雨の名は沈黙(4)

 3週間ぶりの日曜日です!(仕事の日は黒く塗り潰されるこの時期の我が社のカレンダー。4日と10日はそれぞれ夜間工事で黒かった)
 
 今日は、「プラチナデータ」を観に行きます♪
 楽しみにしてたんだ~。 
 原作本買って、未だ読んでないんですけど。 「脳男」も未読のまま……脳男は、映画よかったです。 泣けました。 ああいう話、書きたいなあ。
 




澤村さんいい人計画(4)  ←これ以外の題名思いつかなくなってきた。







 澤村家が燃え落ちる、4時間前。
 日本檜の香りが満ちる湯船に浸かり、澤村は深く息を吐いた。
 春の夜の雨に奪われた体温が、ゆるやかに戻ってくる。風呂に入れば、醜く爛れた己が皮膚が嫌でも目に入るが、澤村はそれを悲しいとは思わない。これは、あの子を助け出した証。自分が唯一、他人に誇れることだ。
 45年の人生、ロクなことはしてこなかった。夥しい過ちの中から何も学んでこなかった。結局自分は、ああいうやり方しかできない。あんな方法でしか、彼を守ってやれないのだ。

 鈴木を殺そうとしたことについて、澤村は未だ弁明の機会を得ることができていない。家に帰ってすぐ、「話は後です」と厳しく言い渡され、問答無用で風呂に放り込まれたのだ。
「よーく温まってくださいね。澤村さんが風邪引いたら、苦労するのは僕なんですから」
 頑固なところと世話焼きなところは、母親に似たのだろう。外見は自分に瓜二つだが性格はあまり、というよりはまるで似ていない。似なくて良かった。自分に似ていたら、この境遇だ、もっと卑屈な若者に育っていたことだろう。
 育てた澤村が驚くほどに。彼は優しい子に育った。実の父親であるはずの澤村が、外見以外に自分の因子を見つけ出すことができないほど。

 風呂から上がると、剛は居間にいなかった。自分の部屋にもいない。彼の姿を探して広い邸内を歩き回っていると、台所からいい匂いがしていた。
「剛。何をしている」
「夜食を作ってるんです。運動したら、お腹が空いたから」
 慣れた手つきで、彼は長ねぎを刻んでいた。台所に立てば、その辺の若い主婦よりずっとましなものを作る。家政婦が休みの日の家事は自然と彼の仕事になったから、いつの間にか上手くなってしまったのだろう。
「澤村さんも食べます? 五目雑炊」
「いや、私は」
「もうすぐできますから。一緒に食べましょ」
 ……自分勝手なところは私に似たのか。

 出来上がった雑炊を土鍋ごと盆に載せて居間に運ぶ。盆に載せきれなかった茶碗とレンゲを強制的に持たされて、澤村は彼の後に続いた。
 開いた扇子の布地部分のような形をした栃の一枚板の座卓に、澤村は食器を置いた。隣では剛が、土鍋の中をさっくりとかき混ぜている。
 熱い雑炊を受け取って、食べてみたら少し苦かった。

「すみません。彩に入れた水菜が多過ぎたみたいです」
「いや。おまえが作ったものはみんな美味いよ」
「澤村さん、意外と不器用ですものね。リンゴの皮を剥くと中身が無くなっちゃうの、何故なんですか?」
 悪気はないが一言多い。この辺は母親似だ。
 二人とも一膳目を食べ終えて、澤村は箸を置いたが、剛は二膳目をよそった。剛は若い割には食が細い方なのに、今夜は良く食べる。澤村は雑炊の代わりに緑茶をお代わりした。苦味があって、旨かった。澤村好みの濃い緑茶は、夜は睡眠の邪魔だとか言われてあまり飲ませてもらえないのだが、今日は特別らしい。

「あの人、グランドマスターになってたんですね」
 唐突に言われて、澤村は湯飲みを取り落しそうになった。手に力を入れ、静かに座卓に置く。緑茶から立ち上る湯気が、風もないのにゆらりと揺れた。
 せっせとレンゲを口に運びながら、剛は世間話でもするように、
「火事が起きた日に、僕にプレゼントをくれた。僕が好きなシリーズものの推理小説でした。あの晩、僕はそれをベッドで読みながら眠ってしまったんです」
「そうか。それであの晩、おまえの部屋の明かりはいつまでも消えなかったのか」

 あの夜のことを、剛が自分から言い出すのは初めてだった。彼の命を救った礼は何度も言われたが、その時の状況について語ったことはなかった。成長し、火災の原因に疑問を抱き、一人で何事か調べ始めてからも、澤村に事情を訊くことはしなかった。
 利発な子だ。記憶が無い、という澤村の嘘を信じたわけではないだろう。彼はやさしいのだ。甘ったるいほどに。

