キセキ(20)

 母の日ですね。
 たまには実家の母と一緒に食事にでも行こうかな。




キセキ(20)







 次に目覚めたとき、薪は青木の腕に抱かれていた。
 眼を開けると彼の顔が見えて、暗い夜空からは雪が落ちてきていた。天国にも雪が降るのか、一年中春のような陽気と聞いていたがあれはガセだったのか、めちゃめちゃ寒いじゃないか。こんなことならコートを着て決戦に臨めばよかったと、薪は後悔しながらも青木に微笑みかけた。
「どれぐらい待った?」
「2時間くらいです」
 そうか、地上から天国までの所要時間は2時間くらいなのか。そのくらいの時間で済むならもっと頻繁に帰ってくればいいのにと、たまにしか会えない親友の不精を詰りたくなる。
 まあいい、これからは毎日会えるのだ。どうやって探したらいいのか、まだ見当もつかないが。
 何だかひどく疲れてしまって、薪は眼を閉じた。死んでも疲労感があるなんて、聞いた話とは大違いだ。何でも経験してみるまで本当のことは分からないものだ。

「凍えちゃいますから、中に入りましょうね」
 外で待っていたと見えて、青木の身体はとても冷たかった。が、薪の不快感はそれだけではなかった。青木の足取りが、えらく不安定なのだ。薪の体重なんて青木には軽いはずなのに、と言うか、死んでも重さがあるってのがまた何とも不可解だ。
 落とされそうな気がして、薪は青木の腕にしっかりと掴まった。と、そこに信じ難い声が聞こえてきた。
「青木。こっちと交換するか?」
 いいえ、大丈夫です、と答える青木の声が聞こえる。問題はそちらではない、青木の前に聞こえてきた声だ。
 目眩がするほどの疲れも忘れ、薪は跳ね起きた。途端、バランスを崩した青木と一緒に、雪の中に無様に転がった。

「あーあ、だから無理だって言ったのに。おまえだってさっきまで立つこともできなかったんだぞ。自分の体力を正しく判断するのも大切な」
「なんで岡部がここにいるんだ!?」
「なんでって。薪さんが来るのを待ってたんですよ」
「おまえ、僕の言い付けを破ったな? 絶対に入ってくるなって言ったのに!」
 平然と答える部下を、薪は怒鳴りつけた。まさか、岡部まで巻き込んでしまったとは。やはり作戦に参加させるのではなかった、自分亡き後、第九を守って行ってくれるはずの大事な部下を死なせてしまうなんて。
 岡部の腕を掴んだ薪は、雪まみれになって辛そうに首を振った。「薪さん、落ち着いてください」と岡部が何か言い掛けるが、取り返しのつかない失敗に慟哭する薪の耳には入ってこない。

「雛子さんがどんなに悲しむか……」
「薪さん、違いますってば」
「だっておまえ、彼女とはまだお互いの気持ちも確かめ合ってなかったんだろ。それともキスくらいはしたのか?」
「ドサクサに紛れて何言ってんですか、あんた」
「だからさっさと押し倒しちゃえって僕があんなに言ったのに」
「人の話を聞かんかい、このクサレ男しゃ……いえ、ですから。俺の話を聞いてくださいよ」
 岡部が取り成すも、薪は頭を抱えたまま。申し訳なくて顔も上げられないとばかりに、雪の中に突っ伏してしまった。

「薪さんっ、起きてくださいよ、凍傷になっちまいますよ! 青木、なんとかしろ!」
「あー、そうなったらもう力づくで運ぶしかないです」
 仕方なく、青木は薪の身体を抱き起こして岡部に預けた。代わりに岡部が抱いていた小さな生き物を貰い受ける。青木の腕に収まった全長30センチほどの大きさの生物は、蔑みの籠もった口調で吐き捨てた。
『馬鹿なのか? こいつは』
「いえあの、薪さんはパニックになると周りが見えなくなるタイプで。正確な状況判断ができないって言うか、カンチガイ大王に変身するって言うか」
「だれがカンチガイ王国第42代目皇帝だ!!」
『「「そこまで言ってません」」』
 声が3つ重なっていることに気付いて、薪が辺りを見回す。3番目の声の主を突き止めることは叶わなかったが、この場所がビルの天辺、雪に埋もれて普段の風景とは異なるがおそらくは第九の屋上であることを理解して、薪の眼が点になった。

「知らなかった。天国って、第九の屋上にあったのか」
『「「さすがは皇帝陛下、お見事です」」』
 ハモってバカにされるほど頭に来ることはない。薪は怒りをエネルギーに変換し、岡部の腕を振りほどいて立ち上がった。
「さっきからカンに障る、3番目のヤツ! 姿を現せ!」
『隠れてなどいない。ずっとここにいる』
 慎重に声の出所を探って、青木の手の中に行き当たる。そこには変わり果てた敵の姿。
 薪と同じ大きさだったはずの彼の身体は、青木の両手に収まるくらいに小さく縮んでいた。頭に猫耳、お尻には尻尾が生えていて、顔と身体はまだ薪のビジュアルのまま、まるで本物の妖精みたいだった。

