キセキ(7)

 こんにちは。

 薪さんのお怪我が心配だと思うので、急ぎ続きをアップしますー。
 しづ、いい子。






キセキ(7)





 長い夢から醒めて眼を開けると、薪の傍には青木が佇んでいた。場所は自宅のリビングで、薪はソファの上に寝ていた。うたた寝していたらしい。
 薪が起きたことに気付くと、彼はにこりと微笑んで、薪の額や髪を慈しむように撫でた。
 ああ、いつもの青木だ。
 酷い夢だった、しかもあの長さ。昨夜、寝る前に飲んだワインがまずかった、やっぱりワインは体質に合わないんだ、と薪は自分の行動を振り返り、悪夢に一応の理由を付けた。
 なんだか身体中が痛いのは、戯れに試したアクロバティックな体位のせいだ。あんな風に身体を開かされた上にがつがつ押し込まれたら、関節に痛みが出て当然だ。筋肉痛にしては裂傷のように激しく痛むのが不思議だけど、寝ていればそのうち治まるだろう。

『青木』
 誰かに呼ばれて、青木は振り向いた。この家には彼と自分しかいないはずなのに、いったい誰が、と眼を開ければ、ドアの向こうからもう一人の自分が彼を手招きしていた。
 なんてことだ、夢じゃなかった。
 青木はいそいそと走り寄り、彼の白い手を取った。
『青木。早く』
 まるで薪に見せつけるように青木の腰に手を回した彼は、見れば白いバスローブ姿で、今さらながらに気付けば青木もお揃いのバスローブを着ていて。二人が立ったまま抱き合っているのは寝室の入り口で、当然その奥にはベッドがあって。彼が青木に何をせがんでいるのか、嫌でも分かった。
 待ち切れなくなったように、彼は背伸びをして青木の唇にキスをした。ふっくらと少女めいたくちびるが青木の男性的な唇に包み込まれ、開いた口の隙間からお互いの口内を行き来する舌が嬉しそうに跳ねる様子が見えた。
 やがて息が続かなくなると、彼らは名残惜しそうに離したくちびるの代わりに、互いの手の指を組み合わせた。うっとりと青木を見上げる彼の美貌は、美酒に酩酊したアドニスさながら。そんな彼を愛おしそうに見つめる青木の瞳。銛でも打ち込まれたように、薪の胸がぎりぎり痛む。
 そんな風に、僕以外の人と指を絡めたりしないで。そんなに優しい目で彼を見ないで。それは僕じゃない。

 騙されるな青木、と何度も何度も叫ぶのに、薪の声は彼には届かない。否、音声は届いている、でも意味は伝わらない。忌々しい猫の声しか出せない、間に割って入りたくても身体が動かせない。今の薪に、彼らを止める術はなかった。
 寝室のドアが冷たく閉まる。薪の頬を悔し涙が伝った。

 青木のバカ青木のバカ青木のバカ。
 繰り返しながら身体を丸める、この体勢は大事なものを守ろうとする本能なのだと、薪は森の中で知ったばかりだ。彼らのことを考えると心が潰れてしまいそうだから、こうして守って、必死で守って、――ちがう。
 こんなことをやってる場合じゃない。大事なものはここにはない。
 彼は人間じゃない、青木が何をされるか分からない。青木を助けなければ。
 でも、身体が動かない。痛みも強いけれど、もっと別の何かが薪の動きを封じている。彼の特殊能力かもしれない。人間の姿を取ったら特別な力は無くなると彼は言ったが、真実とは限らない。この身体の重さは尋常じゃない。
 何かに縛られているみたいだ、と身を捩ればそれは現実のものとなって、薪の胴体は紐状のものでソファに括りつけられている。動物の毛のような、果たしてそれは薪の腰から生えた尻尾だった。ふさふさとした太目の尻尾は細く伸びてロープのような形状になり、薪の身体を縛り上げていた。
 何でも有りもここまで来ると反則だ。いい加減にしてくれ、と喚く薪の声が、広いリビングに虚しく響く。
 バカ青木、気が付け、外見に惑わされるな、それは僕じゃない、人間ですらない。僕はここだ、ここにいる。僕のところへ戻って来い、早く早く早く。

 ここまで力量差のある相手を敵に回したのは初めてだ。先の見えない戦いに翻弄される。その勝率の低さは薪を絶望に導き、ともすれば諦めてしまいそうになる自分を、薪は強く叱りつけた。
 僕が諦めてどうする。青木を助けられるのは自分しかいない、考えろ、考えるんだ。彼の目的は何で、青木にはどういった危険が迫っているのか。
 一番ハッキリしてるのは貞操の危機だけど、ちくしょうあの偽者僕の青木にキスなんかしやがって、って今それどころじゃないってば、ああでもムカつく!

