キセキ(19)

キセキ(19)







 午睡から醒めたときのような茫洋とした気分で、薪は身を起こした。
 辺りは闇に包まれており、身の回りに何があるのかは分からない。唯一の灯りは、前方の巨大なモニターから発せられる光であった。
 地面に胡坐をかいて、薪はモニターを眺めた。観客を察知したかのように、自動的に映像が回り始める。
 それは、映像と文字と数字の羅列だった。幾何学模様を変則曲線で描いたような画、世界中探しても見つからない文字、驚くことに数字だけは共通していたが、その並びはやはり地球のものではなかった。
 でも何となく察しはついた。何万年先か分からないが、自分たちの延長上に、きっと現れる光景なのだろう。

「これがおまえの頭の中か? 何とも味気ないな」
 胡坐の膝に肘を立て、頬杖を付きながら薪は言った。
「本当に生意気なサルだな」
 後ろから返ってきた答えに振り向く。彼は椅子に座って、キーボードのようなものを叩いていた。ビジュアルは未だ、薪のままだった。
「青木みたいに慌てれば、少しは可愛げがあるのに」
 引き合いに出された恋人の名前に、薪は身を固くする。やはり巻き込んでしまったのか。
「青木は?」
「脳のキャパ振り切って気絶したから。先に行かせた」

 何処に?
 聞きたかったが、訊けなかった。薪が最後に見たのは崩れていく青木の二の腕だった。そこから推し量れば彼の現在の居場所は自ずと知れて、でも怖かった。この男から、決定的な言葉を聞くのが怖かった。

 恐怖に震える心を悟られないように、薪は軽口を叩いた。
「あいつの脳みそは、もともとが犬並みだからな」
「君が異常なんじゃないのか」
 皮肉に口元を歪めつつ、彼はキーボードを叩き続ける。滑らかで無駄の無い動きだった。
「人類学的には青木が普通だ。君はもう、僕たちの言葉を理解し始めてるんだろ? 恐れ入ったね」
 理解しているのではなく、類推しているのだ。繰り返し現れる文字列を基に内容を想像する。暗号を解くときの要領だ。
「この辺は最近の記憶情報だな。青いのが青木の信号だろ。あっちの赤いのが僕」
「ご名答……あ、こら、勝手にいじるなよ」
「信号はまどろっこしい。映像なら多くの情報が一度に処理できる」
「気を使ってやったのに」

 君が見たくない映像も含まれているぞ、と彼の眼が嗤うから、薪はついつい意固地になる。彼から端末を奪って適当なキィを押すと、ギィン、と激しいハウリング音が響いた。思わず耳を塞ぎ、そして気付いた。猫耳がない。指も人間の指だ。
「分かりもしないくせに弄るなよ。映像スイッチはこいつだ」
 暗がりで良く見えなかったが、耳は本来の持ち主に戻されたようだった。もちろん、尻尾も。薪は再び床に腰を落ち着けて、モニターに視線を固定した。

 最初に映ったのは、青木の笑顔だった。
 これは彼のMRI画像のようなもの、青木は薪に笑いかけているのではなく、彼に笑いかけているのだ。それが分かっても、薪の胸はときめいた。

「なんだ、恋人の顔に見惚れてるのか?」
 突っ込まれて、反射的に肩が上がった。ごまかすために腕を組んだ。べつに、と嘯いて見せた。後ろで彼がニヤニヤ笑っているのが伝わってきて、逆ギレしそうになった。
「意外と分かりやすい奴だな。恋愛経験が少ないのか?」
 それ以上、なんか一言でも喋ったらコロス。心に決めて、薪は画を見据えた。

 映像の焦点は、常に青木だった。彼はずっと青木を見ていた。
 スクリーンの隅っこに、反抗的な眼をした人獣が映っていた。青木が話しかけるとその瞳は和らぎ、抱きしめると穏やかに閉じられた。
 青木の黒い瞳と人獣の亜麻色の瞳は、何事か語り合うように睦み合うように、いつも絡んでいた。その間に薪は、天の川のような細かなきらめきを見て取ることができた。これが彼の食料となるエネルギーなのだろう。
 青木がこちらを向くと、彼から発せられるエネルギーは一筋の細い糸のようなものに変貌した。輝きも質量も、薪に向けられていたものとは比べ物にならない。
「君の恋人はシビアだな。見た目が同じなんだから、ここまで差を付けなくてもいいと思うが」

