キセキ(14)

 おはようございますー。
 晴れてうれしー♪






キセキ(14)






「どうやってこの部屋に」

 崩れた指先を元に戻し、彼は尋ねた。内側からロックを掛けたはず、いやその前に、彼のIDカードは自分が持っているのだ。第九の正面玄関すら通れないはずではないか。
『机の上に置きっぱなしだったぞ。駄目じゃないか、大事なIDカードを』
「そのカードは無効じゃ」
 言い掛けて、彼は自分の失策に気付く。IDカードが使えなかったのはモニタールームの入り口だ。それ以外の場所では試していない。もしも、リーダーの方に細工がしてあったとしたら。

 薄いセロファンのようなものをセンサー部分に挿入しておき、自分を足止めする。そこに「磁気が駄目になったから再発行を」と言って指紋や静脈認証を提出させ、それが合致しなかったと嘘を吐いて書類を差し戻す。偽者ではないのかと疑って見せ、自分がハッキングをするよう仕向け、その現場を押さえる。
 こいつ、岡部を抱きこんでいたのか。

「いつの間にそんな計画を」
『今朝だ。不測事態への対処が不十分になりがちだから、思いついたら即実行ってのは僕のスタイルじゃないんだが。今回ばかりはそうも言ってられなくてな』
 自分の立てた計画に満足が行かない様子の彼は、その不完全さを嘆くように肩を竦め、亜麻色の頭の上にピンと立てた獣の耳を肉球で引っかくように弾いた。

『長期記憶にファイリングされたら、おまえに筒抜けになる。こいつの役目はそういうことだろ?』
 ズバリと言い当てられて、彼は目を瞠った。甘く見ていた。彼が『端末』の役割を知るときが来るとは。

「さすがは人類代表の頭脳だ」
 賞賛の言葉をくれてやろう、と彼は嘯いた。真実に辿り着いた薪の優秀さは認める、だが、それがどうした。薪剛のパーソナリティは未だ自分の手にあるのだ。
「分かった所でおまえには何もできまい。そこで指を咥えて見てろ」
 再び彼はモニター画面に両手をかざし、指先を電子信号に変換して電脳世界に送り込んだ。目的の場所に進みながら、先刻のお返しとばかりに薪への皮肉を放つ。
「口の中に爪を立てないように気をつけろよ」
『待て、何をする気だ。データはおまえが書き替えたままだ。弄る必要は』
「あるさ。岡部は僕の正体を知った。彼をこのままにしておくことはできない。彼のデータを書き直して、偽者に仕立て上げて此処から追い出すんだ」
「やめてください!」

 今度こそ、彼はぎょっとして振り返った。そこには彼の恋人が、泣きそうな表情で身体を震わせていた。
「薪さんの顔で、薪さんの口で。そんなことを言わないでください」
 お終いだ、と彼は思った。彼には、青木にだけは知られてはいけなかったのに。もう自分を救ってくれるものはこの世界にはいない。ただのひとりも。
 青木が。青木だけが。自分の命を救い得るただ一人の人間だったのに―― 薪は、この男は、そこまで見抜いていたのか。

「こんなことをして、青木の身がどうなっても」
 無駄な脅しと分かっていた。岡部と同じで青木もこの男に取り込まれてしまったのだと。案の定薪は、さも可笑しそうにクスクスと笑い、
『そうなったら、僕と一緒に森の中で動物たちと暮らすとさ』
 薪の答えで分かった。やはり青木はすべてを知ったのだ。彼が自分を愛することは、もうない。
『な? バカには勝てないだろ』
 薪はせせら笑う口調で、でもその口元には幸せそうな笑みが浮かんで、それを見た途端、彼を支えていた最後の柱が折れた。
 それは僕が得るはずのものだったのに。そのために懸命に、優しい恋人を、理解ある上司を演じてきたのに。

「どうして」
 すっかり逆上した彼は、モニターから離した指を作り変えることもせず、青木に詰め寄った。青木の襟元を掴んだ彼の、第一関節で不自然に切れた指の断面には骨や血管と言った生体組織は何もなく、まるで漫画絵のようにつるんとした肌色の皮膚があるばかりだった。
「どうしてだよ。何故そいつにばかり与えるんだ。せっかくおまえが与えたものを、そいつは取りこぼしてばかりいるのに」
 薪の記憶を取り込んだとき、その中にちりばめられた青木の愛情の大きさに驚いた。なのに、それに対するリアクションの記憶はあまりにも薄くて、彼は青木が可哀想になった。薪はお世辞にも、良い恋人とは言えない。

「僕は、それがなけりゃ生きられないのに」
 青木の胸に顔を伏せて、彼は涙をこぼした。震える背中を、青木の大きな手が撫でてくれる。それだけでも彼の飢餓感は癒された。
「どういう意味ですか?」
「おまえの愛が必要なんだ。僕は、おまえに愛されていないと死んでしまう」
 それは事実だった。彼のエネルギー源、それは他者から向けられる愛情そのものだった。特に恋情、激しい情熱を伴うそれが、彼にとっては最高のごちそうだったのだ。