 嫉妬心を腹の底に押し込んで、薪は彼の言葉を思い出す。
 青木の肉体は傷つけない、と彼は言った。生命エネルギーを吸い取るのでもないと。それが本当で、且つ、彼が薪と入れ替わった理由が薪の社会的立場と関係がないなら、むしろ彼の目的は青木にあるのではないか。
 青木から何かを搾取する。その為に、青木の恋人である薪に成り代わった。
 そこまで考えを進めた薪は、事件の謎を解くときのように、相手の立場になって物事を見直してみた。もしも薪に超常的な能力が備わっていて、青木から何かを奪い取るとしたら。

『……身長?』
 ないない、と薪の知らない場所から幾つもの声に突っ込まれた気がしたが、それ以外本当に思いつかなかった。青木にあって薪に無いものと言ったら身長以外は何もないような、ていうか、だったら青木に成り代われば済む話では?
 本当のことを言えば、青木の中には薪が憧れるものがたくさん詰まっている。形のあるものではないが、彼の行動の基盤となるもの、薪には真似のできない純粋さとか素直さとか、でも仮にそれが欲しいのだとしたら、身長と同じで青木になればよかったのだ。わざわざ薪の姿を取った理由が分からない。
 自由に姿を変えられるのに、なぜ彼は薪に変化したのか。なぜ青木と一生涯愛し合っていくと宣言したのか。
 考えがまとまらない。懸命に抑えているが、本音では寝室で彼らが何をしているのか、気になって仕方ない。どちらにせよ、こんな身体になってしまっては青木の相手はできないと思ったけれど、何も隣の部屋でイチャイチャしなくたって。手元にロケットランチャーがあったらブチ込んでやりたい。

 薪の攻撃的な思考を責めるように、身体に巻き付いた尻尾がぎゅっと締まった。野犬に噛まれた脇腹に食い込んで、すごく痛い。思わず呻くと、弱々しい猫の鳴き声が聞こえてくる。情けない限りだ。尻尾の締め付けは益々きつくなる。このまま尻尾に胴体を切断されて、死んでしまうのかもしれない。内臓が飛び散ったらソファは買い直しだ、気に入ってたのに、と薪は、死にゆく自分には全く関係のないことを憂いた。
 息をするのも苦しくなってきて、薪は身を捩る。と、とどめを刺すかのように、鼻と口を濡れた布のようなものでふさがれた。
 本気で息ができない。悲鳴も上げられない。頭に血が昇って、頬が熱い。

「あ、やば」
 心の叫びが肉声になって聞こえてくる。それは薪の声ではなかった。
「ちょっと眼を離した隙に、額のタオルが顔に落ちて……あんまり動くから」
 聞き慣れた声に眼を開ける。別の人と寝室に入ったはずの恋人の姿が瞳に映って、薪は混乱する。どうして青木がここに?
「やっぱりソファだと寝苦しいのかな。毛布が体に巻き付いちゃってるし。薪さん、床に布団敷いてあげてもいいですか?」
 バスローブ姿だったはずの二人は、今は部屋着を着ていた。では、さっきのは夢? それともあれから何時間も経っていて、日付が変わったのだろうか。だとしたら今日は月曜日、青木がここにいるはずがない。

「来客用の布団は勘弁してくれ。毛が付く」
「お願いします。来月のお給料出たら、新しいの買って返しますから」
「おまえ、土下座さえすれば僕が全部許すと思ってるだろ」
「そんなこと思ってませんけど、薪さんがやさしいのは知ってます」
 肩を竦めて、彼は薪の仕事机に向かった。薪が昨日読み掛けていた小説のページを、つまらなそうにめくり始める。人間が書いたものなんか読んで面白いのだろうかと疑問に思ったが、薪の記憶に残っていた物語は途中だったから、続きが気になったのかもしれない。

 青木はクローゼットから来客用の布団を一組持ってきて、床に延べた。固いと傷に障るだろうと、敷布団は二枚重ねにして、洗濯したシーツを被せる。
 床の用意ができると、青木はそうっと薪を抱き上げて、そこに寝せてくれた。身体に纏わりついていた毛布が外れて、薪はやっと、自分が包帯でグルグル巻きにされていることに気付いた。脚も腕も胴回りも、出血を止める為か、かなりきつめに巻いてある。それであんな夢を見たのか。

