告(13)

告(13)





「報告書は書き終えたのか」
 いつもと変わらぬ口調で、事務的に話しかけてくる。
「はい。室長の机に置いておきました」
 青木の報告に軽く頷いて、薪は地面に置いてあった鞄を小脇に抱えた。じっと青木の目を見るが、なにも言わない。

 重い沈黙。
 我慢しきれなくなったのは、やはり青木のほうだった。

「あの、室長。先ほどは、その」
「火傷はしなかったか」
 すみませんでした、と言うつもりだったが、薪の言葉に遮られる。一瞬意味が分からなかったが、すぐにさっきのコーヒーのことだと思い当たった。
「大丈夫です。もう、冷めてましたから」
「そうか」
 踵を返して、歩き出す。その背中に拒絶は感じられなかったが、先刻のことを思うと着いていくのもためらわれる。
 青木がその場に立ち尽くしていると、薪が肩越しに「帰るぞ」と声を掛けてくれた。慌てて後を追いかける。駅まで送らせてくれるらしい。

 霞ヶ関駅までの短い道のりを、薪はわざとゆっくり歩いているようだった。何も言わないが、怒ってはいない。仕事の時には見せない穏やかな横顔がその証だ。
 夜になると妙にあでやかな唇が、小さく動いて何か言おうとした。
「さっきの」
 言いかけて、やめる。
 黙り込む。
 捜査会議ではあれほど淀みなく話すのに、仕事以外のこととなると室長の口は重い。無口の部類に入るかもしれない。
 そのまま黙って歩く。駅はもうすぐだ。

 青木は迷っていた。
 先刻のことをジョークにするつもりなら、今しかない。薪もきっとそうしたいのだ。だが、青木が本気だということも、今はわかってくれている。だから言葉にならない。
 薪の立場を思えば、青木のほうから「あれは冗談です」と言うべきだ。そうすれば薪はほっとしたような顔をして、「上司をからかうな、バカ」などといつもの叱責をくれて、また明日から何事もなかったように仕事ができるのだ。
 そうだ。そうするべきだ。

「さっきのことですけど」
 薪が足を止めて、青木の目を見る。亜麻色の瞳が、月の光を写し取ったかのように魅惑的にきらめいた。
「オレ、本気ですから」
 ……間違えた。
「なにを言われても諦めませんから」
 しかも、追い討ちをかけてしまった。
 
 だって嘘など吐けない。この清廉な瞳を前にして。もとより、警察官が嘘を吐いてはいけない。
 
 今度は殴られなかった。その代わり、薪は悲しそうに目を伏せた。
 ――――― 殴られたほうがマシだった。

「じゃあ、僕も真面目に答えないといけないな」
 小さく呟くと、駅とは違う方向に歩き出す。
「外で話すことでもないだろう。少し付き合え」
 たしかこの辺りに薪の好きな割烹料理屋があったはず。雪子に聞いた店の名前を通り沿いに見つけて、頭に道筋をインプットする。青木は少々方向オンチのきらいがあって、道に迷うことが多いのだが、薪と一緒ならどんなに複雑な道順でも一発で覚えられそうだった。
「腹は空いてるか?」
「はい」
 頷いて暖簾をくぐる。あまり広くはないが落ち着いた店で、先客たちもみな静かに料理を味わい、酒を楽しんでいる。金曜の夜らしく店はほぼ満席状態で、2人はカウンターに並んで腰を下ろした。
 店主の勧めに従って、青木は天ぷらの定食を、薪は刺身と日本酒を冷で頼んだ。

 青木が食べている間、薪は何も言わなかった。ただ、ぐい呑みの酒を傾けている。合間に平目の刺身をつまんで、静かに待っている。
 食事が終わったのを見て取ると、青木のほうに徳利を差し出す。青木は日本酒よりもビール党だが、ここは薪に合わせるべきだろう。
 青木の猪口に酒を注ごうとして、薪はふと気がついたように手を止めた。
「おまえ、ビールだっけ」
 なぜ知ってるんだろう。室長と一緒に酒を飲むのはこれが初めてなのに。
「曽我が言ってた」
 また心を読まれる。
 こんなに敏感なひとなのに、どうして雪子との仲を誤解をしたんだろう。

 冷たい生ビールが運ばれてくる。青木がジョッキに口をつけるのを待って、ぽつりと薪が言った。
「雪子さんは、おまえが好きなんだ」
 唐突な会話。薪はこういうことには、とことん不器用らしい。
「誤解ですよ」
「雪子さんとの付き合いは、おまえより僕のほうが長いんだぞ。彼女の目を見れば分かる。鈴木を見てたときと、同じ眼をしてる」
「でも、オレは」
「雪子さんは、大事なひとなんだ」
 青木の言葉を遮って、薪は言葉を継いだ。手酌で徳利を傾けると、空になっている。青木が追加のオーダーを入れた。
 