 彼には頭脳センサーの他に、他者へ流れる愛情の量を計測する能力がある。他者の愛情は彼にとっては食料、つまり犬がご馳走の匂いを嗅ぎつけるようなものだ。
 あの時、彼が検索を掛けた100キロ圏内でメーターを振り切るほどの膨大な愛情エネルギーの反応があった。辿ってみたらこの二人に行き着いた。観察するまでもなく、すぐに解った。あの桁外れの愛情エネルギーは、この身体の大きな男から小さな男へ流れていた。だから彼は薪を選んだ。この男の愛情を糧にするために。
 薪はそこまで見抜いて、だから青木を此処に連れて来たに違いない。青木が自分の命綱だと知っているのだ。

 彼は必死になって青木に取り縋った。命が懸っているのだ。みっともないとか情けないとか、そんな余裕はなかった。
 青木は彼の髪を撫でながら、穏やかな口調で言った。
「ずっと夢でした。こんな風に薪さんに頼ってもらえたら、どんなにか幸せだろうって。薪さんが望むなら、どんなことでもできるって思ってました」
 それなら、と明るい予想に彼は上を向き、憐憫を湛えた黒い瞳に出会う。そこにあるのは彼が求める愛情ではなく、同情と呼ばれる別種のエネルギーだった。
「やっぱりあなたは薪さんじゃないんですね。薪さんは意地悪だから。オレが望む台詞なんて、遺言ですら言ってくれないんです」
 青木は彼の肩を掴んで自分から引きはがし、悲しそうに首を振った。
「すみません。オレはあの人しか愛せません」

 彼にしてみれば、それは死刑宣告と同義だった。
「本気なのか? 彼をよく見ろ、バケモノだぞ。あんな姿の生物を一生愛して行けるのか」
「心配してもらわなくても大丈夫です。薪さん、ネコ耳めちゃめちゃ似合うし! ちゃんとエッチもできるって昨夜何回も確かめ、痛い、痛いです、薪さん! それ以上猫爪が額にめり込んだらマジで逝きます!」
「……青木、僕といた方が長生きできるんじゃないのか?」
 昨夜はあんなに悦んでくれたのに、とぼやいた瞬間に蹴り飛ばされた哀れな男に、彼は同情的に言った。
 痛い痛いと言いながらも嬉しそうな様子の青木に、彼は青木の本性を理解する。失敗した、こいつ真性のMだ。やさしくしてはいけなかったのだ――完全に誤っているが、この状況で誰が彼を責められよう。

 混乱の中で、彼は決意する。
 もう青木はダメだ。諦めるしかない。次の餌場を探したいが、自分の身体は衰えきっている。サーチ能力を発動するエネルギーすら残っていない。かくなる上は、この男を見つけた時に候補に挙がった他の人間の誰かに成り代わって――。

『観念しろ、偽者め。さっさと僕を元の姿に戻せ。そうすれば命だけは助けてやる』
 本当に生意気な男だ。サルと幾らも変わらない低脳のくせに。
「分かった。こっちへ」
 薪の頭上にそそり立った猫耳に手をかざし、彼は眼を閉じた。先刻、モニターに入り込んだときと同じように手のひらが瓦解して、黄金色の粒子が茶色い耳を覆う。彼の肉体の分解が手首にまで到達しようとした時、額から後頭部へと信じがたい衝撃が走った。

『今は未だ人間の身体なんだろう? 脳を破壊すれば死ぬよな?』
 彼の額に刺さったそれを、彼は見ることが叶わなかった。彼の額から後頭部に掛けて突き通されたのは、業務用のアイスピック。取っ手の部分だけが人間の額から突き出ている様子は、なかなかにシュールだった。
 開いた眼に、血が流れ込んでくる。視界が真っ赤に染まった。いみじくもそれは薪が野犬に襲われた場面を踏襲するかのように、しかし彼に助けは現れなかった。
 赤い視界で赤い唇が、憎々しく歪む。
『どうせ次の獲物を探す気だろう。だれが行かせるか』



*****


 よし、スッキリした。
 行ってきまーす。(^^


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

> こんにちは!どえすのしづ様!もうっ!シュールですよね!

最近ドSの冠が定着しつつありますが、そういやシュールもSですね☆←反省の色がない。


> 青木は宇宙人も認めるドмド変態の超ド級の愛で薪さんを愛しぬいているのですね!

そうなんですねww。
薪さんはSで青木さんはドMで、この二人は本当にお似合いだと思います。(^^)


> 今回のメロデイを読んで、

澤村さんの家、燃えませんでしたね。よかったですねえ、あんな物騒な展開にならなくて。(笑)
今回のリハビリは上手く行きました。コツは、原作よりも最悪の状況を想定することですww。



おかげさまで、楽しく旅行になりました♪
SさまのGWはいかがですか?
うちは明日から再び休みに入るのですけど、3日と6日が漏水当番になってるので、あまり遠出はできません。 何処も混んでるし、おうちでまったりもいいんですけど、天気がいいと家にいるの勿体無くて~。 近場でもいいから散歩に行きたいです。
Sさまも、楽しいGWをお過ごしくださいね。(^^
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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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