 場面は次々と移り変わったが、その殆どは青木の姿で、そして青木は呆れるほどに薪を見つめていた。こんなに見られていたことに、薪自身、気付いていなかった。
 スクリーンの中で、青木は薪の身体を自分の膝に乗せて、ソファに座っていた。彼に呼ばれたのか青木は振り返って、でも苦笑混じりに首を振った。
『この仔、眠っちゃったみたいで。起こすと可哀想ですから』
 青木の唇がそう動いて、彼の視線は青木の腕の中で寝息を立てる人外の生物に移された。安心しきっているのか、彼の耳はゆるやかに垂れ、尻尾は青木の太腿を愛撫するようにゆっくりと揺れていた。
 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。甘い甘い恋人たちの姿。
 目の前のドアがぱたりと閉まって、彼の視界は薄暗くて寒々しい寝室の風景に満たされた。

「毎日、こんなことの繰り返しでな。僕が君を嫌う理由が解ったか?」
「そりゃあすまなかったな」と薪は肩を竦め、しかしその頬は赤く染まっていた。見せ付けられた映像が照れ臭かったからではない。薪は心から自分を恥じていた。
 知らなかった、青木にあんなに愛されていたこと。青木は完全に偽者に騙されて、身も心も彼に奪われてしまったのだと思っていた。自分を可愛がるのはペットと遊ぶような感覚で、恋愛感情ではないのだと。
 でも違った。彼の言葉が正しかったのだ。
 青木が与えてくれた愛情を、僕は取りこぼしてばかりいた。

「青木は人間よりも動物に近いからな。本能で嗅ぎ分けたんだろうって岡部が言ってた」
「君の言う通りだったな。バカには勝てん」
 正直な話、薪は彼の記憶になど興味は無かったが、青木の顔もこれで見納めだ。辛い映像でも、しっかり見ておこうと思った。しかし、薪がリビングの布団の中で耳を塞がずにはいられなかったシーンはいつまで経っても現れないまま、薪がマンションを出た昨日の夜、青木がすり寄ってくる彼の身体を押しのけて、部屋を出るシーンまで来てしまった。

「どうした? 腑に落ちない顔だな」
「あ、いや……これはディレクターズカットなのか?」
「はあ?」
「その、18歳未満お断りのシーンが見当たらないなって」
 スクリーンの中では彼が、薪の偽者なのではないかと岡部に詰め寄られていた。その彼と青木が愛し合っているシーンがあったはずだと、薪は躊躇いつつも尋ねた。
「ああ」と彼は納得したように声を上げ、「つまらないことに拘るんだな」とバカにしたように言った。
 別に拘っているわけじゃない、でももう、本当にこれで最後だと思ったから。相手が自分じゃなくてもいいから、青木のセクシーな顔を見ておきたくて。昨夜はあまりにも激しくされて、青木の表情を観察する余裕がなかったのだ。

「彼は僕を抱かなかった」
 次々と記憶をフォルダにまとめながら、彼は何でもないことのように答えた。青木が嘘を吐くのは薪の恋人という立場上仕方ないとして、どうして彼まで、それを秘密にしたがるのだろう。
「なにも不思議がることじゃないだろ。君たち、セックスは盆と正月限定なんだろ?」
 いや、それは薪の理想と言うか下半身の事情と言うか。
「嘘じゃない。この期に及んで嘘なんか無意味だろ。それに、君を喜ばせるような嘘を僕が吐くと思うか?」
 何を白々しい。あんな声を人に聞かせておいて。
「声? ああ、これ?」
 パタタっとキィが打ち込まれ、画像が逆戻りする。寝室のベッドの上、うつ伏せた彼の上に青木が乗っていた。どうして見落としたのだろうと思えば、彼はバスローブ姿だったが青木はちゃんと服を着ていて、両の親指を彼の背中にめり込ませるように押し付け、要するにそれは。
 彼がパンとキィを叩くと、官能にまみれた喘ぎ声が広い空間に木霊した。

