雨の名は沈黙(7)

 一昨日と一昨昨日、過去作品にたくさん拍手くださった方、どうもありがとうございました。
 過去作は、懐かしいと言うか恥ずかしいと言うか生き恥と言うか、すみません若かったんです許してください。
 そして今公開してる話はもっとごめんなさいです許してください。





澤村さんいい人計画(7) ←このままではいけないとわたしの中の何かが叫ぶ。






 俊の立てた新都市計画に国の予算が付き、実現化される運びになったと聞いて、澤村はどうしても彼にお祝いを言いたくなった。もちろん、俊夫妻に直接会う心算はなかった。彼らの一人息子にそっくりの自分が彼らの前に姿を現すことは、彼らの平穏を乱すことだと分かっていた。
 家に赴き、塀の外からでも祝辞を述べて、彼らと一緒に新都市計画の実現を祝いたい。敗れたとは言え澤村も、新しい未来を創ろうと懸命に努力した。だから一緒に祝いたいと思った。あの夜、澤村が火災現場に居合わせたのはそういった理由からだ。

 塀の外まで聞こえてくる賑やかな笑い声と、何度も繰り返される乾杯の音。それを聞いて澤村は、9年前、俊のプランが通ったことを祝っていた友人たちを思い出した。
 どうしてあのとき。あの中に入って、一緒に祝うことができなかったのだろう。プランは通らずとも実現化に向けて手伝いをさせてくれと、申し出ていればきっと俊は喜んで澤村を仲間に加えてくれた。彼はそういう男だった。無神経で無頓着で、こちらのプライドなど気にも留めない。でもだからこそ、一番心を許せた友人。

 祝いの席に集まった人々が一人二人と帰って行き、やがて屋敷が静まり返っても、澤村はその場を離れがたかった。5月の夜の爽やかな風に吹かれながら、ふと空を仰ぎ見ると、二階の一部屋にだけ明かりが灯っていた。
 あそこに剛がいる。澤村は直感した。
 南向きの、窓の広い部屋だった。大切な一人息子に相応しい、環境の良い部屋だ。その部屋の明かりは、いつまでも消えなかった。8歳の子供がこんな時間まで起きているのか、子供の夜更かしはよくない、俊も琴海もちょっと息子に甘過ぎやしないか、と思いかけて苦笑する。言えた義理じゃない。

 ガササッと植木の枝が擦れ合う音がして、澤村はそちらに目を向けた。高級そうな背広を着た男が、酔ってでもいるのか植え込みに足を突っ込んでいた。正門ではなく横手の通用門から出てきたのが解せないが、服装からして来賓の一人と思われた。もう屋敷内には誰も客は残っていないと思っていたのに、不審に思ってよく見れば、澤村はその男を知っていた。
 まだ高校生の頃だったか、俊に誘われて彼の実家に遊びに行ったことがある。伝統的な日本建築の大邸宅で、家柄に相応しく大層立派な家だった。その男とは、そこで一度会っていた。つまり、俊の弟だ。年は俊より5つほど下だったと思う。
 文武両道に秀でていた兄の俊と違って、弟はいささか素行が優れないと聞いていたが、子供のことで、いや、澤村のせいで、俊が薪家から追放された後には彼が本家を継ぐことになっていたはずだ。
 親が縁を切ったとしても、やはり実の弟だ。兄のお祝いに、そっと忍んできたのだろう。

 自分の姿を見られてはまずいと思った澤村は、素早く植え込みの影に隠れ、彼をやり過ごそうとした。酔っているものとばかり思っていた彼は、意外にも素早い動きで起き上がり、足早に去っていった。ずい分慌てているような素振りで、それを澤村は、彼が家族に内緒で此処へ来たことの証と捉えた。
 羨ましい、と澤村は思った。
 親に隠れて祝杯を挙げに来てくれる、自分にもあんな兄弟がいたら。

