キセキ(3)

 こんにちは!

 今週末は天気が荒れるそうですね~。
 台風並みの警戒が必要とか、とりあえず、庭に干しっぱなしの漬物樽は倉庫に片付けておきます。 みなさんも注意なさってくださいね。


 私信です。

 Aさま。
 わたし、この辺はまだギャグのつもりで書いてたんですけど、すでに切ないですか? まあ実際、この後ものすごいドS展開になっ……Aさま、ファイト!




キセキ(3)





 絶望的な気分でキッチンの入り口に突っ立ったままの薪に、気遣いを見せたのは意外や意外、薪の偽者であった。
「青木。あいつにも何か食べさせてやったらどうだ。腹、空かしてるんじゃないのか」
「薪さん……」
 青木のことだから、恋人に遠慮していたのだと思う。青木は最初から皿の端にオムレツの一部分と野菜サラダを取り分けていたから。彼がいなくなってから、こっそり薪に食べさせてくれるつもりだったに違いない。その気持ちを分かってもらえたことが嬉しいのだろう、青木の黒い瞳はキラキラと輝いて、だから薪の心はいっそうジリジリする。そんな顔、僕以外の人間に見せるな、バカ。

 ケモノと化した薪の手を青木はやさしく握り、自分の隣の席に座らせた。薪が顔を上げると、向かいの席で自分の偽者が澄ました顔でコーヒーを飲んでいる。薪の椅子で薪のお気に入りのカップで、青木が淹れたコーヒーを、当然の顔をして味わっている。そのいけ好かない顔、この爪で引き裂いてやりたい。
「ね? オレが言ったとおり、薪さんはやさしいでしょ?」
 青木の自慢げな言い方も、薪の神経を逆撫でする。その苛立ちは、目の前に置かれた白い液体を見た瞬間、頂点に達した。
『僕が牛乳キライだって、何度言ったら分かるんだッ!』

 みゃッ! という鳴き声と共に、小鉢に入った牛乳が床に落ちた。ガチャン、と耳障りな音を立てて、美しい木目が白く汚れる。
「こらっ!」と声を荒げた青木を、射殺すような瞳で睨み上げてやる。彼が思わず身を引いたのを見て、薪は自分の失敗に気付いた。
 青木は敵じゃない。偽者の正体を暴くための、大事な相棒だ。彼の信用を失うような行動を取るなど、頭の良いやり方ではない。言葉以外の方法で青木に自分が本物の薪剛であることを悟らせるには、青木の気持ちを開かせることが重要だ。落ち着いて、穏やかに、理性的に……。

「よせ。彼が悪いんじゃない、躾をされていないだけだ。怒るヒマがあったら床を拭け。シミになるだろ」
「もう。本当に薪さんは、動物には甘いんだから」
 青木はむくれたように言ったけれど、本音では嬉しいのだ。薪がやさしい人だと、知ることで相手をもっと好きになる、心が躍り出す。休日の朝に、こんな浮かれ気分を形にしないなんて、それは青木のポリシーに反する。青木は手早く床の掃除を済ませると、薪の向かいに座ってコーヒーを飲んでいる美貌を後ろから抱きしめた。
 自分の前に回された腕を軽く抱き返して、偽者は嫣然と微笑む。優越に満ちた視線を薪にくれた、亜麻色の瞳が言っている、『ザマアミロ』。
 ブチブチブチッと音がして、側頭部の血管が一気に3本ほど切れた、その音を確かに聞いたと薪は思った。

「オレにもやさしくしてくださいよ」
「いつもやさしくしてやってるだろ? ベッドの中で。昨夜もあんなに」
 だからその青木回しの手管、どこで覚えてきたんだっ!
 いや、落ち着け、これは相手の作戦だ。薪の心を乱して、薪を自滅に誘い込んでいるのだ。ここで怒りのままに薪が暴れたら、青木は自分を敵と見做すだろう。その手に乗るものか。薪は冷静が売りの警察官僚。理性だ、理性を働かせるのだ。

