ランクS(1)

 こちら、以前Iさんにリクエストいただいて不発に終わった「青木さんが岡部さんにヤキモチさん」のリベンジでございます。 今度はちゃんと妬けたと思う。 ←おかしな日本語。


 時期は2064年の秋、本編の順番は「消せない罪」の後、「スキャンダル」の前に入ります。
 まだ薪さんが別れる気マンマンで青木さんと付き合ってた頃ですね。 
 うちのあおまきさん、一緒に暮らし始めてからは全然ケンカしなくなっちゃうので、久し振りに痴話喧嘩が書けて楽しかったです♪







ランクS(1)






 ――半円になった月の、あれは本当に月が欠けてるんじゃなくて、地球の影が映っているだけなのよ。

 その事実を青木が知ったのは、小学校2年生のとき。実際はあるのに陰になって見えないだけなのだと姉に教えられて、とても驚いた。だって見えないのに。

 ――見えなくてもちゃんとあるの。存在しているのよ。

 そう念を押されて、彼の長年の不安は氷解した。晴れ晴れとした表情で、彼は姉に言った。
「だったら安心だね。ぼく、ずっと心配してたんだ。月が無くなっちゃうとき、ウサギはどうしてるんだろうって」
 月の満ち欠けによって彼らが住む家を失うことはないのだと知って、少年は嬉しそうに笑った。呆れたような顔をした姉に、「その話、友だちにしないでね」ときつく口止めされたのは納得いかなかったが、大好きな姉の言うことだ、少年は素直に頷いた。
 その夜、青木少年は、眼には見えない月の上で楽しそうに跳ねるウサギの夢を見た。




*****





「フランス警察に協力を?」
 渡された資料から顔を上げて、薪は尋ねた。手元の薄いファイルには、『MRI捜査国際フォーラム』という題目の下に開催企画書(案)とある。つまりそれはまだ発案されたばかりの状態で、形にもなっていないと言うことだ。

 フランスの司法警察から声が上がった国際会議だが、フランスはMRI捜査に関しては導入して1年足らずの後進国だ。それはIT技術の遅れからではなく、古い秩序を重んじる国民性の現れと、フランス政府がアメリカ発祥の技術を導入するのに難色を示したからだ。
 21世紀早々に起きた中東の戦争に於けるアメリカとの意見の相違や、もっと身近な例えを挙げれば子供の躾け方に見られるように、両国の考え方は対照的とも言える。そんな彼らが自国でのフォーラム開催にあたりMRI捜査先進国に助力を乞うとなれば、自分たちと同じように秩序や礼節を重んじる日本を選ぶ。第九に白羽の矢が立ったのはそんな理由からだろう、と薪は想像した。

 MRI捜査が認められている国は今のところアメリカ、日本、イギリス、イタリア、フランスの五ヶ国。導入検討中の国はその3倍ほどあるが、未だ国民の同意を得るには到っていない。今回討論会に参加するのは、先の5ヶ国だ。
「つまり。新入生のフランス警察が、FBIとヤードとカラビニエリを招いてパーティを開きたいから、家に来てその準備を手伝って欲しいと」
「聞いただけでメンドクサそうだろ」
 小野田がおどけると、
「通勤するにはちょっと遠いですね」
 と、もっとふざけた答えが返ってきた。与えられたどんな仕事にも臆さない、薪の神経の太さを小野田は気に入っている。

