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告(14)

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 薪が酒に強いと思ったのは、青木の勘違いだったらしい。
 店を出ると、何やら足取りがおぼつかない。「大丈夫ですか」と声をかけたら、「空きっ腹に飲んだから」と返してきた。
 夕飯を食べなかった理由を尋ねると、おまえのせいだろう、と怒られた。
 空腹にあれだけの酒を飲めば、たいがい潰れる。店にいるときは他人の目があるからか割としっかりしているものだが、外に出ると一気に酔いが回る。すでにひとりでは歩けない状態だ。

「しっかりしてくださいよ、薪さん」
 こうなれば抱きかかえていったほうが早いのだが、プライドの高い上司の顔を立てて、肩を貸すに留める。薪との身長差は30センチ近くあるので、だいぶ腰を屈めないと肩の高さが合わない。やはり抱えていったほうが楽である。

「もう終電、無いですよ。タクシー拾いますから」
「いい。第九に泊まる」
「セキュリティかけてきちゃいましたよ。解除するの面倒でしょ」
「そんなもん……」
「眠らないでくださいよ! 薪さん、薪さんてば!」
 どうやら沈没してしまった。
 結局は、抱き上げて運ぶことになる。
 軽いのでたいした労力ではないのだが、金曜の夜で人通りも多い中、道行く人がみんな振り返っていくのが困る。

 通りかかった公園で酔いを醒ますことに決めて、青木はベンチに薪を寝かせた。ここならだれもいない。
 薪の頭を鞄の上にのせる。呼吸が楽なようにネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外す。
 手に触れた髪の、さらさらした感触。自分の髪とは異質のしなやかさだ。

 どうやら薪は、酔いが顔に出ない性質らしい。今もその口元からアルコールの匂いがしなければ、普通の寝顔と変わらない。
 いや、口が開いているせいか、いつもの寝顔より可愛らしい。
 普段は彼の眠りを妨げることなど考えもつかないが、今の薪は子供が眠っているようで、そのやわらかそうな頬を突ついてみたくなる。
 近くの水道でハンカチを濡らし、薪の額にあてがう。
 表面に現れなくても、やはり火照っている。頬も熱い。
「んん……」
 煩そうに眉をしかめる。素直な反応がますますかわいい。
 頬に触れて見ると、見た目よりやわらかくはない。
 子供のものでも女のものでもない。しかし男のものでもないな、と青木は自分の頬を触ってみる。生物学的にはこのひとは何に分類されるんだろう、と程よく酔いの回った頭でバカなことを考える。

 冷たいハンカチのおかげか、しばらくして薪は目を覚ました。
 周りを見て不思議そうな顔になる。が、すぐに現状を把握したらしく、青木の名前を呼んだ。
「のど、かわいた」
「はい」
 公園の自販機で買っておいたミネラルウォーターを渡す。白いのどが仰け反って、闇に映える。水銀灯よりこちらに虫が集まってきそうだ。
「ん~、空が回ってる」
「飲みすぎですよ」
 大きくため息をついて、またベンチに横たわる。青木のハンカチを目蓋の上において、額に手を当て前髪をかきあげる。
 こんなきれいな額は見たことがない。優雅で完璧なフォルム。鼻梁はすっきりと通っているが、日本人らしく小さくまとまっている。その下に、誰もが必ず眼を奪われてしまう、つややかでふっくらとしたくちびる。水銀灯の光に照らされて、婀娜花のようなその口唇が甘い吐息を咲かせる。

「考え直さないか?青木」
 青木もしつこいが、薪も相当くどい。まだ諦めてはいないようだ。
「駄目です。ていうか、無理です」
 何度も返した言葉をまた繰り返す。不毛な会話だ。
「ひとを好きになるってそんなもんでしょ。自分でも収拾つかないっていうか、コントロールが利かないっていうか」
 薪もまた、同じ言葉で拒絶する。
「僕はだめだぞ。おまえの気持ちには応えられない」
「はい。分かってます。今のオレじゃ、あなたに釣合わないですよね。でも、オレもっと大きな男になりますから」
「それ以上育ってどうする気だ」
 ……そういう意味じゃありません。

「僕には心に決めた人がいる。だから、おまえの気持ちには永遠に応えられない」
 永遠に、と言われてしまった。
「だれですか?」
「だれでもいいだろう」
 その相手が誰なのか、青木は知っている。だから諦められないのだ。
「いいえ、答えてください。その人はこの世の人物なんですか?」
 青木の不躾な質問に、薪は跳ね起きた。濡れたハンカチを青木の方に投げつける。
 奥歯がぎりっと噛み締められ、冷たい眼がぎらりと光って青木を睨み据えた。凄まじいまでの圧迫感。
 
「そんなことまで、おまえに答える義理はない!」
 怒ると本当にこわい。
 しかし、ここで退いてはならない。
 なにより、薪のためだ。
 薪を救いたい。
 過去の亡霊から開放してやりたいのだ。

「薪さんが誰を忘れられないのか、オレにはわかってます。でも、いつまでも過去に縛られたままじゃいけないと思います。鈴木さんが自分の命と引き換えに守ってくれた人生なんですよ? 鈴木さんのためにも、薪さんが幸せにならないと―――― 痛っ!」
 突然、何かが青木の顔面に飛んできて、ばん!と派手な音を立てた。
 薪の鞄だ。これは痛い。
「すぐに物を投げるの、やめてくださいよ」
 青木の抗議を聞こうともせずに、薪はその場を立ち去ろうとした。が、まだまっすぐ歩けない。ふらついて倒れそうになったのを支えてあげたら、また怒られた。
 
