きみはともだち 前編(10)

 メロディ発売が迫ってきましたね。
 今回で肖像画の謎が解けるのかな? 楽しみです~。
 純粋にわくわくしてます。 早く続きが読みたい。

「この頃、発売日が近付いても騒がなくなったね」って義妹に言われました。 以前は「どうしよー、どうしたらいいと思う?」ってずっと狼狽えていたから。

 こうなってみると、秘密の第九編は本当に特別だったんだなあって思います。
 ショックで仕事が手につかなくなるかもしれないから現場検査終るまで本誌購入は控えよう、とか、買ったもののページを開くのが怖くて3回も4回も袋から出したり入れたりとか、
 よくよく考えたらヘンだよね? 子供ならともかく、40過ぎたおばさんだよ?
 あのままだったら実家に帰されry。

 なにはともあれ、マトモな日常生活を営めるようになってよかったです。
 



きみはともだち 前編(10)





 薪の変貌の理由を鈴木が知ったのは、それから二時間後。午後の講義の後だった。

「ゴメン、鈴木。おれのせいだ」
 教室の出口で鈴木を待っていたのは、鈴木の高校からの友人で中島と言う。同じ方角から大学に通っており、電車でもよく顔を合わせる。彼は鈴木の顔を見るや否や勢いよく頭を下げたが、咄嗟には何のことか分からなかった。
「学食で、薪に水ぶっかけられたんだって? 本当にすまなかった」
「薪? おまえ、薪に何かしたの?」
「一昨日、おれ、あの電車に乗ってたんだ。それで薪が酷い目にあったこと、つい喋っちゃって。それが回り回って薪の耳に入って、だからきっと薪は、鈴木が言いふらしたんだと思って」
 中島の供述に、鈴木は安堵の息を吐いた。
 鈴木が一番の心配していたのは、自分の与り知らぬところで薪が傷つくこと。理由が分かれば対処も可能だ。

「おれが薪に謝るよ。鈴木は何も言ってない、噂の出所はおれだって、ちゃんと言うから」
「いいよ、そんなことしなくて」
 平謝りに頭を下げる友人に、鈴木はにっこりと笑いかけた。
 中島が悪いんじゃない。
 中島は、人が本当に傷ついたことを面白おかしく触れ回るような人間ではない。彼は本当に、ただの笑い話の心算だったのだ。

 普通の男なら、電車の中で女と間違えられて痴漢に遭ったなんて災難は笑い話にしかならない。そりゃ痴漢も可哀想に、とげらげら笑ってお終いだ。でも、薪にはそれができない。あの容姿がそれを許さない。ましてや「慣れる」ほど被害に遭ってしまっては、冗談では済まされない。
 中島は、薪のそんな事情を知らなかった。本人に噂が伝わった所で笑い話のネタが増えるだけだと軽く考えていたのだろう。浅はかではあったかもしれないが悪気は無かった、いや。
 そもそも、中島は本当に悪くない。
 あの時、騒ぐなと薪は言ったのに。捕まえようだの警察に突き出すだの、無神経なことを口にしたのは自分だ。
 同じ電車に中島が乗っていることに、鈴木は気付かなかった。それほど混み合っていたのだ。鈴木は他人より身長が高いから中島からは見えたかもしれないが、薪は完全に埋もれていたはずだ。だから中島は薪が被害に遭った場面を目撃したわけではなく、鈴木の言葉や急に下車したことから事情を察したのだ。
 悪いのは、自分だ。

「気にすんなよ。大丈夫だから」
 中島にはそう言ったものの、薪の信用を回復する自信はなかった。あの様子では、話を聞いてもらうことも難しいだろう。視界に鈴木の顔が入った途端、回れ右をされそうだ。
 薪にしてみれば無理もない。彼は何も悪いことをしていないのに、被害に遭って傷ついて、それを言いふらされて笑い者にされた。悔しかったに違いない。
 あれは自分の八つ当たりだったと、薪の方から謝ってきてくれたのに。その気持ちを踏みにじられた気もしただろう。元凶の鈴木に腹いせの一つくらいしたくなっても不思議は無い。

 薪はどんなに傷ついただろうと、それを思うと鈴木の胸は痛みを覚える。出会った日から、自分は彼を傷つけてばかりだ。
 品川駅のホームで見た、彼の泣き顔。思い出すほどに苦しくて、鈴木は未だ乾ききらないシャツの襟元を握り締める。
 彼が、何処かで泣いているような気がした。

