きみのふるさと(3)

きみのふるさと(3)






 それから2週間ほど過ぎた日のこと。新たな衝撃が、薪を待っていた。

「でっ」
 唖音と擬音の中間のような声を出したきり、彼は絶句した。大きな眼を見開いて、目前に迫る武家屋敷のような門構えを見上げる。
「……かいな」
 言葉の途中で息を呑んでしまったものだから、隣にいた青木には何のことやら解らなかったに違いない。案の定、「貝がどうかしましたか」と間の抜けた応えが返って来た。
「あ、大丈夫ですよ。薪さんの好きな貝ひも、おつまみにちゃんと用意して、痛っ!」
 アホっぽそうな顔でアホなことを喋る男をとりあえず膝蹴りで黙らせて、薪は視線を前に戻した。目の前に佇む純日本風の大邸宅と隣のアホを見比べ、世の中はつくづく不条理にできていると思う。
 両腕に抱いた白百合の花束を抱え直し、薪はそっと息を吐き出した。

「おまえのお父さん、公務員じゃなかったのか」
「公務員ですよ。市役所に勤めてました」
「嘘を吐け。どうして公務員の自宅がこんな豪勢な武家屋敷なんだ」
「武家屋敷って、あはは、大きくて古いだけですよ。さ、中へどうぞ」
 門が開いたら出迎えの使用人が並んでいるかと身構えたが、それはなくて安心した。しかし、門から玄関までの距離が屋敷の規模を推し量らせて、薪は憂鬱になった。

 青木が、こんな大きな家の跡取り息子だったとは。

 今時、恋人を選ぶのに身分の違いとか生活格差とかを持ち出すほど野暮ではないが、それでもやはり、大きな家に生まれると言うことは、それなりに守り伝えて行くものがあるということだ。そこの一人息子が女性と結婚しないって、大丈夫なんだろうか。
 今更もいいところだし、自分にはそんなことを心配する権利すらないのだが。青木の将来に期待を寄せていた人々のことを思うと、心は重くなる一方だ。

「薪さん、どうしました? どこか身体の具合でも?」
 顔には出さない心算でいたのに、心配そうに尋ねられた。言葉でもなく表情でもなく、青木は薪の心に気付く。雰囲気とか空気とか、そんな曖昧なもので伝わってしまう。それは決して不快ではない。こそばゆいような気分になって薪が苦笑すると、青木はぺこりと頭を下げて、
「すみません、昨夜ちょっと張り切り過ぎちゃ、痛ったあいっ!!」
 玄関前でその家の息子をバカバカ殴るのは人としてどうかと思うが、口よりも先に手が出るのは薪の習性だ。格子戸を隔てて家人がいるかもしれない状況で、そんなことを口にする青木が悪い。

「ただいまー」と間延びした挨拶を投げて、青木が戸を開けた。からら、と軽い音がする。造りは古いが、よく手入れされているようだ。この屋敷には青木の母親が一人で住んでいるのだから、当然、彼女の仕事と思われた。青木のマメな性格は母親譲りなのだろう。
 青木家の玄関は広く、一見すると格調高い料亭か旅館のような雰囲気だった。左手の棚には水盤に活けられた花が置かれ、正面の壁には横長の水墨画が飾られている。木製の柱や廊下は美しく磨き上げられ、玄関の床には暗色系の御影石が敷き詰められていた。
 薪は再度、隣の長身を見上げた。
 警察に入庁して10年近くなる青木が、未だにのほほんとしている理由が分かった。育ちのせいだ。いつまでも世間ずれしない坊やだとは思っていたが、いいとこのボンボンだったのか。

「お帰りなさい、一行」
「ただいま」
 青木の声を聞いて、彼の母親が出てきた。驚いたことに、彼女は自宅でも着物を着ていた。その姿は和風建築の立派な邸宅と見事に融和しており、我知らず、薪は萎縮した。そんな薪に、彼女はやさしく微笑みかけ、
「薪さん、いらっしゃい。来てくれて嬉しいわ」
「こんにちは。ご無沙汰してます」
「忙しいのに、お呼び立てしてごめんなさいね。疲れたでしょう。どうぞ中に」
 薪が青木の実家を訪れたのは、彼女に呼ばれたからだ。青木はその理由を、彼特有の能天気な思考でお気楽に解釈しているが、薪にしてみれば嫁の実家の親に呼び出された夫の気分。ゆったりと構えていられるわけがない。この緊張感は自然なことだ。
「お邪魔します」
 薪は上り框に足を載せ、母親が優雅な仕草で揃えてくれたスリッパを履いた。それから、両手に抱えた白い花束を彼女の前に差し出し、
「心ばかりですが。お供えに」
「まあ、綺麗なお花。ありがとう。じゃあ、先にお父さんに」
 案内に立った彼女の後ろに、青木と二人で付いて行く。長い廊下を歩いて、やがて通された客間は、書院作りの10畳間。床の間の掛け軸と香炉、違い棚に飾られた陶磁器は色合いからして九谷と思われた。
 仏壇は年代ものだったが、綺麗に磨かれていた。中段に先祖牌と並んで、やや大きめの位牌がある。その下の段に、青木の父親の写真が飾ってあった。