「彼女が鈴木の婚約者だったのは知ってるな? おまえは鈴木の脳を見ているから、彼女のことも知っていたはずだ」
 はい、と頷いて空いたぐい呑みに酒を注ぐ。つややかな口唇にはワイングラスのほうが似合うと思ったが、美濃部焼のぐい呑みも、また別の色気がある。
「昨年の夏、あの事件が起きて。僕は彼女の幸せのすべてを奪った。彼女の人生をぶち壊しにした。あんなことさえなければ、彼女は今頃鈴木と結婚して、幸せな生活を送っているはずだったんだ」
「でも、それは薪さんが悪いんじゃありません。オレがちゃんと鈴木さんの本心を見せてあげたじゃないですか。第一、正当防衛だったわけだし」
「同じことだ。事故死だろうが正当防衛だろうが、そんなことは関係ない。遺族にしてみれば、僕はただの人殺しだ」
 薪は今もなお、こうして慙愧の念に苦しんでいる。
 その自分を追い詰める厳しさが、薪の強さであり脆さでもある。そして、その心の深淵を覗いてしまったら、手をさし延べずにはいられない。
 このひとの重荷を軽くしてあげたい。
 切実に、想う。

「それは逆恨みです。薪さんは悪くない」
「じゃあおまえ、自分の母親を殺されて『正当防衛です』と言われて納得できるのか? 相手のことを許せるのか?」
 それは……難しいかもしれない。
 軽々しく答えられるものでもない。青木はひとまず口を閉ざした。

「僕にはできない。でも、雪子さんは僕を……僕のせいじゃないと言ってくれた。あの時モニタールームに入ったのが僕じゃなかったら、きっと別の人が。いっそ、僕で良かったとさえ。
 すごい女性なんだ。とても敵わない。鈴木が惹かれたわけだ」
 2本目の徳利を殆ど空にして、そのせいか薪はいくらか饒舌になっている。顔色は普段のままだから、さほど酔ってはいない。かなり酒には強いらしい。
「雪子さんは、鈴木が愛した大切な女性なんだ。だから幸せになって欲しい。おまえだって、彼女は魅力的な女性だと思うだろう?」
「それはまあ、そうですけど」

 薪の言いたいことは分かった。
 去年の事件で不幸のどん底に突き落としてしまった可哀想な女性を、救ってやって欲しい。自分ではそれは無理だから、青木に頼みたい。そういうことだ。
 
「雪子さんは今はまだ、おまえに鈴木を重ねてるのかもしれない。でもそれはきっと、時が解決してくれる。だから」
「薪さんは何もわかってません。三好先生はオレのことをそんなふうには思ってないし、オレは自分の気持ちを曲げることはできません」
 青木がきっぱりと薪の提案を拒絶すると、薪はむっと眉をひそめた。
「付き合うだけでも付き合ってみたらどうなんだ。だいたい親が泣くだろう。ちゃんと結婚して家庭を持たないと」
 下手に出ても駄目だとわかったらしく、薪は室長の口調で諭すように持ち掛けた。

「薪さんに言われたくないです」
「なに?」
 3本目の徳利が半分ほどに減っている。酒豪らしくペースも早い。
「何を言われても諦めないって、オレさっき言いましたよね。もう忘れたんですか」
 年のせいですかね、とつい口が滑ってしまった。2杯目の生ビールのせいだ。怒られると思ったが、別に気にしてないらしい。
「どうやら平行線だな」
「そうですね」
 こうなれば、開き直るしかない。
 好きな相手まで、上司に決められては堪らない。たとえ室長命令でも、それだけは譲れない。自分の心ではあるが、もう自分でも止められないのだ。
 薪だって、自分の身に置き換えてみれば解るはずだ。鈴木さんのことが忘れられないくせに、他人には「ちゃんと結婚しろ」なんて。

「帰りましょう。終電、無くなっちゃいますよ」
 青木の言葉に、薪は時計を確認する。もうそんな時間だ。
 ため息とともにぐい呑みの酒を飲み干し、薪は立ち上がった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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渋い!