「フォーラムでは、僕も自由に発言していいんですね?」
「もちろん。フランスにしてみりゃ勉強会だ。彼らの捜査は未だ討論の域じゃない」
 小野田が彼らの未熟を指摘すると、薪は少々憂鬱そうに亜麻色の瞳を曇らせた。導入して1年目は、第九も大変だった。反対派の声が強く、捜査に支障をきたすこともしばしばあった。フランスは現在その時期にあり、ならばこの会議は尚早だと思われた。反対派の中には過激な行動に出る者もいるかもしれない。だから小野田は提案したのだ。
「準備期間は半年。向こうのスタッフは優秀な人間を揃えるって話だけど、君も一人じゃ大変だと思うから、第九の中から誰か連れて行きなさい」
 半年間はフランスに行ったきりになる。パートナーは重要だし、便利に使える手元がいた方がいいだろう。彼の身の安全を守る上でも、それは必要な配慮だった。
「誰でもいいんですか?」
「ああ、君の好きに選んで、あ、いや、岡部くんは勘弁して。二人で抜けられるとさすがに心配だから」
「分かりました。岡部以外の部下から選ばせていただきます」
 原案に則って企画案を提出するように命じると、薪は「はい」と頷いた。既にいくつかは頭の中に浮かんでいるのだろう、頼もしい顔つきだった。

「この予定表に因ると、現地入りは来月早々ということになりますか」
「うん。慌しくてごめんね。引継ぎが大変だろうけど、何とか頼むよ」
「大丈夫です。今抱えてる仕事は全部岡部に押し付けますから」
 抜け抜けと言うが、薪にそんなことができるわけが無い。超特急で片付けますの間違いだろう、と小野田は思った。
 週末までには企画案を提出します、と薪は自らの仕事に期限を切って居室を出て行った。木曜の午後2時に命じられた仕事の期限を週末に定める辺り、どれだけ自分の能力に自信を持っているのか。まったくもって好ましい、と小野田は笑いを洩らした。

 薪がいなくなると、入れ替わりに男が現れた。ノックも無しに官房長室へ入ってくる人間なんて、警察庁中探してもこの男くらいだ。
 彼は官房室付首席参事官を務める警視長で、名前を中園紳一と言う。古くからの小野田の右腕で、旧第九が壊滅した際に泥を被って海外に飛ばされたのを、今年の春、やっとのことでロンドンから呼び戻した。彼の海外勤務は5年半。小野田の権力が回復するまでに、それだけの年月が必要だったのだ。

「ご英断お見事です。官房長殿」
 人を食ったような物言いに小野田が眉をしかめると、中園はニヤッと笑って書類の束を小野田の机の上に置いた。
「これで半年間、彼らは会えない。去年のように、職場で顔を見ることもできなくなるわけだ。今度こそ確実だよ」
「だといいけど」
 小野田は憂鬱そうに頬杖をつき、持っていたペンの先で机をコツコツと叩いた。

 仕事に関しては非の打ち所がない小野田の跡継ぎには、たった一つ、小野田を悩ませる疵がある。しごくプライベートな事だが、実は現在の彼の恋人は男性で、しかも直属の部下なのだ。薪を娘の婿に迎えたいとまで思っている小野田にしてみれば、相手の男は彼に引っ付いて離れないダニのようなものだ。
 去年の秋、中園のアドバイスに従って二人に距離を置かせたが、思うような成果は得られなかった。様子を見ろ、と言われてしばらく静観したが、それから1年経っても別れない。同じ研究室に在籍して毎日顔を合わせているのだから疎遠になる道理がないと考え、いっそのこと青木を他の部署へ異動させたらどうか、と中園に相談したら、そんなことをしたらムキになるだけだと言われた。何でも恋というやつは、障害が多いほどに燃え上がるのだそうだ。面倒なことだ。
 しかし、二人の間に遠大な距離を置くのは効果的な方法だ。職場が違っても同じ東京にいれば時間をやりくりして逢うことはできるが、フランスと日本となれば、その難易度は格段に上がる。今回のフランス警察からの要請は渡りに船だった。

「安心しろよ。フランスは恋の国だ。薪くんならきっと、ド・ゴール空港に着いたその日に新しい恋人ができるさ」
 中園の軽口に小野田は苦い顔をして、
「そんなことにならないように、彼にはSPを付けるつもりでいたのに。わざわざ第九から同伴者を選ばせるなんて」
「なんだよ。自分で保証しておいて心配なのか? 大丈夫、僕のデータにもちゃんと出てる。薪くんは青木くんを選んだりしないよ」
「分かってるさ。薪くんは公私混同はしない。絶対だ」
「そう、そこがこの作戦の要だ。大事なのは薪くんの意志で青木くん以外の職員を選ばせること、それを青木くんが認識することだ」
 中園は来客用のソファに腰を下ろすと背もたれに背中を預けた。座っていいなんて一言も言ってないのに、図々しい男だ。

