きみはともだち 前編(3)

 毎年この時期は、夢の中でも竣工書類に追われます。
 料理が上手で肩を揉んでくれるやさしいお嫁さん、欲しいなー。 可愛くて、ちょっとぽっちゃりした娘が好みです、よろしくお願いします。 ←???






きみはともだち 前編(3)





「向いてないと思うよ、君には」
 ぽそっと洩らした鈴木の言葉を薪の耳は拾い上げ、彼は足を止めた。たちまち不機嫌な顔になる彼に、鈴木は思わず苦笑する。彼に会ってから6時間くらい経ったが、鈴木は彼のしかめ面以外見ていない。

「だって無理だよ。交番のお巡りさんて言ったら、市民に慕われなきゃ。友だちとまともに会話もできない君に、なれっこないと思うよ」
「……今日会ったばかりだ。君とは友だちじゃない」
「友だちじゃなくてもさ、会話の基本ってあるだろ。当たり障りなくにこやかに、会話を途切れさせないようにするとか」
「内容のない会話なんて必要ない」
「必要だよ」
 なぜ? と薪の眼が問うた。この男は寡黙だけれど、言いたいことがないわけじゃない。口に出さないだけで、心の中では多くのことを考えている。大きな亜麻色の瞳は、彼の形の良いくちびるよりもずっと雄弁だった。

「初対面の相手に道を教えたり、事件関係者から聴取をしたりするんだろ? 相手は君が警官だってだけで緊張する。その緊張をほぐしてやらなきゃいけない。他愛ない会話は必要だ」
 薪はぱちりと瞬きをして、少しだけ口を開けた。あどけない顔。女子はみんなこの顔に騙されるのだろう。
「なるほど」
 と、薪は口元に軽く握った右手を当てて、それは彼が思案する時の癖らしかった。先刻のバイトでも、彼は何度かこの姿勢で考え込んでいた。

 やがて彼は結論を出し、鈴木の顔を見上げた。
「習得する必要がありそうだ。具体的にはどうすればいい?」
「そりゃ友だち付き合いをすることだろ。コンパとか飲み会とか、断ってばかりいないで」
「難しいな」
「勉強で忙しいのは分かるけどさ、頑張ってみなよ。時間をやりくりするのも、社会に出るための訓練の一つだと思って」
「お金が無いんだ」
 思いもかけない、しかも限りなく明白な理由が返ってきて、鈴木は言葉を失う。
「……へ?」
「奨学金とバイト代で生活してるんだ。余分なお金は持ってない」
 鈴木も有り余っているわけではないが、彼のような経験はなかった。毎月の小遣いは親からもらっている。新しい服や本やCDなど欲しいものは沢山あって、いつも月末になると心細い状態になるが、母に頼めばそれなりに融通してもらえたし、それを理由に友人付き合いを断らなければならないほど金銭的に困ったことはなかった。

「悪い。全然そんな風に見えなかったから」
 言われてみれば、彼の着衣は清潔ではあるが安手の量販品で、鈴木のように時計や靴など、何かしらの拘りもなかった。飾り気のない彼を見て、シンプルな服を着ていても絵になる、美形は得だな、とその程度のことしか考えられなかった自分を、鈴木は恥ずかしく思った。
 社会的常識に欠けるように見えた彼が、すでに働いて日々の糧を得ていることに、鈴木は心の底から驚いた。と同時に、先ほど折半された報酬も彼にとっては貴重なものだったのだと気付き、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。「飲み代にでもすればいい」と彼は言ったが、その胸中は複雑なものだっただろう。

「これ、やっぱり返すよ」
「遠慮は要らない。労働に対する正当な報酬だ」
「じゃ、じゃあさ、晩メシ食いに行こう。奢るから」
「悪いけど。先約がある」
 彼のプライドを傷つけずに彼にお金を返す方法を考えての鈴木の提案は、即座に却下された。「先約って?」と、彼の事情を知らないうちは利けた軽口が、今の鈴木からは出てこなかった。

