ランクS(9)

ランクS(9)






 薪が半年間のフランス勤務に就くことを青木が知ったのは、それから2日後の金曜日。アフターの居酒屋で3人で飲んでいる時、岡部と薪が話しているのを聞いたと小池が言いだしたのだ。

「半年も羽根が伸ばせるなんて。夢のようだ」
 ビールジョッキを合わせて、小池と曽我が降って湧いたような幸運を喜び合う。3人の中で一人だけ、青木はショックを隠せないでいた。
「薪さん、そんなこと一言も」
「自分がいなくなると分かったら、俺たちが喜ぶだろ。あの人のことだから、俺たちにいい思いさせたくなかったんだよ」
 小池が思ってもいない皮肉を口にすると、曽我があははと笑った。一緒に笑おうとして、青木は頬を強張らせた。声帯が麻痺したみたいで、声が出せなかった。
「岡部さんにだけは話さない訳に行かないからな」
 副室長という立場にある岡部は、薪の予定を誰よりも早く知ることができる。薪の口から直接、話してもらえる。恋人の自分よりも薪の予定に詳しい彼が、ひどく羨ましかった。

「ところで、今日は宇野、どうしたの?」
「残業。薪さんに捕まったらしい」
「システムのアップデートかな。ここんとこ、続いてるな。宇野も大変だ」
 MRIシステムの扱いにかけては、宇野の右に出る者はいない。青木も頑張ってはいるが、とても追いつけない。
 宇野はこれまでにもシステム向上のための改革案を多数考案してきたが、ことプログラミングに関して彼の発想は天才的ですらある。薪が彼に全幅の信頼を寄せるのも頷ける。
 そんな風に、薪に頼ってもらえる宇野が羨ましいと思った。

 あの夜から薪は見事に青木を避けて、青木は仕事以外の話を彼としていない。薪は頑固で、怒らせたら始末に負えない。下手に刺激すると彼の怒りは倍増する。すでに何度も経験済みだ。怒りが治まるまで待つしかないのだ。
 このまま遠ざけられてしまったらどうしよう、という不安を抱えていたところに、半年間ものフランス勤務だ。青木が絶望的な気分になったのも無理はなかった。

「どうした青木。身体の具合でも悪いのか」
「いえ。ちょっと寝不足で」
「そうなのか? じゃあ、今日は早く帰って寝ろ。明日そんな顔で研究室に来たら、薪さんに『役立たずは要らん』て怒鳴られるぞ」
 薪は実力主義で歯に衣着せぬ物言いをする。実際、それで辞めて行った部下も多い。それに腹を立てた薪が、「根性なしに仕事を教えるのは時間の無駄だから無暗に新人を寄越してくれるな」と警務部長に直談判したとか。それから青木の下には誰も入ってこなくなってしまった。と言うのも、既存の職員は第九の恐怖政治の噂を聞き及んでいるので、転属に難色を示すのだ。そこでまた薪が「仕事意欲のない者は使いものにならん」と切り捨ててしまうから、第九の労働条件はいっこうに改善されない。
 第九の人員不足による過剰労働は深刻な問題だが、今の青木にはもっと身に迫る心配事がある。薪のプライベートから自分が切り捨てられるのではないかと言う不安だ。

「そうですね。オレ、本当に役立たずで」
 青木は自嘲した。岡部や宇野のように、自分が薪にとって欠かせない人間だったらこんな気持ちにならなくて済むのに。色々なことが重なって、今の青木は自分にどんな価値も見い出せずにいた。
 いつもと違う後輩の雰囲気に気付いたのか、小池と曽我は顔を見合わせ、青木が欲している言葉を投げてくれた。
「何言ってんだよ。おまえは充分役に立ってるよ」
「どんな風に?」
「「薪さんのスケープゴート」」
 それは本人のお墨付きですが。
「薪さんにも言われました。オレを苛めるとストレス解消になるって」
「ほらほらやっぱり」
「おまえは第九には欠かせない男だ」
「ひどいなあ」
 苦笑して、ビールジョッキに口を付ける。ついぞ感じたことのない苦みが、青木の口の中を手酷く痛めつけた。大好きなビールが美味しくないなんて、よっぽどだと思った。

 こんな気分で飲んでいても楽しくないし、場を白けさせてしまうだろう。二人の気遣いに甘えて、今日は帰らせてもらおうと青木が膝を正したとき、小池が再び薪の話を始めた。
「それでさ。薪さんがフランスに行くとき、第九から誰か一人連れて行くって」
「え、マジで? 嫌だなあ、俺」
「おまえ、フランス語できないだろ。行くとしたら言葉に不自由しない今井さんか俺か、あ、青木、おまえもフランス語いけたよな」
「日常会話程度でしたら」
「じゃあ、おまえかもしれないな。今回は捜査協力じゃなくてフォーラム開催の準備だって話だし。会の内容を決めたりプログラムを作ったり。おまえ、第九に来るまえ総務に居たから、経験もあるだろ」