「自分が薪くんに必要とされていないことが分かれば、彼は自分の立場に疑問を抱くはずだ。そこに会えない日が続けば、10年夫婦をやってる男女だって別れるさ」
 人の弱みに付け込む類の心理戦をやらせたら、この男の右に出る者はいない。小野田が官房長の地位に就いていることがその証拠だ。しかし今回の作戦はどうだろう。
「奥さんと青木くんじゃ、立場が違うだろ」
「同じだよ。この場合、選定対象に奥さんも入ってるんだから」
 中園はスマートに脚を組み、ソファにもたれかかった。彼の不遜に腹を立てながらも、小野田の中には懐かしさが込み上げる。子供のころ、よくこうやって二人で悪だくみをした。小野田が悪戯を思いつけばそれを実行する作戦を、困ったことが起きればその解決策を、中園が考え出すのだ。彼との関係は、学生の頃からずっと変らない。

「いくら仕事が絡むとは言え、そう簡単には納得できないはずだ。これは捜査協力じゃないしね。パーティの準備なら自分にもできない仕事じゃない、と青木くんは考えるだろう。彼、フランス語できるじゃない。身体も大きいし、ボディガードにはうってつけだ。でも、薪くんの性格からして絶対に青木くんのことは選ばない」
 たしかに、青木にもこなせる仕事だ。しかし薪は彼を選ばない。他人の眼もあるし、小野田への気兼ねもあるからだ。
「そうなると青木くんは自分に自信を失くして、自分から身を引くことになる。おまえの望むようにね」
「青木くんはそんな殊勝な男じゃないよ。ぼくがあれだけあからさまな態度を取っているのに、薪くんから離れないんだから」
 小野田は、来年の春には薪を官房室へ招くつもりでいる。その前に、彼には身辺整理を済ませて欲しい。具体的に言えば、彼の立場を危うくするしか能のない男の恋人とは別れて欲しいと言うことだ。それもできるだけ薪が傷つかない方法で。
 理想は、青木が身の程を思い知って自分から身を引くこと。
 そう仕向けようと、青木にはプレッシャーを掛けているつもりだが、手ごたえはない。ロクに仕事もできないくせに、図太い男だ。まったく薪ときたら、あんなイケ図々しくてドン臭い男のどこがよいのだろう。

「小野田。おまえの作戦が失敗するのは、青木くんをくだらない人間だと思ってることが原因だよ。彼は優秀で、しかも人格者だ。おまえのお気に入りの天使くんより、ずっとバランスが取れてる」
 自分が劣等生のレッテルを貼った人間を褒められて、しかも自分の評価が間違っていると指摘されて、小野田は不愉快になる。気持ちのまま、強い口調で言い返した。
「どこが。幹部候補生試験かい? あんなもの」
「優秀だよ。少なくとも、選定に落ちたことがプライドを傷つける程度には」
 中園の策謀は、ターゲットになった人物の分析から始まる。標的に関するデータを集めて入力し、相手がどういう考え方をするか、それによってどんな行動を取るか、予測を立てた上で最も効果的な舞台を用意する。
 中園の予測は、端で見ている小野田が驚くほど的中する。あまりにも彼の言う通りになるから、相手に金でも渡して芝居をさせているのかと疑ったことすらある。