 青木は慎重に薪を運んでくれたが、それでも深手を負った身体には強い痛みが走った。思わず眉をしかめると、青木は気の毒そうな顔になって、薪の顔の汗をタオルで拭いてくれた。
「痛むかい? 怪我のせいで熱があるんだよ」
 ローテーブルの上に、風呂場で使っている盥が置いてあった。氷の破片が浮いた水の中でタオルを濯ぎ、絞って額に載せてくれる。先刻、薪の鼻と口を塞いだ犯人は、どうやらこいつだ。

「雪子先生に診てもらえれば安心なんだけど。まだ産休中だし」
 雪子は先々月女の子を出産したばかりで、現在は青森の実家に里帰り中だ。薪の生死が懸かれば生まれたばかりの子供を親に預けてでも駆けつけてくれるだろうが、それはもちろん薪が望むことではない。こんな出来損ないのSFみたいな話に、これ以上大事な人を巻き込みたくなかった。
「人間の薬、飲ませても大丈夫かな。薪さん、どう思います?」
「心配なら犬猫病院へ連れて行け」
「それは駄目です。研究材料にされちゃいます」
 冷酷に響く声音に、珍しくも青木は真っ向から逆らって、
「この仔はオレが守ってあげないと」と自分に言い聞かせるように呟いた。

 青木に撫でられた髪はべたついていて、申し訳ないと薪は思った。手が汚れてしまうから触らないでくれ、と言いたかったが、青木はやさしく薪の髪を撫で続けた。
 青木が薪のことばかり構っているのが面白くないのか、偽者は苛立たしげに本を閉じ、くるりと回転椅子を回して、
「青木。僕はおまえが泊まり込みで世話をするって言うから、そいつを家に上げたんだぞ」
 そんな条件を出していたのか。やはり、彼の目的は青木なのだ。
 彼の本心は分からないが、彼は青木と一緒に過ごす時間を増やそうとしている。慈悲深く振る舞うことで青木の信頼を勝ち取る、野犬から薪を救ったのはそういう目論見からだろう。この怪我では邪魔をすることもできまいと、計算した上で家に連れてきたのだ。

「おまえが泊まり込むってことは朝から晩まで一緒に居られるってことで、だから僕は」
 そいつのことが心配だったわけじゃない、おまえが傍にいてくれるのが嬉しいから、と彼が健気に訴えるのに、青木はにっこり笑って、
「はい、オレが24時間体制でこの仔の面倒は見ます。薪さんには絶対に迷惑掛けませんので、安心してください」
「……それは助かる」
 鈍い、鈍すぎる。なんだか偽者が可哀想になってきた。
 いつもの薪ならこんなことは口が裂けても言わないから、青木もそちらに考えが回らないのだろう。普段から冷たくしておいて正解だ。

「だが青木。もうそろそろ休む時間じゃないか?」
「そうですね。あ、お風呂沸いてますから。どうぞ」
「いや、たしか風呂は、いつも一緒に」
「こんなに汗をかいて可哀想に。ねえ薪さん、この薬、飲ませてもいいでしょう?」
「……僕に聞くな」
 量を加減すれば大丈夫だよね、と青木は何の根拠もないことを言って、錠剤を半分に割った。それを薪の口に含ませ、吸い飲みで水を飲ませてくれる。もう半分は自分が飲んで、見れば青木の手首には薪を助けた時に負傷したのだろう、大きな絆創膏が貼ってあった。野犬に噛まれたのなら、絆創膏などで済ませずに病院へ行くべきだ。日本では狂犬病ウィルスは撲滅されたはずだが、万が一と言うことがある。
 熱のせいで苦しい呼吸の下から薪は諭したが、青木には当然伝わらなかった。言葉を失うことの不自由さに歯噛みする薪に、青木はすっと顔を近付けて、
「大丈夫だよ、今夜はずっと付いててあげるから。安心しておやすみ」
 頬に、青木の温かい手を感じたら、急に眠気が差してきた。眼を閉じた薪の耳に、ぱたんとドアを閉じる音が聞こえた。



*****

 ふふふ~、S展開はこの後が本番だよ~。←悪い子。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> 冒頭のバスロープ姿の部分は薪さんの夢なんですよね?