「やっぱり。澤村さんはあの夜、家の外にいたんですね」
 部屋の明かりが見えたと言うなら、澤村の居場所は自ずと知れる。答えを誘導されたことに気付いて、澤村は警戒を強めた。
「マスターから、澤村さんのことを聞きました。あなたのお父さんのことや、あなたが幼い頃から迫害されてきたこと。僕が生まれた時の経緯も――なぜ」
 二膳目の途中でレンゲを置くのと同時に、剛はその言葉を置いた。
「なぜ、僕の両親が死ななければならなかったのか」
 澤村の顔をじっと見据える、彼の瞳に愁恨の色はなかった。いつもと同じ、静嘉で、些少の寂寥が混じる亜麻色の瞳。
「全部聞きました」

「何を聞いたか知らないが、それは只の噂だ。噂と言うものは、その多くが俗物好みに捻じ曲げられた事実無根の」
「ええ、僕もそう思います」
 澤村の言葉に、剛は直ぐ頷いた。が、早過ぎた。彼は頭の回転が速くて、相手が次に何を言うか分かってしまう。だからしばしば彼は、相手の言葉の途中で答えを返してしまうという礼儀に欠けた行動を取る。しかし澤村に対してだけは、それを慎んでいた。恩義を感じ、澤村を尊重してくれていたのだ。これまでは。

「澤村さんは、僕の命の恩人です。あなたに助けてもらわなかったら、僕はあの晩、両親と同じように黒焦げになっていたでしょう。感謝しています」
 土鍋に蓋をし、空になった茶碗を盆に重ねて置く。座卓の上はすっきりと片付き、二つの湯飲みが湯気を立てるだけになった。自分の湯飲みを持ち、しかしそれを口に含もうとはせず、ただ両手で弄びながら彼は言った。
「それに、澤村さんは幼かった僕を大切に育ててくれました。誰が何と言おうと、澤村さん以外、この世に僕の家族は居ません」
「つよ、……っ」
 彼に手を伸ばそうとして、澤村はひどい目眩に襲われた。ぐにゃりと歪んだ視界の中、剛のきれいな顔がすうっと遠ざかる。彼が離れたのではなく自分が床に倒れたのだ、と理解するまでには多少の時間が必要だった。

「ごめんなさい、立てませんよね? 緑茶には、たくさん入れましたから」
 すまなそうに謝って、彼はポケットから空になったPTPシートを出した。医者の処方箋が無ければ手に入らない強力な睡眠導入剤。規定量を超えて服用すれば毒になる。
「澤村さん、苦い緑茶が好きでしょう。苦味を隠すのにはちょうど良かったんです」
 PTPシートは全部で4枚あった。1月分、全部入れたのか。

 畳の上に転がった澤村を見て泣き笑いのように微笑み、彼は立ち上がった。一旦部屋を出て、5分もしないうちに戻って来た。彼の右手にあったのは、赤いポリタンクだった。
 彼が何をしようとしているのかを瞬時に悟って、澤村は土色の顔を青くする。今宵、澤村が起こした事件が彼に衝撃を与えたことは分かっていた。しかし、こんな極端な行動に出るとは。

「つよし……なぜ」
「あなたはまた繰り返すでしょう?」
 細い指が蓋を開けると、鼻を刺すような独特の匂いが立ち昇った。
「かつて僕の母を凌辱したように。僕の両親を焼き殺したように」
 責める口調ではなかった。悲しむようでもなかった。淡々と、諳んじた詩でも読み上げるように、彼は澤村の罪を列挙した。
「邪魔になる者は排除する。あなたはこれからもそうやって生きていくつもりなんでしょう?」
 じゃばじゃばと惜しみなく、彼は床に灯油を撒いた。
「先刻、鈴木を殺そうとしたように」
 澤村の一番新しい罪を告発して、剛は口を閉じた。横向きに倒れたまま、澤村は首を振る。

「剛、あの男は危険だ。だから私は」
「鈴木は関係ない!」
 鋭い口調だった。彼の声に初めて混じった感情の源泉を察して、澤村は押し黙る。
 やはりあの男なのか。私が焦がれるほどに欲するものをみんな攫っていく、なんて忌々しい。彼は薪俊の生まれ変わりだ。
「鈴木は、善意から僕に協力してくれただけです。悪い事は何もしていない」