「そこそこ頭が良くて、人の善い彼は考える。薪くんは自分を必要としていないのかもしれない。元より彼は自分の能力が薪くんに吊り合わないことを承知している。だから思う、彼には自分よりも相応しい人がいるはずだ、ならば自分は身を引くべきではないのか、ってね」
「そう上手く行くかね」
 悪友への信頼を口には出さず、小野田は懐疑的な言葉を返した。「君のすることに間違いはないだろう」なんて類の、薪が相手ならいくらでも出てくる励ましの言葉が、中園相手には決して出てこない。
「行くとも。僕がこの眼で二人を観察して、今回の作戦を立てたんだ。海の向こうで、おまえの偏りまくったデータしか入手できなかったときとは違うよ」
 自信たっぷりに言い切る中園に、小野田は顔を歪める。薪にあっては微笑ましいと思う傲慢が、中園だと腹立たしい。小野田は意地の悪い人間ではないが、この男の前だと自然にこうなってしまうのだ。それが彼に対する自分の甘えだと、分かっているからなおさら腹が立つ。

「問題があるとすれば薪くんの方だ。寂しさに耐えられなくなって、途中で帰ってきちゃったりして」
「あるわけないだろ。薪くんは、仕事を途中で投げ出したりしないよ」
 小野田が強く薪への信頼を示すと、中園はわざと大げさにため息をつき、
「親バカもいい加減にしないと、裏切られて泣くことになるぜ。子供なんて、どうせ最後は親より男を選ぶんだからな」
「加奈子ちゃんが赴任先のロンドンまで連れてきた彼氏が気に入らないからって、ぼくに八つ当たりするのはやめてくれ」
「だって、あいつら二人きりで来たんだぞ!」
 小野田が中園家の事情に言及すると、中園は冷静な策士の仮面をかなぐり捨て、一瞬で愚かな父親に変貌した。
「結婚前にお泊り旅行だぞ! 信じられるか!? あんなに可愛かった僕の加奈子が、いつの間にそんなふしだらな娘に、あああ」
「遺伝じゃないの。主におまえの」
 うぐぐ、と詰まって言葉も出ない悪友の苦虫を噛み潰したような顔を見て、小野田は僅かに溜飲を下げ、中園が持ってきた書類に判を押した。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Ⅰさまへ

Ⅰさま。

楽しんでいただけました?
よかったー。(〃▽〃)

「いやされる」とのお言葉、うれしいです。(*^^*)
だよね? うちの話、明るいよね? ドSだけど。(笑)


> さすが薪さん!

うん、途中までは「さすが」でしたよね。
でも最終的には青木さんの思う壺、引いてはニニさんの計画通りになったような?
シメが甘いんだな、うちの薪さんは。(笑)


新しいお話は、
そうですね、ギャグも入れてありますが、ちょっとドロドロしてるかな~。 テーマが青木さんの嫉妬ですからね。
でもハッピーエンドは約束されているので、読後感は、あ、いや、これは「スキャンダル」につながる話だから少し不穏な感じを残してあります、すみません。 しかしそれもちゃんと丸く収まることが前提なので、
エピローグで青薪さんが成立するのを前提に原作を読み返す気持ちで楽しんでください。

Aさまへ

Aさま。

今回の青木さんの嫉妬の対象は、薪さんを取り巻くすべての人で、薪さん自身も入ってます。
青木さんて嫉妬しない人だと思ってたんですけど、そうでもないですよね?
雪子さんと薪さんが仲良くしてくれるとうれしいとか言っておいて、滝沢さんと岡部さんには妬いてましたよね? 対象が男性だと妬くの、 それは自分と彼らが同性だからだと思うんですよ。 うちの薪さんも青木さんのお相手が女性だと身を引いちゃいますけど、男性なら絶対に引きませんもん。 立場は一緒、だったら負けない、って思うの。


>中園さん、意外と古風なこと言いますね(笑)

銀魂で神楽ちゃんに彼氏ができたとき。
銀さんと神楽ちゃんのお父さんが、娘は渡さん状態だったんですよね。 で、新八くんが、
「彼女を独り占めしたいと思う彼氏の独占欲……男はみんな気色悪いもんさ。だがその程度で」
「娘を誰にも渡したくないというお父さんの独占欲の気色悪さに勝てると思うな」って。

名言だと思いましたww。 オヤジって本当にかわいい生き物ですよね♪

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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