 自分の名が候補に挙げられたことで、青木はようやくその可能性に気付いた。連動して、竹内との会話が思い起こされる。
 もしかしたら薪はあの夜、この話をしたかったのではないか。
 薪の屈折した性格と分かりづらい優しさと、もっと分かりづらい可愛らしさを考え合わせれば、可能性は高いと思った。薪は照れ屋だからなかなか言いだせなくて、そこに自分が彼の気を萎えさせるようなことばかり言ったから、だからあんなことになってしまったのではないか。

「小池さん、今日オレに奢らせてください! すみません、追加オーダーお願いします!」
 店員に向かって声を張り上げた青木を見て、小池はぼそりと呟いた。
「分かりやすいよな、青木って」
「ホント」
 突然元気になった後輩の紅潮した頬を皮肉な眼で眺めつつ、小池と曽我は軽くジョッキを触れ合わせた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

ご指摘ありがとうございますー。 直しました。
ゴードだとばかり思ってました。 恥ずかしー。(^^;

いつも読んでくださってありがとうございます。
最近、夜中に拍手入ってること多くなったのですけど、もしかしてSさまですか? またお仕事?
あんまり無理しないで、お体大事にしてくださいね。

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Aさまへ

Aさま。


>宇野は原作でも岡部さんの次に信頼されてた感じですね(^^)

機械関係のことは宇野さん、だったような気がします。 実力的に認めてたのは今井さんじゃないかな。
薪さんは宇野さんに滝沢さんの監視をさせたでしょう? でも本当は彼を囮にしたんだと思う。 宇野さんが滝沢さんにトイレで襲われそうになった時にものすごく動転してたの、あれは部下を囮にするような非道な自分を責めてたんじゃないかな。
宇野さんに白羽の矢が立ったのは、隙がないと囮にならないから。 今井さんは武芸にも秀でていそうだし、鋭すぎて、相手が警戒してしまうと思ったのでは?


>青木がどういう風に仲直りのアプローチをするのか楽しみ(薪さんから?)

ケンカSSの正しい読み方をなさってます、Aさま☆
それなりに甘く書いたつもりです。 お楽しみに♪


>「運命の人」のプロモVD

そんなVDがあったんですね! 知らなかったー。
びっくりするくらいリンクしてますね(@@) 偶然て怖いわー。
でも、なんであの歌の内容で遺体袋なの~?? 芸術家の感性は謎だわww。


Ⅰさまへ

Ⅰさま。

>ブログ4才おめでとうございます!

ありがとうございますー。
おかげさまで4才になりました。 これからもよろしくです。(^^


>第九、久々に堪能中(*^-^*)

第九編が終わって彼らに会えなくなったのが寂しかったんでしょうか、この頃書いた話には彼らが続けざまに出て来てます。 3作品連続です。 わたしって一人上手ですよねえ。(笑)


リアルで何事かあったのですね。
詳しい事情も知らずに言えることではありませんが、開き直りって大切で、かつ、有効な手段ですよね。
わたしも最近、ちょっと凹むことがあって、少しだけウジウジしてたんですけど、よくよく自分がしたことを思い出して、
わたしはやれるだけのことをやったんだから後は相手の問題、だから自分はもうこの件から解放されていいはずだ、と開き直りましたwww。
そうしたら楽になりましたし、別の道も見えてきました。

Ⅰさまにも楽しい未来が訪れること、お祈りしてます。(^^

Sさまへ

Sさま。

お仕事の状態、教えてくださってありがとうございます。
お暇な時でも夜型なんですね。 そうなんだ~。

睡眠時間は昼間でも細切れでも、癒しの効果は変わらないそうですね。
お仕事が忙しい時にはどうして夜起きてなきゃいけないなら、普段からそのリズムを作ってしまうのもアリかもしれませんね。 
うちも時々、夜間工事をするのですけど、1週間くらい続くと体が慣れるので楽になるそうです。 逆に1日2日の工事だと、ものすごくしんどいんですって。 1週間に1度ずつ夜間工事で他の5日は昼間の工事だった現場は最悪だったとオットが申しておりました。


Sさんにはいつも励まされておりますよ~。
過去作を繰り返し読んでもらえるのは嬉しいものです。 Sさんはまめに拍手を入れてくださるから、読んでもらったのが分かりますし。 誤字も、流して読んでたら分かりませんものね。 丁寧に読んでくださってるんだなあって思います。
どうもありがとうございます。(*^^*)

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Ⅰさまへ

Ⅰさま。


>岡部さん惚れ直しそうです(*´∀`*)

どうもありがとうございますー!
世界一の岡部さん目指して書いてますww。


>第九不足、満たされます~

今月のメロディ、読まれましたか?
未読でしたらぜひ!
そんなⅠさまにぜひ! なエピソードでございましたよ!


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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