キセキ(6)

 薪さんの偽者は、この話では当然悪役です。 なのに、何故かみなさん「偽薪さん」とさん付けで呼ばれてるのが微笑ましいです。(^^ 
 薪さんと名が付けば、悪人でもさん付けしちゃいますよねww。


 さて、お話の続きです。
 果たしてネコ薪さんは野生化して森中の動物達を従え、エイリアンと全面戦争に持ち込むことができるのか! ←そんな話だっけ?





キセキ(6)







 彼の姿が見えなくなってから薪が最初にしたことは、自分の居場所を確認することだった。
 引き摺られてきた距離は1キロくらい、何度か横道に入ったけれど、それくらいは覚えている。この山道を通って先刻の公道に戻るには、半時ほど歩くことになるだろう。青木が靴を履かせてくれて助かった。
 公道に出れば車が走っている。できれば東京へ戻る車に乗せてもらいたいところだが、この身なりでは難しかろう。ましてや薪はいま、言葉が喋れない。
 よし、と気合を入れて、薪は道を選んだ。

 奥多摩から東京までは約50キロ。歩けない距離ではない。

 あんな危険な生物に青木を任せるなんて、とんでもない。
 危害は加えないと彼は言ったが、信用できない。何らかの目的があって、彼は青木の傍にいるのだ。薪の脳をトレースしたのなら解っているはず、「仕事が入った」の一言で青木は自分の家に帰る。なのに行動を共にしているのは、彼の目的とやらに青木が関与している証拠だ。

 東京へ戻って、まずは青木のアパートへ行く。合鍵の場所は知っているから、中へ入らせてもらう。それから何とかして、自分が薪であることを彼に分からせる。方法は模索中だが、きっと何とかなる。頭突きをお見舞いした時だって、惜しい所だった。あいつの邪魔さえ入らなければ、必ず道は開ける。
 相手を油断させるため観念した振りをしたが、ここで死ぬ気などさらさらない。そう簡単に諦められない。この命は、これまでに何度も周囲の人々に救われてきた命だ。彼らが必死になって守ってくれたものを、安直に投げ出すことはできない。

 傷ついた足がズキズキと痛む。その痛みで薪は昔を思い出し、頬を緩めた。
 8年前の自分と現在の、何という違いだろう。
 ずっと昔、薪は痛苦を拠り所に生きていた。毎晩自分で自分の身体を抉り、その痛みで正気を保っていた。あの頃は、自分が生きるために痛みが必要だったのだ。いま薪は、大事な人を守るために痛みに耐えている。なんて幸福なことだろう。
 痛いことに変わりはないけど、と薪は皮肉に笑い、青木の顔を思い浮かべた。

 頭突きでもう一歩のところだったのだから、いつもの回し蹴りを決めればあるいは、と薪が、青木にとっては甚だ嬉しくない自己証明の方法を考え付いたとき、薪の後ろで不吉な唸り声が響いた。
 ぎょっとして振り返る。嫌な予感は的中し、果たしてそこにいたのは数匹の野犬だった。
 東京の野良犬と森の野犬はまるで違う。季節に関係なく残飯が溢れている街中と違って、冬の森には食べ物が無いのだ。おそらくは血の匂いに引かれてやってきたのだろう、彼らはやせ細り、その目は血走っていた。
 彼らを見据えたまま、じりっと後ずさる。背を向けて走り出そうものなら、一斉に襲い掛かってくる。手探りで薪は、横に生えていた木の枝に手を伸ばした。野犬の数は5頭。素手で倒せる自信はなかった。

『悪いな。餌は他所で探してくれ』
 柔道の試合もそうだが、戦いにはハッタリも必要だ。薪は不敵に微笑み、威圧的な言葉を発した。薪の口から出たのはミ゛ャアと言う低い鳴き声だったが、なかなかどうして、ドスが効いている。
 やがて薪の手は棒術に適切な太さの枝を見つけ、それを折り取ろうとした。が。

『……あれ?』
 つかめないっ!