そうですよ。
青木さんが偽者としたかしないか、すごーく気にしてらっしゃるのが可愛いですねえ、Aさま。(^^


> 青木、24時間ネコ薪さんの介護してくれるんだよね?

大丈夫ですよー、信じてー。 ←すっごいウソっぽい。


> ああ~、でもこの後更にS展開なのね(><)

はいー。
にに子さんのご紹介記事でも2回ドSって言われましたからね。(笑)
久しぶりに切ない系の薪さん書いたら楽しくって~~、止まらなくなっちゃ、いえその、切ない涙があるからこそ幸せの涙の温かさが何倍にもなるんですよ、うん、きっとそう。

宇宙人とのHは、
あらそうですか? わたしは書きようだと思いますけど~。
偽者の目的は、生殖ではありません。 この辺も後になって解明されますので、それまでは 薪さんVS薪さん の青木さんを巡る昼ドラをお楽しみください♪ ←楽しめるか。

Sさまへ

Sさま。
ご迷惑掛けてすみません。
最近、拍手障害多いみたいなんですよ~。
お気遣いありがとうございました。(^^

いつも過去作を読んでくださってありがとうございます。
大きなお仕事終わったばかりでお疲れでしょう? それなのにこうしてご訪問くださるの、本当にありがたいです。 わたしなど、図面描き終った後しばらくはパソコンの画面見るのも遠慮したいくらいで。 Sさま、お若い。

これからも、どうかよろしくお願いします。(^^


Kさまへ

Kさま。

> まずは一言、しづさんのドSー!

きゃー、すみませんー!
最近調子を悪くされてしまったKさまの胃を直撃してしまいましたか? ごめんなさい~!
お身体、大丈夫でしょうか?
気になる事があるとそれだけで毎日憂鬱ですし、色んな事ソンしちゃいますよね。 楽しい事してても100%楽しめなくて。 Kさんの毎日から早く憂いが去りますよう、お祈りしています。

そうですよねえ、目の前でチューはないですよねー。
でもいつだったか、青木さんの目の前で薪さんが他の男とバンバンキスしてたこともあったし、お相子ってことで、はい、ダメなんですね、すみません。
まあ、今回のこれは薪さんの夢ですけど。 これから現実になって行く可能性が高いですからね~。(え)
展開はいかにもなんですけど、大丈夫ですから最後まで読んでください。(^^
その一点に懸けては、Kさんのご期待を裏切らない自信があります。

そう言えば、アニメの薪さんも。
雪子さんと青木さんのキスシーン目撃してるんですよね。 あれ、ショックだったんだろうなあ。 その直後の場面転換で、視聴者はもっとショックでしたけどww。




Kさまご自身のこと、教えてくださってありがとうございました。
昔から、白泉コミック少女だったんですね。 
わたしは幼い頃から少年漫画大好きだったんですけど、高校生の頃は白泉コミック読んでましたね。 中でも、川原先生は好きです。 あまり少女漫画って感じがしないのと、あの肩の力が抜けた感じの、ゆるーいキャラが好きです。


> 子供に気持ち悪いって言われても!

Kさんもですか?
わたしも甥っ子に言われるんですよー(><) なんでこの気持ちが彼らには分からないんですかね?!(←逆ギレ)


> 久しぶりに漫画読んで痛くて薪さんが幸せになりますようにって。

すっごくよく分かりますー!
わたしもそうでしたよー! もちろん、今もそうです。



このブログがKさんの癒し場になれたら嬉しいです。
もともとね、この話はわたし自身のリハビリだったんです。 5巻発売直前と言う、とっても辛い時期 (ちょうど青木さんが雪子さんに恋をする辺り) に原作を読み始めてしまったものですから。
似たような思いを抱えている人がいたらこれを読んで元気になってもらいたい、そんな気持ちもあって、作品の公開を続けています。 なので、ブログはいつも明るく楽しくをモットーに、だから仕事が忙しいときや凹んだ時には潔く休んじゃうんです。(笑)

そんなわけで、1月の更新が10に満たない月も多いマイペースブログですが、
これからもどうかよろしくお願い致します。(^^


名無しさんへ

10/14に拍手コメントくださった 名無しさん。

>「僕の青木」がすてきです。

ありがとうございます。
この言葉が出るまでに、何年掛かったことか(笑)
長い道のりでしたが、やっと他の二次に追いつけて、よかったよかった☆
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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