ランクS(2)

ランクS(2)








 失礼します、と声を掛けて室長室の扉を開けた青木は、その光景を見て反射的に軽い貧血に襲われ、先輩たちの忠告を無視したことを深く悔やんだ。ドアかまちに程近い高さの彼の眼に入ってきたのは、仮眠ベッド代わりのカウチにうつ伏せになった室長の上に跨っている副室長の姿だったからだ。
 二人寝には狭すぎる座面に彼らは折り重なるようにして、ゆっくりと上下運動を繰り返していた。時折、ギシッと寝椅子が軋む音がして、その度に下になった室長は気持ちよさそうに「ああ」とか「うう」とか、およそ職場には相応しくない声を上げていた。
 副室長の岡部は縦にも横にも大きいから、下になった薪はその姿の殆どを岡部の陰に隠してしまう。例外は脚で、そこから推察するに薪は岡部の下で腹ばいになって彼の奉仕を受けている。交差させた腕の中に顔を埋めている薪の表情はまったく見えないが、二人がしていることを見れば大凡の察しはつく。きっと、恍惚とした貌でいるのだ。

「室長。明日のミーティング用のレジュメです」
「もう出来たのか。おまえ、会議資料作るの早いな。大したもんだ」
 いささか残念なことに、青木を褒めてくれたのは書類を渡した相手ではなく、室長の上に乗った男の方だった。褒めて欲しかった相手はと言えば、青木の顔を見もせずに、
「そこに置いてけ」
 快楽の邪魔をされたのが面白くなかったのか、素っ気ない口調だった。それから、声の調子をがらりと変えて岡部に行為の続きをねだった。
「岡部、もう少し下の方を……うん、そこだ」
 青木が自分たちを見ていることなんか、薪は気に留める様子もなかった。居たたまれなくなって、青木は居室を出た。後ろ手に閉めたドアにもたれ、人生の終盤に差し掛かった老人のような重苦しいため息を吐く。

「だから行くなって言っただろ」
「お子ちゃまの青木には、あの画は刺激が強すぎるって」
 小池と曽我の二人が、モニタールームに戻ってきた青木をニヤニヤ笑いで迎える。ほら、と彼らが青木にくれたのは、資料作りに精を出していた間に新たに発見された証拠画像のコピーだ。青木はそれを注意深く観ることで、先刻の残像を脳内から追い出そうと試みた。
 そんな青木の努力を嘲笑うかのように、室長室から薪の声が響く。
『岡部、もっと奥まで入れてくれ』
『大丈夫ですか、こんなに深くして』
『そこの奥が疼いて仕方ないんだ。あっ、ああっ、いい』

「相変わらず室長のあの時の声って……おーい、青木ー、大丈夫かー。5課から生ビデオ借りてきてやろうかー」
 コピー用紙で耳を塞ぐようにしてその場にしゃがみ込んでしまった青木に、小池が手持ちの資料を筒型に丸め、メガホン代わりにして声を掛ける。心配しているのではなく、彼の純情をからかっているのだ。
「勘弁してやれよ、小池。青木は初心なんだから」
 フォローを入れてくれたのは気のいい曽我だ。彼は青木が落ち込むと、いつも親身になって慰めてくれる。青木は純粋に彼のやさしさに感謝していたが、実は曽我の親切には少々裏がある。曽我は仕事はできるが少しだけおっちょこちょいで、ケアレスミスが多い。注意さえ払えば防げるミスには特に厳しい薪に叱られる回数は、青木が来る前は一番多かった。だからこの後輩がいなくなるとまた自分に室長の叱責が降り注ぐことになるという危惧から、青木のフォローには気を使っている。謂わば自己防衛だ。

「まあ無理もないよ。童貞の青木じゃなくても、室長のこの声は妄想を掻き立てる」
 すみません曽我さん、多分初体験も曽我さんより早いし経験も多いです、と本当のことを青木が言わなかったのは、現在の恋人のことを誰にも知られたくないからだ。
「いっそ、ドアは開けておいた方がいいんじゃないか」
「見られるのは恥ずかしいって薪さんが」
 心神喪失状態の青木を見かねて解決策を講じてくれたのは、頼りになる先輩の今井だ。その建設的なプランに応じられない理由を青木が説明すると、今井は室長室から漏れ聞こえる薪の忙しない息遣いに耳を傾け、
「……声だけの方がよっぽどヤバいんだけど」
 それには青木も、というか第九職員全員がまったくの同意見だ。分かっていないのは薪だけだ。自覚の無さもここまでくると犯罪だ。

「事情を知らない人間がここに来たら、大変なことになるな」
「とんでもない噂が羽根を生やして庁舎中を飛び回るだろうな」
「組対5課が集団で岡部さんを血祭りに上げに来るぞ」
「あいつら見境ないからなー。押収したマシンガンとか持ち出してきそうだなー」
 宇野の言葉はもちろん冗談だったが、彼らなら本気でやりかねないと誰もが思った。ははは、と乾いた声で笑う彼らの耳に、聞こえてきたのは涼しげなテノール。

「どうしたんですか? みんなしてドアにへばりついて」
 捜査に使う資料を運んできてくれたらしい竹内警視は、書類整理箱を2つ重ねた台車をガラガラと押して、皆が集まっていたドアの前にやって来た。彼は捜一のエースで、資料運びなど部下にやらせておけばよい立場の人間だが、昔コンビを組んでいた岡部のことを大そう尊敬しており、こうして彼の意見を聞くために第九にちょくちょく顔を出すのだ。

