パーティ(2)

パーティ(2)







「大丈夫ですか? 10人分のパーティ料理なんて」
「別に。3人分も10人分も変わらん」
 啜っていた味噌汁のお椀をテーブルに置いて、薪は平然と言い放った。若竹煮の器に箸を伸ばしながら、少し考えて、
「でも、仕込みの時間は欲しいから。祝賀会は土曜日の午後にしようと思う」
「賛成です。オレも、昼間の方がいいと思います」
 薪の家は広いから全職員が横になれるスペースは充分にあるが、9人分もの寝具は置いてない。あまり遅くならないうちにお開きにして、片付けは下っ端の自分がやるからと先輩達を帰らせて、そうしたら薪と二人きりの時間も作れるだろう。

「当日は手伝いますから。何でも言いつけてください」
「じゃあ、マンションの通りの端から端まで、ダッシュ50本」
「……それ、どういう具合に祝賀会の役に立つんですか?」
「おまえの苦しそうな顔を見ると僕のテンションが上がって、料理の出来が良くなる」
 えらく捻じ曲がったモチベーションの上げ方だ。
 青木が盛大に眉を寄せると、薪は意地悪そうに笑って、メインディッシュの牛ヒレ肉を自分の箸でつまみ、青木の皿に入れてくれた。

 食事が終わると、青木はいつものようにコーヒーを淹れる。薪のために心を込めて、ほんの一時でも彼が安らいでくれるように、その心を癒せるようにと、真剣にお湯をフィルターに注ぐ。
 そんな青木を、頬杖をついて薪は見ている。広い背中や長い手足や、ポットを扱う長い指。職務中以上に熱心な眼差しや、慎重に間合いを計る表情や、青木が為す諸々の所作を薪の眼は追いかける。
 薪を喜ばせることに懸命過ぎる青木は、薪のその視線を知らない。コーヒーそのものよりも、青木がコーヒーを淹れる姿に薪が癒されていることなど気付きもしない。
 やがてサーバーを満たしたコーヒーを薪のマグカップに注ぎ、青木は「どうぞ」と差し出した。薪が一口含んで頷くと、合格点を貰ったものと解釈してその場を離れる。いつもなら薪が飲み終わるまで見守っているのに、不思議に思って後を追うと、青木は手に額縁を持ち、リビングでウロウロしていた。

「これ、何処に飾ったらいいですか?」
「……そんなものを額に入れてどうする気だ?」
 薪の返答に不自然な間が空いたのは、青木の意図がまったく分からなかったからだ。
 額縁なんか持っているから、てっきり絵画だと思った。それか、青木のことだから100歩譲って車の写真。透明なガラスに挟まれたそれは、そのどちらでもなく。印刷文字が並ぶただの紙切れだった。
「飾らないんですか?」
「飾る? 辞令を? どうして」
「だって、祝賀会の名目はこれでしょう?」
「だからって、額に入れることはないだろう」
「オレ、警部補から全部額に入れて実家に飾ってありますけど」
「この紙の何処に芸術的要素が?」
 薪は形式的なものに興味を示さない。辞令証書を失くしても、警視長の階級が取り消されるわけではない。となれば、それは単なる紙切れだ。例えゴミ箱に落ちても拾わないだろう。

「おまえは結婚したら、婚姻届を額に入れて飾るタイプだな」
「そんなことしませんよ。ついでに言っときますけど、結婚もしません」
 薪の次のセリフは察しがついたから、青木は先手を打つ。薪は青木の恋人のクセに、青木に女性との結婚を勧める。好きな女性ができたら直ぐに言え、いつでも別れてやるからと、愛のない言葉で青木を傷つける。
 それは薪の十八番の意地悪だと最初は決めて掛かっていたが、どうやらそうではないらしいことが最近わかってきた。
 自分たちの関係は永遠のものにはなり得ない。いつかは離れて、別々の道を行くことになる。薪の中でそれは必然の未来図らしい。
 つまり薪の「別れてやる」は愛情の欠如ではなく、むしろ彼の愛の証。自分たちが選んだ道の困難さを、彼は経験から知っている。決して無理はするなと、何も辛い道を行くことはないと、青木が望んでもいない逃げ道を用意してくれているつもりなのだ。
 見当違いだけれど、それも愛情の一形態。
 だからこういうときには、青木は薪を抱きしめることにしている。薪の頭を自分の胸に押し付けて、心臓の音を聞かせる。凄まじいまでの存在感でそこにある想いが、彼にしっかりと届くように。

