キセキ(11)

 昨日は拍手入るの早くてびっくりしましたー。 きっと、待っててくれた人いたんだな~。 ごめんなさい。
 これからはちゃんと更新します、つもりです、……できたらいいな。<おい。 





キセキ(11)





 翌週の月曜日。彼らが仕事に出掛けた後、薪はタンスの引き出しと悪戦苦闘していた。
 行く当てなどないが、着替えは必要だ。マンションを一歩出るのにも、この異形を隠さなくてはならない。必須アイテムは帽子とコートに手袋。冬の時期でよかったと言うべきか。
 人間の言葉が喋れないことから、夜、ホテルに宿泊できない可能性も考慮して、温かいセーターや厚手のトレーナー、裏地の付いたフリースなどの衣服を選ぶ。ズボンは尻の部分を切って穿けばいい。自分の服なのだ、遠慮することはない。
 裁縫箱の中から裁ち鋏を出そうとして気付いた。……鋏が持てない。
 この際、腰パンで通すしかない、と年齢に似合わない決心をして、薪はズボンのリフォームを諦めた。

 尖った爪で衣類を破らないように注意しながらボストンバックに詰めていると、ドアフォンを鳴らす音が聞こえた。
 不思議に思って立ち上がる。この家の玄関のチャイムを鳴らすことができるのは、この家の住人二人と、管理人と顔見知りになっている極々限られた人間だけだ。前者ならドアフォンを鳴らす必要はないし、後者に月曜日の午前中ぶらぶらしているような身分の者はいないはずだ。

『……なんで?』
 モニターを見て、薪はますます不可解になる。果たしてカメラに映っていたのは、先の金曜日にも此処を訪れた、薪の腹心の部下だった。
 同じ部署に勤めているのだから、岡部は薪の留守を承知しているはずだ。自宅から何かを取ってくる役目を仰せつかったのなら、管理人が一緒にいないとおかしい。

 不審がる薪の耳に、チャイムの音が連続で響く。薪が戸惑っていると、岡部は終いには、
「薪さん! いるんでしょう? 開けてくださいよ!!」と大声で叫んだ。
 ヤクザが震え上がるようなドラ声で怒鳴られたら、近所から苦情が来る。てか、完全防音のマンションの中に聞こえてくる肉声って、どんだけだ。
 仕方なくドアを開けた。この姿を見せて、黙って首を振れば家主の不在が伝わるだろうと、しかし薪の考えは間違っていた。ドアを閉めて玄関に鍵を掛けると、岡部はがしっと薪の両肩を掴み、
「薪さんですよね?」

 驚いた。心底、驚いた。
 恋人の青木ですら分からなかったのに。この奇想天外な真実を、妄想癖皆無の岡部が見抜くとは。

「なんでこんなことになっちまったんですか」
 岡部はそのいかつい顔をくしゃりと歪め、殆ど泣き出しそうになりながら、掠れた声で言った。「どうして分かった? いつ気が付いた? 彼に何かされたのか?」と矢継ぎ早に薪が尋ねるのに、岡部は頭痛でもしたかのようにゴリラそっくりの額を押さえる。
「頼みますから、ニャーニャー言わんでください。頭が痛くなる。これ、用意してきましたから」
 そう言って鞄から取り出したのは、A3の厚紙にサインペンで書かれた50音と、「はい」「いいえ」「わからない」の3択。ネコの手では指差すことが難しいので、そこにコインを載せる。
 ……コックリさん?