 悪いこと。
 薪俊は善行を積み、澤村は悪行を重ねた。否定はしない、しかし、澤村とて絶え間なく荒れ狂う嵐のような逆境の中を懸命に生きてきたのだ。
 善い事と悪い事の区別など、とうの昔につかなくなってしまった。普通の人間なら当たり前に分かること、でもそれは彼らが普通だからだ。生れ落ちたときから迫害される人生を背負わされた人間の痛みなど、彼らに分かって堪るものか。
 顔が外国人のようだからという理由だけで嬲り殺しにされた父。それが天から授けられた運命だと?
 納得できない。そんな運命を、受け入れることはできない。ましてや。
 息子にまで不当な待遇が受け継がれるとしたら、それは世の中の方が間違っているのだ。

「おまえを守るためだった」
「ええ、分かってます。過去に何があろうと、澤村さんが僕を慈しみ育ててくれた、この事実は変りません」
 タンクの中身を全部畳の上に撒いてしまうと、彼は空っぽの容器を部屋の隅に持って行き、壁際にきちんと置いた。続いて、卓からティッシュボックスを取り上げ、窓辺に移動する。幼児の戯れのように何十枚ものティッシュを引き出しながら、彼は再び淡々とした口調で、
「あなたはこれまでにも、僕に他の人間を近付けないようにしてきた。それを疎ましく思ったことはありません。むしろ愛されている証拠だと、そう思ってきました。あなたとずっと二人きりで、それでも良かったんです。僕は死ぬまであなたの傍を離れるつもりはなかった」
 カーテンの下にティッシュの山を作り、彼はポケットからライターを取り出した。
「信じられませんか?」
 躊躇い無く、火を点ける。
 薄いティッシュは瞬く間に燃え上がり、白いレースのカーテンを紅蓮の色に染め替えた。

「仕方ありませんね。澤村さんは、自分以外誰も信じられないんですよね。ずっと長いこと、誰にも信じてもらえなかったから」
 搾り出すように、彼は言った。
「だから、こうするしかないんです」
 やがて厚手のカーテンに炎が燃え広がるのを見届けると、彼は澤村の傍に戻ってきた。卓に置いてあった自分の緑茶を、一気に飲み干す。

「つよし。私はただ、おまえと一緒に」
「大丈夫ですよ。僕も一緒ですから」
 ぱさりと枯葉が地に落ちるように、彼は澤村の横にうつぶせた。
「もう終わりにしましょう。――お父さん」




*****


「脳男」で得た感動は何処にww。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> 澤村さんを警察に渡すのも忍びなく親子心中!?

警察に渡したくないと言うよりは、自分でケリを付けたいと言うか。 
澤村さんがどうして鈴木さんを殺そうとしたか、それは自分のためであったと薪さんには分かっているので、自分が生きてる限りこの人はこれからもこうして誰かに危害を加える、ならば共に、と言うのが心中の理由ですね。
なんで火事にしたのかと言うと、澤村さんが薪夫妻を焼き殺しているから。 それを償うにはやっぱり火だよね、的な。 ←なに、この軽い言い方。

でも、原作はこうはならないので安心してください。(^^
薪さん、こんなに弱くない。
それに、天才は普通の人とは思考が違うから天才なのであって、だからわたしが想像するような凡庸なことはしないのよ、きっと。

ご心配掛けておいて、気楽ですみません。
SS書いたら、妙に楽観的になってしまって。
心配事を全部吐き出したからかな。 SSはわたしにとってリハビリなんですよ。



> 「脳男」って、あらゆることを記憶してるってとこは薪さんぽいですね(^^)

Aさま、映画ご覧になりました? それとも原作かしら。
あれ、単なるダークヒーローものとして観てしまうと、「スゲー」で終わっちゃうと思うんですけど、実際、隣の席の男の人はそう呟いてたし、映画館でボロ泣きしてたのわたしだけだった気がするんですけど(笑)

主人公が背負った運命の苛烈さもさることながら、
人が生まれて初めて他者からの愛を受けた時、ひとは何を思い、どんな行動を取るのか。 あの作品のテーマは其処だとわたしは思いました。 女医先生を救い出すクライマックスは、脳男がラピュタのロボットに被って、泣けて仕方なかったです。

それは恋とか愛とか、そういうものではなくて。
女医先生が自分のために泣いてくれた時、彼は自分の両親から受けた愛情を思い出したんだと思う。 あの施設に送られる前、ずっとずっと幼い頃、確かに自分を愛してくれた人たちがいたこと、彼は思い出してそれで、自分の身を挺してでも彼女を守りたくなった。 そう思ったら涙が止まらなくて。
でも、だーれも泣いてなかったなあ。 なんでかなあ。

他者と感動するポイントがズレてるのはSS書きとしては致命的な気もするのですけど。 その前に人として色々致命的なので、大丈夫だと思います。(←??)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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