 澤村は、肉親の情には縁遠かった。それもやっぱりこの顔立ちのせいだ。
 父親と息子が外国人のような顔をしているというだけで、澤村家は近隣の家から白い眼で見られた。一日中家にいる母親にとって、それはとても辛い状況だった。子供会や母親集会に参加しても、誰も口を利いてくれなかった。父親が生きている頃はまだよかったが、彼が身に覚えのない疑いを掛けられた挙句に嬲り殺された後、彼女はたった一人でその状況に耐えなければいけなくなった。
 結局はそれが元で、母親は精神を病んでしまった。それからは地獄の日々だった。
 錯乱した母親は澤村の顔を憎むようになった。何もかもこの顔が悪いと、まだ小学生だった澤村にすべての責任を取らせようとした。澤村の身体には生傷が絶えなくなり、このままでは殺されてしまうかもしれないと不安を抱き始めた矢先、母親が首を吊った。澤村はその時、涙も出なかった。

 その後は親戚に引き取られて何度か住居を変わったが、根拠のない疑惑と理由のない暴力は、何処へ行っても付いて回った。悪い事が起こるとそれは必ず澤村のせいになった。いくら身の潔白を力説しても信じてはもらえず、いつしか澤村は自分を守ることを止めてしまった。勝手に人を悪者にすればいいと思った。
 そんな少年時代が今の澤村を創った。自分を慕ってくれる弟の一人でもいたら、また違った人生になっていたかもしれない。

 感傷に耽る澤村の薄茶色の瞳に、信じ難い光景が飛び込んできたのはその直後だった。リビングの大きな窓が、突如として赤く染まったのだ。時間にして、10分も経っていなかった。
「な……!」
 何が起こったのか、初めは分からなかった。きな臭い匂いがしてきてようやく、火災が起きたのだと理解した。通風孔から上がっていたはずの黒煙は、曇った夜空が隠してしまっていた。

 急ぎ足で帰って行った、俊の弟の姿が甦る。
 火災を発見して慌てて逃げた? 自分だけ? そんなバカな話があるものか。

 一瞬にして事の次第を察した澤村は、迷わず邸内に駆け込んだ。玄関は閉まっていたが、裏口は鍵が開いていた。弟が脱出後、そのまま放置したのだろう。
 中に入ると、真っ白で何も見えなかった。機密性の高い近代住宅の特質が仇になり、内部は煙が充満していたのだ。それに目を刺され喉を焼かれて、澤村は思わずその場に蹲った。
 10分でこんなに燃え広がるわけが無い。灯油か何かを撒いて、火を点けたのだろう。現代建築に使われる不燃性の壁紙や木材に油を含ませて無理矢理燃やすと、極めて有毒なガスが発生する。この煙に巻かれれば人間は簡単に意識を失い、そのまま焼死することになるのだ。

 澤村が床を這うようにして見つけたこの家の住人たちは、すでにこの世のものではなくなっていた。ガスのせいではない。彼らの身体は炎に包まれ、燃えていた。まだ完全に屋敷に火が回っていない状況で、それはとても不自然な現象だった。彼らは、燃やされたのだ。
「薪……、琴海さんっ!」

 それからは夢中だった。澤村はソファカバーを引き剥がし、洗面所を探して水を含ませ、二人に掛けて火を消そうとした。冷静に考えたら、この状態で人間が生きている道理が無かったが、その時の澤村は火さえ消えれば無傷の彼らがそこに甦るような、そんな幻想に囚われていた。
 炎と戦おうとして、澤村は手痛い逆襲を受けた。彼らに布を掛けた際、火が澤村の衣服に燃え移ったのだ。
 床に転がって何とか火を消し、火傷の痛みに呻きながら二人を見ると、澤村の作戦が功を奏して、二人の身体を焼いていた炎は消えていた。しかし、澤村の望んだ奇跡は起きなかった。
 黒焦げになった二人の身体は、顔すら分からなくなっていた。俊の指に残った指輪と、琴海の髪に飾られた髪飾りだけが、二人の生前の姿を思い起こさせた。

