雨の名は沈黙(6)

 ここからは澤村さんの回想編でございます。
 何分にも思い込みで生きてるようなおばちゃんの妄想ですので、原作の何処をどう読めばこんな話が出てくるんだ、というツッコミは無しでお願いします。 突っ込まれても説明できませんwww。




澤村さんいい人計画(6) ←どうやら定着したらしい。


 澤村と琴海は、同じ小中学校の出身だった。
 生まれ持った容姿のせいで、澤村は当たり前のように仲間外れにされていた。子供ならではの無邪気でそれ故に残酷な遊びに、しかし琴海だけは加わらなかった。澤村が彼女に好意を抱くのは、必然だった。そしてまた、その想いを胸に秘めることも。

 容貌が邪魔をして、友達もできない。何をやっても認めてもらえない。成績は常にトップだったが、それを褒めてくれるものは誰もいなかった。唯一の例外が琴海で、彼女は張り出されたテストの成績表を見ては素直に澤村を賞賛した。面と向かって言われたことは無かったが、廊下で彼女の声が自分の名を呼び、「澤村君、また1番ね。すごいわ」と単純に感心するのを聞くだけで、澤村は毎晩遅くまで机に向かうことがまったくの無駄ではないと思えた。
 テストの点は高くても、肝心の内申書はあまり良くなかった。協調性が無く強情であると、悪い面ばかりが強調されていた。外国人敵視の風潮は教師間にも浸透していたのだ。
 この調子では、まともな職にも就けないのではないか。中学に進む頃には、澤村は自分の将来に不安を感じていた。そんな自分が彼女に想いを打ち明けるなど、迷惑になるだけだと思った。

 自分の気持ちを隠したまま、澤村は琴海と共に成長した。そして琴海は、大学の時に出会った3つ年上の薪俊と、あっという間に恋に落ちた。
 仕方がない、と澤村は思った。俊は琴海と同じ種類の人間で、長い迫害生活のおかげで他人と上手くコミュニケーションが取れなくなっていた澤村にも、屈託なく話しかけてくるような男だった。琴海が惹かれるのも無理はない。彼なら間違いなく彼女を幸せにしてくれるだろう。そう思うことで自分の気持ちに整理を付けた。
 その頃には、時代も変わりつつあった。澤村の心に残された傷は未だ血を流していたが、容姿に対する偏見自体は減ってきていたのだ。澤村が寛大な気持ちになれたのも、この世情が大きく影響していた。

 既に澤村は、55代マスターの称号を得ていた。栄えあるマスターに選ばれたことで、自分はもう虐げられる側の人間ではないと、自信を持つことができた。
 それより1年前、自分より後にプレミアムに入った俊が54代目マスターに選ばれたことについては、年齢的なものを考慮したのだろうと自分を納得させていた。俊は澤村よりも3つ年上、異例の速さと言うよりはプレミアムへの入会が遅すぎたのだ。

 澤村は二人を祝福していた。俊が琴海と付き合いだしてからも、俊とは友好的な関係を続けていたし、自然と3人で過ごす機会も多くなったが、琴海に対する自分の気持ちを匂わせるような真似は決してしなかった。
 今のままで、充分に幸せだと思えた。その頃の澤村が持っていたものと言えば仕事と片手に余るほどの友人のみ。他人からは寂しい若者に見えたかもしれないが、10代の頃に経験してきた地獄を顧みれば、最高だとすら思えた。
 すべてに於いて自分よりも勝っている俊を、羨む気持ちが無かったと言えば嘘になる。しかし、それは普通の人間なら誰でも抱く程度の羨望であり、暗く堆積するようなものではなかった。
 このまま平穏に時が過ぎればいい。澤村はそう願っていた。
 なのに、その悲劇は起こった。

『20世紀オリンピック公園新都市計画』
 当時の澤村が、総力を注いで一年掛かりで作り上げたプランは、ライバルの俊に敗れ去った。澤村の失意は大きかったが、それだけならあんなことはしなかった。澤村を悪鬼に変えたのは、自分のプランの何処が劣っていたのかと、向上心から問うた澤村に投げつけられた上司の心無い一言だった。
『君、亡くなったお父上が外国人だったって本当?』
 その時の上司の言い様は、自分のプランが落とされた理由はそれだと、澤村に思わせるに充分な無神経さだった。

 何も変わってはいなかったのだと、これからも自分には不当に扱われる人生が待っているのだと。打ちのめされた澤村の前に現れた琴海は、昔と同じように純真だった。澤村の前で、彼女は無防備にジャケットを脱いだ。女の白い肩が、眩しかった。
 彼女なら、と澤村は思った。

 彼女なら、自分を正当に評価してくれる。
 昔、張り出された成績表を見て彼女だけが自分を褒めてくれた。ありのままの事実を認めてくれた。
 彼女が、彼女だけが――彼女だけは。

 むき出しの肩に手を置くと、琴海は驚いて振り向いた。彼女の反応は当然だった。特に親しい交流があったわけではないが、知り合いになった月日を数えれば20年を超える。その間、澤村は一度たりとて琴海の身体に触れたことは無かったからだ。
 初めて触れる彼女の細い肩を抱きながら、澤村は狂うような嫉妬に身を焼かれていた。羨望が凶悪な感情に生まれ変わった瞬間だった。

 彼のところへ行かせたくないと思った。
 彼は、薪俊は何でも持っている。澤村が喉から手が出るほどに欲しがっているものすべて。家柄、財産、才覚、人望。日本人らしい風貌と、男性的な体躯も羨ましい。加えて、多くの友人と美しい婚約者。そして今日また一つ、澤村が天命だとまで思っていたプロジェクトを彼が持って行ってしまった。