「僕にさわるな」
「立てもしないくせに、なに言ってるんですか」
「うるさい!」
「すぐに逆ギレするのもやめてください」
 間髪いれずに飛んできた平手打ちを左手で受け止めて、華奢な手を捕まえる。もう一方の手も右手で捕らえて、暴君を押さえ込んだ。
「そうそう何回もくらいませんよ」
 酔いのせいで平手打ちの速度が遅かったから防げただけなのだが、このさい釘を刺しておこう。すぐに暴力に訴えようとするのは、薪の欠点のひとつだ。
 両手の自由を奪われて、薪はうつむいた。前髪が覆いかぶさって、きれいな双眸を隠している。その表情は、わからない。
 が、察しはつく。
 
「おまえに、何が分かる」
 怒りを含んだ低い声。当然のように、薪は怒っている。

「おまえに何が分かる!? 何も知らないくせにっ!」
「オレは鈴木さんの脳を見てるんですよ。だから」
 薪は顔を上げて反撃に出た。憤りをはらんだ瞳が、刃物のように青木を射る。
「MRIの限界は5年だ。5年前までしか遡れないMRIの画を見ただけで、それだけでおまえは鈴木のすべてを理解したとでも言うつもりか!」
 たしかに、5年前までの画像しか見られなかった。それも鈴木の視覚を一日も欠かさずに見たわけではない。もともと鈴木が薪を殺そうとした理由を知りたくて、鈴木の脳を見たのだ。鈴木自身のことを知りたかったわけではない。
「たったそれだけのことで、おまえが鈴木を語るな!」
 青木には、返す言葉もなかった。

「すみません。でも」
「おまえと鈴木は何の関係もない」
「でも」
「関係のない人間が、僕と鈴木の間に入ってくるな!」
 気づけば、薪の頬を涙が濡らしていた。
 青木の目を真っ向から睨みつけて、悔し涙を流している。こんな薪は初めて見る。二度と見たいとは思わないが。

 薪もまた、自分を制御できない。

 忘れられないのではなく、忘れたくない。
 わかっていてもどうしようもない。彼の人を求めて求めて、しかしそれは、自らの手でこの世から消し去ったもので――――。
 血に濡れた自身の手を、愛する人の死体を、薪はそのときどんな思いで見ていたのだろう。何度、夢に見たのだろう。
 その過去の上に今の薪がいる。薪の過去は、今の彼を支える土台でもある。しかし、それはなんと哀しい立ち位置だろう。

 青木の手が緩んだ隙に、薪はさっと手を払った。
 地面に落ちた鞄を拾い上げ、今度こそその場を去っていく。足元はまだおぼつかないが、もう追いかけることはできなかった。

 ふらつきながら小さくなっていく背中を見つめて、青木は自分の無力を噛み締めていた。
 自分がもう少し早く生まれていたら。薪と同い年くらいだったら。
 せめて昨年の事件よりも前に、一緒に仕事をしていたら。
 もっと薪を支えてあげられた。忘れさせるのは無理でも、彼の嘆きを聞いてあげることはできた。一緒に泣いてあげることも。
 でも、自分にはそれはできない。
 薪の言うとおり、何の関係もないのだ。

 薪が横たわっていたベンチに腰掛けて、青木は月を仰いだ。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは♪


>あ~あ、また怒らせてしまった!

うちの薪さん、怒ってばっかりですね★
青木くんも悪いけど、薪さんが短気すぎなんですよね。 コドモだ(笑)


>「すぐに物を投げるのやめてくださいよ」て、岡部さんと同じセリフですね(笑)やはり、予知能力者?

あ、ホントだ!
こういう思慮深さに欠けた言動については、原作の対極にある薪さん像を目指して書いてたんですけど、
というのも、原作の薪さん、色んなものに縛られすぎ! もっと自分をストレートに出させてあげたい! と考えていたので、うちの薪さんは直情型になったんですね。
それなのに・・・・・・
なんだろう、かぶってますね。(^^;


>そして、血にまみれた鈴木さんの悪夢(><)今の薪さんともかぶります。
>青木は原作でも「あなたはまるで鈴木さんの脳の番人・・」と言ってしまった!薪さんの胸中はしづ薪さんと同じかもしれませんね(;;)

ええ、ここは外せないですね。
どんな薪さん像を思い描いたとしても、『鈴木さんを殺してしまった罪悪感』『事件を隠蔽しなければならない苦しみ』『青木さんへの恋心』 この3つは、薪さんになくてはならないものだと、個人的に思ってます。
だからうちの薪さんは、根暗ではないですけど、悩みは多いです。


>鈴木さんのことは禁句かなあ。

難しいところなんですけどね。
MRIを見たからって、故人の気持ちを語られて、残されたひとは嬉しいですかね?
もしもオットが死んで、脳を見られて、その上でオットがわたしをどれだけ愛してたか他人に語られても嬉しくないような・・・・・・・他人のあんたがどうしてわたしたちの間に入ってくるのよ、って思うんじゃないかと。
でも、そこをしないと『秘密』が始まらないので。 これはアリで。(笑)


>青木、やはり、苦戦しますね(‐‐)

ええ、これから延々と♪(←楽しい)


>ところで原作の薪さんは酔っ払いませんね(笑)絵で見た~い!

そうですねっ、
べろべろに酔っ払って眠っちゃった薪さんとか、見てみたいです。 
きっとすっごくかわいいですよ(^^

あ、でも、うちの薪さんみたいなクセはないと思います。(当たり前だ)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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