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ランクS(3)

 今日は会社がお休みになったので、少し遠くの動物園に行ってきます。
 雨、降らないといいなあ。





ランクS(3)







「岡部さん。竹内さんがお見えです」

 内部にハッキリと聞こえるように、青木は声を張り上げる。部外者が来たとなれば、薪も我が儘は言わないはずだ。
「ちょ、青木、ヤバいだろ。こういうことを職場でするのはどうかと思うけど、そこはそっとしておいてやるべきだと」
 ノックの形に軽く握られた青木の手を掴み、竹内は青木の勇み足を止めた。彼の保守的な意見に、青木は従う気はなかった。竹内の虚ろな目を見れば分かる、彼をこのまま帰したら、午後からの取調室はさぞ荒れることだろう。いくら罪を犯したとは言え、こんな理由から厳しく当たられたら犯人が可哀想だ。
「本音は?」
「見たら反射的に撃っちゃうかも」
 荒れるどころか裁判抜きで極刑に処されそうだ。

 青木がさっとドアを開けると、二人の身体は既に離れていた。薪はカウチに座って気持ちよさ気に伸びをし、岡部は長時間負荷を掛けた指先を揉みほぐしていた。
 当たり前だけれど、二人ともちゃんと服は着ている。乱れた様子もないし、色っぽい雰囲気もない。色事に敏い竹内なら己が誤解に気付いただろうし、例え竹内なら誤解させたままでも妙な噂を広めたりはしないと思うが、念のために青木は言った。
「終わったんですか、マッサージ」
「マッサージ?」
 鸚鵡返しに訊いた竹内の声は引っくり返っている。只でさえ薪のあの声から真実に辿り着くのは難しいのに、第九メンズが総力でトラップを仕掛けたのだ。捜一のエースが騙されても恥ではない。

 裏で行われていた非道な遊びのことなど全く知らない薪は、後ろから前に両肩をグルグルと回しながら、
「岡部、いつも悪いな。おかげで肩が軽くなった」
「どういたしまして。遠慮はいりませんから、またいつでも言いつけてください」
「ありがとう」
 立ち上がり、傍らに掛けておいたジャケットを羽織ると、薪は襟を正した。それから自分の席に座り、青木が提出したレジュメを手に取る。書類の精査をしながら、彼は冷ややかな口調で、
「竹内さん。岡部は第九の副室長と言う重責に在ります。職務は多岐に渡り、非常に多忙です。あなたが先輩である岡部を慕い、頼りにする気持ちは分かりますが、彼の負担も考えていただきたい」
 その多忙な人に職務中マッサージをさせていたのは誰ですか。
 竹内はもちろん、そんなことは言わなかった。

「すみません、室長。この次から注意します」
 しおらしく謝って見せるが、この男、反省なんてカケラもしていないし、次どころか未来永劫遠慮する気なんてさらさらない。彼は現場で毎日凶悪犯を相手取っているのだ。図太くなければ生き残っていけない。
 長い付き合いになるから薪もそれを解っていて、だからこれは第九の室長としてポーズを付けているに過ぎない。彼自身、竹内が持ち込んでくる事件が気になって仕方ないのだ。その証拠に、亜麻色の瞳がキラキラしている。青木が作った会議用のレジュメには為し得ない仕事だ。

「で、どんな事件なんだ?」
「千駄ヶ谷の女子大生殺しなんですけどね」
「ああ、その事件なら起こったばかりの頃に室長と話したよ。捜査が難航するようだったら、第九に持ち込まれてもおかしくない事件だったからな。そうでしたよね、薪さん」
 無関心を装った薪が、二人の会話に聞き耳を立てている。岡部も竹内も薪のこういうところは心得ていて、だからさりげなく薪が会話に参加できるように話を振る。
「そうですか。室長もご存知で」
「一応は。風変わりな現場だったらしいですね」
「そんな生易しいもんじゃありませんよ。部屋中がクリスマスパーティみたいに飾られてて、被害者に到ってはツリーに見立てたものか、電飾が巻かれてたんですよ」
「それは面白い……あ、いや、失礼」
 失言に気付いて薪は口を右手で押さえ、素直に謝った。
 彼には、事件の謎を純粋に面白がる性質がある。事件の被害者や遺族の痛みを察せないほど心無い人間では決してないのに、彼の中には事件の絡繰りをクイズのように見てしまうパズラーが存在する。彼の優秀すぎる頭脳はいつもそのスペックをフルに使える機会を求めていて、謎めいた事件があると犬が骨に飛びつくように身体が動いてしまうのだ。

