たとえ君が消えても(28)

 こんにちはー。

 今週末にはメロディが発売されるんですね。 新しい薪さんにまた会える。
 こんなに穏やかな気持ちで発売を待てるの、何年振りだろう!!←オオゲサ、だけど同じ気持ちの人、いるよね?

 この話は、発売日までに終わらせます。
 残り4回、よろしくお付き合いください。




たとえ君が消えても(28)






 二人が向かった先は、神戸の病院だった。
「青木さん。わざわざお見舞いに?」
 途中で買った花篭を差し出して、青木は桐谷に笑いかけた。たった2日とはいえ、人質仲間だ。見舞いに来るのは当然だ。
「傷の具合はいかがですか」
「痛み止めが切れると、痛いですねえ。でも、これくらいで済んで良かったですよ」
 桐谷は右足を銃で撃たれ、搬送後直ちに手術を受けた。発見された時は血塗れだったが、その殆どはガラスの破片による切り傷で、右足以外に銃創はなかった。あの銃撃戦の真っ只中に居て、奇蹟とも言える軽傷だった。

「いやあ、ありがとうございます。退屈してたから嬉しいですよ」
 桐谷の部屋は個室で、ベッドサイドに置かれた小型のテレビの上に、研究室から贈られたのだろう、ガーベラの花束が花瓶に活けて置いてあった。2,3日前のものにしては花は元気なく頭を垂れていて、見ると花瓶の水が尽きかけていた。桐谷は脚を怪我しているから、洗面台の所まで歩くのも大変なのだろう。青木は気を利かせて水替えをしてやった。

「あ、そちらが薪さんですか? その節はお世話に、いや、ご迷惑を、その、すみませんでした」
 狂言誘拐の際、薪に掛けた電話の恐怖を桐谷は覚えていたのだろう。妙にしゃちほこばって、上手く喋れないようだ。薪は、彼を安心させるようにやさしく微笑み、いいえ、と優雅に首を振って、
「あなたの上司の小坂さんは、横領の事実を否定しているようですね。身に覚えはない、グリーンアースなんて聞いたこともないと。それから、逮捕された幹部の供述によると、実際に彼らに渡っていた金は5千万程度でした。あの二重帳簿を信用するなら、1億5千万は小坂直継が使い込んだことになりますね」
「はあ、そうなんですか」
「おや、素気無いお返事ですね。もっと憤るかと思ったのに。あなたは告発に積極的だったと青木から聞きましたが」
「いやあ、こうやってね、生きるか死ぬかの経験をしてみると、他のことはどうでもいいような気がして」
「なるほどね」

 水替えを済ませた青木は、壁に立てかけてあった折り畳み椅子を2脚持ってきて広げ、そのひとつに腰を下ろした。落ち着いた様子の青木に引き換え、薪は少しもじっとしていなかった。彼はぐるりと部屋を見回し、すたすた歩くと、キャビネットや冷蔵庫を勝手に開けて回った。桐谷の驚きも知らぬ顔で、中のものを無遠慮に眺め、
「ずい分殺風景なお部屋ですね。冷蔵庫も空っぽだし。着替えも乱雑に突っ込んであって、これじゃ皺だらけに、ああ、洗濯物も溜まってるじゃないですか。気の利かない奥さんですねえ」などと、無神経なことを言い出した。
「そんなことはないです。うちのは家庭的で」
「家庭的? この有様でですか?」
「……家内も仕事を持ってて、忙しいもので」
「そうですか。僕はてっきり、桐谷さんは奥さんに愛想を尽かされてるのかと思いましたよ。お子さんもお見舞いに来た様子がないし。可哀想にお父さん、一家の粗大ゴミ扱いなのかと」
「青木さん。この方、ちょっと失礼じゃないですか」
 薪の無礼な振る舞いに、桐谷は腹を立てた。彼に脅迫電話を掛けたのだって、自分の意志ではない。あれは青木にやらされたのだ。なのにこんな侮辱を受ける謂れはないと、それは正当な怒りだった。

