キセキ(9)

 コメントのお返事返し終わってないの、すみませんです。
 でもほら、薪さんが可哀想だから早く先を、て、
 エスカレートしてく気がする。




キセキ(9)





「はい、次は」
 要求される前に、薪は右手を差し出した。
 湯煙が充満するバスルーム。向かいには青木がいて、薪の身体を洗ってくれている。いつもと何ら変わりない風景――薪の尻に尻尾さえ生えていなければ。

「驚いた。身体を洗う順番も薪さんと一緒だ」
 クスッと笑って、青木は楽しそうに薪の手を取る。彼の大きな手に載せられた薪の手はケモノのそれで、ボディタオルもバススポンジもつかめない。爪を立てると破れてしまうので、仕方なく青木の世話になっている。
 薪が唯一扱えるのは柄の付いたボディブラシで、これなら両手で挟むようにして動かすことができる。しかしそれは単純な動きに限られるし、片手では使えないから背中には届かない。結局、誰かに手を貸してもらわないといけないのだ。

 青木が鼻歌混じりに泡立てるボディソープに包まれていく肌は、日本人にしては過ぎるほどの白さ。目を凝らせばそれが、湯の火照りでごくごく薄い桜色に染まっているのが分かる。全体的に華奢で幼げな雰囲気なのに、ぽつんと赤い二つの乳頭と、身体の中心はすっかり大人で。頭部の猫耳とのギャップが見るものを惑わすのか、薪の裸を見慣れたはずの青木は、やに下がった顔つきで、
「こういうの、エロかわいいって言うんだよね。たまんないなあ。て、子供のきみには何言ってるか分からないよね、ごめんね」
 安心しろ。おまえが真性のヘンタイだと言うことはとっくに知ってる。

 やけくそになって薪は右脚を突き出し、青木の膝に投げるように載せた。「乱暴だな」と苦笑しながらも楽しくて仕方ないと言うように、青木は薪の脚を丹念に洗う。膝の裏とか内股とか、ちょ、そこから先はダメだろ、相手が本当に子供だったら犯罪だぞ。
 ぎょっとして足を閉じようとするのを大きな手が強引に阻み、力技で押し開く。無遠慮に伸びてくる指に、薪の髪の毛が逆立った。
「ここもキレイにしようね」
 いや、いい。そこは自分の手で、もとい、肉球で洗うから。
「恥ずかしがることないから」
 恥ずかしいのはおまえの鼻息だ、その締まりのない口元もどうにかしろ。ていうか獣人相手になんの冗談だ、その股間は。
「オレに任せて、ぎゃん!」
 不謹慎な箇所に思い切り蹴りを入れてやった。力加減なんか誰がするか。
「反応まで薪さんにそっくり、イタタ……」
 涙目になった青木にシャワーを掛けてもらい、湯船に入る。追っかけ青木も入って来ると、バスタブからざあっと湯が溢れた。

「気持ちいい? お風呂、好きなんだね」
 風呂好きの薪は、お湯に浸かると自然に笑みが零れる。好感情の波に便乗する形で、青木は先刻の狼藉をお湯と一緒に流す。蹴られたことなどすっかり忘れたように薪に笑いかけた青木を、狡いやつめ、と睨みつけるが心地よさに勝てない。
「薪さんも風呂好きでさ。きみ、本当に薪さんの親せきじゃないの?」
 青木の言葉を理解していない振りを装って、薪は眼を閉じた。自分が本人であることを彼に分からせるのは、今では危険な行為だったからだ。

 たった数日で、薪の身体はめきめき回復した。あれだけの大怪我だったのに、獣人に変えられたおかげで自然治癒力が向上したのかもしれない。
 青木の献身的な看病も、大いに薪を元気付けてくれた。薪に付き添うため、青木は月曜から連続で、有給休暇を取った。もともと第九では冬の閑散期に有給を消化する職員が多いのだが、何分急なことだったので、代わりに年末年始の待機当番を買って出たとかで、今年の除夜の鐘は第九で聞くことになりそうだと笑っていた。
 その話を薪は、熱に浮かされながら聞いていた。
「おまえは本当にお人好しだな」と彼が言うのに、青木は薪の額に浮いた汗を拭きながら、
「だって、薪さんと同じ顔なんですよ。放っておけるわけないじゃないですか」
 と、どこかしら嬉しそうに言って、盥の水にタオルを浸した。
 昔から青木は、薪が寝込むと張り切るのだ。僕が病気になるのがそんなに嬉しいのか、と皮肉を言いたくなるくらい。自分が薪の役に立つ、それが実感できることに喜びを感じているのだと、分かっていても思いついた皮肉は言わずにいられないのが薪の性格だ。今度ばかりは黙っているしかなかったが。

 風呂から出ると、彼がバスローブ姿で本を眺めていた。青木の姿に気付くと、ソファから立ち上がって、当然のように彼の手を取った。
「湯冷めしないうちに寝るんだよ」
 そう薪に言い置いて、青木は彼と一緒に寝室へ入って行った。言われた通り、薪はリビングに設えられた自分の寝床に入り、頭から布団を被った。

 バカバカしくてやってられない。風呂で僕の裸を見て欲情してたくせに、青木が実際に抱くのは彼だ。人を興奮剤代わりにして、僕はラブホテルのAVビデオか。
 言葉でいくら強がっても、薪の心は悲しみでいっぱいだった。青木が自分以外の誰かとベッドを共にするなんて、一度もされたことがなかったから。