「しかし、その事件は被疑者が確定したのでは? 彼女に付きまとっていた、確か大学の講師でしたよね?」
「はい。彼が犯人で間違いないと思いますし、本人から自供も取れてます。でも俺は納得できないんですよ。どうにも尻の据わりが悪くて」
「被疑者の供述に疑問が?」
「ええ。これが供述書の写しなんですけどね」
 事件への関心が高まった薪は、急き立てられるように竹内の隣に席を移した。普段なら許されない位置関係だと思うが、今の薪は「事件の謎」というニンジンを鼻先にぶら下げられた馬状態。自分から竹内の方に身を乗り出して、どうやら青木が先刻持ってきた会議のレジュメの確認は後回しになりそうだ。

「一番納得いかないのが、彼が被害者の遺体を飾り付けた理由なんですけど」
 ふんふん、と首を縦に振りながら、薪は竹内の話に聞き入った。普段からあれだけ嫌っているのに、事件が絡むと薪はいつもこの調子だ。相手が反りの合わない公安や二課の職員でも同じ、事件用の頭脳が活動し始めると普段の悪感情はシャットアウトされるらしい。そして、好感情は更に遠くへ追いやられるのがこの人の特徴だ。
「なるほど、それは奇妙ですね。彼の交友関係から推し量るに、誰かを庇っているというわけでも無さそうだし――青木」
 自分の役目を終えて退室しようとした青木の背中に、薪の声が掛かる。青木は一瞬、「おまえならどう考える?」という問い掛けを期待したが、薪の口から出たのは「コーヒー持ってこい」と言う単純極まりない雑務命令だった。

「竹内さん、こういうのはどうですか。彼が子供の頃に通っていたと言う教会の」
「彼が教会に通っていたのは3歳の時ですよ? 幾らなんでも飛躍しすぎじゃ」
「いや、有り得るぞ。俺が昔扱った事件で」
 コーヒーを淹れている間に3人の会話はどの方向に向かったものか、再び室長室に戻った時には、青木には分からない話になっていた。青木は黙って3人の前にコーヒーを置き、部屋を出て行こうとした。
「青木、ちょっと待て。これ、明日のミーティングで使うから人数分コピーしといてくれ」
 岡部に引き留められて、足を止める。渡された資料を確認しながらチラッと横を見ると、まるで仲の良い友だちのように竹内と薪が額を寄せ合っていた。

「では、自分がされたことを被害者にやり返したと? となると、これは彼にとっては復讐の意味があった?」
「そうかもしれないし、逆かもしれない。彼は被害者を愛していたと主張している訳ですから……その辺はこの神父の事件調書を見ないと判断できませんね」
「分かりました。探しておきます」
「20年前の事件となると、資料は神奈川の倉庫棟ですよね。竹内さんは取り調べで忙しいでしょうから、僕の方で探しますよ。今夜にでも」
「そんな、申し訳ないですよ。室長のプライベートなお時間を、部署外の仕事に割いていただくなんて」
「いいですよ。面白そうですから、と、失礼」
 二度目の失言に薪はバツの悪そうな顔をし、竹内を苦笑させた。昔に比べたら、ずいぶん打ち解けたと思う。竹内が此処に出入りするようになった頃、薪は完璧な無表情で接していたのだ。

 捜一のエースと第九室長の関係は、なかなかに複雑だ。顔も見たくないと言いながら、刑事としての彼を薪は信用している。その証拠に、ここ一番という時に頼るのは必ず彼だ。捜査一課に竹内以外自分の頼みを聞いてくれそうな人間がいないことも事実だが、薪の階級は警視長、その気になれば役職にものを言わせて強制的に捜査員を動かすことも可能だ。一課との間に禍根を残したくないとの配慮からかもしれないがしかし、個人的に彼に頼るようなことをされると青木は穏やかでいられなくなる。竹内が薪のことを心の底でどう思っているか、知っているからだ。
「じゃあせめて、夜、神奈川までは俺の車で」
「結構です。青木に送らせますから」
 竹内の申し出を素っ気なく断って、薪は青木のアフターを奪った。竹内に憐れむような眼で見られたが、今更どうということもない。薪の身勝手には慣れている。

「では竹内さん、後は明日です。取調べの成果に期待してますよ」
 現段階で竹内から取れるだけの情報を取ってしまうと、薪はいつもの皮肉な顔つきに戻って来客に退出を促した。自分の席に戻り、話は終わりだと言わんばかりに報告書のファイルを開く。
 竹内はサッと立ち上がり、「よろしくお願いします」と頭を下げて出て行った。引き際の潔さは、青木の眼から見てもカッコいい。