 鈴木は放課後、薪を探して学内中を走り回った。交友関係の広い鈴木は、「薪知らない?」と顔見知りを見かける度に声をかけた。あれだけの有名人なのに、目撃情報はなかなか上がらなかった。もしかすると、今日はもう帰ってしまったのかもしれない。
 それでも諦めず、彼を探し続けた。今日中に彼を見つけることが、とても大切なことに思えた。

 15人目の学友から彼の情報を得たのは、夕方の5時を回った頃だった。
「法2(法学部2号館)で見かけたぜ」
 そこは、鈴木のスタート地点だった。講義が終わると同時に、鈴木は薪が講義を受けているはずの法学部3号館に走ったのだ。でも、そこに彼の姿はなかった。それからは薪のいそうな場所を探して、図書館やサークルの部室にも行ってみた。携帯の番号くらい聞いておけばよかったと後悔しながら、思いつく限りの所を探した。自分がいた場所は盲点だった。
 安田講堂から法学部2号館に駆け戻る。自分が講義を受けていた教室を探したが、薪はいなかった。他の教室も見て回るが、見つからない。この大学の建物はどれも古くて広くて、人探しには苦労する。でも、諦めたくないと鈴木は思った。
 廊下に出て3階の窓から見下ろすと、建物の正面玄関付近に、小さな亜麻色の頭が見えた。建物の前には数え切れないほどの学生たちがいたのに、何故か一目でわかった、薪だ。

「薪……」
 やっと見つけた。

 窓から呼びかけようとして思い留まる。薪は自分に腹を立てているのだ、声なんか掛けたら逃げられるに決まってる。
 急いで階段を下りて、正面玄関へと向かう。謝罪の言葉を用意してから彼と対峙するのが賢いやり方だと分かっていたが、身体の方が先に動いてしまった。
 階段を降り切った所で、ようやく薪の顔が見えた。正面玄関の、石造りのアーチの柱部分にもたれて、何やら思案している様子だった。

 右の拳を下くちびるに当てて、じっと空を見つめる。それは彼が何かを真剣に考えているときの無意識の仕草だと、もう鈴木には解っていた。考え事の邪魔をするのも気が引けて、鈴木はそっと薪の様子を伺う。
 ずい分長いこと、薪は動かなかった。
 日本の最高水準の学生だけが集まるこの学び舎に於いてさえ突き抜けた頭脳を持つ彼が、何をそんなに考え込んでいるのか。生物情報科学のレポートか社会心理学研究会の論文発表か、間違っても今夜の夕食のことではあるまい。
 やがて薪は深いため息を吐き、亜麻色の髪に手を差し入れた。頭痛に耐えるように前頭部を押さえて、
「ダメだ……どう謝っても許してもらえない……」
 と、脳内シミュレーションの断片をぽろりと零した。
「もう、乾いちゃってるよな」
 薪の身体に隠れていた右手が、胸の前に上げられた。その小さな手に握られているのは、白いスポーツタオルだった。

「薪」
「す」
 ずき、と振り向きざまに、薪は後の言葉を口の中に篭らせて、だから鈴木は何を言われたのか分からない。鈴木はテレパシストではないし、読唇術の心得もない。ちゃんと声に出して説明してもらわなければ分からない、薪が何に悩んで、そのタオルは何のために用意したのか。
 だけど薪が、何だかもう喋るのも大変そうなくらいにパニクっている様子だったから。こちらから歩み寄ることにした。

「そのタオル、借りてもいい?」
 初夏の気温と自身の熱気でシャツはすっかり乾いていたが、走り回った鈴木は汗だくだった。身体の大きな鈴木に、大判のスポーツタオルはありがたい。
 薪は言語機能に支障をきたしたようで、返事の代わりにコクコクと何度も頷きながら、鈴木にタオルを差し出した。タオルは真新しくてまだ糊が付いていて、学内の生協で購入したものと思われた。
「サンキュ。洗って返すから」
「あ、いいよ。それはその、鈴木、に」
 語尾を弱くして俯くと、薪は再び沈黙した。頭の中で繰り返された筈の言葉は、彼の口から出てこなかった。重苦しい空気に息を殺した彼のくちびるが、ぎゅ、と引き結ばれる。

 鈴木は、彼の伏せた睫毛の長さに驚いていた。
 マスカラで補強した彼女の睫毛よりも長くてきれいだ。量も多い。ビューラーによる人工的なカールではなく、自然な造形。前髪を長く垂らしているのが勿体ないと思った。こんなにきれいなもの、出さなきゃソンだ。