 薪はしばらく大人しくしていたが、やがて、ぐいと両手を突き出して青木を遠ざけた。お預けを喰ったコーヒーをローテーブルから取り上げ、両手で持って口に付ける。
「この際だから、竹内にも声を掛けようかな」
「ど、どうしてですか?」
 伝えたかったことと掛け離れた答えが返ってきて、青木は焦る。オレには一生あなただけです、と伝えたつもりなのに、なんでここで竹内?
「僕、去年あいつに大怪我させちゃっただろ。そのとき『全快祝いにすき焼きパーティやりましょう』って約束したんだ」
 心音を聞いて竹内と一緒に死にかけたことを思い出すなんて、青木の恋のときめきは、薪にとっては生命活動の証拠にしかならないらしい。
 情緒欠乏と青木に嘆かれる薪の性癖は、彼の凄絶な過去に起因する。生きていること、それが薪にはとても重要なことなのだ。恋愛感情など一時のこと、愛するひとが生きてこの世に存在していること、大事なのはその一点だとすら思っている。未だ塞がらない、深い深い彼の傷痕。

「でも、あいつの顔見るの嫌だから延ばし延ばしになっちゃってて。このまますっぽかしちゃおうかとも思ってたんだけど、5課に頼まれた潜入捜査の時、また世話になっちゃったから。いい加減、返しておかないと」
 受けた恩は返すと律儀に主張しながらも、薪は気乗りしなさそうだ。それもそのはず、薪は竹内のことが大嫌いなのだ。この機会に、と言い出したのも、要は、
「人数いれば、あいつと喋らなくて済むだろ」
 相変わらず、見事な嫌い方だ。
 青木と竹内は友人同士で、青木は彼の良いところをたくさん知っている。青木のように彼と友人付き合いをしていない第九の先輩たちから見ても、仕事はできるし心根はやさしいし、後輩の面倒見もいいと評判だ。欠点と言えば、女性にモテすぎることくらい。だから、どうして薪がこれほどまでに彼を嫌い続けることができるのか実は不思議でたまらないのだが、その疑問は敢えて解かないことにしている。理由は、竹内が薪に対して特別な感情を抱いているからだ。竹内ほどの男と正々堂々恋のライバルをやれるほど、青木は自分にも、自分の立場にも自信がない。
 薪には全くその心算がないのは分かっているが、それでも竹内の動向は気になる。好きな人の家を初めて訪れる、その高揚感と嬉しさは青木もよく分かる。浮かれ気分でアルコールも入って、薪に気持ちを告られでもしたら。

「あの! 三好先生をお呼びするのはどうでしょう」
 思い余って、青木は新たなゲストの招聘を提案する。自分たちの事情を把握していて、竹内を牽制することができて、青木の味方になってくれる人間と言えば、雪子以外に思いつかない。
「雪子さん? 僕は嬉しいけど、女性一人じゃ気兼ねするだろ」
「先生は、薪さんの手料理が食べられるって言えば、ライオンの檻にでも飛び込むと思いますけど」
「酷いな、おまえ」
 と、雪子びいきの薪は憤りを見せて、
「まあ雪子さんのことだから。ライオンくらいは素手で倒すだろうけど」
 薪の方がよっぽどヒドイ。

「そんなに雪子さんと食事がしたいのか?」
 マグカップの向こうから、何かを含んだ視線がやってきて、青木の顔を検分していく。つい、と素っ気無く外された視線はカップに落とされ、焦茶色の水面をゆらゆらと漂った。
「だったら、雪子さんを誘って食事に」
「薪さん」
「勘違いするな。僕も一緒に行く。ここしばらく、雪子さんの顔見てないし」
 咎める口調の呼びかけに潔い応えが返ってきて、青木は口を噤む。薪と付き合い始める前、薪は青木を雪子と付き合わせたがっていて、だからてっきりそれの延長だと思ったのだが、違ったらしい。

「ごめんなさい。オレ、余計な気を回して」
「もう、他の女性と付き合えなんて言わない。答えが分かっているのに、おまえの気持ちを確かめるようなことを言うのは卑怯だ」
 薪は再びカップに眼を落として、すると彼の睫毛は美しく重なり合う。何気なく目を伏せただけなのに、青木の心を根こそぎ持っていく。愛しいと思う気持ちが急速に膨れ上がって、青木は息が苦しくなるほどのときめきを覚えた。

「コーヒー、冷めちゃったでしょう。淹れ替えましょうか?」
「これでいい」
 すとんとソファに腰を下ろし、残りのコーヒーを大事そうに飲む。澄ました顔をしてはいるが、マグカップの向こうに見え隠れする頬が微かに赤い。
 少しずつ、薪は変わってきている。青木もまた。
 ふたりの関係も変化する。日ごとに温みゆく水のように微細な変化ではあるが、確実に前へと進んでいる。
 込み上げてくる嬉しさを微笑みに変えて、青木は額縁をサイドボードの上に飾った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Eさまへ

Eさま。
こんにちは! またコメントいただけて嬉しいです。 ありがとうございます。(^^


> 薪さんが、コーヒーを淹れる青木をそんな風に見ていたなんて...

ねえ! びっくりしましたねえ!<おい。
薪さんは、もちろん美味しいコーヒーも好きですけど、青木さんのことはもっと好き、なのかな? ……照れます。

Eさまは、うちの薪さんのセリフがお好き、と、
うちのは口悪いですけど、大丈夫ですか?(^^;
> 「一見冷たく思えるセリフの奥にある優しさ」 
何重にもフィルター掛かってる上にネジ曲がっちゃってますけど、読み取れますか? わー、ありがとうございます。 


> 今号のメロディでの注釈「新感覚の高級住宅」

おおお、購入されたんですね! Eさま、すごいです、ファンの鑑!

> なんと囲炉裏が家の中に!

えっ! 囲炉裏ってあの囲炉裏ですか? 日本昔話に出てくるやつ?(←頭悪そうな例えですみません)
ええ~、そんなんが家の中に? 灰とか煙はどうするんでしょう??

> 見た途端、私の脳内にしづ様の薪さんが浮かんできました。お料理上手な薪さん、最新システムキッチンから囲炉裏まで、きっとなんでも使いこなしてらっしゃるんだわ~と。

あはははは!!!
違いない、薪さんなら囲炉裏でもフランス料理作れそうです!!(>▽<)

そう言えばですね、
こないだ書いた話に青木さんの実家が出てくるんですけど、これが昔ながらの日本建築で、
「手伝う心算で来たものの、家の外観に合わせて竈に焚き木が出てこられたらお手上げだった」 てフレーズがあるんですよ~。 いっそ、そうすれば良かったかしら。(笑)


> 薪さんのあの容貌と和風建築のコラボ、何ともいえない色気を醸し出してらっしゃいましたよね!

はい、まったく同意です!
薄茶色の髪と瞳に白い肌、と、薪さんご自身は洋風の風貌なのに、びっくりするくらい和が似合うんですよね~! むしろ和を合わせた方が、色気が半端ない!! 
着物着てくれないかな~、浴衣とか、澤村さんの着物でもいいからちょっと借りてさ~。
よし、今度薪さんの着物姿にドキマギする鈴木さんを書こう。(笑)


身体のことにもお気遣い、ありがとうございます。
本当に寒くなりましたね。
Eさまも、お風邪など召されませんように。(^^

Aさまへ

Aさま。

過去に何かしらあるに違いないとは予想していましたが、想像を振り切ってました。 さすが清水先生、Sに磨きが掛かって、ごほごほ。
繰り返される喪失体験の中で、失うことへの恐怖が増して行ったのではないかとのAさまのお言葉、なるほどと思いました。 それでエンドゲームのように、自分を囮にしてまで青木さんたちを守りたい、と思うようになってしまったのかもしれませんね。


> 刻み付けるように青木を見ているのだとしたら切ないですが・・このお話はそんな湿っぽい話ではないですよね(^^;)

あ、そうですね、話自体は雑文なので湿っぽくはないですけど、
付き合い出して2年目位の話なので、薪さんは別れる気マンマンですね。(・◇・)
『タイムリミット』以前の話は全部そのスタンスなので、「刻み付けるように見ている」とのAさまのお見立て、正解です。


> 竹内さん、やっと薪さんちで手料理を食べられるでしょうか!?(笑)

はい、やっと。(^^
もっとも、竹内は薪さんが作ったものだとは知らないままですが。


> 「キャンディ」で書き忘れましたが

きゃー、Aさまったら、きゃー!
そうですか、青木さんが若さ故に暴走してしまっても、薪さんはそれを可愛いと思う、と。 Aさまの中では、あおまきさんのいちゃこらシーンはそういう感じなんですね。 
えっちに限らず、普段からそういう感じですものね。 青木さんのすることなすこと警察の規則からは逸脱してて、フォローが大変なんだけど、でも薪さんは青木さんのそういうところが好きなんですものね。 可愛くて仕方ないんでしょうね。(^^

Ⅰさまへ

Ⅰさま。

そうですよね、あんな事件に巻き込まれてしまって。 
たった8歳の子供が両親の死の真相を突き止めようと決心して、きっと楽しい思い出なんか何一つ作らずに、必死で頑張ってきて。 健気過ぎて、涙が出てきますよね。(;_;)


> 薪さん幸せになってほしいです。

21年後には青木さんと結ばれる予定ですが、って、遠いわ!!!
こっちが待てません~~、
今回は鈴木さんに託すしかないですね。(^^;

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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