 急いで作ったらしく文字は乱雑だったけれど、意志を伝えるには充分だった。薪はコインを滑らせ、最初の言葉を示した。
『あぶらあげは?』
「この状況で男爵!? て、ああ、やっぱり薪さんなんですね。今の今まで半信半疑だったんですけどね、今のボケで決まりですね。なんてこった……」
 どういう意味だ。
『おまえ、仕事は?』
「今日は代休です。先週の日曜、メンテ当番でしたから」
 そうだった。薪がシフトを組んだのだった、すっかり忘れていた。
『なぜ彼が偽者だと分かった?』
「わかりますよ、何年付き合ってると思ってるんですか。出張から帰ってきた途端、突然物分りのいい大人になってて。ミスっても怒鳴らないわ、ムチャな残業は言いつけないわ、嫌味も皮肉も言わないわで、第九の連中はみんな気味悪がってますよ」
 ちょっと待て。僕ってそんなにヒドイ上司なのか?
 瞬間、薪の脳裏に100通りの部下をいたぶる方法が浮かんだ。人間に戻れないかもしれないことより、それを実行できないことの方が残念だ、と思う彼の性根こそがザンネン極まりない。

「小野田さんも中園さんも、何処か悪いんじゃないかって心配してます。青木だけですよ。『薪さんは本当はやさしい人ですから、あれが普通です』とかトンチンカンなこと言ってるのは」
 青木ならではの見解だ。こういう場合も惚れた欲目と言うのだろうか、恋がブラインドになって真実が見えなくなっているのだろう。
「まあ、青木のやつも違和感は持っていると思いますよ。室長の居場所を言い当てる特技、10連敗中ですから」
 心の奥では疑惑を抱いているのかもしれない。それでも、青木は薪をとても大切にしているから。「最近室長がおかしい」と仲間に言われれば、庇うのが当然だ。薪の立場を危うくするような噂はどんな小さなものでも摘んでしまいたい、と考えているのだろう。

「最初から説明してください。彼は何者で、あなたはどうしてこんな頓狂な姿になっちまったんですか」
「わからない」に、薪はコインを動かした。異星人だなんて、とても信じてはもらえないと思った。彼の話をどこまで信用していいのかも、未だ判断が付いていないのだ。
「それじゃ、あなたの推論を聞かせてください」
 確信が持てるまで自分の推理を話したがらない薪の性質を、岡部は誰よりもよく知っていたが、敢えて尋ねた。今はどんなにあやふやな糸でも手繰る必要がある。
「あなたが本物の薪さんなら。それが真実だと、俺は信じることができますから」
 あなたを信じています、と岡部のその言葉が、薪に勇気をくれた。彼がエイリアンであること、彼に姿を変えられてしまったこと、彼が薪の脳をトレースして薪の記憶を得たこと、その総てを、岡部の瞳に疑惑が浮かぶのを恐れずにコインで打ち明けた。
 不可思議な光景だったと思う。鬼瓦のような面のオヤジとネコミミの生えたオヤジが、真面目な顔でコックリさん。スクープでもされたら忽ち第九は警察中の、否、日本中の笑い者だ。

 薪がコインから手を離すと、岡部は三白眼の中心の黒点をますます小さくして、額には脂汗を浮かべていた。無理もない、薪だって当事者でなければ絶対に信じない類の話だ。
 しかし、岡部の薪に対する信頼は、彼の常識の枠を打ち破った。
「分かりました。頭が割れそうですけど、とにかく分かりました。で、そいつはなんです」
 最後の言葉だけを威圧的に言い放ち、岡部はじろっと薪を睨んだ。無骨な指が差していたのは、薪が荷物を詰めていたボストンバックだった。
「逃げ出す気ですか? 相手がとんでもない能力を持っているからって、戦いもせずに。あなたらしくもない」
『青木が人質になってる!』
「なんですって?」と岡部が聞き返したのは、薪が思わず叫んでしまったからだ。二人は今一度ボードに視線を落とし、薪が滑らせるコインを眼で追いかけた。