「今夜も、やさしくしてくれるんですよね?」
 青木は腕に抱いた恋人の小さな顎を二本の指で上向かせ、彼と眼を合わせた。二人の間、何もないはずの空間にある種のエネルギーを感じる。べったべたに甘くて見ているだけで胸が悪くなる、この皿投げつけてやりたい、いやいや、それをしたら相手の思うつぼだ、ここは我慢だ、ありったけの理性で対抗し、あ、こら青木、何するつもりだ、背中を丸めて彼に覆いかぶさって、そんなに顔を近付けたら唇がくっついちゃうじゃないか、テーブル引っくり返してやりたい、いやいやいや、理性理性理性理性理性理性…………。

「それはおまえ次第……つっ!」
「薪さん! 大丈夫ですか?」
 二人の唇が触れ合う寸前、気が付いたらテーブルを飛び越して、偽者に掴みかかっていた。薪が猫爪で引っ掻いた彼の腕からは赤い血が滲んで、それは彼が人間であることの証。
「何てことを」
 恋人を傷つけられて憤った青木には、さっきまでの優しさはなかった。強い力で床に組み敷かれ、腕の関節を無理な方向に曲げられる。痛みに涙が出た。
「薪さんに謝りなさい!」
「みぎゃんみぎゃんみぎゃんっ!!」
 それは僕じゃないそれは僕じゃないそれは僕じゃない! なんで分からないんだ、青木のバカ!

 理性理性と繰り返していたら言葉が引っくり返って、ついでに薪の心も引っくり返った。
 青木に戒められた腕が痛くて、困ったような顔をしながらも瞳の奥で嗤っている偽者の顔が憎らしくて、ぼろぼろ涙がこぼれた。ちくしょう、バカヤロウ、と毒づいているつもりが、薪の口から発せられるのは「みゃーん」という弱々しい猫の鳴き声。
「青木、放してやれ」
「でもまた飛びかかってきたら」
「大丈夫だ。今度は僕も警戒してるから」
 薪の言うことはちっとも聞いてくれなかった青木は、彼の命令には嫌になるくらい素直だった。背中に載せられた青木の膝の重みが消え、涙を拭いながら起き上る薪を厳しい目線で牽制し、でも偽者には優しく微笑んで「傷の手当てをしましょうね」と救急箱を取りに行く。

 ダイニングには、偽者と薪の二人が残された。異様な緊迫感が居室を包む。『おまえは何者だ』と尋ねる薪の言葉を理解しているのかいないのか、相手は素知らぬ振りでコーヒーカップを持ち上げ、
「よくこんな不味いものが食えるな、おまえら」
 空いた方の腕を伸ばしてワイパーのように動かし、彼はテーブルに載った皿を全部床に落とした。瀬戸物の割れる音が、幾重にも重なる。
「何とか飲めるのは、こいつだけだ」
 次々と床に落ちる料理に、薪は呆然としていた。薪の眼から見ても、彼が作ったオムレツは見事な出来だった。青木が美味そうに食べていたから味も良かったと思われるのに、不味くて食べられないと彼は言う。もしかして、ものすごい金持ちで庶民の食事は口に合わないとか? そんなセレブが自分で料理をするだろうか。それに、彼がセレブであろうとなかろうと、薪に成り代わった理由の説明にはならない。

「あっ。またこんなことして!」
 後ろから怒鳴られて、薪はびっくりして振り返った。青木が険しい顔つきで立っている。
 しめた、青木にとって薪の料理は宝石と同価値だ。いかに青木が恋人に甘くても、それを台無しにされたら黙ってはいない。それに、本物の薪ならこんなことはしないと気付いてくれるはず、と明るい予想が浮かんだのも束の間。
「薪さんが一生懸命作ってくれたのに。悪ふざけもいい加減にしなさい!」
「みぎゃーっっ!!」
 僕がやったんじゃない!
 お約束過ぎて涙も出ない。薪は怒声と共に青木の脛を蹴り飛ばし、青木が痛みに跳ね上がった隙にリビングに走り込んだ。