 いくら耳を塞いでも、閨の音は聞こえてきた。ひどく辛かったが、それは薪には止めようがなかった。下手に邪魔をすれば青木の身が危ない。見ない振り、聞かない振りでやり過ごすしかなかった。
 寝具をリビングの隅、寝室から一番離れた場所に引っ張っていって、布団に埋没した。耳を押さえて、でも今の薪には耳が4つある。全部塞ぐには手が足りない。
 これから毎晩こうやって、二人が愛し合う声を聞きながら眠らなければならないのだろうか。青木が自分以外の人間を抱く姿を、嫌でも思い浮かべながら。

 気が狂いそうだと思った。

 青木の命が懸かっているのだ、こんなことは大したことではないと。何度自分に言い聞かせても、暴走する心を抑えることができない。感情が理性を蝕む。どうしようもなく歪んでいく。
 自覚はあったけれど、ここまで聞き分けの無い嫉妬心を持っていたとは。もしかしたらこの耳と尻尾は、獣じみた自分の独占欲に対する神さまの罰なのかもしれない。

「あ、やっぱり」
 さっと布団をめくられて、身体を丸めた薪の姿が常夜灯に照らされた。顔を上げると、青木が心配そうにこちらを見ていた。
「なんとなく泣いてる気がしたんだ。どこか痛むの?」
 薪は俯いたまま、首を振った。彼と愛し合った直後の、幸せに溢れた青木の顔なんか見たくなかった。

 僕は大丈夫だから彼のところへ戻れ、と薪は叫ぶように言った。青木に伝えたかったのではない、彼に聞こえるように言ったのだ。すると青木は慌てて人差し指を唇にあて、しいっと息を吐いた。
「静かに。薪さんが起きちゃう」
 セックスの後は墜落睡眠。そんなところまでトレースしたのか。青木に疑われないための作戦かもしれないが。
「さては一人じゃ眠れないんだな。おいで」
 子供扱いするなと、思ったけれど言えなかった。たった今、他の人を抱いたくせにと、彼には責のないことで彼を責めたくなったが我慢した。青木の温もりを、今の薪は猛烈に欲していた。
 青木の胸に飛び込んだ。青木はいつものように、ぎゅっと薪の背中を抱きしめてくれた。
 青木からは、彼の匂いがした。百合の香り――彼の移り香だ。
 それが自分の体臭だった頃は分からなかったけれど、今は羨ましい。現在の薪からは、獣の匂いがするからだ。

 それからは、それが習慣のようになった。
 青木は2日と空けずに彼と愛し合って、その後、薪のところへ来る。そのまま寝室で眠ってしまうこともあったが、だいたいはリビングで眠っている薪の傍に朝までいてくれた。
 偽者にとってこの状況は甚だ不愉快だと思われたが、彼は青木を非難したりしなかった。薪に、事態の改善を求めることもなかった。ただゆったりと構え、青木が珍しいペットに飽きて自分の所に戻ってくるのを待っていた。寛大な年上の恋人の姿そのものであった。

 他の日常についても、彼には文句のつけようがなかった。
 青木の生きがいとも言える毎日の食事も、彼は決して手抜きをしない。冷蔵庫にあるもので適当に拵えてしまう薪と違って、彼はきちんと計画を立てて過不足無く材料を揃え、レシピ通りの料理を作る。薪みたいに、やたらとピーマンが多い青椒肉絲とか三つ葉の代わりに春菊が載った親子丼なんか作らない。「腕上げましたね」と青木に褒められてにっこり笑った彼は、薪の眼から見ても理想の恋人だった。
 やさしくて料理が上手くて気が利いて、あっちの欲求にも素直に応じてくれる。拗ねる年下の恋人が可愛くてついつい苛めてしまう薪と違って、彼との生活は和やかに流れていくような気がするし、夜の生活に到っては、10日に1回応じるかどうかだった自分よりも青木の満足度は高いに違いない。

 一番の懸念だった仕事も、彼は上手くこなしていた。そのことを薪が知ったのは、この姿になって二度目の週末だった。






*****


 Aさんはじめ、あ、SさんとKさんもか、とにかく、
「青木さんは本物の薪さん以外とエッチしちゃダメ党」の方々、
 泣かないでー、しづを信じてー。(←どうやって?)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Ⅰさまへ

Ⅰさま。

> ふとんで丸くなって泣いている薪さんがせつないです~

ホント、萌え、いえ、可哀想ですよねえ。

> ネコ薪さん、耳4つなんですね。
> ふさぎきれないなんてせつない・・・

こちらは、原案のにに子さんのイラストのまんまです。 おかげでS設定が増強されると言う垂涎モノの展開にいえその。

この話、生まれたのはにに子さんのネタ振りのおかげなので、感謝の徴に、できる限りあちらのイラストに忠実に書いてます。 薪さんの猫耳が後から生えたのもその為です。


ネコ薪さん、ケナゲで可愛いとのお言葉、ありがとうございます。
うちの薪さんは基本形がオヤジで女王様なので、こんな状況でも作らないとケナゲになってくれないんですよね。 だからついついイジメちゃうのかな、ごめんなさい~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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