「すみません、桐谷さん。この人はこういう人で……でも」
 青木は済まなそうに謝り、しかし椅子から動こうとはせず、薪の暴挙を諌めようともしなかった。怖くて意見することができないのだろうと桐谷は察し、青木が日常的に薪の横暴に晒されていることを考え合わせ、彼に深く同情した。が、青木は次の言葉で桐谷の好意的な解釈を裏切った。
「オレも桐谷さんの奥さんは、桐谷さんのせいで悲しい想いをしていると思います。お嬢さんも」
 いくら宮仕えだからと言って、この上司に追従するのは人としてどうかと思う。同情心でいっぱいだった桐谷の心に青木に対する不満が紛れ込み、しかしそれは次の刹那、跡形も無く消え失せた。
「オレも悲しいです。桐谷さんは、こんなにいい人なのに」
 青木は眼を閉じ、はらはらと涙をこぼしていた。膝の上で握った右の拳に幾つもの水滴が落ち、交じり合って小指側からズボンに流れ落ちる。青木の涙を吸い込んで、厚手のジーンズ生地は色を濃くした。薄い水色の布地が青に変わり、すると薪が後ろから彼の背中をパシリと叩いた。

「泣くな、バカ。しゃんとしろ」
 言葉は冷たかったが、薪の部下を見る眼は温かかった。桐谷は瞬時、二人の関係性に対する認識を改めさせられた。「普段は鬼のように怖い」と青木は言ってたが、そんな時ばかりではない。それも道理、威圧的にプレッシャーを掛けるだけでは、青木のような良い部下は育たないだろう。
「おまえが始めたことだ」
 それだけ言うと薪はその場を離れ、壁にもたれて腕を組んだ。亜麻色の瞳が、部下を静かに見守っていた。

 青木は眼鏡を押し上げて、指で涙をぬぐった。それから帽子を脱ぎ、するとそこには包帯の巻かれた頭部が現れた。短い黒髪に白い包帯が痛々しくて、桐谷は彼から眼を背けた。
 ギプスで固定された自分の足に視線を落とす桐谷に、青木の穏やかな声が掛かった。
「桐谷さん、お願いです。本当のことを話してください。真鍋の遺体を解剖すれば、彼の命を奪ったのが警察の銃ではなく、あの部屋に転がっていたものだと分かります。SITの集中攻撃に遭って、あの部屋には誰も近付けなかった。真鍋さんをあの銃で撃てたのは、あなたしかいないんです」
「なにを」
 自分に掛けられた嫌疑にびっくりして、桐谷は大きく眼を見開いた。

「何を言い出すんです、青木さん。私は彼らの人質になって、真鍋に無理矢理あの部屋に連れてこられて。挙句に、この怪我ですよ。立派な被害者じゃないですか」
「あの部屋に真鍋さんを呼び出したのは桐谷さんじゃないんですか。彼と二人きりになるために、オレを殴って気絶させたのも」
「まさかそんな。あの銃撃戦の中で、自分だって死んでいたかもしれないのに」
「だって、死にたかったんでしょう?」
 問われて、桐谷は言葉を失う。
「真鍋を殺して、ご自分も死ぬ気だったんですよね」
 重ねて言われて、桐谷は首を振った。友人になれたと思っていた青木にとんでもない疑いを抱かれていたことが、悲しくもあり、腹立たしくもあった。
「青木さん。テロリストに殴られたせいで、頭がどうかしちゃったんじゃないですか。どうして私がそんなことをしなきゃいけないんです?」
 まったくの濡れ衣です、と憤慨する桐谷に、青木は一層悲しそうな顔になった。が、今度は彼は泣くこともなく、きっぱりとした口調で言った。