「大丈夫だよ」
 そう言って触れた薪の前髪は、さらりとしていた。
 さっき彼が自分でしていたように、鈴木の手は彼の前髪を指でかき上げた。顕わになった額は真っ白で、形の良さはもはや芸術だった。
「大丈夫だ。な?」
 同じ言葉を繰り返し、鈴木は薪に同意を求めた。亜麻色の瞳が零れ落ちんばかりに大きくなって、鈴木はまた彼が泣き出すのかと思ったが、薪はそっと、詰めていた息を吐き出しただけだった。

「うん」
 こくっと頷いて、薪は微笑んだ。それは鈴木に初めて向けられた彼の素直な微笑みで、自分を見上げる彼の大きな瞳は蜂蜜のように潤った黄金色に輝いていた。

 薪は本当は、こんな眼をして笑うんだ。

 初めて彼の笑顔に包まれた時の自分の気持ちを、後に鈴木は何度も何度も思い出し、その都度それに名前を付けようと試みた。が、彼は短い生涯の中で、ついにそれを為すことはできなかった。東大法学部ストレート合格の彼にとって、思考を言葉に変換することは簡単な作業だったはずなのに、薪に関することだけは特別だった。彼を前にすると、言葉の限界はいとも容易く鈴木を縛った。
 名前の付けられない、この感情。説明のつかない、自分の高揚感。
 それは、彼と歩んだ14年間の鈴木の人生に、絶えず付いて回った不分明だった。

 先の話はともかく、その時点で彼らは友人になったと言ってよかった。何故なら、互いが互いを探して学内を走り回っていたことは、言わなくても伝わったからだ。
 薪はあの重いショルダーを肩から下げていて、帰り支度を整えているように見えたから、帰るのかと訊いた。うん、と頷く彼に、ちょっと待ってて、と鈴木は今下りてきたばかりの階段を駆け上がった。薪を探すのが先決だと思ったから、教室にディパックを置いたままだった。今ごろ気付いた、だから薪はこの建物の前で待っていたのだ。鈴木の荷物があるのを確認して、ここに帰ってくるはずだと予測して。

 中島が薪に事情を説明したのかどうか、鈴木は確かめなかった。それはどうでもいいことだった。
「そうだ。あのDVD、これから観ようか」
 駅までの道を薪と並んで歩きながら、ふと思いついて鈴木は言った。
「彼女とデートじゃなかったのか?」
 薪に言われて思い出した。すっかり忘れていた。約束していた訳ではないが、彼女と夕食を一緒に摂るなら電話を入れなくてはいけない時間だ。夕食の後は二人きりになれるカラオケボックスなどで親交を深めて、それから後はもっと親しくなれる所に場所を移して、許されるなら夜通しかけて彼女を紐解く。それはとても魅力的なプランのはずなのに。
 なぜ。

「今日は止めとく。昼に赤門ラーメン食っちゃって、ニンニク臭いから」
 正当な理由だ、と鈴木は自分の解答に自信を持った。
 次の瞬間、肩に担いだディパックの紐を不意に掴まれ、鈴木は立ち止った。自分を引き留めた人物を振り返ると、わずか3センチほどの至近距離に薪のきれいな顔があった。薪は眼を閉じて、そうすると彼の睫毛は鈴木の頬に触れそうだった。
 驚きで、心臓が止まりそうになった。
 一瞬の接近の後、薪は近付くのと同じ唐突さで鈴木から離れた。

「大丈夫だよ。全然匂わない」
 当然だ。一口も食べてない。
 昼抜きだったことを思い出して、鈴木の腹がぐうと鳴った。

「薪、悪い。そこのコンビニ寄って、なんか食うもん」
「昼に二人分メシ食っといて、もう腹が減るのか? 身体が大きいと大変だな」
 おまえのせいで食えなかったんだよ、と鈴木はこれから先何度飲み込むことになるか分からない薪への恨み言を、その最初の一つを飲み込んだ。
 でもその時鈴木が飲み込んだものは、言葉面とは裏腹に美味で。いっそ、快楽と称して差し支えのない甘さで。それは温かく鈴木の胸を満たし、深部へと入り込んだ。
 その甘さを生涯、鈴木は忘れることはなかった。




*****

 これがあおまきさんならあーなってこーなってこじれにこじれて終いには……ふふふふ、今度これ書こう。 ←S話はこうして生まれるww。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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