「待ちなさい!」
「青木、違うんだ。これは彼の仕業じゃない。僕がやったんだ」
 偽者の自白に、薪は足を止める。ドアのないキッチンの入り口からそうっと中を伺うと、偽者は申し訳なさそうに項垂れていた。彼にも一片の良心とやらが残っていたと見える。
「その、手が滑って」
「薪さん」
 青木の訝しげな呼びかけは当然のことだ。白々しい言い訳だ。小皿一枚残さずに落としておいて、滑ったで済ませるつもりか。青木は警視、しかもエリート第九の捜査官だ。どれだけ恋人に心を奪われていても、彼の捜査官としての眼は、
「この仔を庇ってるんですね?」
 濁り過ぎ!! 青木、僕への愛に目が眩み過ぎだっ!
「違う。本当に僕がやったんだ」
「薪さん、なんてやさしい……惚れ直しちゃいますっ」
 青木のバカ――ッ!!! 
 もうどんだけ僕のこと好きなんだっ、ちょっとうれしい、けどそいつは僕じゃないから離れろ抱きしめるなキスは許さん!

 再び二人の間に割って入って、薪は髪の毛を逆立てる。フーフーと息を荒くする薪を、偽者はバカにしきった目つきで見下し、
「こいつ、僕たちにヤキモチ妬いてるみたいだ」
「ネコにヤキモチ妬かれるほど、オレたちラブラブってことですかね?」 
 腹立つ!! めっちゃ腹立つ!!
 いっそのことネコじゃなくてライオンにでもなればよかった、そうしたらこいつら二人まとめて八つ裂きにしてやったのに、と、どんどん危険思想に傾いて行く薪に、もはや青木の信用を回復する術はなく。青木もまた、一刻も早く闖入者を追っ払って恋人との甘い時間に浸りたいとの思いから、薪の身体を再び拘束する。阿吽の呼吸で偽者が差し出した紐で、手足を縛られた。皮肉なことにそれは昨夜、青木が買ってきた花束についていた緑色のリボン。

「じゃあ、今日は郊外の森へドライブってことで」
 上機嫌で自分を抱え上げる青木の腕に、噛みついてやろうとしたら口にガムテープを張られた。偽者の用意周到さには恐れ入る。敵ながらあっぱれだ。
 荷物のように駐車場まで運ばれ、車の後部座席に転がされた。青木のシャツ一枚という格好のまま、ていうか僕パンツ穿いてないんだけど!! これで外出って、ある意味犯罪じゃない!?

「あ、薪さん、ダメですよ。そんな薄着で」
 気付いてくれた、と思ったが違った。青木が気遣ったのは、助手席の恋人のことだった。彼は部屋着のままで、防寒具らしきものは何も手にしていなかった。
「部屋に戻るのは面倒だ」
「オレが取ってきて差し上げます。どの上着にしますか?」
「任せる」
 僕の下着も持ってきてくれ、とガムテープの下から叫ぶが、当然声にならない。青木はさっさと車を降りて、足取りも軽く部屋へと走って行った。
 2分も経たないうちに息を弾ませながら戻ってきた彼が手にしていたのは、白いダッフルコート。白い服は少しでも汚れると着られなくなるからあまり経済的ではないと思うのだが、青木に選ばせると必ず白っぽい方に軍配が上がる。彼の中で薪のイメージは白なのだそうだ。

「帰りに何か、美味しいものでも食べましょうね」
「そうだな。寒いから煮込みうどんとかいいな」
 そうして彼に向けられた気配りの十分の一も薪には与えられず。青木のシャツ一枚と言う格好で、暖房の効きの悪い後部座席に追いやられ。誘拐事件の被害者のように手足も口も封じられて、薪に許された抵抗はたった一つ、ただただ凶悪な瞳で、楽しそうに喋る前席の二人を睨みつけるだけだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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