「神戸倶楽部のエビフライは、お子さんの好物だったそうですね」
 お店の人に聞いたんです、と、責めるでもなく詰るでもなく、青木は淡々と語った。
「あのお土産は、陰膳、ですよね」
 病院で手当てと検査を受け、放免になった青木は、薪と一緒に東京へは帰らなかった。調べたいことがあるんです、と申し出た青木を薪は引き留めず、憐れむような瞳で見つめた。それが青木にとっては確証になった。この人は、既に気付いている。
「桐谷さん、奥さんと子供さんを亡くされてますよね。3年前……赤羽事件で」
 薪は、赤羽事件の資料を読んだのだ。たった一読、それで彼の頭脳には桐谷吾郎の名が、200人を超す被害者遺族の一人として刻み込まれた。あの時の薪の既知感の正体は、これだったのだ。

 桐谷に、目立った反応はなかった。何も聞こえないかのように、彼はじっと自分の足を見ていた。
「真鍋哲夫とその仲間を、許せなかったんでしょう? だからオレを引き込んで、警察を動かして、彼らの掃討を……いや、そんな消極的なものじゃないですね」
 青木は桐谷から眼を逸らさなかった。能面のように表情を失くした彼の横顔を見つめて、熱心に言葉を継いだ。
「彼らへの献金も、あなたがやってたんですよね? オレ、あなたの前の会社にも行ってきました。社員のレベルが高い事で有名なIT企業で、あなたは優秀な技術者だった。小坂さんのパソコンのパスなんか、あなたにとっては有って無いようなもの。あなたは小坂さんのパソコンを使って、彼らに資金を送り続けた。何のために?」
 自らの質問に自答する形で、青木はその答えを桐谷に告げた。
「野に埋もれようとしていた彼らを再び集結させて、皆殺しにするためです」

 赤羽事件の後、グリーンアースは壊滅状態だった。リーダーを含む仲間の大半を失い、資金もなく、メンバーの誰もが胸の内でグループの存続を諦めていた。そこに、『K』と名乗る人物から多額の寄付があった。寄付と一緒に手紙が添えられ、MRI研究所の者であること、グリーンアースの主張に賛同すると、それだけが書かれていた。以降、真鍋のメールアドレスに『K』からのメッセージが届くようになった。

「オレと桐谷さんが小坂さんのパソコンを見ていたら、彼らが突然現れて。でも、真鍋はあの時オレにこう言いました。『帳簿に動きがあると、こちらにも連絡が入るようになっている』。あの後パソコンを調べたら、帳簿残高が変わるとメールシステムが連動して、真鍋さんのアドレスに通知されるようプログラムが組まれていました」
 誘拐された夜、ツトムが青木に言った「カミサマ」とは、このシステムのことを指すと同時に、スポンサーである「K」のことを暗示していたのだった。
「でもあの時、オレは帳簿を閲覧しただけ、数字は動かしてません。オレが研究室に入る前に、桐谷さんがやったんでしょう?
 真鍋さんのパソコンもあの騒ぎで壊されちゃいましたけど、内容はサーバー会社に確認を取れば復元できますよ。用心深いあなたのことですから、足が着かないようにフリーメールを使っていたでしょうけど」
 真鍋は『K』の正体を知らなかったが、青木たちを誘拐した翌朝、人質のひとりに「自分がKである」と告げられて、大そう驚いた。刑事が一緒だからこのまま人質として扱って欲しい、と頼まれて、一芝居打つことにした。真鍋にとって、「K」は大事なスポンサーだ。待遇が良くなったのも当たり前だった。
 こういったグリーンアース側の事情は、サトシの供述から判明したことだ。相棒のテツを失った彼は、まるで憑き物が落ちたようにすらすらと供述を続けている。それを青木は、南雲から直接教えてもらった。警視長には内緒だぞ、と、その理由には全く心当たりがないのだが、南雲は青木のことを気に入ったらしい。

 青木を人質にして刑部を救うことも、20億もの身代金を要求することも、桐谷が真鍋に指示したことだった。赤羽事件の裏側こそ知らなかったが、この誘拐事件の原案を描いたのは、目の前にいる『K』こと桐谷吾郎だったのだ。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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