きみはともだち 前編(8)

 バレンタインデーですね。
 姪っ子が友だちに配るとかで、20人分ものチョコとクッキーを、義妹が作ってました。 姪は湯煎でチョコを溶かしただけ、だそうです。 大変だな、お母さんww。
 オットにもお裾分けが来ると思うので、略奪します。 楽しみ。

 え。 しづからオットへのチョコですか?
 オットはあまり甘いもの好きじゃないので……仕方ないから薪さん語りをしながら晩酌に付き合ってあげようと思います。 ←自分が楽しい。





きみはともだち 前編(8)







 翌朝。
 背中を丸めて歩いていた鈴木は、登校途中で何人かの友人に出会い、その殆どに「彼女に振られたのか」「浮気がばれたのか」と聞かれた。まったく失礼な連中だ。昨日、彼に不名誉な噂を吹き込んだのはこいつらに違いない。
「うるせー、ほっとけ」と常になく荒っぽい言葉で鈴木が返すと、「こえーこえー」と大仰に肩を竦めて悪友たちは立ち去った。そんな彼らの行動に、鈴木は昨日の自分の残酷を思い知らされる。
 どうして自分は、彼の意志を尊重してやれなかったのだろう。
 何でもないことだ、と彼が言ったのだから、そうか、と頷いてやればよかった。何も言わず、ただ静かに、隣にいてやればよかった。

 あんな場面に出くわしたことがないから確証は持てないが、他の友人が相手ならそうしたと思う。笑い話にすらなったかもしれない。でも、どうしても。
 ――放っておけなかった。
 彼の言葉の一つ一つが、彼自身を切り刻むような気がして。自身を守るための壁が、彼を押し潰そうとしているような気がして。

 うだうだと昨日の失敗を思い出しながら歩いていた鈴木には、周りの風景がよく見えていなかったに違いない。正門の、大きな石柱の陰に隠れるように立っていた人物が鈴木を待っていたことも、彼が鈴木に声を掛けようとして、でも、言いそびれて言葉を飲む様子も、まったく目に入らなかった。
 だから、彼に後ろから腕を掴まれた時にはめちゃめちゃ驚いた。
「うひゃっ!?」
 鈴木がヘンな声を上げたものだから、周りの学生たちが一斉にこっちを向いた。鈴木に奇声を上げさせた人物、薪は慌てて手を放し、気まずそうに眼を逸らした。

「あ、ああ、薪……おはよ」
「おはよう」
 型通りの挨拶は返ってきたものの、薪を包む空気は緊張を孕んでいた。最初に会った日と同じく彼の表情は非常に乏しく、鈴木に恨み言を言いに来たのか、昨日のことを口止めに来たのか、判断することは出来なかった。
 加えて、鈴木は焦っていた。まだ、彼と向き合う準備ができていない。
 彼に悪いことをした、できれば謝りたいと思った、でもそれはますます彼の心を傷つけることになりはしないかと思案を重ねていた。
 そんな心理状態で、滑らかに言葉が出てくるはずも無く。らしくもなく黙り込んだ鈴木に、薪は途方に暮れた眼をして、でもキッパリと言った。

「昨日はごめん。あれは、僕の八つ当たりだった」
 ものすごくびっくりした。同情の言葉に激昂するようなプライドの高い彼が自分から謝って来るなんて、そんな可能性は欠片も考えなかった。あまりにも意外過ぎて、鈴木は軽いパニックに陥った。
 返す言葉もなく固まった鈴木の態度をどう解釈したのか、薪はしばしの沈黙の後、亜麻色の瞳から困惑の色を消し去って、しかしその代わりには何物をも浮かべず。先刻、鈴木に声を掛けそびれた弱気が嘘だったかのように、論文を発表する研究者の口調で言い放った。
「べつに、許して欲しいわけじゃない。謝っておかないと僕の気が済まなかっただけだから、それじゃ」