『青木を僕と同じ姿に変えることができると。僕さえ大人しく身を引けば』
 青木に危害は加えないと約束してくれた、とそれは確約ではないが、自分が青木の歓心を惹き続ける現状は彼を不快にしていると察しがつく。ここは潔く自分の存在を明け渡すことで、彼が約束を守る可能性は高まると薪は考えていた。
「あんた、またそうやって自分ばっかり犠牲になればいいと」
『他に方法がない』
「ちょっと待ってください、諦めが良過ぎやしませんか。例え元の身体に戻れなくたって、なんとかなる、と……ああ、ちくしょう」
 薪が考えた幾つかの解決策を思い浮かべて、でもその悉くがうたかたの泡になって消える虚しさを、岡部もまた味わっていた。やがて彼は溜息混じりに、ずっと俯いていたせいで凝り固まった首と肩をボキボキ言わせながらぐるりと回した。
「せめて、労災くらい下りませんかね」
『日曜日だったからな。難しいな』
 厄介な問題に突き当たったときには必ず交わされる、室長と副室長のとぼけたやり取り。そのおかげで薪は、半月ぶりに笑うことができた。

 トントン、とボードを叩いて、岡部の注意を再び文字に向けさせる。コインを手で押さえて、薪は慎重に動かした。
『頼みがある』
「……なんです」
『青木を守って欲しい』
 アオキという文字を綴るとき、薪の瞳がじんわりと潤った。零れ落ちることはなくとも亜麻色の瞳に張った水膜は、いつでも岡部を苦しくさせる。
『第九のみんなも、雪子さんも』
 白い猫毛に包まれた小さな手が、ゆっくりと文字を辿る。一文字一文字に命を吹き込むように、それは彼の心からの願い。
『僕の大切な人たちを、僕の代わりに守って欲しい』
 薪が岡部に彼らの安全を託したのは、彼らの前に姿を晒すことができないから、それだけの意味ではなかった。もっと確定的な意味合いで薪にはそれができなくなる、そういう意味だった。そこまでは知りようがなかった。岡部には、彼の異星人のような特殊能力は無いのだ。

「分かりました。ただし、条件があります」
 岡部は大きな手をぐっと握り締め、薪の頼みを引き受けた。と同時に、引き換え条件を提示する。
「此処を出るなら、俺の家に来てください」
 ちょうど猫がいなくなっちまって、おふくろが寂しい思いをしてるんです。
 そんな理屈をつけて、岡部は薪の身柄を引き受けることを申し出た。躊躇う薪の背中を押すように、悪戯っぽく笑って付け加える。
「おふくろなら大丈夫です。まあ、花柄のワンピースとか着せられちまうと思いますけど、そこは我慢してください」
 苦笑いを浮かべて、薪は頷いた。

 あっさりとした承諾に、気付くべきだった。自分が移り住むことで岡部家が被る迷惑を、薪が案じないはずがなかった。彼はそういう人間だったと後に岡部は気付いて、でも遅かった。
 薪の本当の決意を岡部が知ったのは、それから5日後。薪の存在が、完全にこの世から消えた後のことだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> もしかしたら、岡部さんの方が先に気づいちゃうかも・・と思ったらやっぱり(^^;)

やっぱりでした~。
ますます青木さんの立場がww。


> 意地悪で厳しいところもトレースしないと

化けること自体が目的ならそうするんですけどね。 エイリアンが薪さんに化けたのは或る目的のためなので、その目的のためには優しくて物分かりの良い上司を演じる必要があったんです。
恋人でも気付かないものを部下が気付くとは思わなかった、と言うのも敗因の一つですね。 ある意味、青木さんのお手柄。(笑)


> 青木、今迄の勘の良さはどうしたんだ?

まったく気付いていない訳ではないのですけどね。 
違和感は持ってる、でも、それで相手を疑うことは裏切る事と同義ではないかと。 みんなが「最近の薪さんヘンだよな」と言えば、せめて自分だけは彼の全面的な味方であろうとする。 恋人ならそれが当然だと思います。 疑惑を、簡単には口にできない。

>薪さんの魅力は君が一番知ってるでしょう。思い通りにしてくれる偽薪さんがいいの?

