こんにちは。
最近、やたらとカウンターの回りがいいんですけど、間違って来てる人、多いのかな?
だとしたらすみません、真面目に法医学とか警視正とかで検索してここに辿り着いちゃった不運な方々に、心よりお詫び申し上げます。
お詫びの徴に、良いことを教えて差し上げます。
『秘密』1~10巻、ジェッツコミックスより絶賛発売中です! 最高に面白いです! ぜひ読んでください!
ふ~、今日もいいことしたなあ。
たとえ君が消えても(11)『第4モニター室』という言葉が岡部の口から出た時、薪は岡部の真意に気付いた。第4モニター室の北側から2番目の窓が壊れていることを、薪は知っていた。見た目には分からないが枠自体が外れてしまっていて、動かすとガラス窓半枚分の隙間が空くのだ。月曜に岡部から報告があり、明日には修理業者が入ることになっていた。
中園の手前せいぜい暴れて見せて、その鍵を彼が持って第九を去った後、薪は速やかに行動を起こした。キャビネットから緊急用の避難梯子を取り出し、壊れた窓をずらして、そこから梯子で下に降りた。うまい事に第4モニター室は建物の裏面に位置しており、薪は誰にも見つからず建物から抜け出すことができた。
が、問題はその後だ。
科警研の門は5つ程あるが、そのすべてに守衛がいる。抜け目のない中園のこと、薪の姿を見たら官房室に連絡を入れるようにとの指令くらいは回していそうだ。
そう思うと、中庭を歩いている人間がみんな自分を見張っているような気がする。科警研の人間は未だ誘拐事件のことは知らないはず、ましてや自分が監禁された挙句に逃げ出そうとしているなんて思いもよらない筈なのに、背中がざわざわして落ち着かない。他人と目が合うと、心臓がバクバクする。逃亡者の心理とはこんなものかと薪は思い、深く息を吸って心を落ち着けた。嫌な気分だ。いつも追う方だから、分からなかった。
こそこそ隠れたり走ったりするのは却って目立つと考え、薪は悠然を装って東へ歩いた。目指すは東門、此処から一番近い門だ。一刻も早く警察の敷地を抜けたい。駅の雑踏に紛れ込んでしまえば、後は何とかなる。
できるだけ人気の少ないルートをと、薪は北側の散策路に入った。中庭を突っ切るよりは回り道だが、樹木と茂みが多く、人目を避けるには最適だ。
そうして20mほど樹木の間を歩いた時、薪は散策路に二人の男の姿を発見した。樹の陰に隠れて、じっと息を殺し、二人が通り過ぎるのを待った。自分を探しているわけではないと思ったが、目撃情報は少ない方がいい。
二人の白衣姿が茂みに隠れたのを確認して、薪は再び歩き出した。プリペットの大きな茂みの横を通りかかった時、不意に手首を掴まれ、同時に口を手で塞がれた。身構えようとしたときには遅く、薪は強い力で茂みの中に引き摺り込まれた。
やはり中園は甘くなかった。薪が逃亡を企てるのを見越して、部下に庭を見張らせていたに違いない。しかし、ここで捕まる訳にはいかない。力づくでも逃げなければ。
必死になってもがく薪の耳に、聞き覚えのある囁き声が忍んできた。
「室長、落ち着いてください。俺です」
「竹内……?」
捜査一課の竹内は、中園とは関係がない。でも、こいつは敵だ。自分に恨みを持っている。何処からか今回のことを聞き及んで、自分の足を引っ張りに来たのだと思った。有事の際の箝口令は数えきれないほど敷かれたが、それが完璧に機能した試しがない。時に、人の口というのは電波よりも早く情報を伝達する。
薪は、後ろから抱え込まれるような姿勢で、地面に座らされている。竹内の脚はその長さでもって薪の下半身を完全に抑え込み、右腕は強い力で薪の右手を拘束していた。自由になるのは左手一本だけ、この状況から抜け出すのは自分の力では無理だ。しかし、他にも手はある。青木と竹内は友人だ。そちらの方面から説得すれば、或いは。
「放してください、僕が行かなければ青木が」
「岡部さんからです」
ひょいと目の前に出されたのは、紙製の手提げ袋だった。
「俺が預かりました。室長に渡すようにと」
岡部の献身に、薪は泣きたくなる。岡部は薪の手助けになるアイテムを用意して、でも自分や第九の人間が動けば中園に知られてしまう可能性が高いから、一課の後輩の竹内に託したのだろう。薪の身勝手な行動で、彼も何らかの処分を受けるに違いないのに。
