告(12)

告(12)








 すべての報告書を書き終えたときには、午後9時を回っていた。
 コーヒーで汚れた部分を打ち直すだけだから、と岡部の心遣いを断り、青木は自分1人でその仕事を仕上げた。これは自分が招いた失態だ。先輩の手を煩わすわけにはいかない。

 室長室の明かりはとっくに消えている。室長はめずらしく、今日は定時になるとさっさと帰ってしまった。
 青木のほうを見もしなかった。
 怒っている。それは確実だ。
 でも、薪も悪い。自分の必死の気持ちを―――― 半年も前から募らせてきた想いを、本気にしてくれないばかりか、ジョークで済まそうとした。あんまりだ。
 だが、それは多分。
 今後のことを考えてくれたのかもしれない、と青木が思い至ったのは、シャワーを浴びているときだった。
 振られたからといって、仕事を辞めるわけにはいかない。しかし、気まずくなるのは避けられない。それは相手も同じだ。仕事にも差し支えるだろう。
 それを防ぐには、なかったことにしてしまうのが一番いい。冗談で済ませて、その場を流してしまうのが大人のやり方だ。室長である薪は、そこまで考えてその方法を取ったに過ぎない。べつに青木の気持ちを踏みにじったわけでも、バカにしたわけでもない。

 ただ、受け入れてもらえなかっただけのことだ。

 そう分かってしまうと、薪があんなに怒ったのも理解できる。お互いが一番傷つかない方法を選択してくれていたのに、オレは自分のことだけでいっぱいいっぱいで。
 薪に比べると、自分はひどく子供なのだ。
 仕事のことだけでなく、精神的な強さも相手を思いやる気持ちも、まだまだ未熟だ。自分の気持ちだけを押し付けて、相手の迷惑など考えなかった。
 こんなんじゃ、相手にされなくて当たり前だ。

 もう少し大人にならなくては、と思う。あのひとにふさわしい人間に。あのひとを安らがせてあげられるような、鈴木さんのような人間に。

 もっと自分を磨いてリベンジだ、と青木は決心する。
 どんな状況になっても諦めないのは、美点なのか欠点なのか。捜査も粘り強いが、薪のこととなるともっと粘り強い。というか、いっそしつこい。
 でも、自分にもどうしようもない。こんなに誰かを好きになったのは初めてだ。全身全霊を奪われるほどに――――。
 そのひとのことしか、考えられない。薪しか目に入らない。薪の声しか聞こえない。薪に会えない日は何もする気がおきないし、叱られれば食欲もなくなるし、夜もよく眠れない。日常生活に差し障るほどだ。

 いつからこんなに好きになっていたのか。
 初めは確かに、ただの憧れだった。もともと青木はノーマルな男なのだ。以前はちゃんと彼女もいた。振られたが。
 薪に初めて会ったとき、きれいな顔をしているな、とは思った。童顔で、高校生くらいにしか見えない。そのときはその程度だった。
 それが一緒に仕事をするうちに、薪の高潔な人柄に惹かれ、事件に向かう強さに惹かれ―――― 彼の奥深くにしまわれた傷口がいまなお血を流し続けていることを知り、その脆さとあやうさを知り、守ってあげたい、支えになりたいと―――― その自分が。
 
「オレが薪さんを傷つけて、どうするんだよ……」
 小池が見たのは見間違いではなかった。驚きのせいか怒りのためか、薪の目には涙が浮かんでいた。

 泣かせてしまった。

 とにかく、明日謝らなくては。
 でも、冗談で済ますのはいやだな、とまだ大人気ないことを考えている。

 研究室の電源を落とし、セキュリティをかける。エントランスへ続く長い廊下を、今日はひとりで歩く。
 ここ数日は薪と2人で歩いていた。もしかすると特訓も打ち切りかもしれない。よく考えると幸せだったのだ。MRIの凄惨な画像が背景とはいえ、ずっとふたりきりでいられたのだから。
 こんなことになるのなら、もっとあの時間を大切にすればよかった。もっとも、吐き気と寒気でそれどころではなかったのだが。
 いつだって気付いた時はもう遅い。逆に、失わないとその価値は分からないのかもしれない。
 今度のことだって、たとえ冗談で済ませたとしても、何もなかった頃には戻れないのだ。あの屈託のない笑顔は、二度と見られないかも……いや、そもそも薪の全開の笑顔なんて見たことがない。たぶん、第九の誰も実際に見たことはないんじゃないか。

 青木は、薪のその笑顔を知っている。
 薪の家のリビングに飾ってあった写真の中の薪の笑顔。鈴木の脳に残っていた、薪の幸せそうな笑顔。親友と一緒にいるときだけ、薪は最高の笑顔で笑うのだ。

 つらつらとどうにもならないことを考えながら玄関を出た青木は、正門のところで門柱に寄りかかり、腕を組んで立っている細いシルエットに気付いた。

 淡い月明かりの下、青く澄んだ水面のように静謐な室長の姿だった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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