『正確には、隠れることもできない、だな。もう身体が動かん』
「いったい」
 眼を瞠った薪の肩を寒さから庇うように抱き、岡部は薪を出入口の方向へと向けさせた。「凍っちまいますよ。話は中でしてください」と両手で後ろから押されるようにして、薪は屋上のドアを潜った。
 凍える外界から屋上のドアの内側に入って、しかしそこも寒かった。廊下には暖房は効いていない。彼らはよろめきながらも階段を下り、第九に戻って暖を取った。岡部が仮眠室から2枚の毛布を持ってきて、一枚を薪に被せてくれた。もう一枚は青木に放り、すると青木は自分と彼を毛布ですっぽりと包み込んだ。

 青木の手の中で目を閉じる、彼にそんな安寧を許したくない。彼に向かって薪は怒鳴った。
「おまえさっき、青木は先に天国に行ったって言ったじゃないか」
 彼は億劫そうに片目を開けると、倦怠に満ちた亜麻色の瞳で薪を見上げた。それから面倒そうに口を開く。
『言ってない。先に行かせた、とは言ったが、天国とは言ってない』
「なにを、……あれ?」
 よくよく思い出してみればそうだった気も。
『君、本当はこの中で一番のバカだろ』
「やかましい! 紛らわしい言い方したおまえが悪い!」
『おお。これが代々の皇帝に授けられるという伝家の宝刀、“逆ギレ”か』
 イヤミが妙にインテリぶってて死ぬほどムカつくんだけど!!

「ていうかおまえ。その身体はどうしたんだ」
『いくら僕が君たち人類より遥かに優れた生命体でも、分解した君たちの身体を再構築して甦らせるのに、どれだけのエネルギーが必要だったと思う』
 おかげでこんなみすぼらしい身体になっちまった。そう自嘲して彼は、ぷいと横を向いた。
 では、薪たちを助けるために?

「どうして」
 薪の問いに、彼は皮肉に笑って、
『君の記憶にあったぞ。今夜は『キセキ』とやらが起きて当たり前の夜なんだろう? だから起こしてやったんだよ。君たちは有りもしないものを信じてキセキを待つ愚民、僕はそのキセキを起こす側の優秀なる選民。恐れ入ったか』
 彼のはすっぱな物言いに、薪は惑わされなかった。薪が目撃した彼の本体は、砂金の集合体のようなものだった。その質量が減っているということは、何らかのエネルギーとして使用され、なくなってしまったということだ。

「自分の生体エネルギーを使って、僕たちの身体の再生を? じゃあ、あの時も?」
 薪が野犬に襲われた夜、彼は薪を脅しに来たのではなかった。自分の尻尾から生体エネルギーを注入して、薪を治療していたのだ。
「治りが早すぎると思った。……でも、感謝なんかしないぞ」
「薪さん、命の恩人に向かってそんな言い方」
「何を寝ぼけたことを。あの怪我は元々こいつのせいだぞ。それに」
 彼は、薪を助けたかったわけではない。彼の施術は、薪の怪我が治れば青木の関心が自分に戻ってくるとの打算からだ。善意からではない、絶対にない。それでも。
 薪が彼に助けられたことは事実だった。

 3人が押し黙ると、彼はチッと舌打ちして、
『放っとけ。どうせもうすぐ飢え死にだ』
 青木が困った顔をした。あんなに懇願されたのに、彼には与えられないと冷たく切り捨てた。自分のせいで、彼は死ぬのか。自分と薪を助けてくれたのに。
『そうじゃない。さっき薪が破壊した場所は、センサーの中枢だ。君たちの脳細胞と一緒で、一旦壊れてしまったら復旧は不可能だ。僕にはもう、能力がないんだ』
 君たちの世界で言う所の、猫の人生を全うするくらいの力しか残っていない。彼は自分を蔑むように、小さな小さな肩を竦めた。

「そんな」
 眉根を寄せる青木に、薪が困惑した視線を向ける。あんな目に遭ったのに、青木のお人好しにも困ったものだ、とその瞳が語っていた。薪の気持ちを察したのか、彼は皮肉な笑いを取り戻して、
『どうせ信用できないだろ。今ここで、くびり殺しておいたほうがいいぜ』
 やけっぱちで殺せと吐き捨てる彼を、薪は静かな瞳で見据える。今は哀れを誘う微弱な生物の、でもこれまでの経験が物語る甚大な危険性。それを承知しながら薪は、冷静な態度を崩さない。
「僕は捕まえるだけだ。裁くのは警官の仕事じゃない」
 自分を殺して成り代わろうとした生物の、生殺与奪の権限を与えられてなお、彼は警察官であり続ける。結局自分の敗因は、薪が根っからの警官であったことに因るのだと、彼は今更ながらに思った。

