女神(4)

女神(4)







「なるほどね。薪くん、こういうことには鈍いからね」
 差し入れの残りのターキーサンドをかじりながら、雪子は頷いた。隣では第九の新人が、同じくチキンサンドを頬張っている。
 時刻は夜の8時。どうやらこれが今夜の夕食になってしまいそうだ。

「そうなんですよ。今日のサンドイッチだって、無神経ですよね」
「自覚がないところが始末に終えないのよ、あのひとの場合。悪いと思ってないから、直す気もないし」
 話してみると、雪子はとても良い相談相手だった。
 親身な相槌と的確な質問。青木の曖昧な気持ちをはっきりとした言葉に変換して、小気味よく返してくれる。
 雪子と話しているうちに青木の心中は次第に整理されて、どうやら薪への感情には『恋』という名がついたらしい。
 が、もちろんそこには抵抗がある。何と言っても、室長は男のひとなのだ。

「でもまあ、男同士だからね。自分だって缶ジュースの回し飲みとか、学生の頃やったでしょ。それと同じ感覚なんじゃないの?」
「今でもダチとはよくやりますけど。……そうですよね、ヘンに意識するオレがおかしいんですよね。ああもう」
 青木は思わず頭を抱える。
「なんで男なんだろう、あのひと。女の子みたいな顔してるくせに。室長が女性だったら、こんなに悩まなくて済むのになあ」
 今まで、誰かに聞いて欲しくて仕方なかったのだ。しかし、こんな気持ちは誰にも話せない。
 それを雪子の方から気付いて、水を向けてくれた。気持ち悪がられると思っていたのに、彼女はそんな気配は微塵も見せなかった。ひたすら親身になって、青木の逡巡する想いを聞いてくれた。

 自分の気持ちを、正直に話せることが嬉しかった。
 この女が誰かにこのことを喋ってしまうかもしれない―――― 初めはそう思った。だが、雪子と薪の関係を聞いてしまっては、雪子を信用するしかなかった。この女性は、常識を超えている。自分の婚約者を殺した男と友人でいられるなどと、普通では考えられない。

『親友で、ライバルなの』
 雪子は薪と自分の関係をそう表現した。それ以上は、語ろうとしなかった。

「あんた、いつの時代の人なの? 今時そんなことで悩む人いないわよ」
「親が悲しみますよ。孫の顔が見れないじゃないですか」
「養子もらえばいいじゃん」
「そういう問題じゃ」
「じゃあ、やめたら? 他にいいひと探せば良いじゃない」
「薪さん以上のひとなんていませんよ。かわいいし、やさしいし、気は利くし」
「……だれのこと?」
 あばたもえくぼというが、本当に薪のことなら何でも好ましく思えてしまう。
 相変わらず仕事には厳しくて、怒鳴りつけられる毎日だが、叱責に落ち込むと同時に怒った顔もきれいだな、などと思ってしまう。それに上手くできたときは、ちゃんと褒めてくれる。先日、誰よりも早く手がかりの画像を見つけたときには、青木に笑いかけてくれた。
 その微笑のために、どんなに辛い仕事でもこなせる。この人のためなら何だってできる。恋は魔法とはよく言ったものだ。

「仕事のときは怖いですけど、本当はすごくやさしいひとなんですよ。こないだだって、夢にうなされてるオレの手を握ってくれて」
 薪と一緒に夜桜を見に行ったときのことをざっと話して、青木は雪子の返答を待った。それは気の迷いよ、と言われるかと思ったが、彼女は何も言わなかった。
「本気なんだ、青木くん」
 青木の気持ちを茶化すことなく、真剣に聞いてくれる。さすが自称『薪の親友』だ。
「本気で好きになれる相手と巡り会うのって、奇跡みたいなものよ。その気持ちは大事にしなさい。性別なんて些細なことでしょ。
 人間なんてね、いつ死ぬかわかんないのよ。鈴木くんだって突然だった。無理やりにでも籍入れときゃよかったって思ったわよ。そうしたらほんの少しでも、鈴木くんの奥さんできたのに」
 この年で結婚歴なしってけっこうツライのよ、と雪子は大口を開けて笑い飛ばした。
 強い女性だ。『女薪』の称号がふさわしい。

「そのときになって後悔しないように、自分にできることはしておいた方がいいわよ。ただ、相手の立場も考えてね」
「はい」
 サンドイッチを3つもたいらげて、雪子は仕事に戻っていった。残りはあげるから、と空の袋だけを渡される。マイペースなところは誰かに似ている。

 ひとりになって、青木は夜空を仰いだ。
 今夜も星がきれいだ。薪もこの星空を見ているだろうか。
 桜の中で微笑んでいた薪の姿を思い出す。たったそれだけで、胸が締め付けられるような、やりきれない切なさ―――― 甘い、痛み。

 これは恋だ。
 雪子のおかげで、はっきりと分かった。
 オレは室長に恋をしている。

「ささいなこと、か」
 まだ青木には、雪子の言うように性別の問題が些細なこととは思えない。このままこの気持ちが育っていって、そんなことはどうでも良くなるのか、逆に薄れていって、このジレンマから抜け出すことができるのか―――― それは青木にもわからない。恋の行方は予測がつかない。誰にもそれを誘導することはできない。
 今はただ雪子の言う通り、自分にできることをするまでだ。

「まずはゴミの始末だな」
 雪子が食べ散らかしたサンドイッチの袋を拾い集めて、青木は勢いよく立ち上がった。


 ―了―



(2008.9)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

雪子さん、良い女じゃないですか

私、結構、雪子好きなんです。
原作では「?」という点がいろいろありますが(4巻、5巻で設定変わってないかい?とか)、勝手に脳内補完して、よし!みたいに思ってます。
このお話の青木は~!薪さんにもう惚れてるし!!
このお話の薪さんは~!雪子と仲良しだし!!
斬新な設定で面白いです♪

アナログで書きためておられるとのこと…もう1年も前なんて、スゴイですね。
カテゴリーが既にこう分けられている理由がよく分かりました。
これからどんどん更新されるの、楽しみです!