岡部、済まない。この借りは必ず。
部下の無骨な顔を思い浮かべ、薪は心に誓った。必ず、雛子さんとの仲を僕が取り持ってやる、とそれは岡部にとって迷惑過ぎる誓いだったが、薪の感謝は本物だった。
「すみません。竹内さんまで巻き込んでしま、っ?!」
受け取って中を確認した薪を襲った驚愕は、竹内に不意を衝かれたときの比ではなかった。突き上げる感情に任せて薪は顔を上げ、怒りに満ちた亜麻色の瞳をメッセンジャーに向けた。
「これはどういうことですか」
中に入っていた警官の制服を取り出し、薪は詰問する。竹内はためらいがちにそれに答えた。
「俺は反対したんです、危険すぎるって。本音ではあなたを行かせたくありません。青木は友だちで、俺だって助けに行きたい。でも」
「そんなことは聞いてません」
憂いを強調するためか、竹内は額に手を当てて顔を隠した。けど、肩が震えてる。こいつ絶対に嗤ってやがる、と薪は手前勝手な判断を下す。
「僕が訊いてるのは、この制服がどうしてスカートなのかってことです」
警官を隠すなら警官の中、そこまではいい、でもそれが女子職員の制服である事には大きな疑問が残る、てか、あり得ないっ! しかもスカート短いし!!
「室長が確実に逃げられるようにとのことでしたので」
「オボエテロよ、オカベッ……」
制服を用意したのは竹内だったが、また、竹内は純粋に薪が確実に科警研を抜け出せる方法を考えたに過ぎなかったのだが、そんな事情まで説明している時間もされている余裕もなかった。薪は仕方なく、でも素早く着替え、警帽を目深にかぶった。走りやすいように、靴はスニーカーが用意されていた。靴ひもを締める薪に竹内の声が掛かる。
「室長。これを」
彼が差し出したのは、自分の銃だった。
テログループの捜査に単身で乗り出そうと言うのだ、銃くらい持たなくては話にならない。が、科警研の岡部が銃を貸与できるのは特別な場合だけ。この状況下でそんな目立つ真似をしたら、薪に貸したのだと一発でバレてしまう。だから用意ができなかったのだ。
「岡部さんの銃では大きすぎて、室長には扱えないでしょう」
捜査一課の自分なら、比較的簡単に銃を持ち出せる。射撃練習をしたいと課長に一言言えばいいのだ。勿論、射撃場以外で発砲すれば相応の報告書、もとい始末書が必要だが。
「そこまであなたに迷惑を掛けるわけには」
いくら青木の友人でも、竹内は部外者だ。今の段階なら、薪の逃亡に手を貸したことは明るみに出なくて済むだろうが、万が一追っ手に捕まったとき、彼の拳銃を薪が持っていたら言い逃れができなくなる。
それに。
薪は未だに、銃を持つことに抵抗があった。この道具で、自分は鈴木を殺したのだ。
現場に出ないキャリアの薪にとって、拳銃の練習は必須ではない。それをいいことに、もう長いこと本物の銃を撃ったことはなかった。果たして、こんな自分がまともに銃を扱えるかどうか、情けない話だが自信がなかったのだ。
躊躇する薪に、竹内は唐突に愚痴り始めた。
「最近、ホルスターの調子が悪くて。簡単に留め金が外れちまうんですよ、ほら」
渡されたホルスターの留め金に、竹内が指摘したような歪みを、薪は見つけることができなかった。革製のホルスターは磨き上げられており、光沢が美しかった。竹内は射撃の名手、銃の手入れは普段から念入りに行っているはず。当然、銃をしまうホルスターも大切にしている筈だ。
「紛失なんてことになる前に、修理に出さなきゃ」
そう言って予備のカートリッジを2包、紙袋の中に落とし込むと、竹内は薪に背を向けた。そのままスタスタと、樹木の陰に消えていく。
「……恩に着ます」
竹内に借りは作りたくなかったが、今回だけは避けられなかった。薪は他人に借りを作るのが好きではない。嫌いな人間には特にだ。
この借りは絶対に返す。その為にも、必ず生きて帰る。
警帽のつばを下げ、薪はぎゅっとくちびるを噛み締めた。
テーマ : 二次創作:小説
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