「なにふざけてんだっ!!」
 あんなに泣いたのにっ! ただのマッサージじゃないか! 
 薪が夢中になって怒ると、彼はまるで自分のしたことに気付いていない様子で、無邪気に首を傾げた。
「いや、だって君が……」
 蛇足ながら種明かしをすれば、彼は薪の記憶に残っていたのと同じ声を上げていたのだ。自分では気が付いていないが、薪はマッサージを受けるといつもこの調子で、だから青木は必ずと言っていいくらい途中で制御が効かなくなって、そのたび薪にゴーカン野郎と罵られる羽目になる。
 本人に自覚は無くても、脳にはちゃんと残っている。彼はそれを忠実に再現したに過ぎない。だが、その事実を説明してやるほど彼は親切な男ではなかった。

「君が泣くのが面白くて」
「ほんっと性格悪いな、おまえ!!」
「君には負けるよ。彼に夢中で恋をしているくせに、それを彼にはまったく悟らせないんだから」
 ぱくぱくと、薪の口が声もなく動いたのは羞恥か怒りか。紅潮した頬を見れば前者のようでもあるし、額に立った青筋の本数を数えれば後者のような気もしてくる。双方入り混じった気持ちなのだろうと予想して、彼はその混在を羨ましく思った。感情がごちゃごちゃになるのは未成熟の証。自分にはあり得ない症状だ。

「ドキュメンタリー映画にも飽きた。早く青木の所へ送ってくれ」
「そう焦るなよ。もう少しで終わるから」
「おまえと道連れなんて、ゴメンだぞ」
「いいだろ。行き先は一緒なんだから……よし、行くか」
 最後のファイルを閉じて、彼はモニターを消した。真の闇に包まれた閉鎖空間から、数百本の光の矢が流星のごとく飛び立つ。その青白い光が消えると、薪には何も見えなくなった。

 暗闇の中で、誰かに抱きしめられた。ここには薪と彼の二人しかいないから相手は明白なのだが、意外だった。が、彼の意図を計るより早く薪の意識は薄れ。他人の体温に包まれた温かい感覚だけを残して、何も分からなくなった。




*****


 青木さんは薪さん以外とエッチしちゃダメ派の方、ご納得いただけたでしょうかwww。(←ふざけるなとか言われそう)
 実は誰よりも作者がダメ派だったりする★



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Ⅰさまへ

Ⅰさま。

> わーよかった(^o^)

Ⅰさまもダメ派ですね。(笑)
ただ、今回思ったんですけど、これって書き手にとっては致命的ですよね。 展開が限られてしまうわけですから。
とはいえ、自分が楽しくないものなんか書きたくないー。(←あのS展開は楽しいらしい)


> 僕を抱かなかったという偽薪さんがちょっとだけかわいそうに思えちゃいました!

よかったー。
ええ、彼は可哀想なんですよ。 あれで結構尽くすタイプだし。
少し先にネタを仕込んであるので、嫌わないでやってくれると助かります。


> 二人の視線

これ、けっこうシュールな画だと思いますけど。
眼からレーザー出てるみたいじゃね? 
ヒロミ・ゴウの世界だー、と笑いながら書いてたことはナイショにしておいてください。(若い人には分からないと思う)

原作薪さんの愛情も、目に見えたら大量に流れてるんでしょうね。
青木さんと対峙した時だけ量が増えるとか色がピンクになるとか、それが警視総監相手にはグレーになるとか、想像すると笑えますよねっ。 便利な眼だなww。

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Sさまへ

Sさま。

お風邪、大変でしたね。
もうお元気になられましたか?

療養中にご訪問くださったこと、ありがとうございました。 ……病状、悪化しませんでした?(^^;
Sさんが何度も押してくださるから~、総拍手は4万を超えまして、記念SSどうしよ~、と嬉しい悩みも出てきました。 ありがとうございます。


> 最新号の秘密の感想書いてもいいですか?