「お出掛けは何時頃ですか?」
「そうだな。岡部、僕と青木、定時で上がってもいいか?」
「大丈夫ですよ。急ぎの案件は有りませんから、何ならこれから出ても」
「それは駄目だ。第九の業務じゃないんだ、個人の時間を使うべきだ」
 薪は規律に厳しい。岡部や他の部下たちに対する気兼ねもあるのだろう。それでいて青木の個人的な時間を搾取することには何の躊躇いもない辺り、青木が薪の犬と陰で嗤われるのも無理はない。

 定時上がりの予定に、青木は少々焦って室長室を後にした。今日中に作っておきたい書類がある。薪に頼まれた会議資料を優先してしまったから、本来の仕事が未だ残っているのだ。
「あ、青木」
 モニタールームに戻ると、忙しいはずの竹内が何故か青木を待ち構えていた。
「室長はああ言ったけど、やっぱり俺が送るよ。室長には捜一の捜査に協力してもらうんだし、それが筋ってもんだ」
「いいですよ。竹内さんには取調べと言う重要な仕事があるんですから」
「でもさ、おまえにだってアフターの予定とかあるだろ」
「いえ、大丈夫です。どうかお気遣いなく」
 竹内が善意で言ってくれているのは分かる。が、青木にとって薪の命令は絶対だ。それ以上に、この仕事を彼に譲りたくない事情もある。
「予定が無けりゃ、たまにはゆっくり休めよ。この件は俺が室長に持ち込んだ話で、おまえには関係ないんだから」
「薪さんに関係することでオレに関係ない事なんて何もないです」
 青木の強情な口調に怯み、竹内は一歩退いた。驚いた顔をしている。しまった、と思ったが遅かった。

「いいんすよ、竹内さん。青木は室長のイヌなんですから」
「そうそう。ご主人さまの傍が一番なんだよな、青木ぃ?」
 後輩をからかう素振りで、小池と曽我がフォローを入れてくれた。それから竹内に詰め寄り、
「「室長の送り迎えするヒマがあるんだったら、女の子紹介してくださいよっ」」
 眼が血走ってますけど、可愛い後輩の失言を庇うための演技ですよね?

「女の子なら、僕が紹介してやるぞ」
 突然耳元で囁かれた言葉に、二人は硬直する。足音なく標的に近付くのはこの人の得意技で、だから彼らが驚愕するのは無理もない。つい先刻まで期待に紅潮していた頬は青くなり、額には脂汗。竹内に向かって合わせた両手の、指先はぶるぶると震えている。
「「や、あのっ、し、室長にそんな」」
「遠慮するなよ。ほら、彼女だ」
 くい、と親指を立てて薪が指し示したのは、竹内が持ってきた段ボール箱だった。
「書類ケース2箱分のグラマラスボディだ。落とし甲斐があるだろう」
 今日中に中身を全部確認して概要書を提出しておけ、と二人に言い置くと、薪は給湯室へ足を向けた。手に空のカップを持っているから、片付けに来てくれたのかもしれない。階級が上がっても、薪のこういう所はあまり変化が無い。もともとがマメな性格なのだろう。

「室長。オレがやります」
「ほう? 大したものだな。あれだけの書類を今から処理して、定時に此処を出発する自信があるとは」
 善意を皮肉で返されるなんて、この人にあっては普通のことで、別に腹も立たない。それより驚いたのは、青木の仕事が時間的に厳しいことを薪が知っていたことだ。
 でも、すぐに思い直した。室長はいつだって、部下全員の仕事内容を把握している。
 それは薪にとっては当たり前のこと、個人の能力を過不足無く評価し、最大効率で仕事を割り振るためには必要なことだ。ちなみに第九の最大効率とは、評価数掛ける1.5である。当然、無駄口を叩いているヒマはない。仕事以外のことを話している職員は余裕がある、イコール、仕事が足りないと判断され、小池や曽我のように大量の仕事を命じられる羽目になる。

 基の値が低ければ、掛け算の答えは応じて低くなる。薪が空のマグカップを預けてくれなかったのはそういうことで、だから青木はひどく惨めな気分になる。

「余計なことに気を回さなくていいから、さっさと自分の仕事を片付けろ」
 青木の能力では定時までにあれだけの仕事をこなすのはギリギリ、薪にそう思われている。そしてそれは事実なのだ。
 自分の席に戻って積み重なった資料を開き、その煩雑さと己の知識不足に思わず零れそうになるため息を奥歯で噛み殺して、青木はペンを握った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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