 薪が青木の父親の顔を見るのは、これが初めてだった。
 やさしそうな人だと思った。顔立ちは青木とは似ていないが、どことなく共通の雰囲気はある。人をくつろがせてくれる、そんな笑顔だった。この人の遺伝子を、間違いなく青木は受け継いでいるのだ。
 線香の香りと鈴の音色に包まれて静かに目を閉じつつ、薪は、息子である青木が彼の遺伝子を後世に残さないと決意したことを、彼は土の下でどう思っているのだろう、と詮無きことを考えた。

「ありがとう。さ、楽にして。今、お茶を」
「いえ。今日はお手伝いに上がったんですから。何でも言いつけてください」
 彼女が薪を呼んだのは、事由があってのことだ。それは多分に彼女の真意を隠す為のフェイクであると薪は予想していたが、彼がこの家に居ることの理由となるものであった。

「あら、別に手伝いなんて……一行、あなた薪さんになんて言ったの?」
「ちゃんと説明したよ」
「身内だけの集まりだから、何も特別なことはしないって言ったでしょ」
「オレもそう言ったよ。でも薪さんて、必要以上に気を回すタイプで」
 母と息子は、自分らの意向と薪の態度の相違について時折苦笑を交えながら、こそこそと会話をした。高慢そうに見えるけど意外と気配り上手なのね、とか、態度はでかいけど案外弱気な所があるんだ、とか、全部聞こえてるぞ、こら。

 自分の地獄耳を呪わしく思いながら、薪は仏壇の遺影に視線を戻した。黒い縁取りの中で微笑む彼に、あなたも苦労しましたか? と心の中で語りかける。
 しっかりしているように見えて何処となく浮世離れした妻と、エリート警官でありながら果てしなく間抜けな息子に挟まれて、さぞ気苦労の多い人生だっただろうと、薪は、青木の父に同情せずにはいられなかった。





*****


 うちの青木さんの生家は、『大富豪、3代続けばただの人』という税務署用語(??)の通りでございます。 恐るべし、相続税。(@@)
 原作では、どちらかと言えば薪さんの方がお坊ちゃまみたいでしたね。 あのでっかいお家。
 あのまま何事も無く成長していたら、あんなトリッキーな性格にはならなかったんだろうな~。 そうしたら、鈴木さんとの関係も青木さんとの関係も変わっていたんでしょうね。 そもそも警官になったかどうか。 やっぱり、経験が人間を作るんですねえ。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Rさまへ

Rさま。

> どちらかというと夫の実家に呼び出された嫁では?

いやん、Rさまったら、それは言わないお約束です~。(←いつ約束したんだ?)
薪さんはご自分が夫の立場にいるお心算(←心算、という時点でもうww) なんですから、突っ込まないであげてください。 
掃除とかごはんの支度とか子供の世話とか、やってることが限りなく嫁に近かろうと、てか、
一番の理由はやっぱり容姿なんですよね。
薪さん、おいたわしやwww。


お姉さんの嫁イビリは、
悪意はないと、いや、あるのかな? ちょっとはあるかな、でもあれは悪意と言うよりは悪戯心だと、うんでも、
この辺はギャグなので!
薪さんの慌てっぷりを笑っていただけるとうれしいです。(^^


Aさまへ

Aさま。

澤村さんが薪さんの財産を管理している。 きっと、未成年後見人になっているんですね。 
でも、普通は親族がなるもんですよね。 他人の澤村さんに裁判所の許可が下りたとなると、薪さんには親戚が一人もいなかったのか、面倒はゴメンだとばかりにみんな逃げちゃったのか。
いずれにせよ、薪さんて寂しい……。


青木さんのお母さんは、家でも着物です! すごいな!
あれって着慣れないと大変ですよね。 あの格好で掃除とか、わたしにはムリです~。(^^;



>嫁は大変(笑)

あら、Aさんまで薪さんを嫁扱いなさって。
薪さんは旦那の心算でいますから、どうか突っ込まないでやってください。(笑)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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