 ひとつくらい。
 一つくらい自分が彼から奪ったとして、彼にはまだまだ沢山の宝物があるじゃないか。

 後になって思い返せば、どうしてあんなことをしてしまったのか、澤村にも順序立てて説明することはできなかった。あの時、上司にあんなことを言われなかったら、琴海があの部屋に来なかったら、彼女がジャケットを脱がなかったら。いくら悔やんでも、取り返しがつかなかった。
 許してくれとはとても言えなかった。謝罪することすらおこがましいと思った。
 澤村は、二人の前から姿を消した。あれほどに固執していたプレミアムも脱退した。二度と自分は表舞台には出ない。遠くから彼らの幸せを祈って、独りで生きていくつもりだった。

 二人が結婚し、男の子が生まれたと、風の噂に聞いた。時期的な符号が気になったが、お腹の中の赤ん坊にもDNA鑑定は可能だ。母体にかかる多少のリスクと倫理的な問題はあるが、薪家のような名門と呼ばれる旧家の長男の嫡子で、あの出来事を踏まえた上でその検査が為されないとは思い難かった。
 無事に産まれたなら、それは間違いなく俊の子だ。澤村はそう信じ、それまでと同様、彼らの幸せを祈りながら息を殺すようにして生きていた。ところが。
 3年ほど経ってから、新しい噂が澤村の元へ届いた。琴海が産み落としたのは澤村の子で、そのせいで彼らは薪家から追放された、と。
 そう聞いて、確かめずにはいられなくなった。二度と足を踏み入れまいと誓った東京へ、澤村はこっそりと帰ってきた。

 S区にある俊の家は立派だった。塀代わりの植え込みの隙間から中を伺うと、芝生のきれいな庭で、優雅に午後のお茶を楽しむ琴海の姿があった。傍にはもちろん夫の俊がいて、その間に、小さな亜麻色の頭が見え隠れしていた。
 3人は和やかに話をし、賑やかに笑い合っていた。子供は母親の膝の上から父親の肩に移り、高く持ち上げられて歓声を上げた。幸福を絵に描いたような、家族の姿。澤村は、鼻の奥がつんと痛むのを感じた。
 やがて、じっとしていることに飽きてしまった子供は、庭に放し飼いになっていた犬を追いかけて走り始めた。両親に見守られながら彼は庭中を走り回り、澤村の前を何度か通り過ぎた。

 一目見て、自分の子だと分かった。それは澤村が父親だったからではない。誰が見ても一目瞭然だった。彼は俊にまったく似ていなかったのだ。
 俊も琴海も、日本人らしい顔立ちと黒い瞳を持っていた。が、その子供の肌は抜けるように白く、眼はパッチリと大きくて、瞳は透き通るような茶色だった。
 遺伝子の残酷。彼は澤村の子供の頃に生き写しだった。

 剛と名付けられたその子供が自分の血を分けた子だと知った澤村は、琴海と俊の関係を知ったときと全く同じ感情を抱いた。それは彼の人生に一番親しい感情であった。怒りでも悲しみでもない。諦めという、そこからは何も生まれることのない行き止まりの感情。しかし今回に限って、澤村の中には強く沸き起こるものがあった。

 自分が傷つけた人たちの、でも今は幸せな姿。本当によかった。
 俊。琴海を、あの子を、愛してくれてありがとう。

 誰にも知られずひっそりと、澤村は彼らの様子を見つめ、最初に姿を消したときと同じように去って行った。彼らの幸せが確認できれば、それで充分だった。しかし。
 悪夢の夜から9年の時を経て、再び歯車は動き出した。




*****

 澤村さんと俊さんの年齢差について。
 グランドマスターが、2010年に澤村さんのお父さんが不幸にあった時「(澤村さんは)当時まだ10歳だった」と言ってるので、2026年の新都市計画コンペの時には澤村さんは26歳。 俊さんのお祝いをしてる友人が「弱冠29歳で」と言ってることから、俊さんの方が3つ年上。
 素直に読むとそうなるので、この創作ではそういう設定にしました。が。

 16歳の時に二人が友だちだったことを考えると、同い年の可能性が高いと思うんですよ。 1つくらいならともかく、3つ違ったら学生は友だちになりにくいでしょう?
 だからタクシーの中のあれは、 グランドマスターのボケ
「10歳くらいだった」という意味合いで言ったんだとわたしは解釈しましたが。
 みなさん、どう思われます?

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> 澤村さんは思い切り俊さんとタメ口

ですよねー。
どう考えても同い年ですよね。 傍から見たら絶対に澤村さんの方が年下ですけどww。



> 澤村さんが琴美さんを好きだった方がまだ救われるのかな。

どうかなあ、レイプには変わりないからなあ。 
琴海さんにも薪さんにも澤村さんの気持ちは伝わってないし、だったら意味がない気もします。 ←自分で書いておいて(^^;

なんかねー、澤村さんてこういう人じゃないかと思うんですよ。 思ってることを他人に伝える努力をしないの。 
それは彼の生い立ちに原因があるのですけど、その努力を放棄するということは人間社会で生きることを放棄するのと同じだと思うので、彼の企画が俊さんに負けたのは、プロジェクトリーダーとしての資質を問われたのかなと思います。 プランはともかく、実現には交渉能力と人をまとめる力が要求されますから。 コミュニケート能力の欠如はリーダーには致命的です。 


「あの一件がなければ薪さん生まれてない」というAさまのお言葉、鋭いです。(^^;
そうだよなー、薪さんは澤村さんと琴海さんのDNAで作られたんだもんなー。 他の女の人じゃ薪さんになってないんだよー。
でもやっぱりやりきれない思いが残ります。 反省するならまだしも、その上焼き殺すなんて。 それを知った薪さんの気持ちを考えると、胸が苦しいです。
来月号でこの辺、引っくり返らないかなあ。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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