「あのう、すみません」
 会話の途切れた二人の間に、控え目な声が掛かった。
「U駅ヘは、どう行ったらいいんでしょう?」
 両手に買い物袋を持った70歳位の老婆が、鈴木を見上げていた。この年代のご婦人が一人でこんな時間に外を歩いているのは珍しいと思ったが、どうやら道に迷ってしまったらしい。
 交番の警官を目指していると言う言葉を証明するように、薪は眼で鈴木を制し、困り果てた様子の彼女の前に一歩進み出て、
「この通りを東へ向かって240m、あなたの歩幅ですと約328歩進み、信号を右に曲がり道路を横断して、更に東に150m約205歩ほど進むと二つ目の信号がありますのでそれを左に、その先90mで」
「薪、薪、もうその辺で」
 カンベンしてやれよ、というセリフを、鈴木は寸でのところで飲み込んだ。オリエンテーリングじゃないんだから、東西南北とか歩数とか説明されても。お婆さんは眼が点だ。可哀相に、腰まで引けてる。

「あのね、お婆ちゃん。あそこに信号あるでしょ? あの信号、右に渡って、それから真っ直ぐ行くともう一個信号があるから、今度は左に渡って。少し行くと駅が見えてくるよ。右、真っ直ぐ、左、ね?」
「まあ、ご親切に。どうもありがとう」
 ぺこりと頭を下げると、彼女は鈴木に教えられた方向に歩いて行った。鈴木はそれを確認すると、複雑な表情で立ち尽くしている彼を横目で見やり、
「やっぱり、日常会話の練習が必要みたいだな?」
「それ以前の問題かもしれない」
 鈴木は再び歩き出そうとしたが、薪はその場から動かなかった。人混みに紛れて見えなくなるまで、彼は彼女の後姿を見つめていた。何か思うところがあるのか、それとも彼女のことを心配してのことか、それは鈴木には判断が付かなかったが、老婆を見送る彼の横顔は、とても寂しそうに見えた。

 やがて老婆の姿が見えなくなると、薪は小さく呟いた。
「彼女が声を掛けたのは君だった。どうして彼女は僕を選ばなかったんだろう」
「うーん、顔のせいかな」
 薪の顔は整い過ぎてて隙がない。気さくに話しかけられるような雰囲気でもないし、あのお婆さんが自分に道を訊いたのも無理はないと鈴木は思った。

「顔? 確かに僕は、君みたいなハンサムじゃないけど。見てくれで人の価値が決まるわけじゃないだろ」
 そんな理由で適性を決められたら堪らない、と薪は不満気に言い放ち、だから鈴木はひどく驚いた。彼は自分の外見の秀逸を理解していない。あれだけ女子に騒がれて、そんなことが有り得るのか。
「オレなんかより、君のほうがハンサムだろ。さっきのバイト先でもお姉さんたちに、『今日も可愛いわね』とか言われちゃってさ」
「君も僕をバカにするのか。彼女たちと同じだな」
 激しい憤りの言葉が返ってきて、鈴木は怯んだ。彼女たちは彼に好意的なのに、そんな受け取り方は良くないと思った。
「別に、彼女たちは君をバカにしてるわけじゃ」
「バカにしてるだろ。もうすぐ成人する男を捕まえて、可愛いってなんだよ」
 鈴木は止めようもなく微笑した。彼のむくれた顔は、とんでもなく可愛かった。

「まったくだ。いくら年下でも、男に対してカワイイってのは、女性に対して勇ましいって言うのと同じくらい失礼だよな」
 鈴木が宥めるように言うと、薪は初めて鈴木の言葉に頷いて見せた。それから自分の左手首に視線を落として時刻を確かめると、
「叔母と約束があるから。これで」
 そう言って、雑踏の中に消えて行った。どうやら鈴木は、透明人間から普通の人間に昇格したらしかった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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