 ネコの手になったことを忘れていた。この手では樹の幹に爪を立てることはできても、枝を握ることはできない。かと言って、猫のように木に登ることもできない。この爪では人の体重を支えることは不可能だ。
『い、いやあの、今日のところは穏便に、きゃ―――っ!』
 脚は痛むが逃げるしかない、っていや無理! 怪我してなくても人間、犬より速くなんて走れないから!!

 必死で逃げたが、10mも走らないうちに追いつかれた。飛び掛ってきた最初の犬を避けて、道端のガサ藪に突っ込む。小枝が薪の身体に無数の傷を作る。新たな血の匂いが、野犬たちを煽り立てた。
『見逃してくれたら後で神戸牛をご馳走するから! もちろん骨付きの!』
 毛布に爪を引っ掛けて振り回し、次の犬を叩く。そばから別の犬が毛布に食らいつき、薪の手から唯一の防寒具を奪い去った。
『そうだ、可愛い女子を紹介しよう! 血統書付きの雌犬だ、出会いのチャンスだぞ!』
 ガウッと吠え立てられて、薪は焦った。高級和牛もステキ女子も、ワイルドな彼らにとってはさしたる魅力も無いと見える。ていうか、言葉が通じてないみたいなんだけど、それはちょっとヒドくないか? 人間の言葉が喋れなくなった代わりに動物と意思疎通できるようになるってのがファンタジーの王道だろうが、これだから異星人はっ。もっと地球の文化を勉強して来いよ!

『……ダメかも』
 思ったら負けだと分かっていたけれど、ついつい口に出てしまった。次の瞬間、彼らは集団で襲いかかってきた。
 彼らの眼には大層なご馳走に映ったのだろう、初めに噛まれたのは引き締まったふくらはぎ。太腿に二の腕、それからシャツが破けてむき出しになった脇腹。激痛に叫んだのは最初のうちだけで、すっかりはだけた肩に噛み付かれたときにはもう声も出なかった。
 腕を振り回して威嚇することすらできず、薪は小さく身体を縮こめた。人間は危機に瀕すると、生命に直結している急所を守るために心臓や頚動脈のある喉を庇おうと、身体を丸める習性がある。いかに薪が天才でも、こうなってしまったら本能に従うしかなかった。

 ろくな死に方はしないと思ってきたけれど、まさか野犬に噛み殺されるとは。しかも、こんな人外の格好で。
 痛みで気が遠くなる。寒さが半端ない、きっと血が流れ出てしまっているのだ。出血多量で死ぬときって、こんなに寒いのか。
 聴覚も失われてきているのか、犬の吼える声がどんどん遠くなる。噛み付かれているはずなのに、痛覚すらない。肩にのしかかっていた犬の、土まみれの足の重さも感じない。
 ふわりと身体が宙に浮く感覚。魂が肉体から離れる時は、こんなにハッキリと分かるものなのか。まるで青木に抱き上げられたみたいに、なんの不安もない。

「薪さん」

 青木の声が聞こえる。薄れかけた意識の中、それでも薪は疑問に思った。
 どうして青木の声なんだ、ここは鈴木のだろう。これから自分が行く場所にいるのは鈴木なんだから。そうでなければ青木は早くもエイリアンの餌食になったということに、それは困る!

 根性で眼を開けた。額から流れた血が眼に入ったらしく、薪の視界は犬のように真っ赤だったけれど。
 心配そうに薪を見る青木の顔があって、その向こうには師走の曇り空。下方に視線を落とせば、薪が折ろうとして諦めた木の枝とキャンキャン喚きながら逃げていく野犬たち。その後ろで、腕を組んで氷のような瞳でこちらを見据える麗人の姿があった。





*****

 野生化、しませんでした。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Sさまへ

Sさま、こんにちは。
お元気でいらっしゃいましたか?


