雨の名は沈黙(5)

澤村さんいい人計画(5) ←もうこのままで……ダメ?



 搬送された病院で眠り続ける薪の横に立ち、鈴木は窓から暗い空を見ていた。雲はまだ厚く東京の空を覆っていて、空にあるべき何もかもをその腹の中に飲み込んでいた。
 まるで彼のようだ、と鈴木は思った。
 全部全部飲み込んで。撹拌された悪と善は、もう鈴木には見分けることができない。

「……澤村さんは何処」
 目覚めると同時にぽつんと呟いた、薪の声の重さは彼がその答えを知っていることの証。鈴木はベッドの横の椅子に腰を下ろし、静かに告げた。
「残念だけど」
 そう、と抑揚のない声で鈴木の言葉を引き取り、薪は小さく溜め息を洩らした。
「で、僕のことは君が助けてくれたわけだ。ありがとう」
 違うよ、と言い掛けた鈴木の言葉を、薪が素早く遮る。
「このお節介野郎」
 見れば薪の亜麻色の瞳はナイフみたいに尖って、病院の清潔な枕の上から鈴木を睨み上げていた。

「どうせ誤解してるだろうから教えてやる。家に火を点けたのは」
「知ってる」
 それを薪の口から言わせたくなくて、鈴木は急いで言葉を被せた。それは澤村の、彼の父親の遺言でもあったから。
「最後に澤村さんが教えてくれた。薪を助けてくれたのも、澤村さんだよ」
 えっ、と驚きの声を発し、薪は起き上がった。睡眠薬で眠らせたはずの澤村がなぜ、と不思議に思ったに違いない。
「ずい分長い間飲んでたから。あの薬、殆ど効かなくなってたんだって」
「本当に?」
「おまえのこと、間抜けだって。澤村さん、笑ってたぞ」

 消防隊員に助け出された澤村は、まだ微かに息があった。病院に運ばれて間もなく息を引き取ったが、その際、鈴木に幾つかのものを託して行った。この遺言も、その中の一つだ。『剛に、自分のしたことを公言させるな』。
 他に澤村から鈴木が預かったものは、青いコーデュロイの表紙のアルバムと、白い封筒に入った手紙。アルバムは薪宛で、手紙は鈴木宛だった。
 アルバムには、薪の子供の頃の写真が沢山貼り付けてあった。両親と一緒に映された、夢のように幸せな家族の肖像。
 ページをめくって行くと、そこには薪が生まれる前の若かりし頃の薪の両親、俊と琴海の姿もあった。彼らと一緒に映っている、薪にそっくりの澤村の姿も。
 そして鈴木宛に残された手紙には、10年前の放火事件の真相が書かれてあった。

 どうして、と鈴木は臨終間際の澤村に尋ねた。
「どうしてオレに? 今まで守った秘密を、どうしてオレなんかに」
 あなたはオレが気に入らないんじゃなかったんですか。
 鈴木の問いに、おそらく澤村は笑いたかったのだと思う。しかし瀕死の澤村にできたのは、微かに頬を痙攣させることだけだった。
 言葉にならなかった澤村の答えを鈴木が知ったのは、それが手紙の冒頭に書かれていたからだ。

『王子気取りの鈴木克洋さま』

 痛烈な皮肉で始まった手紙には、鈴木への悪意が満ち満ちていた。本当に嫌われていたのだ。ていうか、あの会話、聞かれていたのか。燃えてしまったから分からないが、部屋に盗聴器でも仕込まれていたのかもしれない。澤村ならやりかねない、と鈴木は舌打ちした。
『私から剛を連れ去るとしたら、それは君だと予想する。何故なら君は、あの忌々しい薪俊にそっくりだからだ。業腹だが仕方ない。琴海が彼を選んだように、剛も君を選ぶのだろう。ならば』
 鈴木は両の眼を閉じて、澤村の右肩上がりの字を思い出す。ああ、今思えば筆跡まで薪にそっくりだった。
『剛が君を選ぶのなら、私に対する君の嫌悪が、剛に受け継がれることは避けたいと考える』
 それが、彼がすべてを鈴木に話した理由だった。鈴木を信じたわけではない、自分の息子を案じただけ。死人を悪く言いたくはないが、やっぱり嫌な男だ。

 ――でも。
 その理由は中々に、父親らしいと鈴木は思った。
 振り返れば、ずっと彼は父親だった。過保護で親バカで、現代の日本に於いては一番多いタイプの父親。自分の人生には何の光も見つけられず、すべてを子供に懸けた身勝手な、でも愛情深い親の姿。自分がしてきた苦労はさせたくないとばかりに子の行く道に転がる障害物を小石に至るまで除去しようと奮闘した、何とも愚かな父親。

「蛙の子は蛙か」
 ぽそっと呟いた薪の声があまりにも乾いていたので、鈴木は彼の心が砂になってしまったことを知った。
「恩人を焼き殺した。澤村さんと同じだ」
「違うよ。言っただろ、澤村さんには睡眠薬は効かなかったんだ」
「嘘だ。じゃあどうして澤村さんは死んだんだ」
「澤村さんを殺したのはオレだよ」
 弾かれたように顔を上げた薪に、鈴木は重ねて言った。
「澤村さんは薪を連れて、一旦家の外に出てきた。そこにオレが居合わせた。それから火の海に戻って行く彼を、オレは止めなかった」
「……どうして」
「おまえと同じ気持ちだったから」

 彼が犯した罪を思えば、それはむしろ慈悲だと思った。
 言われれば、薪の瞳は悲しみに曇って、そうすれば素直に泣くこともできる。泣くだけ泣いたら前に進める。それでいい、と鈴木は心の中で呟いた。

 鈴木は今こそ、彼に嘘を吐き通した澤村の気持ちが分かる。
 ほんの僅かでも、彼の心が軽くなるなら。どんな嘘でも吐いてみせよう、どんな罪でも被ってみせよう。嘘で自分が汚れることなど、少しも怖くない。

 膝を抱えて、病院のシーツを涙で濡らす薪を静かに見守りながら、鈴木は澤村から受け取った手紙の内容を反芻していた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Ⅰさまへ

Ⅰさま。


> ちゃんと澤村さんがいい人になってます・・・なぜ?

そうですか?
まだSSはそこまで進んでませんが~、
もしかしたらアレかな、わたしが「澤村さんはいい人」と念じながら書いてるから、何となくそれが伝わってるのかな? だとしたら嬉しいです♪

この先、物語のエンドに近付くに従って、「これは何処の澤村さんのお話?」というカンジになっていきますが(^^;)、
どうか生ぬるく見守ってやってください。


仕事の応援もありがとうございます。
やーっとひと段落つきまして。 今まで先延ばしにしていたこと、ようやくできそうです。 
Ⅰさまも、お仕事がんばってくださいね。
どんなお仕事でも、何がしかのやりがいって見いだせると思うんですよ。 どのような道でも、究めることは素晴らしいと思います。 それに、誰の役にも立たない仕事はこの世に存在しないので、Ⅰさまのお仕事の先にも必ず誰かの「ありがとう」が待ってます。 だからお互い、楽しく仕事しましょうね♪



> 清水先生の作品一人で読んでるんじゃなくてよかった!

お気持ち、わかりますー!
独りじゃ耐えられないですよねっ。 ←どういう漫画。
これだけ沢山の人が薪さんの幸せを祈ってるのだから、必ず願いは天に届くと思えるの、それだけでも心強いです。
ありがとうございました。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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