キセキ(4)

 おはようございます。

 オットが『XDAY』を観に行くんだって朝っぱらから騒ぎ始めたので拉致られてきます。 男爵の続き書きたかったなー。 ←薄情な相棒ですみません。







キセキ(4)






 日本の首都である東京都は大都会のイメージが強いが、郊外に出ると実に多くの自然が残されている。中でも奥多摩町は、その面積の殆どが森林指定されている。車窓からの風景は森と山に埋め尽くされ、東京都と称するのが躊躇われるくらいだ。
 薪が住んでいる吉祥寺から車で約2時間、ここには薪の好きなものがたくさんある。風に揺れる草木の青々しい匂い、樹々の心地良いお喋り。繁った葉の間から時折顔を覗かせる愛らしい小動物。街中で機械に囲まれた生活を送っていると、そういったものが恋しくなる。そんな心理も手伝って、青木が運転する車での奥多摩ドライブは、薪の楽しい休日の過ごし方ベスト3に間違いなくランクインしている。
 はずだった。

 ドライブなんか大嫌いだ、と後部座席で身を捩りながら、薪は歯軋りする。車に乗って他人の眼が届かなくなったら口のガムテープは外してもらえたが、手首の戒めはそのままだ。運転している青木に飛び掛ったら事故になるから、というのがその理由だった。人をケモノ扱いしやがって。
 前の席でくつろいでいる青年の、白い横顔が青木に何事か話しかける。山中の砂利道でタイヤの音がうるさく、地獄耳の薪にも内容は聞き取れないが、軽い戯言であったらしい。青木がアハハと笑ったからだ。……なんかムカつく。

 穏やかに微笑む青年を睨みつけ、薪は唇を噛み締める。
 そこは僕の席だ。周りの景色が良く見える助手席は僕の指定席、立場から言ってダイニングテーブルの上席も僕の、いや、席順の問題じゃない。
 青木の隣は僕の席だ。
 ずっと一緒に生きて行こうって決めたんだから。並んで歩いて行こうって約束したんだから。なのに、どうして別の人間が青木の隣で笑っているのだろう。見た目がそっくりだからって、あんなに簡単に騙されるなんて。真偽の見分けも付かない愚かな恋人の後頭部に、踵落しを決めてやりたい。そうしたら青木も思い出してくれるかもしれない。
 青木、僕たちは知っているはずだ。
 言葉なんかなくても、言葉以外のもので通じ合う術を。何年も重ね合ってきた想いの層が、その不可能を可能にする。量りきれない想いと数えきれない思い出、それらを共有することで、自分たちは互いに唯一無二の存在になっていたはずだ。それなのに。

 憂慮の中で薪は、先刻の寸劇の中に落とされた衝撃の事実を思い出す。
 彼は、アリスのことを知っていた。名前も、彼女が妖怪を捕縛する方法を知っていることも。あれは青木と自分だけの秘密のはずなのに、どうして?
 アリスの名前が彼の口から出る前に、青木と彼がその話をするチャンスはなかった。あの時あの森の中で、彼はどこからか自分たちの様子を見ていたのか? もしかして、彼もまた妖怪の仲間で、変身能力を用いて薪の姿に化けているとか?
 しかしあの時青木は、妹妖怪の変化を簡単に見破った。匂いが違うとか胸がドキドキしないとか、薪にはとんと分からない理由で、でもとにかく青木は騙されなかったのだ。それが今回は自分から抱きついて、キスまで。完全に薪本人だと思い込んでいるのだ。
 この矛盾は、どう解釈すればいいのだろう。

「青木」
 青年の声に、車が停まる。辺りはうっそうと繁る木々の群れ、かなり深いところまで来ている。奥多摩は常緑樹が多いから冬でも枯れ山にはならない。が、寒さは一緒だ。運転席のパネルに表示された外気温は、3度と出ている。
「この辺りでいいんじゃないか」
 この辺りで、って、何言ってんだこいつ。まだランチには早いぞ。
「そいつ、下ろしてやれ」
「みゃっ!?」
 冷酷な亜麻色の瞳が振り返る。その視線から逃げるように、薪の身体は自然と後部座席の隅にいざった。