「何でもないんですよ、竹内さん。単なる、むぐっ」
 余計なことを言うなと、曽我の手が青木の口を塞いだ。カモが来た、と小池の細い眼が意地悪そうに輝き、どうなることかと宇野の瞳が眼鏡の奥で嬉しそうに光る。表情を変えなかったのは今井だけだが、彼のポーカーフェイスの口元が、ほんのわずかに持ち上がっているのを青木は見逃さなかった。
 ……この人たちって。
 彼らの企てを青木が見破る間にも、ドアの向こう側からは薪の声が聞こえてくる。わざとらしく押し黙った彼らの団結が功を奏し、その声はやけにハッキリと響いた。
『ああ岡部、そこ……いい、すごくイイ。もっと深く入れて』

 次の瞬間、モニタールームに派手な金属音が轟いた。見れば、竹内が台車ごと前方につんのめっている。車輪のブレーキを掛けたまま思い切り台車を押してしまったのだろう、彼のハンサムな顔はぶちまけられた捜査資料の下敷きになっていた。
「竹内さん、大丈夫ですか」
「あ、いや、なんかその、あははー、昨夜捜査で寝てないから。疲れてるのかなー」
 おかしな幻聴が聞こえて、と誰よりも自分自身に言い訳する態で床に散らばった資料を揃える竹内に、第九職員たちは我れ先にと手を貸してやる。親切心ではなく、竹内の醜態を間近で見るためだ。本当にこの先輩たちはいい性格をしている。

『なんですかね? 今の音は』
 物音に気付いて岡部が、ドアの向こうで訝しげな声を出す。やれやれ、これで続きを聞かずに済む、と青木は胸を撫で下ろし、でもいつだって薪が絡むと運命は青木にやさしくない。
『ちょっと待っててください。様子を見て来ますから』
『待て、岡部。こんな中途半端なところで止めないで、最後までしてくれ』
『直ぐに帰ってきますよ』
『だめだ、一秒も待てない。疼いて堪らないんだ』
『仕方ないですねえ、じゃあ続きをしますか。何かあれば今井が報告に来るでしょう』
 もう一度入れますよ、と薪の要求に従う岡部の言葉が聞こえてきて、竹内は床に座ったまま、呆然と書類を握りしめた。圧力を掛けられた書類はくしゃくしゃになり、てか、無意識に何枚か破り捨ててますけど放っておいていいんですか?
 あの書類をセロテープで張り合わせる作業は自分に回ってくるのだろうな、と青木は心の中で溜息を吐く。
 さすがに青木は笑う気になれないが、小池と宇野は肩を小刻みに上げ下げし、今井は机の端を指が白くなるほどに掴んで衝動に耐えている。こらえ性のない曽我に到ってはしゃがみ込んで顔を腕に埋め、丸い身体を震わせている。ちょっと注意すれば気付きそうなものだが、竹内は引き続き短冊でも作っているかのように書類を裂いている。捜一のエースといえどもパニックに追い込んでしまえば案外ちょろい。

「青木。おまえさっき中に入った時、二人の邪魔しなかっただろうな?」
 深刻そうな今井の声に、青木は膝が抜けそうになった。第九の中でも優秀な彼は室長の信任も厚く、性格も穏やかな人格者なのだが、こういうイベントにはしっかり参加する。やっぱりこの人も第九メンズだな、と青木はやや投げやりに、
「してません。薪さんに資料を渡そうとしたらすごく無愛想に、そこに置いとけって言われました」
「バカ。それをジャマって言うんだよ」
「空気読めよ。薪さん、天国イク寸前だったろうが」
「お楽しみに水を差されて機嫌を損ねた薪さんが、『今夜はMRIシステムの精査をする』とか言い出したらどうするんだよ」
「それは岡部さんの腕に掛かってるだろうな。薪さんのカラダを満足させられるかどうか」
 小池がトドメのセリフを放つと、竹内はボロボロになった捜査資料を手にしたまま、ゆらりと立ち上がった。捜一に戻るつもりかもしれないが、このまま帰ったら仕事にならないだろう。全員が潮時と頷き合って、青木はやっと竹内のフォローに回ることができた。

「竹内さん。岡部さんに事件の相談に来られたんでしょう? どうぞ」
「あ、いや、いいよ。他の男なら撃ち殺してるけど、相手が岡部さんじゃ仕方ないから」
「撃ち殺すんだ」
「捜一、こえー」
 捜査一課が怖いんじゃありません、竹内さんが怖いんです。て言うか、彼をここまで追い詰めたのは誰ですか。
 竹内に自分たちの関係がバレたらこの胸を弾丸が貫くことになるのだろうか、と心臓の辺りに痛みを覚えながら、青木は室長室のドアをノックした。
「岡部さん。竹内さんがお見えです」



*****

 今日も元気だ楽しい第九。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

のんびりできてよかったですね!
わたしもたまに、オットが接待+お義母さんがカラオケ の夜はカップ麺で済ませちゃいますよ。 食事よりも自由時間の方が貴重ですよね!!


「夢の続き」の感想、どうもです。(^^
楽しんでいただけてよかったです。
「僕の男」は、一度言わせてみたかったのよ~。 強気な割りに消極的で照れ屋だから、普通の人相手には言えないんだな~。


「ランクS」は、青木さんがちょっと可哀想、なのかな? 精神的に。
竹内はずっとこのままですね。 それが彼の仕事(?)ですからね。(・∀・)/

進撃は、いろんなパロがあるんですね~。
人気がある証拠だと思います。 特にリヴァイは女子のハートをがっちり捉えてるっぽくないですか?
教えていただいたURLもツイッターのものなんですね。 今度面白いの見つけたら、リツイートしておいてください。 楽しみにしてますー。

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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