あー、これは惑わされそう。 だって、偽者の方がやさしいんだもん(^^;)
好きな人にやさしくされたら嬉しいじゃん。 おかしいと思っても、なかなか抜けられるもんじゃないですよ。 相手のことが好きなら好きなほど、その誘惑は抗い難い。


とまあ、こういう感じで、
薪さんを好きだと言う気持ちが大きいほどに見抜くのが難しい、という状況を作ってみたつもりなんですけど。 
この話が終わったときにも、青木さんが単純に騙されてただけのアホに見えたとしたら、わたしの書き方が足りなかったですー。 すみません。(^^;


Sさまへ

Sさま。
コメントありがとうございます。


年を取ると、子供の頃みたいに数えて待つことがなくなる。
本当にそうですよね~。 わたしもSさまと同じで、「秘密」の発売日くらいですよ、楽しみに待ってるの。


> 今回の「キセキ」ってタイトル、なんでカタカナなのかな

ありがとうございます。 当たってます。
設定の猫耳の “奇跡” と 青薪さんの “軌跡”。 掛けてみました☆

あともう一個、最後の頃にでてきますが、これは “奇跡” と同義ですので。 “鬼籍” ではありませんので、まあ、途中でちょっと入るっちゃ入るんですけど (え)、ちゃんと出てきますからご安心ください。(^^


Sさん、辞書引くのお好きなんですか?
すごい、勉強家ですね。 偉いなあ。
わたしは自分の知識に自信が無いので、仕方なく引きます。 言葉の意味を間違って覚えてることが多いので。(^^;

お弁当と言えば、
以前ブログで拝見したSさんのお弁当、美味しそうでしたね~! 料理上手で羨ましい、と思いました。 わたしが焼くと卵があんなに鮮やかな黄色になりません。 なぜ?
キャラ弁も作ったことがあるんですか? すごーい! 
ミッキーにアンパンマン、充分じゃないですか! わたしなんかタコウィンナーも満足に作れませんよ! ←キャラ以前の問題。


> しづさんとこの薪さんなら、パリで和風デリカテッセンの店とか出せそう(笑

芸は身を助くってね☆
警察クビになっても、うちの二人は何とかなりそうですww。


> って話がそれましたが、もう! ほんとに薪さんどうなっちゃうの?

大丈夫ですよ~。
もうちょっとで反撃に入りますので。 そこからは驀進ですから♪ 
ちょーっと勢い付きすぎの感がありますけど、あんまり気にしないでください。


> ところで、薪さんのネコ手はどこから白いフワフワした毛が生えているのでしょう。

手の部分だけです。
これ、にに子さんのイラストは人間の手なんですよね。 お話の進行上、筆談ができないようにする必要があったから。 分かりにくくてごめんなさい。


> 明日の朝は、続きよめるかな~?しづさんのみぞ知る、ですね。 笑

あはは、?マークの予想通り、続きませんでしたー(^^;
本当にナマケモノでごめんなさいー。 レスも遅くなってすみませんです。 今ちょっと休み前で、片付けなきゃいけない仕事があって。 
GWに入ったら、更新頑張ります。

あと少しでGWに入りますが、それを抜ければ忙しさも緩和されるとのこと。(Sさまのブログ、拝見しました)
お身体大事にして、頑張ってくださいね。

Ⅰさまへ

Ⅰさま。


> 岡部さんほれぼれします(^o^)。 

ねえ、うちの岡部さん、カッコイイですよねっ。←自分で言う。
法十のナイトは、やっぱり岡部さんなんですよね~。


> こんな展開待ってましたp(*^-^*)q

いや、ダメでしょ、あおまきすと的に。(笑)


> 猫薪さんが板についてきて、もとに戻ったまじめな薪さんがスーツ姿で第九で「そうだにゃ」とかふいに言ったら萌えてしまう

あはははー!(>▽<)
これ、おもしろい!!
小池さんとか、真っ青になりそうですね☆


メロディ発売、迫ってきましたね~。
以前に比べたらずい分落ち着いてます。 リハビリが効いたのと、
やっぱり命の保証があると違うね! (←この言い方は語弊が(^^;))

大学編は終了してしまうそうですが、連載終わらないよね? これから第九創立編へ入っていくんですよね? だって「創世記」でしょ? まだ何も創生されてないじゃん。 
鈴木さんと薪さんの創世記とか言われても、おばさんは納得できないんで、どうか続きをお願いします。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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