 摂氏3度の森に人間を置き去りにしたら、それは未必の故意だ、立派な殺人だぞ。タクシー運転手が泥酔した客を下ろしたらその客が川に落ちて死んで損害賠償払わされた判例もあるの、知らないのか?
「ほら、近くに川も流れている。餌には不自由しないだろう」
 12月の川に入って魚を獲れと? どこの無人島生活だ、カメラは何処にあるんだ?
 なんてボケをかましている場合じゃない。こんなところで車から降ろされたら、半日も経たずに凍死体になる。
 そんな残酷なこと、青木はしないよな? と運転席を見やると、彼はにっこりと微笑んで、
「そうですね」
「みゃー!!」
 ヒトデナシ、と叫んだつもりが車中に響くのはネコの鳴き声。なんて緊迫感のない。

 青木の強い腕に抱えられ、薪は車から降ろされた。瞬く間に身体が冷えて、白い頬が青ざめる。それも当たり前、薪の格好は青木のシャツ一枚。ほぼ裸に近いのだ。
 冷えも強敵だけど、それより深刻なのは足だ。裸足で砂利の上に立つなんて、なんの拷問だ、なんでも喋るから許してくれって今はネコ語しか喋れないけどなっ。

「これ、あげるから。元気でね」
 青木はトランクから毛布を出して、薪に被せてくれた。毛布に包まれた薪は、車中ではピンク色だったくちびるを痛々しい葡萄色に変えて、悲しそうに青木を見つめた。
 最愛の恋人にまで裏切られて、薪はすっかり気落ちしていた。手首の戒めを解いてもらう為に後ろを向いた彼の背中は、まるで本物の猫のように丸まっていた。
「ああ、痕になっちゃった。ごめんね」

 するりと解けた緑色のリボンが道に落ちた瞬間、薪は身を翻した。ぴょんと飛び上がって、青木の首にぶら下がる。落下の危険を感じて回された青木の腕を支えに、彼の太い首を両腕で、胴体を脚で抱き、顔をぐっと近づける。
 しっかりと見つめる、青木の瞳。何度も何度もこの眼に見つめられた、彼の眼に刻んだ自分の顔を、彼が愛した亜麻色の瞳を、長い睫毛を小さな鼻をつややかなくちびるを。心を込めて、彼にもう一度差し出した。
 お願いだから受け取って。

「薪、さん……?」
 寒さに震える薪のくちびるが、青木のそれに触れ合わんばかりに近付いて、刹那。
 ゴン! と青木の額が大きな音を立てた。
『このあほんだら! 眼を覚ませッ!』
「あ痛ぁ! 薪さん、ひどいですよ、オレいま両腕使えないのに」
 薪の頭突きが決まって、青木は泣き声を上げた。やっといつもの調子が出てきた、やっぱり奴隷にはアメよりムチだ。

「青木。僕はこっちだ」
 車のドアを閉める音と共に、些少の不満を含んだ声が聞こえた。薪のよそ行きの革靴に砂利で小傷を付けながら、彼はこちらに歩いてきた。
「僕とそのバケモノを混同するなんて。それでもおまえは僕の恋人なのか」
「す、すみません、薪さん。でもこの仔、本当に薪さんに似てて……それに」
 叱責の言葉に、青木は少しだけ怯んだが、直ぐに体勢を立て直した。それから、薪がどうしても逆らえなくなる真っ直ぐな眼をして、
「この仔、ここに置いて行って大丈夫なんでしょうか。すごく寒そうに震えてるし、ちょっと裸足で立っただけで足の裏が擦り剥けてるし。こんなひ弱な仔がこの環境で生きられるとは、オレには思えません」
 恋人の意向に逆らいながら、青木は薪の身体を爪先まですっぽりと毛布でくるみ、傷ついた足を庇うように抱き上げてくれた。それから、氷のように冷たくなった足を擦って温め、トランクに常備してある薪のスポーツソックスとスニーカーを履かせてくれた。青木の手はやさしかった。大切なものを扱う手つきだった。