はいはい♪
鈴木さんと青木さんのデジャビュ、言われてみれば確かに。
『薪さんとずっと一緒にいる方法』として、鈴木さんは友人、青木さんは家族という答えを出した。 薪さんと一緒にいたいという本質的な気持ちはまったく同じなんですね。

そう、似てないんですよ、あの二人。 だから薪さんは一体どこが似てると思ったんだろうって、でも、
>『この二人は薪さんに対しては同じ感覚を持っている』
なるほどそうか!
薪さんはそれを察したんですね! あー、なんか納得しましたーww。


> 薪さんて幸せじゃないのって思ったよ。

辛い少年期でしたが。 たくさん愛されてましたよね。 だから薪さんは、どんな苛酷な状況にあっても人を愛する気持ちを失わないんでしょうね。
やっぱりね、人は誰かに愛されないと、他人を愛する心も持てないんじゃないかと思います。 人にやさしくされたら、今度は自分が誰かにやさしくしてあげようって思うじゃないですか。 単純だけど、それが自然だと思う。


> それにしても、鈴木さんが薪さんをハグするシーン、まさにしづさんの『ジンクス』ですねえ。

ふふふふ。
きっとこの後は、薪さん、辛いことがある度に鈴木さんにハグしてもらってたんですよww。




> 「向きの違い」

ありますよねえ。 
そんなに大きくずれてる訳じゃなくても、ベクトルの長さが長いと矢印の頂点は大きく離れることになっちゃうんですよね。 

実はわたし、以前は、
それはズレそのものが問題なんじゃなくて、矢印の直線部分を曲げることができないことが問題なのだ、
と思ってたんですよ。 互いが少しずつ曲げ合えば解消できる問題だと。
土台のズレにしてもそう。 愛情に重力なんか関係ないんだから、歪な塔だっていいじゃない、って。 うちのあおまきさんがすれ違いばかりなのは、わたしがそんな考えを持っていたからなんですね。 だからこそ、ほんの一時分かり合えたら例えようもなく貴重な瞬間じゃないかって。

でもね、Sさんのブログを読んだり、お友だちから似たような話を聞かされたりして、
努力だけでは修復できない関係ってあるんだな、って思いました。
お互い傷ついているのだから慰め合ってもいい筈なのに、どうしようもなく傷つけ合ってしまうの。 原作の薪さんと雪子さんみたい。
悲しいことだけど、現実にあるんですよね。


Sさんの運命に関する考え方も、最近はそうかもしれない、と思うようになりました。
以前、わたしは運命否定派で、人の人生は努力によってのみ開かれると思っていました。 うちはお見合い結婚で、結婚前にデートしたのはたったの4回、当然相手のことは何も知らない状態で結婚して、それから互いの努力によって夫婦になったんです。 
そんなだから、わたしの運命の相手が今のオットだなんて、全然思えませんでした。 
運命の人って、出会った瞬間ビビってくるんでしょう? それは大袈裟にしても、話は合わないし趣味は合わないし考え方は正反対だしで。 最初の頃はすれ違いどころじゃなくて、お互い違う世界の人みたいでした。
それをね、お互い少しずつ歩み寄って、互いの良いところを見つけようと努力して、長い時間かけてやっと夫婦になったんです。 運命の人にはなれないけれど、努力さえすれば一番大事な人にはなれる、って思いました。

でも最近思うのは、やっぱりこれも予定調和だったのかなって。
わたしたちがするような努力はみんなしてる。 でも、続けられない事情ができてしまう。 それは二人だけの問題ではなくて、周りの人が絡むことが多い。 そうなってくると当事者の努力だけではどうにもならない。 もっと大きな力が必要になる。
わたしたちの場合はきっと周囲に恵まれていたのが幸いして、それを運命って言うのかな、って思ったんです。


そんな風に、Sさんのブログは考えさせられることが多くて。
真剣に読ませてもらってます。
ゆっくりでいいですから、続けてくださいね。(^^


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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