 彼が自分に背を向けて、それで初めて鈴木は動けるようになった。呪縛さえ解ければ、鈴木の機動力は薪の遥かに上を行く。長い足を有効に使い、彼の前に回りこんだ。
「オレの方こそゴメン」
 今度は薪がびっくりする番で、けれどもそれは自分がしたことが返って来ただけ。薪は昨日品川駅のホームでしたようにホッと息を吐いて、なだらかな肩を緩く開いた。

「シャツ、汚しちゃっただろ。お母さんに叱られなかった?」
 講義が行われる法文1号館への道を並んで歩きながら、薪はすまなそうに尋ねた。そんな些細なことを気にする彼の純朴が、好ましいと思った。
「ああ。うん、夕飯食べさせてもらえなかった」
「えっ……ご、ごめん。本当にごめん」
「ぶっ。いつの時代の小公子だよ、嘘に決まってんだろ」
「なんだよ、もう」
 本気で心配したのに、と唇を尖らせる彼は本当に可愛かった。
 こんな冗談も通じないなんて、真面目なのか、それとも際どいジョークの応酬に慣れていないのか。男同士の会話は、端から聞いたら罵り合いかと思うくらいの冗談で構成されているのが普通だ。彼の新鮮な反応は、友人関係の貧しさに起因していると思われた。

「あ、そうだ。これ」
 薪は肩から下げた重そうな鞄を開けて、中を探った。昨日も思ったが、彼の鞄はいかにも機能性重視のデザインで、彼の外見にはまったく似合わなかった。ベージュ色なんて鈴木だったら絶対に選ばない色合いだし、あの肩宛てパットは即行で外す。鞄の重さにショルダーが食い込んだ肩が破れても、だ。
 薪の鞄の中には、辞書やら教科書やらが整然と詰まっていた。それは彼が取っている講義の多さを物語るものであったが、同時に、彼の生真面目さの表れでもあった。
 お堅い彼がお堅い本の隙間から取り出したのは、果たして一枚のレンタルDVD。それも、往年の名作アニメだった。

「鈴木が言ってたブランコのシーン、検証してみようと思って。……それで、あの」
「おお、懐かしー! 薪、いつヒマ?」
「え」
 薪が何か言いかけたのは聞こえたが、喜びが先に立って、彼の言葉を遮ってしまった。はた、と気付いて薪の様子を伺うと、彼は穏やかに微笑んでいた。
「一緒に観ようぜ」
 それは自惚れに近い感覚だったけれど。鈴木には、彼が何を言おうとしたのか何となく分かるような気がした。
「薪の都合は?」
「今日はゼミがあって。明日なら」
「明日はオレがダメ」
 金曜日のアフターは彼女とデートに決まってる。当然、夜中まで掛かる。

「じゃあさ、土曜日は?」
 旧作DVDのレンタル期間は大抵1週間だから、来週に持ち越してもいいと思ったが、待ち切れない気分だった。理由は分からない、でも予感がした。きっとすごく楽しい。
「土曜は大学休みだろ」と、訝しげな顔をした薪が当たり前のことを言う。
「あ、なんか予定ある?」
「いや、鈴木の方が。休みなのに、横浜からわざわざ出てくるのか?」
「平気だよ。オレ、定期券持ってるもん」
「お金の問題じゃ」
 鈴木の余暇を奪っては申し訳ないと思う、彼の奥ゆかしさが好ましくて、鈴木は浮かんだ笑みを抑えられない。鈴木の友人に、こんな人間はいない。ウロウロと彷徨う彼の大きな瞳には、好意と遠慮が半分半分。ちょうど、付き合い始めの彼女みたいだ。

 鈴木がニコニコと笑ってばかりいるからか、彼も終いには諦めたらしい。敵わないな、と小さく零して、
「僕の家は鴬谷だ。2時に、鶯谷駅の南口で待ってる」

 喜びと驚きが、鈴木を興奮させた。家に招いてくれるとは思っていなかった。DVDは、持ち込みOKの漫画喫茶で観るつもりだった。薪にしてみれば、漫画喫茶を利用したことがない故の自宅提供だったのだろうが、心を許していない人間を自宅に招くことはしないだろう。彼に友だちとして認められた、それが単純にうれしかった。
 舞い上がる心地の鈴木に、薪は苦笑して、
「知り合って1週間もしない内に自宅に招いた人間は、鈴木が初めてだ」
「へえ、そうなんだ」
『初めて』という言葉が、鈴木をますます有頂天にさせた。よほど相好を崩していたのか、薪はあの可愛らしい皮肉な顔つきになって、意地悪そうに言った。
「僕は身持ちが固いんだ。年がら年中、女の子を部屋に持ち帰ってる鈴木とは違うよ」