「それで。おまえはどうしたいんだ?」
「オレのアパートで」
 言いかけて、青木は言葉を止めた。理由は薪にも直ぐに分かった、青木のアパートはペット禁止だ。
「冬の間だけでも、薪さんの家に置いてもらえませんか? 世話はオレがしますから」
「……仕方ないな」
 亜麻色の髪の青年は、はあ、と溜息を吐き、薪が青木のバカさ加減に呆れた時にするように、細い肩を竦めた。よかったね、と笑いかける青木を見上げて薪が頬を緩めた、次の瞬間。薪は、強い力で青木の腕から地面に突き落とされた。

「貸せ。僕が捨ててくる」
「薪さん」
「少しは僕の気持ちも考えてくれ、青木。我慢できないんだ。自分そっくりに化けたキツネなんか、不愉快極まりない」
 偽者に腕を掴まれて、座ったまま引きずられた。薪は必死に抵抗したが、彼の力は圧倒的だった。鋭い砂利の角が、薪の剥き出しの下半身に傷を作る。その痛みに薪は呻いた。
 青木、助けて、と薪は何度も叫んだが、辺りに響くのはもはや聞き慣れたネコの鳴き声で、さすれば彼に伝わる道理がない。青木は困った顔で薪を見ていたが、ついに痛ましそうに眼を逸らした。青木はいつでも薪の命令には絶対服従で、その姿勢が乱れたことはない。彼の忠誠を薪は甘受していたが、立場が違えばそれは脅威になるのだ。

「おまえはここにいろ。こいつは狡猾だ。おまえの甘さを見抜いているんだ」
 着いてくることも止められて、青木はその場に立ち竦む。彼の姿がどんどん遠くなる、離れていく、見えなくなってしまう。堪らなくなって薪は叫んだ。
『青木!』
 ミャオウゥ、と言う悲しげな声が、青木の耳に細く響いた。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Ⅰさまへ

Ⅰさま。

> ネコ薪さんの肉球といい、ネコ声で鳴くのもかわいいと思っていましたら、ドSな展開に?

わはははー。 なんでこんなことになっちゃったんでしょうね~www。

肉球とネコ声、萌えますよねっ。
でもって、猫薪さんが「みゃ~ん」と悲しげな声で鳴いて肉球で涙を拭うのはもっと萌え、、、、すみません。
この話、全部で79Pあって、中盤まではひたすらドS展開なんですけど、後半は猫薪さんの反撃ターンになるので、それまで何とか耐えてください。(^^;

Sさまへ

Sさま。

おおおお! Sさんも読まれましたかー!
あれ、すっっっごい! ですよね!!

アニメ、観ました。
おっしゃる通り、クオリティ超高い! 立体機動、めっちゃカッコいい!! 『秘密』もこのスタッフが作ってくれればよかったのに!!(え)


>人間はだれでも巨人になる可能性があるってこと?

わたしが今考えているのは、ピクシス司令官が、
「昔、人類同士で争いが絶えなかった時、誰かが『他にもっと強大な敵がいたら人間同士の争いは無くなる』みたいなことを言った人がいた」
という意味合いのことをエレンに話していた辺りから、本気でそれを作ってしまった誰かがいたんじゃないかと。
で、巨人に化けられる人たちは、巨人を作った人たちの末裔、つまり巨人を操る側の人間で、代々その役目を背負っている。 エレンの場合は、その血族の血液か何かをお父さんに注射されて、その能力を身に付けてしまった。 
なんて想像してますけど多分ちがう。←当たった試しがない。

たいだい、あの壁を巨人の硬化能力で作ったって、それ、巨人側の協力がなければできないじゃん。 だから巨人を作ったのは人間で、操ってるのも人間なんじゃないかと。 
なのに人類を滅ぼすようなことをしたのは、人類が滅びることより大事な何かを巨人は守ってるってこと。 考えたのは生態系ピラミッドで、このまま逆ピラミッド化が進むと星そのものがダメになってしまう、あるいは人間同士の争いがエスカレートして母星を滅ぼしかねないので、増えすぎた人類を間引くために巨人を作りだしたとか。 ←おそらく違う。

本当にね~、色んな謎があって、物語が進むほどに深まって行って。
わたしの予想はほぼ100%の確率で外れるのですけど、想像するの、楽しいですよね。(^^


あと、偽予告は、
毎回爆笑してます。(>m<)
シリアスな話ほど、こういうギャップが楽しいですよね。 『秘密』もあったら面白いのにwww。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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