すいません。
面白かったので、つい、こっちへ来てしまいました。

なかなか、渋い二人で、というか、薪さんが落ち着いていて、すごくいい感じです。
私が思うに、薪さんはあの外見と、おもに職業からくる活動のため、通常の人よりも「若くありたい」とか、「若く見られたい」という意識が希薄なのではないかと。

とりたてておっさんみたいにするつもりもないけれど、「俺はまだまだ気持ちは20代だぞ」なんていう負け惜しみ的な要素が、きっと、あまりないんですよね。

こういう、落ち着いて年上の貫禄を示す薪さんは、すごく「らしい」です。

しかし、思いっきりニブチンというか、思い込みが強いのかな?(^^;
でも、どうやら青木の気持ちは分かってくれたようですね。
受け入れるかどうかは別として。
だって、鈴木に首ったけなんですから、男に愛を告げられても、異次元のことだと思ったりはしなかったようですね。

>「どうやら平行線だな」
>「そうですね」

 好きだと言った相手と、このやりとりですか! そうですかって、そうですかって、青木、・・・でも、離れちゃうよりいいかも(*^^*)

やはり、一番わからないのが、雪子さんですねえ。
続きが楽しみです。

おおっっ!!!

おはようございます。しづ様♪

おおー。
遂に、青木が告白しましたね。

やはり、酷くやられましたね(^▽^;)
でも、ここまでしないと、薪さんは青木の想いを分かってくれないので、仕方がないでしょうが。
しかし、セッカチで大胆な・・・きゃっ(≧∇≦)
おまけに薪さん、泣かしちゃった~。

薪さんが、食事の時に語った、雪子の気持ちは、自分の青木への想いでは・・・なんて考えてしまいます。

雪子は、あの様子を見る限り、青木を好きには・・・でも、真相はわかりません。

薪さんも雪子も、お互い友人として労り合っているようですね。←雪子は楽しんでいる節もありますが(^_^;)

さすが、しづ様(〃▽〃)
いろいろ気になってしますよ~\(^ー^)/

続き、ドキドキしながら、お待ちしております(≧∇≦)

Re: 渋い!(第九の部下Yさんへ)

いらっしゃいませ、第九の部下Yさん!
読んでくださってうれしいです。

> なかなか、渋い二人で、というか、薪さんが落ち着いていて、すごくいい感じです。
> 私が思うに、薪さんはあの外見と、おもに職業からくる活動のため、通常の人よりも「若くありたい」とか、「若く見られたい」という意識が希薄なのではないかと。

はい。そのとおりです。
この後の話にも出てきますが、うちの薪さんは、若く見られるのがキライです。バカにされてるような気がするらしいです。
なので、言葉もすこし、オヤジっぽいです。
『最近の若いもんは』とか、『たるんどる!』とか、おじさんが使う言葉を好んで使ったりします。顔とのギャップが面白いんで、周りの人には笑われてます。


> しかし、思いっきりニブチンというか、思い込みが強いのかな?(^^;

はい!
勘違いと思い込みの強さは、うちの薪さんの専売特許です。
ここがチャームポイントならぬ、笑いのツボになっていきますので。

> だって、鈴木に首ったけなんですから、男に愛を告げられても、異次元のことだと思ったりはしなかったようですね。

そうです。
自分も鈴木に対する気持ちがあるので、それを否定することはしませんでした。

> >「どうやら平行線だな」
> >「そうですね」
>
>  好きだと言った相手と、このやりとりですか! そうですかって、そうですかって、青木、・・・でも、離れちゃうよりいいかも(*^^*)

わたし的には、この会話が好きなんですよ~~。
甘い会話にならないところが、萌え。

Re: おおっっ!!!(たつままさんへ)

おはようございます。たつままさん。

> おおー。
> 遂に、青木が告白しましたね。
> やはり、酷くやられましたね(^▽^;)

皆さんの予想通り、見事に玉砕です。(笑)

> 薪さんが、食事の時に語った、雪子の気持ちは、自分の青木への想いでは・・・なんて考えてしまいます。

あおまきすとのたつままさんらしいです。
でも、残念ながらこの時点では、まだ薪さんは鈴木さんのことが好きだと自分で思い込んでいます。
識意下ではいろいろあるみたいですけど、自分自身でそれに気づかない(認めない?)という段階です。


> 雪子は、あの様子を見る限り、青木を好きには・・・でも、真相はわかりません。

さすがみなさん、深読みしますね。
じゃ、本人に聞いてみますか。
Y 『・・・・だれがあんなヘタレ』
そんな気はないみたいですよ。
最初の間が気になりますが、これはまた先のお話で。

> 薪さんも雪子も、お互い友人として労り合っているようですね。←雪子は楽しんでいる節もありますが(^_^;)

はいはい。
このふたりは本当に仲がいいんです。
決して男女の関係にはならないんですが、それでも相手の幸せを誰よりも強く願いあう、そんな関係です。ある意味、わたしの理想とする男女関係です。

> 続き、ドキドキしながら、お待ちしております(≧∇≦)

ありがとうございます。
早くたつままさんの翼が広がる展開に持って行きたいです!(激腐)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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