 クスクスと笑いながら自分の隣を歩く新しい友の、楽しげな足取りが鈴木の気分を上向きにする。こんなに自分の気持ちを上げ下げする友人は初めてだ。ここは日本の最高学府、個性の強い友人は珍しくないが、彼のエキセントリックさは群を抜いている。
「あ、またそんな言い方して。どうして薪はオレを女の尻ばっかり追い回してる発情男にしたがるんだよ」
「事実だろ? さっきだって何人もの友だちに『浮気がばれたのか』って訊かれてたじゃないか」
「あーもー、あいつら……だから誤解だっての」
 大袈裟に嘆いてみせながらも、鈴木は薪の言葉の矛盾に気づく。悪友たちにからかわれたのは正門を潜る手前、薪に腕を掴まれたのは正門から30mくらい歩いたところだ。登校途中偶然に会ったのではなく、彼は自分を待っていたのではないかと、そう思ったらなんだろう、バカみたいに嬉しくなった。

 週末の約束をして、その時は別れた。
 鈴木は楽しい気分のまま講義に向かい、充実した1日を過ごしたが、彼の幸福は長くは続かなかった。翌日、2つの講義をこなして時刻はちょうど正午、彼らの波乱は実にそこから始まったのだ。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

まあ、インフルに!(><)
それはお辛いですね。 わたしも罹ったのですが、その時、今年のインフルは軽いって義妹に言われたんですけど、やっぱり辛いですよねえ? 骨が痛くて眠れなかったもん。
日曜日まで軟禁とは、悲しいですねえ。 
でも、朝から晩まで寝てるってのも普段はなかなかできないことなので、この機会に体力回復しちゃいましょう。(^^


拍手1番乗り、ありがとうございます。(〃▽〃)
(手前のコメントはお申し出通りにしておきました)

ハイジのブランコ、ツボってくださってありがとうございました。
こういうのに真面目にツッコミを入れる辺りが頭のいい人特有の遊び心って感じがして、大好きなんです~。
この科学的なツッコミは結構有名で、テレビで放送されたこともあったそうです。 プロデューサーさん、いい趣味してますよね♪

Aさまへ

Aさま。

> 今回の薪さんはデレですね。

はいー。
でも次回の薪さんはツン全開です。 このギャップが男を虜にするテクだと思ry、なんでもないです、すみません。


> 自分が悪いと思えば素直に謝る。後に警察官になる清廉潔白さが表れていると思います。

この頃の薪さんはそうだったんですけど~、
年を取ったらネジ曲がってしまって、今では素直に謝れなくなってますねえ。 特に青木さんに対しては。 
相手が岡部さん辺りだと結構素直になるんですけど。 年齢的なものも関係してるのかなあ。


鈴木さんは、幸せだったと思いますよー。
確かに短い生でしたが、人生の何をも知らずに散って行く若すぎる死と、鈴木さんのそれは違うと思います。 自分の命を懸けても惜しくないくらい大事な人に会えた、一緒に過ごせた、その彼を守ることができた(と自分では思った)。 短いけれど、実りある人生だったと思います。

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Sさまへ

Sさま。

コメントありがとうございます。(^^

あらやだ、ドSのしづさんだから、なんてそんなお世辞言っても何も出ませんことよ、ほーほほほ。 ←慣れない積算でアタマの中わやくちゃ。
でも人間褒められれば嬉しいもので、頑張って続きをアップしようと思いますww。 ←押してみました。


この下の件については~、
どうでした? うまく行きましたか?
上手く貼れないようだったら、また連絡ください。 よろしくお願いします。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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