『僕を殺そうとしたくせに』
「この期に及んで揚げ足取るのか? いい根性だな、おい」
「「薪さん、動物虐待にしか見えません」」
 冷血オーラを出しまくり、薪は拳をぐりぐりと彼の頭にめり込ませた。彼の子猫のような頭の大きさは薪の拳といくらも違わず、弱者に対する非道な仕打ちに部下二人から同時ツッコミが入る。おまえら、どっちの味方だ。
 悪役似合いすぎですよ、と恋人に悪人判定を受け、薪はむくれる。こいつのせいで死に掛けたのだ、これくらい反撃してもバチは当たらないと思った。なのに青木はどこまでも青木で、それが薪の気持ちを逆撫でする。
「そんなに悪い人じゃないと思うんです。オレにはすごくやさしくしてくれたし、みんなにも。本当は彼、薪さんよりもずっとやさし、っ、薪さんの靴底の感触が懐かしいですっ!」
 恋人が彼を庇ったのがよほど不愉快だったのか、薪は青木をゲシゲシと蹴った。蹴られながらも嬉しそうな青木を見て、部外者の二人は青木の未来を憂慮する。彼はもうマトモな人生は歩めないのだろうなと、でもそれは彼の幸福に毛ほどの瑕も与えないのだ。

「少なくとも、彼に蹴られたことはありません」
 薪に痛めつけられた彼の額を二本の指で労わりながら、青木は真剣な眼をして訴えた。
 それは青木が言うように、彼が善良だからじゃない。周りの人々の愛情を得るように動かなければ死んでしまうから、利己的な計算で動いているだけ、でもそんなのは多かれ少なかれ、みんな持っている感情じゃないか。大事なのは行動だ。
「言っただろ、裁くのは僕の仕事じゃない。動けるようになるまで家に置いてやる。青木、面倒はおまえが見ろよ。おまえが言い出したんだからな」
「はい! じゃあ泊まり込みで!」
「世話だけしたら帰っていい。寝てる間は僕が責任を持つ」
「ええー……」
 何を期待していたのか、青木はガックリと肩を落とし、だって彼がいたらどうせ何もできないじゃないか。他人のいる場所で甘い顔なんて、死んでもするか。

「よかったね」と、逆の立場に立たされた薪に微笑みかけたのと同じ笑顔を彼に向ける恋人の、果てしない善意だか優しさだか、そんなむず痒くなるようなものを見せられながら、自分は彼のそういうところにどうしようもなく惹かれるのだと自覚しながら、薪は自分の選択を反芻する。
 大丈夫。間違いじゃない。
 彼の行動に心が追いつくのはずっと先のことかもしれない。しかし、彼がこれからも生きていこうとするならば、その努力を怠らないはずだ。上辺の行動だけでは本当の愛情は得られないと、彼は今回のことで学んだのだから。
 優秀な彼のことだ。自分よりも上手くやるだろうと薪は肩を竦め、誰からも見えないように小さく笑った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


> 澤村さんのように薪さんとソックリな人が悪人だと辛いのでこんな結末でよかった(´▽`)

ありがとうございます。
エイリアンは澤村さんと違って、薪さんと血がつながっている訳でも何でもないので、本当に悪人でもよかったんですけど。 本気で悪党にしちゃうと後味が悪いんですよね。 それでついつい、半端な悪人ばかり書いてしまいます。


小さいエイリアン、しかもビジュアルは薪さんのまま。
ネコ耳にシッポ、やー、わたしが欲しいです―!! 


> せめて、最後は薪さんの身代わりでない愛情を受けて彼がやすらかになれますように(;;)

この後エイリアンは、
ええ、それなりに幸せになるんですよ~。 
ご安心ください。(^^


Ⅰさまへ

Ⅰさま。

えへへー、偽薪さん、いい人になっちゃいましたー。
悪い人が薪さんの傍にいると薪さんが可哀想なので、ついつい悪人が半端ヤローに……、
これだもん、澤村さんもいい人になっちゃうよ。(笑)


> ぶっちぎりの薪さんおもしろいです!

ありがとうございます!(>▽<)
久々の男爵モード、楽しかったです♪


血塗れの薪さん、萌えますよねっ!!! ←なんだ、このテンション。
滝沢さんの返り血浴びたときとか。 あんな緊迫した場面だったのにすみません、萌えました。
その血を顔に付けたまま、「もうダメだ、鈴木」とか、もうこっちがダメになりそうです室長。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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