毎日、過去記事に拍手をありがとうございますー。
昔の話を読み直してみると、文章がつながってなくてびっくらします。 が、もう直すこともできないんで、すみません。 話を全部つなげちゃったから、下ろすこともできないんですよね。(^^;
苦労かけます。 よろしくお願いします。
たとえ君が消えても(13) 同日、午後8時。場所は東京に戻って、科警研の第九研究室である。
業務は終了したものの、後輩が心配で退庁できずにいる第九の面々の前に、官房室の主が姿を現した。
「岡部くん」
呼びかけられて、岡部は大きな身体を縮込めた。てっきり、叱責されるのだと思った。自分は参事官の命に背いて薪を逃がしたのだ。処分は覚悟の上だった。だが、小野田の言葉は岡部の予想とはまるで違っていた。
「こんな時間に悪いんだけど、神戸に出張頼めるかな?」
岡部を始めとした第九の職員たちが驚くと、小野田は残業で子供の誕生会に間に合わなかったサラリーマンのように、「もっと早く来たかったんだけど、内閣の会議が長引いちゃってさ」と肩を竦めた。
「いくら青木くんが仕事熱心でも、今回はさすがにリタイヤでしょ? だったら代わりに誰か行かないと。岡部くんが適任だと、ぼくは思うんだ」
小野田の情に、岡部は涙が出そうだった。官房長、と思わず声を詰まらせるのに、
「ぼくから命令されたって言わないでね。後で、公安と中園に怒られちゃうから」
仕掛けた悪戯を内緒にして、と頼む子供のように、小野田は人さし指を立てて唇に当てると、おどけた様子で片目をつむって見せた。
「官房長は、薪さんを見限られたと聞きました」
警察庁に帰る小野田の見送りにとエントランスまで来た岡部は、他の職員たちのいない所でこっそりと打ち明けた。
――もう僕は知らない、勝手にするといい。
第4モニター室がもぬけの殻になっているのが発覚した時、中園は我を忘れてそう叫んだ。それは怒りからではなく、薪の身を案じるが故の暴言だった。岡部は、中園の本心を知っている。2年前の秋、薪が正体不明の病原菌に侵されて死にかけた。その時彼がどんなに取り乱していたか、見ているのだ。
『薪くんを引き戻すことはしない。小野田も見切りをつけたらしいよ』
一旦官房室に引き返した中園は、数時間後にまた戻ってきて、岡部にそんなことを言った。
どんな事情があったにせよ、小野田の娘との婚約を破棄した時点で、そうなっていておかしくなかった。そこにとどめを刺すような今回の職務違反だ、無理もないと思った。常々、岡部は小野田の寛大さに感嘆していたのだが、彼にも限度はあるだろう。
小野田に見捨てられた後の薪の処遇について、考えない訳ではなかった。しかし、薪が青木と別れてボロボロになっていたのはたった4ヵ月前だ。岡部はその様子を間近で見ている。彼を止めることはできなかった。
そして小野田もまた、そんな薪を心配していた一人――否、小野田は誰よりも薪を案じていた。日に日に憔悴していく彼に、胸を痛めていた。なんとか自分たちの愛情で彼を癒してやりたいと、だがそれは無理なのだと思い知らされて、自分たちが家族総出で掛かってもあの木偶の坊一人に勝てないのだと分かって、その時の落胆と言ったらなかった。青木と縁りが戻って、めきめき元気になる薪を見て、諦めた。認めたくないが、薪には青木が必要なのだ。
「中園を抑えるには、ああ言うしかないだろ。あいつには薪くんたちの関係が理解できないんだから、て、ぼくにも理解できないけど」
拗ねたように唇を尖らせて、小野田さんは時々子供みたいなんだ、と話していた薪の幼い顔を、岡部は思い出す。聞いた時はえらい違和感だったが、目の当りにしたらそうでもない。
小野田はついと天井を見上げ――そこに何を思い描いたのか、岡部には知る由もなかったが――たとえようもなく寂しそうに微笑んだ。
「薪くんは青木くんがいないと、本来の自分でいられない。それはいずれ彼が越えなくてはいけない壁だけど、今は未だ無理。そういうことだよね?」
くるりと小野田は岡部に背を向けた。娘を嫁に出した後の父親みたいな背中だった。
「ぼくは公には動けない。薪くんを頼んだよ」
第九に帰ると岡部は、その場で今井に仕事の引継ぎをした。それから部下たちに注意事項を述べて、慌しく帰って行った。
岡部の姿がドアの向こうに消えると同時に、小池が細い目をいっそう細めて、
「あの官房長が、薪さんが青木を助けに行くのを止めないなんて」
「いくら止めても無駄だと思ったとか?」
「官房長公認てこと?」
「「「もう結婚しちゃえばいいのに」」」
「曽我、小池、宇野……岡部さんに聞かれたら殴られるぞ」
「結婚祝いは何にしましょうか。やっぱり夫婦茶碗ですかねえ」
「「「「山本、チョイス渋過ぎ」」」」
岡部が薪の援護に回ったことで、いくらか見通しが明るくなったのか、職員たちは軽口を叩いた。失笑が零れる第九研究室の廊下、ドア近くの観葉植物の陰で中の様子を伺っていたのは、官房長が怖がっていた首席参事官。
「ったく、小野田が甘やかすから。ロクな職員が育たないな、第九は」
憎々しげに毒づくと、ジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出した。
「僕だよ。薪くんのGPS、追いかけてる? じゃあ、それをこれから言うメールアドレスに転送しておいて。うん、携帯でいつでも見られるように、システムごとね」
通話を終えて携帯をしまい、中園はしばし黙考した。骨身に染みて解っている公安のテロ対策方針と、嫌になるくらい見せ付けられた薪の愚直な純真が、中園の中でぶつかり合う。立場上守らなくてはならない前者と、それに逆らうような行動を中園に取らせる後者。今、中園に電話を掛けさせたのは後者の仕業だ。
どちらに軍配を上げることもできず、中園は虚空に向かって呻くように呟いた。
「死ぬなよ、薪くん」
テーマ : 二次創作:小説
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