「こんな……どうして」
 無残な姿になった俊に取り縋り、澤村は涙をこぼした。焼け焦げた琴海の身体を抱いて、いっそ、自分も死んでしまおうかと思った。
 自分が狂わせた彼らの人生を、彼らは懸命に立て直し、やっと此処まで来たのに。あの夜の澤村の過ちが今日の惨劇を招いたと言うなら、もう生きてはいられない。
 周りを取り巻く煙と熱が、澤村の気力を奪っていく。煙を吸えば躰は反射的にそれを追い出そうとする、その反応さえ煩わしかった。
 だが、そのとき。その声は、澤村の耳に雷鳴のように響いたのだ。

「お父さん!」
 甲高い子供の声だった。必死に両親に助けを求める、涙交じりの叫び声。声のする方向を探れば、階段の隅に蹲って泣いている少年の姿が見えた。
「お父さん、お母さん!」

 あの声は、自分を呼ぶ声。自分に生き写しの彼。
 剛。私の子。

 琴海の遺体を床に置き、澤村は走った。階段の所に屈んで動けなくなっている彼に、手を伸ばす。炎から庇うように、胸の中に抱きしめる。
 そのとき倒れてきた家具の一部が澤村の背中を殴打し、倒れた拍子に顔面に火が迫った。澤村の腕の中、恐ろしさに身を縮こめる子供が、「お父さん、お父さん」と澤村にしがみついてきた。

 この子を助けることができたとして、この子が私の顔を見たら。
 気付いてしまう、自分が俊の子供でないことに。時を経ずして分かってしまう、自分が罪の果てに生まれてきた子供であったこと。
 そんな十字架を、この子に背負わせたくない。

 澤村はぐっと奥歯を食いしばり、顔を火の中に突っ込んだ。俊の遺体に泣き伏した際に油をもらってしまったのか、火は異常な速度で澤村の顔面を焼いた。
 想像を絶する痛みの中で、澤村はその願いを声に出すこともできず、心の中で叫び続けた。

 神さま。
 ずっと唾を吐き続けてきたあなたに、生まれて初めて祈ります。どうかこの子を。この子だけはどうか。
 助けてください助けてください助けてください。
 どうか。




*****


 3月25日、一部訂正しました。
 澤村さんが自分の過去を振り返り、自分にも弟がいたら、と俊さんを羨む一節です。
 最初、澤村さんのお母さんは早くに亡くなったものと読み違えてしまい、そのように書いてしまいました。 訂正前のものを読まれた方には、大変失礼しました。
 Aさんに教えてもらって修正したら、実母による虐待と自殺まで加わってしまって、ますます澤村さんが悲惨なことに(@@) どっちにせよ失礼しました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> 原作でもそんなどんでん返しがあれば

ないない。<おい。
犯人は澤村さんで確定だと思います。 でも、死んでほしくはないの。('・ω・`)


> そういえば、澤村さんの母親はどうなったんでしょう?

きゃー、ごめんなさい! がっつり読み落としてました。(^^;
ご指摘通り、70Pに「妻子の待つ家に」とありますね。 SSの該当箇所は直しておきました。 すみませんでした。

それにしても澤村さん、お母さん、いたんだ……いたのに、あんなに曲がっちゃったの? なんて親不孝な。(><)
でも、薪さんのちょっと意地悪なところは魅力になってますね。 同じ顔でも 身長が違うと 魂が違うってことですかねww。


> 薪さんは鈴木さんのおかげか第九の室長になるほどリーダーとしての能力も身に着けましたけど。

鈴木さんと会ってなかったら、あのままだったんでしょうね。 きっと、人間として大事なことは、全部鈴木さんが教えてくれたんですね。 そうなると、鈴木さんは薪さんの第二の親なんですね。 澤村さんは……親じゃないよ、あんなの。
その鈴木さんを殺めてしまうなんて、どれだけのショックだったことか……思うだけで苦しいです。(;_;)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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