Re: 雪子さん、良い女じゃないですか

わーい、めぐみさん。いらっしゃいませ!
来てくださって嬉しいです!

めぐみさんの励ましのお言葉だけで、不安がすーっと消えるから不思議です。
はい?なんか言ったかな、と思われました?

> 斬新な設定で面白いです♪

この一言です。

実は、原作とかけ離れた話になっちゃったので、UPしていいものかどうか迷い始めてたんです。
だって、4巻の雪子さんが5巻でああなるとは思わなかったんだもん・・・。
でも、5巻のコミックス買ったときにはもう、書いちゃってたから。薪さんの部屋に飾ってあった、鈴木さんと雪子さんと薪さんの3人の写真のイメージで、書いちゃってたからあ!

雪子さんと薪さんの仲がいい、という設定を崩すと、この話は成り立たなくなってしまいます。これから先、このふたりがうまく行くのも、雪子さんの助けがあればこそ、なんです。うちの青木はヘタレなんで、ひとりじゃとてもムリ。

どーしよー、どーしよー、と考えていたのですが。

そーだ。斬新な設定!これで通そう!!

というわけで、この先、この設定おかしいんじゃない?と突っ込みが入ったら、援護射撃お願いします。


> 私、結構、雪子好きなんです。
> 原作では「?」という点がいろいろありますが(4巻、5巻で設定変わってないかい?とか)、勝手に脳内補完して、よし!みたいに思ってます。

ホントに、別人になったみたいですよね。
あんなにいい女だったのに。
わたしもめぐみさんと同じで、雪子は薪さんに惚れていない、と思ってます。本文の通り、「親友でライバル」だと思ってたと。
わたしの脳内補完がこの雪子さんだと思ってください。(・・・改ざん?)

> このお話の青木は~!薪さんにもう惚れてるし!!

そうです、それも斬新な設定です!(開き直ったぞ)
薪さんを口説き落とすまでのお話なんですよ、これ。青木くんにはこれから地獄を見てもらいます。(ドS)
ふっ。そう簡単に薪さんが手に入ると思うなよ、青木。

> これからどんどん更新されるの、楽しみです!

ありがとうございます。がんばります!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメいただきました、Mさまへ

ありがとうございます。読んでいただけて光栄です。
お返事はMさまのブログに送らせていただきます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵付きコメいただきました、Mさまへ

Mさまへ

丁寧で謙虚でかわいらしいコメ、ありがとうございました。
いまの世に、こんなに純粋で清らかなお嬢さんが生き残ってらっしゃったんですね。
すっかり擦り切れたうちのオヤジ薪さんが、しきりに感心しておりました。

M 『なんでこいつの脳内なんかに生まれたんだろ。Mさんのところに生まれたかった』
え?あっちは純粋だから、下品な言葉遣いとかエロ話とか、できないよ。いいの?
M 『それは困るな。青木をイジメるネタが無くなる』
・・・・・そこが、基準?

お返事は、Mさまのブログにて。

雪子さん

しづさん、こんばんわ。
さて、私はもう何巡目でしょうか。まぁそれは置いとくとしてですね。

桜を読んで、女神に来ました。
しづさんとこの雪子さん、好きです~。
薪さんにとっても、青木にとっても心強い女神ですね。
絶対に味方になってくれる。素敵ですぅ。

雪子さんのおかげで青木は自分の心に気が付きましたねぇ。
でも、このころはまだ親のこととか、性別とか気にしてるんですねぇ。
そのあとの心の変化が楽しみです。

薪さんはこの時期に、青木を雪子さんの結婚相手の候補に決めたんだ・・・
そんな事思わずに、青木の気持ちに気づいてあげてよ~、薪さん・・・

この先のお話し、またゆっくり読んでいこうと思います~。

またコメントさせて頂きますので、よろしくお願いします。

ひろっぴさんへ

ひろっぴさん。


何度も読んでいただいて、本当にありがとうございます。
恐縮しつつも、とてもうれしいです。


>しづさんとこの雪子さん、好きです~。

ありがとうございます~。
雪子さんはカッコよく書いてるつもりなので、褒めていただけると嬉しいです♪

雪子さんて、すごく重要な人ですよね。
彼女の立ち位置によっては、薪さんの心情が全然違ってきますものね。


>雪子さんのおかげで青木は自分の心に気が付きましたねぇ。

そうですねえ。
この後も、何かと雪子さんに助けられて。
雪子さんがいなかったら、うちの青薪さん、くっつかなかったですね☆



>この先のお話し、またゆっくり読んでいこうと思います~。

うれしいです(;▽;)
先の展開が分かっているのに読んでいただけるなんて、普通はあり得ないと思うんですよ。
短編ならともかく、うちの話って異様に長いし。時間も労力もハンパないでしょう。
その苦労を厭わずに読んでくださるの、感激です。

現在はSSのストックも切れてしまって、新しいお話をお届けできるかどうか先の見えない状態ですが、どうかお見捨てなきよう。
今後ともよろしくお願いします。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: