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告(15)

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 土曜日の法医第一研究所は、静まり返っていた。
 今日は休日。出勤しているのは、三度の飯より解剖が好きだと噂される三好雪子くらいのものだ。
 雪子のもとに第九の新人が訪ねて来たのは、検死報告書をまとめ終わって、家路に着く前に一息いれようと紅茶を飲んでいるときだった。
 青木の来訪は予測していた。しかしその報告は、雪子には意外なものだった。
「玉砕しちゃいました」
「え? うそ」

 先日、雪子はこの青年の恋の相談に乗ってやったばかりである。雪子の見立てでは相手にも十分その気はあり、聞くとしたらノロケ話だろうと予測していたのだ。
「へんね。絶対に脈があると思ったんだけど」
「頭を冷やせって、蹴りだされちゃいましたよ。まあ、それはいいんですけど」
「なにがいいのよ」
 青木の落ち込みようは、傍目で見ていても泣けてくるような憔悴ぶりだったが、振られたことだけが原因ではないらしい。
 言い難そうに、しかし誰かに聞いて欲しいのだろう。三好先生に言うことじゃないんですけど、と前置きして、青木は昨日の薪とのことを語りだした。

 雪子は鈴木のかつての婚約者である。
 しかし、薪が鈴木のことを好きだったことも、まだ鈴木のことを忘れられず苦しんでいることも知っている。知ってはいるが、薪から彼を奪った張本人としては何もできない。するべきではない。それをちゃんと解って薪に接している。聡明な女性なのだ。
 だから、この新米捜査官が第九に入ってきて3ヶ月も経たないうちに薪の虜になったのを見抜いたときから、彼の働きに期待していたのだ。
 どこかしら鈴木に似ていて、薪の心を惹くには最適だと思った。彼を通して薪の苦悩が少しでも和らいでくれることを願って、青木には色々と助言してきたつもりである。

「おかしいなあ。薪くん、克洋くんを見るのと同じ瞳であなたのこと見てると思ったんだけど」
「それ、薪さんも同じこと」
「え?」
「……なんでもないです」
 少し気になるが、相手が言いたくないことを無理には聞かないのが雪子のポリシーである。さらりと流して話の穂を継ぐのが大人の女性というものだ。

「で? どうしたいの、青木くんとしては」
「オレは諦めませんよ。
 そりゃ、薪さんの相手が現実の人間で、結婚するとかすれば諦めもつきますけど。相手が鈴木さんじゃ、辛いだけです。何とかして忘れさせてあげたいんですけど……どうしたらいいですかね?」
 それは無理だろう、と雪子は思う。
 忘れることなどできない。自分が彼を忘れられないように、薪も一生、鈴木のことを忘れはしないだろう。
 それは断言できる。薪の気持ちに一番近いところにいるのは、たぶん自分なのだ。
 しかし、青木には青木の愛し方がある。情報提供は惜しまないが、その方法にまでとやかく口を出すべきではない。
 
「ん~、難しいわね」
「三好先生は、どうやって乗り越えたんですか?」
 乗り越えてなどいない。
 雪子の中に開いた大穴は、今もそのままだ。
 恋人を失った悲しみは、計り知れないほどの衝撃で当時の雪子を打ちのめした。秘密にしているが、リストカットの経験もある。
 時間の経過と共に、傷口の血は止まった。穴がすっかり塞がるまでにはまだ時間がかかりそうだが、それでもだいぶ小さくなってきている。

 だが薪の場合は、まったく次元が違う。
 あれから1年の月日が過ぎて、雪子は微かな痛みと哀悼で鈴木に思いを馳せるようになった。
 しかし薪は、自分自身を切り裂きたくなるような自責の念と、狂おしいまでの愛情で彼を思うのだ。
 この1年の間に自分の傷を抉り続けて、深く深く掘り下げてしまった。すでに魂に刻まれているであろう慙愧の念は、自虐的とも言える彼の仕事ぶりに如実に現れている。
 その滅私的な薪の生き方に、青木は惹かれたのだ。
 薪の過去にあの事件がなかったら、この恋は育たなかったかもしれない。皮肉なものだ。

「そうね。あたしの場合は友達のおかげかな。よく外に連れ出してくれたり、合コン設定してくれたりとかね。ま、克洋くんよりいい男なんていなかったけど」
「薪さん、友達いなさそうですもんね」
「あの性格じゃね。唯一の友人が克洋くんだったわけだし。薪くん、ご両親も早くに亡くしてるから、ほんと相談相手がいないのよね」
「オレが相談に乗ってあげられたらいいんですけど」
 語尾を濁して、青木は口を閉ざした。
「いいじゃない。聞いてあげたら」
「関係ない奴が割り込むなって、怒られちゃいましたから」
「あら。そのくらいで諦めるの? 意外と根性ないのね」
「だって薪さん、泣きながら怒鳴るんですよ。よっぽど嫌なんですよ。オレにそのことに触れられるの」

 その涙の理由を、雪子は察した。
 本当に関わって欲しくない相手なら、薪は冷たく切り捨てる。怒鳴ったり泣いたりはしない。感情のすべてを消し去った得意の鉄面皮で、見事に心中を隠した巧みな話術で、相手を煙に巻くだろう。
 それをしなかったということは、まだ可能性はある。やはり自分の見立ては正しい。

「じゃ、搦め手でいきますか。薪くんのお気に入りのカフェ、教えてあげる」
「いまさらそんな」
「諦めないんでしょ。まずはお友だちから、でいいんじゃない? 克洋くんとも初めはそうだったわけだし」
「……そうですね! お友だちからってのが基本ですよね!」
 とりあえず、単純な男でよかった。
 青木の取柄は素直さと粘り強さだ。
 その単細胞ゆえの分かり易さが、薪を癒してくれるに違いない。

 方向音痴の青木のために紙に地図を描きながら、雪子は二人の行く末を祈っていた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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