> 今回の薪さんの命の危機って半端ないよ?

ですよね、痛いですよー。 
狂犬病だって怖いしねー。 ←まるで他人が書いたかのよう。


> そんなのに5か所も噛まれたら、あとは宇宙人薪さんが

あ、すごい、ここで読み切る人がいるとは思わなかったです。 さっすがSさま。
そうと分かるのは大分後ですけど、実はそうなんですよ~。

そうそう、薪さんが力持ちなの、おかしいですよね。
奥多摩に革靴履いてくるのもヘン。 その通りです。
細かい所まで読んでくださってありがとうございます。 嬉しいな~。


> だってあんなに青木君に縋る薪さんが可愛くて!早く気づいてあげてって思わずにはいられない。

ねえ!
何をやってるんでしょうね、青木さんは! ←まるで他人が書いたかのようその2。

にに子さんの原案からはえらく遠ざかってしまいましたが。(^^;
必ずハッピーエンドにしますから、しづを信じてくださいねっ。



> お約束通り

現実はどうなるか分からないから、というSさんのご意見、本当にそうだと思います。
わたしの苦労なんてSさまの100分の1くらいですけど、
不条理で納得のいかないことは現実だけでたくさん。 フィクションの世界くらい、幸せが約束されててもいいじゃない、って思います。 ご都合主義とかおとぎ話とか、上等ですわん♪


> もっと早くから薪さんを知ってたら

わたしもたまに思います~。
昔のメロディの付録とか、コミックス未収録のショートショートとか、垂涎モノのグッズがいっぱいあるのー。 欲しかったなあ。


> 生まれた年とは無関係

当たり前ですよ!
最初こそ、わたしもうすぐ40になるのに何やってんだろー、って思いましたけど、あそこで自制しなくて良かったです。 
こうしてSさんともお知り合いになれて。 ブログ始めてよかったです。(^^



4年の間に変化、しましたねえ。
わたし自身も変わりましたし、正直な話、読者さんも大分入れ替わりましたよ。 もちろん、4年間ずーっと親しくお付き合いいただいてる方も何人かいらっしゃいますけど、4年前は足しげく通ってくれて薪さんのお話をしてくれた方が、今は別のものに興味を持たれてたり。 淋しい気もしますが、これも自然なことなんですよね。
そういう面では(ブログの世界も)現実世界と変わらない。 本当ですね。
だからこそ、現在進行形であることに満足しよう――そうですね。 わたしもそうします。


Sさんのお話、もともと頭が良い方なのか、人生経験を積んでらっしゃるからか、とても惹き込まれます。 いつも、いいこと言うなあ、って感心します。
これからも人生の先輩として、色んなお話を聞かせてくださいね。 Sさんのブログも楽しみにしてます。(^^


Ⅰさまへ

Ⅰさま。

ネコ薪さん、かわいいですか?
薪さんは元々ネコ気質ですよね。 大好きなご主人様に対しても犬みたいに尻尾振らないし。 気品があって、用心深くて、ちょっとだけイジワルなとこもwww。


> 困ったときの薪さんの前向きなところが好き

うちの薪さんに諦めという文字はありません! 守ると決めたものは絶対に守る、のはいいんですけどね。 もうちょっとこう、気にして欲しいとこもあるんですよねえ……自分の命とかさあ……。


> ほんわかに見せかけてどーんと展開するのでどS

ドSの「ド」は、どーんと展開のド だったんですね。(>m<)
言われてみれば、ネコ薪さんなんてほんわかの代名詞みたいなものなのに、この展開。(笑)


青木さんが出てくるとホッとします?
きっとそのうち、
「いつまで気付かんのじゃこのボケはー!」
て思うようになるんじゃないかとごほふぉっごほ。

「(薪さんの気持ちに)早く気付いてよ!」と読者に思わせるのは青木さんの役どころだと思います。(・∀・)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: