなってた」
「公安だけはシチョウさん(警視庁)と協力関係にあるからな」
 ははは、と乾いた声で悪友が笑うのを聞いて、小野田は苦笑する。この台詞だけで会議室で交わされたやり取りの殆どを見抜いてしまうのだ、この男は。

「で、薪くんは? 大人しく公安に協力してる?」
「もうぐっちゃぐちゃ。どういう育て方したんだよ、おまえは」
 あ、やっぱり、と小野田は天井を仰いだ。中園が自分を待っていた理由はこれか。

「『あ、やっぱり』じゃないよ。おまえが甘やかすから」
「まあ、それがあの子の持ち味だし」
「おまえね、親バカもほどほどにしなさいよ。そのうち足元を掬われるよ」
 自分が薪に対して抱くのと同様の不安を、中園は自分に対して抱いている。小野田が中園を口うるさく思うとの同じように、自分も薪に鬱陶しいと思われているのだろう。そう考えて、小野田は肩を落とした。

「それで、結局どうしたの?」
「薪警視長には現在、第九の一室で資料整理に励んでいただいております」
 軟禁か。まあだいたい予想は付いていたが。
「なんで第九なんだ。あそこは薪くんの実家じゃないか」
「だからさ。自分が逃げれば岡部くんに迷惑が掛かる。それなら彼は逃げないだろう?」
「分かってないね、おまえは。そんなこと百も承知で薪くんを逃がすのが岡部くんだよ。上司が上司なら部下も部下なんだから、あそこは」
 小野田が監禁作戦の穴を指摘すると、中園は心外そうに細い眉を吊り上げ、持っていた書類をテーブルの上に置いた。

「岡部くんは其処までバカじゃない。ちゃんと薪くんを第4モニター室に閉じ込めてたよ。あそこの窓は嵌め殺しになってる。僕がこの目で確かめた。その鍵は、この僕が預かってる」
 眉を吊り上げるのは小野田の番だった。上司が驚いたのに気をよくしてか、中園は揚々と経緯を説明する。
「第4モニター室を使おうって言い出したのも岡部くんなんだよ。普通の部屋に閉じ込めたら、薪くんは窓から逃げるからって」
「本当に? ちょっと信じられないな」
「なに言ってるんだよ、常識で考えてみれば分かる事だろ。この状況で薪くんを逃がすってことは、彼を一人で死地に赴かせるってことだよ。薪くんの守護神の岡部くんが、そんなことをするもんか」

 一理ある、と小野田は思った。
 岡部は薪のことを大事に思っている。彼の命を守るためと有らば心を鬼にするだろう、しかし。
 やっぱり分かってないな、と小野田は心の中で呟いた。
 それでも岡部は薪を逃がすだろう。何故なら、薪には青木が必要だと岡部には分かっているからだ。青木を喪えば薪はまた、昔の彼に戻ってしまうだろう。8年掛かってやっとあそこまで立ち直ったのに、二度目は無理だ。その時にはもう精神が耐えられない。
 それに、岡部は薪よりも現場に詳しい。公安の方針も骨身に沁みている。この場合、人質が見捨てられることは承知しているだろう。青木は彼の大事な後輩だ。助かる可能性があるなら薪に託したい、と考えるに違いない。

「おまえの言うことも分かるけど。一応、確かめてみてよ」
 中園はやれやれと肩を竦め、「官房長殿の心配性にも困ったものですな」などと嫌味を言いながらも、ゆるゆると立ち上がった。机に置いた書類を指し示し、判をお願いします、と頭を下げてから退室した。

 それから30分後。

「どう育てればあんな警視長が出来上がるんだ!?」
 官房長の居室のドアをノックも無しに開けた首席参事官の怒声で、小野田は自分の予想が的中したことを知った。
「窓、確認したんじゃなかったの?」
「20もある窓を全部調べるほど僕は暇じゃないよ!」
 2つ3つ確認して、それで済ませてしまったのだろう。第九の執務フロアは3階だし、それが普通だ。
 中園は苛立ち紛れに、きっちりと整えた頭髪に手を突っ込んだ。それで彼の腹立ちが治まるわけではない。近頃めっきり白髪の増えたオールバックが乱れただけだ。やがて彼はふーっと息を吐き出して、小野田に深く頭を下げた。

「申し訳ありませんでした、私のミスです。薪警視長の行方はGPSを追って割り出し、即刻戻らせます」
 こんなことなら彼の携帯を取り上げておけばよかった、と中園は思った。薪の携帯に犯人からの連絡が来る可能性が高いと分かった時点で、彼の携帯に掛かってくる電話は本部の受信機で受信できるようにしてある。会話は筒抜けになるわけだし、次からは交渉役は二課の人間に任せるつもりだった。だから必要ないと思ったのだが、念には念を入れておくべきだった。犯人からの連絡がある可能性が高い携帯電話が中園の手元にあれば、薪は動けなかったはずだ。

「いいよ、放っておいて。どうせ無駄だから」
「大丈夫です。犯人からの電話は彼の携帯に掛かってきた。電源は切らないはずです」
「そうじゃなくて。おまえが戻れって言っても、彼は帰らないよ。青木くんを助けるまでは」
 小野田が匙を投げると、中園はひどく驚いた顔をした。無理もない、常に薪の身を案じている小野田が彼を見捨てるような発言をしたのだ。
「小野田。下手すると薪くんも死ぬよ?」
 心配そうに眉を寄せる悪友が滑稽だった。本人を目の前にすれば皮肉や当てこすりばかり出てくるのに、中園は昔から自分の感情に素直ではない。

 小野田は背もたれに寄りかかり、横柄に腕を組んだ。削げた頬に、キャリア同士の熾烈な戦いに生き残った勝者の冷酷を刷いて言い放つ。
「あの子が此処まで立ち直るのに8年掛かってる。これから8年は、僕は待てない」
 あの二人が共存関係にある事は小野田にも解っている、が、問題はその程度だ。青木を喪えば薪は潰れると、そう岡部が判断したならそれは多分事実なのだろう。半年前の騒ぎがいい例だ。あれ以上に壊れてしまうなら、それはもう只のガラクタだ。

「彼を切ることも考えろって言ったのはおまえだろ」
 かつて供された中園の進言に従う意向を見せると、中園はとても複雑な顔になった。50年近い付き合いになる腐れ縁の友人を横目で見て、こいつも少し変わったな、と小野田は心の中で呟いた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Rさまへ

Rさま。

> やはり岡部さん逃がしましたか。ですよね~でなきゃお話が前に…あ、すみません~(汗)

そうそう、ここは逃げないと話にならないんですよ。(笑)


で、例の件ですが、
きゃー、書かれたんですねー♪♪
楽しかったでしょう? 
ふふふ、二次創作は書いてる本人が一番楽しいんです。(^^

20年前に比べての劣化は、
えー、そんなことないと思うなー。
作家に必要なのは文章力ではなく人生経験だ、とは、わたしの尊敬する星新一先生の言葉ですが。 
沢山の経験はその時の感情と共にRさまの中にしまわれているので、絶対に、20年前よりもいいものを書けるようになってるはずです。 ファイト!


携帯ブログを始められたんですか?
もしよかったら、URL教えてくださいね。
操作に慣れるまでは大変だと思いますが、頑張ってください!

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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